「ならば何なんだアレは?」
トントントン、頬杖を着いて机を叩く老人、いや、老神。
少々小太りで、指先には油でテカっている、きっと先程まで菓子をつまんでいたのだ。
正直神の威厳も無い。
「門を破られた際、何の妖力や魔力の類も無かった、結局力の強い人間と締め括るしかないではないか」
「あそこまで黒い人間がどこにいる、大陸の人間よりも黒いぞ?馬鹿にしているのか?」
「ならば未知の獣と見ていいのでは?奇っ怪な生物もいるにはいるでしょう」
「ご冗談を」
周りの神々もそうだ。
ゲームのレビューの様に無責任に批評しては、けらけらくすくすと笑う。
まるで緊急の会議を開いた面々とは思えない。
所詮、珍しい事が起きたから集まったに過ぎないのだ。
彼らが興味を持つのは、地位と権力と娯楽、つまりは自分の事ばかり。
その為には汚い政争に身を投じ、民の信仰を得る為に耳障りの良い事ばかりを吹き回る。
この国の最高神が高天原に出向いてからは、その欲望は膨らみ続け、遂には自分達が統治する大和国の領地を増やし、自分達の自己顕示欲を満たすようになった。
そんな無尽蔵に物を吸い込む掃除機の様な神達が、彼女は、
それでなまじ信仰を得られているという事実も。
コイツらがこの国の中核を担っている現実も。
(早く終わんないかな…)
「八坂殿はどう思われる?」
「…どんな存在だろうが、さっさと殺しに行けばいいだろう」
「獣風情に我らが出向くと?」
「害獣ならば下民に任せておけばよかろう?」
私でも他の神でも、さっさとアレを討伐にしに行けば良いのに。
アレは妖怪なのかそうじゃないのかの無駄な議論が続いている。
こんなことをしている間にもアレは家々を破壊している。
この愚か者どもは民の事なぞ心配していないのだ。
更にはアレがここに、この都の中心部まで来れる訳が無いとたかを括っている。
自分が政に精通していれば、コイツらを黙らせる事が出来るのに。
「しょうがない、アレは『怪異』、台風の様なものだと仮定しましょう」
「災害と言いたいのだな?素晴らしい、それなら災害を物ともしない大和国という宣伝にもなる」
「ならば名称が必要ですね」
つまらない議論は、つまらない欲望を経て、つまらない結論へ収束する。
いかにも名案と口角を上げる神達が、私は直視出来なかった。
———そろそろ頃合いか。
私は目を閉じながら立ち上がる。
その瞬間、議論は終わりを迎えた。
「『黒い風』、とでも呼ぼう」
「…私が討伐に向かおう」
「ふむ…頃合いだな、いいだろう八坂殿、大和国の威厳を見せ給え」
「…」
出口へ向かう私に、言葉が投げ掛けられる。
『黒い風』、嫌な響きだ。
大妖怪程度の力なら良いのだが———
◆◆
そんな願いは、数分もしないうちに露と消えた。
(なんだっこいつ…!?膂力が尋常じゃ無い!?)
「グルァアアア!!」
妖力も霊力も、目に見える異能も無い。
ただ、フィジカルが圧倒的。
一撃でも喰らえば致命傷。
加えて不定形のスライムの様な身体が縦横無尽に暴れ回る。
まさに暴風雨の様に。
神奈子の攻撃を避ける度に周囲を破壊する様は、確かに『黒い風』、質量と力の化身とも言えるだろう。
だが、致命的な欠点がまろび出ていた。
(筋力に物を言わせて暴れているだけ…!やりようは幾らでも…!!)
風雨の神としての権能を起動。
『乾』を操り、乱気流を生成、暴れる『黒い風』の動きを止める。
見積もって、一秒弱の拘束。
だが、一瞬でも止まれば、それで良い。
「グゥッ…!?」
「『風神結界』…!」
家々が吹き飛ばない様に気圧を調整、同時に『黒い風』を覆う様に結界を展開。
狭まった範囲の中で、乱気流を強化。
四肢をもぎ取る様に乱気流を操り、更に地面に押さえ付ける。
瞬間、交錯する『黒い風』と神奈子の視線。
真っ白で巨大な瞳からは、何の感情も読み取れない。
「『風虚 虚天 天嵐』」
祝の言霊を唱え、『黒い風』の周囲の気圧を極限まで高めていく。
檻の中結界内の分子が激しく衝突し合い、温度と密度が激しく上昇を繰り返す。
「グッ、オォッォ…!!ォオオオオオ…!!」
狂乱する風神の力、『黒い風』の抵抗も許さない。
加圧圧縮を繰り返した結界内の空気は数秒と経たずプラズマ化し、光り輝き———
「『天の御柱』」
「———」
爆縮。
結界が爆ぜ、轟音と共に炎の柱が立ち上った。
◆◆
数千℃の熱と極光の中で、朧げだった『黒い風』の、シンの意識は、その輪郭さえも無くそうとしていた。
身体が焼き千切れていく、吹き荒ぶ熱の嵐に、上下感覚が分からなくなる。
叫んでも叫んでも、言葉は炎の嵐に焼き尽くされる。
力が入らない、ずっとだ。
雑魚との戦いでは気付けなかった違和感。
俺は全力を出しているのに、何故か体が追い付かない。
まるで、大きな着ぐるみでも着ているかのようで、動きに精細さが着いてこない。
ヴェノムを呼んでも、やはり返答は無い。
踠いても踠いても、空っぽの巨躯は鈍く身体を振り回すのみ。
「…か…はっ…」
そうして気付けば、俺は大の字で倒れていた。
下半身の感覚が無い、多分燃やし尽くされた。
炎で顔面も抉られたのだろう、視界が真っ暗で何も見えない。
———見えない?何故?
思考に小さなノイズが走る。
———全身が筋肉であり、脳であるこのヴェノムの身体で、何も見えない?
精神に狂気が満ちる。
———違う、そうじゃないだろう?
瞳はハリボテだ、全身で視るのだ。
顔は付属品のアクセサリーでしかない。
満点の夜に見下ろされて、俺は立ち上がる。
怪しく輝く星の光が、じくじくと肌を刺す。
ボロボロの身体を粘液で補修して、戦いに特化した身体を作り出せ。
補助器官としての尾を生やし、三脚の様に足と尾を展開。
顔は、要らぬ。
喰うための牙さえあれば、それでいい。
「…化け物が」
「…ハァァァァ…」
目の前の女が嫌悪感たっぷりに言う。
そう、化け物だ、それでいい。
勝てるならば、人間性なんてゴミも当然。
ノイズに塗れた思考の中から、戦いの記憶を選び取る。
想起するは、『角』の姿。
鮮烈なまでに強大な『暴』。
見惚れるほどに美しきその拳技を模倣せんと、ドロドロに溶けそうな俺の魂が『適応』を開始した。
「…っ!」
女、神奈子の顔が僅かに歪む。
俺の変化を読み取ったのか、それとも何かの危機感を感じたのか。
行動は早く、素早く手を振り上げ、鉄槌を下すように振り下ろした。
直後、迅雷。
風雨を操る御技によって生み出された、神の怒りが俺にその拳を落とした。
「不意打ちは構わないが、
「チッ!」
轟き、閃光、衝撃。
その全てを物ともせず、俺は神奈子に迫る。
先程まで遠距離攻撃ばかりだったのだから———
「もっと近くでやり合おうぜ!!」
「ハァッ…!!」
両者振りかぶり、拳を握る。
方や軍神の一面を持つ、神奈子の武の髄が込められた正拳突き。
方や超人の膂力と三脚へ変化した足腰から放たれる、シンの野獣の様な右フック。
銃火器が放たれるように、弓の弦が嘶くように。
二人の拳が、衝突する。
「ッ!!」
「ガァッ!!」
特大の破裂音。
音速を超えた拳同士の織り成すソニックブームが両者を襲う。
だが、両者は一歩も引かず、凄まじい風圧が二人の頬を撫でる。
拳の鍔迫り合いを制したのは———
「ハァッ!!」
「グッ…!?」
風神、八坂神奈子。
出力も技術も劣る今のシンの拳が、彼女に勝るわけもなかった。
振り抜かれる神奈子の拳。
押し負けた黒い拳は、出来の悪いオブジェのように粉砕され、拳圧でシンの体は大きく仰反る。
そのままシンは後ろへ吹き飛ばされ———-
「ハッハッハッ…!ッハハハハ!!」
否。
尾を深く地面に突き刺し、無理矢理耐え抜く。
緩んだ紐を締め直すかのようにぐちゃぐちゃの拳を握り直し、仰け反った体を、振りかぶりの姿勢に移行。
神奈子が覚知、だがもう遅い。
筋肉のバネは驚異的なしなりを実現させ、纏う圧力は先程までの一撃と比べ物にならない。
加えて、『適応』の力が『角』を模倣する。
劣化のコピーでも、十分。
それは物理学を超えた、理外の一撃。
与えた衝撃を内部で増幅させ、内臓を破壊する絶技。
『発勁』の進化系、その模倣。
———名を。
「『
「ぐッ!?」
間一髪で差し込まれた手のひら諸共、端正な顔面に向け拳を叩き込む。
本来、『雁蹄』はブン殴る際の力積を全て内部へ浸透させる。
しかし、これは不完全な『偽雁蹄』、制御仕切れず溢れた運動エネルギーは衝撃となって空気を駆け、結果として神奈子は何メートルも吹き飛ばされた。
———それでも。
「っぐ…がっ…ぁ…ぁあ…っ…!?」
体内を走る激震は言いようもない。
防御に回した右手の骨はバラバラに砕け、遅れて顔面にもヒビが入っていく。
極め付けは脳。
脳全体が頭蓋骨の壁にビタンビタンぶつかっているような不快感、現れる極彩色の景色。
酷い脳震盪だ。
更に持続する衝撃により、広がる骨折の痛み。
神奈子は歯を食いしばって耐えるしか無かった。
そんな彼女の耳を劈く笑い声。
「ハハハハッ!アーハッハッハッ!!また一つ強くなっちまったぞ!?お前のお陰だ!!こんな
「…っ!!」
情緒不安定に叫ぶシンの姿。
神奈子は幻視する、ふと次の瞬間には、殺戮の限りを尽くしそうな程に危険な空気を。
ここで殺さないと、この都市は滅びる。
そんな予感さえした。
焦りと怒りから、震える腕を強引に動かす。
「…っくっ…ぅうう…『御柱』…っ!!」
『御柱』を幾重にも召喚、神力を乗せて矢継ぎ早に発射する。
それぞれが時速500キロ、半径1メートル、全長5メートル、重さにして600キログラム程、硬度は鋼鉄並み。
鐘だろうと軍艦だろうと風穴を開ける超重量の運動エネルギー兵器の流星が、シンに牙を向く。
「温ィッ!!」
対するシン、突撃。
全身で『視る』事を可能にしたシンにとって、今や細胞の一つ一つが目玉。
複眼の様に世界を捉え、動体視力を極限まで高めれば———
「ハハハハァァァッ!!!」
一呼吸の間に、『御柱』を見切る事なぞ容易も容易。
耳を軋ませる轟音、肌を襲う烈風が、まるで情熱的なキスの如く。
濃密な殺気と死が全身に突き刺さる。
これだ、これだ!!!
今まで求めてやまなかった物が、ここにある!
「ッ『風神結界』!!」
『御柱』を跳ね回るシンの動きを捉えようと、神奈子が『風神結界』を展開。
シンの周囲の『御柱』を要とした歪な多角形の結界だ。
しかし、先程と比べ強度は段違い。
だが———
「っしゃァッ!!」
黒拳が夜の光に煌めく。
瞬間、ガラスが割れた様な甲高い音が響き渡り、神奈子の瞳孔が開いた。
『風神結界』、シンの右ストレートにより、破砕。
最早止められない、止まらない。
加速度的に膨張していくシンの膂力とスピード。
彼の残す残像は、文字通り『黒い風』となって神奈子の網膜に焼き付く。
思い描いたアクションを熟す精細さ、全身に張り詰めるパワー、鋭く尖っていく思考。
今まで身体の内側から抜け出していた戦いの血が、自身の中に戻っていくのを感じる。
まさに絶不調から急転直下の絶好調。
「…はぁっ…はぁっ…はっ…ぁ…!」
「…」
気付けば愉快なアトラクションも終わり、シンは目の前の神奈子にまで辿り着き、彼女を見下ろしていた。
彼女は焦点の定まらない瞳でシンを睨み付けている。
鏡の様に美しいその眼球には、
興奮が冷めやらぬ間に、内なる衝動に従い、彼女へ手を伸ばす。
ただ、美味そうだ、と。
(神は、喰ったことが無かったな)
ぼんやりと頭に浮かんだのは、そんな、取り留めの無い事実。
導かれるままに、彼女の首を鷲掴み、己の顎門を開く。
微かな抵抗も、掌から伝わる恐怖も、遥かな膂力で抑え込む。
「ハァァァァ…!!」
「や…め、ろ…っ…」
星が近く、影がゆらめく。
理性は月に消え、感情が素足で悦に触れる。
目の前にはステーキ?パフェ?とにかく、メインディッシュ。
冷たい夜の現実は、戦いという名の熱の膜に包まれる。
善悪の区別無く、ただ己の享楽の為、彼は大きく口を裂く。
ただ、彼女に喰らいつこうと———
<何をしている?>
刹那。
聞き慣れた声、頭に響く声。
時が止まった様に、静寂が満ちる。
呼吸音も、心臓の音も、頭の中の熱狂さえも、何も聞こえない。
<もう一度言う…何をしている?>
頭からスー、っと、『熱』が抜けていくのを感じる。
背筋にまで迫る現実から逃げる事も叶わず、生やした尾は溶け落ち、シンは神奈子を呆然と見つめる事しか出来ない。
神奈子の朧げな瞳には、真っ白で巨大な双眼。
他ならぬヴェノムが、シンを睨め付けていた。
ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
ヴェノムが居ない、つまり共生出来てないシン君は弱いのぜ。
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)