「それで?ずっと何を考えてやがった?」
諏訪子の分まで料理を作った
鼻腔を刺激する匂いの中、そこに緊張感が走る。
和気藹々とした会食の形を取りながらも、空気はピリピリと張り詰め、満足に味を感じる事も出来ない。
折角の料理が台無しだ。
居心地が悪い。
段々頭に積もっていく苛立ちをはたき落とす様に、シンはカッカッと音を立てて白米をかき込んでソレを紛らわした。
「…んぐ、元々ここに長居する予定は無かったんだよ、ご馳走だのなんだの言って俺を引き止めた理由はなんだ?」
「…それ、は…」
諏訪子が箸を止めて言い淀む。
瞳の奥に写っているのは、緊張か責任か、はたまたプライドか。
言葉を交わす前の、息を呑むような間。
力強くシンを見つめ、諏訪子は遂に口を開いた。
「…諏訪国の主神として、貴方達に正式に依頼を行いたい、内容は西方の敵国の侵攻からの防護、褒美は…人以外の、貴方達の望む物を」
「…へぇ、用心棒か」
<面倒だ>
随分と堅苦しい物言い、先のご馳走もこれが狙いか。
ヴェノムの言う通り、面倒の一言に尽きる。
恩も義も無い国の為にどうして働く必要があるのか。
望む物だって、シン達が望むのは戦いだ。
そう言う意味では、
だが、よくよく考えてみれば、だ。
シン達とほぼ同格に近い諏訪子が態々依頼を出すと言うならば、『敵国』はそれ相応に強力な筈。
僅かな期待に胸が膨らむ。
———だが。
「…明日までには考えとく」
「…えっ…」
即決できる程の条件では無い。
断るのも、まるでビビっている様で気に食わない。
答えが出ないなら、明日に持ち越して、その時に考えれば良い。
シンはそう結論を出し、残った飯をかっくらって席を立つ。
諏訪子の迷いの残った視線が背中を穿つが、気にせずに障子を開いた。
「あぁ、そうだ、使って良い部屋はあるか?」
「え、あ、あぁ…何処でも大丈夫だよ…」
「そうか、俺はそこで寝る」
思考の乗っていない応答が返ってくる。
シンがそれに構う事は無い。
残されたのは冷たく響く障子の閉まる音のみだった。
◆◆
無駄に広い宮を歩き回り、部屋を探し、寝支度まで済ませれば、辺りは既に薄暮に切り替わっている。
「…なぁ、お前はどう思う?」
「何がだ?」
独り言を呟けば、胸からヴェノムの頭が飛び出す。
「分かってんだろ、諏訪子のアレだ、俺達はどうしたら良いと思う?」
「俺は悪人を喰えればそれでいい、どうするかはお前が決めろ」
「使えないやつ…」
「聞こえてるぞ!」
シンは寝返りを打って、枕に顔を埋める。
———俺が、何をしたいのか。
よく分からない、強くなるといった物の、ここに居る理由が分からない、残虐な庇護者としても、どうすれば良いか分からない。
明日まで考えると言った理由は?ここをぶっ壊して諏訪湖に戦いを挑まなかった理由は?
具体的な形を帯びた言葉には出来ない、だが言えるのは———
惰性。
そう、惰性。
海の真ん中で揺蕩うゴミのような物がシンを取り巻いていると言う事だ。
ここには依姫も、見知った顔なんて居ないし、何より刺激が無い。
まぁ、簡単に行って仕舞えば、ホームシックにでもなっているのだろうか。
「…はぁ〜、暇…」
その時、耳がひたひたと床の軋む音を捉えた。
ヴェノムは身体に戻り、シンは枕に埋めていた顔をゆっくりと上げ、耳を覚ます。
音の小ささ、近付いて来る速さ、推定するに体重40キロ前後、僅かに透けて見える影から身長140〜150センチの小柄な人物。
やがて、影はシン達の部屋の前で止まる。
「…」
なるほど、障子の奥にいる人物の検討は着いた。
であれば目的は何だろうか。
…大方、交渉決裂と判断した彼女が暗殺でもしに来たのだろう。
今のシン達はいわば制御の効かない猛獣だ、リードが付けられないなら、さっさと屠殺するに限る。
何も難しくない予想、失望も怒りも特に湧かない、あえて言うまでも無いが、少しの期待があるぐらい。
ただ淡々と、頭の元栓を緩めて、思考を深化させて、戦闘準備に入るだけだった。
<待て、何かおかしいぞ>
「…?」
ヴェノムの言葉に身体が硬直する。
だったら何が起きても良いように身を屈める、なんでも良い、掛かってこい。
その時ゆっくりと、月明かりを伴って障子の控えめな音が響いた。
そこに居たのは———
「…あ…?」
生地の薄い白装束を見に纏った、洩矢諏訪子。
それ一枚しか着ていないのか、月明かりによって、僅かに彼女のボディラインが影となって透ける。
幼女の様な体躯の癖に、薄らと凹と凸があるその身体。
全体的にきめ細やかな白に覆われているのに、視線を上げると僅かに朱が広がっている。
それは夜襲と言うには余りに軽く。
余りに甘く。
余りに扇情的。
そうまさにこれは———
「…
「っ態々言葉に言わないでよ」
諏訪子の朱が深くなり、口をへの字にして目を逸らす。
仕草は見た目相応の微笑ましい物だが、反対に酷く蠱惑的。
極めてアンバランスな視覚情報のギャップで、頭がおかしくなりそうだ。
耐え切れず、シンは言葉を吐き出した。
「…何の真似だ?」
「………だって」
彼女がおずおずと部屋に入り、布団のすぐ側までやって来る。
目を逸らしたままで、赤面は耳にまで及んでいる。
「私が出せる見返りなんて…これぐらいしか…」
「…」
<手を出せば豚箱行きだな>
…確かに、諏訪子の容姿はそこらの女子供より遥かに整っている。
しかし、だからと言って夜這いに向いているかと言われれば、そんな訳はない。
何せこんなちんちくりんだ。
何かの気の迷いくらいは起こすかも知れないが、そんな事をするのはただのロリコンだけだ。
夜這いに出すなら、より確実にシンを堕としたいと考えているなら、もっと豊満な体付きをした花苗の方を出すべきだ。
いや、出されたからと言って手を出す訳もないが。
兎に角。
諏訪子自身がその身を差し出すのは余りに不適合だ。
十中八九、そんな事をする理由は…
やはり、国民の為か。
見ず知らずの男に娘を差し出すのは、絶対に嫌なのだろう。
「…」
見上げた覚悟だ。
深い愛と自己犠牲の精神は、どこか親近感すら感じる。
だが、シンはそれに応えるわけには行かかった。
「悪いが趣味じゃねぇ」
「…そっか…ごめんね、こんな貧相な身体で…」
「俺には好きな奴が居るからな」
<よく言った!>
「…うん…ごめん…お邪魔だったよね…すぐ出ていくよ…」
諏訪子の表情は俯かれてよく分からないが、声色から傍観やら悲観やらの感情がひしひしと伝わる。
いそいそ、とぼとぼと部屋を去ろうとする彼女。
その背中にシンは言葉を投げかけた。
「待てよ」
「…?」
これは決して、同情でも優しさでもない。
彼女の覚悟の強さに免じて、少しだけ、肩入れしたくなった。
ただそれだけの話だ。
「敵国ってのは、何だ?」
「え…と…大和って国、だよ」
「お前より強いのは何人居る?」
「…私以上なのは、最低でも二柱…それと、私に及ばない程度の神が他にもゴロゴロ居る」
強い奴が居る。
理由はそれだけで十分。
「なら、採算は取れるな」
「…?」
「喜べよ、協力してやる」
「…えっ…?」
ああそうさ。
協力してやろうじゃないか。
最低で二人でも、十分許容範囲。
気乗りしていなかった心持ちも、言葉に出して仕舞えば歯車が動き出す。
ドクドクと、緩慢に動き続けていた心臓が脈動を始めた。
その時はまだか、まだか、と。
逸る気持ちを抑えつつ、目を丸くする諏訪子に笑みを放つ。
「なんだ?そんなに嬉しいのか?」
「い…っいや!…いや嬉しいけど…なんで…!?」
彼女の言いたい事は分かる。
だが、その思考回路はあくまで常人用。
狂人を測るには余りにも力不足。
シンの様なイかれた人物に、常識は通用しないのだ。
「気が変わっただけだ」
<神サマはどんな味がするんだろうな?>
「くくっ…きっと、拝みたくなるくらいさ」
ニヒルに、凶悪に。
彼の頬がニタリと裂けた。
ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
そして、暇をなくした暇人の集様、おはぎマン様、煙たいナーバス様、☆10×2、☆9評価ありがとうございますなのぜ!
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)