「…何してたのさ」
「…悪ぃ、大和に喧嘩売ってた」
「そっか大和に…はぁっ!?」
結局、シン達が諏訪国に帰ってきたのは、あれから太陽が二度廻った頃であった。
行きは数時間だったが、帰りはフラフラと歩いた為、その数倍、長い様にも短い様に見えるが、往復約300kmを駆けたのだから、破格の速さだ。
当然、諏訪子は唐突に消えたシン達をかなり訝しんでいた。
諏訪国に協力すると言った翌日には姿が消えていたのだから、それはもう怪しさMAXだ。
あんな事を言った手前、シンも諏訪国に入るのも後ろめたく、道中どうやって謝ろうかと思考を巡らせていた。
その末、彼らが領地に入った瞬間に諏訪子は現れ、先の問答を行ったのだが———
当然と言うべきか、諏訪子にはドが付くほど衝撃の内容だ。
「っやっ、大和…!?喧嘩…!?ほんとに何しに行ってたの…!?」
「…色々殴って、あと神様もぶん殴ってきた」
「俺は知らないからな!シンが悪い!!」
「っまっ、マッ、マジで…っ!?」
驚愕、諏訪子、お口あんぐり。
心無しか帽子の目も点になっている。
8割困惑、1割期待、残りはごちゃ混ぜの感情で観測不明。
それを真正面から受け止めるのは些か難しく、シンはふいと視線を逸らした。
「…ちなみに、誰?」
「…確か、
「…っ……!?……!?」
ボソリと呟くと、悲しい事に彼女はフリーズしてしまった。
軽々しく予測を超える答えの連続は、彼女の理解の範疇を超えてしまった様だ。
両者、遂に沈黙。
時たま諏訪子の虫の様な声が漏れるのみ。
「……っは〜〜〜…」
数秒後、静寂を打ち破ったのは、大きく溜息を吐いた諏訪子。
頭の中でこんがらがった物を強引に吐き出そうとしているかの様に、彼女は息を吐き切り、シンの視線だけが彼女へと戻る。
そして、彼女は力無い瞳で、か細く鳴いた。
「…もう、話は後で聞くよ、うん」
敢えて名付けるとしたら、それはただの思考放棄だった。
◆◆
「あのね!神奈子ってのは大和で一番戦いまくってる軍神なの!バリバリの武闘派!!」
「そうだな、強かった」
「あいつは大和の中で一二を争うくらい強いらしいんだよ!それをぶん殴ったって!!あははは!ザマーミロ!!」
「諏訪子様ぁ〜、飲み過ぎですよ〜」
場所は変わって、場面は諏訪国の社。
いやに家庭的なちゃぶ台を囲むのは、ガバガバと酒をラッパ飲みする諏訪子、彼女に抱きしめられながら緩やかに諌める花苗、死んだ目でチビチビ酒を飲むシン。
事の始まりは、諏訪子がシン達を有無を言わさず社に引き摺り込んだ事からだ。
ズンズンと床を踏み荒らし、シン達を客室に連れ込む諏訪子。
いつの間にか両手に酒器を携えたかと思えば、次の瞬間には栓は開けられ、彼女は呑みに呑みまくっていた。
様子を見に来た花苗は、諏訪子によって即座に彼女の膝上に捕えられた。
可哀想に、彼女はもう助からないだろう。
<俺達も呑もう!呑まなきゃ損だ!>
「てめぇもう酔ってんだろ」
<うるさい!>
「おぼぼぼ」
あれよあれよとシンも酒を呑まされ、花苗も巻き込まれ、いつしかここは諏訪子の暴走会場と化していた。
今の彼女は笑い上戸、現在ヴェノムに酒を流し込まれているシンを、彼女は諸手を挙げて褒め称えている。
彼女の暴走を止められるのはシンだけであり、止めるべきでもある事は彼も理解していたが、彼自身も単身で大和国に向かった身、とてもじゃないが、諏訪子を咎めようという気にはならなかった。
「あはっ!あはっ、あはははは!!…うぅ、うぇえええん!」
<泣いちまった!>
「諏訪子様ぁ…ちょっと苦しいです…」
…酒癖の悪い幼女を止めるのが面倒というのは秘密だ。
「…オラ諏訪子、そいつが苦しそうだから離してやれよ」
諏訪子は花苗をぬいぐるみの様に抱きしめてぴいぴい泣いている。
喜びから一転悲しみへ、泣き上戸に変化した彼女は、面倒臭い事この上ない。
癇癪を起こされたら、それこそ敵わない、事態が悪化する前に、シンは彼女の意識を逸らそうと席を立った。
その瞬間———
「てりゃっ!」
「諏訪子様っ!?」
「うぉっ!?」
諏訪子、カエルの如く跳躍。
立ち上がったシンの腹部目掛けて飛び付いたのだ。
ばさりと彼女の帽子が地に落ち、金色の髪がぶわりと揺れる。
「っんのバカ!このっ!離れろ…!!」
虫の様に両手両足でしがみ付く諏訪子を前に、シンは避ける事も踏ん張ることも出来ずに、そのまま仰向けに倒れてしまう。
流石に殴りまではしないが、彼女を強引に引き剥がそうとしても一向に離れない。
神らしい剛力でシンにしがみ付いている。
例えが悪いが、まるで腕を振っても振っても落ちないクワガタみたいだ。
シンじゃなければ鯖折りにされていた。
「うぇええええん!!」
「クソガキ!!俺の上で泣くな!喚くな!鼻水を垂らすなァ!」
<いいぞ!面白くなってきた!!>
「わぁああすみません御客人様ーーー!」
赤子の様な泣き声は未だ止まず。
幸いシンの腹に顔を埋めて泣き叫んでいる為か、泣き声が籠って多少は静かになってはいる。
しかしどんどん腹の辺りが生暖かくなっていく感触に、シンは得体も知れない感情を抱いた、勿論良い物じゃない。
シンの視界の端では、あろう事か花苗が清々しい顔で部屋から抜け出そうとしていた。
「なんだってんだ諏訪子!?俺はお前のパパじゃねぇぞ!甘えるなら花苗の方に行け———何逃げてんだ花苗ぇ!!」
「ごめんなさい!任せました!」
<コレが余程厄介と見た、お前に任せたぞシン!>
「クソ共がァ!!」
「うぇぇえええ…」
一番この幼子の扱いを理解していそうな花苗が消えた今、シンに出来る事は何一つ無かった。
強いて挙げるならば、ただ腹がびちょびちょになっていく事実を受け入れる事だけ。
なんというストレスだ。
道場で子供のあやし方講座を行わなかった玄楽に怒りを抱かずにはいられない。
「あー…!クソクソクソ!だからガキは嫌いなんだ!!」
「だって…だってぇ…!」
そこで、遂に諏訪子は泣き声以外の言葉を発した。
「大和国に目を付けられて…わたしずっと…怖くてぇ…!!」
慌ててシンは彼女の顔に目をやる。
突然語り始めた内容に驚いたのもあるが、何よりこれは、シンが聞いてはいけない様な話な気がしたからだ。
心の一番柔らかい部分を垣間見るという行為…親睦を深めるという儀式をすっ飛ばしてそこに至る、それはズルをしている様な、不義理を働いている様な気がしてならない。
「皆んな失っちゃうと思って…そしたら君が来て…」
威圧感を振り撒き、神として振る舞い、このヴェノムとすら対等に渡り合った諏訪子の姿から掛け離れた、小さな少女の葛藤。
会って間もないシンに曝け出す…いや、酒によって曝け出された本音は、シンにこんな形で聞いてしまったという小さな罪悪感と、もう一つの感情を呼び起こした。
「君が大和に一泡吹かせて…『勝てる』って思ったから…!嬉しくてぇ…!!」
この感情にシンが気付いたその瞬間、彼は憎々しげに舌打ちを打ち、ため息を一つ吐いた。
なぜならそれは、抱けば残り続ける、無視も出来ない厄介な代物だから。
「…う、ううぅぅぅ…!」
「…だから…だから、お前みたいなガキは嫌いなんだ」
それは、
これほどまで小さく、幼い(様に見える)子供が、こんなにも苦しんでいる。
だったら、助けないといけないだろう。
自覚して仕舞えば、手を差し伸べずにはいられない。
無視して仕舞えば、一生心にささくれ立つ。
だから何だと、非情になりきれればいいのに、シンにはそれが出来ない。
初対面の時分であれば、彼女が『神』であるという先入観、それに相応しい重圧に、ここまでの情けを掛ける事はなかっただろう。
だが、今の彼にとって諏訪子は、只管に頑張る子供。
「…ぐすぅ」
「…ぁあ、クソ」
<よしよし>
吐き出すだけ吐き出して、満足したのか目を閉じる諏訪子。
シンの考えに感化されたのか、ヴェノムの触手が彼女の髪に伸びる。
触手から伝わるのは、全く、柔らかい、絹の様な感触。
最早彼女に退けとも言う気にならない。
こんな気持ちになるのは、酔いのせいだろうか。
「…よし決めたぞヴェノム、コイツらを勝たせてやる」
<いいぞ!それでこそだ!>
付和雷同染みた思考を捨て、シンは遂に決意する。
『諏訪国を助ける』、と。
(どうせ月に行く目処も立たねぇし)
それらしい建前を建てつつ、先ずはこの幼女をどう退かせるかを考え、彼は諏訪子と同じ様に瞼を閉じた。
———その瞬間、空気を裂く閃き。
「ッヴェノム!!」
「ァあんぐァ!!」
それは破裂ではなく、爆発でもない。
ただ速さが空気を擦るときにだけ生まれる細く、高く、光を帯びた震え。
それらが彼らシンとヴェノムと超感覚に触れ、反射でヴェノムを繰り出させる。
感覚で理解する、ソレの行き着く先はシン達、いや違う、諏訪子の頭蓋。
刹那、ヴェノムの頭が透明な閃光を受け止め、バキリと噛み砕いた。
ヴェノムが吐き出し、床に散らばったのは、一本の矢の残骸。
つまりは攻撃、奇襲、又は暗殺。
瞬間、シンの額に浮かぶ青筋。
「…良い度胸だ」
「食い殺してやる」
泥酔して目を覚まさない諏訪子を触手で掴み、ゆっくりと下ろす。
立ち上がるシンの影、瞬く間に影は巨大化し、諏訪子の姿を完全に隠した。
「…グルルル…!!」
喉を鳴らし、矢の来たる方向を睨み付ける。
方向は分かる、矢のスピードと音の発生から逆算した凡その距離も。
———逃げられると、思うなよ。
◆◆
ヴェノムが黒い弾丸と化して数秒、すぐに標的は見つけた。
弓を携える、美形の男。
諏訪国の領地から少し離れた森の手前、そこに彼は居た。
まるで今から帰宅しますよと言っているかの如く、無防備に。
尋問も何もかも必要ない。
突然の奇襲に目を丸くする男に、ヴェノムは有無を言わさず顔面を鷲掴みにした。
「ぐぁああ!?誰だ貴様ぁ!?」
拳の中で彼の表情が苦痛に歪み、手に収めていた矢が滑り落ちる。
反撃の拳と蹴りが、ヴェノムに叩き込まれる。
どれもこれも彼らにとっては、か弱い反抗だ。
「っいっ、いいのか!?私は大和国の神だぞっ!?我が名は———」
「黙れ」
名前も、目的も、全くもって興味なし。
腹の底に浮かぶは純然な義憤のみ。
名乗りすら要らない、自動車で轢き潰す様に、何が起きているかも分からないまま暗闇に送ってやる。
「気になってたんだよ…神サマの味ってやつをよ…あん時は結局食わなかったが…どう思うヴェノム?コイツは食べちゃダメな奴か?」
「NO!コイツはクズだ!!」
「…そういう事だ」
「っなっ…ぁ…っ、っああああっ!!」
顎門を開ける、並んだ牙の群れから涎が滴り落ちる。
「っやめろっ!!やめっ———」
断末魔、粉砕音、揺れる身体、舞い散る鮮血。
あっという間に事は為され、叫び声も何もかも大地に消えていく。
今生初の神喰い。
その味は———
「…薄いな」
「物足りない!」
味付きのゴムというか、水で割ったジュースというか、兎に角物足りない、まるでホールケーキを前にして、その一欠片だけを寄こされた気分だ。
酒が入っている為、尚の事気分が悪い。
不満足のまま、未だ半固形の脳髄を無理やり嚥下する。
「クズは地面にシミにでもなってろ!!」
期待と失望の板挟みとなったヴェノムは、その鬱憤を晴らすが如く首無しの骸を地面に叩き付けた。
瞬間、ガラスの様に砕け散り、空気中に霧散していく五体。
予想とは違う反応に彼らは少々目を丸くしていたが、直ぐに鼻を鳴らし、その場を後にした。
「…これも学びだな」
「がっかりだ!」
ご拝読ありがとうございますなのぜ!
大和国の使者による、挑発を兼ねた殺人矢文。
ほくそ笑みながら彼はその場を去る。
だが
最後にmatunoki様、古明地様、☆9、☆5評価、大変ありがとうございますなのぜ!
読者様のお陰で、遂に評価バーが赤で埋まったのぜ!超絶感謝!
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)