東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくりしてね〜。


第四十七話 人妖大戦

「…依姫、待たせたな」

「あっ!シンさん!遅いですよ———…?その腕は…?」

 

 ヴェノムと別れたシンは、一人である孤独感に胸焼けを起こしながらも全速力で都市を駆り、時間ギリギリで四号機、ムーンラビット号の真下に到着していた。

 そこに居たのはソワソワと周りを見渡す依姫。

 

 彼女はシンを見つけると目を輝かせて駆け寄ってきた。

 声の具合から察するに、相当待ったのだろう。

 

 しかしシンの様子と無くなった左腕を見ると、不安そうに言葉を発する。

 そして次の瞬間、何かを察した様に言葉を投げかけた。

 

「…ヴェノムさんは?」

「…それはお前が気にする問題じゃあない」

 

 これが女の勘、という奴か。

 はたまたシンをずっと見てきたからこそ、彼の微妙な変化に気付いたのか。

 

 どちらにせよ、依姫はシンの中にヴェノムが居ない事に気付いた。

 何事だろうか、そんな顔で依姫はシンを覗き込んだが、シンはそっぽをむいて言葉を濁した。

 

 しかし、彼女は追求をやめない。

 

「シンさん、もしかしてですが…ヴェノムさんと別れたんですか?」

「…」

「答えないって事は…そういう事、なんですね」

 

 寂しそうに、依姫は言った。

 そんな彼女を見ようともせず、シンは天上に映る紅月を見上げて言う。

 

「…怒らないのか?」

「私にそんな権利ありませんよ、ましてやヴェノムさんと別れるなんて、シンさんが一番辛い筈です…その苦悩ぐらい、聞かなくても分かります…非難なんて出来ません」

「…だけどよ、俺のエゴの結果だ…永琳だって…非効率的だとか、理にかなってないって非難するだろうよ」

「悩んで出した結果です、その選択に文句は言えませんよ…」

「…」

 

 少々の空白。

 ポツリと、依姫が言う。

 

「シンさん、後悔は…ありますか?」

 

 シンは暫しの間答えなかった。

 一息吐いて、彼は言葉を吐き出す。

 

「…あるさ、あるに決まってる…決断したその時から、ありもしない、出来もしない理想論を机上に描き続けてる…それでもお前は俺を軽蔑しないか?」

「しません」

 

 少々浮き足だった返答だった。

 あまりにも早い返答にシンは依姫を見つめるが、その瞬間、彼女は立て続けに言った。

 

「貴方の選択が間違いなんて、誰にも分かりません…ただきっと…悩んだ分だけ、報われる時が来ますよ」

「はっ、それこそ理想論だな」

「なんせ私は夢見る乙女ですからね」

「…自分で言っちゃあ台無しだな」

 

 シンは体を竦ませておどけると、ある隊員が勢いのある声量で叫んだ。

 

そろそろ妖怪の大群が来るぞ!身を引き締めろ!

「…」

 

 一応ここにはシン達以外にも腕利きの隊員が居る。

 さっきまでの会話を聞かれていたと思うと少々気恥ずかしく感じる二人だったが、複雑な心境なままそのリーダー隊員(仮称)の言葉に耳を傾けた。

 

作戦の予習だ!今から二分後に我々は壁外へ飛び出し、更に森を抜ける!その時点で妖怪の姿形が見えれば、そこが第一戦線だ!耐えるのは三十分!一号機セントラル号、二号機チルドレン号、三号機オールド号が離陸した瞬間、我々は退却し、四号機ムーンラビット号へ乗り込む!

「…やっぱり、無謀かもな」

「勝機があるなら、それに縋るだけです」

 

 小声で呟く二人だったが、シンは鼓舞する様に伝達するリーダーの拳が震えているのに気付いた。

 怖いのか、武者震いか。

 

 バトルジャンキーでも無ければ、前者だろう。

 彼だって分かっているのだ。

 この戦いの勝機が限りなく薄い事に。

 

 しかしリーダーはその怯えを払拭する様に叫ぶ。

 

随時戦線を維持する必要は無い!!状況に応じて戦線は下げる!最終ラインはこの聳え立つ壁だ!いかなる事があろうともこの白壁より背後、つまりこの都へ戦線を下げる事は許可しない!!兎に角三十分耐えるのだ!!

 

 リーダーは身振り羽振りで作戦を伝えており、味方を鼓舞する様はまるで演説だ。

 彼は一段と大きい声量で叫ぶ。

 

いいか!!お前ら!!お前らに我々、都の全てが掛かっている!愛した者も!守るべき者も!再び会う為に!すべてを使い切れ!

 

 隊員の顔が引き締まる。

 空気がピリピリ殺気立った物になる。

 

覚悟も!!

 

決意も!!

 

我々の!!全身全霊をォ!!

 

だが命は賭けるな!!生きてこの魂を月に持っていく!!いいな!!

 

 リーダーが叫び捨てると、大きな応答が赤い月夜に響いた。

 ビリビリと肌を焼くほどの熱意であり、リーダーの演説は隊員達に十分士気を与えた様だ。

 

「妖怪、何体ぐらいだと思います?シンさん」

「二百…三百…それぐらいなら、十分対処出来る、お前なら一掃出来るんじゃないか?」

「そうならいいんですけどね…」

 

 依姫はうるさい程檄を上げる隊員達に聞こえない程度の声量で、心配そうに呟き俯く。

 シンはそんな依姫にある事を問いた。

 

「エレクトロ以来の命の削り合いだが…依姫は…どう思う?怖いか?」

「そんなわけ…ないですよ」

 

 それが嘘かどうかはすぐ分かった。

 肩が僅かに震えている、声もどこか自信無さげだ。

 

 エレクトロの時は死んでも負けられない、それだけの理由と覚悟があった。

 何より絶対に勝つという強い決意があった。

 

 しかし今は。

 勝機も不明で、今から戦う実感も湧かない。

 依姫の反応も当然だった。

 

 そんな彼女を安心させるべく、彼は言葉を発する。

 

「安心しろ、俺が守る、絶対に」

「…っ!?なっ、何言ってるんですか…!?らしくもない…」

「…確かに、今のは…言葉の綾が過ぎたな、忘れてくれ」

「え、えぇ…?」

 

 少しプロポーズ紛いになってしまったのは置いておいて、緊張ぐらいは晴れただろう。

 少し頬が紅潮している依姫は、先の言葉で動揺しながらも、上目遣いでシンを見つめながら言葉を発する。

 

「…あ、あの…もう言えなくなるかもしれないので言うんですけど…あの…」

「…」

「…」

 

 いくら待っても言葉は出てこない。

 シンはその言葉の先を急かす事も出来たが、敢えてそうせず、依姫の言葉を待った。

 

「えと…そ、その…」

「…どう、した?」

 

 シンはなんでもないような態度で言葉を掛けたつもりだったが、どうしたか口が詰まり、変な日本語になってしまっていた。

 そこで何故か、彼は期待の感情を胸に抱いている事に気付いた。

 

 胸の中のヴェノムにこの疑問を問い掛けるも、答えは返って来ず、ひたすらに虚無感が残る。

 

(…少し、気が動転したな…もう居ないヴェノムに声を掛けるなんて…)

「あ、えと…」

 

 自分に呆れているシンとは対照的に、依姫が未だ言葉を吐き出そうと苦戦している。

 まるで自分の語彙では言いたい事が言えない幼稚園児の様だった。

 

 そして漸く、彼女はその言葉を紡ぎ始める。

 

「し、シンさん…私は———」

時間だ!!行くぞ隊員達よ!!

 

 ———しかしタイムアップ。

 依姫がそれを言う直前に予定の時間となってしまい、彼女の声は咆哮の如き鼓舞に掻き消されてしまった。

 

 これには依姫も顔をヒクヒク歪めさせ、シンもムスッとした顔でリーダー隊員を見る。

 すると依姫はため息を吐き、不満そうな顔でシンを見た。

 

「…もうっ…仕方ないですね…終わった後で言いますよ…はぁ」

「…精々、死なない様にしないとな」

 

 ———どうやら、依姫の言いかけた言葉を聞く事は無さそうだ。

 シンは壁の外へ走り出す軍人達を見ながら、そう悟る。

 

 何故ならシンは地上に残って()()からだ。

 故に彼女の想いを聞く事は一生ない。

 

「行こうぜ、妖怪全部蹴散らしてやろう」

「…そうですね、蹴散らせるかどうかは分かりませんが、精一杯を尽くしましょう」

 

 諦めたシンは、生気の無い声で冗談を言ったが、頭の硬い依姫は本気と受け取った様で、隊員達の後を追って壁外は飛び出した。

 訂正するのも面倒臭いと感じたシンも彼女の後を追う。

 

 これから大戦を行う者達とは、到底思えない気軽さだった。

 

◆◆

 

 長い森の、やがてゲリラ戦の舞台となるであろう森の最端部。

 妖怪と遭遇してもいい様に慎重に進んでいた部隊であったが、嫌になる程静かで、結局何者とも会わずに彼らはそこに居た。

 

 まるで嵐の前の静かさ。

 歴戦の猛者でもある軍人にとって、その雰囲気は最悪そのものでもあった。

 

「見渡す限りの地面…これが…森の外か」

 

 一寸先は闇、とはよく言った物だが、言い換えるならそれは荒地。

 森を出た事がないシンにとって、それは驚愕に値する光景だった。

 

 ———()が、無い。

 

 後ろを振り返れば紅月に濡れた木々が直立しているが、前方にはそれが無い。

 むしろ草木一本生えておらず、乾燥地帯の荒地と言ったほうが適切だった。

 

 それこそ地平線まで薄茶と赤茶の地面が続き、あると言えば小高い丘が乱立しているだけ。

 風も何処か乾いており、シン達はまさに豊かな地と貧相な地との境界線上に立っていると言っても過言では無かった。

 

 とすればこの戦…名付けるならば、()()()()は資源を奪い会う国同士の戦争と言えるか。

 いや、妖怪には目的がない…と言うよりも人間に害をなす事だけが目的である為、先の例は当てはまらないだろうか。

 

 兎に角、規模で言えば間違いなく"大戦"だろう。

 

「見えるか?」

「いえ…まだ…」

 

 けれども肝心の敵である妖怪は影も形も無い。

 現れるとしたら地平線から姿を現す筈だが、一匹も居ない。

 

 シン達は辛うじて妖怪の進撃に間に合った、と言う事だ。

 僅かな安堵が場を包む。

 ここで間に合ってない様ならロケットを守り切るなんて夢のまた夢である為、まずは第一段階クリアと言ってもいいだろう。

 

「…ともかく、余裕があってよかったな…少しぐらい休憩出来る」

「ええ、そうですね…」

 

 そして訪れる束の間の休息。

 緊張が晴れるわけでも無いが、シンは地面に手を付いて胡座をかいた。

 

「…?」

 

 しかし、シンは手のひらに僅かな違和感を感じる。

 ピリピリ痺れるような、そんな違和感だ。

 

 依姫がそんなシンを見た後、はっとしたような表情で今度は地平線の遥か彼方を見据えた。

 

「いえっ、っこれは…違います…!()()()()()()()()()()…!」

「何を…言ってるんだ依姫…?ギリギリだと…?まさか…これは…!?」

 

 シンも、他の隊員も遅れて気付く。

 手のひらに感じる違和感の正体を。

 足裏に感じる異変の正体を。

 揺れる木々の変化を。

 

「まさか…!っ地面が揺れている…これは地鳴りなのか…っ!?」

「えぇ!しかも発生源は見ての通り、見えないほど遠い…!!なのに…こんなに地面が揺れているのは…それほど妖怪の量が多いという事…!!それだけ多くの妖怪達の…歩くその振動がここまで伝わってきているという事…っ!!」

「もう一度聞くぞ依姫…!!妖怪の数は…!何体だと思う!?」

 

 一気に湧き上がる冷や汗。

 実際はそこまででは無いのかも知れないが、地震とそう代わりないと錯覚するほどの絶望感。

 

 場は既に臨戦体制に入り、各々が迫り来る波を覚悟していた。

 そして、確定的になってしまった自身の死も。

 

 シンが予想していた二百や三百なんてチャチな物じゃない。

 これは少なくとも———

 

「少なくとも…()()…!!」

「マジか…!ハハ…流石にそれはヤバいな…っ!」

「大妖怪もいるかも知れません…しかし…どうやってここまで数を集めて…!?」

 

 依姫が疑問を呈したその時、地平線が歪んだ。

 いや、そう錯覚した。

 

 一直線に、またはなだらかな丘に沿って描かれた地平線から妖怪の群れが現れ、美しさすら感じる空と陸の境界線が穢されたのだ。

 まるでネズミの群れのように。

 紅の月光を纏った波のように。

 

 目視だけでも先頭にいる妖怪だけで百は超えている。

 百体倒すだけでも苦労するというのに、それを五十回以上こなすと言う苦行。

 

 更に妖怪の種も量も多い。

 それこそ百鬼夜行…いや、万鬼夜行。

 

「無理だ…」

「どうやって耐えれば…」

 

 味方からそんな声が上がる。

 そりゃそうだ、いつも戦ってきたのは多くても五体程度、繊維喪失する輩が出てもおかしくない。

 

 しかし、不安を払拭するが如くリーダー隊員は声を張り上げた。

 

狼狽えるな!相手は多種多様だが一体一体が強い訳ではない!範囲攻撃が出来る者を主軸にして戦うぞ!それ以外の者はそいつらの護衛をするんだ!幸い距離はある!今のうちに前線を押し上げながら体勢を整える!!近接は前衛!範囲攻撃役は後衛だ!!

「依姫!!神降しの回数は!?何回出来る!!」

「数十回です!!多くて五十回!!」

「っじゃあ死ぬ気で七十回頼む!!おいリーダーッ!俺は危なくなった前衛の奴を助ける!!頃合いを見て後退しろ!!」

 

 リーダー隊員は大きく応答を行うと、森全体に響くような声で叫んだ。

 

行くぞッ!突撃しろぉオオオッ!!!

「ぉおおおおおおッッ!!!」

 

 今にも落ちてきそうな紅月の元で。

 雄叫びが地を鳴らす。

 

 全ては自分の莫逆の友を。

 昵懇の家族を。

 最愛の人を守るために。

 

 今、有象無象の数千 vs 選ばれし三十人余りの軍人の戦いが始まったのだ。

 

(…見れば見るほど…桁違いだな)

 

 集団を一足先に抜け、真っ先に妖怪の波に向かうシン。

 全速力で走っているのに、やけに思考は静かだった。

 

 今から自殺する人の心境に近いのかも知れない。

 そう、諦めにも似た感情。

 

 しかし一方で。

 

 対極の感情もその鎌首をもたげていた、

 

(ああ————()()()()だ)

 

 どうしようもなく膨れ上がる闘争心。

 鋭利な牙をチラつかせる殺意。

 

 片腕が無いのに今まで以上のパフォーマンスを発揮出来るような、()()()()()()

 

 ああ、ああ。

 妖怪の顔が、牙が、爪が。

 

 鮮明に見える程距離が近くなってきた。

 

 血走った目が、紅月に濡れた皮膚が、ダラダラ流れる涎が。

 

 享楽と絶望の波がすぐそこにやって来た。

 

「ク、クク…!!ハハハッ!!」

 

 シンは拳を振りかぶり、思い切り口を裂かせた。

 それこそ頬まで、面白くて堪らないと言ったように。

 

 そして、開戦の鬨を高々しく上げる。

 

「掛かって来ォいッ!!妖怪共ォッ!!」

 

 そして波の最先端。

 複数の妖怪を巻き込んで叩き込まれた拳。

 

 押し寄せる波の前には、小石がぶつかった程度の細波でしかないが、それでも妖怪が四、五匹吹き飛ぶ程の衝撃だった。

 これで数千分の数体。

 

 まだまだ戦争は始まったばかりだ。

 

 一秒後には新たな妖怪が目の前を陣取り、更にその一秒後には目の前を妖怪が覆い尽くす。

 

「…ハハッ」

 

 片腕が無い。

 手数が足りない。

 

 つまり足も頭も、五体全てを使って生き抜かなかなければいけない。

 加えて仲間へも意識を配らなければいけない。

 

 思案と絶望を重ねながらも妖怪に叩き込む腕、足。

 弱小妖怪には一撃で十分だ。

 一撃で頭が飛び、臓物が辺りに散らばるから。

 

 数十拳を振るえば数十の妖怪の命が消し飛ぶ。

 

 それでも、津波を拳で抑えれるほどシンは強くない。

 ヴェノムが居ないのだから尚更だ。

 

 シンが戦う前線の侵攻が止まっても、それ以外が止まる訳ではないのだ。

 すぐ横を通り抜けても、シンなんて見向きもしない猛獣達。

 シンの四方が囲まれたその時、シンの頭に四面楚歌の文字が浮かんだ。

 

「…ッ!!」

 

 いや、浮かんだのは。

 心臓を脈打たせる、興奮。

 

 瞬間頭を駆け巡る脳内麻薬。

 衝動と感情、本能のままに振るわれる拳。

 これから死ぬ運命にあるであろう妖怪の瞳に映る、ヴェノムと遜色無い凶悪な顔。

 

 しかしその拳が届く前に、周囲の妖怪が吹き飛んだ。

 

「っシンさんっ!早過ぎますって!もう少しで波に飲まれるところでしたよ!!」

「いいだろこれぐらい…」

「駄目ですよ!ッ愛宕(あたご)様の火!!」

 

 妖怪達を吹き飛ばしたのは遅れて合流した精鋭達と依姫。

 彼らが持つ能力や、霊力の波状攻撃で一帯の妖怪全てを弾き飛ばしたのだ。

 

 シンの周りの妖怪が消え去り、依姫がシンの隣へと身を置く。

 

「貴方が今怪我を負ったら!それこそ絶望的なんですからね!分かりますか!?」

「ぐ…悪かった、悪かった、よぉっ!!」

「愛宕様の炎っ!!」

 

 依姫を守る様に迫り来る妖怪を蹴散らし、頃合いを見て依姫が軻遇突智の炎で相手を焼き尽くす。

 そこには会話を交わしながら苦もない様に振る舞う彼らのコンビネーションが伺えた。

 

「…あっち側が少し危ないな、ちょっくら行ってくる!」

「えぇ!武運を祈りますっ!それとこれを持っていって下さい!金山彦命(かなやまひこのかみ)様の鉄剣です!」

「確かに受け取った!サンキューッ!」

 

 現在シン達は妖怪の津波に蓋をする様にして広がっている。

 だとすればそこのどこかに綻びが生まれるのも当然。

 

 そしてその綻びを治すのがシンの役目だ。

 言うなれば彼は、一人遊撃隊。

 

「どけどけどけぇッ!!」

 

 振るわれる刃に舞う鮮血。

 妖怪が縦に進軍するとすれば、シンはそれを横から突き刺す。

 

 一切足を止められないシンは、振り抜いた刀を戻さず、そのまま体ごと回転させる事で妖怪を切り伏せていく。

 すると、ある妖怪が群れから飛び出した。

 

 ムカデの様な多足に、縦と横両方に大きく裂けた十字顎。

 意識外からの異形には完全に不意を突かれたシンだったが、瞳に諦めは映っていない。

 

「ギヂヂヂヂヂッ!!」

「ッらぁっ!」

 

 このままでは腰から両断されるコース。

 シンは済んでのところで腰を逸らし、ムカデ妖怪の突進を回避した。

 

 眼前に広がるムカデの甲殻。

 

「真っ二つにしてやらァッ!!」

「ギジャッ!?」

 

 真上に剣を突き出し、ムカデの突進に合わせて刃を走らせる。

 甲殻と刃の奏でる火花。

 身体を持っていかれそうになるが、膂力で耐え、シンは遂に剣を振り切った。

 

 バツンと大きな音が響き、シンの背に真っ二つになって妖怪の波に墜落するムカデが映る。

 紅い月夜の元では、シンの方がよっぽど妖怪じみた光景だった。

 

 背後の惨劇に構わずシンは走り去り、彼は遂に目的地に到着した。

 

「オラァ!助けに来たぞ!」

「…ぐ…っ!!」

「っ!?助かった!」

 

 シンの眼下に映るのは、所々に生傷が見られる、名も知れぬ軍人二人。

 

 一人は息が荒く、妖怪の攻撃を受け止め、鍔迫り合いになっていた。

 しかしこの災害の前に攻撃の手を止める事は自殺行為。

 

 彼が鍔迫り合いを制し、妖怪を切り伏せた瞬間、四方八方から妖怪が襲い掛かろうとしていた。

 

 シンはチラリともう一人に目をやる。

 脂汗を流して歪な魔法陣の様な物を携えている。

 

 シンは魔法やら霊力の応用やらはからっきしだが、その魔法陣が未完成である事は一瞬で理解がついた。

 

 とすれば、手を貸すべきは前衛の方。

 

「その攻撃の準備が出来次第撃て!!分かったな!!それで少し後退しろ!!」

「あ…ああ!了解した!」

 

 怒号の様に後衛に知らせると、シンは手始めに前衛の目の前を陣取り、剣を薙いで迫り来る妖怪の腕ごと一刀両断した。

 

 飛ぶ血飛沫。

 その一滴がシンの頬に付着するが、シンはそれを一瞥するだけ。

 むしろニヤリと笑い、真後ろの前衛役の服をむんずと掴み、真上に放り投げた。

 

「うぎゃああっ!?何するだァーーーッ!?」

「出来たぞ!撃つっ!」

「良いタイミングだ!!ぶちかませ!!」

 

 爆弾が爆発したかの様な轟音。

 それを聞いた瞬間、シン自身も真上に飛ぶと、真下を光の束が通過した。

 

 妖怪を薙ぎ払いながら唸る光線はまるでレーザー兵器。

 鮮烈な光を放ちながら光の蛇は妖怪を狩り喰らい、蒸発させていく。

 

 依姫に勝るとも劣らない一撃。

 その一方でシンは———

 

(そういやぁ、コイツらって強いんだったよな…)

 

 眼下の激しさの裏に、シンはぼんやりとそんな事を考えていた。

 

◆◆

 

 彼らが窮地を脱したその後。

 彼は同じ様な事を二、三度繰り返していた。

 

 助けて、救って、ぶちのめして。

 永遠に続く妖怪殺し。

 

 何度も同じ事をしていれば、集中力も切れるという物。

 プツプツ電波の悪いテレビの様に途切れる集中の中、シンはあるミスを起こした。

 

 なんて事はない。

 間合いを一歩間違えただけ。

 血を浴びて、視界が悪くなっていた事もある。

 隻腕である事も理由の一つだ。

 

 しかしそれが、取り返しの付かない一撃を受ける要因となった。

 

「———ぐぁ…っ!!ぁぁああ…ッ!!」

 

 避けれた筈の、或いは防御出来た筈の鋭い爪。

 間合いを見誤った事により、それは不可避の一撃へと変貌する。

 

 そして払った代償は顔への斬撃と吹き飛ぶ鉄剣。

 赤く染まった左の視界と、真っ暗な右の視界。

 額から右目にかけての激痛。

 

(右目…!やられたか…っ…クッソいてぇ…!)

 

 溢れる血の涙。

 左腕を失った時と同じ悪寒。

 最早、自分の右目が景色を映す事はないだろう。

 

 ヴェノムが居れば。

 そんな事を頭に浮かんだが、それを振り払う。

 

 ここでそんな後悔をしていたら、ヴェノムにやっぱり俺が居ないとダメだな、なんて言われてしまう。

 

 ヴェノムが居なくても、俺は強い。

 自己暗示を掛けながら、シンは冷静に迫り来る波を捌いていく。

 

「…助かった…!感謝する!」

「気にする———」

これ以上はダメだ!森まで後退しろォッ!!

「っ予想より早いな…!」

 

 助っ人を終え、その場を去ろうとした瞬間、戦場に響く声。

 リーダー隊員の声だ。

 妖怪がひしめき合う戦場でも届くのは流石としか言いようがないが、問題は後退するという内容。

 

 早過ぎるのだ。

 まだ二号機の離陸が済んですらいない。

 

 このペースでいけば、シン達が脱出出来ても三号機オールド号が間に合わない可能性がある。

 それは絶対に避けなければならない。

 老人ばかり乗っているとしても、あそこには豊姫が乗っている。

 

「クッソ…ッ!」

 

 悪態を吐くシン。

 幸い妖怪が進軍するスピードより、シン達が後退するスピードの方が早い。

 これなら体勢を立て直す事も、ほんの一時の休憩を取る事もできる。

 

 彼はどうにかしてこの状況を打開できないか模索する為、依姫の元に向かった。

 

◆◆

 

 森の端。

 緑の荒野の境界線上。

 

 妖怪から距離を取り、一分程度の休憩を得た軍人達。

 その中で一際騒がしい所があった。

 

「依姫!不味いぞ!兎に角不味い!最悪だ!」

「落ち着いて下さいシンさん!って大丈夫ですか!?そんなに目を抑えて!?」

 

 シンと依姫だ。

 

 彼は依姫の姿を比較的簡単に見つけることが出来ていた。

 他の隊員が傷だらけに対して、彼女は疲弊していたが殆ど軽症だったからだ。

 

 服もシンと違って返り血が少ない。

 それだけ妖怪を寄せ付けずに戦っていたという事だ。

 

 シンはというと、片目を抑えて依姫に駆け寄った。

 激痛は治まり、正直目を押さえる必要は無くなっていたが、何故だか彼は依姫に虚勢を張っていた。

 

「…大丈夫だ!瞼を切っただけだ!」

「そ、そうですか?」

 

 嘘である。

 目を開ければ抉られた眼球から血の泉が湧き出ている事だろう。

 

 あまり触れられたくないと言わんばかりに彼は話題を変える。

 

「それより時間が不味いっ!このペースじゃあロケット発射に間に合わん!」

「やっぱり…でも安心して下さい…!策ならあります!」

「あ、あるのか!?」

 

 彼女が長刀に滴る血で飛沫を上げると、それを地面に突き刺す。

 目を丸く…いや片方の目しかないが、兎に角驚いたシンは依姫の言葉の先を追い、質問を重ねた。

 

「間に合わせる為には一瞬で…そうだな、少なくとも千の妖怪を倒す必要がある…お前に、出来るのか?」

「何を今更…私は…貴方のライバル…無敵の乙女ですよ?」

 

 依姫の身体から霊力の波動が溢れ出る。

 美しく華やぐ紫檀の髪。

 長刀の柄にそっと手を置くと、彼女はゆっくりと語り始めた。

 

 ただならぬ気配に、軍人の視線も集まる。

 

「ずっと、考えていたんです」

 

「自分の能力の()()を」

 

 依姫の存在感が、一つ大きくなった。

 彼女を中心に風が吹き出し、木々の葉を揺らし、小さな砂塵を巻き起こす。

 

 何度も依姫と対峙してきたシンには、一柱の神をその身に降ろしたのだろうと予測が付いた。

 

「今までは一度に一柱の神様しか身に降ろせなかった、でも…今なら」

 

 更に、風が吹き荒れる。

 霊力と神力の圧に、空気が唸りを上げる。 

 

「一度に、二柱を———」

 

 瞬間、雷が轟いた。

 

 爆心地は依姫の刀。

 スパークと共に砂塵を吹き消し、彼女は刀を振るう。

 

「愛宕様×火雷神(ほのいかづちのかみ)様…ッ!」

 

 そして、閃光が爆ぜる。

 

「焼き尽くせっ!!熱雷の龍よ!!」

 

 現れたのは何十メートルもある、まさに炎の龍。

 以前呼び出した異界の炎神と遜色無い威圧感。

 

 かの龍は、顎門を重々しく開き、雷の吐息を漏らしている。

 雷が弾け、地面を焼いていく。

 すると、黒い眼光が迫る津波にギョロリと向けられた。

 

 一瞬、妖怪の波が止まった様な気がした。

 ほんのひと時の静寂が示していたのは、妖怪が怯えたから、だろうか。

 

 なんにせよ、妖怪が龍を恐れようが怯えようが、やる事は一つ。

 

「ォォオオオオオオッ!!!」

 

 殲滅あるのみ。

 

 雄叫びを上げる炎龍が雷を巻き散らしながら、妖怪の波に牙を突き立てた。

 

「すっげ…あのカス共がありえん動きでぶっとんでやがる…」

 

 炎龍が波に向かって頭突きを立てると、数十の妖怪が炎に消し飛び。

 雷の息吹を浴びせると炭化した妖怪の跡が波にくっきりと残り。

 尾を薙ぐと、それこそ水飛沫を立てるかの様に吹き飛ぶ。

 

 まるで龍神と人が、究極の個と夥き全が戦ってるかの如き有様。

 人がゴミの様だとはよく言ったものだ。

 

 正に、妖怪がゴミ同然。

 

「これならイケる…よくやった依———」

 

 しかし、人智を超越する者には、必ず代償が訪れる。

 

「っごふっ…げほっ!げほっ…!」

「お…っおい大丈夫か依姫!っおい!!」

 

 崩れ落ちる依姫。

 何とか刀を支えにして持ち堪えるが、即座に目や鼻、口から鮮血が溢れ出した。

 さぁっ、と冷水をぶっかけられたシンは、自分の怪我の事も構わず依姫に駆け寄り、肩に手を置く。

 

「はは…流石に二神同時は堪えますね…」

「馬鹿野郎!怪我するなって言ったお前がボロボロになってどうするってんだッ!喋らなくて良いから休んでろ!」

「ふ…ふふ…そう言うシンさんだって…目がやられてるじゃないですか…なんで嘘なんか吐いたんですか…?」

「それは…!」

 

 シンは目を逸らした。

 自分でもその答えが分からないからだ。

 

 視線の先に炎龍が映る。

 所々炎が弱まり、何処かツギハギの身体になっている。

 

 依姫の神降しの力が及ばなくなってきた証拠だ。

 

 再び、半分しか無い視界で依姫を見た。

 口から溢れる血が止まらない。

 片方の腕から、ゴロゴロと、嫌な音が伝わる。

 

 肺が破れたのだろうか、だとすると息が出来ず苦しみを感じている筈だ。

 

 更に血管が浮き、圧力に耐えられなくなった皮膚が破れて血が溢れる。

 誰がどう見たって、この場で居る人間の中で最も重症だった。

 

 しかし、彼女の力に頼らないとこの戦に勝てないのもまた事実。

 

「依姫…っ…!お前にはもう戦って欲しくない…!でも…お前に頼らないとこの戦争は勝てない…!!そんな選択を取らなきゃ行けないくらい俺は馬鹿だ…!戦ってくれとお前に言う俺をっ…許してくれ…!」

「…優しいですね、貴方は」

「俺に…優しいなんて言うな…っ!」

「いえ、貴方は優しいですよ」

 

 依姫にこの選択を強いる事しか出来ないシンは、その後悔に押し潰れるが如く、顔を歪めた。

 そんな彼に、白い指が差し出され、彼の頬を撫でる。

 

「俺は…戦いを楽しんじまう様な…クズだぞ…?」

「…私の事をこんなに思ってくれる…ヴェノムさんとの問題に苦悩する…そんな貴方を、他の誰かが貴方を侮辱しても、貴方自身が自分を自虐しても、私は貴方を優しいと言い続けますよ…」

「…敵わねぇ…お前こそ…お前の方が………お前の、方が…っ!」

 

 血の涙。

 それが本当の涙か、それともただ血が流れただけか、シンには分からなかった。

 

 嗚咽を噛み殺し、少しずつ思考をクリアにしていく。

 

「…もう妖怪が動き出した、立てるか…?」

「えぇ…なんとか、神降しも中断されてしまったようですね…」

 

 依姫が彼の手を取って立ち上がった時には、再び地鳴りが鳴り始めていた。

 依姫の神降しが切れたのだ、足を止めていた妖怪が進軍を再開したのだろう。

 

「踏ん張りどころだ…こっからは何があってもお前を守ってやる…!」

「つい先刻と同じ事言ってますよ…」

「それだけ決意が固いって事だ、依姫…!」

 

 その時が来るまで、何があっても依姫だけは守る。

 守って、玄楽と、豊姫と、永琳が待つ場所に送り届ける。

 

 シンは迫り来る妖怪を前に、強固な誓いを胸に刻んだ。

 例え、この命が燃え尽きたとしても。

 

 ———絶対に、守る。

 

 彼は拳を握り締め、これが最後になるであろう休息の一息を吐いた。




ご拝読ありがとうございますなのぜ…遅くなってすまんのぜ…

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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