東方修羅道   作:おんせんまんじう

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第五十九話 諏訪子’s 深謀遠慮

「っはぁっ!っはぁっ!っはぁっ!」

 

 走った、力の限りを尽くした。

 妖怪の探知に費やしていた脳のリソースまでも、地を駆ける為の神力に注ぎ込んだ。

 

 国民達も、我が子らを、守護(まも)る為に。

 洩矢諏訪子は地を駆けた。

 

 せめて、誰の命も奪わないでくれ。

 そんな思いで、彼女は遂に到着する。

 

 ———そして。

 

「———ッ!?っアレは…!?」

 

 目撃。

 黒い巨軀が、血溜まりの上で佇んでいる。

 ドス黒い血が、黒い筋肉を悪魔的に光らせている。

 

 アイツだ、何の為に現れたかも、何故あそこまで強かったかも分からなかった、あの化け物。

 

 顔はよく見えない、が、何か咀嚼している様に顎を動かしている。

 

 瞬間。

 薄寒いモノが背筋を貫いた。

 何故ここに、どうやって拘束を解いて、そんな事は浮かびもしなかった。

 

 ———アレは、何を食べている?

 

 行動に移るまでは、本当に刹那の間だった。

 

「シィッ!!」

 

 先制攻撃。

 アレの背後から土の棘を生やし、気付かれぬ内に仕留める。

 

うおっとぉっ!!…お前か、なんだ、随分遅かったな

 

 しかし、間一髪でアレは身を翻し、どすんと大きな音を立てて着地した。

 真正面から戦えば勝てない、そんな思考が走り、不意打ちで殺さなかった事に歯噛みする。

 

 誰が殺された。

 アレが持っているのは一体誰だ。

 

 怒りと共にアレの手元を見ると———

 

「…猿?」

 

 ()()()()が、血まみれで息絶えていた。

 

ハハハ!こんな雑魚ども喰ってもしょうがなかった所だ!やろうぜ!リベンジだ!!

腹ごしらえも済んだ!!やるぞ!!

「…」

 

 黒い化け物は手の中の猿の頭を噛み千切り、無造作に投げ捨てる。

 よく見ると、周囲には首無しの死体があと二つ寝転がっているのが確認出来た。

 

 勿論、人間ではない異形の死体。

 

 コイツが食ったのか?

 この死体が使者の言っていた妖怪か?

 じゃあコイツの正体は?

 最初に感じた邪気はこの猿共の物?

 

 疑問が頭を巡る。

 疲労と喉元に迫る吐き気のせいで上手く頭が回らない。

 

 時間にして約5秒の間か。

 私は目の前の存在をじっと睨み付けて、警戒を解けず、応答にも答えられずにいた。

 

…なんだ?だんまりか?場所でも変えたいのか?

「…いや」

 

 疑問が、回って、周って、廻って。

 埒が開かないと感じた私は、疑問を直接声に出した。

 

「君、一体何なの?」

 

◆◆

 

何…か…

 

 シンは静かに唸る。

 『一体何なの?』、この質問は少しばかり、彼の急所を捉えていた。

 

 俺達が一体何者なのか、その質問に答えること自体は簡単だ。

 シン、ヴェノム、残虐な庇護者(リーサル・プロテクター)、何ならさすらい人でも構わない。

 

 だが、何がしたいのか、と言う意味であれば答え辛い。

 と、言うのも正直、シン自身が何をしたいのか、モヤがかかってきたのだ。

 

 強くなる、それは間違いない。

 月に行く、それもやるべき事だ。

 

 ———だが、それでいいのか?

 シンはこの国に侵入する妖怪を無視してまで諏訪子と戦おう(強くなろう)とした。

 

 それは正しい事か?

 否。

 だが、シンはそれを選んだ、間違いなく。

 

 シンと言う人間の生き方として、それは歪んでいるのだ。

 故に自分が何がしたいのか、少しばかり分からなくなっていた。

 

 だが、残虐な庇護者としては?

 簡単だ。

 喰って、助ける。

 

 明快で、単純で、分かりやすい。

 シンは何者か、何がしたいのか。

 道を示し直すためにも、彼は顔の半分を露出し、宣誓するように名乗りを上げた。

 

「『残虐な庇護者』、俺達は———」

ヴェノム!!

 

 …ヴェノムが、少し早い。 

 諏訪子の視線が突き刺さる。

 

 気を取り直して、もう一度。

 

「…俺達は(We are)———」

ヴェノム!!

 

 もう、一度。

 

(We)———」

ヴェノム!!

 

 諏訪子の呆れた様な目線がチクチク刺さる。

 

あのなぁヴェノム、久しぶりの飯で興奮しているのは分かるけどよ、名乗りくらい合わせろって

俺達はヴェノム!!

 

 シンはため息を一つ吐くと、なんとも締まらない声を上げた。

 

「………ok、一応、俺はシンだ」

「君…いや、君達は、二人…ってわけ?」

物分かりがいいガキだ、俺の名はヴェノム…好きな物はチョコレートと脳ミソ

「…そう」

 

 諏訪子の顔が引き攣る。

 ヴェノムの言葉は余計だったかも知れない。

 

「何をしにここへ?」

「強くなる為に」

 

 彼女の警戒は取れない。

 彼女は何かを考える様に目を細めると、そのまま視線を落とし、シン達の持つ猿妖怪を睨んだ。

 

「その妖怪は?」

「この中に入ろうとしてたから喰った」

「…なんで?」

なんでって…そりゃコイツら見逃したら誰かしら死ぬだろ

「…」

 

 ヴェノムの発言、見開かれる諏訪子の瞳。

 凶悪な面相から善良な言葉が飛び出して来たのだ、彼女が信じられなくても仕方ない。

 

 数秒の沈黙。

 僅かに空気が弛緩し、彼女は口を開く。

 

「…大和(やまと)、この単語に覚えは?」

「…なんだそれ」

 

 瞬間、張り詰めた空気から圧力が抜けていき、軽い静寂が満ちていく。

 彼女から敵意や警戒すらも風船の様に萎んでいき、彼女は小さく息を吐いて俯いた。

 

 しかし嫌な予感、という程でもないが、決していい物でもない予感がシンを包む。

 

「…」

 

 そして彼女は顔を上げると、一言。

 

「…本当に、ごめん」

「…あ?」

 

 バツの悪い顔で、噛み締める様に。

 彼女はそう言った。

 

 思わずシンの口から空気の様な言葉が漏れ出し、固まってしまう。

 ヴェノムですら目を丸くして黙ってしまう。

 そんな彼らを知ってか知らずか、彼女は続けた。

 

「君達の事、妖怪だと思ってた…けど、誤解だった」

「…きゅ、急にどうした?」

 

 つい先程まで殺意を振り撒いていた少女が、今では威勢を無くして、悪戯がバレた娘の様にしょぼくれた表情をしている。

 そのギャップに、シンは頭がクラクラし始めて来た。

 あまつさえ———

 

「ごめんなさい」

「おいおいおい!どうしたんだよ!?頭下げるなって!」

俺は知らないからな、シン、お前が収拾させろ

 

 頭を下げるなんて。

 

 金髪の幼女が大男に向かって頭を下げるなんて、どこぞの借金取りの様な構図だ。

 確かに勘違いで殺そうとして来たなら謝罪はあって当たり前なのだが、いかんせんビジュアルが酷すぎる。

 

 カレンしかり、紫しかり、『金髪幼女』という属性はシンにとってクリティカルだ。

 燃え上がっていた戦闘欲もすっかり消沈し、シン達はため息を吐いて項垂れ、ヴェノムを引っ込めた。

 

「…ああクソ、なんか冷めちまったよ」

 

 そのまま、シンは諏訪子に背を向け、国の外へと歩き出す。

 リベンジしたい気持ちもあるが、それ以上に居心地が悪い、さっさと立ち去りたかった。

 

 ———だからか、湿気を帯びた様な彼女の視線には気付けなかった。

 

「まっ、待って!お詫びに何かもてなしをするから!行かないで!」

「あーん?面倒臭えしどうでもいい」

「も、元々旅人が来たら歓迎する風習だし…ご馳走するから!ね!ね!?」

 

 シンが振り向く。

 そこにあったのは上目遣いで、うるうるとこちらを見つめる瞳。

 

 ———ああ、ダメだろ、それは。

 

 シンは昔からこう言う視線に弱かった。

 無視すると良心の呵責の様な物がのたうち回って、気分が悪いのだ。

 何かしらの考えや打算があろうが、従わざるを得ない。

 

「…はぁ…分かったよ、案内されてやるから連れてけ」

「ほ、ほんとに!?」

<宴!チョコレート!>

「宴もチョコもねぇよ」

 

◆◆

 

 諏訪子にとって()()は、正直言って打算だった。

 

 謝罪までは国神として、何より迷惑をかけた側としてしなければならない事であった。

 最上位の神というプライドがあったものの、善性の心を持った彼女には単なる些事。

 

 しかし、彼らが背を向けた瞬間、こんな思いが頭をよぎった。

 

『彼らの力を借りられないか?』

 

 土着神の頂点であるこの私と同等、いや、それ以上の戦力。

 大和国との戦争が視野に入って来た彼女には、彼らはなんとも魅力的な存在だ。

 被害を出さないために妖怪を殺すという行為からも、ある程度の倫理観も持ち合わせている。

 …戦闘中にハイになっていた所には目を瞑ろう。

 

 兎も角、彼らを抱き込めれば強力な切り札になり得る。

 

 恥、厚かましい、卑怯、そんな言葉が諏訪子を見つめていたが、無視。

 良心に訴えかけ、食べ物で釣り、遂には秘技の『上目遣い』すらも用いる。

 やっとシン達を引き止める事に成功した彼女は、歩きながらにどうしようかと頭を悩ませていた。

 

(と、取り敢えず花苗(かなえ)に何か作って貰おう…おやつの栗とか胡桃とかもあった筈だよね…)

「あっ!諏訪子様!こんにちはお日柄も良くございます!お客人もどうぞ寛いでくだされ!」

「…やぁ、田猛(たたけ)田彦(たひこ)は元気?今日も頑張ってね」

「えぇ!息子は息災ですとも!」

 

 勿論、国の中を歩いていれば住民に出会う。

 交わされる挨拶、向けられる笑顔。

 総人口自体が少ない為、その数は少なかったが、諏訪子はそれら全てに真摯に向き合った。

 

 例え農作業中の農夫であろうと。

 

「すわこさま!!こんにちは!」

「こんにちは、稲女(いなめ)ちゃん、米女(よねめ)もこんにちは」

「も、申し訳ありません諏訪子様!お客人様のご案内中にこの様な真似を…!」

「いいんだよ、元気な証拠だね」

 

 例え子連れの母娘だろうと。

 

「こんにちのお日柄もようございます諏訪子様、お客人様もようこそございました」

「こんにちは古竹(ふるたけ)、無理せずに休んでね?」

「いえいえ、この古竹、ここまで育ててくださった諏訪子様に挨拶すら返さぬなど、如何に萎れたこの身であろうと、恩知らずな真似はできません」

「そうかい、嬉しいよ…でも体は大事にね」

 

 例え萎んだ老人だろうと。

 

 向けられる愛情にも似た信仰に、諏訪子もまた愛情を持って返していた。

 

 そんな姿にシンは一言。

 

「…仲が良いな」

 

 彼がこれまでに見た『神』の姿はもう少し、民と距離を置いていた。

 民からのイメージは王や政治家に近く、『なんかよく分からないけど、めちゃくちゃ偉い人』、というのが一般常識だった。

 勿論、熱心な信仰心を持った者も居たが。

 

 ところがここではどうか。

 明らかに神と民との距離が近い。

 例えるならそう、『家族』。

 

 道行く人々全員に声を掛けられる様は、まるで諏訪子が彼らの『母親』であるかのようだった。

 

「皆んな私の子供達だからね、愛情を込めて育てているんだ」

「そりゃ立派だな、そんな貧相な身体で皆んなのママって訳か———っぶっ!?」

喜べ、お前にデリカシーを思い出させてやったぞ

「…だ、大丈夫?」

「…悪い、言い過ぎた、許してくれ」

 

 ヴェノムに頭突きされるシンを横目に、諏訪子は遂に諏訪子神社…彼女の家へと到着した。

 

◆◆

 

 黙々と歩いた末にシンとヴェノムを出迎えたのは、懐石料理のフルコースだった。

 川魚を揚げた天ぷらや、山菜の盛り合わせ、鹿肉の刺身。

 歩きながらに垣間見たこの国の生活レベルを考えると、明らかに上等上質な料理の数々。

 つい先程猿の頭を丸齧りしたシン達であっても、腹をすかせる芳しい匂い。

 

 不服ながらも諏訪子に付いて行ったが、その後悔が雪がれるような気分だ。

 

「…全部食っていいやつか?」

「勿論です!お客人様!」

 

 シンの疑問に答えるのは割烹着を身に付けた緑髪の娘。

 彼女は手に持ったお盆から更に数品の料理を調えると、恭しく礼をして料理の説明を始めた。

 机の上には十に届く程の料理、少女の説明など耳に入らず、シンはその香りを愉しんでいた。

 

 ———ただ。

 

「………」

 

 視界の端に何かいる。

 金色の瞳と、何を考えているか分からない帽子の出目、計四つの瞳。

 障子の隙間から見えるそれは、まるで警戒心の強い猫の様であった。

 

 考えるまでも無く洩矢諏訪子である。

 あえて気付かないふりをしているが、一体何をやっているんだ。

 

 毒の類いでも盛ったのだろうか、しかし仮にそうならば既にヴェノムが机をひっくり返している。

 

 覗き見られているのは不快だが、目の前の料理のことを考えればこのままでも吝かでもない。

 丁度緑髪の少女の説明も終わり、シンは箸に手を付け、まずは肉を口に運んだ。

 

<悪くない!>

「…うん…これは、美味いな…脳みそ狂いのお前には分からないだろうが」

<失礼な奴だ!俺にだって味くらいは分かる!>

「喜んでくださっている様で嬉しいです!」

 

 少女の屈託の無い笑みがシンを照らす。

 彼女にヴェノムの事は説明済みであるが、忌避無く接するその姿は清廉な乙女そのもの。

 

 初対面で敵意を向けて来た依姫も見習ってほしい物だ。

 

 こちらを覗いている諏訪子も、にたー、と薄笑いを浮かべている。

 謂わゆる余裕の笑みだ、彼女も彼女で本当に何をやっているんだか。

 

「…掛け値無しに美味いな、人生で一番美味かった物の中で上位に入りそうだ…あんたが作ったんだろ?あんた名前は?」

「はい!私は洩矢諏訪子様にお仕えする風祝、東風谷花苗と申します!」

「…そうか、良い名前だ」

 

 ぺかーと人当たりの良い笑顔。

 巫女とは能面の様な表情を貼り付けて振る待っているという固定観念があったが、やはり感情を殺して奉仕するよりも、断然こちらの方が気分が良い。

 

 ふと、こんな事が脳裏に過ぎった。

 諏訪子に初めて会った時、あそこまで激昂していたのは、コイツらが居たからなのか、と。

 諏訪子はコイツらを愛し、コイツらも諏訪子を愛す。

 

 成程、信仰が力になる神として、これほどのマッチポンプはない。

 その思いが、自然と口から漏れる。

 

「この国を見てて思ったんだが…その諏訪子様ってのは…随分慕われているな」

「えぇ、諏訪子様は冠婚葬祭やお産、誰かか召される時、必ずその人の元へ駆けつけていましたからね…この国の人々は、最初に見るのは諏訪子様ですし、最期に見るのも諏訪子様なんですよ…だから、私達皆んな、あの方が大好きなんです!」

「へぇ…」

 

 ちらりと、こちらを覗く諏訪子を見やる。

 おお、真っ赤な蛙が顔を覆っている。

 滑稽だ、更に燃料を投下すれば火が上がるんじゃ無いだろうか。

 

 どうせ勘違いの果てにここまで連れてこられたのだ、多少意地悪してもバチは当たるまい。

 

「あんたもあいつの事が好きなんだな」

「えへへ…あの方は私のお母様といっても良いくらいです、世界一大好きです!」

「この料理の腕もアイツの為に?」

「ええ!毎日喜んで召し上がるので、嬉しい限りです!」

 

 どんどん溢れる褒め言葉は最早口撃と化していく。

 聞いているだけで口の中が甘くなりそうな褒め殺し。

 当の本人はどうなってしまうのか、シンが諏訪子の方に目を向ける瞬間———

 

 一手早く、ヴェノムが飛び出した。

 

「聞いたか!?お前もそこで縮こまってないで出てこい!!」

「あひゃあ!?」

 

 障子がぴしゃんと大きく音を立て、猫の様に跳ねた諏訪子が大きく尻餅を着く。

 驚愕が諏訪子の身を襲う刹那、ヴェノムが彼女の体に巻き付き、シンと花苗の前まで彼女を運び出した。

 

 花苗はその光景に目を見開いた状態で固まっている。

 ヴェノムが体に戻るが、無音の空気は止まらない。

 苦笑いの末に、シンは言葉を絞り出した。

 

「…よお、気分はどうだ?」

「あ、あは…あはは…」

 

 諏訪子の顔色が青白くグラデーションしていく。

 出力されたのは形にならない作り笑い。

 額から冷たい汗が流れ落ちる。

 

「お、美味しそうだな〜…って…あは…は…」

「…へぇ、そうか」

 

 シンと諏訪子の間で良くない空気が流れ始める。

 シンからは不信と警戒、諏訪子からは焦りと不安。

 ちりちりと背筋が焦げていき、シンは密かにヴェノムを纏う準備を行う。

 

 ———刹那。

 

「じゃあ諏訪子様の分も作りましょうか!」

 

 核爆弾の様な無邪気な笑みが、淀んだ空気を吹き飛ばす様にその場に炸裂した。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ!
いったいすわこはなにをかんがえているのか、さっぱりわからないのぜー。

新しい小説の執筆の為、暫く休んでいたのぜ!
鬼人正邪が主役の物語、『逆さまのこころ』、お時間ある時にご拝読頂けると嬉しいのぜ…!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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