浅草染子。それはインペリアルガード所属の同じ代表候補生であり、先輩として教導して頂いたサラ先輩から聞いていた通り、油断ならない人物だった。
若干先程の出来事を思い出して頬が熱くなる。少しシャワーの温度を下げておきましょう。
先輩曰く、ミス浅草は代表候補生の中でもずば抜けた人物であり、ISバトルで勝てる人物が居るとすれば次期国家代表だ、と言わせる程の実力を持つらしい。その根拠と言えるのは、日本を中心とした代表候補生の精鋭が集まり、その実力を賭した合宿で彼女のみが過酷な鍛錬メニューを涼しげにこなし、そして模擬戦でも負け知らずであり、彼女と戦って代表候補生を辞退した人も居る程に圧倒的らしい。
戦闘方法は至ってシンプルで、火力重視の砲火による精密な質量圧殺。
一瞬、ハテナマークを浮かべてしまったわたくしでしたが、語る先輩の顔が一瞬で青褪めたのを見て文字通りの圧殺だったと察してしまいました。こっそりとですが、サラ先輩が厄介払いという意味合いでわたくしに押し付けた戦闘動画を閲覧した所……、絶対に勝てない上に戦いたくないと思いましたわ。
何せ、開始の合図が鳴った瞬間に先輩の悲鳴が聞こえたのですから。
ミス浅草の専用機体《玉鋼》は国土防衛用と称して文字通り彼女専用に組まれたIS。腰に四基備わったブースターによる
三回中に一度勝てるかという実力の先輩を、四十五秒で撃墜するその映像は寒気を通り越して怖気が迸るものでした。奥歯をガタガタさせて震えるという事を身で知った日であったと憶えています。
『ぬぁっ、じゅ、12.6mm対艦機関砲だぁ!?』
『ファック! アンロックユニット全め、ぐっ、がっ!?』
『サムバビッチッ! 12.7cm連装砲で連続ヘッドショットとか在り得な――』
『――試合終了。勝者浅草染子』
文字通りの質量圧殺。話に聞く所、今回の動画では使用されておりませんが、戦車砲を改造した44口径120mm滑腔砲、アパッチに装備されている7.62mmミニガン――、極め付けに肩部装着型46cm対艦砲があるとの事でした。何ですのその超重量戦艦装備は。それが基本兵装であるそうですから驚きが隠せません。日本人は変態というのは本当だったようですわね……。
《玉鋼》は戦車装甲を複数重ねて用いられているそうで納得の総重量1tオーバーと怪物級の防御型ISであり、ブースターに使用されているのは戦闘機のアフターバーナーをIS技術で改良したものでPICにより楽々と音速以上が出せるスペック値を持ち、更に
軍用ISと呼ばれるものの恐ろしさがよく分かる動画だったと言えましょう。
彼女は何故か決して地上付近から離れないため、それを見た他の代表候補生がミサイルによる圧殺を図ったそうですが……、アンチマテリアルライフルによる狙撃で十四機のミサイルを難なく撃墜、その神業めいた精密射撃に呆気に取られたその候補生はヘッドショットをその瞬間で“三回”も撃ち込まれてエネルギーエンプティしたそうです。彼女と模擬戦をして敗北した候補生たちは皆一同に涙を流したとか。……勿論ながら、生きている実感を得て、ですわ。彼女が射撃を行なう際に必ず脳や心臓を撃ち抜かれたかのような幻覚を感じてしまい、体を硬直させてしまう現象が相次ぐという不思議な事が起きていたそうです。
先輩曰く、殺気ってのは漫画だけの世界じゃねぇんだな、とのこと。
……そう言えば、先程組み伏せられた時も確実に死んだと思う何かを感じたような気がします。今更ながらですがお手洗いの後で本当に良かったと思いますわ。失禁してしまっていても可笑しくは無い恐怖を感じましたし。
「……はぁ。ミス浅草は本当に掴めないお方ですわね……」
先輩の証言と動画での圧倒的実力を魅せるお姿、教室で見せた一筋の涙を流すお姿、そ、そして、わ、わたくしでさえ赤面してしまったあの紳士的なお姿と言い……、どれが本当の彼女なのでしょうか。何処か冷たい雰囲気を醸し出していますが、先程のように手を差し伸べるお優しいお姿のギャップにうろたえてしまいました。
「……はぁ」
今思えばあの殿方との遣り取りは完全に失態でした。頭に血が上って感情的になってしまう癖を直すようにチェルシーにも言われておりましたのに、さ、最悪な事に織斑先生に喧嘩を売るような発現をしてしまったのは本当に醜態でしたわね。……本当ならば、イギリスが初代ブリュンヒルデに喧嘩を売ったという弱みを握られる場面でしたが、ミス浅草はわたくしのそれを流す場を作ってくださりました。……いえ、彼女からすればこれは警告だったのでしょう。
同じ代表候補生として無様な姿を見せるな、という日本代表候補生の鏡とまで詠われるミス浅草からの助言と言う事ですわね。彼女が同じ英国貴族であったなら……、考えるまでもなく一代で名家へと昇華させてしまうに違いありませんわ。あの美貌にあの雰囲気……、ドレスで着飾ればダンスホールは彼女の独壇場と化すでしょう。主賓ですら霞むに違いありませんわ。
彼女が日本人で本当に良かったですわね……。
ふとわたくしは思いました。先程思い出していた動画が撮られたのは一年前、では、今のミス浅草はどれ程の実力を有しているのでしょうか。次期日本代表と噂される彼女と同じ舞台に立って勝てるだろうか。そもそも彼女に追いつける道理が存在するのだろうか……。
「……………………出ましょう」
これ以上は不毛でしかありませんわね。
オルコット家当主が敵前逃亡だなんて恥を晒せるものですかッ!!
例え、翼を捥がれてでもわたくしは勝たねばならないのですから……ッ!
一先ずはあの殿方を撃墜する事から始めましょう。これはある意味、ミス浅草への挑戦状と言えましょう。確か、あの殿方はミス浅草にISを習っていると聞き及んでいます。ならば、彼を完膚無きまで撃墜してあげれば恐らくは――。
☆
俺がIS学園という女子園に放り込まれて一週間が経った。
それはつまり、セシリア・オルコットとの決闘の日時となった事を示していた。
今俺はピットの中で半ば遅れて搬送された俺専用のIS――《
『イギリス代表候補生は未設定機体を操る初心者でないと勝てないのですか?』
と、挑発というよりも嫌味な口調で浅草さんがオルコットに“オープンチャンネル”でティータイム分の時間延長の了解を取った結果、こうして搭乗している訳だ。
フィッティング中暇だったので、もう一度浅草さんお手製のオルコット対策内容を復習し直し、諳んじれるくらいに反復した頃に準備は整っていた。ピットには心配そうにしている千冬姉とそわそわしてる箒、そして堂々と仁王立ちしている浅草さんが居た。
「勝ってこい一夏!」
「おう!」
「教師の立場だが……、やれる事をやれ」
「ああ!」
「御武運を」
「うっし、行って来る!」
俺は三人の声に背中を押されるように、スラスターを点火させた。Gが掛かる一瞬だけ体に負担を感じたが、ISの保護機能によりその負荷も軽くなる。戦闘機が滑走路を飛び出すイメージで俺はカタパルトから射出され、急激に視界が広けてIS第三アリーナへと躍り出た事を実感する。
何故か客席一杯の声援を貰う。……何でこんなに見物人多いんだよ。一組の人数軽く越えてるじゃねーか。確か、IS学園のアリーナは行事や公式訓練やらあって在籍人数強の席が存在する筈だ。つまり、ほぼ全学年の生徒が此処に居るだと……!?
クラスメイトからの視線に慣れたからそこまで動揺はしないが、流石に暇人多過ぎねぇかなと思ってしまうのは無理も無いよな。客席埋める人数とか在り得ねーよ。千冬姉じゃあるまいし。
――《ブルー・ティアーズ》にロックオンされました。
――《ブルー・ティアーズ》から個人通信が入っています。
「わたくしと《ブルー・ティアーズ》のワルツ、貴方は踊り切れますか?」
「そうはいかねぇぜ。来いよエリート様、ハードラックとダンスっちまうぜ?」
「……手加減は致しませんわ。貴方は前座ですもの」
「……そうは問屋が下ろさねぇよ」
蒼い雫と銘打たれたIS《ブルー・ティアーズ》。遠中距離の装備に加え、空間制圧を目的としたBT兵器を搭載した蒼い機体。此方を狙い撃つ手筈を整えたスターライトmkⅡの砲口が《白式》へ向けられた。試合が始まればアラートが鳴るだろう。
銃を向けられたのは初めてじゃない。
けれど、こうやって正面から向けられたのは初めてだった。
じっとりと緊張で手を湿らせ、高鳴って行く鼓動がビートを刻む。向けられた銃口を確りと見定め、俺は右手を振って《白式》唯一の武装、雪片弐型を展開する。小指から確りと握り締め、試合開始のブザーを待つ。まだか、と鼓動が煩いくらいに高鳴る。
一瞬の視線の交差の後、ブザーがアリーナに鳴り響いた。
――戦闘が開始されました。
「撃ち
虚空を切り裂く音が耳元を通り過ぎ、ヘッドショットの回避に成功した事を示した。
何て速さだ。ビーム兵器は距離による威力増減があると聞いていたが、肩部のアンロックユニットを掠って30も削れるだなんて思いやしなかった。
――損傷軽微。残り470。
だが、オルコットも初射を避けた俺に驚愕しているようだった。そりゃそうだ。何せ、俺は一週間のうちに三回しかISに乗っていない初心者だ。だが、そのディスアドバンテージを吹き飛ばすようなスペシャルコーチが居た。浅草さん曰く、《ブルー・ティアーズ》はそもそもBT兵器の運用試験機体として存在している。つまり、戦闘特化のISではないと言う事だ。それは、オルコットが実戦経験を持たない理由に繋がり、あいつも俺と同じく試用運用等を目的とした模擬戦程度でしか交戦記録を持たないと言う事を裏打ちする内容だった。そして、それは大正解だった。
なので、絶対に当たる筈だった一手を避けられただけで動揺しちまうエリートが見れた訳だ。
スラスターを吹かし、一気に距離を詰めるッ! 動揺していたオルコットだが、腐っても代表候補生。俺よりも経験量が違う。そのため、即座に狙いを定めてライフルの銃口が輝く。決して同じ場所に留まらず、揺らすように体を動かしてスラスターを吹く。それは浅草さんの教導で一番練習したものだ。浅草さん曰く、どんなに業物を持っても振れなくては意味が無い。なので、ISも基礎運用が出切る程にまで仕上げる必要があった。取り扱いが難しい銃を諦め、箒監修の剣道訓練により白兵戦に特化。突貫するように八双に構え、躊躇い無く振り切るッ!!
「まだ、動きが甘いですわね」
そして、それをオルコットは即座にスラスターを吹かし、雪片弐型の進行方向へ追従する形で避け切る。そして、まんまと後ろを取られた俺の背中を蹴り付けて距離を取った。
――損傷軽微。残り463。
穿つような蹴りでなく、踏み台にした蹴りだったからか俺の体が吹き飛ばされる。アラート音が鳴った。俺は一回転した勢いを殺さず、横へロールするように吹かした。同時にビームが横を通り過ぎる。浅草さんに習った回避方法、アラート音を聞いたら即座に旋回する事。それは遠距離武装が主なオルコットに対して一番の有効打となるものだった。放たれたビームは直線するしかできない。ならば、引き金が引かれる瞬間に動けば当たらない。
最初はそんな超理論実行できるかっと思ったが、射撃回避プログラム演習で幾度も練習したらコツを掴む事ができた。《白式》は武装が雪片弐型しか存在しない事から分かるが、ヒット&アウェイを前提とした高機動タイプのISだ。そのため、スラスターの性能が高い。縦横無尽に空を駆ける事でアラートが鳴り続ける事は無かった。アラートが鳴るのは照準内に居たからだ。ならば、その照準から外れてしまえば当たる事は無い。……流石に何発か喰らってしまっているが、被弾数は圧倒的に少ないだろう。何せ、まだ撃墜されていないのだから。
「……機動性は此方以上――なら、手数を増やすだけですわ。囲みなさいブルー・ティアーズ!」
《ブルー・ティアーズ》から四つのBT兵器が射出され、俺を取り囲むように距離を取って動き回る。そして、一瞬でアラート音が倍増した。そりゃそうだろう。何せ、四つも増えたのだ。これにより、何処から放たれるのか分からない射撃が増えた。360度から放たれるビームの嵐をスラスターを必死に吹かす事で最低限の被弾に抑えるしかなかった。ぐっ、だが此処からが本番だ。
「そこぉッ!!」
「なっ!?」
俺は雪片弐型を投げる振りをして収納した。投擲物にロックオン機能は存在しない。そのため、オルコットからすれば認識外の速度で投げたのだと誤認した筈だ。その瞬間、驚愕により思考が揺れてビットが停止した。スラスターを吹かし、俺の死角で止まってしまったビットを、振り抜き様に展開した雪片弐型で切り裂く。真っ二つに切り裂かれたビットが煙を吹いて爆破した。
先ずは一基ッ!
ビットが一つ破壊された事で、オルコットは俺の手にあるものでブラフだった事を理解したのだろう。悔しげにしかめっ面をし、残るビットを手元へ戻した。単調に戻る一つを途中で妨害するように切り裂く。輪切りに切られ爆散するビットを一瞥してオルコットへ戻した。
二基目ぇッ!
だが、油断はできない。何せ此方には本当に投擲する以外の遠距離攻撃ができないのだから。
俺が浅草さんからBT兵器の弱点を聞いている事を察したのだろう。思考操作によってBT兵器は軌道を描く。だが、そのためにリソースを食われ、本体の動きが疎かになる。そして、それは逆も然りだ。オルコットの思考が一瞬停止したために、次の指示を受けなくなったビットは停止した。それを俺が切り裂いたのだ。
「……成る程、わたくしの兵装は彼女に全て読まれていると言う事ですか……。ならば、その前提を覆すまでですわ!」
オルコットは残る二基をサブユニットとして肩付近に浮かべ、狙撃を始めた。
そして、俺たちの作戦はここで終わっている。
なので、ここからは浅草さんの策無しでアドリブを決めないといけない。
――左肩部アンロックユニット大破。着弾前に切り離しました。損傷無し。
――右肩部アンロックユニット場所変更、背部へ移動。
――残り240。
巨大スラスターが一基になってしまったために、直線気味に逃げ惑うしかできなかった。
くそっ、何でこんなに揺れ幅大きいんだよ。ピーキー過ぎるだろ!
責任者ちょっと来いやぁあああ!! せめて、バルカンとか牽制できるような兵装積んどけよ!
千冬姉みたいに刀一本で勝てる訳無いだろうが!
――可能性20%のプランがあります。
ああ、もう何だって良い! せめて一太刀だけでも与えてやりてぇんだ!
焦る心と反比例して段々と思考が冷えて行く。集中により自己の世界へ入り込み、全てがゆっくりとなってゆく。そして、網膜に映し出されたソレを反射的に許可した。
瞬間、世界が加速する。
「――
遅いッ! 其処はもう俺の間合いだ。勢い良く通り過ぎた際に一基を蹴り砕く。
そして、後ろに回り、更にスラスターを吹かすッ!
もっと、もっと、速くだ。オルコットが振り返るその瞬間を狙え――ッ!!
成功、再び背中を取る。そして、俺は脳裏に浮かんだその単語を口走った。
「零落白夜――ッ!!」
雪片弐型の刀身部分がスライドし、二股に別れて格納されていたブレードを展開した。そのブレードを覆うように輝きが収束する。視界の端にガリガリと削れて行く《白式》のシールドエネルギー残量。零落白夜はシールドエネルギーを犠牲にするのか!?
マジでか! もうすっからかん手前じゃねーか! 当たれぇえええええ!!
「――試合終了。判定は同時エンプティ。引き分けとなります」
零落白夜をオルコットの背中へ叩き付けた瞬間に俺のシールドエネルギーが尽きた。だが、零落白夜の一撃は必殺のものだったようで、たった一撃でありながら300はあったオルコットのシールドエネルギーを削り切った。そう、削りきってくれたのだ。
エンプティした事により、急に推進力を失った二つのISが地面へと落下する。試合が終了した事で競技モードが強制的に解除され、俺たちのISが待機状態へと戻る。……戻る?
……マジで!? 流石にこの高さは死ねるってッ!
――着地まで五、四、三、二、一。PIC限定起動します。
すとん、と階段を一段下りたかのような軽やかさで着地する。そして、降って来るように落ちて来たオルコットをつい、受け止めてしまった。彼女の《ブルー・ティアーズ》もPICによってオルコットを保護していた筈だから俺の腕が折れる事は無かった。
色んな意味で安堵の息を吐いた俺と腕に収まったオルコットと目線が合う。
「あー、その、大丈夫か?」
「え、ええ……」
大変気まずい。
何せ、喧嘩相手ですし、先程まで戦ってましたし。んでもって撃墜しましたし。
オルコットはぶつぶつと何かを呟いてから俺へ視線を向けた。
ふっくらとした口が開き、飛び出したのは――。
「その、申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉だった。
素人に引き分けた羞恥からか頬を赤らめて、オルコットが謝罪の言葉を口にした。そのしゅんとした子犬のような様子に少々俺の思春期な心が蹈鞴を踏んだが、ここで興奮したら公開処刑でしかない。俺は揺れる心を握り締めるように抑えて、許すという意思でふっと笑んで構わねぇよと頷いた。
……何故かオルコットは腕の中でぐったりとしてしまった。
もしかすると零落白夜がかなり痛かったのか? それはかなり失礼な事をしてしまった。
俺は揺らさないように少し強く抱き込んで保健室へオルコットを送るためにピットへと急いだ。後ろで箒の殺気めいた視線を感じた気がするが気のせいであって欲しいと切に願う。
流石に俺も疲れたぜ……。
タイトル通りですね。
その意味は言うまでも無いですな!