「…あ…?」
視界が水の中の様に、ぼやけている。
揺蕩いの先に、遍く光が散りばめられていた。
満天の星空。
星月夜が宇宙を舞い、目を焼くほどに燦然と光り輝いている。
星の光に青黒く染まった大地はまるでトランポリンの様で、巨躯が縦横無尽に駆けている。
世界が廻る、星が廻る。
夢見心地だ。
駆けて、跳ねて、飛んで。
地を砕け、空を蹴れ、光の中に身を投じろ。
思い切り力を振るうカタルシスに、
「あっは…はははは…!!」
俺は何をしていたのだろうか。
何をしに来ていたのだろうか。
諏訪子と戦って、諏訪国に来て、夜這いされて———
その後寝た、だったか?
じゃあこれは夢の中か?
地面を踏み締める感触がそれを否定する。
ふやけた思考で必死に頭を回す、が、脳を埋め尽くす恐悦が思考を全て押し流した。
「———ああ、そうか」
そうだそうだ。
俺は、大和国に向かっているんだ。
あれ?大和はどこにあるんだったか。
いや、諏訪子が言っていたじゃないか。
確かに聞いた、敵国は何処だ、と。
諏訪子は言った、この方角の先だと。
行っても良いのだったか?
それは聞いていないから分からない。
ヴェノムはなんて言っていたっけ?
「………あー…?」
思考が頭の隅の隅にあって、手を伸ばしても届きそうにない。
手のひらは黒い、いつもより高いところから物が見える。
ヴェノムがすぐ側に居る。
ヴェノム?
おかしいな、ヴェノムを纏っているのに、反応が無い。
寝ているのか?
なんで俺は寝ていないんだ?
「…まぁ…いいか」
楽しい、アトラクションに乗っている様で。
ワクワクしている、その先に待つ物を期待して。
胸が躍っている、身体全体で踊っている。
俺がここに居る理由とか。
ヴェノムが反応してない事とか。
どうでもいい。
楽しければそれでいい。
戦えれば、それでいいんだよ。
◆◆
「それでよ、あいつこう言ったんだよ、『我はここ一番の侍ぞ』ってよ、そっからは切った張ったよ」
「なかなか面白いことになってたんだな、お前が解決したのか?」
「いや、陰陽衆がやってきてな、すぐに終息だ、あいつらもなかなかやるぜ」
ここは大和国、その矢倉。
大和国が誇る重厚な板戸門の上で、二人の若い男が談笑していた。
軽く5mは超える入り口だ、門を開ける時は最低5人は必要なほど重い。
男には理屈はよく分からないが、神様が出入りする時は特殊な法陣によって一人でに開くらしい。
それ以外は手動で開ける必要があるが。
こんな夜中に来客が来る訳もなく、妖怪もそうそう寄ってこない。
彼らは気を抜いて話に花を咲かせていた。
だが、その会話は不意に途切れる。
彼らのうちの一人が闇夜の中で何かを捉えたのだ。
「…?…おい、何か居るぞ」
「なんだ?来客か?」
声を潜め、二人は目を凝らす。
仮眠を取っている同僚の元へ向かうべきか思案しながら、闇の先を見つめた。
そして、気付く。
見えなさ過ぎる。
「…今すぐ寝ている奴らを叩き起こして、陰陽衆か呪術師を呼んでくれ」
「…あいよ、死ぬなよ?」
夜の闇に溶け込むほどの漆黒の姿。
どう考えても常人のそれではない。
そして、聖なる神の力に溢れる大和国に近付いてくるという事実。
低級の妖怪は本能からこの地に近付こうとはしない、つまり目の前のモノは、少なくとも中級妖怪以上。
まず間違い無く自我と理性を持った妖怪であると見て良い。
神の印が編み込まれた門を突破する事は出来ないだろうが、目の前で相対する門番にとっては、死に近付く蛮勇だ。
「止まれぃ!そこの者!何ゆえこの地に足を踏み入れる!?」
「…強い、奴を、出せ」
「所属と名を名乗れ!さもなければ其方を妖と見なす!」
「強い奴を!出せェ!!」
咆哮に似た叫び。
雲の隙間から月光が差し込み。、巨大な白の瞳と生え揃った牙がぬらぬらと反射した。
矢倉から見下ろしているのに、巨きい、思わずその巨きさに見上げてしまう。
全身を覆うのは、仕事柄よく身に受ける、強者の圧。
肌がひりついて鳥肌が止まらない。
それでも、大国の門番というプライドが降伏を許さない。
必死に体内で霊力を回し、震える唇で雄叫びを上げた。
「…!!…うっ、うぉおおお!!」
霊力弾。
男は人間の中でも、霊力が扱える数少ないうちの一人だった。
門番という重要な仕事を任されたのも、それゆえだ。
名だたる神々からすればゴミみたいな物だが、妖怪を退治するには充分。
岩を破壊する程の威力、半ば願う様に放ち、着弾したソレは———
「良い威力…期待が持てるな…!」
砂塵が舞い、乱反射する月光によって巨躯の輪郭が影となって揺れている。
渾身の霊力弾は、防御すら、仰け反りすら、反応すらされずにその役目を終えたのだった。
男の胸の奥底から恐怖が這い出てくる。
「次は、俺の番だ」
悲鳴というべきか、絶叫というべきか、恐れに染まった声を漏らす前に、巨躯の影は掻き消えた。
瞬間、耳を劈く破砕音と共に足場が崩れ落ちる。
体が強張り、身動き出来ずに落ちていく彼の目玉が捉えたのは、空高く吹き飛ぶ大門の姿だった。
◆◆
崩れる矢倉を背に、俺は歩き出す。
内と外を徹底的に隔てる、見上げる程に巨大な門、威厳すら感じたが、拳一つで破壊出来てしまった。
真後ろには門番の一人が居る、崩壊に呑まれても、死んだわけじゃない。
態々瓦礫をひっくり返して喰う意味も無く、俺は何処に向かおうか思案しながら歩を進めた。
その時。
カンカンカン、背後からけたたましい程に五月蝿い金属音。
これは拍子木、だったか。
門番が力を振り絞り、警戒を知らせる合図を打ち鳴らしているのだ。
だが、好都合。
これは、火だ。
虫どもを誘き寄せる赤い誘惑。
小粒で腹の足しにもならないだろうが、構わない。
最低レベルを知れば、この後の楽しみにも期待が持てると言うものだ。
「出会え!出会え!妖怪だ!」
「…!」
ほら見たことか。
灯火を持った男を先導に、十数人の人間がわらわらと湧いてくる。
胴にも手足にも鉄を着込んだ男も居れば、儀式服を纏った男も居る。
武器は槍持ちが大半、無手の儀式服が数人。
統率が取れた動き。
あっという間に四方を囲まれ、前衛後衛に分かれて俺を狙う。
一人に対する攻撃体制としては大掛かりと言わざるを得ないが、背後の崩れ落ちた門がリンチの油断を消し去っている。
俺を見る目は、恐怖か、敵意か。
「悪くない」
突き刺す視線が、この俺を見る目が、心地良い。
身体中に走るピリピリとした何かが抑えられない。
「刺せェ!!」
「ぉオオオーーーッ!!」
ある一人が、腹の底から叫ぶ。
それを皮切りに、四方八方から槍が突き刺さり———
「なっ!さ、刺さらない!?」
「…ふん」
そう、刺さらない。
腹、脇腹、背中、足、急所に至る全てにおいて、刃が通っていない。
それどころか超高密度の筋肉によって、穂先が弾性座屈を起こしてしまう事態。
すぐさま猿叫の如き号令が響く。
「っおっ!陰陽衆!!援護!!」
「臨兵闘者皆陣列在前!『結』!」
四方から複数人の詠唱、足元に五芒星の光。
瞬間、全方向から質量を持った空気が襲う、まるでその場に縫い付けられたかの様に、指ひとつ動かせない。
正直、指圧マッサージみたいなものだが。
「『破』ァ!!」
「んっ…!」
瞬間、肺の中が空になる、次いで身体全体を油圧プレスで押し潰されそうな感覚。
見えない壁に潰されていると言い換えても良い、息を吸うのが少し苦しい。
だが、先の圧力拘束とは違い、これはある程度指向性がある。
俺を押し潰さんと唸る圧力の先には、儀式服の陰陽衆とか言う連中。
元々、この技は仮想の質量で敵を押し飛ばす物なのだろう。
しかし、敵を挟めば圧死を成す即死技。
つまりこれは…四方から圧殺攻撃、総数は…八面。
「…次は、こっちの番だな」
この程度、恐るるに足らず。
「ふんっ!!」
筋肉の結合を崩し、半液状化。
生まれた僅かな隙間を縫って地面に拳を突き出し、ドリルの様に地中を掘り進む。
「消えたぞ!?陰陽衆は何をやっている!」
「何処だ!!」
「分からぬ!彼奴は何処へ!?」
足音、怒号、地中からなら良く聞こえる。
どいつもこいつも、位置が丸わかりだ。
まるで、喰ってくれと誘っている様ではないか。
俺は地中から思い切り腕を突き出し、一人の男の足を掴んだ。
「ぬっ、うっ、ぉおっ!?」
地面から這い出、男をそのまま持ち上げる。
夜の光が、脂汗に塗れた男の顔をぬらぬらと照らしている。
俺の手によって吊らされた男は、まるで死刑を待つ囚人。
「油ばかり乗った、クズ肉共が…」
ビュッフェ、食い放題、バイキング、沢山の皿の上には小ぶりな肉共。
まだだ、一口目にはまだ特別さが足りない。
「がァっ!!」
「うわぁぁあ!?」
「ばっ、化け物!ばけもっ——ぶふぁっ!?」
タオルを払う様に、ドレスをはためかす様に、男を振り回す。
それだけ、たったそれだけ。
俺のワンアクションひとつで、十数人居た部隊は壊滅した。
陰陽衆とか言う奴らも、鎧を着込んだ屈強な男も、気付けば全員が地面に伏していた。
足を掴んでいた男も、至る所の骨が折れ、頭の穴という穴から血を吹いている。
頑丈な事に、息は辛うじてあるようだ。
俺は乱雑にそれを投げ捨て、息を吐いた。
「足りねぇなぁ、全然足りねぇ」
体の奥深くから溢れる衝動は治まる気配が無い。
今の戦闘で満ちる所か、むしろ溢れんばかりに暴れる始末。
口からマグマを吐き出すかの如く、俺は怒号を上げた。
「もっと強い奴は!!何処だァ!!」
◆◆
気配一つない街、そこに轟音が響き渡る。
夜の闇という名のベール、それを邪魔だと言わんばかりに俺は豪快に走り回っていた。
「ガァアアアアッ!!」
進路の目の前にあるもの全てを破壊して、街の中心だろう場所へ向かう、方角は知らないが、どんどん家の外観が豪華になっている所へ向かえば良い。
人の気配は無い、避難したのか知らないが、どうでもいい。
破壊のカタルシス程度では収まらない、戦いが、殴り合いが無ければ!
ぶつけさせてくれ!
この欲求を!殴り殴られる快感を!!この心臓を弾けさせてくれ!!
「出てこぉおおいっ!!強ぇ奴ぁ大歓迎だァ!!アハハハハ!!」
俺より強い奴は!?
アイツは!アイツは居ないのか!?
「依姫!何処にいるんだ依姫ぇえ!!」
俺の目標!俺の好敵手!!あの強情女を超える!もう超えたんだっけ!?
ああああ!!脳みそがかき混ぜられてるみたいに不快だ!!
頭の中が爆発しそうだ!吐き出さないと!!
ボルテージは加速度的に増加していく、燻り続けた焔が、油をドバドバ投下させて激しく燃え上がっている。
「ッオォオオオオオオッ!!!」
ただひたすらに吠える。
俺はここに居るぞと、強者を呼び寄せる鬨の声を上げる。
その願いは遂に、果たされる。
「ッ!?」
刹那、空気が軋む重低音。
———『何か』が風を切り、超スピードで飛来している
知覚と同時にその場を飛び退くと、すぐそこに『何か』が着弾した。
「くは…っ…!」
巻き上がる砂塵に顔を覆い、その先を睨み付ける。
煙のカーテンの奥に鎮座する、ご馳走を。
「…貴様が、この都市に侵入した化け物だな?」
女だ、しかし声質は力強い。
月光が砂煙の中のシルエットを写している。
背の高い女と…何本かの棒状の物体。
「丁度いい…食い出がありそうだ…!!」
感じる気配は神々しく、のし掛かる重圧は重々しい。
諏訪子と殆ど同様の圧力、神のプレッシャー。
嗚呼、嗚呼!
諏訪子の言っていた言葉は本当だった!
『私以上なのは、最低でも二柱』
その一つ目がこれか!?
最高だ。
胸が躍る、高鳴る。
今にも歌い出したい気分だ。
「我が名は八坂神奈子、この大和国を守護する風雨の神、いざ———」
煙が晴れ、彼女の姿が顕になる。
麗しく紫がかった青髪のセミロング、背後に巨大な柱が数本。
だが容姿は関係無い、内包された力にしか興味は無い。
早く、早く始めよう。
「参る」
メインディッシュの時間だ。
ご拝読ありがとうございますなのぜ。
いや急襲するのお前かーい。
登場人物紹介っている?
-
やってくれ 必要だろ(いる)
-
それは雑魚の思考だ(いらない)