東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆぐにぃ。


第五十四話 大虐殺を冠する者

「…ッ…!…ガフっ…」

「っな…ぁ…っ…ぁぁああ…!!」

「玄楽!!」 

 

 目の前の光景を理解するごとに、悲痛な声が漏れた。

 流れる鮮血が地面に染みるごとに、夢想が打ち砕かれた。

 

 燃えていた心臓を握りつぶされた様に、息が出来ない。

 考えが纏まらない。

 玄楽は心臓をぶち抜かれている。

 どう足掻いても死は逃れられない。

 

 そんな事は分かっている。

 それでも、彼は玄楽を助ける方法を模索した。

 

 ———ああ駄目だ………

 ———無い。

 

 シンの絶望に合わせてヴェノムが剥がれ、絶望を誤魔化す様に彼は言葉を紡いだ。

 

「なんでだ…玄楽…なんで俺達を…!!」

<…玄楽>

 

 終始、玄楽は不思議そうに虚空を見つめていた。

 が、やがて何かに納得した様に息を吐くと、シン達に濁った声で語りかけた。

 

「…吾にも…分からぬ…た、ただ…お前達の姿を見て…吾は…」

 

 動かずには居られなかった。

 きっと、そう言ったのだろう。

 小さな声だった。

 

「…畜生…分かってんのか玄楽…!お前には依姫も豊姫も居るのに…居るっていうのに…!!」

 

 シンの掠れた嗚咽は、吐き切る前に大きな溜息によって遮られた。

 その出所は、『角』だ。

 

「…分かっているな?玄楽…その行動の意味する所を」

「…勿論分かって、いた…だが…身体が動いた…」

 

 血混じりの吐瀉が玄楽を襲うも、彼の瞳は力強い。

 『角』の押し潰される様な圧に怯む様子も無く、彼はただ言葉を綴っていた。

 

「ぬしは昔、ぬしの仲間の命すら使ってこの妾を討とうとした…そう、軍人、合理を求める機械だった筈だ…ぬしは…なぜこの童を助けた?…この童に何を感じた?」

「応える義理も無い…いや、そうだな…ただ…理屈ではどうにもならんのが人間だ」

「…そうか、ではさらばだ」

 

 吐き捨てると、彼女は血糊を落とす様に腕を払い、玄楽を弾き落とした。

 抵抗も見せず、水切りの様に地面を跳ねていく彼が辿り着いたのは。

 

 幸か不幸か、シンの、目の前だった。

 

「っあぁ…っ!っおい!おいっ!玄楽!!起きてくれ!!」

 

 震える身体に鞭を打ち、どうにか片腕を再生し、這い這いになって玄楽の肩を揺するシン。

 勿論彼が再び立ち上がるなんて事は無く、失われていく体温がシンの焦燥を煽った。

 

 血の池が広がり、肉の断面からピンク色の内臓が零れ落ちていく。

 酷く異常的な光景で、動揺も重なり、シンにはどうすることも出来なかった。

 

「ヴェ…ヴェノム!お前なら…!お前なら治せるよな…!?そうだよな!?」

<…済まないシン、無理だ>

「なんでだ!?今は冗談を吐く時間じゃねぇんだ!頼むから…!!頼むヴェノム…ッ!!」

<…もう手遅れだ、コイツとは適応もしなかった、ただ死期を早めるだけだ…それに今お前の元を離れれば、お前が死んじまう>

 

 どうしようもなくシンは喘ぎ、歯を食い縛る。

 死に体の彼には、死にゆく玄楽を見つめる事しか出来なかった。

 

 治してやれなくてごめん。

 珍しいヴェノムの謝罪も、耳を通り抜ける。

 

 掌から奪われていく温度が、感情を揺らし、酷い吐き気を催す。

 気持ち悪さを振り払う様に、彼は叫んだ。

 

「だったら…だったら俺がやってやるよ!!俺の命なんて知った事じゃねぇ!!」

 

 ヴェノムと一体化したシンなら、多少なりともヴェノムの真似事が出来る筈だ。

 そう考え彼は玄楽の胸に手を伸ばす。

 その時、玄楽がその手を振り払った。

 

「なっ…!?」

 

 パシンと、乾いた音だった。

 そして、ゆっくりと彼の口を開かれる。

 

「…っ…シン…そこに、居るな…?」

「っおい…!喋らなくていい…!!俺達が…俺達が治してやるから…っ!!」

 

 彼の声は濁声混じりで、殆ど聞き取れなかった。

 加えて彼の瞳には光は映っておらず、冷たい鈍さを放っている。

 

 どうしようもなく、心臓がうるさかった。

 

「…聞いても…聞かなくても…良い………これは吾のワガママだ…」

 

 玄楽が血を吹き出し、赤い飛沫がヴェノムの頬に付く。

 生温い感触であり、彼は言葉を失った。

 

「依姫を…幸せに…してやってくれ…お前なら———」

「…ッ…」

 

 シンは何かを言おうとして、しかし目を閉じ、歯を食いしばってその言葉を聞き入れた。

 しかし、待てども待てども言葉はそれ以降続かない。

 

 彼は漸く、鉛の様に思い瞼を開いた。

 そこに居たのは、静かに瞼を閉じている玄楽。

 

 未だドクドクと血が流れ出ている一方で、血色は土塊のそれと同じ。

 静かで、静かで。

 まるで息さえ止(・)ま(・)っ(・)て(・)いるような。

 

「ぁあ…ぁあああ…!!」

 

 シンの顔が歪み、絶え間無い怒号にも似た慟哭が空間を裂く。

 けれどもほんの一途の希望に身を寄せ、彼は玄楽に触れた。

 

 死人の冷たさだった。

 嫌が応にも理解させられた。

 彼は、玄楽は、死んだのだ。

 

「ぁぁあああああッ!!!」

<…っ!?よせ!シン!>

 

 現実に頭を殴られ、シンを目眩が襲う。

 ヴェノムの声がシンを制止するが、全く届かない。

 動悸がより激しく高鳴り、嗚咽が地面に溶けていく。

 そんな時、玄楽越しに何かが見えた。

 

「はぁっ…はぁっ…!ぁあああ…ッ!!」

<深く息を吸え!落ち着くんだ!>

 

 幻覚だった。

 死んだカレンだった。

 シンが殺したカレンだった。

 

 彼女は何も言わない。

 

 ただ昏い瞳でシンを見ているだけだ。

 まるで、お前のせいだと言う様に。

 

 違う、これはカレンではない。

 これは後(・)悔(・)だ。

 あの時、カレンを殺めてしまった事に対する後悔だ。

 

 そして、その後悔は必ず一つの答えへと帰着した。

 

(俺が…もっと強ければ…!)

 

 そして、虚しい怒りが湧くのだ。

 今の自分に。

 弱い自分に。

 何も出来なかった自分に。

 

「ぐっ…ぅう…ぐぅうう…!!」

<っそれ以上は止めろ!怒りに身を任せるな!!>

 

 シンは頭をガリガリと掻き、拳を地面に打ち立てた。

 大きな蜘蛛の巣状に地が割れ、それでも発散されない怒りがシンを襲う。

 

 奥歯がバキリと、痛みが脳髄を立ち昇る。

 握り込んだ拳がミチミチと鳴り、怒りが身を支配する。

 

 ヴェノムの意思に反して黒いアメーバがシンの身体を覆い尽くし、後戻り出来ない領域まで感情が黒く染まった。

 

「ぁああアア"ア"…ッ!!」

「俺の言葉を聞け!シン!駄目だ!」

 

 深く、吐息を吐いた。

 身に残った理性を吐き出すかの様に。

 

 そして残るは殺意。

 血一色に染められた思考は、彼らを別の存在へと変貌させ、単一の『一人』へと変容させる。

 

「ッ『角』ぉぉオオオオッッッッ!!!」

「ぐぅ…!シン———」

 

 瞳には殺意。

 拳には怒り。

 言葉にして虐殺。

 

 今こそ、大虐殺(カーネイジ)だ。

 

「ギィァアアアア"ア"ッッ!!!」

 

 獣の咆哮が天地を走る。

 瞬間、彼らの姿が変わった。

 

 黒い巨躯は赤黒く。

 背からは幾本もの触手。

 赤黒く太い血管が全身を覆い尽くし。

 血に似た筋組織がこびり付いた顎門が大きく開かれる。

 

 咆哮は空気を震えさせ、ビリビリと『角』の肌を焼いた。

 

「もしやと思い待っていたが…ここまでの変貌を遂げるか!良い姿だ!!」

「ァァアアア"ア"ア“ッッ!!!」

 

 軽口を叩く『角』に、ソレは甲高い咆哮をもって答えた。

 そして刺々しい銃口を向ける幾重もの触手。

 

 対してニッと口角を上げる『角』。

 重々しい殺意の中でも、彼女は平然としていた。

 

「本気を———」

 

 しかし『角』が自身の顔を覆う包帯に手を掛けた瞬間、ソレの姿が残像を残して消えた。

 そして言葉が終わらない内に『角』の顔面に衝撃が走り、彼女は大きく仰反る。

 

 何が起きたのか、『角』はほんの一瞬理解出来なかった。

 

 しかし、顔面を覆う包帯に亀裂が入ると同時に理解した。

 一瞬のうちに殴られたのだ、それも『角』が認識出来ないスピードで。

 振り向けば、ソレが『角』の背後で拳を振り抜いている。

 

 その光景に、彼女は笑いを抑えきれなかった。

 

「…ふ、っくくく…そうか…!待ちきれないか…!?折角のお披露目だ!その姿の名は!?」

 

 大きく亀裂の入った包帯がはらりと地に落ち、『角』の素顔が明らかとなる。

 

 黄金の双眼。

 ピンクに似た緋色の髪に彩られた、ざっくばらんなショートヘア。

 まるで強引にねじったかの様な、奇妙な一本角。

 

 剥き出しの殺意と好意がソレを襲い、更なる闘志を呼び起こす。

 ソレは勢い良く振り向き、咆哮を上げながら答えた。

 

「俺は!!カーネイジ!!!」

 

 カーネイジ。

 殺戮の象徴、暴の化身。

 

 何故、その姿になったのか、なる事が出来たのか。

 知る者は居ない。

 

 しかし断言出来るのは。

 彼はヴェノムではなく、それ以上の存在だと言う事だ。

 

「ハハハハハッ!!なぁ!?何故私がこの包帯を顔に巻いていたか!分かるか!?」

「ギャァッ!!」

 

 カーネイジは『角』に耳を貸そうとしない。

 それどころか、両腕を曲刀に変化させ、雄叫びを上げて突進。

 

 しかし。

 

「要らなかったからだッ!!」

 

 バゴン。

 そんな音がカーネイジの胸元から発せられる。

 

 『角』はカーネイジの突進を一切避けようともせず、寧ろ懐に入り込んで『発勁』を炸裂させたのだ。

 怯む事も許さず、彼女は連撃を浴びせる。

 

「妾の能力も!!視覚も!!嗅覚も!!触覚もォッ!!」

「グォオッッ!!」

 

 『角』にとって、退屈は最大の敵だった。

 全力を出そうが出さまいが、死闘無くして必ず勝利する。

 ひたすらに退屈だった。

 

 そして編み出したのが、自身に縛りを付ける行為。

 しかしそれは、半ば遊びであり、戯れ。

 戦闘欲が満たされる事は無く、格下を虐めて暇を潰すのみ。

 

 そこに現れたのが全力でも壊れなさそうなサンドバッグだった。

 もっと言えば————

 

「ッ!!」

 

 ———殴り返してくれるサンドバッグだ

 

「ガァッ!!」

 

 音速を超える拳をカーネイジの触手に掴まれ、彼女がそれに気付いた瞬間、頭大のハンマーの振り下ろしが炸裂する。

 低い轟音が鳴り、瞬きのうちに『角』の頭が地面に埋まった。

 

 破砕音、舞う粉塵。

 

 カーネイジはそれを掻き消す様に『角』の足を掴んで振り回し、慣性に乗せて『角』を地面に叩き付けた。

 

「カハァ…ッ!!」

「死ね…ッ!!」

 

 肺の空気を全て吐き出し、苦しそうに目を見開く『角』。

 カーネイジに容赦は無く、トドメを刺そうと宙に飛び、腕を変化させた剣で突き刺そうとした。

 

「っくはっ!ここまでやるか!!」

「ッ!」

 

 しかし、ここで黙っていては大妖怪では無い。

 

 彼女は突き刺される寸前、カーネイジの赫い剣に触れ、そのまま完全にベクトルを逸らしてしまったのだ。

 弾くでも防御でもない、ましてや傷一つ付かせずに刃を逸らされ、カーネイジは『角』の髪を切るだけに止まってしまう。

 

 そこに合わせられた、『角』の轟脚。

 強靭なバネにより引き起こされる、ハイキックだ。

 

「ハァッ!!!」

「無駄だ…!」

 

 しかしその強襲もカーネイジには届かない。

 ドロップキックを避ける様にして腹に穴が空き、『角』の一撃を躱すと同時に、その穴を閉じて彼女を拘束したのだ。

 

「グゥオオッ!!!」

 

 起きあがろうと踠く『角』をそこまま押し倒し、地面の海に沈めさせる。

 更に抵抗も許すまいと、背中から生える触腕で彼女の腕を拘束した。

 

 マウントポジション。

 それがこの状況を表すピッタリな言葉だ。

 

 裂ける口元。

 怒りに溢れた彼には、ただ一方的に発散するカタルシスに笑みを浮かばずにはいられなかった。

 

「潰れろ」

「ふむぅ…陵辱でもする気か?」

「減らず口を塞いでやる」

 

 両腕を剣に変化させ、『角』の顔目掛けて振り下ろす。

 刃が通らないなんて事は起こり得ない。

 今の彼には間違いなく彼女を殺せると言う自負があった。

 

 しかし剣が『角』を貫く瞬間。

 彼女と目が合った。

 

 光り輝く黄金の双眸。

 その眼はカーネイジを見ている様で、違う何かを見ている様だった。

 

 ———関係ない。

 

 思考を断ち切って振り下ろした剣。

 しかしそれが『角』を貫く事は無く、彼女の頬を切り裂くだけに終わってしまった。

 

 つまり、避けられた。

 

「…フフ…妾はのう、最初は…最初はただの木っ端妖怪だった…しかし闘争の魅力に気付いた頃、妾は爆発的に成長した…そして遂に大妖怪になったその日、妾は変化に気付いた。それがこの金色の瞳、経験と予測から視覚にない物すら映すのだ…妖力も…霊力も………そして勝負がつまらなくなった…だから閉じた、この瞳を…」

「ガァッ!!」

 

 『角』の頭目掛けて刺突の連撃。

 しかしその尽くを避けられる。

 

 依然として、『角』の瞳は光り輝き、剣閃の隙間から存在感を放っていた。

 まるで全てを見通すかの様に。

 

「そう、流れが分かれば扱い方が分かる…!扱い方を極めば『理』を掴むッ!『理』を極めば…新(・)た(・)な(・)存(・)在(・)に気付くッ!!」

「グォ…ッ!!」

 

 『角』を取り巻く感情が大きく波打ち、それは妖力の洪水となって閃光を放ち、カーネイジを照らした。

 光の中に鮮血の様な紅の妖力。

 瞬間、溢れた妖力は大爆発を起こし、カーネイジは大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 ぐるぐる回る視界で、砂塵の向こうの『角』を睨み付ける。

 砂塵からは血の霧の様な妖力が溢れ、更に光り輝く一筋の黄金が漏れている。

 

 今までは本気ではなかった、寧ろここからが本番。

 

 妖力と、恐らくあるであろう『角』の能力の解放、手加減の消滅。

 それがどんな事を意味しているか、勿論分かっている。

 まさに鬼に金棒か。

 

 カーネイジが武者震いに震えた瞬間、砂塵を突っ切って何かが飛来する。

 辛うじて捉えたソレは、緋色の妖力弾。

 

「ッ!!!」

 

 腕を剣に変形させるが、振るう暇は無く、ただ妖力弾とカーネイジの体の間に剣を挟み込む事しか出来なかった。

 彼の体がくの字に折れ曲がるが、妖力弾が体を貫通しなかっただけマシだ。

 

「ッオォアアッ!!」

 

 在らん限りに叫び、剣を振り抜いて妖力弾を両断する。

 余りの威力に手がビリビリと痺れるが、それを無視して彼は地面に剣を突き立て、吹っ飛ぶ勢いを減衰しながら『角』を見た。

 

「それは万物の持つ意志のッ魂の揺らぎ!それは先行する意思の軌跡!それは迸る生命力!名付けるなら『気』だッ!!『闘気』だッ!!」

 

 砂塵を手で掻き消し、狂った瞳が神々しく光る『角』。

 カーネイジの超人的な視力は、『角』から立ち昇る鮮血の様な妖力を捉えた。

 

 そして、その裏に潜む暴力的な気配も。

 それは大妖怪と言う括りに入れるには、余りに異次元過ぎた。

 

 絶望感を超えた気配は、カーネイジにヒリヒリした感覚を与える。

 しかし、それはただのカンフル剤だ。

 彼の興奮を助長する物以外の何物でもない。

 

「全てを出し尽くそう!!妾の全力をもって!!ぬしを殺してやろう!!」

「耳障りだ!!」

 

 瞬間、『角』の身体が溶ける。

 それは、不可視のスタートダッシュだ。

 

「『泥雷威(どろかむい)』ッ!!」

 

 液体に見間違う程の脱力による疾風迅雷。

 しかし初見で無いならば、『適応』が火を吹く。

 

 一直線に向かう『角』の姿を、彼は完全に捉えたのだ。

 ならば互角だ、居合に似た一撃に拳を合わせられる。

 

「ガァッ!!」

「武の答えッ!その一つを教えてやろうッ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合う。

 戦闘が始まって以来最大の衝撃波が空気に走り、耳鳴りの様な歪んだ音が辺りに響く。

 

 瞬間の鍔迫り合いは長くは続かない。

 突如カーネイジの腕が隆起し、一瞬で弾け飛び、彼自身も大きく吹き飛ばされたのだ。

 

 爆散した腕が辺りに飛び散る。

 余りに現実的では無いこの現象は、『角』による物か。

 

「ッこれこそが『発勁』の昇華!名を『雁蹄(がんてい)』!!これが妾のたどり着いた武の極地ッ!」

「ギィッ!!」

 

 それは『発勁』の力積と『角』の妖力、気を相乗した、増幅し膨れ上がる衝撃。

 物理学ではまるであり得ない神業を、『角』は自身の能力と妖力をもって実現させたのだ。

 

 カーネイジは受け身を取り、腕を再生させながら苦しそうに彼女を睨み付ける。

 が、すぐに表情から苦の色が消え、ただただ凶悪に笑った。

 

 そう来なくては面白くない、と。

 極限の殺意は痛覚を置き去りにし、極度の興奮がカーネイジをゾーンへと導ていく。

 

 枷(理性)は破壊された。

 今、彼に。

 限界は無い。

 

「ハハッ!ハハハハハッ!!」

「ッやはりぬしは最高だァッ!!」

 

 蹴り出し。

 真紅の弾丸が血を駆け、嗤い声が地平に響く。

 

 激突。

 

 それだけに収まらず、地面が破砕し、二人はその場から消え失せた。

 彼らの足跡は地面のヒビ割れとして現れ、地形を変えていく。

 

 大地が弾ける最中、『角』が先手を取った。

 

「むぅんッ!!」

 

 上空に飛び、妖力で加速しながら両腕の振り下ろし。

 さながらオニヤンマの様な移動スピードだ。

 

 しかし、真に恐ろしいのはカーネイジの適応性。

 彼はギュルンと顔を『角』へと向けると、彼女の動きを目で追い、鼻先に拳が掠りながらも振り下ろしを避けたのだ。

 

 ニヤついた二人の、戦いに狂った二人の視線が交錯する。

 

 瞬刻、『角』の拳が着弾し、火山が噴火した様に大地が波打ち、粉々に破砕した。

 

「ァァアハハハハハッ!!楽しいッ!!楽しいぞぉおおッ!!!」

 

 破砕した岩塊から岩塊へ。

 カーネイジを置き去りにして彼女は超高速で地を駆け回り、岩塊を砂屑に、崩れた大地を再び平野に帰していった。

 

 そしてカーネイジを取り囲むような移動。

 四方八方から溌剌とした少女の様な笑い声が劈く。

 

 その時、バスケットボール大の岩石がカーネイジへ一直線に飛来した。

 

「ッ!!」

 

 ———『角』の投擲ッ!!

 

 認識した瞬間に岩を叩き割る。

 次に視界が移したのは———

 

 視界一杯の拳。

 

「ッハァッ!!!」

「くぶぁッ…!!」

 

 仕掛けは単純。

 『角』は岩石をカーネイジの顔面に投げる事で彼の視線を遮り、岩石の影に隠れて拳を繰り出したのだ。

 

 一重に初見の技術だった事が防げなかった要因。

 

 その失敗は格上との戦いに於いて甚だしく、彼は音速を超えて殴り飛ばされてしまった。

 背後の荒れた大地に頭から衝突しながらも、その勢いが落ちる事は無い。

 

「まだ終わってくれるなよ…!?ハハハ…!」

 

 戦いの舞台が、移り変わる。

 

◆◆

 

 ああ。

 随分と、疲れた。

 

 『角』によって一閃された雲の筋から、神々しく星が光を放っている。

 しかし星の光は俺を慰めるどころか、非難する様な視線を突き刺さしていた。

 一体、何故だろうか。

 

 星を押し除けて空に居座る月は巨きく、真紅に染まっている。

 そのせいで視界が紅い気がする。

 血の霧が纏わり付いている様で、今ならどんな事をしても赦される気がした。

 

 吹き飛ばされる中で、掌を見る。

 月と同じく、真っ赤だ。

 

 これは人を殺した掌だ。

 掛け替えの無い人を、自らで殺した掌だ。

 俺が弱いから、カレンを殺してしまったのだ。

 

 これは殺しを止められなかった掌だ。

 大事な人の父を、目の前で殺されるのを止められなかった掌だ。

 俺が弱いから、玄楽を殺されてしまったのだ。

 

 この掌は汚れ切っている。

 もう血に染まっている。

 

 なら、これ以上染まっても、何も変わらない。

 むしろ今なら。

 もっと。

 

「…もっと」

 

 呟いた瞬間、背後の何かと激突し、それでも止まらずに何かに激突し続けた。

 勢いが止まり、喘ぎながら周囲を見渡して初めて気付いた。

 

 妖怪達と、木。

 

 そこはシン達と依姫、数多の妖怪達と激戦を繰り広げた森林であった。

 『角』から逃げ出していたのであろう妖怪達は突如現れた俺に驚き戸惑い、紅い光を反射する木々には戦争の名残に血痕がいくつも残されている。

 

 俺は近くの怯えた人形(ひとがた)の妖怪を見て、触手を伸ばした。

 

 …ああそうだ。

 俺が先からずっと感じていた違和感の正体に気付けた。

 

「おい、お前ら妖怪だろ…?食いモンの癖に人間面しやがってよぉ…!!」

「やっ、やめてくれ!お前だって妖怪じゃないか!?なんでこんな事を!?」

「そうか、今の俺は妖怪みたいに見えるか」

 

 簡単な事だった。

 

 強くなる為に、妖怪が邪魔だ。

 強くなる為に、殺さなければ、食わなければ。

 この血塗れの狂気に、身を委ねなければいけないのだ。

 

 それが心の何処かで決意出来ていなかった。

 湧水の様に沸いていた殺意に振り回されていただけだったのだ。

 

 この戦いが終わったら、後悔するだろう。

 ヴェノムにも責められる。

 妖怪とは言え、知性を持ち、感情を持った、限りなく人に近い妖怪を食い殺す。

 それは人として、一歩道を外れると言う事だ。

 

 しかしそれでも、頭の中の狂気がやれと叫んでいる。

 

 …ああ、今の赤く染まった思考が異常な事ぐらい分かる。

 しかし狂気に身を委ねなければ、『角』に勝てない。

 

 そうさ、人道を外れたって、別にいいだろう。

 もう手は血塗れなのだから。

 今の俺はリーサルプロテクター、ヴェノムじゃないのだから。

 

 そう俺は———

 

「俺は妖怪じゃない、俺はカーネイジ…さぁ、パワーアップだ」

「あっ、あっ!やめっ———」

 

 身を捩る妖怪の断末魔も聞かずに、頭を齧り取る。

 その時頭に浮かんだのは、ああ、しまった、と。

 取り返しのつかない事をしてしまった、と言う事だ。

 

 悪の蕾が俺の未来を暗く照らし、貫いて、一瞬間に俺の前に横たわる全生涯に薄暗い墨汁を振り溢す。

 

 俺はほんの数秒、眼球が義眼にでもなってしまったかの様に動きを止め、呆然と齧りとった妖怪の首を見つめていた。

 ピクンピクンと脈動し、洗礼として血の噴水を浴びせられる。

 

 動きを止めた瞳の奥で、誰かの首を喰らう俺が映る。

 それは悪逆を尽くした妖怪か、偶然化け物に出会った人か。

 はたまた、俺の仲間か。

 

 これはいつか来たる俺の未来。

 道を滑り落ちた俺の結末。

 

 そこまで理解して、俺は怖くなった。

 俺は薄暗い夜道を振り返る様に、焦った心持ちで今まで辿ってきた道筋を振り返ろうとした。

 俺の記憶が、仲間が俺の道を教えてくれる、間違えた道から這い上がれる、そう信じて。

 

 だが、手を引かれた。

 足を掴まれた。

 顔を向けた。

 

 何に?

 

 狂気だ。

 

 そこには魅惑的で艶めかしい狂気があった。

 暗い道の先に、闇に包まれた道の先に。

 強さの、答えが。

 俺の求めていた強さが、そこに。

 

 ごくりと喉を鳴らす。

 そうやって妖怪の脳髄を喉に流し込んだ事に、俺は気付かない。

 

 首は後ろへとは動かない。

 俺は目の前の狂気に釘付けだ。

 

 もう俺は振り返れなかった。

 とうとう俺は振り返らなかった。

 

 足を進めた。

 力弱い歩調だった。

 

 されども確かに本来の道から遠くなった。

 

 視線の先に道はない。

 遠くで、微かなレッドライトを灯す終着点があるだけだ。

 けれどもこれは道だ。

 俺の。

 俺だけの。

 

 誰にも負けない強さを求める。

 これが俺の。

 

 ———修(・)羅(・)道(・)。

 

「…ハハ…ハハハ」

 

 襲い来る現実。

 堪らない全能感。

 

 外れた道。

 歩き始めた道。

 

 真の意味で狂気が身を包む。

 薄れる事はあれど決して消える事の無い汚泥が纏わり付く。

 

 最初に実感したのは、味だった。

 

「…ああ、美味い…これが血の…脳髄の味… 」

 

 暴力的な麻薬が脳を支配し、爆発する旨みにグニャグニャと視界を歪める。

 ヴェノムだった頃では味わえなかった、今までにない激烈な旨み。

 

 そこにはステーキより濃厚な血のコクがあった。

 ひだをかき分けるように咀嚼する脳髄はデザートだ。

 口の中で弾ける目玉は大きなアクセントになっている。

 パリパリと砕ける骨々はスナック菓子の様だ。

 

 あらゆる喩えを尽くしても言い表せない、極上の絶品。

 あらゆる美味をごちゃ混ぜにした禁忌の一品。

 人(・)間(・)ならば一体どんな味が———

 

 いや、ヴェノムはいつもこんな美味しい餌を食べていたのか。 

 

 ごちそうを食べたからか、不思議と心は晴々とする。

 爽やかな気分に身体から活力が漲り、血生臭い空気がまるで天国の様な心地良さを放っている気がした。

 五感の全てがこの俺に世界を与え、全能感に酔いしれる。

 

 そして同時に、真っ赤な憎悪と殺意が空っぽな身から湧き出ている。

 そうだ、忌まわしい妖怪の血肉が俺の力となっている。

 

 空気の流れが、草木の触れる音が、背後の『角』を俺に知らせる。

 俺はゆっくりと振り向いた。

 木々の向こうで、血の霧の先で、彼女の黄金の瞳が光っている。

 

 歩き出す。

 『角』も歩き出す。

 

 何気ない会話の様に、言葉を投げかけられた。

 

「…変わったな…!また一つ…狂気の次元が!!」

「…テメェは頭の次元が飛び抜けてんだよ、ゴミクズ」

 

 拳を握り、俺は走り出した。

 目の前の狂気へ。

 

◆◆

 

 外壁に囲まれた都市を更に覆う森のあちこちで、衝撃音が上がる。

 太い大木がブーメランの様に飛んでいくのは当たり前。

 木々ごと地面がひっくり返る事すらあった。

 

 今の二人はまさしく災害。

 これでなお森としての形を保っているのは、一重にその森が樹海と言って良い程広かったからだ。

 

 そして巻き上がる砂煙に混じって空気を汚すのは血飛沫。

 森へ逃げていた妖怪達が災害に巻き込まれていたのだ。

 

「ッッガァァァッッ!!!」

 

 周囲すら破壊する拳撃が鳴りを潜め、今度は森から急速に緑が禿げていく。

 カーネイジが木々を『角』に投擲し始めたのだ。

 まるでマシンガンの様に。

 投擲物にはカーネイジから逃げられなかった妖怪も含まれており、大木や妖怪が着弾した地面はまるで爆発した様な抉られ方をしていた。

 

 そして、巨木弾丸が『角』を覆い尽くした瞬間。

 ———バツンと、真っ二つに大木が割れた。

 

 割れた大木の先で、口角を僅かに上げる『角』が呟く。

 

「少し…物足りないんじゃないかぁッ!?」

 

 手刀、脚撃。

 たった二つの動作を織りなすだけで、迫り来る飛来物を文字通り両断していく。

 

 彼女の周辺は既に隕石の落ちた様なクレーターに覆われている。

 『角』の立つ地面だけが、投擲による地形破壊を免れていた。

 

 悠然と大木の嵐を往なすその様は正に、怪物。 

 

「んっん〜〜〜良〜い事を思い付いた…!」

 

 怪物は嵐の中悪戯を思い付いた子供の様に頬を裂く。

 そして、拳を思い切り後ろに振りかぶったのだ。

 

 大木のマシンガンへの迎撃を緩めた事で、幾本もの木々が『角』の身体を襲い、バキバキと木のへし折れる音が空気をつんざく。

 しかし、その程度で『角』が倒れる訳が無い。

 直撃しようが、急所に当たろうが、そのどれもが『角』の体制を崩すに値しないのだ。

 

 その時、木々を投げ続けるカーネイジの瞳におかしな光景が映った。

 

「フゥゥゥゥ…!!!」

 

 それはゆらゆらと揺れる『角』の背景だ。

 そこだけ空気が震え、陽炎の如く空間が歪んでいた。

 

 『角』の熱い吐息と共に、更に歪む空間。

 その発生源は大きく振りかぶられた彼女の手のひら。

 

 引き寄せられる様に思考が縫い付けられ、陽炎の様に揺らめく風景に危険信号が洪水の如く溢れ出る。

 大技だ。

 カーネイジの勘が間違いなく大技だと言っている。

 彼と『角』の距離は離れている、それでも技を放とうとするのは、必ず当たるという自負があるからに違いない。

 

 取る作戦は一つだ、遠距離で潰す、ただそれだけ。

 このまま巨木を連投し、『角』を封殺する———

 

「埋もれて潰れろ『角』ォッ!!」

 

 そのシュミレートにシュミレートを重ねた思考、時間にして3秒。

 ———しかし、先手を取られたのはカーネイジの方だった。

 3秒は、『角』には長すぎたのだ。

 

 今、彼がするべきだった行動は本能に従って即断即決する事。

 即断しなかったが故に、彼は選択を見誤った。

 

「シャァッッ!!」

 

 大木が『角』を飲み込む寸前。

 目の鼻の先にまで接近した巨木を前に、『角』は拳を、手刀を振り抜いた。

 

 断裂。

 それは袈裟斬り一閃、飛(・)ぶ(・)斬撃。

 

 手刀の軌跡全てが両断され、分かたれた大木が『角』の左右を通り抜けた。

 無論、周りの木々も、草も、妖怪も。

 上と下、半身に分断され、重力に従ってずり落ちていく。

 

 枝が折れ、幹が折れ、けたたましい伐採の音が戦場に鳴り響く。

 

 木々の崩落が響く戦場で、『角』は口角を上げた。

 斬撃の延長線上に、カーネイジは居たからだ。

 

「………ぐぉ…ォ… 」

 

 彼の胸中央辺りに一筋の線が入り、それが右鎖骨へ、ついで左脇腹へ一文字に広がっていく。

 

 ———ズッ。

 肉肉しい音を立てて、下半身と左腕の感覚が消え、身体が滑り落ち———

 

 いや。

 

「———ッまだだァッ!!」

 

 滑り落ちるより先に彼は下半身を掴み、再生力に物を言わせて断面を接合。

 下半身の感覚を取り戻し、カーネイジは地面を爆砕して蹴り出す。

 

 繰り出す拳に込めたのは、確信と怒りだった。

 

「今分かったッ!ッお前だったんだな!!この壁を破壊したのはァッ!!この俺があんな苦労するハメになったのはァッ!!」

 

 拳は『角』に難なく受け止められ、超至近距離で熱い視線が絡み合う。

 彼女は一瞬何のことかと眉を顰めたが、やがて気付いたのか、軽く声を漏らした。

 

「成程…成程のぅ…」

 

 それは人妖大戦、中盤での出来事。

 この血濡れた森で依姫とシン達は防衛戦を築いていた、数十分前の話だ。

 シン達は互いに協力し合い、防衛戦は死者を出しながらも概ね順調に進んでいると思われていた。

 

 しかし。

 

 健闘を嘲笑うかの様に、シン達を災害が襲った。

 台風の様な、火災流の様な。

 暴力の化身とも言うべき何かが空気を切り裂いてシン達を、その背後の白壁を破壊したのだ。

 

 あの時は大妖怪以上の何かによる攻撃と断定していたが。

 今の飛ぶ斬撃を身体に受けて、カーネイジは確信した。

 

 コイツがやったのだ、と。

 

「確かに妾だ」

 

 あっさりと『角』は自白する。

 特段問題がない様な口振りに、カーネイジは怒りを募らせた。

 

「ッてめ ———」

「だが」

 

 カーネイジを遮って、ピシャリと告げられる。

 

「それを知ってどうなる?恨むか?この妾を?」

「…あ?」

 

 綴られる言葉には、『角』との価値観の相違に、妖怪と人間の確執に満ちていた。

 

「ここに至った過程なんぞどうでもいい、妾とぬしが今ここで蜜月を交わしている…その事実で十分ではないか」

「… 」 

 

 妖怪は、刹那主義者だ。

 快楽主義者とでも言おうか。

 

 自身の悦に結び付く行為には全力を注ぎ、それ以外には毛ほどの価値も見出さない。

 空腹を満たす為、暇を満たす為、空っぽな何かを満たす為。

 

 彼らはそこに人道的な躊躇いや我慢なんぞは決してせず、文字通り何百年掛けてもそれを達成しようとする。

 道端に倒れそうな老人が居たとしても、餓死しそうな赤子が居ても、目的の為に蹴飛ばし、最短経路を踏み締める。

 

 故に、過程なんてものはただの過程に過ぎず、そこで得るだろう副産物にはそうそう興味を見出す事は無いのだ。

 副産物、例えばそう、感謝や謙虚といった美徳。

 

 勿論例外もあるだろうが、『角』は例外ではない、生粋の妖怪であった。

 

 だからこそ。

 結果を求めすぎると、近道を求めすぎると、辿り着くべき結果を、真実を見失う人間とは。

 過程を重視し、それを踏まえて結果に辿り着こうとする人間とは、決定的に反りが合わない。

 

「ああそうか…!!やっぱりテメェは死ぬべきだッ!!」

「殺せるかァッ!?ぬしにこの妾がッ!!」

「ッぬぐぉおおおッ!!」

 

 話し合いは無駄だ。

 言外にそう伝えたカーネイジは、がっぷりと組み合う手のひらを粘体と化し、『角』の拳をすり抜け、彼女の懐へ潜り込んだ。

 

 そして、地を砕き、『角』のレバーへ。

 

「ハァッ!!」

 

 『発勁』。

 だが。

 

「言ったろう!!『気』が…力の動きが見えているとッ!!」

 

 特段効いた様子もない『角』の声が、カーネイジの鼓膜に響いた。

 さぁ、と、この真っ赤な身体から出る筈のない冷や汗が、彼の全身を包む。

 

 再び、『角』の黄金の瞳が彼の真っ白な瞳を捉える。

 力の動きが見えている、と彼女は言った。

 そうか、悪手だった、力の流れが視えている彼女に、『発勁』は———

 

「精々耐えろ!!ッ『雁蹄』ッッ!!」

「ぉオッ ———」

 

 『発勁』の力がそのまま、『角』に吸収される。

 

 カーネイジの『発勁』が加算された『雁蹄』。

 『角』にもそのエネルギーは扱いきれない様で、身体に浸透する筈の爆発的エネルギーは、文字通りの衝撃波となってカーネイジを襲った。

 

 瞬間、彼の姿が森の奥へ掻き消え、音速超えを示すソニックブームが暴風を撒き散らす。

 本日二度目となるカーネイジのぶっ飛びは一度目のソレとは比較にならない。

 

 それを示すのは、森の先の先。

 『角』の一撃に仮にも耐えた筈の防壁が、粉々に破壊された姿だった。

 

◆◆

 

 仰向けの、大の字で倒れ伏す彼。

 ピクリと、彼の指の先が動き、彼の飛んでいた意識が戻る。

 

 背に感じる地面は硬い、土ではなく、コンクリートか。

 となると、しろ壁を貫いて都市まで吹き飛ばされたのか。

 

 夜の冷え込みで地面が異様に冷たく、粛々と彼から熱を奪っていく。

 ぼんやりとした瞳に、妖艶と佇む紅月が映った。

 

 ペタペタと、足音が耳に入る。

 いや、耳に入ると言うよりも、小さな足踏みの振動が頭に響いていた。

 

 ———途端に血を含んだ吐瀉物が溢れ出る。

 

「———がはッ!ッハッ、ハッ…!おぼッ…ォ…!!」

 

 カーネイジの意識が一瞬飛んでいた事に気付いたのは、その瞬間。

 

 内臓にダメージを受けていた彼は、身体が裏返る様な気持ち悪さに襲われていた。

 喉からえぐみと酸味が溢れ出し、カーネイジは長い舌を突き出して牙の間から胃酸と血の塊を吐き出す。

 

 先ほど妖怪の頭を胃に入れたが、もう消化済みである。

 それよりも問題なのは、口内から吐き出された血の塊。

 

 どんな傷でも治る彼が血を吹き出したという事実は、再生させる体力すらも底をついた事を示していた。

 

 それを知ってか知らずか、『角』は軽口叩く。

 

「おーおーおー、壁の中はこんなにも発展していたのかのう…っふん」

 

 竹を切った様な、子気味の良い音。

 瞬間、土砂崩れの如き崩落。

 

「…っ…このバケモンが… 」

 

 首だけ持ち上げると、そこにはバッサリと切断されたビルが滑り落ちていく様が目に入った。

 試し切りのつもりか、暇つぶしか。

 どちらにせよ『角』がやった事に違いは無く、カーネイジは不愉快な瞳でビルの倒壊を見流した。

 

 そしてビルの崩落に伴う暴風に晒されながら、震える身体に鞭を打って立ち上がり、『角』を睨み付ける。

 

「まるで遊園地に訪れたようだ」

「はっ…はあっ…ふぅっ…フゥ〜ッ… 」

 

 ガシャンガシャンと、建材の不協和な轟音。

 崩壊したビルによる砂塵が、両手を広げて笑う『角』を薄く包み、朱色の髪が影となって大きく靡く。

 ぼんやりと砂煙を照らす彼女の黄金の瞳に、カーネイジは苛立ちを募らせた。

 

「目ん玉抉ってやる…!!」

「やってみろ、童」

 

 ぼんやりと、気怠い霞が掛かる思考の中で、ただ怒りが脈動する。

 火が燻っている様なひりつきに、言いようもない興奮を抱く。

 

 第三ラウンド開始のゴングは、必要無かった。

 

「ギャアアッ!!」

「むっ!?そんな事も出来たのか!!」

 

 彼は飛び起き、背中から幾重もの触手を生み出し、その矛先から鋭く固形化した肉片を発射する。

 一本一本が銃より高い殺傷力を秘めており、コンクリの地面は易々と抉られていたが、『角』は物ともしなかった。

 

 だが、それで良い。

 『角』の動きを封じられれば。

 

「ォォオオッ!!」

 

 突進。

 肉片を発射しながら両手を血黒い刃に変え、疾走する。

 

 さしもの『角』もカーネイジ直々の肉片ライフルは喰らいたく無い様であり、両の腕を使って完全に防いでいた。

 爆走するカーネイジを見据えても、それは変わらない。

 

 つまり。

 手が塞がっていても彼女にとって、カーネイジの突進は脅威では無いという事。

 

(だが…それは甘えだ『角』…!!読み勝ってやるよ…!!お前は次に———)

 

「胸元がガラ空きだぞ!!」

「そう来るよなァッ!?馬鹿女ァッ!」

「むっ!?」

 

 そう、肉片が発射出来ない超至近距離まで接近し、突進の勢いごとカーネイジを伸す。

 

 それが彼女の最適解、だった。

 カーネイジがそれを読むまでは。

 

 真意に気付いた『角』が後ろに跳ぼうと全身を硬直させる。

 『気』を読むという瞳で何を見たかは定かではないが、それでもカーネイジのほうが一歩早い。

 

「喰らえッ!!」

「ぐぉっ!?」

 

 胸元を砲門とした一撃。

 クロスボウの構造をアレンジし、体内でそれを再現し、カーネイジの筋力で打ち出す。

 

 当然初速は音速を超え、『角』に突き刺さった瞬間、巨大な輪ゴムを弾いた様な爆音が響き渡った。

 すかさず追撃。

 横薙ぎに刃を振るい、『角』を両断しようと腰を捻る。

 

「くぉお…ッ!!」

「ガァッ!!!」

 

 金属音の如き衝撃。

 

 合金より硬いと思われる『角』に刃は通らず、赤黒い剣が横腹にめり込むだけだったのだ。

 もしくは厚いゴムのように、筋肉によって阻まれている。

 

 しかし、だからといってここから別の手を展開する事も出来ない。

 いや、逆だ。

 今、このシチュエーションが、『角』に攻撃を通す貴重な一時。

 

 一瞬でも、『角』を超えてやる。

 

 彼の表情が、修羅の如く恐ろしい物に変わる。

 怒り、殺意、負の感情をごちゃまぜにした彼は、全力の先を『適応』し、遂に刀を振り切った。

 それは正に、『角』の膂力を超えた一撃だった。

 

「くぁあああっ!?」

 

 彼女は真横に吹き飛び、彼女はビルへ突っ込んで入り口のガラス扉を破壊する。

 

 ———まだだ、間髪入れずに追撃を。

 

 一撃当てて浮かれそうな思考に喝を入れ、残心する。

 カーネイジは地面をまた蹴り出し、吹き飛んだ彼女が破壊した入り口にすぐさま入り込んだ。

 

「…ッくぁ〜…!ッくく…ッハハハ!!奇襲も結構結構!!らしくなってきたじゃないかッ!!」

「ッチ!全然応えてねぇじゃねぇか!!合金でも食ってんのかッ!!」

 

 パラパラと舞う、壁の塗料の混じった粉塵。

 その奥から脇腹を抑えた『角』が現れる。

 

 薄暗く、荒れ果てたエントランス。

 格式の高かった所らしく、灯りの無いシャンデリアや、機能美の美しい給水機が存在感を放っている。

 

 しかし、先の騒動で椅子があちこちに散乱しており、更に粉塵によって壁や床が薄汚れている為、見る影もない廃墟と化してしまっている。

 

 その廃墟に佇む『角』の姿はどうにも、様になっていた。

 

「————よそ見はするなよ?」

「ッ!?ぐっ…!!」

 

 『泥神威』。

 

 完全に虚を突かれた彼は、反射的に左の拳を繰り出した。

 

「さては疲れてきたな?」

「ッ!?」

 

 勿論、当たる訳も無く。

 それどころか『角』は割れ物を扱うようにカーネイジの拳を包み、更にドアノブを回すように半回転させた。

 

 ぐるんと肘が下を向き、抵抗する間も無く『角』の膝蹴りが———

 

 バキン、嫌な音が響いた。

 膝蹴りによって彼の肘の可動域を大きく超え、関節が破壊、だらんと重力に従って腕が落ちる。

 

「ギィッ!!」

 

 苦痛に喘ぎながらももう片方の腕を鞭と化して『角』を薙ぎ払うが、エントランスに一筋の痕を残しただけで、『角』には当たらない。

 それどころか、彼女は視界から消えていた。

 

 ————気配。

 それは真下から。

 

「っあは♡」

「ガァッ!!」

 

 悪寒が足先まで突き抜ける。

 視界の外に、三日月の様に口を裂き、悪魔の如く嗤う『角』を幻視した。

 

 マトモに確認もせず、叩き付けるように拳を振り下ろす。

 確認も思考もする必要はない。

 ただ先手を———

 

「ッ甘ぁァァあいッ!!!」

「ごぶッ!?」

 

 拳が届くより先に、彼女の剛脚がカーネイジの顔面を貫いた。

 カーネイジの牙が折れ、視界が淡く光り、パチパチと閃光が瞬く。

 

 彼の身体は真っ直ぐ上方に吹き飛ばされ、そのまま天井を貫通した。

 

「うぐぉおおおおッ!?!?」

 

 意識はあるものの、見えない手に体を押し潰されているように身体が言うことを聞かない。

 重力が反転したのか、そう思わせる程までに『角』の脚撃の威力は高かった。

 ここに鏡は無いが、もしあったとしたら、間違いなく陥没した顔面を写していただろう。

 

「クッ…ッソォッ!!」

 

 十数枚の床をぶち抜いて、カーネイジは漸く頭を回し始める。

 身体中から触手を伸ばしてアブソーバーとし、粘着するガムとして勢いを弱め続けたのだ。

 

 ボロボロの状態で細胞を消費する事は好ましくないが、背に腹は変えられない。

 

「ッぐっ…っはっ…!!」

 

 自身の触手と天井をぶち抜く衝撃で揉みくちゃにされながらも、彼は更に数回天井を砕いて漸く勢いを止めた。

 最終的に彼は天井に備え付けられた蛍光灯にめり込み、パラパラと瓦礫が地面に落ちる。

 

 両手両足が天井に突き刺さっている中で、舌だけが重力に従って地面に伸びていた。

 

 やがて自重で瓦礫と共に落下しそうになるも、触手を使って回避し、何とか地面のある方に体を投げ出す。

 

「がはっ…クソッ…げほッ!」

 

 受け身も取れず、金属製のデスクをクッションとして破壊しながら転がる。

 悪態を吐きながら周囲を見渡すと、そこには真っ暗なオフィスとも言うべき空間があった。

 

 規則正しく並んだパソコン。

 持ち主が去り、寂しく佇む椅子。

 ホコリの被った観葉植物。

 

 どれもこれも暗い暗闇に当てられ、言いようも無い寂しさを滲み出している。

 言い換えれば、廃退していた。

 カーネイジが潰したデスクや、ヒビ割れた天井、地面に落ちた円柱型の蛍光灯があったとしても、なんら違和感は無かった。

 

「はぁ…はぁ…畜生…ックソ… 」

 

 カーネイジは触手を引っ込め、ドスンと壁を背にして座り込む。

 

 破壊されてそのままであり、力の入らない左腕の肘。

 骨が砕かれた顎と牙。

 

 再(・)生(・)し(・)な(・)い(・)身体。

 

 とっくに限界だった。

 いや、体力は限界すら超えている。

 言うなれば今は血が無い状態だ。

 

 体を動かす燃料が尽き、再生すらもままならなくなってしまったのだ。

 

 だが。

 まだ怒りは収まってない。

 戦意が灼熱の火山のように滾っている。

 

 しかしふと、ヴェノムの事が頭をよぎった。

 

「…お前なら、どうするんだ?」

 

 呟きは闇に溶け、意味も無く頭に反芻する。

 その瞬間、彼の身体の一部が血染めの赤から、一瞬だけ黒く染まった。

 

 口火を切った様に、疑問が溢れ出す。

 それは一重に、後悔とも呼べた。

 

「違う…今は、『角』だ…そうだ考えろ…!!こっからの勝ち方… 」

 

 きっとヴェノムは軽口を叩くだろう。

 それがシンの力にもなった。

 理論付け出来ない力が湧いた。

 

 彼が俺達は最強だなんて嘯くと、身体中に気が巡り、本当になんでも出来る気がした。

 ああ、断言出来る。

 俺達は最強だった。

 

 だが。

 今(・)は?

 

「短期決戦…それしかねぇ…それしか…!!」

 

 考えたくない、無意識にそう思う。

 無駄な事は考えたくない。

 思考を止める為に、意志の無い言葉が紡がれる、まるで寝言の様に、譫言の様に彼は呟いた。

 

 それでも、自問は止まらない。

 

 止まらない思考に、早く『角』が現れて欲しいとすら思ってしまった。

 早く死闘の渦に叩き込んで欲しかった。

 しかし、肝心の彼女は現れず、残酷な休憩時間を彼は過ごす。

 

「…アイツを殺さないと」

 

 力が無い俺は、力を求めた。

 だから、力を得た。

 

 何も違和感は、間違いは無い筈だ。

 

 『角』に迫る力を得た。

 俺は今までの俺より、言い表せない程強くなった筈だ。 

 

 じゃあ、この胸の苦しさは、なんなんだ。

 俺に、何が足りないんだ。

 

 まだ、力が足りないのか。

 

「のぅ、カーネイジ、それで終わりか?」

 

 凹凸の無い地面が素足に踏みつけられ、ペタペタとこの場にふさわしく無い音を漏らす。

 どうやって気配も無く現れたのか、そんな事はどうでも良い。

 

 待ち望んだ、『角』だ。

 その濃密な死の気配に肌がひりつき、思考が戦闘一色に染まる。

 

 カーネイジは壁に背をもたれながら立ち上がり、触手を立ち昇らせた。

 

「やっと来たか、ノロマが…それとも年か?あぁ?」

「途端におしゃべりになったのぅ…ぬしの様な丈夫はただ叫んでいる位が丁度良いぞ?」

「ぬかせ」

 

 無駄な思考が削ぎ落ちていくのを感じる。

 ナイフを研ぐ様に、心意を純化させる。

 

 ヴェノムの事も、今は思い出す必要は無い。

 残るは真っ赤な感情。

 目の前の敵をどう殺すか、それだけに頭を回す。

 

 彼は猫背に息を吸い、小さく吐息を吐く。

 空っぽな身体に少しでも空気を取り込みたかった。

 その姿は、正しく幽鬼だった。

 

 相対する『角』。

 金色の光を漏らす瞳がカーネイジを濡らす。

 

 彼女は確かに今のカーネイジの状態を見抜いていた。

 殆ど血が無い事も、もう全力と呼べる物は出せない事も。

 

 だから、彼がもう少し力を出せる様に、言葉を発した。

 

「限界、か…結局、玄楽の死も無駄だった、そう言う訳だな」

「意味を持たせるのは…これからだ…!」

「っくく、その通りだカーネイジ!妾を殺して名誉の死に変えてやるといい!」

「ッ玄楽を殺したお前が…お前が!!」

 

 暗いオフィスに殺気が押し寄せる。

 冷たい空気が熱く滾り、それは殺意をもって爆発した。

 

「軽々しくッ!!語んじゃねェェえッ!!」

 

 咆哮が、『角』の肌を焼く。

 

 彼は触手を纏い、『角』へ突撃。

 片腕が無いも同然だが、怒りがカーネイジの力を底上げする。

 

 彼女は避けもせずに受け止めたが、カーネイジの膂力に勢いは落とせない。

 咆哮と共に触手を薙ぎ、『角』を吹き飛ばすと、彼女はオフィスの窓ガラスを突き破り、向かいのビルの一角へ消えていった。

 

「ガァアアアア…!!!」

 

 勿論の事だが、細胞分裂にもエネルギーが要る。

 今までのヴェノムは細胞分裂もあまり行わず、多くはステゴロで解決して来ていたが、カーネイジは違う。

 

 背から伸びる触腕。

 細胞を変形し硬化させた剣。

 弾丸の様に発射する肉片。

 

 細胞を自在に使う汎用性、その気になればこの都市をシンビオートの細胞で覆い尽くす事も出来るだろう。

 しかし、それはそこまでのエネルギーがあっての話。

 

 今のカーネイジには細胞を分裂させるだけの体力は残っておらず、いつもならばヴェノムが引っ込み、剥き出しの肉体で戦っている所だ。

 故に怪我の治りも極端に遅く、壊された左肘も完治したとは言えない。

 

 ———だからこそ。

 彼は次の交戦に全てを掛ける。

 長期戦は死を意味するからだ

 

「グルルルルルッ!!!」

 

 なけなしの力を振り絞り、身体中から触腕を生み出す。

 これ以上傷を治せない事を引き換えに、身体の全ての傷を完治させ、彼は四足歩行に切り替える。

 

 持てる全てを捻り出し、理性を捨て、『角』にありったけをぶつける。

 決着に1分と掛からないだろう、そんな予感がした。

 

「ッ殺すッ!!お前は俺がッ!!絶対にッ!!」

 

 オフィスを、それどころ(その時、またヴェノムの事が浮かんだ)かビルの一角を破壊して蹴り出し、『角』の消えたビル棟へ、荒れ果てたオフィスへ侵入する。

 カーネイジを出迎えた(駄目だ、ヴェノムが居ると、殺意が鈍る)のは、巨大な斬撃。

 

「おかえりカーネイジッ!!最後の殺し合いだァッ!!」

「ッァアアア"ア"ア"ッッ!!」

 

 視線の先に、腕を振り(なんでまた、そんな思考はすぐに消え去った)抜いた『角』が瓦礫の上で立っていた。

 カーネイジは幾本の触腕(俺にとって彼は、そう言う存在なのだ)を犠牲にし、四足を用いた三次元的な動きで『角』に接近する。

 

 天井、(あぁ、ヴェノム)壁、床。

 瓦礫が(お前と話がしたい)あっても関係無い。

 

 オニヤンマの様(お前が消えた理由は、やはり分からない)に移動しながら、彼は『角』を殴り付けた。

 

「ッグふっ…!!」

 

 『角』(なぁヴェノム)は避けない。

 それどころか自分(楽しいよ、この戦闘が楽しくて最低な気分だ)から受けに来た。

 それが意味する所、それは(こんな気分を味わう為に戦ってないのに)———

 

(不味っ!カウン———)

 

 眼前、岩の如き巨拳(お前はいつも俺に語りかけてくれた)。

 完璧なタイミングで(お前が居なかったら、俺は折れていた)繰り出されたカウンターに、彼は避ける術がなかった。

 

(避けられない!?いや、活路は———あるッ!!)

「ッぐぉああああッ!!」

 

 数本の触腕を目(お前が居たからここまで進む事が出来たんだ)の前に挟み込み、更に後ろに飛んで極限まで威力を減らす。

 それでもバキバキと顔面(お前が居たから、依姫に勝てたんだ)と首の骨が折れ、触腕が纏めて千切れ飛ぶ。

 その瞬間、死の文字が頭をよぎった。

 

「ッッァアアアア"ア"ッッ!!ッまだ!!まだ死ねるかァッ!!」

 

 『角』の拳によって(お前が居たから、カレンの死から立ち直れた)折られた牙が地面に落ちる。

 それより先に、カーネ(依姫との別れも、お前なら止めてたな)イジはバク転で吹き飛ぶ勢いを殺し、飛び出して『角』の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

「ごぶぁっ!!」

 

 ボディブロー、『角』が(…ああ、そうだ、依姫、彼女に会いたい)明らかによろめき、間髪入れずに拳を振り下ろし、そのまま脳天に叩き込む。

 

 しかし、その時ぐらりと(なんで俺はもっと早くに気付かなかった)世界が揺れた。

 脳震盪だ、関係無い、今追撃(好きだって、早くに気付ければ良かった)を止めれば、勝機は消え失せる。

 

 揺れる瞳で地面に沈んだ『(ヴェノム…教えてくれてもよかっただろ?)角』を追い、重力と触手による加速を加え、『角』の元に飛び込む、そして繰り出すは、踵落とし。

 

「ッうぐっ!うぐぉおおおおッ!!!」

 

 真っ赤な脚は寸分(ああ…お前らと居た頃に戻りたい)違わずに『角』へ突き刺さり、そのまま床をぶち抜き、何回も何回も床を破砕する。

 

 破壊されていく(…もし、依姫がここに居たら…)瓦礫の隙間から、『角』の顔が目に入る。

 彼女は確かに(お前は助けてくれるか?)口角を上げ、嗤っていた。

 

 そして、その瞳に映る(それとも俺を…止めてくれるか?)俺も————

 

「ぐはっ!!」

「ッぐぎッ!!」

 

 落下する両者の(分かってる、こんなのはタラレバだ)身体が地面に叩き付けられ、カーネイジは現実に戻る。

 

 気付けば砂煙により(だけど…ここにお前がいれば)目の前が茶色く濁り、『角』の姿さえ煙に消えてしまっていた。

 標的が視界から消える(依姫が居れば、ヴェノムが居れば…)デメリット、それを理解しているカーネイジは、『角』に何もさせまいと残りの触腕全てを『角』に放った。

 

 その瞬間、砂埃に映る(どんなに心強かったか分からない)『角』の陰が大きく揺れる。

 

 気付いた時(今の俺は一人だ)には、もう手遅れだった。

 

「ぐぁッ…!!」

 

 右半(孤独だ)身、そして触腕全ての感覚が消え失せる。

 同時に、背後から瓦礫(ヴェノムにも止められたのに、結局一人だ)の落ちる崩落音が響く。

 

 『角』が仰向け、つまり(なんで俺は一人になろうとした?)ガードポジションの状態から手刀を繰り出したのだと、理解するのにそう時間はかからなかった。

 その直線上に居たカーネ(なんで自らこの道を歩き始めた?)イジとビル棟が切り捨てられた事も。

 

「ッぐ…ぁ… 」

「…終わったか」

 

 ボトボト(もう頭が回らない)と断裂した触腕が地面に落ち、続いて力尽きた様にカーネイジの身体が地面に沈む。

 彼の身(身体が動かない)体は右半身が切り飛ばされ、再生もせず、鮮血も吹き出さずに冷たくなり始めていた。

 『角』の斬(誰か教えてくれ)撃によりビルが内部から大きく抉られた為か、ビル全体がギシギシと軋んでいる。

 

 仰向け(誰でもいい)に倒れたカーネイジの瞳に、ビルの空いた壁から顔を覗かせる、大きな紅月が浮かんだ。

 

 地面に停滞(このまま死ぬ前に、誰か)していた砂煙が漸く晴れ、『角』の姿が露わとなる。

 

「もうじきここも崩れる、そしてぬしはそれに巻き込まれ、死ぬ…分かるか?これは慈悲だ、ここまで妾に傷を負わせたぬしへの慈悲…何かの間違いで生きながられる事を、祈っているぞ」

 

 話し(…違う)終えた『角』に目をやると、彼女は口の端から血を垂らしていた。

 最後の一撃が効いた(…今、するべき事は、自問じゃない)のか、今までの蓄積か。

 なんにせよ、彼女はゆっ(…足掻く事だ、まだ、俺は———)くりとした足取りでカーネイジに背を向けた。

 

 ———俺は、まだ。

 

「———俺は」

 

 彼の呟きが、静かに響く。

 

「…何?」

 

 『角』のあり得ないモノを見る瞳で、後ろを振り向く。

 そこには、目の前には。

 

 ———修(・)羅(・)が立っていた。

 

 片腕だけを振り上げて、今にも『角』を殴り付けようとしている。

 

 最早『角』の瞳には彼が、カーネイジの個としての形では無く、燃える陽炎として映っていた。

 執念の炎だ。

 溢れ出る業火に空間が歪み、狂的な熱気が『角』の頬を撫でる。

 

 力の流れを捉える、『気』を操る程度の力を持つ『角』でさえ、その力の出所が分からない。

 

 正確には、どうやって動いているか、それすら分からなかった。

 今の彼に流れる力、『角』の感じる所の『気』は無い。

 言ってしまえばゾンビに近かった。

 

 否、ゾンビという表現は正しくない。

 人、その向こう側。

 彼は人としての限界を超越し、『角』との決着を望むべく立ち上がったのだ。

 

 果たして、その原動力は玄楽を殺された怨みか、依姫に会う為に生き残るという使命感か、戦いを楽しむ狂気か。

 きっと、その全てなのだろう。

 

「———」

「…済まない、妾が悪かった」

 

 片や怨念に似た雄叫び。

 片や小さな呟き。

 

 その後に続いたのは、後者だった。

 

「ぬしはここで、妾が直接手を下そう」

 

 言葉が紡がれた頃には、全てが終わっていた。

 

 瞬く間にカーネイジの拳は、合わせられた『角』の拳により破壊。

 残った腕をその拳圧により消し飛ばし、更にローキックにて両足も刈り取る。

 

 そして。

 

 ローキックにより片足軸のなった下半身を、即座に両足軸に直し。

 両の足で地面を踏み締め。

 腰を落とし。

 倒れ行く彼の胸に手を当て———

 

「『雁蹄』」

 

 ダメ押しの一発。

 彼は抵抗すら出来ず、バキバキと骨を砕きながら、されどコップが手から滑り落ちたかの様に静かに地面に沈んだ。

 

「———」

「…悲しい事だ、妾を殺し得る童を、妾自身の手で葬る事になるとは」

 

 四肢を落とされ、立ち上がる事すら出来なくなった彼。

 そんな彼に、『角』は最後のトドメを与える。

 

「今度こそ…さようならだ」

 

 彼女は天を手を掲げ、天を掴む様に掌を握り始める。

 拳を握る、ではない。

 文字通り空間を掴んでいる。

 拳に集められた斥力が物理の法則の範疇を超え、空間を面として捉えて始めているのだ。

 

 それは途方もない妖力量と、『角』にだけ認識出来る『気』が成せる技。

 

 それは単なる引力に収まらず、視界に映る空間までも巻き込み、赤月がぐにゃりと歪むほど。

 ギチギチと空が歪み、歪みに耐えられない都市の一角が崩れる。

 

 空の撓み、ビルの捻れ。

 そんな空間の歪みは最早、都市全域に及んでいた。

 

「———」

 

 カーネイジの身体が、僅かに上下する。

 

 けれども起き上がる事は無い。

 起き上がれるだけの力は、カケラも残っていなかった。

 もっと言えば、起き上がる気力も無かったし、彼は拳を掲げる『角』も見ていなかった。

 

 ただ、ここに無い何かをその瞳に映していた。

 彼は、それに向けてうわごとを呟く。

 

「———」

 

 けれども、血と内臓混じりの肉片が吐き出されるだけだ。

 

「『空卸(そらおろし)』———」

(…ここで…)

 

 ここで、俺の人生は終わる。

 ヴェノムも巻き込んで死んでしまう。

 

 だが、ヴェノムなら分かってくれる筈だ。

 俺は全力を尽くした。

 

 持てる全てを吐き出した。

 執念も思いも、本当に全てを。

 出し尽くして、負けた。

 

 彼ならきっと分かって———

 …分かっている、許して貰える訳がない。

 

 負(・)け(・)た(・)事(・)自体じゃない。

 こんな、許してくれなんて、傲慢にも思える態度が許されない。

 俺達は対等だから、相棒を信じられないなんてことはあってはならない。

 あぁ、それは分かっている。

 

 それでもやはり、ヴェノムに顔向け出来ない。

 許してもらうより、地獄で憎まれた方が良い。

 

 依姫にも、悪い事をした。

 結局、死なないなんて約束を守る事もできず、会いに行くなんて事もできない。

 俺に依姫を託そうとして逝った玄楽も、無駄死になった。

 

 懐かしいあの頃に、戻りたい。

 依姫を倒そうと躍起になっていた、強情女だなんて罵っていた頃に帰りたい。

 

 アイツらに会いたい。

 ヴェノム、声をかけてくれ。

 何処に行ったんだ。

 俺が悪かったから、機嫌を直してくれ。

 

 謝りたい。

 ヴェノムにも、依姫にも。

 

 俺は、馬鹿野郎だ。

 本当に済まない。

 

 申し訳ない。

 

 本当に———

 

「———『圧潰(あっかい)』ッ!!」

 

 懺悔に耽るカーネイジに、シンに、空が堕ちる。

 隕石が落ちるが如く繰り出されたそれは、ビルも、木も、妖怪も、文字通り全てを押し潰しながらシンに迫った。

 

 しかし彼が押し潰れる、正にその時。

 

<申し訳ない?そんなのお断りだ>

 

 胸の中の最奥で小さく。

 されどはっきりと声が響いた。




 どうも奴隷です、お待たせしました…そしてここまでご拝読ありがとうございます。

 ンアー!文章が長すぎる!!って?はい、三ヶ月掛けたせいです。
 そして第一章完です、勿論シン君は消し飛ばされたけど死んでおりません。

 もうちょっと後悔に塗れながら生きていて欲しいからです自分の選択に何度も苦しみながら戦闘に現実逃避する彼の姿が好物ですへへへそれでヴェノムが側に居る為孤独に狂えず死ぬ事も出来ない彼を書いていたいです依姫と一緒に居たかったなんて嘯く彼にヴェノムが馬鹿にしながらも慰めて欲しいです勿論ヴェノムは相棒でもありヒロインでもあるのでヴェノムを子馬鹿にして返り打ちに合うシン君も書きたいですねふふふ。

 本音を言えば、彼と東方Projectのキャラをもっと絡ませたいですね、いいえ絡ませなければいけません。
 オリキャラと戦うヴェノムでは無く、霊夢や魔理沙と戦うヴェノムが皆は見たい筈です。
 その為にオリキャラは大体死んで貰いました、名残惜しいですが生きてもらう意味もありません、その方がシン君に曇らせが入りますし、でも『角』は知りません、今のシン君じゃ殺せませんでした、いつか退場させます、退場させられないかもしれません。
 
 次章の考えは勿論あります。
 詳しい事は活動報告にて発表していますが、投稿頻度がかなり落ち、少なくとも一年は二ヶ月に一回とかそんなペースです。
 しかし失踪なんて真似はしません、絶対に幻想郷まで持っていき、完結させます。

 次の章を楽しみに待っていて下さい!いいですね!!

 そして最後に中学生の暇人集団様、斬月乱火様、のうこ様☆10×3評価
 亜瑠世様☆9評価ありがとうございます!!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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