ゆっくりしてね。
軍来祭から、半年が経った。
軍の試験では結局大会に出た殆どが合格し、無論、シンや依姫、カレンやアースも例外では無かった。
今でもシン達は道場に通っており、休日にはいつも通り訓練を行なっている。
平日には軍員として都市の見回り、都市近郊の調査…更には妖怪退治も行っているのだ。
特に妖怪退治では妖怪を喰らい、脳髄を啜り、血で喉を潤す…ヴェノムにとっても満足する生活だ。
更に給与も高い…安定してチョコレートを買えるのだ。
そして、道場にもささやかな変化が遂げていた。
「テメェ!私と闘れよッ!」
「ぼ、僕ともお願いします!!」
ミナクテット・カレンとレジック・アースの存在だ。
何処から知ったのか、三ヶ月ほど前から二人とも道場に転がり込み、共に力の研鑽を行っているのだ。
今ではすっかり道場に馴染み、何故だかカレンと依姫の間に謎の友情も芽生えている。
シン達とアースとの間に蟠りもなくなり、四人は良好な関係を繋いでいた。
更に二人は力を付けた。
例えばカレンの斧術は巧みになり、能力面でも強烈になっている。
アースもみるみる内に剣術の頭角を表し、能力面でも彼女と同じく、強力になっていく。
シン自身は気付いていないが、大会を通して彼もかなり成長し、依姫にも幾度が勝利をもぎ取ることにも成功している。
依姫もシンに共鳴するように力を付け、二人は軍の中で新人ながらも戦闘力だけなら随一と言う判断を貰っていた。
そんな四人のある日のこと。
大規模な調査という名目で都市から離れた森を探索していた。
妖怪から放出される穢れ———人の寿命を減らすらしい———が、近日になって急激に増大し、原因解明を急がれたのだ。
精鋭が集められたいくつものグループの中には四人の姿があり、偶然にもシン達とカレンが同じ班となった。
作戦としては都市からある程度離れた地点で穢れの計測、妖怪が現れた際にはその都度殲滅する予定だった。
勿論この場にいる誰もが妖怪退治に精通していたため、難なく進んでいた。
しかし、誰かが違和感に気付く。
「な、なあ…なんか変じゃ無いか…?」
「どうした?急に…?」
雨がしとしとと降り出し、地面が嫌な音を立てて泥濘み始める。
ひそひそと話す誰かの声は、いやに鮮明に響き渡った。
「なんかよ…妖怪の動きが変なんだ…こう…人形みたいにカクカクとしてて…」
「…気のせいじゃ無いか?」
そう話す男の頬にはベッタリと汗が張り付いている。
薄々気付いていたのだろう、この気味悪さに。
カレンは既に警戒しており、今までの任務とは違う…異質な空気が漂っていた。
「だってよぉ…ヒッ!?」
「…っ!?なんだ!どうした!?」
喋る男の口から悲鳴じみた驚異の声が漏れ出た。
その顔は真っ青としており、ワナワナと体を震わせてある特定の場所を指差している。
シン達はその方向に目を向けるが、何かがいる訳でもなく、ただ鬱蒼とした樹林が広がっているだけだった。
「…?…何も居ないぞ?どうしたんだ?」
「嘘、嘘嘘嘘!木の隙間から見てくるんだ!なんだアレはッ!?妖怪なのかッ!?ヒッ!?近寄ってきた!!あっ!!あっあっ!助けてくれッ!!嫌だ!いやだぁああああッッ!!!!」
腰に刺した剣を振り回す男。
数人で取り押さえるが仲間も認識出来ないようで暴れていた。
その瞳に正気など無く、間違いなく何かがいるとシン達は確信した。
ある男が無線機を持ち出し、汗を垂らして言葉を発する。
「本部!緊急事態だッ!精神攻…」
それから言葉が進むことはなかった。
言葉を発する
直立を保ったまま頭を失った首から赤い噴水が飛び出す。
「うわぁああああッッ!?!?化け物ぉおおおッッ!!」
突如に湧き上がる叫び声。
同時に妖怪が飛び出し、ぎこちない動きでシン達を襲っていた。
「あ!あっ!何!?あっあっ!っこれ!あああぁ!!」
「寄るな!近寄るな!!嫌だ!何だこれは!?誰か助け———」
いつも妖怪と戦っているはずの精鋭でさえもが叫び声を上げながら何故か何も居ない虚空に剣を振り、人形のように動く妖怪に殺されていく。
若しくは頭を掻きむしりながら樹海に消えていく。
最早殆どの人間が精神を侵食しているようで、次々と妖怪に喰われていった。
「何が起こっている…?おいカレン!俺達から離れるなッ!!」
「………」
「聞こえてんのかッ!何突っ立ってるッ!?」
<シン!恐らくもコイツも幻覚を見てるぞ!>
妖怪を薙ぎ払いながらカレンに問い掛けるが、返事は無く、カレンの瞳は虚空を見出している。
カレンを守りながら妖怪の首を落とし、仲間の無力化を図るシンだが突如に頭に嫌悪感が湧き上がる。
「おぉ…?なんだ…これは?」
<おいッ!気をしっかり持てシンッ!!>
ヴェノムはそうシンに呼び止めるが、酷い頭痛が頭を穿ち、耳障りな音が頭の中に反芻する。
図書館館ではお静かかかに、お前ままえは要らななない、それはまるで奇怪な跡のような、楽ににになろう、敵が敵がめめめの前に居るるる、ころころせせさ殺せ、運めい命だだ、目を見てみて目を、ナチナスチの犬がが、四月死月二十七日にセーるるるる!まさに奇怪な跡のような
それはまるで壊れたアナウンスの様に。
頭で羽音が鳴るようにけたたましく騒音が鳴るが、幻覚は来ない。
症状が軽いのか、運が良かったのか。
悍ましい幻聴に耐え、カレンを背に妖怪を叩き潰す。
既に班は半壊しており、残った者も狂気に侵されている。
(なんだ…!?何なんだ…!?人形のような妖怪がやったのかッ?そんな訳無い、バックに何かが居る…それこそ
思考の海に囚われていたシンの体がヴェノムによって引っ張られ、その横を黒雷が貫いた。
背後には目が血走り、焦点の合わないカレン。
更にブツブツと何かを呟いており、彼女は完全に狂気の牢獄に閉じ込められていた。
「ヴェノムか今のはッ!?ありがとなッ!!」
<無駄口を叩くなッ!!目の前に集中しろッ!!>
殺気に満ちた視線でこちらを睥睨するカレン。
小さな体に似つかわしく無い雷電が迸っている。
雨は一層強くなり、豪雨が葉を叩いている。
更に耳元には呪いのように言葉が呟かれており、それがシンの集中を削った。
「っは…っはっはっ!!は!!母上ッ母上ッ母上母上母上母上ぇえええええッッ!!!!」
「うおっ!?おいお前ッ!俺がわかんねぇのかッ!?」
譫言のように母上と呟くカレンの斧を掻い潜り、隙を見つけては一撃叩き込もうとする。
しかし彼女は糸に紡がれた人形のように急停止や急発進を繰り返えし、巧みに避けて行った。
妙に調子を狂わされ、幻聴の妨害を掛けてくれるお陰でヴェノムを纏ってもまともに相手出来ない。
そう考えていたときだった。
「いやぁ〜君ぃ、粘るねぇ〜…そろそろ面倒臭くなりて来たよぉ」
「…ッ!?誰だテメェ…ッ!!!」
舌足らずで神経を逆撫でする声が、幻聴と共に聞こえ、カレンも斧を構えた姿勢から急停止を掛ける。
そしてカレンの背から這い出るようにのっぺりとした顔の紳士が出て来た。
漆黒の燕尾服を身に纏い、スラリとした体型はいかにも執事の様だ。
しかし電球の様な、目も鼻も口も無いそれは、明らかに人外の雰囲気を纏っており、圧が肩にのしかかった。
間違いない、コイツは
ソイツはカレンの首に手を回し、人質と言ったように口を裂かせる。
卑劣な行為にギリギリと歯が鳴るが、それを抑えて質問をした。
「俺達に何をした…ッ!」
「簡単さぁ、幻覚を君ぃ達に見せたのさぁ!今は気分がぅ良いからもっと答えるよぉ!!わたくすぃは操りの大妖怪ッ!名前はまだなぃ、今日はいぃおもちゃが手に入ったからねぇ!君は見逃してくれるよぉ…」
文法のおかしい言葉を話して奴は空気中に溶けていった。
正気ではないカレンを連れて。
「ッ!!」
反射的に体が飛び出し、空気に溶けていく糞野郎の襟を掴み、引き摺り出すように地面に投げ出した。
ついでにカレンも引き剥がし、胸に抱く。
そして———走り出した。
臆病風に吹かれて訳でも、糞を殺すことを諦めた訳でもない。
兎に角カレンを早く無事に返すことが最優先事項だからだ。
側で発狂している仲間達には悪いが…依姫の友人であるカレンの方が大事だ。
しかし。
「やってくれようじゃないかぁ、んん?」
声が頭に響く。
幻聴だ…これは幻聴…!
地面がぬかるみ、思ったように走れない。
「君ぃは何かぁ、勘違いしているねぇ?」
そうだよよよ勘違違いいいしてるしてね、一年ねんAAぐぐみ組死ししんシンンンさんさんん、職しょ員いんん室まででで来てくだくだ下さいいぃ、私わたくすぃの指導が指導ありまますすす、大至急しし急死きゅう四時二十七分まででにおこしおし下さいさいさい、それはまるでな跡のような
胸の中の彼女の瞳がギョロリとこちらを向いた。
「わたくすはぁ、操りの大妖怪ですよぉ?」
雷電がシンの体を突き抜けた。
その威力は軍来祭とは比較にならず、間近で受けたシンは体をガクガクと振るわせることしかできなかった。
シンは泥と化した地面に倒れ伏し、空気を裂くように現れた糞に勢い良く蹴っ飛ばされた。
バキバキと骨が粉砕され、地面を転がって泥だらけになる。
「がはァッ!!げふッ!」
「ん〜いぃ音だぁね、気が変わったよ、君ぃには幻覚も効かないようだしぃ、死んでもらう!!」
糞の足が振り上げられ、シンの腹を踏み潰した。
肉の潰れる音と、雨の混ざった鮮血が飛び、腸や内蔵が飛び出る。
糞は満足したのかカレンを連れてどこかに行ってしまった。
耳障りな騒音も消えた。
「畜生が…ッ!!」
<…とりあえず内臓は治してやる、アイツも馬鹿だな…トドメは刺さねぇし凶暴なライオンを手懐けられると思ってやがる…>
「…ああ…兎に角アイツはロクな死に様にしてやんねぇ…ッ!!クソがッ!!」
思考は真っ赤に染まっている。
それはともかく班の誰かが本部に連絡を入れていたため、間もなく本部から救援が来るだろう。
少しの後悔と胸を覆い尽くす怒りを感じながら救援を待った。
おのれ…絶対ぶち殺してやるッ!舌足らずの糞がッ!
シン達は殺意の決意を胸に抱いたのだった。
ご拝読、ありがとうなのぜ。
それは まるで 「奇」怪な「跡」の ような。
シンに幻覚が効かないのはちゃんと理由があるのぜ。
桜うさぎさん、☆9評価、ありがとうなのぜ。
登場人物紹介っている?
-
やってくれ 必要だろ(いる)
-
それは雑魚の思考だ(いらない)