IS~暁に浮かぶ白を忘れない~   作:不落閣下

12 / 29
12――振返る。

「……転入生ですか」

『はい。中国代表候補生の鳳鈴音という少女ですね。詳細は追って添付致します。引き続き彼の護衛を宜しくお願い致しますね』

 

 そう一方的に切られた業務連絡に私は気だるげな雰囲気を隠さずに、此れまでの鬱憤を一息で吐き出した。当たり前だ。IS学園の生徒という立場上、今まで許されていた自由行動が一斉に制限された上に、織斑くんの護衛という露払いの立ち位置に居続ける事は多大なストレスを私の心に負荷として残り続けていた。戦闘訓練や実戦に暗殺というフルで身体を動かす頃と比較してしまい、自由に動かせない身体の訴えがフラストレーションとして溜まりに溜まっていた。

 本当にどうしようか。織斑担任に声を掛けて模擬戦をして貰うか? いや、それは不可能だ。織斑担任は今織斑くん関係で忙しいらしく、その皺寄せが人畜無害な山田副担任に災厄として降り掛かっているぐらいに暇な立場ではない。

 可と言って、次点の次点として更識楯無に模擬戦を申し付ければ生徒会長委譲戦となり、勝つであろう私は欲しくも無い肩書きを手にしてしまう羽目になり、これもまた後々を考えれば面倒極まり無い。

 ……更識楯無以下となると唯の一方的虐殺(オーバーキル)でしか無い。弾丸の無駄でしかないだろう。どうしたものか。此れと言って打ち込む事を知らない私は何を持ってこの鬱憤を晴らせば良いのだろうか。

 簪は……、専用機を用意するまでは無理だ。何せ、更識の殺人技術の集大成と言える才能を持ってしまった少女である。模擬戦であろうが段々と私たちのビートは上がり、あっと言う間に《打鉄》がおしゃかになるのが目に見えている。簪専用に組み上げたものではないと興醒めでしかないに違いない。

 

「……ん」

 

 ちらりと隣で私の視線を感じ取った簪が此方を見やる。

 何時の間にか私の相部屋の相手として織斑担任の承認の判子が押された書類片手に、「勝諾!」という達筆の文字の浮かんだ電子フィルターを見せ付けて来たのは数日前の事だったか。勝訴と承諾を掛けたのだろう。いつから裁判沙汰に、とツッコミを入れそうになったが、決まったものは仕方が無いなと素直に頷いておいた。簪がテンション上げて喜んでいたな。

 その日から簪は私のベッドに潜り込むようになり、今では逆に待っている程に甘えてきている。クラス割を作るのが教員で無く生徒会長であったなら良かったのに、と黒い笑みを浮かべていたのは良い思い出である。

 そうそう、私の見解は簪と出くわした日から変わっていた。何せ更識楯無が態々一年のクラスに来て、簪と戯れる私を見てハンカチを噛む仕草をしている姿を簪の背中越しに毎日見ていたら流石に飽きてくる。どうやら、数年前の時よりも関係に溝が……。……溝と言うべきなのかよく分からないが、簪が一方的に接触を拒否している程度になっているようだった。嫌っているようだが面と向かって舌打ちや無視をしない辺りまだ脈はあるらしい。何と言うか……、心配されたがりの妹が不器用な姉を態と突き放しているようにしか見えなかった。

 このような状況を何と言ったか。そう、ツンデレだ。タイトル的にするならば「私の妹がこんなに反抗期な訳が無い」と言った所だろうか。もっとも、デレるのは他人である私になので、更識楯無からすればツンでしか無い。……成る程、そりゃ仲直りが出来ない訳だ。

 

「どうしたの?」

「いえ、最近身体動かせてないなと思いまして」

「ああ……、お姉ちゃん戦闘狂系美人(バトルジャンキー)だもんね……」

「え?」

「え? あ」

 

 偶に簪と会話が脱線している気がします。というよりもレールが違う気がしますね。どうにも世情に疎い私なので、現代っ娘と言える簪と次元が違うのでしょう。わたわたと簪は頬を染めて何やら支離滅裂な言い訳をマシンガンの如く始め、頑張り過ぎて酸欠によりぐったりしてしまい私に介抱されるまでがテンプレートですね。

 あ、くたりました。

 

「うぅ……、私ってばお姉ちゃんに何でスラングを……。違う、違うんだよぉ……」

 

 何やら唸っていますが、されるがままの簪は猫のようですね。こう頭や頬を撫でると頬擦りしてきたりして喜びます。注意する点と言えば、首元は性感帯のようなので触れないようにする事でしょうか。夜更かししようとした時に触れて、強制的に寝落とす事はありますがね。一応私も女性なのでその手のやり方は好ましくないのですが……。

 まぁ、幸せそうに寝入るので良しとしましょうか。

 さて、かいぐりと簪を撫でて大人しくさせた所で程よく戦闘欲も萎えたので他の事をしましょうか。織斑くん用の資料製作は……、終わってます。

 なら、簪の専用機の手伝いを……、簪がぐったりしてますね。

 ………………き、筋トレですかね。

 あれ、もしかして私の趣味少ない……?

 いや、そんな……、いえ、認めましょう。私は趣味の少ない女である、と。

 言い訳をするならば戦闘一辺倒な環境で他の事だなんて気にしなかったのが原因でしょう。十六歳は一応思春期の範囲内ですよね? 華のある生活とは無縁だった私ですから思春期適応外だなんて事は……、無いと思いたい。切実に。

 溜息を吐いたら少し落ち着きました。そもそも青春と関わりの無い生活をしていた私でしたから、考えるだけ無駄だと悟る事にします。開き直るとも言いますが、うだうだ言っていてもハートマン式訓練が羨ましくなるような地獄を経験していた頃の時間を取り戻せる訳でもありませんし……。

 教官銃弾を放たれてから回避余裕になれとか本当に無理ですって、いや本当にそれは人から外れた存在になりつつあるのでは、ちょっと待ってなんですかその分厚い鉄板は、ぶち抜けってこれを素手でですか、そうですよね流石に得物を貰えますよね金槌とか、ってナイフですか、しかも果物ナイフじゃないですかこれ、紙の様に切れってさっきと言っている事が違っ、銃弾避けか此れって選択肢ハード過ぎやしませんかね教官――。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!? 目が虚ろで挙動が可笑しいけど大丈夫!? ねぇ! しっかりして! お姉ちゃーんッ!」

 

 危なかった。

 ブレの激しい気分が欝方向へと向かっていたらしい。訓練内容(トラウマ)を呟いてがくがくしていたと、揺さぶって正気に戻してくれた簪が涙目で教えてくれた。簪を後ろから抱き締めて精神安定を図っていると再び通信用の端末が震えた。一言断って見やれば、先程の転入生の詳しい資料だった。

 勿論ながら学園に提出している虚偽満載の低スペック値ではなく、中国施設で行なわれた本来のスペック値で構成されている機体内容やその兵装及び第三世代兵器の概要などがずらずらと並んでいる。中国政府の杜撰な情報管理を哂うべきか、それとも日本政府の見事な忍者っ振りに苦笑するべきか。正直どっちもどっちなのでスルーする事にする。

 

「お仕事?」

「ええ、そうですね。中国から転入生が来るようですのでその下調べです。……へぇ、たった一年半で候補生から代表候補ですか。筋が良いというべきか、他の候補生が低レベルなのか判断に迷いますね」

「う、うーん……」

「ほぅ、《龍咆》ですか。衝撃波を撃つと書かれていますがこれ……空気砲ですよね? 空間に圧力掛けて圧縮ってまんま空気の事でしょうし……。まぁ、其れなりに威力はあるでしょうね、今のIS技術なら豆鉄砲が拳銃くらいになる程ですし……」

 

 第三世代兵器《龍咆》は最新型の空気砲でしたか……。本当に文字通り空間を圧縮したら湾曲して絶対に歪みか何か生み出して自爆しそうですしね。流石中国。爆発はお家芸ですか。パイロットはISが護ってくれますから安心して自爆できますね。って、それは本末転倒じゃないですか。

 というか仮に撃てても相手共々空間の歪みに巻き込まれて世界的失踪ですよねこれ……。本当ならば恐ろしい限りですね。ええ、本当ならば。

 スペック的に近寄って《龍咆》で隙を作って殴る戦法でしょうか。圧縮空気砲ですし、エコロジーかつ低燃費でしょうから持久性が抜群と言った所ですね。つまり、《龍咆》を予備まで破壊されたら唯の案山子……。兵装の見直しを請求した方が宜しいのではこれ。まぁ、他人事で他国事ですし、欠点は美味しいですが……。間違っても味方にしたくない機体ですね。一緒に接近戦を行なうならまだしも、遠方援護射撃が常である私の機体では《甲龍》が落とされると二対一になるでしょうし。

 ……まぁ、当たらなければどうと言う事では無いのですがね。

 

「参考にできるのは関節部分のパワーフレーム構造ぐらいですかねぇ?」

「《打鉄》で専用機を落とすもんねお姉ちゃんは……」

「……簡単でしょう?」

 

 簪は「うぼぁー」と意味不明な声を漏らして私の胸に顔を収めて倒れこんだ。ぎゅっと背中に腕を回してホールドしている辺りいつも通り甘えているようですね。鼻息がくすぐったいですが、まぁ良しとしましょう。精神安定剤代わりに先程まで抱き締めてましたし。

 

 

 

 

 

 

 

 腕の中で寝たがる簪を宥め、ベッドの淵へと座り直した私は久し振りの友人からの着信で震える携帯を懐から取り出した。時代遅れらしい黒い携帯を開けば其処には一年振りに脳裏に浮かべた人物の名前がドイツ語表記で記されている。確か、世間に疎い私に日本の知識をしっちゃかめっちゃか詰め込むためにアドレスを交換したのでしたっけ。

 

「お久し振りですね、クラリッサ」

『ええ、お久し振りです、染子。お元気そうな声で何よりです』

 

 クラリッサは一年前の候補生の勉強会と称した国際IS交流会で知り合ったお友達です。私が代表候補生とは友人にならないと明言した翌日に、新たに発足される部隊の後輩へと権限を移し変えたと自慢気に語る間違った熱意と愛情及び熱情を燃え上がらせる人物。そして、彼女から知らされた日本の現状――いえ、あれはもはや汚染の域でした。何ですか日本オタク文化って。薄い本とジャパニメーションの進化の一途を熱烈に語られるとは思いもしませんでした。彼女、私のことをリアルサムライか何かと勘違いして近付いたそうですし……、ユニークな子だと言うのがクラリッサの印象でしたね。

 

「何用ですか。一年振りに掛けてくるだなんてよっぽどの案件があるのでしょう?」

『貴方の声を聞きたかったんですよ』

「一年振りにですか?」

『……染子には相変わらずネタが通じませんね。結構有名なネタなのですが……。まぁ、それはおいときます。実はですね、私が押し付けた……げふんげふん、後釜に納まった隊長がIS学園(そちら)に留学生となるので一報入れておこうかと思った次第です』

「へぇ? イギリスと言い中国と言い、ドイツまでも参戦しますか」

『…………それがですね。実は隊長が織斑一夏にご執心のご様子で……』

「……はい? 色沙汰なら日本(こちら)に属してくれれば構いませんが。いえ、それをクラリッサが知らない訳がありませんね。確執、という事でしょうか。……例えば、織斑担任のファン、とか」

『察しが良くて助かります』

 

 織斑担任の大失態とも呼べるモンド・クロッソ決勝の放棄の遺恨は確かに日本を蝕んでいた。あれのせいで表立った発言が出来ず、しかしながら織斑担任を矢先に出せばそれが覆る。そんな権威落失の実態もあって私は調整されたのだ。日本政府の手先でありながら、尚且つ次代ブリュンヒルデとなるためだけにコーディネイトされた生粋の兵士として。そして、その苦行の十三階段を私は私の意志で上り詰めた。前の、唐突に奪われて亡失していた私を殺し、今の人間性を作り上げたのだ。今更何の後悔も感じない程に。

 私にとって織斑千冬という人間は疎ましくも羨ましい人物であり、先輩にして先代の威光でしかない。だが、織斑千冬の叩き出した無敵神話の崩壊は彼女を熱狂的に祭り上げるファンからすれば一大事、その事実の原因たる真実を知る者からすれば織斑一夏という少年は疎ましい存在でしかない。

 ――殺してしまいたいくらいに恨む事だって有り得るに違いない。

 すっと思考がプライベートから切り替わった私は兵士としての雰囲気に、何故か背中にぴったりとコアラの如く抱き付いていた簪が震える。この子もまた、家系の狂気により戦闘の意思に対し過敏になっている。何もかもが手に取れる更識暗殺術の基礎形態であるからこそ、他人に対して臆病になった経緯が存在する。申し訳無いという意味でお腹に回された手を優しく撫でる。ふわりと簪の雰囲気が柔らかくなったのを確認して、撫でる手を止めるとぎゅっと強められて催促をされてしまった。

 ……仕方がありませんね。甘やかしてしまった私の責任でしょう。

 

『……何でしょう、新たな萌えの決定的な瞬間を見逃した気がします』

「戯言は其処までにしときなさい。……はぁ。兎も角、クラリッサの後任であるその候補生が織斑一夏に害を為す存在であるならば、日本代表候補生として彼の護衛を任されている私は徹底的に殲滅せざるを得ませんよ。ご存知でしょう?」

『分かっていますよ。だからこそ、貴方に頼むのですよ染子。遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)計画。貴方なら知っているでしょう』

「何のことやら」

『それはお約束と言うのですよ染子……。私たちは鉄の子宮から生み出された兵士ですが、貴方はその逆だ。母体から産み出されたのに関わらず鉄の檻に入った兵士。その証拠に貴方は今、何人の友人が居ますか。恐らくながら傲慢的且つ希望的観測で私を含むとしても五人にも満たないでしょう。何故なら、貴方は日本政府の隠れ鬼、接触する機会があるとすれば他国の候補生やISパイロットのみでしょうから。そして、染子は“絶対に”他国の候補生及び代表を友人とは見ないでしょう。いやはや、先日の件では良い機会でした。まさか、兵士として生み出された筈の私が生きたいと恐怖してガクブルしてしまう程に貴方と敵対したくないと心の其処から思うとは思ってもいませんでした。……貴方の強さはもはや一つの信念だ。私は隊長には強さの在り方が如何いうものなのかを学んで、私のように“人間”として生きて欲しいのですよ』

「……私自ら認めましょう。浅草染子という人間を確りと理解しているクラリッサ・ハルフォーフは唯一無二の友人の一人であると。ただ、不可解なのは何故私なのですか? 生殺与奪の世界でしか生きられぬ私には、“怪物”として生きる私に遭わそうだなんて……正気の沙汰とは思えませんが」

『すみません、もう一度繰り返して貰っても良いですか?』

「はい? クラリッサは私の友人であると思っていますよ」

『――ぐっ、は、鼻血が……』

 

 そう、私という人物をきちんと理解した上で接してきてくれるクラリッサは好ましい人物である事は間違いない。ならば、一年の会話断絶があろうとも友人であると思えるくらいには私は彼女を気に入っていた。何故か簪の抱き締めが強くなったが如何してなのかは分からない。貴方も大切な友人であるので嫉妬するも無いと思うのですが……。

 

『し、失礼しました。感情が昂って小破判定を喰らってしまいましたよ……。こほん、兎も角ですね。隊長には知って欲しいのですよ。世界はこんなにも広いのだと。同年代という言葉を使うのは可笑しいかもしれませんが、身近に修羅に身を堕とす程の兵が居ると言う事を、私の敬愛し親愛なる大切な友人がどれ程までに素晴らしい存在なのかを知って貰いたいのですよ。……隊長をお願いしても宜しいでしょうか』

「……その子はドイツの代表候補生です」

『ええ、理解しています。そして、友人から染子への御節介でもあるのですよ。貴方の経緯を察するに、ヘラクレースの試練が如く難関極まる空前絶後の地獄を見てきたのでしょう。だからこそ、貴方は心の触れ合いを増やすべきです』

「戦いに、“殺し合い”にそのようなものは必要無いと思われますが」

『いいえ。冷たい世界だからこそ、暖かさを知って欲しいのです。御節介であり、迷惑であると分かっています。だからこそ、お願いします。染子、私の仲間を宜しくお願いします。あの子に道を示さなくても良い。力の在り方を伝えなくても良い。けれど、彼女の事を知らずに斬り捨てるのだけは、如何か何卒勘弁を……』

 

 瞑目する。

 私にとって人との触れ合いはルーチンワークにして情報の円滑を目的とした行動でしかない。保護する存在である簪や語り合うに値するクラリッサは兎も角、他人に対し其処まで肩入れする事は無駄な事でしかない。けれど、クラリッサは、友人はそれはいけないと言う。何故だ。私は兵士だ。それも、復讐に生き狂う兵士だ。あの人は言っていた。殺し合いにルールも善悪も無いと。状況を判断し、最善を選択し続ける事こそが兵士の本懐であると学んだ。そう言えば、あの人は頑なに私を一人にしなかった気がする。もしかすれば、クラリッサが言っていたように人との触れ合いの大切さを教えたかったのだろうか。あの不器用極まり無い生き方をする女性であるあの人が、そんな人間染みた行動を取っていたのだろうか。ならば、私が高みを目指すために、私の最善を選択し続けるために人間関係は必要なものだろうか。

 

「……分かりました。日本代表候補生としてではなく、クラリッサ・ハルフォーフの友人としてその意を汲みましょう」

『感謝します。この恩は必ず――』

「いいえ、必要ありません。それが友人、なのでしょう? 確か、クラリッサから進められた本にそう書かれていたと記憶しています」

『――ッ!? あ、貴方はどれだけ私の心を射抜けば気が済むのですか……ッ! ああもう! IS規定に逆らってでも映像通信を使えば良かったッ!!』

「く、クラリッサ? 大丈夫ですか? 貴方今かなり軍規的にもアウトな発言をしていますよ?」

 

 錯乱しているであろうクラリッサの悶えが容易に想像できてしまう。良くも悪くも印象深い人でしたからね。アレでも代表候補生だったのだから近年のお国事情がどれだけ混迷しているのかが良く分かりますね。オルコットさんや簪以外の代表候補生を見ていれば分かるがISの在り方というものを理解していないのが良く分かる。

 ――くだらない。

 別に構わないじゃないか。私という怪物が真価を発揮する場では相手が無能であれば安易に事が進む。一心不乱の戦争で必死に泣き叫びながら死ねば良い。ISという最新軍事兵器が世に解き放たれた時点で気付くべきなのだ。人が物資を求めて殺しあった歴史を振り返り、新たな争いの種がばら撒かれた今の世に戦争の芽吹きが垣間見れている事実を。

 代表候補生とは体の良い最初の鉄砲玉だ。ISという拳銃に乗り込まされた弾丸であり、ISから撃ち出されるために存在している事を理解せねばならないのだ。

 ISを使用できる男性を保有している日本であれば尚更に緊張を強いられる。日本政府の怪物として他国の刺客を飲み込む蛇であれと、教育を受けて作り上げられた私であるからこそ、この現実を受け止めて嗤い、愚かであると見下して搾取せねばならない。復讐を為すために培った技術を活かし、私だけは生き延びる。限定条件を付けられた暴力装置であれば、心が楽だ。兵士であれば、心から愛国心に尽くす兵士であれば、どれだけ楽になれる事か。右手から滴り落ちる誰かの鮮血が右腕へと伸びて行くこの幻覚を誰もが受け入れて慣れてしまえる訳じゃない。

 

『染子? 聞こえていますか? ……大丈夫ですか? 染子?』

 

 この混沌の泥へと沈むような心地で生きてゆける生物が正気である筈が無い。私然り、まだ見ぬ誰か然り、きっと狂っているのだろう。私のように復讐という生きる目的があれば、死に逝く理由さえあれば生きてしまえる人であればこそ、何処か狂っているに違いない。何もかもを殺したくなるこの暴徒の如くこの殺戮衝動を抑えてでも、正気を保とうとする私は愚かなのだろうか。あの人は何て言っていただろうか。病気だから仕方が無いとでも笑い飛ばしてくれるのだろうか。いいや、違う。だからこそ、足掻けと叱咤して蹴り上げてくれるだろう。まだ、まだ溺れる訳には行かない。

 ――人として死ぬにはまだ惜しい。

 胸元を無意識に掴んでいた左手をポケットへと回し、そこに潜む金属物へと手を掛ける。取り出して露になったそれは薬剤を効率良く注入するための注射機であり、私の理性と本能を抑え込んで人を保つための薬だ。頚動脈へとその先端を宛がい、時間も適しているためにそれを打ち込む。炭酸の缶のプルタブを開いた時の音のような稼動音と共に中の液体が血管を通して体を巡る。

 すっと落ち着いて行く暴虐の昂りに安堵を覚え、今も尚人で居られる事を実感して生を思う。何時からだろう。こうして薬剤を打ち始めたのは。こうして人を保ち続けたのは。

 ――それもこれも白騎士事件のせいだ。

 私を幸福から絶望へと叩き落したあの日、私は十歳の幼い子供だった。だが、家族を失い自分も同じく死んでしまいたいという渇望と、家族を失わせた誰かを殺したいという切望に板挟みにされ、とある病気を、精神病を抱えた。殺傷症候群。D.L.L.Rシンドロームと呼ばれるそれは自分を他人を傷付けずには居られない殺戮衝動を蜂起させる代物で、私の左脇腹には一番最初の傷跡であるガラス破片の刺傷が存在する。

 日本政府から渡された精神安定注射剤が無ければ本当の怪物、人を自分を殺すだけの理性無き化物へと堕ちて、やがては犯人を殺すためだけに人類を殺そうとしていたに違いない。今も尚、あの殺戮の渦へと思考を焼き尽くされかけた時の思考を覚えている。その中には確かにその選択肢が存在していたのだ。誰もが死ねば、いつか犯人を殺せるだろう。そんな狂気染みた発想を十歳の子供がするのだ。

 狂っているのだろう。いや、既に狂っていたのだろう。

 そんな私が学校で日常生活を送れる訳も無く、小学校すらも卒業できずに私は施設に入れられて自分の希望で殺人術を学び、ISの訓練を死ぬほど施されて、相手が死ぬほどにその技術の真価を発揮させる十六の少女。それが、私だ。

 日本政府の怪物として這い擦り回り、幾多の刺客を殺した兵士の実情だ。

 いつから私は普通を求めていたのだろうか。

 いつから私は復讐を捨てようとしていたのだろうか。

 ――くだらない、幻想なのに。

 

「……すみません、少し思う事がありましてちょっと呆けていました」

『そ、そうですか……。お体をご自愛してくださいね? 貴方はそのような予兆が垣間見れましたので……』

「ええ、大丈夫ですよ。私の体です、誰よりも知っていますから」

『……分かりました。では、隊長が来日する日に合わせて染子に会いに行く事にします。宜しいでしょうか?』

「はい、構いませんよ。その数日は予定を空けておきましょう。では、また」

『はい、では一ヵ月後に』

 

 通話の切れた電話を備え付けのベッドテーブルへと落とし、負の感情へと針が向いてしまって動き辛い体をベッドへと倒した。私の体を包むように、いや、何処かへと落ちそうな私の体を引っ張ろうとしている簪の優しい思いに少々だけだが心が楽になる。

 嫌々と腕を離す事を拒む簪の細い両腕をあっさりと解き放ち、体を振り向かせて簪の小さな体を抱き締めた。今は、人の温かさが心地良い。自分もまたこのような温かさをしているのだと実感して、人として生きているのだと思い返せる。

 折角の放課後だ。もう寝てしまおう。

 目の前の現実に、迫り来る衝動に呑み込まれる前に……。




すみませんでした!
REDSTONEに復帰してドはまりし、更新をすっかり忘れていました……。
なので、少し長くしときました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。