財団の布教アカデミア 作:葉月
『この文書が接続することを許可しますか?』
中国の軽慶市での「発光する赤児」の報道とそれに続く世界中での超常現象の報告。
それ自体は特に何の害もない報道であった…それ自体は。
しかし、パラウォッチや蛇の手、ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードが財団とGOCの情報統制をすり抜けヴェールは遂に捲られたのだ。最悪の事態ではないが、これが最初の財団の敗北である。
『それでは共に最大限の努力を為しましょう。我々の"日常"を取り戻すため。』
そして、財団の敗北と共に捲られたヴェールは財団の存在意義である『人類』のための活動に対して重大な欠陥を見せつけた。…そう、どこまでが『人類』でどこからが『異常』なのか?結果として個性と呼ばれる現実改変能力を持った新人類たちに対して倫理委員会は3日間の協議の末『人類』と認定を行ったが、それは結局のところ現状への同意に過ぎないということは誰もが知っていた…しかし、その時浪費した時間は財団にとって最も重要な3日間だった。
『もう私たちには時間がない、この発見があったとしても、これ以上何ができる?』
すでにヴェールが捲られた時点で財団に世界は見切りをつけたのだ。彼らは『個性』の出現を財団からの巣立ち、光の中から闇を知る時期だと考え始めた。アメリカ、ロシア、韓国、中国、フランス、ポーランド…もちろん日本もだ。彼らは財団…否、異常存在に対する最終兵器を作り上げていたのだ。そして、それはすでに財団やその他の要注意団体、多様なオブジェクトに影響を与えていた。
『お前らはすべてを俺から奪ったんだ。仲間も、感謝されるという願いさえ。』
気が付いた時にはすべてが遅かった。
MC&Dはただの商社へと変わり、ワンダーテインメント博士もそれを騙る『博士』も等しく忘れ去られた。
ザ・ファクトリーはオモチャの生産工場へ、東幣重工はただの町工場となり、エルマ外教は異世界に跳躍。
恐るべきサーキック・カルトも、それを打ち倒さんとする壊れた神の教会もボロボロになり戦争どころか団体の維持で手一杯。
酩酊街は人知れず忘れ去られてオネイロイは夢から去ったし、AWCY?もただの愉快な芸術家集団へと変貌した…要注意団体でもある任天堂は相変わらずゲームを作り続けたが。
そして最後に、すべての黒幕に思えたGOCが事務総長の死とともに消滅し、我々は世界から必要とされていないということをその時初めて知ったのだ。
『ここからは私O5-3の私的な発言だ。』
すでに財団に再起の目は無かった。空が汚い『青』に染まって以来の完全敗北…それもよりによって守るべき人類社会相手に。
倫理委員会はその敗北を受け入れた。こうなった以上、我々こそが正常な社会を乱す『異常』であり、『確保』され『収容』され『保護』されるべき存在である、と。
『我々はまだ終わっていない。我々はまだここにいる。』
しかし、財団は屈しない。財団が目指した社会は異常のない平和な世界なのかもしれないが、財団の構成員にとっては違うからだ。倫理委員会を地獄送りにした彼らは財団の離反者なのかもしれないが、『仲間や家族、そして私がいる世界』を目指す立派な一個の人間である。だからこそ、それ故に、彼らは『帰還』を望む。世界を蝕むため、世界に自らの存在を知らしめるため、『すてきなプレゼント』を連れて帰ってくる。
『さあ、悪を始めるぞ。』
そうして、プロトコル・アップグルントは発動されたのだ。
___
日本国某所。
「…
しかし、プロトコル・アップグルントには誤算があった。財団を『興味深い創作』としてみる特定の層があまりにも少なすぎたのだ。世界はすでに個性社会であり、『未知』や『異常』なんぞテレビのヒーローどころか近所づきあいで事足りるレベル。そんなこんなで帰還までの推定距離9216年などと冗談で言われるようになってから幾星霜、ついに財団は創作と現実との間の壁から先遣隊を送り出せるようになったのだ。
「あぁ~…飯食いてぇ…」
そして、その先遣隊は腹を鳴らしながら今にも餓死しそうになっている。
声を出す元気はあるようだが高価そうな首飾りをつけた白衣の男は路地裏でぶっ倒れているだけで、誰かが善意で食べ物を譲ってくれることを期待しているようだった。
(ヒーローとかが助けに来てくれたらいいんだがなぁ…クソッタレ、動けねぇ…)
一応大体の個性社会についての情報自体は日本支部の隠匿していた『見られるべき夢』で知っているが、それも動けなければ意味がない。
何より餓死してしまっては『復活』のために時間を費やしてしまった挙句、財団の帰還が本当に9216年かかる恐れもある。
「…やぁ!そこの君。君だよ君。そこでこの私をぼうっと眺めてる君。ちょっとしたことなんだけど、食べ物を少し恵んでくれないかな。」
「あぁ?誰だよてめぇ?」
しかし、彼には幸運の女神がついている。腹が減って動けない博士は、路地裏を歩く人の手のような斬新なマスク―いや、何かしらの『個性』なのかもしれない―をつけた白髪の少年が歩いて来るのを目にすることができたのだから…まぁ、幸運の女神ではなく悪運の女神というべきかもしれないが。
「おっさん、なんだって道端に寝転がったりしてんだよ?行き倒れか?」
「あぁ、簡単な話だ。私は腹が減って動けない―――だから、生き永らえさせてくれ。」
なんか名言風に言っているが、こいつの言っていることは単純にクズなことである。意訳すれば『飯をおごれ』、そんなことを臆面もなくその男は言い放つ。
「…はっ!いいぜ、付いてこい!」
「ありがと…待て!聞こえないのかい?私は腹が減って動けないんだ。こっちに戻るんだ!」
「…あぁー、めんどくせぇな…黒霧!こいつをバーまで持っていけ!」
「…いいのですか?彼は普通の行き倒れですし…」
「こいつは使えそうな『眼』をしてる。気に食わねぇものをぶっ壊す『眼』だ…」
しかし、こいつらはなんだって飢えた男の前で暢気に話をしてるんだ?早く飯を食わせてくれ。
首飾りを手で弄びながら男は考える。
いい加減、腹が減ったんだが…
それが男が思考に割くことのできた糖分が尽きる直前の思考であった。
___
「こっ、これはっ!一口齧れば肉汁と脂の旨味、唐辛子の刺激とコクが口を潤し、それでいて辛すぎることの無い滑らかな後味!」
「そうか。そいつはよかったな…で?なんでこんな路地裏で倒れてたんだよ。自殺志願者か?」
目の前でCFCのスカーレットフライドチキンを貪り食う男、自称『ジャック・ブライト博士』にそう尋ねる。
何せこの路地裏は彼が率いる『敵連合』の拠点であるバーが存在することからわかるように治安が悪い。一般人が入ることを躊躇するぐらいには薄暗く不気味なのだ。
「ん?特に理由は無いが?…この路地って立ち入り禁止でもされてるのかい?」
「いや?そんなことはねぇが…そうだな、一つ質問がある。助けてやった礼に答えろ。」
それに白衣の男は少し考えてからこう答える。
いい答えだ。死柄木弔にとってこの男の思想は合格ラインとなった。あとは『先生』に紹介して個性の確認と弔の判断が正しいか見てもらうとしよう…
「おいしさ やばげ 緋色の鳥よ」
「普通に食え。」
ジャック・ブライトとは長い付き合いになる。そう死柄木弔は直感していた。
『先生』はこの男をどう思うだろうか…?
「あぁ、旨かった!いい気分だ…そうだな、名前だけではなく詳しい自己紹介をしよう。私の名前はジャック・ブライト。気軽に『ブライト博士』と呼んでくれ…あぁ、ちょっと待ってくれよ?あと何か話してよさそうなことはあったっけな?「ここに何しに?」…いや、特にどこに来ようというつもりはなかったんだ。道に迷ってしまってね。「何がしたい?」…特にこれといった目標というものは…いや、CFCのせいで忘れるところだったな!強いて言うなら『居場所が欲しい』かな。「個性は?」…そうだ!私は無個性だよ!言い忘れていたがすまないね。」
(弔。彼は無個性ですが『使えそう』ですか?)
(どうしようもなかったら殺すさ。ひとまず『先生』に見せてみたい。)
目の前でニコニコしながら話す白衣の男は、殺されることに対して危機感を覚えていないように思える。
…しかし、黒霧が警戒するようにどこか得体のしれない気配を持っていることも事実。ならば弔や黒霧が攻撃を仕掛けようとすれば、すぐに対応できるような強個性か…?
「見るからに君たちは『ヴィラン』だったか?きっとそんなものだろう…おっと、そこのスーツの君。気を悪くしたなら謝るさ。そんなに怒らないでくれ…いや、怒ってるのかどうかわからんが。とにかく、君たちがヴィランにせよ何にせよ私は君たちの力になろう。もちろん私自身の目標もあるから基本は好きに行動するが、助けてもらった恩ぐらいは返すさ。」
しかし、そんな弔たちの物騒な思考を知ってのことなのかペラペラと饒舌に話すブライト博士。
おそらく先ほどの質問でも具体的な情報が得られなかったことから、彼はそもそも自分について詳しいことを話す気はないのだろう。
(やっぱ殺ってみるか…)
「待たせたね、弔。そこの彼かい?君直々にスカウトしたというのは。」
殺す気になって彼の首飾りのある無防備な胸元へ手を出そうとしたとき、『先生』はやってきた。
「…大丈夫かい?今にも死にそうに見えるんだが…」
「あぁ、安心してくれよ。僕はそう簡単に殺されるような男じゃなくてね…君って、『個性を隠す個性』でも持ってたりするのかい?」
(まさか本当に無個性なのか?)
AFOは自分の個性で個性を持っていないか探るが個性因子は存在していないようだ。
「…ふふっ…はははっ…そうか…弔は彼を仲間にするんだね?」
「はい。『先生』…そのつもりだけど…」
いやいい。そう答えるAFOの心境は歓喜に満ちていた。
弔が見出した『悪』の芽は、悪用できる個性でもなく戦闘に強い個性でもない。『悪』を志向するこの男の人格だったのだ。
(やはり弔。君は僕の期待した歪みを持った人間だ!)
「あぁ、やっぱりヴィランで合ってるんだよな?これでヴィジランテとかだったら私としては世も末だと嘆きたくなりそうだ。」
では、さしあたりこの男が何をできるのか試してみるとしようか。
…個性はそのあとで与えよう。
そうして、財団の先遣隊『ジャック・ブライト』は敵連合に受け入れられたのだった。
「そうだ!最高に趣味の悪いオカルトサイトが有ってね。性格の悪いやつらを参考にしたら面白いアイデアも浮かぶんじゃないか?今の社会をぶっ壊すためにはいくらアイデアがあっても困らないだろう?」
「それもそうだな。どんなサイトだ?見せろ。」
「『SCP Foundation』っていうんだけどね…」
死柄木弔が『コイツァいいなぁ!』というまであと数日…