シンはきっちり四時間使い果たして外周の三周をやり遂げ、その勢いのまま倒れ込んだ。
慣性によって滑りながら減速し、砂埃が舞った。
ヴェノムが三周を越した瞬間にシンの体に自身を纏わせ、傷を癒していく。
筋繊維の千切れや、乾燥による喉の出血は治ったが、脱水症状や疲れを治すことは出来ない。
依姫も程なくして追い付き、倒れているシンを見つけてはすぐさま駆け寄った。
依姫はシンと並んでいたとき、シンは血涙を流し、吐血し、足からはブチブチと嫌な音が流れていたのを覚えていた。
依姫はそのとき、直ぐに走るのを止めるよう命令したが、シンは更に疾くなり、追い越してしまった。
何処にそんな力が、と疑問に思わずにはいられなかった。
玄楽もいつの間にかそこに佇んでおり、大きな水筒をヴェノムに差し出した。
依姫はシンの走っていた状態を知っていたであろう玄楽に言う。
「お父様!!どうしてシンさんを止めなかったのですか!?」
何度も見ていたはずだ、文字通り血反吐を吐いていたシンの姿を。
「…ここでは師範と呼べ、そうだな、八意殿からシンが追い詰められ、
ヴェノムと出会う前にシンのことである。
あの時も絶体絶命だったはずだが、狼妖怪の頭を叩き潰し、首を折った。
確かに人間業ではない。
依姫のときもそうだ。
いくらその身に木刀を叩き込まれたとしても、軌道が見えるようになるわけでもない。
ボクサーの素人がプロに絶対勝てないように。
「えぇ…ですが、これは…」
「あぁ…勿論シンが倒れたりしたら回収するつもりだった、だがシンはやり遂げた」
シンはスタートの直後、全力で走ったがその速さは依姫の十分の一にも満たなかった。
しかし、体を壊し、常に全力で走るシンは、依姫を追い抜いた。
「彼は進化しているとも言える速さで成長している、…恐らくこれが、彼自身の能力なのだろう。名付けるとするなら…そう、"適応“」
「…」
依姫はシンを黙って見ている、その表情は計り知れない。
シンはもう健康体そのものになり、ヴェノムによって無理矢理水筒の水を飲まされていた。
玄楽は続けて行った。
「つまり、彼は限界を越え適応、強靭な肉体に体が作り替えられるが、更に限界を越え、それに適応…これを狙って我は無理難題を彼に吹っ掛けた、何故なら…彼は強くなりたがっていた、これが強くなる一番の近道だ、それは彼も分かっているだろう…」
「…何故…何故彼はそんなに頑張ることが出来るのですか…ッ!?」
「…さぁな」
端正な顔を顰め、我慢ならないと言った様子で依姫が問う。
しかし、玄楽は続々とゴールする門下生を見ながら、その質問を軽くあしらった。
玄楽の視界の端にはヴェノムに頬をぺちぺち叩かれているシンが映っていた。
最後の門下生がシンの前を通り過ぎたころ、ようやくシンは目を覚ました。
雲にコーディネートされた蒼天、空気を吸うほど痛む喉、かなりの体の怠さ、ヴェノムに頬を叩かれる感触、心配そうに顔を覗かせる依姫、心無しか目を合わせない門下生達、と、情報量が多く、げんなりしながら起き上がる。
「シンも目を覚ましたようだな!一時間の休憩の休憩をやる!その次は剣術指南だ!!」
玄楽は四時間前ここに来たように指を鳴らし、次の瞬間にはあの道場だった。
二回体験しても慣れないものだ。
「な"あ"…ん"…?こ"え"が"…!?」
< 当たり前だ!!どれだけ走ったと思ってるッ!?しかもご丁寧に俺を無視しやがって!さっさと水を飲めッ!!後飯も食え!! >
優しいのか厳しいのか分からないヴェノム。
ただ、地獄のマラソンで依姫に勝ったという実感が沸々と湧く、無敵かと思われた依姫にだ。
しかし、何故依姫に勝ったか解らない、あのペースでは間違いなく追いつけなかった筈だ。
「ど“う"す"る"か"…水"が"な"い“…」
マラソンの謎は一旦置いておき、手元に水がないことに気付いた。
更に飯も無い、周りは既に弁当やらお茶やらで寛いでいる。
一応朝ごはん(黒い物質)は食べたが、まるで栄養が足りない。
どうしようかと考えていたら、目の前にスポーツドリンクとおにぎりが差し出された。
「食べて下さい…弁当もないのでしょう?」
依姫のようだ、こちらを見ずに、スポドリを地面に置き、おにぎりを手渡している。
自身が敵視している相手に施しを受けるのは癪だが、好意は無駄には出来ないので素直に受け取り、感謝を示す。
「…あ"り"が"と"な“」
「…!はい…!」
依姫はこちらに顔を向けないまま走り去ってしまった。
言うまでも無いが依姫は美少女だ。
道場のマドンナとされている彼女から、贈り物を受けたシンは、男子達、特に最初に道場で会った男子から怨念と嫉妬の篭った視線を浴びせられた。
そんな男子達を、シンは威圧を込めて睨んでやるとすぐさま男子達は目を逸らした。
…おにぎりは家庭的な味で丁度良い塩の塩梅、パリパリとした海苔が良いアクセントになり非常に美味だった。
彼女は料理が上手いのであろうか、おにぎりを頬張りながらそんなことを考えていた。
そんなこんなで一時間が過ぎた。
もう喉も元に戻り、疲れも多少軽減された。
玄楽は竹刀の束を持って現れ、大声で言った。
「まずは素振りだ!!各自、三千回しろ!終わったら空いている人と組手!!シンはマラソンのときと同じ状態でしろ!」
やはりスパルタである。
同級生がクスクスと嗤う中で、シンは心の中で闘志を燃やしていた。
勿論、依姫のことだ。
(絶対依姫より早くに終わらせてやる…!)
竹刀を掴み取り、依姫より早くに始まる。
豪快に風を切り、竹刀の重さが肩にのし掛かる、思ったよりキツイ。
何故か門下生達がニヤニヤとした表情でこちらを見て来た。
苛立っていると、依姫が竹刀を振り始めるのを確認する。
依姫は、竹刀を見惚れる程綺麗に振っていたが、次第にこちらをチラチラと見始める。
お前もか…!と更に苛立つと、依姫が竹刀を振る腕を止め、こちらに歩み寄った。
「は…?」
思わず声が漏れたが、依姫は構わず言った。
「貴方の素振りは早く振り過ぎて入らないところに力が篭っています、剣を振るときはこう!そんなことでは剣術は上達しませんよ!」
「あ、あぁ、分かった…」
まさかの素振り授業の開始である。
まさかシンがヘタクソ過ぎて周りはクスクスと嗤っていたのだろうか。
面食らったシンは本来教える筈の側の玄楽を睨んだが、ニヤリと笑うばかりで動こうとしなかった。
何処を見ているのですか!?と、透き通った声がシンの耳に入る。
依姫から教わったように竹刀をを振ると、腕だけでは無く、腹、足まで筋肉を使い、その分スピードが遅くなっていった。
対する依姫は恐るべきスピードで竹刀を振る。
負けじと竹刀を振るスピードを速くしようとするが、依姫に教わったやり方から外れ、汚い振り方となってしまう。
いっそこのままでもいいか…?そんな戯言が浮かぶが、それでは意味が無い。
マラソンのときのように真っ向から、勝たなくてはいけないのだ。
深呼吸し、意識を深い水に落とすように集中する。
目を閉じ、自身から無駄な物を削ぎ落とすかのように動きを最適化するように意識する。
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五百回に届く頃には、腕も上がらなくなってくる。
目を開け、依姫を見ると息を切らさず、黙々と、それでも美しく竹刀を振る姿があった。
対抗心が湧き、更に集中した。
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千五百回目、ここまで何度も集中が途切れそうになるが、何とか意識を繋いできた。
息が上がらないことに疑問を感じるが、自身が集中をするために忘れる。
ヴェノムも空気を読んで黙ってくれている。
依姫はあいも変わらず綺麗に振っている。
あと半分、集中だ。
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二千五百回目、ここまで来ると息も上がり、意識しなくてもこの状態で竹刀を振ることが出来る。
この状態が悟りか、それともただの疲労か。
何も考えずに竹刀を振っていると、依姫が竹刀を振る手を止めた。
こちらにまた歩み寄り、またシンに竹刀の振り方を教えるのかと思った。
しかし、俺の前に座って動かない。
そこで初めて気づいた。
(コイツ…もう終わっている…!?)
何ということだ、シンは愕然とし、竹刀を振る腕を僅かに緩める。
しかし、しかしだ、敗北を喫してしまったが、次の組手で勝利すればいい。
心の中で鼓舞し、集中しながら竹刀を振った。
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三千回目!遂に終了した。
周りは息を上げながら、素振りをしており、終わったのはシンと依姫だけだった。
「よし…組手しろ、依姫…ッ!」
< やっちまえシンッ!!>
「受けて立ちます!」
次こそは必ず勝つ…!シンは奮起し、道場に来て二回目となる剣戟が幕を開けた。
ご拝読、ありがとうございますなのぜ
能力公開、シンの能力は"適応"する程度の能力なのぜ。
だから、ヴェノムにも超完全適応したんですね、なのぜ。
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)