東方修羅道   作:おんせんまんじう

39 / 67
ゆっくりしてねぇん。


第三十七話 異界の豪炎

 時は依姫が地に落ち、シンの元へ加勢しに行く時間まで遡る。

 

 彼女は鉄筋の刺さった腕を庇いながら歩き、その道筋には点々と滴った血の跡が残されていた。

 

「シンさん達は…!」

 

 微かながら彼らが衝突する音が聞こえる。

 何とも言えない焦燥に依姫の足は次第と早歩きになり、腕も構わず駆け出していた。

 

 しかしここで一つの疑念。

 

(私が加勢して…どうにかなるのでしょうか…?)

 

 腕は負傷した。

 体力も少ない。

 

 策も無しに突っ込む事は蛮勇なのでないか。

 

(でも…ここで立ち竦むのも…)

 

 どうすれば良い。

 最善を尽くすには、何が正解か。

 

 ぐるぐる頭を巡っては思考を掻き乱し、結局ただただ走る、そんな事を繰り返していた。

 

「はぁっ、はぁっ…はぁっ…」

 

 月光か鈍く煌めく柱を息切れ混じりに駆け抜ける。

 その時、意識の狭間を縫った一閃が目の前を通過した。

 

「っ!?」

 

 それはまるで一条の流星。

 ズパンと音を立てて柱に突き刺さり、依姫は驚きから足を止めた。

 

「これは———()?」

 

 見ればそれはごくごく一般的な、木の棒に矢尻をくっ付けただけの原始的な物あった。

 しかし矢にはトランシーバーの様な掌サイズの無線機が取り付けてあり、原始的な矢と近代的な機械のアンバランスさを醸し出していた。

 

 そして驚くべきはこの重心がブレる矢で依姫の目の前に弓を弾いたその実力。

 こんな芸当が出来るのはこの都でただ一人———。

 

『…姫…依姫、聞こえる?聞こえ…返…を頂戴』

「っ師匠!?師匠ですか!?」

 

 他ならない都の頭脳、八意永琳だ。

 しかしそのトランシーバーから流れる声は酷く乱れており、ザー、ザー、と、不明瞭なノイズを時折発している。

 

 ノイズに構わず依姫は飛びつく様にトランシーバーを掴み取り、永琳を呼んだ。

 ———師匠の頭脳があれば、あるいは…

 

『ちょ…待ってね…イズ…酷くて………よし、直ったかしら?ごめんなさいね、カレンの電気で調整が難しくて…』

 

 酷いノイズの後、ダイヤルを回す様な音やガチャガチャと機械を弄る雑音が流れ、遂に鮮明な音声が響き渡った。

 

「い、いえ…あの、師匠…助けてくれませんか?」

『分かってるわ…今自分が出来ることは何か、でしょう?』

「…え?どうしてそれを…」

 

 トランシーバー越しに含み笑いが聞こえ、優しい声色が発される。

 

『見てたの、二人が戦ってる間にここの管制塔に登ってね…ついでに玄楽も…まぁ、拾ったついでに応急処置したわ』

「お父様が…?その、大丈夫なんでしょうか…?」

『勿論命に別状は無いわ、ただ…うん、ちょっと眠っただけ』

「…?」

 

 依姫は知る由もない。

 玄楽が、吾も行く、行かせろ、と暴れ回った末に麻酔薬で眠らされた事に。

 

 ただ彼の名誉の為に記載して置くと、彼は愛する娘の為に年老いた身体を働かせようとしたのだ。

 いつもの状態なら兎も角、ダメージを負った状態では結果は目に見えている。

 

 彼が永琳の説得に痺れを切らして能力を使おうとした際、遂に永琳によって麻酔にかけられ、彼は眠らされたのだ。

 

『兎に角指示は出すわ、かなりヤバい状況にだしね…』

「…!えぇ…!」

 

 機械を挟んだ永琳の声には、どこか迷いがあった。

 依姫にシン達の現状を伝えるか否かを決めかねていたからだ。

 

 事実、永琳の眼下には更地と化した地面と遠くからでもハッキリと分かるほど血を流したシンが広がっている。

 きっと、彼が瀕死だと伝えれば彼女は永琳の静止も聞かずに飛び出すだろう。

 無鉄砲だろうが、依姫はそういう少女だ。

 

『まず問題は貴方に火力がない事ね、エレクトロ…だったかしら…奴にはもう軻遇突智(カグヅチ)須佐男(スサノオ)は効かないわ、きっとね』

「でも…やってみなきゃ———」

『無理ね、断言できる』

 

 ぴしゃりと告げられ、依姫は口を噤んだ。

 

『奴も力を増していってる…見た感じ電気エネルギーを身体に変換してるしね…初見だった神の力も相手に知られた…軻遇突智の延焼は再生が追い付くだろうし、他の神も力不足だと言わざるを得ないわ』

「何度も同じ技を使うのは愚策…と、言うわけですか…」

『その通りよ、だけど…策がある』

「!!」

 

 依姫の目が見開かれ、その瞳に映るトランシーバーに期待を寄せる。

 

『———()()って、分かるわよね?』

「…えぇ、悪さをする神…須佐男様も邪神の一柱に数えられますが…」

 

 邪神ぐらい依姫は知っている。

 しかし、永琳の言う邪神とは、まるで次元の違う話だった。

 

『違うの…それらはまだ可愛い方よ、私の言う邪神は…口にするだけで呪われるような…この世界()()()()を狙う異界の化け物よ』

「…まさか」

 

 俗に言う、嫌な予感だった。

 

『もう分かるわね———邪神を降しなさい』

「…」

 

 永琳の案、都の頭脳が出した答えだ、つまりこれ以外に方法は無い。

 しかし、依姫の返事は芳しくなかった。

 

 何故なら依姫は先の作戦を失敗したせいで自信を失っている。

 普通とは違う異常の神。

 

 果たして自分に扱い切れるだろうか、そう言う迷いだった。

 

「…」

 

 数秒の沈黙。

 自信は無い、だからといって彼は諦めないだろう。

 

 依姫が憧れた意志の強さ。

 それを想えば、不安もなんて事もなかった。

 

「———-やります、諦めるのは嫌いですから…!」

『…てっきりもうちょっと悩むと思っていたけど…成長したのね.まったく誰に似たのかしら…』

 

 彼女の声にはありありと慈しみが映り、同時に申し訳なさも潜んでいた。

 こんなに優しい依姫を命の危険に晒してしまう、と。

 

『…いい?降ろす神の名前…これは隠語のようなモノだけど…相応の力は得れる筈よ、依姫の力なら制御する事も苦じゃない』

「その…名前は?」

 

『———コルヴァズ=フォーマルハウト』

「コルヴァズ…フォーマルハウト…ある恒星の名…でしたか…?つまりそれって…」

『えぇ、炎の神…しかもさっき言った邪神の中でも別格の存在よ』

 

 ゴクリ、と依姫は息を呑んだ。

 次いで冷や汗が頬を滴り落ちる。

 

 炎神、最も扱い慣れた種類の神。

 ———確かにそれなら…

 

『いい?相手は邪神…敬意を払う必要も無いし、なんなら代償を支払う必要があるかも知れない…それでもいいわね?』

「…勿論、覚悟は出来てます」

 

 依姫の足は動き出していた。

 依然血が止まらないが、支障は無い。

 

 最早留まる理由は無いとして、トランシーバーを胸ポケットに仕舞い込み、依姫の頭は一刻も早く到着しなければと言った考えに駆られていた。

 

『…依姫、弓で合図を送るわ…その瞬間にぶちかましなさい』

「…了解しました…!」

 

◆◆

 

ぐぅぅううう!!!

おい!おい!!聞けよヴェノムッ!!

っ嫌だ!!

はぁっ!?

 

「……シンさんっ…!」

 

 依姫は身を潜めるのは柱の影。

 しかし柱に身を潜めると言っても、シン達の周りの柱は粉々に粉砕されているため、彼らを辛うじて目視できる程度の距離の柱に彼女は居た。

 

(早く…早く…師匠…!合図を…!)

 

 ———依姫の表情はこちらが痛々しくなるほど悲痛で、涙さえ溢れそうな顔持ちだった。

 理由は彼女の瞳に映るヴェノム。

 

 身体は漆黒に覆われ、鋼のような輝きを放っていても、依姫にはそれが信じられない程弱々しいものに感じた。

 依姫はヴェノムに覆われたシンの姿しか見ていないが、その身体のうちには酷い傷があることが容易に想像できる。

 一分後には、三十秒後には、十秒後には、一秒後には、ほんの一瞬の後には、崩れ落ち、戦斧に両断され、二度と起き上がらない姿を重ねてしまう。

 

 何度飛び出したいと震えた足を止めた事か。

 ギリギリと歯を食い縛り、彼が死に絶えそうな光景を見ることしか出来ない自分に怒りさえ覚えた。

 

「お前はやはり二重人格だったのか?だとしてもその形態が熱に弱いことは知っているぞぉ?ほら、力を込めばズプズプ食い込んで行く…!」

言ってろエレクトロ…!!…クソが…!こうなったらヴェノム…!!一蓮托生だ…ッ!!

おぉ!!なんて言ったって俺達は———

 

 親友の姿をした悪魔が、自分の想い人を傷つけていく。

 見たくなくても合図を知る為に見なくてはならない。

 

 吐きそうな程に苦痛だった。

 

「「ヴェノムだッ!!」」

「ぉお…ッ!?」

 

「…!」

 

 彼らの発した啖呵は、エレクトロは勿論、離れた位置に居る依姫にさえ圧力を与えた。

 

 言い換えるならば熱波。

 地獄の炎を孕んだ風が顔を直撃したかのようで依姫は僅かに気圧された。

 

 そんな熱気だ。

 超至近距離にいたエレクトロなどは、気圧されるどころか、まるで萎縮したかのように後退りしていた。

 

 …彼女の心配する気持ちが消える訳ではないが。

 

 ———そして。

 その生まれた一瞬の隙を突いて、その時は訪れた。

 

「これ以上耳も傾ける必要もないなぁッ!?さよな————ごっ」

 

 正に閃光だった。

 閃光が叫ぶエレクトロの後頭部へ吸い込まれるように、一直線の軌道を描き、脳天を貫いたのだ。

 

 青白い血飛沫が舞い、唖然とした表情のシン達の頬を濡らす。

 しかし人外のソレと化したエレクトロには足止め程度にしかならないだろう。

 

(合図…!)

 

 足は飛び出していた。

 まるで目の前でおあずけを食らっていた獣のように。

 

 そして、剣を掲げ、宣言する。

 悪神の、忌み穢れたその名を。

 異界の炎神の名を。

 

「コルヴァズ=フォーマルハウト…!私に力を貸してもらいます!!」

 

 瞬間、依姫の世界からすぅっと、色が消えた。

 セピア色の世界が広がり、シン達ヴェノムも、エレクトロも、依姫の身体さえ動かない。

 されど思考は出来る。

 

 まるで時が止まったかのようだった。

 

「…っ…!?」

 

 勿論こんな体験は初めてであり、心の内から冷や汗が漏れ出る依姫。

 その鄒俊後、ソレは声を響かせた。

 

【貴様か…このオレを呼んだのは】

 

 ゾクリと背筋が凍える、おどろおどろしい声だった。

 ———敬意を払う必要はない。

 永琳の言葉が反芻する。

 

 あやゆる邪神は敬意を表すれば、瞬く間に魅了、洗脳されると言うのはメジャーな話だ。

 この声の主も例外ではないだろう。

 

 依姫は少しの間を置いて、臆せずに言った。

 

「力を…貸して貰います」

【それはこのオレに対する命令か?】

 

 一瞬、蛇に睨まれた様な感覚に陥る。

 身体が固まっていなければ歯がガタガタ鳴っていただろう。

 

「…ただ一方的な契約です、それが私の力なので」

 

 気丈に振る舞う依姫。

 そんな彼女を、かの邪神は嘲笑した。

 

【ハハハ!お前如きが?笑われてくれる、お前はこのオレを呼ぶことしか出来ない…力を借りたいなら…】

 

 嫌な予感が頬を撫でた。

 

()()を示せ】

 

 代償。

 永琳が言っていた、覚悟の意味。

 

 迷いは目の前のシン達を見れば吹き飛ぶ。

 しかし、それでも怖いものは怖い。

 そうして彼女は声を震わせる。

 

「…い、いいでしょう、爪でも、目でも———」

【違う、お前の寿命、その()()だ】

 

 ———それは、余りに無慈悲で、残酷で、最悪な選択肢だった。

 

 依姫は言葉を失い、動揺した頭で思考を巡らす。

 確実に手に入る、そこに自分の居ないの幸せか、それとも限りなくゼロに近い成功確率で三人で明日を迎えるか、しかもそれには失敗したらこの都市丸ごと危険に晒してしまう。

 

 しかし依姫にはこう思えてしょうがなかった。

 

 自分か、他の大切な人(シン達)か、その命の天秤を。

 

【一分もあれば焼き尽くせる…十秒で一六年だ】

「…」

 

 言葉は淡々と放たれる。

 

【このオレの力を使えるのだ…悪い話ではなかろう?」

「…」

 

 ———他に案は…そうだ、これしか無いんでした。

 

 …彼と一緒に居たい。

 でも私が出来る事をしないで彼らが死んでしまうのは嫌だ。

 親友の身体を弄ばれ続けられるのも嫌だ。

 

 目の前のシン達ヴェノムを見る。

 

 エレクトロの顔に矢が飛び出ている光景に呆然としており、膝立ちで立ち竦んでいる。

 この神の力を借りずに、彼らを助けれるのか?

 

 きっと、そんな事は出来ない。

 エレクトロと見た瞬間、その事はすぐに分かったからだ。

 

 彼女は明らかに成長している、いや、カレンの身体に、能力に身体が馴染んでいっていると言った方が正しいだろう。

 

 じゃあ…じゃあ———

 

【どうした、さっさと決めるがいい…オレは自分の意思では帰れないからな】

「やり…ます、私の全てを賭けます、その代わり…貴方の力を貰います…!」

 

 やるしか…ない、やるしかないんだ。

 

【ハハハハハ…!良いだろう!さぁ!焼き尽くすが良い!!】

「っ!!」

 

 邪神の叫びと同時に殺風景で月光すら固まったセピア色の世界が燃え出し、色を持った世界が姿を表す。

 その瞬間、焼け焦げた臭いを感じると共に、依姫は湧き上がる力に一種の万能感に駆られた。

 決して油断などはしないが。

 

 そして完全にそれが色を取り戻したその時。

 

 依姫は叫んだ。

 

「上に飛んで下さいッ!!!」

 

◆◆

 

「本当に…本当に遅くなりました…!」

へ…へへ…たす…たすかった…

 

 暴れ狂う炎竜を背に、依姫は座り込んでシン達の頬に触れ、謝罪した。

 炎が背後にあるからか、女神の後光がヴェノムの真っ白な目に映る。

 

…はは、情けねぇ…こんな姿見られるたぁ…

助かった!ありがとう依姫!

「いえ…こんなになるまで凌いでくれて…こちらの方こそありがとうございます…!」

 

 フランクなヴェノムの裏で、シンはある事を考えていた。

 それはこの身体の内側。

 ヴェノムが無くなった時の素の姿だ。

 

 未だ治癒すら十分に進んでいない身体、特に、抉れ、焼け爛れた胸や、青白く生気の無い身体を見せて心配させたくない。

 

 そんな事を考えていると、依姫越しにとぐろを巻く炎竜と目が合う。

 とぐろの中ではエレクトロが踊り狂っているだろう。

 その姿はまさしく生ける炎、だった。

 

…な、なぁ依姫

「…?なんでしょう?」

アレは…あー、大丈夫…なのか?普通じゃないだろ…?多分

 

 炎竜の瞳が蛇のように割れ、蛙を見つめるような、選定するかのような目でシン達ヴェノムを見つめる。

 僅かに冷や汗がシンの頬を伝った。

 

「…………え、えぇ…かの神は…強い…ので、カレンが死なない様に見定めて———」

【おい、貴様】

 

 唐突に口を切ったのは邪神、コルヴァズ=フォーマルハウト。

 依姫の話を遮ってまで話を始めるそれは、顔をシン達に近付けながら言った。

 

【何故貴様から()()()()気配がする、あぁ、殺したい…憎い…】

「…え?」

は…?おい?おい!?依姫!?コイツ味方じゃねぇのか!?

熱い!溶ける!

 

 唐突な殺害予告だった。

 邪神の身体からコロナのようなものが噴き出し、口から豪炎が漏れ出る。

 

 依姫は突然の事に酷く動揺したが、契約の内容、"力を貸す"と言う事を思い出した。

 この契約の元でなら、この乱心した邪神の蛮行を止められる。

 

 それに契約は人と神の間では絶大な効力を図る。

 邪神とて例外ではない。

 

「止まって下さい!それは契約反故になりますよ!いいのですか!?」

【ほう、小娘…面白い事を言う…それはオレが契約に従った場合…だろう?】

 

 炎竜のとぐろが解かれ始め、彼らを見下ろすように遥か高く登って行く。

 

【ならば契約は破棄だ】

「なっ!?」

 

 依姫が目を見開き、僅かに後退りしたが、真後ろのヴェノムを見るとすぐさま剣を構えた。

 

「出来る訳がない…!破棄なんて、そんな権利がそちらにある訳…」

【オレはそこらの憎っくき大地の神々よりも次元が違う!オレは太古の地球の()()()だ…!!このオレに世の理なんぞは意味は無い!この雷の塊を焼き尽くすのも…お前の寿命を吸い取るのも…全部お終いだ…!】

 

 炎竜の顎ががぱりと開かれ、口内の光の小球の集合体が淡くさんざめく。

 依姫が向けられる熱さに脂汗をかき、ちらりとエレクトロに目をやった。

 

 轟々と燃える炎にのたまい、マトモに動けずにいる。

 おそらく十数秒はあのままだろう。

 

 依姫は視線を戻すと、構えを解き、刀を天に掲げた。

 

【黒の紛い物ォ!オレの目の前に現れた事を後悔しろォッ!!】

っおい依姫何してる!お前は逃げろ!!

 

 炎竜が火花を散らして吠え、口を開けたままなだれ込んでくる。

 両腕を広げてもなお余る長さの直径のの噛みつきだ。

 何もしなければ地面ごと食われてお終いだろう。

 

 異常な熱波が降り注ぎ、コンクリートが湯釜の様な熱を帯び、僅かに煙を立てる

 そこ中心で依姫は、落ち着いて口を発した。

 

「———貴方は一つ忘れていることがあります…!!貴方が顕現出来るのは私の神降しの力…!だから…!」

【ガァアアアアアアアアッ!!!!】

これ以上は駄目だ…!元に戻る!!

おいヴェノ…ッ…!」

 

 依姫の背に居るヴェノム達にも熱波が襲い、依姫は彼らの苦悶の声だけを聞いていた。

 そして炎竜の口腔が目の前に広がり、灼熱の牙に砕かれんとしたその時、彼女は叫んだ。

 

「コルヴァズ=フォーマルハウト…!帰って下さい!!」

【…!!】

 

 瞬間、炎が泥のように溶け出し、その勢いを殺して行く。

 目玉が溶け落ち、牙が崩れ落ち、炎の欠片が天に登って行く。

 

 炎竜の長い身体の内で小さな光球の集合体が解けるように消えた頃には、灼熱の熱さは既に無くなっていた。

 邪神は辛うじて残った片方の目玉がギョロリとシンを睨み付け、ほぼ無いような口で恨み節を残した。

 

【ハハ…ハハハ!まぁいいさ…!()()()は出来た…!!いつか必ず貴様の前に現れてやる…ッ!!忌まわしき———】

 

 かの邪神は、最後に何かを吐き捨てようとしたがそれは叶わず、光の粒子となって消えていった。

 星屑が輝き、満月が昏く瞬く夜の闇へ。

 

 …目先の問題だけ解決した、しかし根本の解決になっていない。

 エレクトロが呻く声だけが響く、ある種殺伐とした雰囲気が充満していた。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 残るのは神降し直後の脱力感だけ。

 しかし、心のどこかでほっとしている。

 

 彼女はシンの安否を確認する為に、息切れ混じりに彼を見た。

 

 熱によって身体に引っ込んでいただろうヴェノムが、まさにその時シンの身体を覆い尽くさんとしているその姿。

 しかし、依姫は()()を見逃さなかった、いや見てしまったと言うべきか。

 

「…っ!!どうして言ってくれなかったんですか!!」

 

 青白く血色の悪い肌、生傷の絶えない身体、垣間見える指には爪が剥がれ落ちており、血塗れだ。

 

 極め付けは胸。

 抉れているなんてレベルの話じゃ無い。

 あと数ミリ傷が深ければ骨が削れ、心臓がまろび出る程の火傷だ。

 

 …彼にとっては"ちょっとした重傷"と言う、矛盾を孕んだ認識でしか無い痕だろうが。

 

 依姫が弾糾すると同時にシンの身体はヴェノムに完全に覆われ、凄惨な傷はまるで無かったことにされてしまった。

 

大丈夫だ…!これくらい———

 

 虚勢。

 誰が見ても明らかだった。

 

 ヴェノムを纏っているのに回復出来ない。

 つまりそれはエネルギー不足という事を表しており、依姫がある決意を抱くのに十分な理由だった。

 

「ッ!!」

…!?何してる依姫…!

 

 依姫はおもむろに未だ己の腕に刺さっていた鉄筋を掴み、力の限り引き抜いたのだ。

 激痛と気持ちの悪い感覚。

 鉄筋という栓に止められていた血液が溢れ出し、ドクドクと腕を伝って落ちて行く。

 

 そして彼女は血塗れとなった腕をヴェノムと化したシンに突き出した。

 

「私の血を…血を飲んで下さい…!」

っ馬鹿野郎…!!すまねぇ…!本当にすまねぇ!!

依姫!恩に着る!

 

 エレクトロももう回復している頃だ。

 

 悠長にしていられないと考えた上での自傷行為。

 その真意を感じ取ったシンはがっぱりと口を開けた。

 無論、身体は動かない為だ。

 

 一秒、二秒と、ゆっくりと血が流し込まれ、心なしか凶悪な顔が綻んでいく。

 十秒も経った頃、ヴェノムが依姫の血の滴る腕から傷口にかけてペロリと舐め、言った。

 

ッシン!もう動けるッ!行くぞ!!

…依姫…!ありがとな…カレンを戻したら何でもやってやる…!!だからッ…!戦うぞ!!

 

 黒い巨躯が跳ね上がり、力の限り咆哮する。

 今なら何でも出来る気がした。

 

 そして依姫もエレクトロに向き直り、片手で剣を構え、啖呵を切る。

 

「えぇ!!これで最後ですッ!!」

 

 二人が相対するのは大妖怪であり、親友であり、戦友のエレクトロ。

 当の彼女は遂に神の炎が鎮火したようで、火傷だらけの身体を雷に包み、恨み言のように呟いた。

 

「シンンン…!!!依姫ぇぇ…!!!お前らともこれで最後だッ…!!殺してやるッ!!」

 

 決戦が、幕を開けたのだ。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。

ちなトランシーバーは永琳が管制塔で部品を掻き集めて即席で作った物なのぜ。
ついでに双眼鏡も作って彼らを観察してたのぜ。
つまり永琳は天才、はっきりわかんだね、なのぜ。

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。