東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくりしていって!


第四十二話 腑抜けと臆病

 シンを起こしたのは、強烈な吐き気と頭痛だった。

 

「ぅぐ…ぉぉぉお…!!」

<———>

 

 ヴェノムに至っては応答もしない。

 まるで屍のようだ。

 

「ぉぇ…っ!」

 

 肌寒い空気が身を刺激する中、彼は小さく呻き、頭を抑えて立ち上がる。

 しかしその足はまるで子鹿の様で、直ぐに崩れ落ちてしまった。

 乱立する瓶をガシャンガシャンと巻き込み、再び彼は地に伏せる。

 

(眩し…)

 

 青い顔を照らすのは黄色い光を放つ太陽。

 丁度シンの顔の正面に来る様に位置している。

 時刻にして午前6〜7時と言ったところか。

 

 彼は眩しさに目を細め、構築した側からハンマーで壊される様な思考でどうしようかと考えた。

 

(とに…かく、汚れを落とさねぇ、と)

 

 玄楽は気にしなかったが、シンの体は、腐り黒ずんだ血で覆われている。

 流石にこれで出歩くのは心許ないと、彼は腹這いで地面を進んでいく。

 行く先は勿論大浴場。

 

 暫くして彼は立ち上がるが、依然ふらふらで、壁にもたれ込みながら歩いていく。

 その後ろ姿は寸分違い無くロクデナシであった。

 

◆◆

 

「…行きたくない」

<このボンクラが!腑抜け!タンカス野郎!>

 

 時は一時間後。

 大浴場にて体の汚れを落とした彼は、一人自室にて頭を抱えていた。

 

<ふざけるな!昨日のアレは何だったんだ!!>

「…謝れるかどうかは別問題だ」

<Shut up!黙れ!!>

 

 ヴェノムも完全に覚醒し、荒々し過ぎるほどシンに捲し立てている。

 最も、その原因は9割、いや、突き抜けて90割シンにあるが。

 

<足を動かせ!座るな!このボケッ!!>

「…」

 

 シンは苦虫を千匹噛み潰した様な表情で虚空を見つめる。

 それはきっと二日酔いの頭痛も要因に入っているだろう。

 

 事の発端はヴェノムがある一言を発した所で始まった。

 

謝りに行こう!ごめんなさいの時間だ!

 

 謝ろう。

 この一言。

 

 これだけで彼の身体は石の様にピシリと止まり、ベッドに腰掛けて行きたくないなんて言い出したのだ。

 昨夜あれだけ愚痴を吐いてなお、謝る決心が付いていない事にヴェノムは心底腹を立てた。

 

怯えてるのか!?お前が!?まさか嫌われるのが怖いか!?

「んなこと…」

じゃあいけ鈍間!

 

 真っ黒な左腕が変貌し、歯を剥き出ししたヴェノムがシンに詰め寄る。

 それは悪い事をした生徒に詰め寄る鬼教師…いや、その数倍の迫力。

 常人ならきっと失禁どころか失神してしまうだろう。

 

 加えてシンとヴェノムは距離にして数ミリ。

 ヴェノムが口を開ければバクリと食べられてしまいそうだった。

 

 修羅の如き威圧にはシンも目を右往左往して怯んでしまう。

 

「———分かった!分かった行くよ!」

判れば良い!判れば!!

 

 観念したかの様に彼はため息を吐くと、立ち上がってドアの前に足を進めた。

 ヴェノムはそんな彼を神妙に見つめる。

 

 そしてシンはドアノブに手を掛け———

 

「…っ…!」

 

 また手を離した。

 

っこの…!っヘタレがァーーーッッ!!!

「うぼぁっ!?」

 

 火山噴火。

 落雷発生。

 

 部屋を劈く怒号と共にシンの身体はヴェノムの頭突きによって吹き飛ばされ、ドンと音を立てて壁に激突した。

 小さく呻き声を漏らす彼にヴェノムは畳み掛ける。

 

 無論、頭突きを彼の鼻っ柱に炸裂させながら。

 

何でだ!どうして!そう!へばり付いたガムみたいに!頑固なんだ!

「ぐぅっ!お前にはわかんねぇよ!!」

悪かった!訂正する!!ガム以下だ!!

「ぐはぁっ!!」

 

 彼は右腕でヴェノムの攻撃を防御しながら反論するが、何分片腕だ。

 頭突きの連撃を受け切れず、何度も頭突きを喰らってしまう。

 

 頭突き、骨折、治癒。

 シンにはクソッタレスパイラルとしか言いようがない。

 

言え!理由は!?隅っこの蛆虫みたいにウジウジしてる理由は何だ!!

「そんなモン言って何になる!!アメーバでしかないお前に言って何が変わる!!」

っはぁ〜〜!!ああそうか!お前の気持ちは良く分かった!!

 

 呆れを含んだため息がシンの頬を撫で、ヴェノムの猛攻が鳴りを潜める。

 そしてヴェノムが元の黒い義手へと姿を変えると同時に、シンはヴェノムが諦めた事を悟り、静かに安堵した。

 

 もう殴られる事は無い、と。

 

 そして同時に疑問も抱く。

 こんな簡単にヴェノムが引き下がるタマだったか、と。

 

 そんな懐疑は現実となって牙を向く。

 

「っおっ?」

<そんなに行きたくないなら———>

 

 壁にもたれていたシンが立ち上がる。

 間抜けな声を上げたのは、その動作が自分の意思による物では無かったからだ。

 

 つまり、その意味する所は。

 

<———その重い腰を俺が上げてやる!>

「ぉ、おあああっ!!待てっ!ストップヴェノムッ!!」

 

 意思に反して前へ進む足。

 シンが青い顔で叫び、手を振りながらイヤイヤと拒否するが、足は止まらない。

 

 遂にドアノブにヴェノムの手が掛かった所で、シンは最終手段に出た。

 

「分かったっ!っ話すから!まずは俺の話を聞いてくれ!!」

<よし!聞くだけだぞ!>

 

 何故かノリノリでヴェノムが応える。

 何処か楽しんでやがる、そう確信しながらもシンは濁流のように言葉を溢した。

 

「っカレンは依姫の親友だ!けど俺はカレンを殺しちまったんだぞ!?それに油断で依姫を守り切れなかった!腹に穴を開けられた!!」

 

「俺はどんな顔してアイツに会えば良い!?依姫と話す事からも逃げた俺はどんな顔をすれば良い!?」

<気持ちは分かる!>

「分かるか馬鹿!」

<いや分かる!お前は()()()()()()怖いんだろう!?>

「…っ…ああそうだよ!!嫌われたくねぇよ!会って大嫌いなんて言われたら生きてけねぇよ!!」

 

 ヴェノムはその言葉を聞いて、クツクツ笑いながらシンに言う。

 

<よし!話は聞いた!つまりシンは依姫が大好きって事だ!!>

「っす…!?だ、誰がそんな事言った!兎に角言ったんだ!足を止めろドアノブを回すな!!」

 

 唐突に変な事を言い出したヴェノムにシンは顔を真っ赤にして反論する。

 怒りだけで無い、恥ずかしさも混ざった真っ赤だ。

 それの意味する事を考える余地はシンに無いが。

 

 しかし同時にシンは希望を抱く。

 何せ言ったのだ。

 その理由の全てを。

 

 言ったからにはヴェノムも———

 

<そうか!健気だな!じゃあ行くぞ!>

「ンの馬鹿ぁあああ!!」

 

 当然止まらない。

 

 ヴェノムの言葉を皮切りにドアが音を立てて開かれ、部屋からシン達が飛び出す。

 最早後戻りは出来ない。

 

 目まぐるしく移動する風景に諦めを抱いたシンは、せめてもの抵抗として思い切り毒を吐く。

 その絶叫は廊下の隅から隅へ、どこまでも木霊した。

 

◆◆

 

「…げほっ…ぅう…」

 

 時は遡って一日前。

 依姫を背にして逃げ出したその時、彼女、依姫は冷たい地面の上でへたり込んでいた。

 

 いや、もがいていた、と言った方が正しいか。

 手から離した松葉杖すら構わず、ただひたすらにシンへ伸ばされる彼女の腕。

 

 届く事は無いと分かっていながらも、彼女は手を伸ばさずにはいられなかった。

 

「シンさっ…しんさぁん…!!」

 

 譫言の様に漏れ出る小さな声。

 寂しい程に静かな廊下でそれはよく響き、同時に力無い依姫をより惨めにさせていた。

 

 灰色の、色素の抜けた壁。

 殺風景に伸びる廊下。

 役目を果たす事なく、力尽きた様に横たわる松葉杖。

 

 何もかもが依姫を軽蔑している様な気さえした。

 何も戻す事が出来なかった、あまつさえ失ってしまった彼女を。

 

「うぐ…っ!」

 

 しかしエレクトロに開けられた腹の穴が痛む。

 刺す様な痛みだ。

 まるでカレンが戻ったと信じ抜いていたあの時に戻ったかの様に、鮮明に、残酷に。

 

 痛みに耐え、瞼を下すと、気持ちの悪いのっぺらぼうと絶望したエメラルドの瞳が瞼の裏に映る。

 夢でも見た光景だ。

 

 脂汗と一緒に涙が流れ落ちていく。

 

 …本当ならば、依姫は出歩いては行けなかった。

 師匠にも、お父様にも、口を酸っぱくして言われた。

 

 タダでさえ腹に穴が空いているのだ。

 並大抵の医療技術ならばベッドで幾本ものチューブに繋がれていて当然の状態。

 

 今、依姫が包帯を腹に巻き、松葉杖で歩けているのは、ひとえに彼女自身の頑丈さと永琳の存在による物が大きかった。

 しかし重傷には変わりない。

 

「待って…下さい…!お願いだからっ…!!」

 

 痛みを訴える身体に鞭を打って彼女は立ち上がる。

 師匠が見たら、きっと止まれと言うだろう。

 お父様だってそう言う。

 姉さん(豊姫)は…どうだろうか、後悔しない選択をしなさい、だろうか。

 

 そもそも、これが依姫の()()()()()()なのだ。

 身体は石の様に重くなり、押さえつけられた様に頭が上がらなくなる。

 

 ———行きたくない。

 動きたくない。

 このまま倒れて、眠ってしまいたい。

 

 そう分かっていながらも、彼女は歩き続ける選択を取る。

 

 そうして松葉杖を取り、歯を食いしばって、涙目でシン達を追う。

 そこまでして彼らを追う理由は、豊姫の言葉にあった。

 

◆◆

 

「依姫、大丈夫?」

「…これが、大丈夫に見えますか…?」

 

 時は更に遡って、未だシン達が目を覚まさなかった頃。

 

 依姫は髪を下ろし、点滴に繋がれてベッドに横たわっていた。

 そして彼女の姉、豊姫はそんな依姫の見舞いに来ていた。

 ついでに数個のフルーツも持って。

 

 しかし、依姫は豊姫を背に寝ているため、彼女の顔は豊姫から窺い知る事は出来ない。

 それでも、依姫の震えた声が全てを物語っていた。

 

「依姫、シン達はもう治ったに等しいらしいわ…それと———」

「っ!シンさんが…あっ…いや、何でもないです…」

 

 豊姫が椅子に座り、リンゴを軽く剥きながらそんな話をする。

 すると依姫は跳ね起きて豊姫の顔を見た。

 

 一瞬だけ瞳が輝くのを豊姫は見逃さなかったが、すぐにそれは霧散してしまう。

 

 ———酷い顔ね…

 

 ハネの多い髪に、凝視しなければ分からない程の隈、極めつきは赤く腫れた瞼。

 きっと一晩以上は眠れなかったのだろう。

 

 豊姫には実際、どんな事があったかを目にしていなかったが、推し量るぐらいのことは出来る。

 そもそも永琳から何があったかぐらい聞かされている。

 

 十中八九依姫の悩みの種はカレンとシン達だ。

 確信すると同時に、豊姫の中で不平不満が渦巻いた。

 

「…やっぱり、ムカつくわね」

「…え…?」

「いや、何でもないわ」

 

 ———だって彼ら、()()、破ったし。

 

 約束とは豊姫とシン達が初めて会った時に一方的に結んだ物だ。

 内容は依姫を悲しませない事。

 

 その時は軽いノリで言ったかも知れないが、本人は大真面目だ。

 

(こんな悲しませて、しかも当の依姫は彼を心配してるとか…高く付くわよ、この借りは)

 

 それはさておき。

 

 豊姫は依姫に言いそびれた事を頭の中で反芻した。

 

 一つ、シン達の安否…についてはもう話した。

 

 二つ、アースについて。

 面識は無いが、道場に来ていたらしく依姫達と交友があった彼が、道路の真ん中で真っ二つになって絶命していた。

 きっとエレクトロに殺されたのだろう。

 しかし葬儀自体は終わっているが、彼らはこの事を知らないのだ。

 

 三つ、カレンの…()

 これは確定では無いが、カレンの妹と名乗る幼女を保護したらしい。

 曰く、お姉ちゃんがおかしくなった、と。

 曰く、緑色のおじさんが助けてくれた、のだと。

 

 まぁ、緑色のおじさんはアースの事だろう。

 これが本当なら、彼は無駄死にでは無く、幼女を守った上で死んだ…いわば名誉の死になるのだろう。

 

 本当ならこれらの内容は玄楽が伝える筈だったが。

 無理を言って豊姫がその役を買って出たのだ。

 姉という立場もある。

 

 代わりに玄楽はシンの元に行く予定なのだ。

 

(だけど、まぁ…)

 

 言う必要…ないか。

 

 依姫にこれ以上の心労は掛けたくない。

 言うとしても、まずこの依姫の暗い顔をどうにかしてからだ。

 

「ねぇ依姫」

「…?何でしょうか?」

「シンの事どう思う?」

 

 ———重い緊張や沈黙を解くのには、まず世間話からと相場が決まっている。

 

 いつかに齧った本にそんな事が書かれていた。

 物は試しと豊姫はそれを実践し、ついでに剥いたリンゴを爪楊枝に刺して依姫の顔の前に差し出した。

 

「…えぇ、そうですね」

 

 依姫は恐る恐るそれを受け取り、一齧りして言った。

 素直に話す辺り、やはり彼女は純粋だ。

 

「彼は、諦める事を知らない人です」

「…へぇ、やっぱり」

「やっぱりってなんですか」

「だってねぇ、依姫と戦ってる時ももまだだまだだ〜って、負けを認めないじゃない」

 

 ———依姫もだけど、ね。

 

 豊姫の言葉に、依姫は薄くはにかむ。

 まるで自分が褒められているかの様で、なんともまぁ、可愛らしいというか。

 

「ふふっ、分かってるじゃないですか」

 

 僅かに頬を赤く染める依姫。

 我が妹ながら、やはり大輪の花に見劣りしない。

 

 だからこそ、時たま見せる陰った表情に豊姫は心を痛めた。

 

「でさでさ、依姫と彼って…何処まで進んでるの?」

 

 だかそれは表に出さない。

 あくまで明るく接するのだ。

 

「何処って…何の話です…?」

「え?いや、彼氏彼女に決まってんじゃない」

 

 交わし合う視線と視線。

 キョトンと豊姫を見つめていた依姫だったが、やがてその言葉の真意に気付くと、爆発した。

 

 比喩でも何でもない。

 一瞬でトマトの如く真っ赤になり、ボンと煙を出したのを見るに、ヤカンでも沸かせそうだ。

 

 更に手に持っていたリンゴが滑り落ち、目を見開いて瞳が小さくなる。

 数秒の虚無が流れたのち、依姫は口をへの字にして反論というのも烏滸がましい駄弁を宣った。

 

 ちなみに落ちたリンゴは豊姫がキャッチしている。

 

「かれっ…!?いや…っ!その、そんな関係じゃ…!」

「えぇ?なに?まだその段階にすら行ってないの?」

「わ、悪いですか!」

「いやぁ〜…別に悪くないけどねぇ…」

 

 確か、シン達がここに転がり込んでから約一年程経っている。

 そんな中で、シン達と依姫は会わない日が無かった程互いに顔を合わせ、同時に剣も交わしている。

 軍の隊員として働いている今も、ここに修行しに来るぐらいだ。

 

 大体一日の四分の一、約六時間程度は一緒にいる筈なのだが、何の進展も無いとは恐れ入った。

 奥手というか何というか。

 意気地なしと言ってもいいかも知れない。

 

 豊姫は少し引き気味に頭を掻き、言う。

 

「うーん…依姫って彼の事が好きじゃないの?」

「ぴゃっ———」

「あ、いや、やっぱ答えなくていいわ」

 

 これ以上の詮索は依姫の心の平穏に宜しくない。

 逆の意味で心を殺してしまう。

 

 再び真っ赤に染まった依姫を見て、豊姫は質問をシャットアウトした。

 そもそも答えを聞かなくても大体知ってる。

 

 恐らく豊姫が依姫にそう聞いたのは、イタズラの様な意図も含んでいたのだろう。

 

「…でも、そうね、依姫と彼だったら私はいいと思うわよ」

 

 豊姫は穏やかに言う。

 しかし、依姫の言葉が部屋を暗く落とした。

 

「はは、()()()()()

 

 瞬間、豊姫はその異変を感じた。

 まるで部屋の温度が何℃か下がったような、重い空気感。

 

 明るい様で、その実全く中身を伴わない空虚な言葉。

 

 言葉を挟もうとするが、依姫が続ける。

 

「だって私は彼に…酷い選択を強いたんですよ?殺さないで、なんて…」

「依姫…彼はそんな事で———」

 

 依姫は痛々しい程、引き攣った笑顔を豊姫に向けた。

 心配させたくない、その一心だろう。

 

「諦めない…ずっとそう思い続けた故に、結局私は無理難題を彼に押し付けてしまった…笑っちゃいますよ」

「…」

「夏休みの終わり、友達にまるで終わってない宿題を押し付けた様な物なんです…私にはどうすることも出来なかった癖に…」

「依姫…貴方は…」

 

 依姫は豊姫の言葉を待たずに続ける。

 しかし掛けられたシーツを握り締め、目線を落として言う様は、まるで自分自身に言っているかの様だった。

 

「私の中で…この二日で、カレンの折り合いは着いたんです…!!仕方なかったって…!!でも…でもっ…!」

 

 ポタポタ、シーツに雫が落ちる。

 彼女は顔を上げて、縋る様な声を上げた。

 

「わっ、私は…!彼の事が…彼の事だけが頭によぎって、よぎって…!」

 

「今も…!彼の会ったら避けられてしまう事を恐れています…っ!」

 

「嫌われっ…嫌われてしまった様な気さえしてしまいます…!」

 

「いやっ…それだけならいいんです…私は彼に…一生の傷を…!人殺しをさせて…っ、私の無理な思いに応えようとしてくれたのに…!!腕まで失わせてしまったのにっ!失敗させて…っ!!彼が絶望なんてしたら!それは私のせいなんですよ!!」

「依姫」

 

 依姫の吐露をゆっくり聞いた上で、豊姫は優しげに言葉を発する。

 涙に濡れた赤い瞳がふるふる震え、豊姫の暖かい金色の瞳がその中で反射する。

 

 依姫はそっと依姫の肩に手を置くと、その顔の涙をゆっくりと拭った。

 

「本当…貴方は優しいのね」

「姉…さ、ん」

 

 他人の為に心を痛めると言う事の難しさたるや。

 自分だって友を失って悲しみに襲われているはずなのに、考えるのは他人の心配ばっかり。

 

 稀代の馬鹿だ。

 しかし同時に、稀代の聖人だ。

 

 豊姫は姉として、そんな妹に誇りすら持てた。

 

「はにゅ?」

「こんなに泣いちゃって…可愛い顔が台無し、確かにこの顔じゃあシンに見せられないわねぇ…」

「姉さっ、あにょぉ、むにむにしないでぇ…」

 

 豊姫は依姫の顔を伝う涙を指の腹で掬い取ると、惰性で彼女のほっぺをこねくり回した。

 もちもち手に吸い付く頬を上に下に。

 

 へにょ〜っとした顔をする依姫は芯の抜けた日本語を発するが、豊姫には届かない。

 

「うんうん、やっぱり依姫は笑顔じゃないとね」

「ひょっと!姉ふぁん!いい加減にっ!」

「そうそう、それくらい元気が無いとシン達に嫌われちゃうわ」

 

 頬は横に伸び、間抜けに開いた楕円形の口から怒りを放つ依姫だったが、豊姫はそれを軽く受け流してしまう。

 そして豊姫はニコリと笑って依姫の絹の様な髪を一撫でして。

 

「まずは彼と会って話さなきゃね」

「で、でも、私に彼と会う資格なんか———」

 

 依姫は視線をずらし、気まずげだ。

 そんな彼女に豊姫はため息を吐いて言った。

 

「はぁ〜…貴方が見てきた彼ってそんな器量の小さい男だったかしら?」

「そんなわけ…」

 

 勿論依姫は反論するが、それは豊姫の想定内。

 

「だったら彼を信じてみなさい、好きなんでしょ?」

「でも、でも…もし彼に避けられたら———」

 

 依姫は好き、には反論しない…と言うより頭に入っていない。

 彼に避けられたらどうしよう、嫌われていたらどうしよう。

 そんな事だけが頭をぐるぐる回っている状態な為だ。

 

 そんな依姫に、豊姫は一つ提案をした。

 

「でもが多いわね、()()()いいじゃない」

「お、追う?」

 

 そう、追う。

 要は話しかけると言う行為を諦めなければいいのだ。

 

 告白が玉砕してもめげずに話しかける男の子の様に。

 それくらいの図太さが依姫には必要なのだ。

 

 依姫にはその図太さを出す決心が付いていない様だが、ここで豊姫は一つの考え方を伝授する。

 

「そうよ、そもそも依姫は憶測で語り過ぎよ、貴方が嫌いだから避ける〜とか、可能性の一つじゃない?」

「可能性の一つ…?」

 

 そう、依姫は無数に存在する結果の内の一つしか見ていない。

 依姫にとって最も最悪と取れる一つを。

 

 1%で起こる災厄を危惧して対策を施しまくる都市の上層部のような物だ。

 確かにその心意気が役に立つ事はあれど、依姫の場合は少し考え過ぎだ。

 

「逆に考えるのよ、依姫に嫌われたくないから、逆に逃げちゃった、とか」

「そんな都合のいい事ある訳…」

 

 ところがどっこい。

 豊姫の考えはあながち間違えていない。

 

 …それは置いておいて。

 豊姫は先程依姫が落としてしまいそうになったリンゴを依姫の口に押し込み、有無を言わさずに続けた。

 

「兎に角二人で話さないとね、誤解があったままフェードアウトとかあり得ないわ」

「むぐ…」

 

 依姫はリンゴで頬を膨らませながら疑念の瞳を豊姫に送る。

 それに気付いた彼女は、依姫の背中をトンと押してグッドサインを出した。

 

「大丈夫!依姫は自分の事に自信が無さ過ぎ!お姉ちゃんが保証してあげる!依姫は可愛いし、優しい!たまに頑固!」

「…姉さん、明らかに褒め言葉じゃないのが混ざってるんですけど…」

「それも貴方の美点よ!」

 

 褒めてるのか貶してるのか。

 

 依姫は口の中に残ったリンゴの風味を感じながら、紫檀の髪の穂先をくるくる巻く。

 意味もなさげに巻いた髪を解くと、彼女は目線を豊姫に戻し、一言。

 

「そう…ですね、私…行ってみます」

 

 その言葉には空虚な空元気など存在しない、力強い決心が垣間見えた。

 まるで諦めたくないと願う心の様に。

 

 そんな彼女の瞳はしっかりと豊姫の黄金の瞳を捉えていた。

 

「…そう、依姫」

 

 豊姫は病室に差さる光が淡く輝いている様に思った。

 紫檀の髪はより艶やかに、より深く鮮やかに。

 きっと今ならあの黄色の大きなリボンも似合う筈だ。

 

 恐らく依姫の気、とでも言おうか、とにかく雰囲気が変わったからだろう。

 多少、姉としてのフィルターが掛かっていたとしても、この変わりようは流石の依姫の美貌とでも言うか。

 カリスマとでも言うか。

 

「ま、そんな汚れた様子じゃシン達には見せられないけどね」

「えっ」

「さってと!メイクの時間よ〜!」

「えぇっ!?」

 

 …しかし、雰囲気が変わったからと言って髪のハネや傷み、目下の隈が消えた訳ではない。

 流石にこんな酷い状態の依姫とシン達を出会わせる訳にはいかないと、豊姫はどこから取り出したかも分からない櫛とコテを手に、依姫に襲い掛かった。

 

 それから依姫が松葉杖で出歩けるまでにセッティング出来たのは、かなりの時間が経ってからであった。




ご拝読ありがとうなのぜ!

ちょっと執筆が進まない…やはりバトルせねば。
くだらん会話よりも戦いを書かねばなのぜ!!

こんなコメディとシリアスのスクランブル交差点はちょべりばなのぜ!
恥じろ奴隷!こんな描画しか出来ないとか…雑魚かな♡可愛いね♡犯すぞなのぜ。

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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