東方修羅道   作:おんせんまんじう

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そしてーーー悪は解き放たれた。


第三十話 小さなネズミと勇敢な愚者

 彼女はその何処か聞き覚えのある声に、疑問を抱いた。

 しかし、すぐに殺意に飲み込まれ、思考は紅一色に染まっていく。

 

 彼女には最早、冷静な判断力は無かった。

 

『殺れ』

「がぁあアッ!!貴様諸共ブッ殺してやるっ!!!」

「…!」

 

 先制したのはエレクトロ。

 咆哮を上げて金色に輝き、全身から放電を発射した。

 

 絶大な光と共に、雨に打たれて複雑に枝分かれしていく雷光。

 

 アースはその光景に目を見開き、僅かな焦りを感じながらも、蒼電の隙間を縫う様に回避した。

 焦りの理由は攻撃範囲の広さもあるが、やはり一番は幼女の存在。

 

「ひっ…」

 

 幼女はふるふると震え、胸に顔を埋めて必死に抱き付いている。

 その心境は解らない。

 とくとくと震える心臓だけをアースに伝えていた。

 

 しかし、彼女を抱えて戦闘を行うことは、当然、荷物を抱えることと同義であり、エレクトロ自身もその事は分かっていた。

 

「どうしたぁ!?荷物は降ろしたらどうだッ!?ワタシが処分してやるからよぉッッ!」

「誰がそうするかっ!」

 

 アースの言葉を聞いたエレクトロは怒りのまま、更に電圧を上げようとするが、自転車のペダルを踏み外した様な感覚に陥ってしまう。

 想定外の出来事に顔を顰める彼女は、自分の中の電力量を探った。

 

(無い…!?)

 

 無いのである、電力が。

 それも仕方が無い、疲労が積み重なっていた事もあるが、何より彼女はシン達との戦闘で電力を使い過ぎてしまった。

 もう、彼女には雷を落とせるような電力量すら残っていないのだ。

 

「クソッ!!」

 

 彼女は怒声を上げて水溜まりを蹴り飛ばした。

 しかし、飛び上がった水飛沫に電気が流れるのを目撃すると一転、頬を吊り上げて放電を中止した。

 

 都市ガスを含んだ水は電流を流す電解質。

 ならば答えは一つ。

 

「ハァアッッ!!」

 

 彼女は残り少ない電力を振り絞り、地面に向かって電撃を発射した。

 電撃は地面に、いや、地面を覆い尽くす水溜りに激突すると、紫電を撒き散らして地面を這いずり回っていく。

 

 そう、水は電気を通す。

 

「…っ!?」

 

 雨に濡れ、驚愕の顔を晒すアースは、彼女の行動に疑問を抱いたが、地面に広がる蒼電を見て蒼白した。

 恐るべきスピードで迫る紫電。

 今逃げ出したとしても、恐らく逃げ切れないだろう。

 

(これぐらいなら、自分は耐えられる…っでも、この子供は…っ考えろっ!この子を守る方法をッ!!)

 

 アース達まで約十メートルの所まで迫る紫電。

 

 五メートル。

 

 三メートル。

 

 距離が近づくにつれて、引き攣る口角と狭まる逃げ場。

 

 上に逃げても撃ち落とされるだけ。

 四方八方に逃げ場無し。

 

 残り、一メートル。

 

 考えろ、電気が伝っているのは、地面の水だ。

 …水?

 

(そうだ!これなら…っ!!)

 

 降って沸いた名案。

 目前に迫った紫電に対処する為、頭の中で火事場の馬鹿力が働いたアースは、四股を取るかの様に地面を踏み鳴らした。

 

「だぁッ!!」

「何っ!?」

 

 勿論、水溜まりを踏みつけば、水は跳ねて弾ける。

 しかし、アースが行ったのはそんな生温い話では無かった。

 

 パァン、と。

 

 まるで風船が破裂したかの様に水溜まりは跳ね、それだけに留まらず、アースをドーム状に覆い隠すかの様に弾け飛んだ。

 

 これは彼の追い詰められた瞬間に発揮する馬鹿力による物である。

 肉体的にダメージが無い為、地面を叩き割るには至らなかったが、即席の水膜を完成させるには充分であった。

 

 そうして電流は巻き上げられた彼らに届く事は無く、水のドームに帯電し、結果的にその中に居るアース達の身を守ると同時に、相手への軽い目眩しとなる。

 

 アースはこの時、物理的に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 胸元に目をやると、ぎゅうっと、幼女が小さな掌でアースの雨に濡れた服を握っているようだった。

 

 恐ろしいのだろうか。

 そんな彼女の姿は何処か、見覚えがある。

 

 在りし日に、守り切れなかった存在。

 そして今、胸に抱いている幼女。

 

 彼はどうしてもこれが、あの時のやり直し…若しくは繰り返しに思えてならなかった。

 だからこそ。

 

「大丈夫…必ず守る…ッ!!」

 

 この思いが贖罪なのか、自己満足なのかは判らない。

 しかし、守ると言う思いだけは本物だ。

 

 彼はパチパチと帯電する水の膜越しに、嘗ての仲間を、朧げに映る者を凝視した。

 巻き上げられた水は、あと数コンマでその形を崩壊させるだろう。

 

(さて…どうする、万事休すだ)

 

 そう判断した瞬間、奇跡が起こる。

 なんと、帯電が収まったのだ。

 

 これはエレクトロの電力量が底を尽き始めた為だが、アースはそんなことは露知らず、好機とばかりに崩れ始めた水のドームを飛び出した。

 

「少しの間…しっかりと捕まっててくれっ!」

 

◆◆

 

 どうする、不味い。

 あんな奇天烈な方法、一時凌ぎにしかすぎないと言うのに…

 

 水のドームなんてニ、三秒しか持たない筈なのに、それさえ待てば自動的にフライドチキンの出来上がりだってのに…っ!

 

 こんな時にガス欠しやがった…!

 

『私が変わろうか?』

 

 黙れ!!偽物っ!!

 考えろ!回復させる手段は…!?

 

 雨に濡れて斜陽を反射する地面、暗く焦げたビル群、点いてすらいない街灯。

 クソが、何も無ぇ!

 

 それとも、逃げ…

 

「うおらぁああッッ!!」

「…ッ!?!?」

 

 なっ!?ヤバい!アイツが目の前に…っ!

 拳が目の前に…

 避けれないッ…防御も無理ッ…カウンターしか無ぇッ!!

 

 ガキごと胸を貫いてやるッ!!

 

「甘いんだよ雑魚野郎がぁああッ!!!」

「ぐぅッ!!おおぉぉぉおおおッ!!」

 

 コイツッ!コイツぅううッッ!!

 無理矢理体を捻ってガキを庇いやがったっ!!

 だが、右胸を穿ってやったっ…骨まで届いたっ…肺も潰した筈ッ。

 見ろ、血が噴き出してきやがった!

 

 なのに、何故そんな…戦意を漲らせた目をしてやがる!?

 お前が飛び出した勢いも殺した!右胸も貫いた!後はお前に何が…

 

「おぉおおああアアッッ!!!」

「ッ!?ッ止めろぉおおおお!!!」

 

 拳を振り上げたッ!?

 いや、まだだ…私の拳を抜い…抜けねぇッ!?

 クソがッ!コイツッ!!この為にッ!?この為にカウンターを許したのかっ!!

 

 クソッ!クソッ!不味いッ!抜けねぇ!避けれねぇっ!防御もカウンターも出来ねぇッ!!

 

「だがお前に何が出来るッ!右胸を貫かれた状態でぇッ!!」

「言っただろうッ!?僕はっ!!スロースターターだァッ!!」

 

 なんだ…!?何でこんな奴の…ただの振り下ろしに…動悸が止まらねぇ…ッ!?

 心臓が警告を鳴らしている…っ!脳が騒いでいるっ!!

 

 大丈夫な筈だ…死にかけの振り下ろし…

 

 は?速…

 

◆◆

 

 起死回生の一手、そう言わざるを得ない程、彼の一撃は戦局をひっくり返した。

 

 ワザと突っ込んで命の危機に落ち、そこからの亜音速の振り下ろし。

 

 しかし、ただエレクトロがカウンターを決めただけでアースの胸を貫くとは思えない。

 恐らくその身が人から離れ始めている事の表れだろう。

 

 それでも、追い詰められた事による一撃は、エレクトロを地面に叩き落とすだけに留まらず、地面を粉々に叩き割るほど高威力だった。

 彼女は地面から露出した配管に頭から突き刺さり、ビクビクと震えている。

 

 コンクリートを突き破ったのだ、それでも爆散していないエレクトロは驚異的だが、流石に暫く動けないだろう。

 そう判断したアースは、少し彼女から離れ、しがみ付いた幼女を丁寧に引き剥がし、血が噴き出す右胸を見せないように、ゆっくりと語り掛けた。

 

「逃げるんだ、こっから遠くに…今しか無いんだ…」

「…分かんないよ"、何でおじちゃんはちだ"ら"けになってるの"?な"んでおねぇちゃ"ん"はわ"たしにいたいことして来"る"の?」

 

 次第に泣きじゃくって言葉にならない声を上げる幼女。

 仕方もあるまい、彼女は精神も成熟していない子供も子供だ。

 目と鼻の先でこんなショッキングな光景を見せてしまっては、冷静な判断など出来るわけがない。

 

「ごめんね…いつか解る時が来る…それに、君を守るにはこれしか無いんだ」

「い"や"だよお"!!わたし"がここで"にげち"ゃ"っ"たら"!わ"た"しの"だ"い''すきなお"ねぇちゃん"が"しんじゃう!!」

 

 それは子供特有の直感なのかも知れない。

 幼女は、ここで背を向けたら、絶対に、もう二度と愛する姉と会う事はないと感じていた。

 

 しかし、哀れなものである。

 確かにカレンは妹は可愛がってはいた、だが同時に、心のどこかで憎んでいたのだ。

 今のエレクトロには、その、憎悪で満たされている。

 

 幼女はその事に気づく事はできないのだ。

 それとも…分かっていた上で彼女を愛していた?

 

「大丈夫…殺したりはしない…約束するさ…」

「ひぐっ、絶対に…?」

「あぁ、絶対に」

 

 嘘だ。

 

「おじちゃん"、守ってくれるの"?」

「うん…守、る…」

 

 ここで口籠ったのは血を噴き出してしまったせいだ、それか先のおじちゃん呼ばわりで傷ついたからだ。

 決して、心がズキズキと痛んでいた訳ではない。

 

 それでも、潤んだ瞳がコチラを突き刺すと、どうにも目を逸らしてしまう。

 

 いっそのこと真実を伝えるべきか…そう、葛藤した時。

 

 エレクトロの辺りが発光した。

 眩い光は辺りを包み、エレクトロの激しい叫び声が響き渡る。

 

 もはや、時間は無い。

 

「走って!!早く!!」

「…うぅううっ!!」

 

 幼女は涙を噛み締めて走った。

 時折振り向いては、涙が溢れ、それでもアースを信じて走った。

 

 あんな年齢の子にこんな選択をさせるのは、あまりにも残酷だ。

 けれども、彼にはその選択肢しか残されていなかった。

 彼は走り去る幼女を見て自問する。

 

「これが…成りたかった…弱い人を助ける者…か…?」

 

 いつか幼女が傷付くと分かっていたのに、嘘を吐いて、今すぐ助けることを優先した。

 これが成りたかった者…?

 

 彼は葛藤しながら、エレクトロへ向き直る。

 そこには、幽鬼の如き化け物がいた。

 

◆◆

 

 …死。

 

 意識が最後に強調したのは、その感情だった。

 続いて天地がひっくり返り、今まで感じたことが無いような衝撃が頭に叩き込まれ、意識が飛ぶ。

 

(クソが…油断した…絶対に死んだ…間違いなく死んだ)

『そんな訳が無いでしょう?』

(黙ってろ…もう死んだ事にしてくれ…流石に疲れたんだ)

 

 もう、いいだろう。

 私は頑張った。

 生きている限り、母上の期待に応え、強く成り続けなければいけないのなら…もう、死んだほうがマシかも知れないんだ。

 だったら、いいよ、受け入れる。

 

『違うだろう、お前は強い、世界で一番の愛娘なんだ!ここで終わってくれるなっ!!』

 

 ハハハ、焦ってやがる。

 なんだ?お前の目的は、偽物。

 

『違う!ワタシはお前のお母さんだぞ!だったら言うことを聞いておけ!お前はこの程度では死なない!』

 

 何処にそんな根拠がある?

 

『……』

 

 重い沈黙だな?喋り過ぎて喉でも枯れたか?

 

『子供の死を願う母が何処にいる!?』

 

 …!

 …あぁ…どうせ…仮初の理由だ…絶対にそうだ。

 

 

 

 …でも。

 自分はきっと…こんな言葉を掛けてもらいたかったんだ…

 例え…この言葉が嘘で着飾られた物だとしても。

 

 クソ…ダメだ…

 まだ心の何処かでコイツが私の母上だと訴えかけて来やがる。

 

 もう、母上の期待に応えようとしたく無いのに…

 畜生…

 

 頑張るしか…ねぇじゃねぇか…

 

『そうだ…それでいい…後少しなんだ…もっと戦え…!」

 

◆◆

 

 魅せられ、聴かせられた幻聴は、一種の悪夢だったのかも知れない。

 しかし、悪夢は彼女に出鱈目な活気を齎し、尽きる事の無い殺意を流し込んだのだ。

 

「…ヤるか」

 

 彼女は気怠げに目を覚まし、一言呟いた。

 同時に、バン、と言う大きな音と共に配管に手を付き、配管に刺さった頭を強引を引き抜こうとする。

 

 すると、いとも簡単に、まるで粘土をこねるかのように鉄製の配管は捻じ曲がり、彼女は配管から脱出することができた。

 

 明らかに人間業とは思えない。

 これは自身がが着々と人の身を脱していると言うことなのだろうか。

 血がこびりついた掌を見つめながら、そう思案する彼女。

 

 思えば、ずっとそうだった。

 自分は筋力はあまり無い、良く言えば力が無くても戦えていた少女、悪く言えば能力に頼り切りだった愚物、だった筈。

 

 それが今はどうだ?

 意識外から繰り出された(アース)の一撃に大したダメージを見せず、頭から地面に激突しても、真っ赤な花火ができる訳では無い。

 

「どうなってんだ…?私は…」

 

 自分が自分で無くなる恐怖。

 それは自我の喪失。

 

 …奇しくも彼女自身はそれを一度体験しているが。

 ただ違う点があるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()と言うことだ。

 

「…ッ」

 

 ゾクリと、彼女はどうしようも無い恐怖を感じた。

 呼応するかのように驟雨は雷雨へと姿を変え、激しさを増していく。

 これ以上考えても仕方が無い、そう思い込むことにしたエレクトロは、その考えから逃げる様に別の物を注視した。

 

 先ほど頭が突き刺さっていた配管。

 土管のような外皮は無惨に砕け散り、幾重にも束ねられた導線が飛び出している。

 

 その一部からはパチパチと、電流が漏れ出ていた。

 そう、これはこの都市に張り巡らされた地中送電線の一部である。

 

 言うまでも無いが、この都市は科学の発展によって様々な装置が発明され、それに伴って新たな発電施設、送電ケーブルが地中に敷かれた。

 今もこのケーブルには莫大な電力が飛び交っていることだろう。

 

 ゴクリ、と。

 彼女は息を呑んだ。

 

『出来るだろう?』

「…」

 

 無意識的にケーブルに手が伸びる。

 そして無造作にケーブルを手に取り、ブチブチと左右に引きちぎった。

 

 漏れ出る紫電が頬を掠める。

 彼女は昏い表情でケーブルの先端を見た。

 

『全て吸い取ってしまえ』

 

 そしてエレクトロは、躊躇うこと無く二本の先端を自身の胸に押し付けた。

 

 電気の蓄電など、生まれてこの方やった事すら無い。

 だがらこそ、程度を知らない彼女は根こそぎ搾り取るかのような勢いで電気を吸い出した。

 

 それが間違いとも知らずに。

 

「…ッ!?!?がッッ!?!?っっあぁぁぁあああああっッッ!?!?」

 

 突然、ガクガクと体全身を震わせるエレクトロ。

 叫び散らし、全身から放電が溢れ出で、辺りを蒼く照らしていく。

 

 ーーー当然だが、一部の例外を除いて、どんな能力もキャパシティは存在する。

 電力を放出しすぎると空っぽになってしまう様に。

 無論、蓄電に関しても同じ事が言える。

 

 何度も言うが、この都市は超先進的であり、故に消費電力量も半端では無い。

 その中の一帯とはいえ、そんな莫大な電力を一挙に吸収しようとすれば、どうなるかは一目瞭然。

 

 結果的に激痛と身体中から電気が放出されただけで済んだが、体がキャパシティオーバーを迎え、爆散しないだけマシだった。

 

「あッ…!が…!ッはっ…はぁっ…はぁっ…」

 

 放電が鳴りを潜め、その場に崩れ落ちるエレクトロ。

 ズキズキと、粘りつく泥のような余韻だけが残っていた。

 

 そして、エレクトロを照らす強烈な光、続く大気を震わす轟音。

 ビクリと肩が震えたが、どうやら雷が近くに落ちただけだったようだ。

 

『…がっかりだ』

「黙れ…ッ!」

 

 流石に、操り人形のようなエレクトロといえど、頭の中で響く声が母上では無い事は気付いていた。

 徐々に母上の口調から遠ざっているからだ。

 

 その声が孕む色は、恐らく焦りと期待。

 

 オモチャを欲しがる子供が慌ただしくなる様に、ボロが出始めているのだ。

 

 …だが、ソレの言葉のお陰か、体に満ちる力は100%。

 いや、それどころか120%程度まで上がっている様にも感じられる。

 更に、普段使うことの出来ない技さえ使える様な感覚さえある。

 

 無理な能力使用の恩恵だろうか。

 

 そんな愉悦の裏で彼女は、次に電力を吸う時は、ゆっくり慎重に行こう、と。

 密かに自分を戒めた。

 

 そして、未だ息をしているだろう敵対者へ歩を進める。

 陥没したコンクリートから顔を出すと、コチラに振り返る男、アースの姿が映った。

 

 一人しかいない。

 

「そうかァ…逃げたかぁ…まぁ、どうせ全員殺すから意味無いけどな…」

 

 その呟きは雨音にかき消される事無く、アースの耳元に届く。

 彼はエレクトロを見て一瞬驚いた様な表情を示した、が、次の瞬間では、憂い、迷い、覚悟の様々な感情が入り混じった表情を示し、言葉を投げ掛けた。

 

「…君に何があったか、僕には解らない…違えた道を直す事だって出来たかも知れない…でも、シンさん達ならまだしも、僕には出来ない…僕の夢だって、今の道が正しいのかも解らない…!!でも!今やるべき事だけは解る…ッ!」

「長ぇんだよ!簡潔に纏めろっ!!」

 

 戯言はもう聞きたく無いとばかりに、覚悟なんぞ無駄だと言わんばかりに、エレクトロは辺りに紫電を撒き散らした。

 アースを右胸の陥没を庇うように構えながら、叫んだ。

 

守る為にッ!!僕は命を賭すッッ!!

「じゃぁ残念だ!お前はここで生き絶え、お前の守りたいモノは消え去るッ!!それも解らないなら…絶望を見せてやるッ!!さぁ!!第二ラウンドだァッッ!!!」

 

 両者が叫ぶと同時に紫電は地面に突き刺さり、地面には亀裂が走った。

 エレクトロ自身をコイルと見立てた電気の渦は、強力な磁界を創り出す。

 それの意味する所はーーー金属の操作。

 

「さぁッ!!!死ねぇッッ!!」

 

 先程の配管を中心に、金属が地中から飛び出し、街灯すらも根本から引き千切れていく。

 物の数秒、あっという間にアースの周りには凶器が溢れていった。

 

 そして、エレクトロが拳を握れば全ての金属の切っ先がアースに向けられ、次々と弾かれたように発射されていく。

 

「う、おぉぉおおおおっッッッ!!!!」

 

 全方位から、鉄の塊が飛んでくる。

 気を抜けば蒼電も鉄と鉄の間を縫って襲って来る。

 

 当然、避け切れない、近付けない。

 

 最初は服に掠れるだけだったのが、徐々に正確さを増して皮膚に届く。

 身体中に赤い線を刻まれていくだけだった筈が、胴体に直撃し、やがて電流すらもモロに喰らってしまう。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 彼の眼の光はまだギラギラと輝いている。

 

 彼は傷付けば傷付くほど強くなる。

 つまりは…タイマン(1VS1)最強なのだ。

 

「っフンッッ!!」

「っ!?まっず…」

 

 電流に身を貫かれながらも、降り掛かる鉄の一つを掴み、力尽くでエレクトロに投球するアース。

 投げ出した時点でソニックブームが発生し、磁力を無視して吸い込まれるかのようにエレクトロへ飛来していく。

 

 磁界操作に集中していたエレクトロに避けきれるはずも無く、その数瞬後には高らかな音を響かせ、眉間に直撃した。

 

「オ…ッア"ッ…!」

 

 マトモな声を上げる事も叶わず意識が遠のいて行くエレクトロ。

 電流が消失した事により、浮遊していた金属は甲高い音を響かせ合いながら落下して行った。

 

 アースはそんな金属が落下して行く様を見るな否や、金属と金属の間を縫って突撃していく。

 彼は、一見金属に阻まれ、道の無いような道にルートを作り出すため、思考をクリアに、深く集中した。

 スローモーションのように世界が緩慢に動いて行き、遂には雨水すらもこの目で視認出来るようになって来る。

 

 そして、地を蹴る。

 

 考え出したルートを通り抜け、時に落ちて行く配管に飛び乗り、陥没するような勢いで蹴っては、他の金属に乗り移る。

 そうして加速していくアースの軌跡は幾何学的な模様を創り出し、凡そ人間が到達し得ない速度に至っていった。

 

 体が限界を訴えるまで加速したアースは、近くにあった鉄パイプをおもむろに掴み取り、足元の配管を粉々にしてエレクトロに襲い掛かり、鉄パイプを振り落とすーーーが、しかし。

 

「甘いんだよッ!!」

「…ッ!?」

 

 バギンと、金属同士がぶつかり合ったかの様な轟音が雨を突き抜けた。

 音速の振り下ろしは、なんと一瞬で意識を取り戻したエレクトロに掴み取られてしまったのだ。

 

 そして彼女は掴んだその手でパイプを握りつぶし、ありったけの放電をする。

 更に空いている方の腕でもダメ押しの強烈な雷撃を加えた。

 

「はぁぁああああ…ッ!!」

「がぁああ"あ"あ"ア“ッッ!!」

 

 顔を歪ませ、咆哮を上げて耐えるアース。

 アースの体を突き抜ける雷撃は地面を抉り、混沌と化した道路を更に破壊していく。

 

 しかし。

 

 彼は決して倒れる事も無く、膝を突く事も無かった。

 それどころか膂力がどんどん上がっていき、眼光がナイフのように尖っていく。

 

 力の均衡は崩れつつあった。

 

(どっからこんな力が…!?不味い…!押し負けるッ!!)

()()()()…か』

 

 完全に力の均衡が崩れ、力比べの敗者であるエレクトロは、大きくのけぞった。

 逃すには惜しすぎる隙。

 当然彼が見逃す訳は無かった。

 

「こぶっ"」

 

 身体中が痺れている筈だと言うのに、まるで猫のように素早く接近したアースは、瞬く間にエレクトロの懐に潜り込み、レバーブローを繰り出した。

 続いてアッパー、フック、ストレート。

 

 ラッシュは止まらず、激しさを増していく。

 しかも一撃一撃が当たるごとに、衝撃がエレクトロを通り抜けて道路を破壊していくのだ。

 

 ーーーしかし、彼は重症人でもある。

 肺損傷、内臓の一部機能停止、体の限界を超えた事による身体破壊、及びに脳の過剰負担。

 

 だれがどう見てもこのまま続けば、彼の命は危ないと分かるだろう。

 それでも、彼は拳を振るう、それが彼の決めた事なのだから。

 

「うぉおおおお"お"ッッッッ!!!!」

 

 仕上げとばかりにエレクトロを蹴り上げ、更に一瞬で彼女の上を取って踵落としを繰り出す。

 ゴキャリと人体から出してはいけない音を響かせて、エレクトロは地面に激しく激突した。

 

 地面に叩きつけられたエレクトロもこれには流石に堪えたようで、血を噴き出してビクビクと震えている。

 しかしアースも体の限界を超えた事で反動がフィードバックし、足がガクガクと震え、遂に膝を着いてしまった。

 

「ハァッ…!ハァッ…!」

 

 息を吸っても吸っても酸素が足りない。

 そう感じる中、アースの瞳が映したものは、気絶するエレクトロでは無く、血反吐を吐いてゆらりと立ち上がる奴の姿だった。

 

「はぁ〜〜…ッ!流石に…効いた…!…決めた…お前は、八つ裂きだ…ッ!!」

 

 エレクトロの手元に青白い光が集まり、戦斧を形造って想像される。

 絶えずバチバチと蒼電を発しており、見るからに危険そうだ。

 

 これにはさしもの彼も軽く絶望を感じずにはいられなかった。

 

(ここまで魂を削って…これだけ?…は、はは…冗談が過ぎる…)

 

 立ち上がろうとしても、絶望と言う二文字が体をがんじがらめにする。

 それでも立とうとして、顔を上げるとーーー視界いっぱいに(戦斧)が広がった。

 

「…っ!?」

 

 考える暇も無く、つまり無意識で体を傾け、横に飛び込む。

 そうして受け身を取って立ち上がる筈が、()()()バランスを崩し、水溜まりに顔から突っ込む形で倒れ込んでしまった。

 

 何故だろう、左腕が熱い、いや、()()()…?

 

「…クク…こんな上手くいくなんてなぁ…笑えるぜ…初めての事もなんでも出来る…!お前もどうだ?初体験だろう…!?()()()()()のはァッ!?」

「…?あ…あっ、ああぁああ"あ"あ"あ"あ"ッッ!?!?」

 

 斧を振るって血飛沫を上げながら近付くエレクトロを他所に、違和感のある左腕をーーー左腕が、無い。

 

 知覚して、遅れてやって来る激痛。

 鮮血が噴水のように噴き出し,地面の水溜まりと混ざって赤く彩っていく。

 

 あるという感覚はあるのに、無い。

 アースはその感じたことのないようなストレスと激痛に叫んだ。

 

「がぁッッ!?」

「叫ばれるとそれはそれで五月蝿いんだよなぁ…ッ!」

 

 しかし、エレクトロに頭を踏みつけられ、強制的に黙らせられた。

 赤く汚れた水溜まりに押し付けられ、マトモに息を吸うことすら許されない。

 

「しかし無様だなぁ!?なんだったか?命を賭けて、だったか!?アハハハハッ!!お前がどれだけ勝負の中で強くなろうと、意味無ぇんだよッ!分かるか?守りたいなんては守れない!!これが人間なんだよッ!!あぁ!?」

「…ッ!!」

 

 彼女は何度も何度も彼の顔を踏み付け、血を量産していく。

 彼の体はいつしか力が入らなくなり、地面に突き立てようとした腕はだらしなく伸び、無抵抗に踏みつけられるだけの存在と成り果てようとしていた。

 

 更に、エレクトロが足を振り下ろすごとに、足を押し付けてグリグリと痛め付けるごとに、体は震え、体から活力が失われていく。

 血が足りなくなったのか、意識が朦朧として来た。

 

「どうしたァッ!?お前は叩けば叩くほど強くなるんだろう!?立って見せろよ!?腕も無い!血も足りない!無様に地面とキスした、その体でェッ!!アヒャハハハッ!!!」

「…」

 

 罵倒の声が遠くなっていく。

 雨が自分を叩く感触と降り頻る音、左腕から吹き出す血に意識が向く。

 痛みも遠いように感じる。

 

 アースの意識は今まさに消えようとしていた。

 

 だが。

 彼の意識の奥深くで、何が共鳴した。

 いや、共鳴と言うよりは、()()

 

『ーーー』

 

 突如として、彼に昔の記憶が蘇る。

 今の夢の礎となった、忌まわしい一日のことだ。

 

 血のシミとなったネズミ、頭上で笑う下衆、無力感。

 

 

 

 そうだ。

 僕は。

 二度と彼のような。

 悲劇を起こさないと、決めたんだ。

 

(そうだッ!!守る為に…ッ!お前をッ!!)

 

「お前をォッ!!殺すッッッ!!」

「ハッ!?!?」

 

 覚醒したアースは、押さえつけられた足ごと体を起き上がらせて、叫んだ。

 大きく後方に仰け反り、驚愕したエレクトロは慌てて蒼い戦斧の柄を防御に出すが、最早関係無い。

 

 全てを捧げて、今この命も、燃やし尽くして。

 失くした左腕も、震える足の爪先も、血と雨に濡れた頭の先も、全ての力を爆発させて。

 拳を握り、地面を蹴り、振り上げる。

 

 人生最大の技を。

 人生最後の技を!

 

リベンジスマッシュッッ!!!!」

「あああああアアアアッッッ!?!?

 

 度重なる負傷、命を賭けたストレート、最後の覚悟、相手の油断。

 全ての要素が加わったアースの、究極の拳は。

 

 エレクトロの戦斧を破壊し。

 ーーー彼女の胸を、心の臓を貫いた。

 

「が、は…ッ!?」

 

 それに留まらず、扇状にエレクトロの背後が破壊され、崩壊していく。

 当の彼女は、滝のような血を吐き、あり得ない、という表情を浮かべ、グッタリと脱力した。

 

 静寂。

 

 地面を激しく叩く雨の音だけ響く。

 

「やった…」

 

 アースは、拳を振り抜き、肩にエレクトロが倒れ込んだ状態で、静かに歓声を挙げた。

 沸々と、六割の達成感と、四割の、人を…仲間を殺したと言う実感が胸中を支配していく。

 すぐ横でドボドボと血を吐く彼女の息は、無い。

 それが、確かな実感だった。

 

「手に掛けて、ごめん…もっと違う方法が…」

 

 静かに、雨にかき消されるような音量で遅すぎた懺悔を呟くアース。

 しかし、それは、()()()()()()()

 

「誰…?死んダってぇ?」

「ッ!?」

 

 突如として耳元で囁かれた神経を逆撫でするような、悍ましい声。

 アースは一瞬、ほんの一瞬だけ、死んではいなかった事に喜びを見せるも、すぐに思い直し、同時に、強烈な違和感に襲われた。

 …目の前の女は、彼女じゃない。

 

 生憎、体が動こうにももう動かせない為、声に出して疑問をぶつけた。

 

「お前は…誰だ…?」

「…クヒャッ!ヒャははハはッ!!気付くもんナンだねぇ!あァ、こレがエレクトロの見てイタ世界かァ…電流ガ見えるぞ…なんテスバラシイ…!!ただ…少し声がオカしいですわね…コレのせイかな?」

 

 機械に音声を通したような歪み、加えて言文が一致しない声で話すソレは、ソレの胸に突き刺さっていたアースの右腕をーーー

 引き千切った。

 

「ぐぁああああ"あ"あ"ッ!?!?」

「クヒッ!イい声で鳴く!…アー、あー、マイテスー、まいてすー、いいです!素晴らしい!!多少予定が早まってしまってましたが、大成功!!」

 

 そのまま地面に倒れ伏すアースを足蹴に、ソレは自身の胸に刺さった右腕を強引に引き抜き、マイクテストの様に声を出した。

 やがてエレクトロの同じ声質に戻ると、舌ったらずな発音で譫言のように喋り出す。

 

 アースは死にかけのの体で、奴の顔を見る。

 ーーーのっぺりとした、鼻も、目も、口も、耳もない、正真正銘の、妖怪だった。

 

「素晴らしい…!素晴らしい…ッ!私にくぉんなチャンスを与えたもうなどと…()()()()は見捨てて下すぁってなんてなかったぁ…!あぁ…勿論君にも感謝して差し上げてるよお?意識がある方が乗っ取りは難しいんだァ…」

「…黙れ…お前は誰だ…何が目的だ!!」

 

 うっとりと虚空を見つめるソレは、アースの問い掛けに死んだ魚のような目を向けて応えた。

 直後、ゾクリと。

 悪寒が背筋を走り抜ける。

 

「ワタクシは…操りのー…いや?どうなるのだ?エレクトロ?いや?ん?…んー、そうだ!!()()()()()()()!!そうだそうだ!ソレがいい!!で?なんでしたか?あぁそう!目的だったね!それはーーー全人類を混沌に堕とす!!それが()()()()の申せられている事だ!!」

「ふざけるな!カレンを返せ!」

「まずはありがとうだるぉミノムシ君?悔しいぬぁら…掛かって来なさいッ!」

「ぐ、おぉおおおお"お"ッ!!」

 

 正真正銘最後の力を振り絞って、芋虫のように地を這い蹴り、飛び付いて噛みつこうとするアース。

 両腕が無いのにも関わらず、動けているのは奇跡だ。

 

 しかし、現実はどこまでも無情だった。

 

 一見無防備に見えるエレクトロ、いくら攻撃が原始的とは言え、流石に当たる筈。

 …当たる筈だった。

 

 激突する直前、エレクトロの()()()()()()()になったのだ。

 浮き出る血管のような電気の流れ、そして、奴は悪戯の上手くいった子供のようにーーー嗤った。

 

 噛みついても、水を相手にしているかの様な手応えの無さだけが残る。

 そう、アースはエレクトロを…通り抜けた。

 

 代わりに体がバチバチと痺れ、その勢いのまま地面に滑り込んでしまった。

 

「んー、完全の透過とは言えなくとも、いい実験になってくれた!!そうだ、あの子は電気と言うものの使い方が分かってなかった…ミノムシ君!その身お持って実感しなさい!!」

「…ッ!?」

 

 暗く淀み始めた世界を瞳に収めていたアースは、エレクトロの体が、粒子のよう、いや…雷のように姿を変えるのを見た。

 そして、直後に体に衝撃が走り、痛みに喘ぐ。

 

「まだ制御に難しい…まぁ、いいよね!…あ、そうだ…ミノムシ君、ここまで頑張って下すったご褒美だ、一瞬で逝かせてあげようッ!!」

「ぐ、ぁ、ぁぁぁああああ…」

 

 いつのまにかアースの頭の元に寄って来たエレクトロは、先程の戦斧を創り出し、大きく振りかぶった。

 胸に開けた穴も、いつの間にか塞がってしまっている。

 彼はその後に起こる展開を恐れ、身を捩ろうとするが、指一本動かせない。

 もう、限界だった。

 

「ヒャハハッ!!死ねぇッ!!」

 

 醜く嗤うソレが、振り下ろす。

 戦斧の矛先が刻一刻と迫る。

 後悔、諦め、焦燥、思考、様々な考えが頭の中を駆け巡るが、虚しく、蒼が鼻先まで迫る。

 そこまで来て、アースは漸く諦めた。

 

(くそ…シンさん、後は…頼ーーー)

 

 走馬灯を見る暇も無く、彼の体は、頭から足へ戦斧が通り抜け、一刀両断にされた。

 そこだけ、雨の音も、血が芽吹く音も、エレクトロの嗤い声も、何もかもが無音のようだった。

 

「キヒッ!ヒヒヒヒヒッ!!さぁ…()()…次は、お前だ…ッ!!」

 

 シンという存在、()()()()()()()()

 アレは、()()()()()だ。

 舌舐めずりを行い、エレクトロは恍惚に嗤って、配管の中へ、電線の中に消えていった。




ご拝読、ありがとうなのぜ!
アースは、うん、いい奴だったのぜ…彼は不幸だっただけなのぜ…三週間遅れたことも不幸なのぜ…何故か13000文字突破したことも不幸なのぜ…
…それは兎も角、エレクトロが遂に覚醒したのぜ!
これでコストパフォーマンス120%!

しかし…なんであの大妖怪がまだ生きているのぜ?"我が主君"って?なんでシンの名前を知ってたのぜ???
謎が深まってきたのぜ…次回もゆっくりしていってね!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)

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