東方修羅道   作:おんせんまんじう

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ゆっくりするのじゃ。


第六十五話 あなたを見つめる花

「ッフ〜〜〜」

結局何だったんだ?あいつは

「知らん、聞く前に喰ったからな」

 

 諏訪子の頭蓋を穿とうとしていた男神を仕留めたシン達。

 殺神現場に長居する理由も無く、早々に彼らは諏訪子の元へ帰ってきていた。

 

「すぴ〜…」

呑気な奴だ

 

 あれだけの出来事、起きて警戒体制でも取るだろうかと考えていたが…

 実際は大の字ですやすや、おまけに涎まで垂らしている。

 それだけ酒が入っていたという事の証左だろうか。

 

 逆に肝が据わっているのかと、シンは嘆息せざるを得なかった。

 

「…さてと」

 

 諏訪子からヴェノムが噛み砕いた矢に視線を移す。

 バラバラで捨てるには苦労するだろう、少しは掃除してやろうかと思い立った矢先、シンは矢の残骸から何かを発見した。

 

「…ん、なんだこれ」

 

 拾い上げられたそれは、折り畳まれた一つの紙片。

 元々矢に結び付けられていた様だ、であれば、この正体を深く推量する必要は無い。

 

 これは、矢文だ。

 

「どれどれぇ?」

俺にも見せろ!

 

 ずいとヴェノムの顔面がシンを押し除ける。

 

 丁重に扱う義理はなしと、紙片を適当に展開。

 格子状の折り目の奥に写る文字を目にした瞬間、シンの瞳孔が僅かに収縮した。

 

『黒き君へ。このほどは、ひとかたならぬ御はからひにあづかり、かへすがへすも忘れがたく存じ侍り候。かの折のことは、水に流し置きて、心安らかに思し召され候へ。今ひとたび、ゆるやかに語らひ申したく、念じ奉り候。三日ばかりの後、大和の国へおはしまし給へば、うれしきかぎりにて候。かしこ 建御名方神より奉り候』

 

 シンの視線がそのまま宙を向く。

 続いて、瞼を閉じ、目頭を揉みながら一つ息を吐く。

 

「…っスゥ〜〜〜…」

 

 端的に言おう。

 解読不明だ。

 

 びっしりと敷き詰められた上にカチカチのお堅い文章、理解する前に目が滑って滑ってしょうがない。

 シンは渋い顔のままヴェノムの顔面に手紙を押し付けた。

 

「…翻訳」

ふざけてんならこの紙買っちまうぞ

「出来たら妖怪を狩りに行こう、好きなだけだ」

よし任せろ

 

 ヴェノムの両頬がにんまりと吊り上がると、彼はシンの手から手紙をぶんどり、手紙に視線を落とした。

 そしてハイブマインドに内蔵された知識と照らし合わせること数秒。

 瞬く間に翻訳を完了させたヴェノムは、その要点だけをシンに伝えた。

 

「3日後に大和国まで来い、だとよ…建御名方(たけみなかた)って奴からだ」

「誰だよ」

 

 知らない手紙、知らない名前、いっそ無視してしまおうという思いが沸々と湧く。

 そもそも渡し方が無礼極まりない、人に向かって放たれる矢文とは何事だ。

 だったら無視しても良いのでは…?

 

 シンはどうしたものかと寝ている諏訪子の側に座り込み、その頬をつついた。

 ヴェノムは反対側の頬を触手でこねる様に突いている。

 

「ここの味方するっつってもなぁ、面倒なもんは面倒だよなぁ」

「むにゃ…」

「起きろよ諏訪子ォ、すやすやしやがって」

「…むにゃ」

「…クソガキが」

 

 諏訪子は眉間に皺を寄せながらも、あい変わらず夢の中。

 彼女に押し付けるという一縷の望みも叶いそうにない。

 

「…うし」

 

 シンはぐっと立ち上がり、心を切り替える為に軽く頬を叩く。

 ヴェノムを体に戻らせ、身を翻してその場を後にした。

 

 思い立ったが吉日、その日以降は凶日だ。

 

「おっと、今度はちゃんと伝えとかねぇとな」

 

 短い書き置きを、ヴェノムの粘液を用いて諏訪子の顔に貼り付ける。

 勢いよく貼り付けたものだから、ぷぎゅ、と声が漏れていたが、どうせ泥酔しているのだから些事だろう。

 

 外からはうっすらと子供の笑い声が響いている。

 この暢気さが、彼女をああもダラけさせているのだろうか。

 それが喜ぶべき物か嘆くべき物なのかは定かではないが、気にせずシンは歩を進めた。

 

 どうせ3日の猶予がある、ゆっくりと進もう。

 

◆◆

 

 そこに立ち寄ったのは全くの偶然だった。

 妖怪の食い倒れ道中に見つけた、ポツポツと咲くシロツメグサやタンポポ、ドクダミの花といった野草、それらに導かれる様に歩き続けた先の先。

 

 花々はその密度をより上昇させ、草の緑の方が少なくなる程に鮮やかに咲き乱れていく。

 白が中心だった花の色に、黄や青、紫が混じり、狂おしい程に美しく幻想的になっていく。

 最早、道を『行く』のではなく、『踏み荒らし』ているのではないかと錯覚する様になった頃である、小高い丘を超えると、()()が目の前に飛び込んできた。

 

「ははぁ、すげぇ景色」

<情緒って奴だな>

 

 先程とは打って変わる景色。

 それは先の花々の乱れ咲きではない、そこには()()の花による秩序があった。

 

 堂々と、凛々しく、優雅に。

 

 緑と、茶と、黄の三色が太陽の光を受けて溢れんばかりに輝く三重奏の大軍列。

 その一つ一つ全てが同じ方向を向く様には、感動を超えて少しながら畏怖すら感じる。

 視界の全てを埋め尽くすソレの名は、太陽の花、向日葵(ひまわり)

 

「自生してんのか?これが」

<だとしたら奇跡だな>

 

 見渡す限りの向日葵畑。

 余りに圧巻の光景に、シンは瞠目しながらその場に立ち竦んでいた。

 

「いや、本当に凄いな、感動だ」

<お前にそんな趣があったとはな>

「気に入って貰えた様で何よりね」

 

 第三者の高く、少々浮ついた声、すぐ背後から。

 気配は無し、導かれる答えは強者のみ。

 

 誘われるが如く、シンは躊躇い無しに裏拳を繰り出した。

 

「せっかちさんねぇ」

「…!」

<こいつ…!!>

 

 繰り出された右の拳、防御はされず、背後の人物の頬に深々と突き刺さっていた。

 触感はジャストミート、しかし骨を砕いた気配は無い。

 そこで初めて、シンはその人物の顔を直視した。

 

「…悪かった、無礼だったな」

「いや?良い挨拶じゃない」

 

 ウェーブの掛かったエメラルド色の髪から覗く、真紅の眼差し。

 怪しく光るその瞳からは、確かな愉悦が浮かんでいた。

 

 しかし、それはシンも同じ。

 

「一応聞いとくよ、名前は?」

 

 吊り上がりそうになる頬を口で覆い、少しばかり距離を取る。

 

 服装は真っ白なシャツと鮮やかな真紅のチェック。

 僅かに口角を上げている目の前の女は妖艶で、同時に危険。

 一目で妖怪だと分かる、だと言うのに、こんな無駄な会話を続けているのは何故だろうか。

 

風見幽香(かざみゆうか)、お察しの通り、妖怪よ」

「そうか、俺はシン」

ヴェノムだ

 

 なぜなら、()()()()()()()()()だ。

 互いが互い、求める物は同じであると。

 同類の匂いを嗅ぎ分けて、二人の心の距離感は既に友人に近い物へと変化していた。

 

「突然だが、俺は妖怪が嫌いなんだ…だけどよ、俺の悪癖のせいか、お前とは仲良くなれそうな気がするんだ、それでも、俺はお前を———」

 

 シンにとって、それは初めての事であった。

 初めて同族に会ったかも知れない—『角』は例外だが—期待と高揚感。

 

 不自然に口数が多くなってしまうほどに、彼は冷静さを欠いていた。

 

 それもまた心地良いという肯定、だが依然として妖怪に対する否定もある。

 そんな人間的な矛盾が、シンを小さくない混沌の渦に落とし込んでいた。

 

「御託はいいわよ」

 

 女、幽華はピシャリと告げる。

 シンの迷いに似た雑念を見据えたかの如く。

 そう、求める物は通じ合っているのだから、言葉は要らない、と。

 

 ———あぁ、その通りだ。

 

「さっさと()りましょう?」

「っつくづく良い女だ!!ヴェノム!!小細工は無しだぞ!!」

おう!!

 

 両者、拳を繰り出す。

 

 衝撃を最大限に伝えるために、足元を踏み付けてその場に縫い付け。

 気持ちよくぶん殴るために顔面の中心を狙い。

 シンはヴェノムを纏いて笑い、幽華もまた妖しく笑い。

 

 互いのバトルジャンキーの細胞が呼び起こした奇跡的なシンクロ(右ストレート)が、炸裂する。

 闘いの号砲として、大木が割れたかの様な子気味の良い音が響き、二人は大きくのけ反った。

 

ぶふっ…!!

「…っ…!!」

 

 ヴェノムの牙が数本折れて地に舞う、首が吹き飛んだ様な気さえした。

 幽華も鼻血を宙に散らして悶絶する。

 

 だが、吹き飛びはしない。

 互いが互いの足を踏み付けている為に。

 まるでここから離れないでと懇願しているかの様に。

 

っ何度でも闘ろうっ!!

「っえぇ!!いつまでも!!」

 

 ヴェノムの白き眼光と、幽華の紅の瞳が交錯する。

 

 ———楽しいな。

 ———えぇ、楽しいわね。

 

 二撃目、今度は拳同士が衝突する。

 

づっ!!

「ぐっ!!」

 

 バキバキと手首にまで侵食する骨折が襲い、両者は顔を歪める。

 二人の実力は、パワー、アジリティ、継戦能力という点において完全に拮抗していた。

 片やシンビオートによる超回復、片や植物由来の超再生。

 

 壊れないサンドバック達は怯まず、三撃目へと移行する。

 

 此度はお互いの戦闘IQを競うあうかの様な探り合いだった。

 両の手によるフェイントに次ぐフェイント。

 

 弾かれ、流され、受けられ。

 押し合い、潰し合い、張り合い。

 

 足技は使わない、それが戦闘狂同士の暗黙の了解。

 

 状況はヴェノムがやや優位だった。

 玄楽と『角』から学習した武術が、幽華の一歩上を行っていたのだ。

 

「私はまだ生まれてばかりなの」

あぁ?

 

 本命を繰り出す為の応酬(フェイント)の中で、幽華が言葉を漏らす。

 

「でも分かる、貴方みたいな人、この先現れないわ」

 

 シンは無意識のうちに、幽華の表情を直視した。

 

「きっと、運命よ」

 

 赤く染まっていた様な気がする。

 大輪の笑顔を浮かべていた様な気もする。

 幸せそうにシンを見つめていた様な気さえする。

 

 脳に闘いのリソースを使い過ぎて、どれもこれも朧げだ。

 ただ、向日葵みたいだ、と。

 無意識ながら感じ入っていた。

 

「私と永遠を誓いなさい」

 

 皮膚と皮膚がぶつかり合う音の中で、彼女の告白だけが強く響く。

 あぁ、きっと、それも良いのかも知れない。

 運命だと言う言葉も、疑いようもなく真実だ。

 

 だが…

 それでも———

 

『他の人も好きにならないで下さい…!ずっと私だけ好きでいて下さい…!!』

 

 彼女の悲壮な声が、涙の熱が、下手くそなキスの感覚が忘れられないのだ。

 

悪ぃ、先約が居るんだ

 

 シンはヴェノムの皮の奥で、小さく笑って答えた。

 彼女はほんの少しだけ目を伏せて、短く呟く。

 

「…そう」

 

 幽華の手のひらの勢いと覇気が、僅かに落ちる。

 その瞬間、趨勢は完全にヴェノム達に傾いた。

 

 幽華の指を、手のひらを、腕を潜り抜けて、太い黒腕が彼女の首に迫る。

 

 瞬きの間、シンは僅かに懺悔する。

 

 幽華が始めた話とはいえ、彼女を余計な感情で振り回し、闘いの純度を低下させた。

 剥き出しの肉体による勝負に、玉瑕を付けた。

 

 だがシンが後悔に浸るその瞬間、幽華の足掻きにも似た行動が結末を変えた。

 迫る黒腕に、添える様にピタリと腕をくっ付ける。 

 

 抵抗とも言えぬ抵抗。

 シンは幽華に視線を送るが、彼女は目を臥したまま視線を合わせない。

 

…あ?

 

 ———バチン。

 

 軽い衝撃。

 逸れる狙い。

 

 その正体は指向性を持った妖力の発散、ほんの僅かにヴェノムの腕を弾く。

 この肉体()()の勝負、その暗黙の了解が、破られる。

 

なっ…!

バカ野郎!!

 

 弾かれたヴェノムの黒腕は、軌道をずらして幽華の左頬のすぐ側を穿った。

 そうして生まれた隙を、彼女は見逃さない。

 空気を読んで静観を貫いていたヴェノムの防御も、間に合わない。

 

 幽華の姿が視界から消える、否、すでにヴェノムに密着する距離にまで接近している。

 

ぐぅっ!?

 

 万力の如き踏み込み、踏み付けられているヴェノムの足ごと地面が砕かれる。

 繰り出されるは、必殺のブロー。

 

「はぁっ!!」

ごぼォっ!!

 

 太鼓が打ち鳴らされた様な轟音。

 彼女の腕が、ヴェノムの水月に中程まで突き刺さっていた。

 

 胃がひっくり返るほどの衝撃に、彼らは思わず空気を吐き出す。

 ———だが。

 

(っ!っ抜けない!)

 

 仮にヴェノムの防御が間に合わなくても、受けてからの対処ならば可能。

 腹部の筋肉を無理矢理押し固めて、幽華の腕を捉える。

 

お"返しだァ!!

喰ら"え"!!

 

 お返しと言わんばかりに幽華の足諸共、地面を踏み砕いて踏み込み、拳を構える。

 

 渾身の力、120%の力で放たれたボディブローは、彼女の腹部に深々と突き刺さり。

 勢いは止まらず、腹直筋を、大腸を、背骨を丸ごと貫いた。

 急激な体内圧力の変化と異常な内臓の圧迫により、彼女の肋骨の下部が体外に脱出し、堪らずゴポリと血を吐く。

 

 ここに来て単純な体格の差による有利が現れた瞬間だった。

 

「がぼォ…!」

 

 夥しい量の鮮血が地面に舞い散るが、これが決着とはならない事はわかっている。

 

 …実の所、この一撃はただの暴力では無い、幽華に対するシンのフィジカルコミュニケーションの一面を含んでいた。

 必殺ブローに対して、必殺ブローのお返し。

 もう一度競い合わないか、さっきの続きをしないかと言う誘いだ。

 

「…ごめんなさい」

 

 答えは、血反吐混じりの一言。

 

「…ほんのちょっと、動揺が、隠せないの」

 

 濁った声、気付けばふわりと緑髪が空に揺蕩い、顔同士が同じ高さで向かい合う。

 腹と口から血を舞い散らし、幽華は宙に飛んでいた。

 

 腹を貫かれて尚この身のこなし。

 驚愕と同時に、シンは少々歯噛みする。

 彼女が彼らから離れる、それは競い合いの拒否だ。

 

 何よりも、目の前の彼女の瞳がそれを物語っている。

 

 つまり、ここからは楽しい遊びでは無い。

 楽しい殺し合いだ。

 

 ———もっと闘りたかったけどな。

 

 呟きは、顔面への回し蹴りに掻き消された。




ご拝読ありがとうございますなのぜ!
風見幽香はシン君の彼女になってくれるかもしれなかった女性なのぜ。

最後にガーディアンオブ酸辣湯麺様、☆10評価大変ありがとうございますなのぜ!

登場人物紹介っている?

  • やってくれ 必要だろ(いる)
  • それは雑魚の思考だ(いらない)
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