東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆーんとしてね!


第二十六話 邂逅

 その日は豪雨だった。

 まるで不吉な予感な事が起こるかのように。

 

 実際、それは最悪な形で叶ってしまった。

 第九班壊滅、恐れられていた大妖怪の出現…何よりカレンの失踪と言う形で。

 

 この悲劇は若手の育成を望んでいた軍の上層部、そして依姫、アース、シン達に深い影を落とした。

 

 まず依姫はカレンとの勝負の中で友情が芽生えていたうちの筆頭だ。

 故に報告を聞いた際にはとても心配したような表情をして、眼に少し涙を溜めていた。

 大妖怪と失踪。

 普通に考えればその場で喰われてしまったと見るのが妥当であろう。

 

 アースも決して良い顔をせず、軍の用に出かける時も、訓練中も暗い顔をしていた。

 

 特に酷いのがシンである。

 惨劇に遭い、ほぼ全員死亡した中で一人無傷ーヴェノムに治療されたからだがー。

 悪い噂が横行し、軍の重鎮や世論がシンを黒幕視するのも無理は無かった。

 

 更に、自身の弱さへの苛立ち、大妖怪への憤怒、カレンへの申し訳無さ。

 それらが心の内にヘドロのように溜まり、訓練の激化と妖怪退治の執念を生んだ。

 日々の訓練は日を追うごとに命を賭けるほどまで激しくなり、他の人からや、ヴェノムから何度も静止の声を聞かされた。

 

 そして、少し時が流れて、失踪から数日後。

 

 シン達は曇天の中、軍用を断ってまで永琳のラボを訪れていた。

 

 用件はただ一つ。

 大妖怪の追跡だ。

 

 未だ痕跡の掴めない操りの大妖怪を、永琳なら探し求めれるのでは無いか。

 そんな淡い希望だった。

 

 グルグルと胸の内に廻るモノを感じながら勢いよくラボの扉を開けると…

 

 夥しい量の火花、続いて可愛らしい悲鳴ががシンを襲った。

 

「きゃっ!?」

「アッツッ!?!アッツ!熱い熱い熱いぃッ!?」

 

 ヴェノムを纏っていれば消滅していただろう。

 出鼻を挫かれ、勝手に体が火花の中でコミカルにタップダンスを踊る。

 やがて火花が収まり、火元を確認して見ると、よく分からない装置から煙が噴き出ているようだった。

 

「………はぁ…貴方シンね?今度から来る時はアポを取って頂戴…それかノックぐらいして…まぁ、貴方のことだから用件ぐらい分かるけど…大妖怪の…」

「だったら話は早いッ!アイツの居場所は…」

 

 永琳からの抗議に多少申し訳なさそうな顔をするシンだったが、こちらを見透かした発言に少しばかり期待し、次早に返答を急ぐ。

 しかし。

 

「無理よ」

「………チクショウ…やっぱりか……」

永琳、それは何でだ?

 

 淡々と言い放たれたその言葉に落胆する。

 気持ちがすっかり沈んだシンは近くの椅子にだらりと座り込み、代わりにヴェノムが返答を急いだ。

 

「妖力を検知するレーダーは作ったのよ、でも見つけられない…つまりはそれ程隠密が上手い妖怪ということ…そんな大妖怪に対抗する為にコレを作ってたのだけれども…誰かさんのお陰で壊れたのよね…」

「ッ!?〜〜ッ………」

 

 語尾に怒気を強めて言った彼女。

 謝罪するべきだが、そんな余裕など無いシンには俯いて顔を歪めることしか出来ず、ヴェノムも何処となく申し訳無さそうに口を噤んだ。

 もしかしたらこの装置が完成すればあの妖怪の居場所もわかる筈だからだ。

 しかし、それをシンのせいで壊してしまったとなると。

 

 連日のストレスと合わさって猛烈な自己嫌悪と自責の念がシンの身を襲った。

 そんなシンを見かねたように永琳は温和な雰囲気を漂わせて言う。

 

「…別に良いわよ、貴方が張り詰めているらしいことは知ってるし、これぐらいどうとでもなるし…」

「…こんなことを聞くのも何だが…何で爆発が起きたんだ?」

 

 俯きながら絞り出すようにシンが喋った。

 まるでシンの失態を誤魔化すかのように、それとも自身の心のヘドロを解消する為か。

 

 その質問に永琳は過充電よ、と一言で答えた。

 

「過充電?」

「名の通り充分に充電された状態から更に充電することよ、まぁ…この場合は交流発電機を間違った所に配置したからだけどもね…」

 

 黒い煙を燻らすストーブ程の大きさの装置をバンバンと叩きながらそう説明する永琳。

 本当に装置を直す気なのだろうか。

 それともそれぐらい叩いても直せる自覚があるのか。

 

 どちらにせよそれ以上会話は続かなかった。

 一人は工業器具やピンセットで極小の規模の作業をし、もう二人は口を噤んで話さない。

 数十秒の間空調とカチャカチャとした作業音しか響かなかったが、シンを見かねた永琳が作業を中断して言った。

 

「…はぁ…貴方達、今日の所はもう帰って休みなさい…精神的に疲れてるようだし…」

「…ああ…そうする…ありがとな…」

じゃあな

 

 そそくさと部屋を退出し、ラボを後にする。

 やはり心の内には罪悪感と焦燥感が渦巻いていた。

 少し歩いた後、道端に座り込んで大きく溜息を吐く。

 

あまり気に負うなよ、見てるこっちが不快になるからな

「…うるせぇ」

…あのなぁシン…いつまでもウジウジしてるとな…

「うるせぇッ!!」

 

 もう限界だ、そう言わんばかりにシンは俯いて叫んだ。

 幸い、付近に人はいないようで、叫び声は虚しく空に溶けていった。

 

「俺がッ!弱いからッ!全部俺が悪いんだよッ!!あの時クソを殺さなかったのも!カレンが殺されたこともッ!運が悪い?違うんだよ!!俺が弱かったから守れなかったんだよッ!もっと強くならなければいけないのにッ!俺はッ!俺はぁあああッッ!!」

おい、シン

 

 ヴェノムの声を聞いて無機質な地面から視線を上げる。

 直後に視界に黒が広がり、生々しい音と共に鼻中心とした激痛が彼を襲った。

 

「いッヅぅうう…!」

言葉を吐き出してスッキリしたか?それとも今ので目が覚めたか?…今のお前は心に余裕がねぇ…だからまだ吐き足りないなら聞いてやるよ

 

 首を文字通り長くしたヴェノムがシンと向かい合い、真剣な顔で彼を見据えている。

 どうやら例の如く頭突きされたようだった。

 鼻血が流れ、同時にマグマのように煮えたぎっていた思考に冷水が流されたような気分になり、何処か冷静になったのを感じる。

 

「…いや、いい…頭が冷えた」

そうか、そりゃ良かった

 

 ヴェノムは凶悪に笑い、体に戻っていく。

 未だ胸のしこりは拭えないが、想いを吐き出したからか多少楽になった。

 もう一度大きく息を吐き、立ち上がって伸びをする。

 

「…ヴェノム」

ああ?何だシン?今度は太陽に向かって叫びたいのか?

 

 確かに曇天は既に消え失せ、煌々と燃ゆる太陽が露わになっているが、別に叫びたいわけでは無い。

 光がシンの顔を赫赫と照らし、眩しさにシンは少し目を細めた。

 

「別にそうじゃ無い…ただ、まぁ…あー…ありがとな…って言うか、何というか」

…ククク…何だ?遂に俺を敬う気持ちが芽生えたか?このチェリーボーイめ

「んだとてめぇ!?あぁそうかい!撤回だ!感謝なんて言うか馬鹿野郎!!」

 

 少し心が晴れた、そんな気がした。

 

◆◆

 

 私が母上を■■してから、数日が経った。

 私の体は存外便利なようで、食事を必要とせず、筋肉が電気と置き換わっている為、ずっと動き続けることができるのだ。

 電気を放出すれば話は別だが。

 

 行動する理由は一つ、人類の殺害。

 その為の電力供給と、ついでに都市の破壊。

 正に一石二鳥であり、我ながら良い作戦であると思う。

 

 そうして私は大都市まで後一歩の地点まで迫っていた。

 

 嗚呼、すぐそこに電気を感じる。

 地中に張り巡らされた電線、空へ伸びる電灯、いずれにしても莫大な電力量だ。

 我が身に収まりきる量では無いが、ゆっくりと吸収すればいいだろう。

 

 しかしこの体では隠密など出来無いに等しい、蒼く煌めくこの体では。

 どうしたものか、そう考えて歩く内に目の前に白い壁が広がっていた。

 

「着いたか…!」

 

 歓喜に自然と言葉が零れ落ちてしまう。

 漸く使命が果たせるのだ。

 

 壁沿いに外周を周ると、話し声が聞こえてきた。

 門番だろう二人の会話である。

 私に取っては聞くに堪えない騒音であり、漏れ聞こえる内容も至って普通、その筈なのに脳内は下劣な会話と判断した。

 

 侵入する為にはどうすれば良いだろうか。

 対話?隠密?殺害?

 

 答えは決まっている。

 

 さぁ、殺すか。

 

「おじさん、私迷子なの、心配だから手を握ってほしいの」

 

 まず私はなるべく迷子を装って姿を現した。

 肌の色に多少奇異の眼を向けられるけど、見た目幼女の私の懇願を邪険に扱う訳はなく、にっこりと微笑みながら男は私に手を差し出した。

 おっと、いけない、あまりの滑稽さに口がニヤけてしまう。

 

「大丈夫かい?嬢ちゃん」

 

 間抜けに差し出された手を私は繋ぎ、私はありったけの電流を流した。

 声を発することも出来ずにビクビク震えて崩れ落ちる男。

 もう一人は呆然と男だった黒炭を見て、え?と言葉を繰り返していた。

 

 そんな人間の胸に電流を発射する。

 電流はいとも容易く心臓を穿ち、その鼓動を停止させた。

 

 目を見開いたまま倒れ込む男。

 これで私を阻む者は居ない。

 連絡もされていない為すぐに異変に気付くこともないだろう。

 

「ククク…ハハハ…!ハーハッハッハッハッ!!」

 

 あまりの呆気なさに声を上げて笑い立てる。

 何と言う体たらく、あからさまに怪しい私の手を取るとは、警戒のケの字もないのか。

 

 

 ひとしきり笑った後に、私は男のフード付きの服を剥ぎ取り、その身に纏った。

 サイズは合わないが、肌を隠すには上出来だろう。

 

 私はフードを深々と被り、沈みゆく日輪を背景に都市へ侵入した。

 

◆◆

 

「外へ?もう暗いのにか?」

「えぇ、貴方は休みを取ったのでしょう?それならリフレッシュに夜風に当たるのも一つの手です」

 

 そう顔を近づけて言うのは依姫。

 永琳のラボから帰って軍からの休みをもらっている筈なのに誰もいない道場で刀を振るうシンを思っての言葉だろうか。

 何にせよ先のヴェノムの言葉で多少心の落ち着いていたシンはその言葉に従った。

 

「分かった…依姫も済まないな、お前も辛い筈なのに気を遣わせて、それに俺のせいでカレンを…」

「いえ、貴方が気を負う必要はありません…どうか、今は休んでくだい…」

 

 不安な表情をする依姫。

 彼女も未だ心の傷を癒やしていない筈なのにシン達に気を遣っていることに、シンもまた少し心配になった。

 

 そして出口まで見送ってくれた依姫に対して。

 

「お前も辛くなったら俺か家族に言えよ、取り敢えず吐き出せば楽になるからな」

「…はい」

 

 短く返事をした依姫を後にし、道場からシン達は歩き出した。

 空は既に真っ暗で雲の隙間から星や月の光が漏れ出ている。

 

 ひんやりとした夜風を堪能しながら当てもなく歩く。

 

 特に何かが起こる訳でもなく、シンは来た道を引き返そうとした。

 その時である。

 

 暗い道の奥で薄暗く光る人影。

 何処か見覚えのあるその姿は、子供のように小さく、その姿にまるでカレンを幻視させた。

 

「まさか…な」

<気を付けろよ、嫌な予感がする…>

 

 しかしどうにもその立ち姿がカレンと重なる。

 ヴェノムの忠告を無視し、知らず知らずのうちにシンは走り出し、その少女の目の前まで迫っていた。

 

 少女は深くフードを被っており、その顔は確認出来ない。

 

「アンタは…誰なんだ?」

 

 少女はニヤリと笑って言った。

 

「誰か…?私はエレクトロ…人類の抹殺者だ…!!」

 

 




ご拝読、ありがとうなのぜ。
次回、激突。

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)

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