Fate/summoning Fake 〜fgo鯖とオリマスターの聖杯戦争 作:堕落侍
その少年は、生まれた時から名もなき傭兵だった。
物心がついた時にはもう銃を握っていた。人を殺める為の特殊な訓練を受け、魔力や身体能力を底上げする為の肉体改造手術も受けた。彼自身が「そうなりたい」と願った訳ではない。とある人物に人を殺す理由を問われた際、彼は「そうするしかなかっただけだ」と他人事のように答えた。
そんな人間だったから、死を意味する任務を言い渡された際も彼は何も感じなかった。ただ「何でも願いが叶う聖杯」の話にはほんの少しだけ心が動いたのを、彼自身も感じていた。
何も聖杯を手にして叶えたい大それた願いがある訳ではない。むしろ逆だ、彼には大小関係なく叶えたい願いなどない。そんな自分が、各々の願いをかけて殺し合う聖杯戦争に参加する? 歯に衣着せぬ言い方をすると、かなり意味が分からなかった。
だから、もしものことを考えてしまったのだ。もし、自分が聖杯を取った場合はどうなるのか。存在するかも分からない自分の欲求を、聖杯が汲むことは出来るのか?
その考えが浮かぶこと自体が彼にとっては予想外だったが、ともかく彼は上官を前に頷くことした。
「分かりました。引き受けます」
無論、彼に参加以外の選択肢などない。否定は死を意味し、迷いは兵の廃棄処分へと繋がる。
ただし、この任務に限っては肯定も死を意味するのだが。
それが一年前の話だ。
その後彼は数ヶ月かけて海を渡り、山を越え、とある土地へと足を運んでいた。
現地で聖杯戦争の為に無理を通した彼の苦労も今日、ようやく終わる。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 降り立つ風には壁を」
彼が英霊召喚に選んだのは、荒んだ病院の廃墟だった。そこを選んだことに深い理由はない。身の上を開かせない未成年の少年が長期間身を隠すのに、都合が良かっただけ。
「四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
時間は深夜2時。この時間にも深い理由はない。そもそも彼に魔術の造詣はないし、自分が魔術師である自覚もない。少年には名前すら無いのだから、そんな自負がある筈もない。
「
繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」
詠唱は続く。魔術の紡ぎ手が、その言葉の意味を知らぬまま。
だが手術室として使われていた部屋が軋み出す音を、彼は聞き逃さなかった。まるで部屋自体が何か生き物になったかのように鳴動を始める。騒ぎの中心となっているのは自分か、魔法陣か、それとも──
「────告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
のちに、ソレが召喚された理由を彼は身をもって知ることになる。ソレと自身の間にある奇妙な縁を知らぬまま、彼は契約の結びを言葉にした。
「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者。 汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!」
刹那、光。自身の指先から巡り始める強大な力の奔流の先を、彼は即座に理解した。彼が事前に召喚の儀について説明を受けていたからではない。理屈ではなく、本能。閉ざされた筈の彼の理性が、目の前のソレに対して最大限の警戒を促してくる。知識などではなく、彼は人間としての勘でソレを理不尽な力の塊……すなわちサーヴァントだと理解したのだ。
やがて光が中心に立つ人影へ収束し、その力の源が露わになる。
そこに立つのは彼より少し歳上に見える、不思議な格好をした青年だった。
……なるほど、これがサーヴァントというやつか。
現れたサーヴァントを無言かつ無表情で観察する少年に対して、サーヴァントはその態度が不遜だと言わんばかりに顔を顰めた。
「なんだ、じろじろ見るな。お前が僕のパトロン……いやその態度だと愚患者か?」
「ぐかん、じゃ?」
「……いや、いい。答えは要らん。魔力の繋がりでお前が僕のマスターだということは分かる。愚患者がマスターであることは少々不服だが、僕が召喚に応えた以上仕方ない。思い返せば、人間は大半が愚患者だったしな」
「???」
サーヴァントは混乱するマスターの事も意に介さず、好き勝手に口を動かしている。もっとも彼の表情はあまりに硬すぎて、彼が今混乱の真っ只中にいると分かる人間が居るのかは不明だが。
彼はサーヴァントとは違って口を結んだまま、視線だけを動かした。最初に目についたのは、烏を連想させる黒いペストマスクだ。整った顔の下半分をマスクで覆い、残りの上半分はマスクと同じ黒いフードで隠している。隠していると言えば、メスを握った腕と手のひらもまた長い袖で覆われて見えなかった。下半身のガードも硬く、肌の露出が最小限に抑えられている。フードからは銀色の長い髪がこぼれ、黒という不吉な色を纏っているにも関わらず神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「何をしている、愚患者。問診の時間だ、名を言え」
サーヴァントに話しかけられて、彼は我にかえる。いつのまにかサーヴァントの美しさに見惚れていたようだ。今までそんな感情を抱いたことはなかったが……と疑問に思いながら、彼は事実を口にした。
「名前はない。だが名前がないのは不便か。そうだな、ゼータとでも読んでくれ」
「……何だと?」
僅かに目を見開いたサーヴァントを知ってか知らずか、彼は続けてマスターとして当然の疑問を口にした。
「君は誰だ? いや……まずはクラスか。バーサーカーの詠唱は行っていないし、見てくれからは三騎士の覇気も感じない。キャスターか? いや、見た目で判断するのは失礼だな。すまない」
「待て、一人で納得して一人で謝るな。意味が分からん。
だがキャスターなのは正解だ、マスター。僕は医者だ、お前が僕のマスターと言うならまずは患者を連れてこい」
「患者? 病を患った人間か? 分かった、少し待ってくれ。俺の知り合いに難しい怪我や病を患った人間が何人か居るから」
「それは興味惹かれるな。よし今すぐその患者を連れて……いや違う。その話も重要だが、今は僕の真名の話をしていたのではなかったか、マスター?」
「む、そうだった……か? 話を逸らしたのは貴方だろう」
「……素直なのは良い患者の特徴だが、素直すぎるのも考えものだな。話を仕切り直すぞ、お前に主導権を渡しては一向に話が進む気がしない。
僕はアスクレピオス。キャスター・アスクレピオスだ」
「アスクレピオス……それが貴方の名前か」
触媒を用意されなかったが故に自身のサーヴァントについて事前に調査不可能だった彼が、その名を知っているかは賭けだった。そして彼は賭けに勝った。アスクレピオス、ギリシャ神話の医神。太陽神アポロンの息子にして、彼自身もへびつかい座に召された神の子。深い知識は持たないが、彼もその名は知っていた。確か世界保健機関のマークも彼の杖が由来だったような……。
彼が再び自分の世界に没頭しかけているのを察して、キャスターは呆れながら辺りを見回した。せして、そこが病院である事にようやく気付く。彼が思考に没頭している間、キャスターは一通り手術室の備品や機械を観察して
「そうか、医学はここまで進歩したか」
と呟いた。
その呟きを契機にキャスターは一旦観察をやめ、改めて自分のマスターに向き直る。
彼は何が目的でこの地に立っているのか、どんな人物でどのような人生を歩んできたのか。マスターであろうとも、キャスターにとって目の前の少年は患者に違いない。患者であるからには問診が必要だ。問診で彼の不健康な部分を暴き出し、ありとあらゆる治療法を試し、彼の心身の健康を保証する必要があるだろう。聖杯を求めて召喚されるサーヴァントである前に、人々の病を治療する医者。それが彼の在り方だった。
だからキャスターはその信条に従い、彼の方を向いたのだが。
「な……」
ものの見事に、彼は寝ていた。
それはもう穏やかな寝顔だった。いかなる時も苦労が染み付いた彼の表情が、今だけは束の間の幸福を享受する子供のものにすり替わっていた。
「い……医者の前で堂々と寝る患者が居るか! 起きろこの愚患者! まだ問診は終わっていない、というか始まってすら居ないぞ!?」
夜の廃病院にキャスターの怒りが響き渡る。
しかしそれも長くは続かなかった。
普段はキャスターの周りに浮いている蛇のような生き物が、ゼータの肩に巻きつき首を寄せたからだ。
キャスターは驚きにも諦めにも取れる目の細め方をした後、頭を抱えながらゼータが眠る手術台に腰を下ろした。
「サーヴァントは影法師のように不安定な存在だが、こいつは輪をかけて意味不明な精神構造をしているな。何故僕がこんな男に触媒なしで召喚されたのか、理解に苦しむ……」
ため息混じりにひとりごつキャスターだが、その顔はゼータと同じく穏やかなものだった。子供に試練を与え、その成長を見守る教師のような優しさに近い。或いは少年の健康と安眠を守る、鉄壁の番人とでもいうべきか。
それが人を殺める術しか知らない少年と、人を救う術を追求する青年の出会いだった。
夜はまだ開けず、物語は幕間から抜け出せない。
それでも、夜空を彩る星座たちは確かに彼らの旅出を祝福していた。