東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくりあけおめなのぜ!


第六十二話 『黒い風』

「ならば何なんだアレは?」

 

 トントントン、頬杖を着いて机を叩く老人、いや、老神。

 少々小太りで、指先には油でテカっている、きっと先程まで菓子をつまんでいたのだ。

 正直神の威厳も無い。

 

「門を破られた際、何の妖力や魔力の類も無かった、結局力の強い人間と締め括るしかないではないか」

「あそこまで黒い人間がどこにいる、大陸の人間よりも黒いぞ?馬鹿にしているのか?」

「ならば未知の獣と見ていいのでは?奇っ怪な生物もいるにはいるでしょう」

「ご冗談を」

 

 周りの神々もそうだ。

 ゲームのレビューの様に無責任に批評しては、けらけらくすくすと笑う。

 まるで緊急の会議を開いた面々とは思えない。

 所詮、珍しい事が起きたから集まったに過ぎないのだ。

 

 彼らが興味を持つのは、地位と権力と娯楽、つまりは自分の事ばかり。

 その為には汚い政争に身を投じ、民の信仰を得る為に耳障りの良い事ばかりを吹き回る。

 

 この国の最高神が高天原に出向いてからは、その欲望は膨らみ続け、遂には自分達が統治する大和国の領地を増やし、自分達の自己顕示欲を満たすようになった。

 

 そんな無尽蔵に物を吸い込む掃除機の様な神達が、彼女は、八坂神奈子(やさかかなこ)は反吐が出る程に嫌いだった。

 それでなまじ信仰を得られているという事実も。

 コイツらがこの国の中核を担っている現実も。

 

(早く終わんないかな…)

 

「八坂殿はどう思われる?」

「…どんな存在だろうが、さっさと殺しに行けばいいだろう」

「獣風情に我らが出向くと?」

「害獣ならば下民に任せておけばよかろう?」

 

 私でも他の神でも、さっさとアレを討伐にしに行けば良いのに。

 アレは妖怪なのかそうじゃないのかの無駄な議論が続いている。

 

 こんなことをしている間にもアレは家々を破壊している。

 

 この愚か者どもは民の事なぞ心配していないのだ。

 更にはアレがここに、この都の中心部まで来れる訳が無いとたかを括っている。

 自分が政に精通していれば、コイツらを黙らせる事が出来るのに。

 

「しょうがない、アレは『怪異』、台風の様なものだと仮定しましょう」

「災害と言いたいのだな?素晴らしい、それなら災害を物ともしない大和国という宣伝にもなる」

「ならば名称が必要ですね」

 

 つまらない議論は、つまらない欲望を経て、つまらない結論へ収束する。

 いかにも名案と口角を上げる神達が、私は直視出来なかった。

 

 ———そろそろ頃合いか。

 

 私は目を閉じながら立ち上がる。

 その瞬間、議論は終わりを迎えた。

 

「『黒い風』、とでも呼ぼう」

「…私が討伐に向かおう」

「ふむ…頃合いだな、いいだろう八坂殿、大和国の威厳を見せ給え」

「…」

 

 出口へ向かう私に、言葉が投げ掛けられる。

 『黒い風』、嫌な響きだ。

 

 大妖怪程度の力なら良いのだが———

 

◆◆

 

 そんな願いは、数分もしないうちに露と消えた。

 

(なんだっこいつ…!?膂力が尋常じゃ無い!?)

グルァアアア!!

 

 妖力も霊力も、目に見える異能も無い。

 ただ、フィジカルが圧倒的。

 一撃でも喰らえば致命傷。

 

 加えて不定形のスライムの様な身体が縦横無尽に暴れ回る。

 まさに暴風雨の様に。

 神奈子の攻撃を避ける度に周囲を破壊する様は、確かに『黒い風』、質量と力の化身とも言えるだろう。

 

 だが、致命的な欠点がまろび出ていた。

 

(筋力に物を言わせて暴れているだけ…!やりようは幾らでも…!!)

 

 風雨の神としての権能を起動。

 『乾』を操り、乱気流を生成、暴れる『黒い風』の動きを止める。

 

 見積もって、一秒弱の拘束。

 だが、一瞬でも止まれば、それで良い。

 

グゥッ…!?

「『風神結界』…!」

 

 家々が吹き飛ばない様に気圧を調整、同時に『黒い風』を覆う様に結界を展開。

 狭まった範囲の中で、乱気流を強化。

 四肢をもぎ取る様に乱気流を操り、更に地面に押さえ付ける。

 

 瞬間、交錯する『黒い風』と神奈子の視線。

 真っ白で巨大な瞳からは、何の感情も読み取れない。

 

「『風虚 虚天 天嵐』」

 

 祝の言霊を唱え、『黒い風』の周囲の気圧を極限まで高めていく。

 檻の中結界内の分子が激しく衝突し合い、温度と密度が激しく上昇を繰り返す。

 

グッ、オォッォ…!!ォオオオオオ…!!

 

 狂乱する風神の力、『黒い風』の抵抗も許さない。

 加圧圧縮を繰り返した結界内の空気は数秒と経たずプラズマ化し、光り輝き———

 

「『天の御柱』」

「———」

 

 爆縮。

 結界が爆ぜ、轟音と共に炎の柱が立ち上った。

 

◆◆

 

 数千℃の熱と極光の中で、朧げだった『黒い風』の、シンの意識は、その輪郭さえも無くそうとしていた。

 身体が焼き千切れていく、吹き荒ぶ熱の嵐に、上下感覚が分からなくなる。

 

 叫んでも叫んでも、言葉は炎の嵐に焼き尽くされる。

 

 力が入らない、ずっとだ。

 雑魚との戦いでは気付けなかった違和感。

 俺は全力を出しているのに、何故か体が追い付かない。

 

 まるで、大きな着ぐるみでも着ているかのようで、動きに精細さが着いてこない。

 ヴェノムを呼んでも、やはり返答は無い。

 踠いても踠いても、空っぽの巨躯は鈍く身体を振り回すのみ。

 

…か…はっ…

 

 そうして気付けば、俺は大の字で倒れていた。

 下半身の感覚が無い、多分燃やし尽くされた。

 炎で顔面も抉られたのだろう、視界が真っ暗で何も見えない。

 

 ———見えない?何故?

 

 思考に小さなノイズが走る。

 

 ———全身が筋肉であり、脳であるこのヴェノムの身体で、何も見えない?

 

 精神に狂気が満ちる。

 

 ———違う、そうじゃないだろう?

 

 瞳はハリボテだ、全身で視るのだ。

 顔は付属品のアクセサリーでしかない。

 

 満点の夜に見下ろされて、俺は立ち上がる。

 怪しく輝く星の光が、じくじくと肌を刺す。

 ボロボロの身体を粘液で補修して、戦いに特化した身体を作り出せ。

 

 補助器官としての尾を生やし、三脚の様に足と尾を展開。

 顔は、要らぬ。

 喰うための牙さえあれば、それでいい。

 

「…化け物が」

…ハァァァァ…

 

 目の前の女が嫌悪感たっぷりに言う。

 そう、化け物だ、それでいい。

 勝てるならば、人間性なんてゴミも当然。

 

 ノイズに塗れた思考の中から、戦いの記憶を選び取る。

 想起するは、『角』の姿。

 鮮烈なまでに強大な『暴』。

 

 見惚れるほどに美しきその拳技を模倣せんと、ドロドロに溶けそうな俺の魂が『適応』を開始した。

 

「…っ!」

 

 女、神奈子の顔が僅かに歪む。

 俺の変化を読み取ったのか、それとも何かの危機感を感じたのか。

 

 行動は早く、素早く手を振り上げ、鉄槌を下すように振り下ろした。

 直後、迅雷。

 風雨を操る御技によって生み出された、神の怒りが俺にその拳を落とした。

 

不意打ちは構わないが、(この味)はもううんざりだ

「チッ!」

 

 轟き、閃光、衝撃。

 その全てを物ともせず、俺は神奈子に迫る。

 先程まで遠距離攻撃ばかりだったのだから———

 

もっと近くでやり合おうぜ!!

「ハァッ…!!」

 

 両者振りかぶり、拳を握る。

 方や軍神の一面を持つ、神奈子の武の髄が込められた正拳突き。

 方や超人の膂力と三脚へ変化した足腰から放たれる、シンの野獣の様な右フック。

 

 銃火器が放たれるように、弓の弦が嘶くように。

 

 二人の拳が、衝突する。

 

「ッ!!」

ガァッ!!

 

 特大の破裂音。

 音速を超えた拳同士の織り成すソニックブームが両者を襲う。

 だが、両者は一歩も引かず、凄まじい風圧が二人の頬を撫でる。

 

 拳の鍔迫り合いを制したのは———

 

「ハァッ!!」

グッ…!?

 

 風神、八坂神奈子。

 出力も技術も劣る今のシンの拳が、彼女に勝るわけもなかった。

 

 振り抜かれる神奈子の拳。

 押し負けた黒い拳は、出来の悪いオブジェのように粉砕され、拳圧でシンの体は大きく仰反る。

 

 そのままシンは後ろへ吹き飛ばされ———-

 

ハッハッハッ…!ッハハハハ!!

 

 否。

 

 尾を深く地面に突き刺し、無理矢理耐え抜く。

 緩んだ紐を締め直すかのようにぐちゃぐちゃの拳を握り直し、仰け反った体を、振りかぶりの姿勢に移行。

 

 神奈子が覚知、だがもう遅い。

 

 筋肉のバネは驚異的なしなりを実現させ、纏う圧力は先程までの一撃と比べ物にならない。

 加えて、『適応』の力が『角』を模倣する。

 

 劣化のコピーでも、十分。

 それは物理学を超えた、理外の一撃。

 与えた衝撃を内部で増幅させ、内臓を破壊する絶技。

 『発勁』の進化系、その模倣。

 

 ———名を。

 

偽雁蹄(ギガンテス)』ッ!!

「ぐッ!?」

 

 間一髪で差し込まれた手のひら諸共、端正な顔面に向け拳を叩き込む。

 本来、『雁蹄』はブン殴る際の力積を全て内部へ浸透させる。

 しかし、これは不完全な『偽雁蹄』、制御仕切れず溢れた運動エネルギーは衝撃となって空気を駆け、結果として神奈子は何メートルも吹き飛ばされた。

 

 ———それでも。

 

「っぐ…がっ…ぁ…ぁあ…っ…!?」

 

 体内を走る激震は言いようもない。

 防御に回した右手の骨はバラバラに砕け、遅れて顔面にもヒビが入っていく。

 極め付けは脳。

 脳全体が頭蓋骨の壁にビタンビタンぶつかっているような不快感、現れる極彩色の景色。

 酷い脳震盪だ。

 

 更に持続する衝撃により、広がる骨折の痛み。

 神奈子は歯を食いしばって耐えるしか無かった。

 

 そんな彼女の耳を劈く笑い声。

 

ハハハハッ!アーハッハッハッ!!また一つ強くなっちまったぞ!?お前のお陰だ!!こんな『角』(クソ野郎)のクソ技が使えるようになっちまってよォ!!おぉ!?

「…っ!!」

 

 情緒不安定に叫ぶシンの姿。

 神奈子は幻視する、ふと次の瞬間には、殺戮の限りを尽くしそうな程に危険な空気を。

 

 ここで殺さないと、この都市は滅びる。

 そんな予感さえした。

 

 焦りと怒りから、震える腕を強引に動かす。

 

「…っくっ…ぅうう…『御柱』…っ!!」

 

 『御柱』を幾重にも召喚、神力を乗せて矢継ぎ早に発射する。

 

 それぞれが時速500キロ、半径1メートル、全長5メートル、重さにして600キログラム程、硬度は鋼鉄並み。

 鐘だろうと軍艦だろうと風穴を開ける超重量の運動エネルギー兵器の流星が、シンに牙を向く。

 

温ィッ!!

 

 対するシン、突撃。

 

 全身で『視る』事を可能にしたシンにとって、今や細胞の一つ一つが目玉。

 複眼の様に世界を捉え、動体視力を極限まで高めれば———

 

ハハハハァァァッ!!!

 

 一呼吸の間に、『御柱』を見切る事なぞ容易も容易。

 耳を軋ませる轟音、肌を襲う烈風が、まるで情熱的なキスの如く。

 

 濃密な殺気と死が全身に突き刺さる。

 これだ、これだ!!!

 

 今まで求めてやまなかった物が、ここにある!

 

「ッ『風神結界』!!」

 

 『御柱』を跳ね回るシンの動きを捉えようと、神奈子が『風神結界』を展開。

 シンの周囲の『御柱』を要とした歪な多角形の結界だ。

 

 しかし、先程と比べ強度は段違い。

 だが———

 

っしゃァッ!!

 

 黒拳が夜の光に煌めく。

 瞬間、ガラスが割れた様な甲高い音が響き渡り、神奈子の瞳孔が開いた。

 

 『風神結界』、シンの右ストレートにより、破砕。

 

 最早止められない、止まらない。

 

 加速度的に膨張していくシンの膂力とスピード。

 彼の残す残像は、文字通り『黒い風』となって神奈子の網膜に焼き付く。

 

 思い描いたアクションを熟す精細さ、全身に張り詰めるパワー、鋭く尖っていく思考。

 今まで身体の内側から抜け出していた戦いの血が、自身の中に戻っていくのを感じる。

 

 まさに絶不調から急転直下の絶好調。

 

「…はぁっ…はぁっ…はっ…ぁ…!」

 

 気付けば愉快なアトラクションも終わり、シンは目の前の神奈子にまで辿り着き、彼女を見下ろしていた。

 彼女は焦点の定まらない瞳でシンを睨み付けている。

 鏡の様に美しいその眼球には、()()()()()()の様な怪物が写るだけ。

 

 興奮が冷めやらぬ間に、内なる衝動に従い、彼女へ手を伸ばす。

 ただ、美味そうだ、と。

 

(神は、喰ったことが無かったな)

 

 ぼんやりと頭に浮かんだのは、そんな、取り留めの無い事実。

 導かれるままに、彼女の首を鷲掴み、己の顎門を開く。

 微かな抵抗も、掌から伝わる恐怖も、遥かな膂力で抑え込む。

 

ハァァァァ…!!

「や…め、ろ…っ…」

 

 星が近く、影がゆらめく。

 理性は月に消え、感情が素足で悦に触れる。

 

 目の前にはステーキ?パフェ?とにかく、メインディッシュ。

 冷たい夜の現実は、戦いという名の熱の膜に包まれる。

 善悪の区別無く、ただ己の享楽の為、彼は大きく口を裂く。

 

 ただ、彼女に喰らいつこうと———

 

<何をしている?>

 

 刹那。

 

 聞き慣れた声、頭に響く声。

 時が止まった様に、静寂が満ちる。

 呼吸音も、心臓の音も、頭の中の熱狂さえも、何も聞こえない。

 

<もう一度言う…何をしている?>

 

 頭からスー、っと、『熱』が抜けていくのを感じる。

 背筋にまで迫る現実から逃げる事も叶わず、生やした尾は溶け落ち、シンは神奈子を呆然と見つめる事しか出来ない。

 

 神奈子の朧げな瞳には、真っ白で巨大な双眼。

 他ならぬヴェノムが、シンを睨め付けていた。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
ヴェノムが居ない、つまり共生出来てないシン君は弱いのぜ。

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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