東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくらぽん!


第五十二話 ヴェノム VS 鬼の祖

 彼ら、ヴェノムは『角』と向き合っていた。

 手を伸ばせば届く程の、まるで恋人同士の距離だ。

 

 しかしその間には親しい感情なんて無い。

 『角』の投げかけられる興味。

 ヴェノムの滲み出す敵意。

 

 いつ崩れてもおかしくは無い、針の上の均衡だった。

 

「…そう見つめるな、照れるではないか」

「…」

 

 『角』がクツクツと笑い、ヴェノムが一歩を踏み出す。

 

 巨躯故にミシミシと地面が唸り、彼らの距離が一層近くなる。

 『角』を睨むヴェノムの視線も険しくなり、今にも食ってかかりそうな雰囲気だった。

 

「その皮がヴェノム…中身がシン、だったか…確かシンとは…そう、SIN(罪)と言う意味だったか?良い名前だ、妾にはまだ名は無いからな」

「お前に説明する価値はねぇ」

「俺の親友の名を馬鹿にするな!」

 

 ヴェノムの瞳が『角』を射抜く。

 反対に、『角』の瞳もヴェノムを射抜く。

 

 張り裂けそうな緊張が場を包み、生じた重圧が玄楽に一筋の汗を流させた。

 

「さて、問おう、ぬしは人間か?妖怪か?神か?はたまたそれ以外の何だ?」

「俺達は人間で、ヴェノムだ、それ以外でもそれ以上でも無い」

「…くくっ」

 

 何が面白いのか、包帯の上から分かる程笑いを溢す『角』。

 次の瞬間、溢れ出す笑いが止まり、代わりに圧が吹き出した。

 

「…長話だったな」

 

 ———来る…ッ!!

 

「では妾から行くぞ…ッ!」

「うぉおお…!?」

 

 来ると分かっていた。

 しかし、反応出来なかった。

 

 思考の合間、呼吸の継ぎ目。

 刹那に繰り出された急所四連撃。

 

 金的、鳩尾、喉仏、人中。

 

 龍が登るが如く繰り出された連撃だった。

 

「ッぐぅおおおッ!?あがぁ…!!ッッコンヤロォッ!!」

「野郎ぉっ!!」

 

 口から内臓が出て来そうな程の激痛。

 絶叫したとしても、戦意で奮い立ち、絶叫を雄叫びに変える。

 

 そして苦し紛れに彼らは左の拳を顔面向けて振るうが、『角』の頬を掠るだけ。

 逆に腕を絡め取られ、グンと身体を引き寄せられる。

 

 しまったと言う文字が頭を覆い尽くす中、視界には『角』の肘。

 

「なっ———」

 

 肘打ち、またの名をエルボー。

 『角』の怪力と引き寄せられた慣性によって、ヴェノムの顔面はめり込む肘によって陥没した。

 

 衝撃のままヴェノムの顔が後方に吹き飛び、シンは空を仰ぎ見る形となってしまう。

 

 視界が淡い光に溶け、点滅する。

 シンの走馬灯の様に駆ける脳内には、嘗て自身をボコボコにした女の姿が映っていた。

 

(………あの時も…こう、避けられて、コテンパンにされたっけな)

 

 強情女と呼んでいた頃の、初めて戦った相手。

 そう、依姫だ。

 彼らはあの時ボッコボコにされ、完膚なきまでに叩き伏せられた。

 

 その後も、何度も、何度も。

 自分でも驚く程のスピードで成長したが、届かなかった。

 

 しかし最高の場で、軍来祭最後の試合で、彼らは勝ったのだ。

 激情が依姫を上回ったのだ。

 

 ならば…

 ならば、この怪物に勝てない道理は無い。

 

「…よし、先ずは死ぬ気で喰らい付くか」

「そのまま喰っちまおうぜ」

 

 意識が薄れる中、彼らは生え揃った牙を剥き出して笑う。

 決意と戦意をマグマの様に煮えたぎり、この激情を晴らすべくヴェノムは勢い良く『角』と向き合った。

 

「…っくは」

「ハハハ…!!」

 

 まさに触れ合う顔と顔。

 殺し合いを行う彼らが、戦闘の最中に恋人とも言える距離に居る事は何処か可笑しく、両者に笑いが込み上げる。

 

 それは、向き合う彼らが命を顧みずに戦いを楽しんでいる事に他ならなかった。

 

「ハッ!」

 

 遅れて『角』の拳がヴェノムの顔面向けて放たれる。

 受ければ顔が吹き飛ぶだろうが、そんな事は恐れる理由にはならない。

 

 ヴェノムは防御でも回避でもなく、拳に向けて突っ込む事を選択した。

 

 そして、ギリギリで回避。

 肌に滑らすかの様な回避だったが、交わしきる事は出来ず、ジッ、と剛拳が音を立てて頬を掠める。

 それだけで身体が持っていかれそうだった。

 

「…ほう…!」

「んんッ!!」

 

 伸び切った『角』の腕を左腕と肩から生やした二つの触腕で拘束し、空いた右腕で『角』の首を掴む。

 そして、顎門を開けた。

 

 それは呈するに獲物の捕食。

 彼らはそのまま『角』へ齧り付き、頭を喰い千切るつもりだった。

 

 しかし『角』には届かない。

 

「『逆鱗打ち』」

「がひゅ…っ!?」

 

 繰り出すは神速の一撃。

 ヴェノムが気付いた頃には『角』の親指が深々とヴェノムの喉に突き刺さっていた。

 

 瞬間、脳が訴える喉への激痛、吐き出す空気。

 抗う事も出来ず、ヴェノムの動きが止まり、『角』の追撃を許してしまった。

 

「爪が甘かった…なッ!!」

「ぐぁっ!!」

 

 手刀の振り上げ。

 一本の線が空間に刻まれ、ヴェノムの触腕二本、加えて肘から先の左腕がずれ、真っ二つに断ち切られてしまった。

 

 更に鳩尾へ蹴りが入り、ヴェノムは吹き飛ばされ———

 ない。

 

「まだ…終わらねぇぞ…!」

「むっ!」

 

 彼らはギリギリで蹴りを往なし、辛うじて吹き飛ばされずにいたのだ。

 喉への激痛が治らぬままヴェノムは左腕を再生させ、刹那に思考を巡らせる。

 

 力の差は歴然。

 適応をもってしても、意識外の一撃、あるいは重い一撃を喰らえば気絶は必至。

 意表を突けなければ、仰け反ることすら出来ない。

 若しくは全身全霊の一撃。

 

「…」

 

 工夫。

 『角』にダメージを与えるには、殴る蹴るだけの一芸では務まらないのは理解した。

 だから、意表を突く様な工夫が要る。

 

「やれ!ヴェノム!!」

「アイアイサー!」

「伸縮する腕、か…来る事が分かっている攻撃など———」

 

 彼らは両手を『角』の顔面向けて突き出した。

 かと思えばその両腕をゴムの様に伸ばし、『角』の顔目掛けてピストルの様に放たれたのである。

 

 彼らの身体の伸縮性を生かした攻撃だが、いかんせん軌道が丸見えだ。

 そう『角』も心の中で溜息を吐いたが、その侮りはすぐに払拭される事となる。

 

「…!…むぅ、成程…真髄はゴムではなく粘体か」

 

 『角』よ顔に触れる直前、ヴェノムの伸びた腕があり得ない慣性で屈曲し、『角』の腕を捉えたのだ。

 慢心している今だからこそ、そしてヴェノムの特性をまだ知らない今だからこそ通った策だ。

 

 ヴェノムの伸縮性、と言うよりは流動性が成せる離れ業。

 

 結果として、ヴェノムは『角』の隙を突き、彼女の両手を地面に固定させる事が出来た。

 

「次ッ!」

「銅でも食ってやがれ!!」

「…?…何を———」

 

 そして、第三の腕、触腕による掌底。

 『角』の顎をカチ挙げる為の一手。

 それ自体が『角』にダメージを与える事は無く、かと言って陽動でも怯ませる為でもない。

 

 ———ではこの掌底はなんだ?

 

 疑問を露わにする『角』は次の瞬間、天を仰ぎ見る事となる。

 

「が…っ…!」

 

 破裂音。

 まるで銃が暴発したかの様な、異様な衝撃が耳を劈く。

 

 その出所は、ヴェノムの掌からだ。

 

「鈍でも役に立つモンだぜ…!」

 

 彼らは体内に収納された鈍を鉄砲の様に発射したのだ。

 

 内側の筋肉をもって剣を引っ張り出し、体内で加速させる事で、初速は音速を超える。

 それをゼロ距離で、この質量で、だ。

 

 いくら怪力を誇る『角』だろうと、この一撃には応えた筈。

 

 空には刃の潰れた刀が空を舞い、銅の如き輝きが紅月を受けて鈍く、重い光を散らしている。

 予測では『角』の防御力に負けて切先から砕けると思っていたが、空に舞う刀は、変形どころか刃こぼれの跡すらない。

 

 名だたる名工によって鍛えられたのだろうか、そんな考えが過った。

 

「シン!チャンスだ!!」

「…!そうだなヴェノム!!ここで決めてやるッ!!」

 

 そうだ。

 『角』が顔を天に向け、仰反っているこの状況。

 雲から差し込む日光の様に垣間見えた、隙。

 

 活かさない手は無い。

 絶対に無駄に出来ない。

 

 だがどうする?

 この力の差、相手が無防備だろうと単に殴る蹴るではリターンが少ない。

 

 確実に、少なくとも骨だけは持っていく。

 

 その為に彼らは…人生初とも言える行為に出た。

 

(依姫に一度だけ…遊びとして教えられた技…!)

 

 ヴェノムはサイドステップを踏み、『角』の正面から消えた。

 そして、『角』の真横、左手側から飛び蹴りを繰り出した。

 

 否、飛び蹴りでは無い。

 何故ならその技は、相手に絡み付く技であって、打撃を加えるものでは無いからだ。

 

(力を使わない技…性にあわねぇって思ってた…喰らえよ『角』…俺の人生で初めての…関(・)節(・)技(・)だ…!!)

「…この技は…!」

 

 『角』の左腕を抱く様に両手で掴み取り、両足で『角』の頭部を挟み込む。

 まるで虎の牙の如く。

 

 『角』の頭は差し詰め獲物の頭。

 虎が獲物の頭部を、その巨大な上顎と下顎で噛み、延髄に牙を突き立ててとどめを刺す事になぞらえた、王の名を冠する曲技。

 

「オルァッ!!」

「ぐっ…」

 

 重力に任せて『角』の顔面を地面に叩き伏せ、彼女の腕を真上に捻り上げる。

 仕上げに倒れ伏す『角』の首を脛で抑え、がっちりホールドした腕は天を向き、完全に極まっている。

 最早『角』がこの状態から抜け出す事は出来ない。

 

 その瞬間、宙を待っていた鈍が地面に突き刺さった。

 

「感謝するぜ依姫…!俺達の勝ちだ!!」

 

 秘技の名は、虎王。

 

「…くっ、くっくっくっ…はははは…!組み伏せられるのは何十年振りだ…?玄楽にさえここまではいかせなかった…!!」

「地面の味はどうだ…?美味いだろ…!俺もよく味わったぜ…!!」

 

 このまま強引に極め続ければ、『角』の肘を破壊できる。

 勝利の目が、僅かに見えた気がした。

 

「…まったく…褒めてやるぞ?掌から剣が飛び出すなんぞ、誰が予想出来ようか…完全に虚を突かれた、同格だったならばあそこで死んでいたぞ」

「嬉しい…っね…!」

 

 ヴェノムは錆びついたナットを回すかの様に『角』の左腕を極め続け、肘の破壊を狙う。

 しかし『角』の頑丈さ故か、どれだけ力を込めても、あと一歩の所で折る事が出来ない。

 

 更に『角』にとって圧倒的に不利な状況な筈だというのに、余裕を崩さない彼女に、ヴェノムは不吉な予感を隠せなかった。

 

 その時、戦いを観戦していた玄楽の声が響き渡る。

 

「っまさか…止めろシン!!そ(・)の(・)技(・)では———」

「何が止めろだ玄楽!あと少しだ…あと少しで折れる!黙って見てろ!!ヴェノム!お前も手伝え!!」

「おうよ!!」

 

 二本の触腕が『角』の腕に絡み付き、力を込めると同時にミシリという音が伝わった。

 ———あと、一センチも動けば。

 

「関(・)節(・)技(・)は(・)『(・)角(・)』(・)に(・)は(・)効(・)か(・)な(・)い(・)ッ!ヴェノム!今すぐ『角』から離れろォッ!」

「そのと〜り」

 

 その瞬間、『角』が空いている右腕を振り上げた。

 

「なっ、何…!?」

 

 この体勢からの攻撃は不可能な筈。

 腕を振り上げたからと言って、この技を抜ける事はあり得ない。

 

(反撃か…!?いや、その前にへし折ってや———)

「むんっ!」

 

 刹那、『角』は地面に振り上げた拳を叩き込んだ。

 爆音と舞う砂粒。

 

 シンは理解出来なかった。

 何の理由があってこんな事を。

 

「ッ離れるぞシンッ!」

 

 ヴェノムはその意味を理解した。

 しかし遅過ぎた。

 

 ヴェノムが手を離し、距離を取ろうとした瞬間、『角』の右拳が地面から襲い掛かったのだ。

 

「ごはぁッ!?」

 

 くの字に体がへし曲がり、ゴロゴロと地面に転がるヴェノム。

 その腹には『角』の腕によって貫通した穴が丸々と空いており、彼らは力を入れる事もままならず、立ち上がれずに居た。

 

「…なんでだ…!どうやった…!?」

「スポンジの上で相手を組み伏せても、相手は動けないわけじゃない…あのクソ野郎にとって、地面はスポンジ同然という訳だ…!」

 

 そうヴェノムがシンを諭す。

 

 彼の言う通り、『角』は地面を拳でくり抜き、身体を捻って拳をヴェノムに当てたのだ。

 地面を抉る事の異質さ、規格外。

 関節技は決まれば勝ちと言う常識を、常識を超えた大妖怪にも適応する。

 そんなタブーを犯したからには、痛いしっぺ返しを喰らうのは当然であったのだ。

 

「ぐぅ…!痛ぇ…!やっぱ、殴り合うしかないな…!」

「ああ…!」

 

 ふらふらとヴェノムは立ち上がり、徐々に塞がっていく風穴を摩りながら『角』を睨む。

 彼女は既に立ち上がっており、服に付いた砂埃を払いながら、地面に突き刺さった鈍を手に取って紅月に翳していた。

 

 折れなかったにしろ関節系に少なくないダメージが入っている筈なのに、余裕な態度を見せる『角』にヴェノムは歯軋りをする。

 

「ぬしら、この刀…どこで手に入れた?妾に負けぬ不壊性…錆びを知らぬこの刀身…神剣か、はたまた妖刀か…」

「知るかよそんなモン…!俺が知りてぇよ…!!」

「何にしても、刃が潰れているのは惜しいのう…」

 

 『角』はポイと鈍をガサツに投げ捨てると、再びヴェノムに身体を向けた。

 

「ではヴェノムよ、小細工は無しだ、殴り合おうぞ」

「そのつもりだ…!もう武器も関節技も使わねぇ…絶対にぶちのめしてやるッ!」

「最強は俺達って事!頭ん中に刻め!それでミートパイにして食ってやる!」

 

 工夫は通じなかった。

 ならば真正面から競り勝つ。

 

 啖呵を切れば切るほど猛獣の巣に足を踏み入れる様に感じたが、恐れは無かった。

 それ以上に高揚が身を支配していたからである。

 

 負ければ死と言う、玄楽の命も背負ったデスゲーム。

 しかし、だからこそ楽しい。

 まるで甘露の蜂蜜であり、激毒の蜂毒。

 

 気付けば燃え上がる憎悪も姿を消した。

 

 今、シンにとって『角』は全てをぶつけられる敵。

 これまでの培った全てを出し切れる、身を燃やす闘争の出来る化け物。

 

「視覚も、触覚も、嗅覚も、妾の能力(ちから)も…必要ない…!この肉体で語り合う事だけが妾の好物だ…!行くぞ!人外の者…ヴェノムよ!!」

「来い『角』ォッ!」

 

 最早勝つ為ではない。

 シンは楽しむ為に、その身を戦いに身を投じていた。

 

「『空削打』ッ!」

 

 意識の合間を潜り抜ける歩法によってヴェノムの目前まで肉薄する『角』。

 そこから繰り出される拳技は、結晶化した時間と言っても過言ではなかった。

 

 捻りを加えた手刀突き。

 

 空間ごと削り取るその拳に宿る、幾年もの修行。

 技を実践へ昇華させる努力。

 途方も無い時間を持つ妖怪だからこその、武術。

 

 喰らって平気な物では、決してない。

 

「ぐぅッ!!」

 

 横に飛ぶ事でギリギリで回避。

 しかし次の一手。

 

「『失天撃』ッ!」

 

 手刀の薙ぎ払い。

 ヴェノムを内側に引っ込め、身体の体積を縮小し、更に思い切り腰を沿ってなんとか回避するシン。

 

 それでも完全回避とはいかず、巻き込まれる風が烈風となってシンの服を切り裂いた。

 しかし、真に彼らを驚かせたのは。

 

「マジか…っ」

 

 地平線まで分断された雲。

 拳圧によって両断された夜の姿だった。

 

 雲が払われた空からは、無数の星が戦う彼らを俯瞰しており、キラキラと瞬く姿は、嘲ている様にも楽しんでいる様にもみえた。

 

「『崩界穿』ッ!!」

 

 そして星が見下ろす激戦地では、世界を揺るがす貫き手が生身のシンに襲いかかっていた。

 空を削り、天を割り、世界を穿つ『角』の拳。

 避けなければ、消し飛ぶ。

 

 焦りと享楽が混ざり合う中、彼の身体は導かれる様にして動いた。

 

「らぁっ!!」

 

 無意識に『角』の貫き手を回転しながら威力を殺し、得た回転エネルギーと共にアッパー。

 パァンと気持ちの良い音が鳴り響き、続けて中段蹴り。 

 

 『角』はそこで吹き飛んだものの、シンに人を蹴った感触は無く、まるでティッシュに向かって蹴りを繰り出した様に感じた。

 

「…くは…不思議だろう?今のは大陸の達人から盗んだ技だ…!しかし…しかしまるで玄楽と戦っている様で、その実は別の存在…楽しいのう、楽しいのう…!」

「………ああ、楽しいぜ、ムカツク位に…なぁッ!」

 

 諦めを孕んだ言葉を返し、シンはヴェノムを纏わずに『角』を追撃する。

 力より速さを追求する為であり、シンは回避に全てを掛けてラッシュを叩き込んだ。

 

「くぁああ"ッ!!」

「軽いが良い疾さ!!」

 

 イメージは関節の増加。

 ヘビの様に、ムカデの様に。

 

 しなりと脱力。

 瞬発と爆発。

 

 幾重にも増やした関節にて加速を行い、加速を行い、加速を行い…

 もっと、もっと早く。

 身体も捻りを加え、足首、膝、腰、肩、肘、手首、五指を中心に加速を促す。

 

 息をする暇も惜しく、無呼吸のラッシュは少しずつシンから意識を奪っていく。

 全力を出し続ける超負荷に、肉は耐えられずブチブチと嫌な音が響き渡る。

 

 倒れるな。

 限界を越えろ。

 適応しろ。

 

 ラッシュの拳先は次第に音速を超え、威力を増していく。

 千切れた筋繊維が再生し、より強靭に磨き上げられていく。

 適応する身体が最適解のルートを算出していく。

 

 しかし。

 その尽くを、『角』は回避していった。

 

「美しい傷だ!惚れ惚れするのう!!」

「ッ…触るな———」

 

 『角』は蛇の如く乱打をすり抜け、剥き出しとなったシンの胸元をつぅ、と、指でなぞった。

 電熱による火傷で焼け爛れ、醜い焦茶の痕が残る胸元を、だ。

 

 その傷を美しいと評した彼女は、ポンとシンの胸に手のひらを置き。

 

「『発勁』!」

 

 ノーインチパンチ、浸透勁の連撃を繰り出した。

 

「…ッは………ァ"…っ…ガ…!」

「シンッ!!」

 

 ネイルガンの如き、三度に及ぶ連打。

 フラフラとシンが後ずさった瞬間、骨中の破砕音が響き渡り、彼は膝を付いた。

 

 玄楽の呼び声すら遠く、ヴェノムの治癒も響き続ける衝撃に意味をならない。

 治った側から破壊され、激痛に次ぐ激痛が身を貫く。

 

 シンは『角』を睨み付ける事すら出来ず、臓物混じりの吐瀉物を撒き散らし、身体中の穴と言う穴から血を垂れ流すことしか出来なかった。

 

「ぉっ…ぐぇ…ッ!ぁぁあ…ッ!!」

「骨、内臓、心臓に至る内側を破壊する浸透勁、持続する衝撃…フフ…死んでくれるなよ」

「止めろ『角』ォッ!!」

 

 無防備なシンにトドメを刺そうと、『角』は腕を振り上げるが、玄楽の怒声がそれを遮る。

 しかし『角』は手を止めた物の、彼の叫びには冷淡に応え、足元に伸びるシンの血液を見下ろした。

 

「玄楽よ、立場を忘れるな、妾はその気になればこの封(・)を解き、全てを使って主らを叩き潰す事だって出来る」

「ぐっ…!」

 

 『角』は何十にも顔に巻かれた包帯に手を滑らす。

 壊れ物を扱うかの様に優しく、玄楽からすれば、それは悍ましい物だった。

 

 ———行かなければ…っ…しかし…本気の『角』に敵うか…!?…違うっ吾は助けに行かねば…いや…今の吾では足手纏いか…っ…。

 

 玄楽の拳には血が滲んでおり、戦いに参加できない自分を憎んですらいた。

 人として、親としてシンを助けなければいけない。

 しかし、ここで助けに行けば『角』に皆殺しにされる。

 

 決意と脅威による、ジレンマだ。

 

 いっそのこと、何も考えずに助けに行くのが正解ではないか、そんな考えすら彼の頭に過る。

 しかし。

 

「…シン…!?」

 

 不意に、彼の瞳が『角』からシンへ移った。

 そして、思い出す。

 シンの能力を。

 

 彼の闘志を。

 

「『角』ォ…!まだ俺達は…死んでねぇぞ…!!」

「ほう…ほう…!ほうほう成程のう!!その治癒力に再生!更には打てば鳴る金の身体に不屈…いや…っ狂気に近い闘心!!極上ではないかっ!!ぬしは玄楽よりも良いっ!」

 

 シンの能力は『適応』だ。

 痛みと苦しみを超え、シンは遂に『発勁』の衝撃を適応したのだ。

 

 『発勁』は持続する衝撃であり、死に瀕する威力。

 『発勁』は『角』の攻撃に適応するにはうってつけの攻撃であり、彼らの肉体は以前より遥かな高みに昇った。

 そして、闘志も。

 

「今の俺達なら!お前をぶち殺せるッ!!」

「行くぞシン!こっからが本番だ!!」

「その飽くなき闘争への探究、どこまでも昇るその力…この我に魅せてみろッ!!ここからが激闘だ!!」

 

 シンを抱擁するかの様に腕を広げる『角』。

 彼はそれに、拳を持って応えた。

 

 溢れ出すヴェノム。

 立ち上がる身体。

 繰り出す鉄拳。

 

「遅いッ!!」

 

 豪快な右フック。

 故に隙も多く、『角』に一手先を取られてしまう。

 

 ヴェノムの視界に映るのは、顔面に迫り来る『角』の拳。

 辛うじて目で捉えられるのは、最速の縦拳。

 …避ける事は出来ない。

 きっと、防御も。

 

 しかし、ヴェノムは焦るでもなく、慄く訳でもなく、ただ笑った。

 

「…ッッ!!」

 

 空き缶を握り潰したかの様な、異様に乾いた爆音。

 その場に居た誰もが、勝負の行方を確信した。

 

 このまま彼らの真っ黒い頭は弾け飛び、膝を付いて倒れ伏すと。

 誰もがこの後に起こる未来を幻視した。

 

 しかし現実は———

 

「っぬっぐぉォォオオ"オ"ッ!!!」

「踏ん張れぇッ!!」

 

 耐えて、いる。

 デコピンにKOを喰らった彼らが。

 『角』の一撃に耐えている。

 

「ォオオオオ"オ"ッ!!」

「ぬっ!?」

 

 その時、『角』の拳が、滑った。

 いや、滑らされた。

 

 ヴェノムが顔面を回転させて威力を流し、『角』の一撃を凌ぎ切ったのだ。

 

 そして死に物狂いで繰り出す、カウンター。

 『角』の一撃によって得た回転エネルギーと。

 強化された彼らの力で。

 

 ただ思い切り殴り付ける、必殺の右フック。

 

「ッゥうるぁああ"あ"ッ!!!」

「ごふッ…!』

 

 鈍々しい、金属音に似た思い音色。

 そして浮かぶ、巨大な壁の如き『角』の膂力。

 

 これを超えねば、『角』に打ち勝てない。

 この防御にも満たない無(・)防(・)備(・)を破らねば、絶対に勝機は無い。

 

「貫けぇえエ"エ"ッ!!!」

 

 雄叫びを上げて、『角』の頬に突き刺さる拳に力を込める。

 『角』の顔を覆う包帯に一条の亀裂が入った瞬間、彼らは全身全霊を込め、拳を振り切った。

 

「がぁ…!!」 

 

 吹き飛びこそしなかったが、完全に真横へ向かされた『角』の顔。

 

 そして地面に飛び散る『角』の血液。

 口から溢れ出た、ダメージの塊。

 はらりと地面へ僅かに垂れる包帯。

 

「———この妾が…血を…」

「どうだオラァッ!これで互角だ!!」

 

 今、彼らは初めて。

 『角』に傷を与えたのだ。

 

 破られた包帯からは。

 金色の瞳が妖しく光り、ヴェノムを覗いている。

 

 好意と殺意に塗れた、狂気の瞳だった。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
しれっと登場する虎王やらマッハ突きやら消力…

とまぁ…恐らく次回決着ですのぜ。
ゆっくりしていってね!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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