ゆっくりしてね!
時が経つのは早いもので、あっという間に月日は過ぎていった。
月移住の計画が世に発表されると、人々はそれはもう混乱した。
やれ世の終わりだの、やれ不可能だの、やれ月読命は本当に暗殺されただの、様々な噂や曲解が世に出回った。
そんな人々の混乱と不安は一ヶ月掛けた熱心なパレードや演説によって収まったが、大規模な引越しによる荷造り等の慌しさは収まらなかった。
不安によって犯罪率が一時的に上昇する珍事も起こったが、軍のパレードの副作用で被害は最小限に抑えられている。
妖怪発生も同様だ。
一日最低一体は姿を現しているが、人が死亡したケースはまだ無い。
その分働いている軍人の休みも少ないが。
中級以下の妖怪しか出現していないという事も関係している。
それだけパレード戦略は功を奏したという事だ。
シンとしては悶々とした気持ちだけが胸の中に渦巻き、その代わりもうすぐロケットが飛び立つと言う実感が湧かずにいた。
「………」
「聞いてますか?あと一ヶ月ですよ?一ヶ月」
「…ああ、聞いてる」
「本当ですかぁ?目が虚ろですよ?」
「…」
パレードの帰り道。
夕焼けに照らされながらシンは依姫の言葉を華麗に聞き流す。
そう、移住まで、あと一ヶ月。
依姫へ感じる謎の感情と戦っているうちに、ここまで時間が進んでしまった。
謎の、という副詞が付いているように、この気持ちとはまったく決着が付いていない。
ヴェノムからは答えが
しかし依姫に聞くのは何処か本末転倒な気がする。
結果シンは一人でこの問題を考え続けていた。
故にぼぅっとしている時間が長くなり、依姫からの質問も聞き流す事が多くなっていた。
「あと、一ヶ月、か…実感がないな」
「そりゃ…そうですよね、実感なんて無くて当然ですし、覚悟が出来ていない人もいるでしょうしね、私達の様にロケットを守る使命がある軍人なら尚更覚悟ができていないかも知れません」
「…そういや、壁の外の人間ってどうなるんだ?会った事、って言うか、そもそも居るか知らねぇけど」
単純な疑問だ。
そもそもシン達は外の世界を全く知らない。
ここと同じような場所があるか知りたがるのは当然だった。
逆に今までそれを知ろうとしなかったのは流石に興味を持たなすぎであったが。
「居ますよ…流石に常識ですよ…」
「常識が無くて悪かったな、車が空を飛ぶ原理すら知らないぞ俺は、どうしたら車があんな低空飛行が出来るんだ」
「ハハ…まぁ…関わりは有りませんから、少なくとも月に一緒にはいかないでしょうね」
「…ちなみに、外の奴らってここぐらい文明が進んでいるのか?」
「…いえ、アトランティスやムーなど、高度な文明はありますが…ここには全く及びません、なんせここは師匠と月読命様が発展させましたからね、それも一代で」
アトランティス、ムー。
何処かで聞いた事があるような気がする。
シンは引っかかるような違和感を覚えたが、それ以上に永琳の功績に驚いた。
何故ならここの技術は言うまでも無く進んでいる。
それこそ永久機関が半ば確立されていると聞いた程だ。
恐らく天才が千年掛けて創り出す技術。
それを、恐らく彼女一人で。
改めて永琳の凄まじさに戦慄したシンだった。
軍来祭の医務室で万能細胞だとかを使用していただけある。
「じゃあ依姫達が月に行ったらこの技術が、その…アト…アトなんとかに奪われるんじゃないのか?」
「…確かに、奪われないよう痕跡を消すぐらいならしそうですよね、原子爆弾でも使えばここらを吹き飛ばせると思いますよ?」
「お、おお…流石永琳ブレイン」
<シン、俺は良い事を思い付いたぞ>
永琳に感心していると、それまで黙っていたヴェノムが口を開いた。
「…どうしたヴェノム」
小声で呟くと、喜色を孕んだヴェノムの声が返ってくる。
<結構前からやりたかった俺の目的だ、俺の星の奴らを見返したい>
「…ロケットは?…ああ、そうか」
<そう、作ってもらう、どうだ?>
「…少し、二人きりで話そうぜ」
<…?>
シンはこの場でヴェノムの問いに答える事はせず、依姫に断りを入れ、足早にそこを去った。
◆◆
黙って歩いていたシンが辿り着いたのは壁外の森の中。
よく壁外へ出入りする為か顔馴染みとなってきた門番とも顔パスで通り抜け、太陽が沈んで暗くなっても草木を分けて森の中へ侵入していく。
巨大な白い防壁が辛うじて木の向こう側に見える程度まで歩くと、シンはようやく止まって、ヴェノムに語り掛けた。
「この辺でいいな…ヴェノム、なんで俺はここに来たと思う?」
<大事な話でもするためじゃないのか?>
「違う、ここに来たのは…お前の
<…何?>
シンがシニカルに口角を上げ、首をバキバキ鳴らす。
「これをお前に言えば、絶対お前は反対する、だから拳で押し倒すんだよ」
「待て、目的を言え…シン、お前をブン殴るのはその後だ」
ヴェノムがシンの目の前に姿を現し、毅然とした態度で言う。
何となく、シンの言いたい事が分かったのだ。
それは———。
「俺は、俺達はここに残る…依姫達を確実に空へ飛ばすための、囮になるんだ」
「何だそんなことか、いいぞ」
「そう言うと思ったぜ…拳で分からせ…て…ん?」
…聞き間違い?
シンの予想では絶対ヤダと言う答えが返ってくるはずだが。
シンは目を白黒させてヴェノムを見るが、当の本人はどこ吹く風。
「今なんて?」
「良いって言ったんだ、まさかこんな事だけの為にここまで来たとは言わないよな?」
「…はぁ?えぇ、いや…お前…絶対にロケットに乗りたいんじゃ———」
ヴェノムの今の発言はどう考えても矛盾している。
彼の望みは月に着いた後に母星行きのロケットを組み立てて貰いたい。
しかしそれを却下するシンの考えに彼は同意した。
あのヴェノムが?
思考停止に陥るシンを他所に、ヴェノムは口を開く。
「絶対じゃない、俺は全部ドブに捨てて復讐がしたいわけじゃない…だからお前の考えに沿ってやっても良い」
「…マジか」
「何より俺とお前は二人で一つ、リーサルプロテクター…俺達は共存しないとな」
「…ハハ、良い相棒を持ったぜ…お陰でここまで来たのも無駄じゃねぇか…」
シンはそう吐き捨てると、ため息を吐いて座り込んだ。
同時にヴェノムも鼻を鳴らして身体の中に戻る。
何もしてないのにどっと疲れた顔をしたシンは、空を仰ぎながら呟く。
「どうすんだよ、もう暗いし遠いぞ、帰るのめんどくせぇ」
<俺を分かってなかった罰だ、黙って帰れ!帰りにチョコもな!>
「んな金はねぇ!!」
◆◆
時は更に過ぎて行く。
太陽が昇ってビルを照らし、月が昇って小池に光が反射する。
パレードで騒ぎ散らかして、妖怪を見つけて、死んだ顔で帰宅して、時折壁の外へ行く。
何気ない日常が進んでいった。
そして新月だった月が日に日に大きく、真っ白な顔を覗かせていった。
ピンポン玉とほぼ同じ大きさな筈だった月は、どんどん大きく、握り拳大にまで成長していく。
シンの予想ではこのくらいでビックムーンは終わると見当を付けていたが、成長は止まらない。
計画の前日にはバレーボールとして手に取る事が出来そうな程まで巨大化していた。
今ならクレーターが月面に幾つあるか数える事も出来る。
「依姫になんて言おうか、ヴェノム…」
<愛してる、だ>
「この馬鹿」
シンは流し目でテレビに映るニュースキャスターを見た。
汗を垂らして報道している。
テーマは件の月移住についてだ。
『いよいよ運命の日がやって参りました、皆さん、荷物の準備を確認するなら今しかありませんよ?個人ナンバーをお無くしの方は————』
「覚悟を決めるぞ」
<誰に言ってる?>
「俺達にだ」
彼はテレビをプツリと切り、覚悟の瞳を燃やした。
◆◆
『一号機セントラル号の離陸は残り十五分です!!二号機チルドレン号の締切が近づいております!個人ナンバー5000番から30000番までの方は早急に第二特別地区までお越しの上、妖魔検知器による検査を受け、ロケットにお入りください!!三号機オールド号にご搭乗の方は———』
ここはロケット発射のため特別に作られた特別区、何の捻りもないネーミングだ。
セントラル号やチルドレン号も例外ではない。
都市の中心部が乗っているからセントラル、子供や若者が乗っているからチルドレン、ついでに老人が乗るオールド号。
…もっと良い名前は付けられなかったのだろうか。
さて、アナウンスが一分毎に鳴り響くこの場は煩い事この上ないが、ロケットに乗ってない奴でも居たら大変だ。
仕方ない事として我慢しなければ。
人々は平野の様な特別区をザワザワと群衆を作って移動している、大まかに若者と老人。
これでも予行訓練もした筈だが、結構煩い。
これも仕方ないと言えば仕方ないが。
ちなみに四号機であるムーンラビット号はここには無い。
ムーンラビット号は巨大な壁に沿う様に建てられており、先述の通り他のロケットとは出発地が全く違う。
その理由は壁外で軍人が戦った後、すぐに乗り込める様に設計されている為だ。
精鋭の軍人は、壁の外で妖怪を食い止め、三つのロケットが飛び立った後に漸くロケットに乗る事が出来る。
しかしそれを妖怪がみすみす見ている訳じゃない。
そうやって押し寄せる妖怪を、この都市を覆う巨大な壁が防護壁として食い止めるのだ。
それも量によるが。
妖怪の量が多過ぎれば防護壁は簡単に突破され、ムーンラビット号は見る間に袋叩きに合うだろう。
それを防ぐ為にシンは地上に残るのだ。
さて、そんな決意を抱えたシンはと言うと。
「言われた通りに来たぞ、集合まであと少ししか時間が無いんだ、手短に頼むぞ…豊姫」
<時間がない!あと三十分だ!!>
「あら、来ないと思ってたわ」
三号機、オールド号の麓に足を運んでいた。
「ったく、なんでこんな時間がない時に…前日で良かっただろ…」
「私の都合の良い日がこの日しかなかったのよ」
シン達軍人の作戦実行…と、言うより妖怪が押し寄せると予想されるタイミングまで三十分しかない。
この予想も絶対ではない為、精鋭の軍人は大門に十五分前集合を遵守しなければならなかった。
その矢先、唐突に豊姫に呼び出されたのだ。
「ところでお前はこのロケットじゃないだろ?」
「希望すれば親と一緒に行けるのよ、私以外にもそう言う人は多いわ」
「ふーん…ま、いい…玄楽は?」
「もう乗ったわ、私を待ってる…」
豊姫は腰に手を付き、どこか非難した様な目でシンを見る。
彼がその目線に気付くと同時に彼女は話し始めた。
「前に、言ったわよね…依姫を悲しませないでって」
「…ああ、それは…悪かった」
そして彼は気付く。
自分が呼ばれた理由に。
説教だ、それもシンがヤケクソになっていた時、依姫を突き放した件について。
当たり前と言えば当たり前か。
シンだってあの時の行動は見るに耐えなかったと思っている。
一体どれだけ依姫が傷付いたか、姉である豊姫が怒るのも当然だ。
さて、飛んでくるのはグーパンチかパービンタか。
どちらにせよある程度の苦痛を彼は覚悟した。
「…っはぁ〜、ビンタでもしてやろうと思ったけど、そんな顔されちゃあねぇ…」
しかし待てども頬を襲う痛みはやって来ない。
代わりに響いたのは大きなため息。
シンはそれを不思議に思い、声を上げた。
「…どんな罰だって受けるが」
「いいわよ別に…依姫が好きな殿方を傷つける訳にはいかないわ、ムカつくけど」
「…冗談言うな」
「フフ…じゃあ一つだけ」
目を細め、豊姫はシンの耳元に口を寄せる。
初めて会った時と同じ行動であったが、語られる内容は似て非なる。
曰く。
「依姫をまた悲しませたら、分子まで粉々にしてやるわ」
「お、おう」
恐ろしい語り文句が追加されていた。
「じゃあ、また月でね」
「…」
…シンは豊姫の言葉に応じる事が出来ず、ただ黙りこくる。
そんな彼を豊姫は一瞥し、機械の検査を受け始めた。
途中、検査に使われた妖魔検知器がポイと放り捨てられ、無造作に地面に転がった。
妖怪かどうかを周波数で判別する永琳製の機械。
シン達にとって苦い思い出の残る品。
ぼうっと豊姫を見つめていると、検査が終わったらしく、豊姫は手をひらひら降ってロケットの奥に消えた。
まるで買い物にも出かけるかの様な気楽さ。
シン達は今から、この豊姫の気持ちを、約束を裏切るのだ。
「…」
彼は簡単に消えそうにない罪悪感を胸に抱き、思わず胸をさする。
気付けば騒音も止み、人の気配が無くなっていた。
粗方ロケットの中に入ったのだろう。
「もう会えない可能性のが高いのにな、なに俺は約束してんだ」
<大丈夫だ、俺がいる>
「馬鹿野郎…共々死ぬかも知れないって事だぞ、心中したいのか?」
誰にも聞こえない音量で呟くシン。
一呼吸おいて、ヴェノムが言った。
<俺はそれでもいい>
言葉を返す事が、出来ない。
理解して、その意味を知って、言いようもない感情が湧いて動悸がする。
シンはギリギリ歯を食いしばって、絞り出す様に言った。
「…っ…馬鹿野郎、本当に、馬鹿野郎だお前は…!
「シン」
ヴェノムは言葉を遮る。
シンは喉元まで出かかった言葉を噛み堪え、目線を下げた。
視界の上に黒い左腕を変化させたヴェノムが真っ直ぐこちらを見据えている。
いつもの凶悪で、楽しそうに頬を裂かせるヴェノムではない。
至って真剣で、見た事ない程真っ直ぐな目をしたヴェノムだ。
「俺は…俺は負け犬だった、そう話したはずだ」
「…」
「仲間共に復讐したい気持ちもあった、質の悪いシュークリームのクリームみたいに、ほんの少しな」
「…」
「でも、依姫も戦うお前と居て、妖怪と戦うお前と居て、いつも俺達って言ってくれるお前と居て…俺は変わった、復讐じゃあなく、シンと一緒に居る事が大切になった、シンと一緒に居る地球が好きになった」
「…っ」
ヴェノムはずいと顔をシンに寄せ、瞳と瞳を合わせて言う。
「それに、依姫を見捨ててロケットに乗るのも、お前を見捨ててロケットに乗るのもカッコ悪い!俺達はなんだ!?」
「俺達は、ヴェノム」
「そう!そして俺達はリーサルプロテクターだ!残虐な庇護者は一心同体、離れる訳にはいかない!」
「…ヴェノム…」
ヴェノムが高らかに口を開けて笑い、黒い触手で肩をとんと叩いた。
シンは泣きそうな表情になった後、ヴェノムにその表情を見せたくないが為に再び俯いてまう。
何秒か経った後、シンはまた苦しそうな顔をして、地面に転がる妖魔検知器を目に入れた。
「…っ…」
そしてヴェノムを見やる。
さっきの言葉に嘘偽りは全く無い。
だからこそ、こんな良い奴を死なせたくない。
だから、だから———
「…
「何を謝る必要がある」
シンは、行動を起こした。
「…」
「おいシン、外はあっちだ、どこへ歩いている?」
彼はヴェノムの言葉に耳を貸さず、出口とは反対方向に歩いた。
ヴェノムは嫌な予感を感じ、思わず声を荒げる。
「おい、おいシン!」
「俺は…本当に、最高の相棒を持った、持っちまった」
彼は足を止め、静かに独りごちた。
その足元には、豊姫が投げ捨てた妖魔検知器。
ヴェノムは一瞬何をするのか理解出来なかったが、シンがそれを手に取ろうとした瞬間、ブワリと寒気がして、それを弾き飛ばそうとした。
しかし、シンの方が一歩早く、既に妖魔検知器は手のひらの中。
「っ止めろ!おい!馬鹿な真似はよせ!!」
「お前には、絶対死んでほしくない…こんな良い奴、俺は死なせたくない」
彼は聞く耳を持たず、ヴェノムを見ようともしない。
ヴェノムが奪い取ろうとするが、シンは一足早くそれを片手で右腕に嵌め込み、スイッチに歯を掛けた。
左腕はヴェノムと化している為使えないからだ。
「違う!お前のすべき事はこんな事じゃない!俺のためを思うなら一緒に行くべきだ!!シン!!」
「ああ…本当、本当にすまん…許してくれ…許してくれ…!これは俺のエゴだ…だから許してくれ…っ」
「止めろシンっ!!」
———カチン。
言葉を吐き出したシンは、遂にスイッチを入れた。
ヴェノムの怒号も最早意味はなく、キィィィと、特有の作動音が空間を震わせる。
彼にとって、それは悪魔の呼び声だった。
「ッぐきゃぁあああッ!!っ俺と一緒に…ぐぅっ!一緒に残るってのは…嘘だったのか!?」
「ぐっ…俺もお前と居たいさ…けど、ぁああ"あ"…っ!!…お前にはっ、生きてて欲しいんだよ!」
「馬鹿っ、野郎!!…ぐぅううう…ッ!!!」
4000〜6000Hzの、人間には聞こえない超音波にして、シンビオートが忌み嫌う超音波。
当然深く共生するシンにもダメージは入り、彼らは頭が割れる様な激痛を受けた。
それでもヴェノムはシンを思い止まらせようと声を張り上げる。
身体がゲームのバグの様に痙攣しても、声を掛け続ける。
身体がシンから飛び出しそうになっても、彼にしがみ続ける。
「ぉっ、ぉおおおッ…ッ!!」
「止め、ろ…っ…足を止めろシン…ッ!!」
ヴェノムに何度声を掛けられても、シンはヴェノムを気にかける事は無く、むしろ足を前に出す。
一歩一歩踏み締める彼が向かうのは、オールド号ロケットの入り口だった。
「うぉおお"お"…!!」
「シン…!思い出せ…!ぐぅうう"…ッ!依姫と戦ったあの勝負を…っ!!…なあ…シンッ!」
「ぐ、ぐぅ…っ!!」
シンはふらふらになってロケットの合金製スロープの端に足を付く。
しかし、ヴェノムの説得によって顔は歪み、足が震え始めていた。
それでも、進み続ける。
もうロケットに入るまで一メートルも無い。
「分かってる…俺は…!お前が居なけりゃ何も出来ない…出来なかった…!!」
「それは俺も同じだ!!俺はお前が居ないと!"俺達"じゃないっ!!」
「いいや…っ!お前なら一人でも生きてける…!!母星の奴らも見返せるくらいに…!」
「言ったはずだシン…!そんな事どうでもいいと…!!シン………ッ」
聞いた事もない様な、縋り付く様な、弱々しい声。
構わずシンは歩く。
ヴェノムに体の主導権を奪われかけ、体がチグハグな反応をするが、それで後退する事も無い。
それほどシンの決意、もといエゴは強かった。
しかし、ヴェノムの説得に決意は揺らぐ。
「頼む!!シン!!俺と一緒に居ろ!俺の願いはそれだけだ!!」
「…〜ッ!!」
一瞬、無限に続く様に思われる暗闇の前でシンの動きが止まった。
その行為にヴェノムは一途の期待を寄せる。
激痛に大量の汗を流すシンは、迷った様な表情から一転、穏やかな顔をして言った。
「じゃあな、俺なんて、っ忘れて…今度は良いパートナーに…!出会えよ…!!」
「〜〜〜ッ!!…ッ!!」
言葉は出せなかった。
何故ならシンが左腕を振るってヴェノムを払い飛ばし、二人を分離させたからだ。
奇しくも初めてシンとヴェノムが分離した瞬間だった。
そして、最早アメーバと化したヴェノムに口があるなら、きっとこう言うだろう。
———違う、俺はパートナーはシンだけだ。
ヴェノムの視細胞がゆっくりと自身から離れていくシンを捉える。
手の様な触手を伸ばすが、シンに届くわけもなく、べちゃりと冷たいコンクリートに着地してしまう。
アメーバらしく地面を這って移動するが、シンへの道はすぐに閉じられてしまった。
シンが強引にロケットの搭乗口を閉めたからだ。
なんとかチープなロケットの絵にある様な円形の窓へ体を這わせ、シンを覗き見るが、安心した表情をするシンが映るばかり。
ベチベチと窓を叩いても、もはや非力なヴェノムにはそんな事も出来ない。
中へ入って宿主を探すと言う手もあったが、焦ったヴェノムにはその選択肢は無かった。
「…本当に、済まない…そして、今までありがとうな、ヴェノム」
一方シンはロケットに背を向け、今まさに歩き出そうとしていた。
思考は静かで、どこか物足りない。
力もごっそり抜けた様な気がして、嫌な気分だ。
左腕だって無い。
エレクトロに貫かれた時そのままで、義肢として体を貸してくれる存在ももう居ない。
しかし、それでいい。
ヴェノムと会う事ももう無いのだ、これでいい。
後ろで窓を叩くヴェノムの気持ちももう分からない。
頭の中で響く自信たっぷりの声も無い。
これで、いいのだ。
これで———
「…ッ」
やはり言い聞かしても、言い聞かしても後悔が残ってしまう。
これ以上ここに居ると後ろ髪に惹かれて戻ってしまう様な気がして、シンは早々に歩き出した。
しかしふと。
ポケットの中の異物感に気付く。
なんだとポケットに手を突っ込み確認すると、小瓶が入っていた。
同化薬と呼んだ、ヴェノムとシンを半永久的に合体させる永琳の薬。
シンにはもう必要の無いもの。
シンは決別の意味を込めてそれを叩き割ろうとした。
———が、寸前のところで手が止まり、力が抜ける。
もう一度やっても、鎖でがんじがらめにされた様に身体が動かない。
理由が分からず、混乱するシンだったが、集合時間が極限まで迫っている事に気付き、外へ駆け出した。
「……………ヴェノム」
外へ出る直前、振り返らないと決めていた彼は、その戒めを破り、窓の中のヴェノムを見る。
まだ、窓を叩いていた。
まだ、シンが思い直す事を願っていた。
「ごめんな」
シンは一言呟き、右腕の妖魔検知器を投げ捨てる。
そしてロケットに背を向け、静寂が流れる外へ走り出した。
もう誰も居ない、廃墟の様な街を睥睨する、巨大な紅月の元へ。
ご拝読はありがとうございますなのぜ。
そしてシャッガイ様、☆9評価ありがとうございますなのぜ。
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
-
それは雑魚の思考だ(いらない)