「シンンン…!!!依姫ぇぇ…!!!お前らともこれで最後だッ…!!殺してやるッ!!」
吐き出す様に吐露し、ヒタヒタと、不気味な歩調で迫るのはエレクトロ。
邪神の炎に炙られた為、衣服はボロボロでのっぺりとした顔面は所々黒く焼けこげている。
しかし汗を拭うかのように掌を顔に翳すと、忽ち雷が傷口をなぞり、何事も無かったかのように塞がっていった。
それを見るや否やシン達はヴェノムの身体の中に収まっていた青銅刀を取り出し、ヴェノムの身体を纏わせて切先をかの大妖怪に向けた。
いつもの武器化とは違う。
強度も、切れ味も、その輝きも、幾重にもパワーアップを遂げた黒剣だ。
「何処まで行ってもテメェは大妖怪って訳かッ!エレクトロォ!!」
「だがそれもお終いだ!ケリ付けてやる!!」
「…シンさん達、これを受け取って下さい」
すると、依姫は自身の胸ポケットから何かを取り出し、それをシン達に預けた。
『…ごめんなさい、私の作戦のせいで貴方達を危険に晒してしまったわ』
「…」
それは簡略な無線機、トランシーバー。
謝罪に対して、シンは怒りとも寛容とも違う言葉で返した。
「謝る暇は無い…俺達が感謝を伝える暇も無い…!求めるのは一つだ、何でもいい…俺達の力になってくれ…!!」
『勿論、名誉挽回と行こうじゃないの』
「祈りは済んだかァッ!?私に楯突く事のなァ!?仲間を殺されて蹲る準備は!?己が無力さに打ちひしがれて倒れ伏す準備は!?五体が砕ける恐怖に咽び泣く準備は!?キヒヒヒヒッ!!アヒャヒャヒャヒャ!!!」
ついさっきまで瀕死だった筈の悪魔は顔を抑え、込み上げる嗤いに身体を燻らしている。
生理的嫌悪のよだつ踊りだった。
「キヒヒヒヒ…!キヒ…!…」
溢れる笑い声は唐突に止んだ。
エレクトロが天を仰ぐ、虚無の時間。
やがてぶらりと腕を脱力して俯き、ヒタヒタ歩き出した。
まるで情緒がコントロールできないかの様に。
そして歩きは早歩きに、早歩きは走りへ。
「行くぞ!決戦だッ!!」
対する二人もヴェノムの鬨の声を皮切りに走り出し、雄叫びを上げた。
「うぉおおおおおおおッ!!」
「はぁあああああああッ!!」
「キヒャアアアアアアアアアッッ!!!」
方や蒼白に輝く戦斧を構え、方や白銀と漆黒の刀を構え、疾走する。
両者両眼の視線が交錯し、緊張感という名の熱が充満していく。
地を蹴れば刻一刻と激突の時が迫っていく。
息を吸えば敵の輪郭が。
そして息を吐けば瞳に映る自分が。
やがて両者の剣の間合いに侵入し、同じく向かい入れたその瞬間。
シン達は残り少ない体力を、エレクトロの場合は電力を。
持てる全てを絞り出して。
黒曜の刃を、煌めく宝刀を、荒れ狂う戦斧を。
力の限りに振り抜き、発電所全体を貫く様な高音を鳴らした。
「クヒッ…!?」
戦斧の刃に銀の刀、柄には黒の刀、2vs1の鍔迫り合い。
当然力比べが叶う訳もなく、刃が触れ合った瞬間からエレクトロが押されていた。
しかし、圧倒的な優勢の中で異変を感じ取ったのはシンであった。
(クソ…やっぱ力が出ねぇか…!!)
先程の様な、無我夢中で出した馬鹿力が出ない。
だが、そんな事は関係ない。
隣に依姫が居る。
(それだけで俺はもっと…!全力のその先を引き出せるッ!!)
「ッうぉおおおおおお"お"ッッ!!!」
獣の咆哮がビリビリとエレクトロの肌を焼き、コンクリートがけたたましい音を鳴らす。
その力の差に、遂にエレクトロは耐えきれなくなった。
「…ッ…!!ッがぁああッ!!」
後方に倒れ込む様に衝撃から逃れ、続いて戦斧の扇形の刃に二本の刀を引っ掛け、全力で真横に振るう。
すると束ねられた二本の剣の切先が明後日の方向を穿ち、シン達と依姫は体制を崩し、互いにぶつかってしまった。
「ッ妖力全開!!アビスサンダーッ!!」
そうして出来た隙に放つ黒雷。
霊力の代わりに妖力を用いた禍々しい雷。
濁流の様に放出された黒砲は一瞬で二人をエレクトロの視界から消し去り、勝利の確信をエレクトロに抱かせる。
そして、エレクトロの網膜には黒雷、それ以外には映らないはずだった。
———だが。
「何っ!?」
月光遮る影一つ。
華麗に空を舞い、白銀に煌めく刀を携える依姫だ。
彼女は刀を上段に振り上げ、エレクトロを強襲しようとしていた。
「…ッ!!!」
すぐさまエレクトロは戦斧を片手で構え、その刀を受け止める。
雷鳴に甲高い音が混じるが、片手では落下の衝撃も合わさった依姫の一撃を止められない。
———更に。
(このクソアマ…!!片腕を負傷してるのに…ッ!!力がぁ…!!)
重い、重過ぎる。
霊力で底上げしているとは言え、どうやったらこんな華奢な体から大妖怪と同程度のパワーを出せるのだ。
そんな疑問は、依姫の雄叫びに掻き消されてしまった。
「ハァアアアアアアアッッ!!!」
依姫が宙に浮いた状態での拮抗、次第に彼女の姿勢は倒立状態へ、そしてそのまま背中から倒れ込んでしまう。
それは致命的な隙。
鍔迫り合いが意味を為さない状態。
しかし彼女は———
「だりゃぁッ!!」
渾身の力を振り絞り、全身をバネの様に跳ね上がらせ、エレクトロを仰け反らせた。
「うっ!?」
「今です!シンさんッ!!」
どうする事も出来ずにこの戦斧の前に真っ二つになる。
そんな予想とまるっきり違う展開に頭が鄒俊真っ白になるエレクトロ。
しかしその空白の思考も、おどろおどろしい威圧に塗り潰され、エレクトロ自身の身体も自分の三倍近い巨躯の影に隠れた。
冷や汗を流し、戦斧で薙ぎながらグルリと振り返る。
「ふんッ!」
<咄嗟に投げ飛ばしておいて正解だった…感謝しろシン!>
それは回転も乗った一撃だったが、ヴェノムのその身体には敵わず、戦斧をヴェノムを纏わせた青銅刀で弾き返した。
体勢を崩しながら放たれた為でもあるだろう。
剣戟に散った火花が地面に降り注ぎ、シン達はすぐさま次の行動に移した。
「っはっ!!」
放つはヴェノムウェブ。
両手から放たれる音速の糸は瞬く間にエレクトロの足、そして胸を絡め取り、腕を円を描く様にぐるりと回した。
足に左上のベクトル、胸に右下のベクトルが加わったエレクトロは足払いとは比にならないほどに回転し、天地が反転する。
「どるぁァッ!!!」
そして、地を踏み砕き、超低空飛行の飛び蹴りをお見舞いする。
メギャリと肉肉しい音が足を伝わり、くの字に折れ曲がったエレクトロがあり得ない体制で吹っ飛んだ。
その直線上には、刀を構えた依姫。
「覚悟ッ!!」
「チッ…」
銀色の剣筋がエレクトロの小さな身体に走る。
しかし依姫が顔を顰めながら軽く息を吐き、エレクトロに振り返った。
手応えは、なし。
「ヒャ…」
依姫が振り返った瞬間、エレクトロの身体が剣筋に沿って両断される。
しかしその輪郭は曖昧に。
身体と風景の境界が消え、光り輝く電撃となって二人に襲いかかった。
「…ァハァッ!!!」
「ぐっ…ッ!」
「きゃっ!?」
シンの視界にガクガクと痺れ震える依姫が映り、助けに行こうとした瞬間にその視界は真っ青に覆われる。
エレクトロの電子化タックルが炸裂したのだ。
焼けつくかの様に身体が痺れる。
いや、この感覚は間違いなく焼け付いているだろう。
(あの野郎、わざわざ電撃の種類を使い分けやがった…!)
…恐らく奴はまだ電撃攻撃をマスターした訳ではないだろう。
先の妖力の纏った雷撃に熱を感じなかったからだ。
その逆、熱の籠った雷に黒雷はなかった。
つまり、エレクトロはまだ一つの電撃に特性を一つしか付与出来ない。
それらを加味すると、エレクトロが真っ二つに分離したのは効率的にシン達にダメージを与える為であるだろう。
エレクトロが身体を通り抜けるほどの短い時間の中でそう結論を出すが、熱によってヴェノムが溶け出してしまい、痛々しい傷跡を残した肉体が露わになる。
溶け出し、身体の中へ収まっていくヴェノムは苦しそうに喘ぐが、声を絞り出して叫んだ。
「焦るな!コイツは俺達の剣かお前の刀で捉えれる!!タイミングよくぶっ飛ばすだけだ!!」
ヴェノムの言葉。
膝を突きかけた身体に力を入れ、剥き出しとなった青銅刀を握り締める。
視界に収めるモノは依姫と二つの雷の乱舞。
迎撃せんと意思を固めたその瞬間。
視界一杯に広がる雷の色。
「ッ!!」
感覚だった。
その一撃を首を振るって避けたのは。
———速ぇ…!
当然の話だ。
雷の速度は人に捉えられるものではない。
そもそもシンはヴェノムと共に戦っても電子化のスピードだけは対応出来なかった。
しかし、このスピードに着いて行ける者がここに居る。
「くっ!!」
依姫だ。
どうやらギリギリで反応して防いだ様で、冷や汗を掻きながらも怪我は無い。
そんな彼女の構える刀にはオーラのような物が纏わり付いており、シン達はそれが瞬時に霊力である事を理解した。
———だが。
「よそ見はいけないなぁ!?」
「ぐがぁッ!?」
依姫が出来るからなんだ。
肝心の自分達が反応出来ていないでは無いか。
この手に持つ青銅刀で攻撃する事は出来ても、それが当たらなければ何も意味は無い。
依姫からの助けも無い、あっちも手一杯だからだ。
「クソッ!クソッ!クソォッ!!」
目前から追い打ちをかける様な突進。
受け止めようと青銅刀を構えるが、目の鼻の先に来た瞬間、その光は掻き消え、代わりに背中から突き抜ける激痛がシンを襲った。
ジュウ、と、灼熱の鉄板に押し付けたかの様な音が背中、そして腹の底から響く。
すると血が喉から溢れ出し、とめどなく口からこぼれ落ちて行った。
感じるのは不審感と冷や汗。
———血…?
理解が追いついたその時、自分の腹から雷が飛び出した。
しまった、そう思う前に腹筋が黒く焼け、喉の奥から焼け焦げた臭いと黒煙が立ち昇った。
「…げぁ…!!!ぐ…ぁ…!!!」
<〜ッ!!>
それは今まで経験した事のない激痛。
内臓を焼き尽くされる、耐えようもない異次元の腹痛。
身体に潜むヴェノムにもダメージを与えた電熱。
一撃で死をイメージさせた一手。
シンはフラフラと腹を抑え、嘔吐する様に血を吐いてしまう。
だが、シンの思考は激痛とは別にあった。
(痛ぇ…!!痛ぇけど…分かった…!!これならコイツのスピードを殺せる!!)
震える膝を殴って強引に止め、吐血を飲み込んで青銅刀を握り締め、真っ直ぐに正眼の構えを取る。
滝の様な脂汗がポタポタと落ちていく。
激痛と最中、覚悟を胸に刻んだシンは———-
「フゥ…!!」
目を閉じた。
瞬間広がるのは暗闇の世界。
雷鳴と苦悶と嗤い声が木霊する、何処までも広がる海の中心でシンはただ息を吐いて脱力した。
棒立ちにしか見えない隙だらけとも取れる構えにエレクトロが嗤い叫ぶ。
「気が狂ったかァ!?」
目指すは脳天。
血色の悪い額目掛けて、エレクトロはその電熱を帯びた電子の腕を伸ばした。
ひとたび頭を貫けば絶命は免れない一撃がシンに迫る。
しかし彼は眉一つ動かさず、激戦の最中だと言うのに極限の集中を見せている様だった。
そしてその雷の腕がシンの皮膚を掠めたその瞬間。
「ぎゃッ!?!?」
雷の集合体に青銅刀が直撃した。
スパークが溢れ、断片的に人状態へと戻って行くエレクトロ。
瞳孔を開き、苦悶の表情をチラつかせ距離を取るが、シンの体はエレクトロの電撃に密着し、その距離を離さない。
「捕まえたぜぇ…?エレクトロォ…!!」
彼が行ったのはカウンター。
それも生死を賭けたギャンブル地味た物。
視覚を閉ざし、皮膚の感覚を敏感した上で僅かな電撃を察知し、カウンターを加えると言う代物だ。
これならエレクトロの自慢の速さも関係無く、カウンター後も距離を詰め続ける事で電子化を防げる。
「絶対逃さねぇッ!!」
「ぎぃっ…!!この———がぁッ!」
再度電子化して逃げ出そうとするエレクトロを、シンは狩人のような殺意の籠った瞳をもって追い打ちし続けた。
その姿は幽鬼とも、ハイエナとも取れる執念を表しており、エレクトロは全くそこから逃げ出す事が出来なかった。
闘争心の化け物の真正面と言う、危険地帯から。
最終的に彼女は電子化は愚か、その嵐の様な剣戟を捌くことも出来ず、横凪の一閃がエレクトロの露わとなった顔面部分にクリーンヒットした事で、彼女は遂に人間形態へと姿を戻した。
下半身の無い、身体半分だけの異形だが。
「こぶぁッ!!」
「依姫ッ!!こっちにソレを投げ飛ばせ!!」
「ッ了解…!!…ですッ!!
そんな彼女の胸部中心にシンが刺突を繰り出し、ミシミシと骨を軋ませる。
その状態のままシンは前方に飛び出し、疾走しながら依姫向けて叫んだ。
シンの進行方向にはエレクトロの下半身と思われる電撃と鍔迫り合いを果たす依姫。
彼女が呼び掛けに答えた途端、彼女の刀から炎が溢れ出し、衝撃波の様にシンの方向へ電撃を吹き飛ばした。
その一連の動作はまるで流水、若しくは乱舞の様であり、電撃は反応する事も出来ずにシンに向かって宙を舞う。
「行くぜッ…!!オラァッ!!!」
彼はエレクトロの上半身を刀で突き刺し、電撃向けて吹き飛ばした。
分たれた二つの身体がぶつかり合う。
その瞬間シンの一太刀が真横から振り下ろされ、バキバキとそれらの骨を叩き折る異音が響き、引きづられる様に地面に放り投げられた。。
「ぐぁ…!がぁ…!!」
呻き声の出所は上半身と下半身が絡まり合い、ミンチの様に地面にへばり付くエレクトロ。
すかさず依姫もこのチャンスを逃すまいと神降しを発動させようとする。
しかし。
エレクトロの方が一手早かった。
「がっ…!!がァッ!!!」
「ッ!?しまっ———」
二つの身体が結合し、同時に地面に紫電が迸る。
瞬きもしない内にコンクリートの地面がビキビキとヒビ割れて隆起し、大小様々、あらゆる金属が顔を出した。
思考を持ったかの様に顔を出した金属達はシンと依姫に襲い掛かり、反応に遅れた依姫が刀を弾かれ、無防備な姿を晒してしまっていた。
瞬間依姫の真紅の瞳にタコの足の様に、無数に襲い掛かる鉄の槍が映る。
だが、その景色に黒い巨人が映り込んだ。
「オルァッ!!!」
「もう熱くない!完全復活だッ!!」
自分も鉄屑の群れに襲われているのに、腕力と膂力とヴェノムの柔軟な身体でその全てを凌ぎ切っている。
速い話が圧倒的な力のゴリ押しだった。
が、蛇の様に地を這う鉄に脚を突き刺され、攻撃の手を緩めた隙に一回り大きな鉄の刃がシン達を襲う。
防御ももう間に合わない、そう感じたその時。
今度は依姫が彼らの前に踊り出て、甲高い金属音を奏でて目の前の巨大な鉄の槍は勿論、周囲の鉄屑を弾き飛ばした。
そんな彼女の顔は活躍に反して苦々しく、ドロリと鼻血を垂らしていた。
「大丈夫か!依姫っ!!」
「…えぇ…ただ…はぁ…能力を、使い過ぎました…はぁ…体力も…」
「下がってろ!チャンスぐらい俺達一人で作る!!」
依姫の身体がふらつき、意識が朦朧としてきた為か、一瞬前のめりに倒そうになる。
しかし、彼女は歯を食い縛り、緩んだ身体に力を入れ直した。
———力が入らない…?
———そんな物は敗北の理由になりはしない。
———彼と同じだ…
———諦めないこの気持ちこそが!一歩を踏み出す理由になる!!
地に下がる顔を強引に上げ、彼女の瞳が正面から迫る金属に映る。
その瞳は爛々と宝石の様に光っており、覚悟と決意と闘志が入り混じった、酷く儚く美しい瞳だった。
「いえ…いえ!これくらいどうって事ありませんよ!!」
「そうか…!なら死ぬ気で着いて来い!!」
「えぇッ!」
二人は視界を埋め尽くす様に襲い来る、魚群の如き鉄に身を投げ出す。
けたたましく鳴り響く鉄の弾糾を身を受けながらもそれらを切り崩し、殴り飛ばし、エレクトロへと一歩を進めて行く。
一歩を。
鉄の群れに身を投じて、背中を預け、隣の友を信じて、更なる一歩を。
時に守り、守られ、切り、破り、殴り、掴み。
エレクトロも、空も見えない程の密度の金属と、血を地面に振り撒きながら抗う者達。
それはまるで嵐と嵐のぶつかり合いの様だった。
「ぐぅ…!!」
「うっ…ぐぅッ!!」
シン達の体に鉄の刃が突き刺さり、その威力のまま身体が抉れる。
そうしてまろびでた防御の穴を抜け、小さな鉄片が吸い込まれるかの様に依姫の脳天に直撃した。
呻き声を上げると共に衝撃で頭が天を向き、真紅の瞳に満月がちらりと映る。
(———もう…一歩、もう一息ッ!!!)
意識を落とすまいと目線を元の鉄の群れに戻し、溢れた血が顔を流れ落ちる。
しかし、目の前には既に何十を超える金属の矛先が襲い掛かる、名の通りの絶望があった。
それでも真っ黒い希望が絶望を握り潰す。
「面の良い顔が台無しだ!許さん!!」
「ヴェノムさん…!!」
シン達は十を超えるヴェノムウェブが磁力を超えた膂力で鉄を締め上げ、宙に飛んで回転し、モーニングスターを扱うかの如く暴れさせる。
金属同士が擦れ合う事で大量の火花が散り、あり得ない程の騒音を撒き散らす様は正に台風だった。
灰色の台風が鉄の群れを一掃し、ウェブを切り離してシン達が依姫の横に着地する。
「まだ行けるよなッ!?依姫!!」
「シンさん…!!はい!!」
着実に距離は近付いている。
だが、エレクトロに近づけば近づく程磁力は強まり、鉄の砲弾の破壊力が上がって行く。
決定打。
エレクトロに肉薄する為の決定打が必要だった。
「シンさん…!私が道を開きます…!それで、その刀で…カレンを…エレクトロを突き刺して下さい…!!」
「…!…おう…!!」
だから。
依姫は更なる限界を超える。
「———-軻遇突智様ァッッ!!」
燃え盛るは爆炎。
限度を超えた能力使用によって酷い頭痛と止まる気配の無い鼻血が滴るが、そんな物は関係ないとばかりに彼女は刀に炎を纏わせ、襲い来る金属達に切り掛かった。
「ハァッ!!」
舞いの様に繰り広げられる一閃によって、雪崩の様に押し流れる鉄塊が真っ二つに融解し、続いて振り下ろされた縦斬りは地面ごと鉄の魚群を灰と化した。
しかしその炎はシン達に影響を及ぼさず、目の前の異物だけを焼き尽くして行く。
そして、鉄と鉄の、灰色の埋め尽くす防壁の僅かな隙間に、蒼いのっぺらぼうが映る。
「あと少しだ!!」
「ハァァアアッッ!!!」
着実に距離を縮めていると確信した依姫達は、その攻撃の手を更に強めた。
だがエレクトロの攻撃の手も過激化し、小さな破片は遂に音速に届き始めていた。
見切れない程の攻撃に、最早彼らは防御を最小限に。
頬に、身体に赤い線が走り、極限まで時間的ロスを抑え、がむしゃらに猪突猛進する。
「ォォオオオオオオッッ!!!」
「ァァアアアアアッッ!!!」
気付けば雄叫びを上げていた。
前へ、前へ、少しでも前へ。
既に依姫の身体は血みどろで、シン達の巨躯も出血は無くても身体が使い古されたテディベアの様にボロボロだ。
エレクトロとこちらを隔てる鉄の壁まで目測十メートル。
行ける、絶対に行けると己を鼓舞し、依姫は目の前の鉄の嵐を焼き溶かしていく。
(全力をッ!!もっと!もっとッ!!速く!!150%まで振り絞れッ!!)
「ぁああアアア"ア"ッ!!!!」
依姫の叫びに呼応し、豪炎が刀を介して赫く、情熱的に輝く。
瞬間、シン達は頬に淡い風を感じた。
続いて、視界が真っ白に覆われる。
「…ッ…!!」
次に感じたのは、極大の爆発音だった。
鼓膜が悲鳴を上げる中、目を開けると。
ドロドロに融解した金属、いや赤い海と言った方が良いか。
辛うじてエレクトロを守る防壁だけがその原型を留め、ベールを剥がす事を阻止していた。
未だ赤熱化した鉄の壁。
「ッオォッッ!!!」
今こそが最大のチャンス。
そう確信したシンは、地面を踏み砕き、鉄壁に飛び付いて剛腕を振るった。
「切れろ切れろ切れろォッッ!!」
鉄板同然の厚さの防壁。
シン達に貫けない筈が無く、易々と腕が突き刺さり、そのまま上下に引き裂こうとする。
しかし、地面から這い出た新たな金属がその行手を阻み、引き裂く黒腕は止まってしまった。
鉄の向こうで僅かにほくそ笑むエレクトロを見据え、シン達は歯軋りする。
あと一歩、あと一歩なのに。
「チッキショウがぁッ!!」
「いいえ!!まだ行けますッ!!」
依姫の叫び、そして太陽の如き光にシン達は頭上後方に振り返った。
そこには轟々と燃える刀を振り翳す依姫。
抱く感情はただ一つ。
———最高だ、お前は。
「行けッ!!依姫ぇえええッッ!!!」
彼女は天に掲げた神刀を落下の衝撃と合わせて振り下ろした。
全身全霊で。
足先から頭のてっぺんまでの力を全て使い果たして。
当然の様に地面から勢い良く飛び出た鉄塊が防壁を厚く、太く組み上げていく。
それが最後の抵抗とでも言う様に。
最強の矛と最強の盾を決めるかの様に。
しかし。
「焼き切れろぉおおおおッッ!!!!」
金属なぞ無力。
余りにも。
神刀と壁が触れ合った瞬間から鉄の壁は赤を通り越して白く輝く程赤熱化し、彼女の刀がみるみる食い込んでいった。
「いけっ!いけっ!!いけぇええええッッ!!!」
魂の叫びが木霊し、腕を震わせ、ギリギリと焼き切っていく。
腕はもう吊っており、限界なんてとっくに超えている。
それでも、依姫は力を込め続け、力を爆発させる。
———そして。
「ッ!!」
一際高い金属音。
それは、依姫が刀を振り切った事を意味していた。
一瞬、ほんの一瞬の静寂。
音が無い空間はすぐに崩壊し、歓喜のままにヴェノムが熱を無視して扉をこじ開け、磁力を失った鉄塊が地面に落ち、煩わしい音を響かせた。
———だが、だがしかし。
絶望は現実と衝撃を持って突然襲い掛かる。
「
開けた視界。
そこに鎮座する様に立っていたエレクトロの腕には仰々しい、銃の様な二本のレールが伸びた機械の様なものが握られており、激しいスパークを伴っていた。
そして漸く二人は理解する。
この為の、この機会を作り上げる為の時間稼ぎだったのだと。
「キヒっ!!キヒヒヒヒッ!!!喰らえ——-」
向けられた銃口。
その矛先はシン達。
だが、シン達なら避けられ———
「
「———っっんのクズ野郎がぁぁああああッッ!!!」
「ヤバいぞシンッ!!」
グルリと視線と矛先が依姫に向けられる。
瞬間シンは察した。
手負い、それも自身を滅する可能性があるものから殺る事を。
仮にシン達が依姫を庇っても、シン達に大ダメージを与えられる事を。
汚い手だ。
だが、それによって全ての危機に晒されている事も事実だった。
「
シンの視界が極限状態により、スローに、ゆっくりと動いていく。
酷い顔で目を見開く依姫。
禍々しいオーラを放ちながら何かが射出される機械。
世界が極端に遅い。
にも関わらず射出された何か…鉄?…は恐ろしい速度で依姫一直線に軌道を描く。
初速から音速を超え、激しいスパークを纏った弾丸だ。
マトモに当たればバラバラになるかも知れない。
死が。
死神が確実に依姫の首に手を掛けている。
彼女の美しい真紅の瞳に、蒼い、蒼い星が映る。
(…依姫…依姫!!!)
「依姫ぇえええッッ!!!」
トン。
空虚な音だった。
勝手に腕が動いていた、そう言う他無い。
ゆっくりと、唖然とした表情でこちらを見つめる依姫だったが、流星がその視線の交錯を閉ざし、一瞬でシンの左腕を通過した。
瞬間、爆風とも言える衝撃が吹き荒れ、鉄が粉々に破砕され、二人の体が軽く吹き飛ばされる。
突風に眼をやられ、眼を閉じた依姫が先ず耳にしたのは、苦悶の声だった。
そして、瞳を開けると。
映ったのは。
宙に舞う真っ黒な左腕。
「…あッ…!!ぁがっ…!!がぁぁあああ…!!!」
「大丈夫かシンッ!?」
「大丈夫じゃぁ…ねぇよ…!!」
依姫の瞳孔が震え、心臓が太鼓の様に打ち鳴らし、息切れが激しくなる。
身体が限界を超えているからか、海に沈み込む様に力が抜けていく。
そして、依姫は今にも泣きそうな声で彼らの鼓膜を震わせた。
「あ…ああ…ああ!!しっシンさん!そんな…!そんなっ!!」
しかしギリギリと歯が砕ける程噛み締め、シンは叫んだ。
「大丈夫…だ!!だから…目的をッ…!見失うな!!」
「…っ…!!」
「…俺には大丈夫じゃないって言ったのに」
それだけ言い残し、シンはウェブを駆使し、エレクトロの真正面へと一瞬で肉薄した。
しかし、片腕がなくなったせいか、フラリと重心が前のめりになってしまう。
「アヒャヒャヒャ!!今のお前に私を倒す力なんて———」
「倒すのは俺達じゃねぇよ…!!倒すのは———-」
シン達の腕を消し飛ばした忌まわしき機械がエレクトロの怪力によって無造作に放り投げなれ、オープンになった彼女は手の内に戦斧を顕現させた。
そして、青く煌めくそれは一分の狂いも無く体勢を崩したシン達の額に向かっていく。
しかし、シン達は自分から地面に顔を落とす事でギリギリ回避。
地面スレスレの所で脚を思い切り踏み出し、筋力のバネとエレクトロが戦斧を振り切った隙を利用し、一歩でエレクトロの背後に移動した。
更に彼女が振り返るより一歩早く、肘打ちを彼女の背骨に炸裂させ、止めと言わんばかりに収納していた青銅刀を肘の先から射出する。
いくら刃の無い青銅刀と言っても、この至近距離でパチンコの様に突き刺せばどうなるか。
答えは簡単、腹から青銅刀が貫通する。
「っがぁっ!?っヅぁああ!こんな物!!電子化で———」
「———倒すのは依姫だッ!!!そうだろ!?」
「えぇ!!私はもう!躊躇わない!!
天から落ちて来る依姫。
神の名を叫んだ事で神降しが発動し、限度を超えた使用によって血管が浮きで、右目から血の涙が溢れ出す。
恐らく全身も激痛に襲われている事だろう。
しかし、身を削った神降しにより、依姫の刀に聖なる雷が灯り、彼女はそれを空に掲げる。
正に、断罪の光。
「はぁッ!!!」
天罰が、振り下ろされた。
同時に依姫の刀から黄金の雷が放出され、蛇の様な軌道を描いてエレクトロに襲い掛かる。
「馬鹿がぁッ!!この私に電撃?全部吸い取ってやるよッ!!」
エレクトロに襲い掛かった…?
否。
着弾したのはシンの青銅刀。
「なっ!?」
シンの刀は電気を通さないのを良いことに、金色の光が青銅刀を覆い尽くし、その光景にエレクトロは驚愕し、また、ある事実に心臓を掴まれた。
「電子化…出来ないだとォッ!!違う!?吸い寄せられる!?何をした依姫ェッ!!!」
理由は簡単。
エレクトロのマイナスの電気エネルギー、電子。
健御雷神のプラスの電気エネルギー、陽子。
それらが惹かれあい、結果としてエレクトロなら電子化を阻止しているのだ。
つまり、シンの青銅刀が今だけエレクトロ専用の足枷となる。
「がぁああああッ!!!こんなッ!!こんな物!!コイツを引き剥がせば———」
エレクトロが天から落ちて来る依姫を見て焦りを抱き、せめてもの抵抗として真後ろのシン達に両手を伸ばす。
だが。
「ッ!?!?ぎゃァアアアアアッ!?」
その手は、音速を超えた弓矢に射抜かれてしまった。
一体どこから、その一心でエレクトロは矢の飛来した方向に顔を向けると、そこには管制塔。
エレクトロの常人離れした視力は、その最高層に弓矢を携え、長く束ねられた白髪の女をその視界に捉えた。
同時に激しい後悔に襲われる。
(あの女ッ!!あの女ァアアアアア!!!あの時に!!私が最初に射抜かれた時に殺しておくべきだった!!!)
「殺しておくべきだったァァアアッッ!!!」
「よそ見している場合ですかッ!?」
ブワリと脂汗が噴き出す。
のっぺりとした顔をぐりんと依姫に向けると、そこには最早剣を振り上げ、最後の一撃を入れようとする彼女の姿があった。
「
『待ってたぞ…この時をッ!』
「ッ良いのか!?お前の親友の体をォッ!!お前は斬り殺すと言うのかァッ!?!?」
エレクトロの最後の抵抗。
それは依姫の弱さに漬け込んだ手だった。
優しすぎる、と言う弱点に。
「…」
ほんの一瞬だけ依姫が黙りこくり、エレクトロは無い筈の口角が吊り上がるのを感じた。
だが、彼女は覚悟を決めたのだ。
「———私はッ!!もうッ!!迷いませんッ!!!」
「やれッ!!依姫ぇえええッ!!!」
「馬鹿な!馬鹿なッ!!馬鹿なァァアアッ!!!」
再度の神降しによって身体中から血が噴き出る依姫。
最早刀を握るだけで精一杯であり、その姿はほぼ落下しているだけだった。
だが、意地で刀を振り上げ、エレクトロと視線を交わす。
両手を塞がれ、逃げる事も出来ない。
絶対のチャンス。
———これで、終わる。
「ハァアアアアアッッ!!!」
「あああッ!?!あっ!?あぁアアアアアッッッ!!!!」
エレクトロの頸動脈に歯が食い込み、鎖骨、胸へと刀が滑っていく。
やけにゆっくりとしていた。
待ち望んだ瞬間だった。
鼓膜が破れたのか、音が無かった。
「——!!—————!!!!」
刃が滑るごとにエレクトロののっぺりとした表情に皺が重なっていく。
やっと、カレンを取り戻せる。
「これで…終わりですッッ!!!」
『消えろッ!!大妖怪ッ!!!』
「くっくっ…くそ…くそっ、ッックッッソォォオオオオ"オ"ッッッ!!!」
依姫の、月読命の、エレクトロの叫びと共に刀が振り抜かれた。
血飛沫が舞い、焼印の様に残され、光り輝く痕から溢れる光があたりをてらす。
そして絶望のまま硬直するエレクトロを内側から照らしていく。
エレクトロが傷口に手を掛けた瞬間、光が爆発し、依姫も、シン達も吹き飛ばされ、発電所は光の奔流に飲み込まれた。
あめおめご拝読ありがとうございますなのぜ!
勝った!!第三部完ッ!!なのぜ。
ちなみにシン君の腕はいつか生えるのぜ、心配ナッシング。
登場人物紹介っている?
-
やってくれ 必要だろ(いる)
-
それは雑魚の思考だ(いらない)