東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくり過ごすのぜ。


第六十三話 破綻者 弍

…おっ、ぉあ…お…

「っぅぐっ…」

 

 茫然自失。

 身体に篭っていた熱が消え失せ、薄ら冷たい夜の空気が纏わりつく。

 思わずシンの手から神奈子が滑り落ち、彼女はべちゃりと地面に倒れ伏した。

 

…お、おっ、俺は…な、にを…?

「…?」

 

 神奈子がなんとかシンを見上げているが、彼はそれを意にも介さず、震えながら一歩、また一歩と後退りしていく。

 地面にシミを作る玉汗は、果たしてどちらから流れ落ちたものであろうか。

 

「俺は…諏訪国を、飛び出した…それで、ここに来た…それで…」

<なぜ、この女を喰おうとしていた?>

 

 シンを取り巻くシンビオートが解ける様に内側へと戻っていく。

 ヴェノムの意思による解除では無い、借りていた物を剥ぎ取られるかの如く、黒い武装が消えて行く。

 

 顔を抑え、項垂れる様に俯くシンの姿は、神奈子に衝撃を与えた。

 

「…にん…げん…か…?」

 

 今まで正体不明だった化け物の正体は、霊力も妖力も感じられない、ただの人間…に見える何者か。

 目付きが悪く、筋骨隆々で、大小様々な傷跡が目を引く、言ってしまえばただの『戦士』にしか見えない。

 

 だが、現実として今まで戦ってきたのは目の前の男。

 見た目の話だけではない、気配だ、気配が全く違うのだ。

 

 人外の気配を振り撒いていた『黒い風』と、少し目付きの悪いだけの青年、そのギャップに、神奈子は少しばかりの混乱を抱いていた。

 

「なんだ?なんで俺は…こんな…」

<答えろ!シン!>

「分かってるヴェノム…俺だって混乱してんだ…!」

 

 時は二人に整理する時間を与えない。

 彼らを取り巻く混沌は事態を更に捻れさせていく。

 

「お前は…一体、何だ?何処から来た…?」

 

 神奈子の質問は、半ば無意識に漏れ出したものだった。

 

「俺は…シン…諏訪国から…来た」

 

 対する彼の返答も、また無意識。

 ヴェノムの存在を明かす事もなく、ただただ最小限の問答、それが精一杯。

 その答えの意味を、全く考える事すらせず、疑う事すらせず、素直に答えてしまう。

 

 彼は、何一つとして考えていなかった。

 

 ———()()()()()()()という、その意味を。

 

(諏訪国…今、大和国が手に入れようとしている国…)

 

 結び付けるのは、容易だった。

 実態がどうであれ、因果と結果が出会ってしまった。

 

(先日、使者が向かった筈…無理な交渉をふっかけ、『脅し』も掛けた筈…)

 

 人は、神は、真空を嫌う。

 諏訪国にちょっかいをかけたと言う原因、この人物が此処で暴れたと言う結果。

 唐突に現れた結果に対して、その真空を埋めるようにそれらしい原因が現れてしまった。

 

 もう一度言おう。

 

 結び付けるのは、容易だった。

 

(…復讐…諏訪国から手を引けと言う意思表示…か…)

 

 脳震盪に錆び付いた思考の歯車、断定と言う名の潤滑油を差し込まれ、彼女の脳が動き出す。

 たとえそれが間違った発進の仕方でも、止められる者は居なかった。

 

(諏訪国の主神は女の土着神の筈…となると、このシンという男は、諏訪国の最も強い『兵』だろう…)

 

 仮に全面戦争で諏訪国を押し潰すとして、諏訪子一人ならどうにでもなるが、そこにこの男も加わるとなると、大和国もただでは済まない。

 それを真に理解するのは、実際にシンと戦った神奈子だけだろう。

 

 つまり、考えるべきは、どの様にして諏訪国との全面戦争を避けるか。

 

 ここで、彼女に一つの疑問が生まれる。

 これ程までの怪物が、なぜ今の今まで話題にも上がらなかったのか。

 諏訪国に属しているなら、情報の一つくらいは入ってくる筈だ。

 

 考えられるのは———

 

 諏訪国に流れた野良の猛者、もしくは武者修行者?

 

 行き詰まり始めた思案、答えを確かめる為に、彼女は口を開く。

 

「…お前の…目的は…?」

 

 未だに彼は呆然と地面を見つめ、項垂れている。

 質問から数秒、漸く彼は額を上げ、ボソリと呟いた。

 

「………ただ、強くなる」

 

 繋がる、全てが。

 予想が確信へと変わったその瞬間、神奈子は口を開く。

 

 それよりも早く、彼が呟いた。

 

「…悪かった」

「っ!っ待て———」

 

 その言葉の意味を理解する前に、神奈子の前からシンは掻き消える。

 肌を刺す烈風と土煙で、漸く彼が逃げたのだと気付いた。

 

 それに伴い、鈍化していた身体の感覚が戻っていく。

 反対に頭は少しずつ、深海に落ちるようにその思考を止めていく。

 

 彼が消えた風景には、ボロボロの民家や道路ばかり。

 被害も対処も、考えるのは億劫だ。

 

「…っはぁ…」

 

 身体の力を抜き、ゴロンと地面に寝転がる。

 疲労が重い、空が遠い、まるで地面に磔になったようだ。

 

「どうしようかな…」

 

 『黒い風』への対処、他の神々への対処、都の復興への対処。

 頭に重くのしかかるそれらを忘れようと、彼女は静かに、手のひらで瞼を下ろした。

 

◆◆

 

「…ぁあ…チキショウ…クソ、クソ!」

<あんなのはお前らしくなかった!>

「分かってる!!」

 

 走る、ひた走る、怒鳴り返す声は自分の耳にも届かない。

 行きは踊る様に駆けていた、今は対照的に、逃げる様にひた走る。

 自分が残した破壊の跡先から、一刻も早く距離を取りたかった。

 

 あそこに居ると、駄目だ。

 自己嫌悪に潰れてしまう。

 

 喉がえずく。

 高揚の残り香が、濃い香水の様に纏わりついている。

 臭くて、香ばしくて、堪らない。

 まるで自分の中に、知らない他人の感情が染み込んだまま残っているみたいだった

 

<…もしかしたら、シンビオートの欲望を増幅させる作用が———>

「うるせぇよ、そういう言い方すんな」

 

 ヴェノムのせいだ。

 そう言葉に為すのは、ゲロを吐くほど気持ちが悪い。

 例えシンを慰める為の言葉だろうと、彼がヴェノムを責めれば、一生相棒を名乗ることは出来ない気がした。

 

 なぜなら、そこにヴェノムの意思は無かったからだ。

 彼は寝ていたのか、はたまたシンが深層心理に押さえ付けていたのか、理由は分からないが、あの行動は全てシンの自意識に依る物だった。

 

「…あれは紛れも無く俺だった、夢みたいで、楽しかったんだ」

 

 殴る感触、砕ける感覚、そこに躊躇や恐れは無く、純朴に戦闘が楽しかった。

 その姿は、その生き方は、あの『角』と同質。

 憎い憎い妖怪達と同じ、その事実が脳を侵す、ハラワタが煮えくり返る。

 

 夜の冷たい風が吹く。

 

 冷たさに晒され、燃え滾る怒りはネバネバした嫌悪へ転化する。

 自己嫌悪は急速に肥大化し、重く内臓に絡み付く、ひた走る足が徐々にそのスピードを落としていく。

 

「お前、言ったよな……」

 

 声が掠れる。

 言葉を選んでいる余裕はない。

 

「俺が後悔してる限り、依姫は俺を嫌わないって」

 

 やがて、彼の足が止まる。

 俯いた彼の影が、ゆらゆらと揺れる。

 

 あの行動には、後悔の二文字は影も存在していなかった。

 あるのは自己本位と享楽だけだった。

 

「もう、分からねぇよ…俺は、俺の事が」

<>

「戦いは楽しいさ、血湧き踊る…だけどよ、最近の俺は、ずっとそればっかだ」

 

 誰も居ない荒野に、影が伸びている。

 やがて影は、膝を折り、小さく蹲った。

 

「何よりも、依姫よりもだ…どっちかに振り切れれば良いのによ、一丁前に悩んじまってる俺は、何のために生きているのか分からなくなる」

 

 掌で覆ってみる。

 この狂人の顔を。

 

 嗤いも、苦しみも、正体も。

 誰にも見られていない様で、苦悩を直視せずに済む様な気がして、ほんの少しだけ気が楽になる。

 

「なぁヴェノム、俺達は、ヴェノムだ、残虐な庇護者だ」

 

 ヴェノムは何も答えない。

 

「じゃあ、()は一体、何なんだ?」

 

 目覚めたのは森の中で、ただ一人。

 目的も無く、記憶も無く。

 保護者も居なければ、知人も居ない。

 

 この戦闘欲求はどこから湧き出る物なのか、何故中途半端な情けを捨てられないのか。

 何故、『適応』なんて力を持っているのか。

 この世界に湧いて出てきた様に『()()』シンは、一体、何なのか。

 

 胸の辺りに虚脱感が走る、喉を掻きむしる様な不快感が迫り上がる、を それらを何とか吐き出そうと、彼は静かにヴェノムにぶつけた。

 これまで気にもしなかったその問い、決して解くことの出来ない疑問を。

 

<………お前はお前だ>

 

 返答があったのは、長い沈黙の後だった。

 

「…そうだな、悪い、イライラしてた」

 

 きっと、ヴェノムに明確な答えを求めていた訳じゃない。

 相棒に尋ね、答えてもらう、これは心を落ち着かせる儀式みたいな物だ。

 彼の答えが響かなかった訳じゃない、間違っているとも思わない。

 

 ただ、答えが返ってきても、汚泥が晴れることはない。

 底に沈殿して、見かけが透き通っただけ。

 またいつか、汚泥は舞い上がって視界を閉ざす。

 

 ヴェノムも、それを理解していた。

 膨大な知識を有するハイブマインドをもってしても、彼に掛ける最適な言葉なんて物は無い。

 だから———

 

<シン、お前には心を休める時間が必要だ>

 

 まずは休めと、そう語り掛けた。

 

<『角』との(あの時の)戦いは、お前の中では数日前の出来事だ…だから休め、心を落ち着かせてから、ゆっくりと考えればいい>

 

 ヴェノムの言葉が胸にスッと入ってくる。

 相棒の言葉、それだけで心は落ち着いて行く。

 

 息を吸う。

 冷たい夜気が肺を満たす。

 

「そう、だな…俺も少し、疲れた」

 

 ゆっくりと立ち上がり、彼は歩き出す。

 足元はまだ覚束ないが、それでも前へ。

 

「良かったよ、お前が居て」

< どういたしまして >

 

 ただ、側にいる相棒に感謝を示して。




ご拝読、ありがとうございますなのぜ。
やっぱヴェノムがヒロインだぜ!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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