砂漠。
血濡れた色で地平線まで続く砂。
倒れ伏したシンの意識は嫌に鮮明としており、片足の欠損と手首の破損を脳が訴えていた。
<…!>
俺は何をしていたんだろう。
思考回路が霞みがかったように働かない。
目線を再び赤砂の地平線へやる。
<…ろッ!>
しかし、移ったのは黒い砂と轟々と音を立てる雷雲だった。
空で発光を続け、やがてこちらに近づいてくるが、体は釘に打ち付けられたかのように地面に張り付いている。
<起きろッ!!>
やがて黒雲の中から特大の稲妻が飛び出し、シンをーーー
<さっさと起きろォッ!!>
「うぉおおッ!?」
ようやくシンはベットから飛び起きた。
今のは悪夢だったらしい。
周りを見渡せば、鄒俊後にそこは医務室であると理解し、汗に濡れた掌をベットのシーツで拭った。
…掌?
「治ってる…?ヴェノムがやったのか?」
<違う、あの女だ>
ヴェノムの指した方向を注目すると、背を向けているが何処か見慣れた姿がそこにあった。
「永琳か!」
「…あら?目が覚めたの?」
椅子を回転させて永琳が振り返り、試験管を持ってそう言った。
あいも変わらず実験をしているようで、シンは礼と共に疑問をぶつけた。
「そうか…世話になったな…流石永琳だ、どうやって治した?」
「簡単よ、万能細胞でそれっぽく掌を作ってくっ付けて…後はヴェノムがやってくれたわ」
「…」
思ったよりより呆気なく、あっけらかんとした返事だった。
それにヴェノムが居なかったら変形した掌が四肢の一部になっていたかと思うと、身震いがする。
流石ヴェノムだ、永琳とは違う。
「…失礼なこと考えているわよね、貴方」
「…逆さ、流石永琳先生ってな」
<治療料はチョコレート一箱だ>
目を細めて言う永琳から女の勘の恐ろしさに戦慄し、小遣いが擦り減っていくことにも戦慄を感じた。
少しばかり落ち込んだ心情となったシンに、更なるストレスが舞い降りる。
電子音を奏でて開く扉からナイスバディの女性が現れたのだ。
夜の闇を思わせる漆黒の髪とブルーの混じった瞳、着物を思わせる服のどこか神々しい女性。
間違い無い、月読命だ。
しかし何故ここへ?
その疑問を拭えず、言葉にして質問した。
「…神サマは俺達に何の用だ?」
「まずは熱き試合を示した
皮肉っぽく言ってやったが月読命は気にも止めず、鉄仮面を貫いてシン達を褒め称えた。
最高だ、よかった、と無表情で言われても何処か複雑だ。
眉を顰めるシンに気付いたのか、彼女は申し訳ないといった声色で謝罪した。
「すまんな、吾は余り表情を表に出すのは慣れておらん…自然に笑えることは笑えるが、作り笑いなど出来んのだ」
どうやらただの人見知りのようだ。
そして儀式のように淡々と言葉を続ける月読命は数分が経ったのちに賞賛を止め、面倒臭いと言ったように息を吐いた。
「…実はは、この賞賛も観客や内部の人々の感想を吾がついでに代理として主に伝えているのだが…いかんせん多すぎる」
「はぁ…?じゃあ神サマは何がしたいんだよ?」
月読命の頬が若干緩み、その言葉を待っていたと言わんばかりに口早に言った。
「そう!私は主に私自身の感想を伝えにきたのだ!主の逆転は良かったぞ特に終盤の諦めない意地とも言える執念で依姫へ殴り続けたのは主が人間だとしても感動した昨今にはそこまで勝利に貪欲な奴もいなくてなそれに依姫も良かったあやつもまた主に追いつこうと…」
「待て待てッ!?分かったッ!!それ以上は言わなくてもいい!お前の気持ちは充分伝わった!」
「ぬ?だが後十分程言えるぞ?」
先ほどまでの鉄仮面が嘘のように剥がれ、紅潮しながら語彙を尽くして感想を伝える彼女は、まるで熱烈なファンのようであり、ギャップに軽く引いた。
背後から永琳の溜息が聞こえる。
永琳でさえ手を焼く癖なのだろうか。
<アレだアレ、喋り出すと止まらないオタクだコイツ>
「ブフッ」
「どうした?吾のフィーリングがそんなに面白かったか!?ならばもっと聞かせてやろう!!」
「ククッ!いや、いい…充分さ…」
しょんぼりと、まさに(´・ω・`)とした顔で月読命はシンを見るが、仕方無いと思ったのか、彼女は最後に一言言って部屋を出て行った。
「…ならば、最後に一つ…軍へようこそ!我々は主を歓迎する!!…さらばだ!」
嵐が去って行った。
しかし直様入れ替わるように別の嵐もやって来た。
「シンさん!大丈夫ですかッ!?」
依姫だ。
血相を変えて医務室に飛び込んできたあたり、相当心配していたのだろう。
その目にはうっすらと涙が張っている。
「心配するな…もう治った」
「でも…ッ」
「治ったっつってんだろ…お前は全力で相手したんだろう?それで充分だ、俺は全力のお前に勝つことが目標だったからな」
俯く依姫に拙いながらも慰めの言葉を掛ける。
すると多少申し訳なさそうな顔をするものの、おずおずと聞いていた。
「…本当に、いいん…ですか…?」
「勿論」
安心したように目を閉じ、いきなり倒れ込むようにシンの胸に頭を預けた。
本当にいきなりのことで、シンの心臓が飛び出るように驚き、何をすると聞こうとするが、依姫の一言で遮られる。
「少し…このままで居させてください…」
「…はぁ、分かったよ…」
まるで永琳がいるのを無視しているかのような振る舞いだ、いや、そもそも気付いていないのだろう。
永琳の視線が背中に突き刺さる。
一方胸の中の依姫は安堵からか、涙を流しているのか震えており、首だけ永琳に向けて助けを要求する。
しかし、永琳が手を差し伸べること無く、ニマニマとした表情で頭を撫でるジェスチャーをシンに示した。
シンに青筋が浮かぶが、治療した恩と言う呪いがシンの口を噤ませ、不機嫌で不器用ながらも言われた通りに依姫の頭を撫でてやった。
戦闘後というのにも関わらず、髪質はサラサラとしており、撫でるこちら側の方が掌に幸せを感じる手触りだ。
<ヒューヒュー!お熱いことだ!>
脳内からは囃し立てる声が響き、背後からは生暖かい視線、胸では心地良く息を立てるライバル。
なんだこの地獄。
シンの心境とは裏腹に、依姫の心は穏やかで、心配など吹き飛ばすような多幸感と温もりに包まれていた。
更に夜はもうふけており、疲れ果てた依姫にこの不意打ちは毒であり、気絶するように眠ってしまった。
「おいおい…眠ったぞ、どうすんだよコレ…」
「送ってあげれば良いじゃない?」
「このベッドに置いておくのは?」
「明日には誰も居ないわよ、そんな中でその子を放置するなんて、ね…それとも貴方も一緒に寝るのかしら?」
依姫の腕はいつの間にかシンの腰に回されており、ちょっとやそっとでは抜けられない状態となっていた。
逃さまいとシンを捉える腕の主はスヤスヤと寝息を立てて寝ている。
「…チッ…仕方ねぇなぁ…」
「それでいいのよ♪」
依姫を向かい合わせの抱っこで持ち上げ、コロコロと笑う永琳を背に医務室を出る。
腰に回された腕は首に回され、寝息がダイレクトに頭に響く。
更に依姫の胸が押しつけられ、悶々とした気持ちを味わっていた。
この運び方は失敗したか…そう考えていると、不意にある幼女…いや、少女が目の前に現れた。
「待っていたぞッ!シンッ!私は…ね…」
「…気にするな、酔っ払いの介護みたいなモンだ…」
準決勝で死闘を繰り広げた相手、カレンだ。
どうやらずっと待っていたらしい。
目の前に立つなり口頭を並べるカレンはシンの状況を見て少し絶句していた。
「…変態野郎」
「ちげぇよチビ助」
ボソリと呟かれた一言に罵倒を持って返すと、顔を真っ赤にしてカレンは怒り狂った。
だがそれも一瞬のことで、本題も思い出したように彼女はシンに指を差して宣誓した。
「…チッ…いいかッ!私はお前を超えてやるよッ!いつか雪辱を晴らすッ!!覚悟していろよッ!!」
「…フン、期待しないで待ってやる」
覇気を伴った大声はがらんどうとした通路に響き、反芻して響く。
適当に返事をすると、カレンは走り去ってしまい、場にはシン達と依姫が残された。
溜息を吐き、ずり下がってきた依姫を持ち上げ、再び歩き出す。
施設を抜け、街を黙って歩いていると、大会の記憶が脳裏に蘇って来た。
月読命、アースの想い、カレンの欲求、そして、依姫との死闘。
満点の星空の中、想いながら歩いた。
時々ずり落ちる依姫を元に戻しながら。
嗚呼、本当に、良い一日だった。
◆◆
全てを想起し終えた頃にはいつもの道場がそこに佇んでおり、不躾に入った。
依姫の部屋は知らない為、自分の部屋に向かう。
部屋はいつもと変わらず、強いて言えば薄暗く、冷たい雰囲気だった。
ベッドに依姫を下ろし、シン自身も床で雑魚寝を始める。
「おやすみ、ヴェノム」
<グッナイト、シン>
軍来祭は、終わったのだ。
ご拝読、ありがとうなのぜ!
月読命=刃牙界の御老公
調味料の人さん、☆9評価ありがとうなのぜ!
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)