話は、アースとエレクトロとの激突の数時間前に遡る。
依姫は雑踏を抜け、焦りと不安を胸に抱いたまま永琳の家を訪れていた。
地上の医務室、地下のラボなどなどを兼ね備えた、賢人だからこそ与えられたハイブリッドハウスだ。
彼女自身はその感情の正体に気付いていないが、推測するならば、それは混乱からくる物だったのだろう。
友が失踪したと思ったら、今度は想い人が争いに巻き込まれ、更にはその渦中に友がいる。
その事実に確証も、証拠も無い。
故に依姫の心情は穏やかでは無かった。
(…きっと、何かの間違いの筈です…!)
更には、生きている事を喜ぶべきか、蛮行を嘆くべきかすら、未だに分からないのだ。
彼女は複雑な感情の中、電気の付いていない医務室を訪れる。
「師匠ー!?師匠は居ますかーっ!?私です!依姫ですっ!!」
ここに永琳は居ないだろう、が、ダメ元で叫ぶ依姫。
永琳はよく地下のラボに居る、が、しかし、地上の方の医務室にいることも無い訳では無いからだ。
声は反響し、暗い医務室へ消えていく。
(やはり返事は無い…ですか…)
幾許かの肩透かしを喰らった依姫は、振り返り、地下のラボへ向かって歩き出すが、そこで。
ガシャーン、と。
何かを落としたかの様な物音。
堪らず彼女は肩を跳ねさせて驚き、背後を振り返った。
まず目に入ったのはピンと張ったウサミミ。
「ね、ねっ、寝てませんお師匠様!?わたわた私は不眠不きゅ…ってあれ?」
「………あなた、は誰ですか…?」
暗い世界の中、見つめ合う瞳と瞳。
カチ、カチ、と時計の音が五回程鳴ったところで、ウサミミの少女が何事もなかったかの様に話し出した。
「…お、おはようございます、いえ、こ、こんにちは…?鈴仙・優曇華院・イにゃ…イナバと申します、お師匠……八意様、のお客様…?いえ、患者…ですか?」
訂正、動揺しまくっている。
会話が進むごとに彼女の伸びていたウサミミがへにゃりと、少しずつヨレていく。
「こ,こんにちわ…?こちらは綿月依姫と申します…八意永琳様はどちらに?」
「ふぇっ!?わ、綿月様!?こっこれはこれは不躾な姿を見せてしまって…!?」
今の状態の彼女ーーー鈴仙は、普段はこんなにボケてはいない。
ただ五日連続でエナジードリンクとデスクと無量大数のカルテを恋人にしていたため、疲労が爆発しただけだ。
おのれ、許すまじマッドサイエンティスト。
そしてもう一つ。
現在は働く為に永琳宅で仕事を行なっているが、彼女は
綿月玄楽が軍に在籍していた頃からの、いわゆる古参であるのだ。
…結局戦争に出る事はなかったが、玄楽による地獄の様な訓練の日々は体に、魂に焼き付いている。
シン達の体験した外周マラソンもその地獄のうちの一つだ。
つまり要約すると、彼女は綿月と言う名前がトラウマになっているのだ。
「そ、そこまで畏まられなくても…それに私は師匠の場所を知りたいだけで…」
「師匠!?お師匠様ですか!?お待ち下さい、お師匠様は…ラボにいます!!どうぞ!!足元にお気を付けてッ!!」
「え、えぇ…ありがとうございます…?」
見事な敬礼を示し、依姫を見送る鈴仙。
困惑しながらも礼を返し、踵を返してラボへ向かう彼女の背中が通路に消えると、彼女はその場にへたり込んだ。
「ふぇ〜…怖かった…」
いや、実際には怖くは無い。
むしろ依姫も地獄の様な訓練を受けている為、鈴仙と依姫は同類である筈だ。
しかし、自身の中のビーストが"綿月"に恐れ慄くのだ。
「この職場も最初は配達と連絡だけで楽だったのに…急にこんなの渡されて、私の時間が…それどころか最近ずっと椅子生活…グスッ…仕事辞めたい…」
へにゃへにゃとウサミミがヨレヨレになっていき、目尻には涙が溜まっていく。
そして、彼女はまた立ち上がると、現実逃避から、静かに患者用の毛布に包まり、寝息を立て始めた。
泣き寝入りである。
しかし彼女は知らない…
数年後…彼女は綿月依姫のペットになることを…
更に気の遠くなる様な年月の後、彼女はこの職場に逆戻りする事を…
◆◆
何も無く、薄暗くて白い殺風景な廊下を抜け、地下のラボに繋がるエレベーターに辿り着いた依姫は、一人深呼吸をした。
(大丈夫…大丈夫…)
この
エレクトロの件や、永琳が助けてくれることに対してだろうか。
それとも、全てが元通りになって、またカレンと一緒に料理を作るという願望?
扉が開き、エレベーターに乗り込む。
(彼女が、本当に気が触れてしまっていたとしたら…私は一体…)
扉が閉まり、ほんの少しの浮遊感と共にエレベーターは降下を始めた。
僅かな振動に揺られながら、彼女は思考を止めずに悩む。
目線が知らず知らずのうちに下がり、考えれば考えるほど心にしこりが生まれていく。
不意に、エレベーターから電子音が響いた。
どうやらいつの間にか到着していた様だ。
扉が開いた先には、パソコンと睨み合うツートンカラーの奇妙な医者の姿。
「師匠!」
「あら、誰かと思ったら…久しぶりね、依姫」
永琳は椅子ごとくるりと振り返り、静かに微笑んだ。
◆◆
時は数年前に遡る。
丁度、依姫が能力を覚えた数日後の話だ。
玄楽は町を守る軍人として、また、娘の身を案じる一人の父親として、依姫の力について考えていた。
理由は簡単、彼女の能力が
現時点で降ろされた神は三柱。
能力開花時に憑依させた
遊びの最中に暴走した
試しにと、道場で憑依させた天照大御神。
いずれも一回目の憑依だけではデメリットも無く、加えて憑依したのは主神級の強力な神々。
一般的に、能力は子に遺伝するとして、豊姫は
一歩間違えれば災害にもなり得る力。
都に危害を加えれば、自分の娘と言えど、最悪処刑されてしまう危険性だってある。
故に、玄楽は苦悩していた。
(どうするべきだ…教えてくれ…
楼姫とは、かつて玄楽の妻だった人物。
そう、彼は、
妻が依姫が産まれたためか、衰弱してしまい、半年後には衰弱死という結果に終わってしまったのだ。
更に彼は、その日、妻の死に立ち会う事は出来なかった。
そして大妖怪を退け、命からがら都に帰還したと同時に妻の訃報。
最後の顔も、遺言も聞くこと無く、終わってしまったのだ。
その時から、彼は第一線を退き、何よりも家族を慮る様になったのである。
表向きは"後継の育成"であり、上層部の反対などもあったが、月読命の計らいもあり、なんとか今の立場に至っていた。
そんな玄楽は考えに考え抜いた上で、遠い親戚に当たり、今や賢者とも呼ばれる天才、八意永琳を頼ることにした。
勿論、葛藤もあった。
親戚とはいえ、他人であると言っても過言では無い人物を頼っても良いのか、仮にも、最強と謳われた自分が、自分の力でどうする事も出来ない事態を恥ずかしく思わないのか、と。
それでも、家族を思うと、頭を下げざるを得なかった。
「頼むっ!!八意殿!!この通りだっ!!」
「…貴方ともあろう者が、ねぇ…」
人生で二度目の土下座。
彼は恥も外聞も捨てて地面に頭を擦り付けた。
目の前の女性にどう思われても構わない。
覚悟を込めた玄楽だったが、永琳はため息を吐いた。
彼はそのため息に全身の血が抜けていく様な絶望感を味わう。
が、しかし。
「貴方にこう土下座されちゃあ…やるしか無いわよね…!」
「…!!!…それはつまり…!!」
「えぇ…引き受けるわ…その仕事…!」
こうして、依姫が永琳が出会い、彼女が永琳を師匠と慕っていくのは、また別の話…
◆◆
「それで…何の用かしら?この都に妖怪が侵入したこと?謎の電波障害?」
「…えぇ、多分それと同じです…手を貸して頂けませんか?」
「勿論、教え子の頼みだしね」
依姫は、永琳が手を貸してくれる事に安堵感を覚えつつ、今でも教え子と呼んでくれる事に嬉しさが込み上げた。
「まず…カレンさんは知っていますよね?」
「えぇ、悲しい出来事だったわね…私も彼女は以前診た事があるからよく覚えているわ」
「…単刀直入に言いますと、カレンさんがこの都市に侵入し、シンさん達が交戦し、敗北した…と、彼らが言っていました」
カレンの話に暗い表情をした永琳だったが、依姫の言葉を聞いて目を丸めた。
しかし直ぐに眉間を狭め、手を顎に置く。
考える仕草を見せた彼女は、また直ぐに顔を依姫に戻して言った。
「…それは本当…?」
「………私も信じたくありません…」
重たい沈黙だった。
「…シン達があの日に戦った大妖怪は、自らを操りの大妖怪と名乗っていたらしいわ…恐らく、カレンは操られている…?成程、電波障害もこれが原因ね…」
「何か…手は無いですか…?」
「…」
永琳は目を閉じ、思考を巡らせた。
しかし、実物を見ていなければ、調べている訳でも無い。
答えは当然。
「…無い…わね、情報が少な過ぎるわ」
「…っ!!…そんな…っ!」
膝から崩れ落ちるのを必死に堪える依姫は、どうしようも無い恐怖に駆られた。
友人を、どうする事も出来ずに殺害する…いわば、友を失う恐怖。
考えるだけで動悸が早まる。
そこで、永琳が口を開いた。
「でも、行き先なら予測出来るわ」
「…そうですか…」
「操られているとしたら、敵の考える事は混乱と破壊…それをスムースにさせる為に、相手は電気を狙って来る筈よ、この都市で電気といったら、発電所しか無い…だからカレンの行先は恐らく、ここからそう遠く無い場所にある月夜発電所になるわ」
「そう、ですか…分かりました…行ってみます…」
もしかしたら、まだ…カレンのことじゃ無いかも知れない。
救えなくとも、無力化は出来るかも知れない。
シン達が月読命の協力を得るかも知れない。
そう思いたくても思えない彼女は重い足取りでラボを出ようとした。
しかし。
「待ちなさい、依姫」
永琳が呼び止めた。
依姫は力のない眼差しを永琳に向ける。
「これを持って行きなさい」
「これは…?」
手渡されたのは、一本の長刀。
普段神降しで刀を調達していた依姫はそのズッシリとした、本物の刀の重さに、今から自分のする事の重大さを再確認した。
「腕利きの職人に作らせた、本物の名刀よ…それともう一つ」
「…?」
永琳は依姫を見据えて言う。
その目はまるで母親の様に慈悲深く、同時に厳しさも持ち合わせていた。
「現実から目を背ける事は、決して悪い事では無いわ、でもね…そんな心持ちじゃ、何処へも進む事は出来ないし、前を見る事すら叶わない…それは逃げ続けてるのと一緒……依姫、
「……はい…!」
それは、激励。
依姫は永琳に自分の気持ちが知られていた事に驚き、そして、今の今まで何の覚悟をしていなかった自分を自覚した。
現実味が無い出来事に、何処か他人事の様に思っていたのかも知れない。
だが、それも永琳の言葉で吹き飛んだ。
「ありがとうございます、師匠…!では行ってきます!」
今彼女の中でメラメラと燃えるのは、覚悟と言う名の力。
絶対にカレンを助ける、そう心に決めて、彼女はラボを飛び出した。
残されたのは、永琳ただ一人。
彼女は依姫が来るまで弄っていたパソコンに何かを打ち込んでそれを閉じ、一人立ち上がった。
「さて、私も行かなきゃね」
彼女は部屋の片隅に佇む、埃の被った弓矢を手に持つ。
そして、彼女もまた、部屋を出た。
◆◆
「はぁっ、はぁっ…見えた…!」
永琳の家を飛び出した依姫は、雨上がりの曇天の中、発電所に目指して一直線に走っていた。
更に太陽が沈み始めており、僅かに漏れ出た光が彼女の頬を赤く濡らしている。
距離もそれ程遠い訳では無かったため、走って数分程度の距離である。
一見急がなくたって問題ない距離だ。
しかし、発電所を取られたらこの都市は終わると言う危機感と、巨悪が胸を鷲掴んでいる様な謎の焦燥感に、彼女は体を突き動かされていた。
「っ着いた…!!」
月夜発電所。
この都市で最も大規模な発電所。
巨大な柱の様な通信機器が数十と建てられたため、遠隔操作が可能であり、現在は人はいない。
…大規模な通信障害によって機能していないが。
更に、中心部にはかつて人が居た頃に建てられた管制塔が聳え立ち、太陽光を一身に受けている。
根元には何本もの太いケーブルが露出しており、正に発電所と言うにふさわしい場所だった。
雷が幾度と鳴る以外は静謐としており、彼女以外には誰も居ない。
(シンさん達はどうしましょうか、ここで合図を…)
思案する彼女の頬に、太陽の光では無い、蒼い光が反射した。
次いで放電の様な爆音。
依姫が音と光の発生地に首をやると、柱の様な通信機器を媒介にし、電流が人の形に集まっていくのを目撃した。
やがて輪郭がーーーいや、のっぺりとした顔が形作られ、ニチャリと、クツクツと笑う。
それ以外の全てはカレンと全く同じであり、依姫は永琳の予想が的中した物として間違い無いと確信した。
そして、次に浮かんだ感情は、激しい怒り。
「貴様ァぁああッッ!!カレンさんを返せッ!!!」
「あー?…もー何でこんな直ぐにバレる?少し感動しちゃうねぇ…」
ソイツはカレンの同じ姿で、声で、仕草で大袈裟にリアクションを取る。
その一挙一動に依姫の魂は友人を返せと叫ぶ。
もう、我慢出来ない。
「うァぁあああ"あああ"あ"ッッッ!!!!」
彼女は怒りに突き動かされ、奴へ切り掛かった。
ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
玄楽の過去が明かされたのぜ!
ちなみに人生初めての土下座はプロポーズの時らしいのぜ…
そして、彼らの位置関係について少し補足なのぜ。
実はエレクトロの目指していた発電所は永琳宅にかなり近く、結果的に電気と化したエレクトロに依姫はギリギリ間に合ったのぜ。
逆にシン達はかなり遠く、今から行こうと思っても三十分近くかかるだろうと思うのぜ。
要は依姫とエレクトロとタイマンなのぜ。
次回もゆっくり!
あと、端境様☆5評価ありがとうございますなのぜ!
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)