「……ぜ、全部分かりません」
二時限目が始まり、ISの基本的な情報について山田副担任が“事前学習内容”の確認を取った際に織斑くんがやらかした。参考書を暗記してきたかを織斑担任が尋ねるが彼は読まずに捨てたと供述した瞬間、一瞬にして近寄った織斑担任が持つ出席簿が火を噴いたのだ。
流石モンド・クロッソの閃鬼と呼ばれる織斑千冬。日本伝統文化たる刀を用いた居合い抜きに類似した反射的な速度で、的確にその腑抜けた頭を打ち抜いた瞬間を私でも見る事が出来なかった。それは織斑担任の出席簿落としがアンチマテリアル級弾丸並の速度である事を指し示し、その一撃を貰った織斑くんが轟沈するのも仕方が無いだろう。トンカチの方が生温い威力なのだ。悶絶する彼を見て全員がその威力に引くのも仕方が無いだろう。
何せ、当たったであろう音が遅れて聞こえる威力なのだ。これにより、先程騒いでいたミーハーな女子たちが戦慄し、生きる伝説の教師織斑千冬が担任である事のデメリットを感じ取ってしまった。絶対にあの一撃を貰ってはいけないと全員の背筋が更にピンとなる。
私は代表候補生であるので腑抜けた姿を見せる事はできない立場にある。そのため、日常的に綺麗な座り方や歩き方を指導されているからか、これ以上背筋を伸ばす事は出来なかった。織斑くんの犠牲によりクラスの結束が強まったに違いない。南無三。
「後で予備を手渡してやるから即急に覚えるように」
「……は、はい」
「宜しい。この馬鹿のような輩は他には居ないな? ……良し。ISは宇宙用パワードスーツとして作られていながら、その機動力・攻撃力・制圧力・万能性は計り知れないものとして認知されている。そう、言わば凝縮された兵器と言って過言ではない。ISは宇宙空間用パワードスーツでありながら現代の兵器として運用されている。使い方次第で善にも悪にも成る代物である事を理解しろ。事故を起こした際に犠牲になるのはISを身に着けていない一般人や作業員、身近に居る人物なのだ。そのための基礎知識と概要を詰め込んだ参考書だ。今は理解していても、授業が進む度に分からなくなる箇所もあるだろう。それを教えるための教員だ。分からない所があれば友人と切磋琢磨し教え合い、限界を感じたならば私か山田先生に必ず授業外に尋ねるように。分かったな」
織斑担任の言葉に全員が肯定の意思を重ねて口にする。その様子に良しとした織斑担任は山田先生に教壇の場所を譲って続きを促した。私は基礎知識論を題材とした教科書に目を落とす様にして考え事をしていた。
そう、ISによって引き起こされた事故事件の被害者はいつだって一般人だった。
あの有名な事件、死亡者0人という奇跡的に詠われた白騎士事件もまた被害を出しているのだから当然の結露だろう。白騎士事件は何者かによってハッキングされた各国のミサイルが日本に発射された事件であり、突如現れた白いISを纏った人物によってその悲劇は回避された。
――筈だった。
後から、私が代表候補生になり情報を秘密裏に集めて分かった事だが、私の家族を亡き者にしたミサイルは調整中の物だったらしく、本来なら飛ばす事すら憚れるような代物だったらしい。2341機のミサイルが、と報道されているが、本当の数値は2343機。家の近くに落ちた一つと近海に落ちた一つが抜けているのだ。日本政府はISの有能さを知って掌を返し、その万能さを世界に押し出すために白騎士事件に隠された悲劇を隠蔽した。
それが私が日本の代表候補生をしている理由であり、私が嫌いなISに乗り続けている理由だった。
思い出すだけで苛立ちがする光景が脳裏に浮かぶ。あの時庇われた時の浮遊感が忘れられない。そのため、私のISは陸戦仕様のものとなっており、表向きには国土防衛用の機体とされている。宙に浮かんだ瞬間にトラウマがフラッシュバックしてしまい、激しく咽返って嘔吐した時の嫌な感じが未だに忘れられない。流石に戦闘中に吹き飛ばされた事でフラッシュバックしては困るので、それなりの努力と気力を持ってしてトラウマを抑える事はできたが、私は未だにISの万能性として重要な空中戦が出来ない。
そのために必要となったのは精密射撃能力だった。宙に浮かぶ相手の機体に接近戦を行う事は出来ない。ならば、射撃によってシールドエネルギーを削るしか無いと辿り着くのは必然だった。そのため、私の専用機《
そして、ISにはハイパーセンサーと呼ばれる宇宙空間作業でお互いを見つけるための望遠及び空間把握機能が存在する。そのため、精確無比な射撃を行う事が可能なのだ。できる、ではなく、可能、と称したのはISが万能であって搭乗者が万能ではないからだ。この差は明確なものだ。言わば豚に真珠、猫に小判。素晴らしいものでも扱えなくてはただのガラクタに過ぎないから。
構えて、照準を合わせて、引き金を引くのはいつだって人間の役目だ。銃やISの本分は搭乗者に使われる事なのだから。その三動作ができなければ射撃能力は著しく落ちるのは明白だった。実体験からくる含蓄であるため否定はさせない、絶対に。あの地獄のような射撃講座を忘れてたまるものか……ッ!
「まぁ! 何ですの、その気の抜けたお返事は。わたくしから話しかけられるだなんて光栄な身であるのですから、それ相応の態度を示すべきではないかしら?」
ふと、甲高い声で思考から戻された。辺りを見回せば織斑くんが縦ロールお嬢様であるセシリア・オルコット、イギリス代表候補生に絡まれているのが見えた。いつのまにか授業が終わっていて休み時間に入っていたらしい。嘆息を吐きながら面倒な事になる前に何とかしなくては、と私は教室の時間を止めている二人に歩いて近付いた。会話は進んでいるようで若干険悪な雰囲気になってしまっていた。たかが言い争いではあるが護衛として派遣されている身なので介入せざるを得ない。
「へー、そりゃラッキーだぜ」
「……愚弄していますの?」
肩を上げてやれやれとしている織斑くんと肩を怒らせているオルコットさんの間に立つように私は躍り出る。二人はいきなり横合いから現れた私に驚いたようだが、片や助かった、片や何故邪魔を、という正反対の顔に変わった。正直言って止めて欲しい。私は私の仕事をしに来ただけなのだから。
「面倒事は止してと言った筈よ。オルコットさん。織斑くんが、というより男性が嫌いという噂は本当だったようね」
「あら、それは貴方も同じでなくて? 先程この方の自己紹介の際に舌を打っていたようですが」
「……率直に言うわ。私、面倒事が嫌いなのよ。織斑くんの容姿と雰囲気からしてトラブルを引き連れてくるのは明白だったから、よ。今現に貴方という面倒が舞い込んで来ているもの」
「なっ! 貴方までわたくしを愚弄するおつもりですの?」
「なら、はっきり言わせて貰うわ。貴方の今行っている行動は英国政府から命令されたものなのかしら。栄光あるイギリスの代表候補生殿?」
「ぐっ、そ、それは……」
「はっきり言ってそのような類であったならば同じ代表候補生として片目ぐらいは瞑るつもりだったわ。でも、貴方のそれは違うでしょう? 男性に誰かを重ねて苛立ちを晴らしているようにしか見えないの。だったら私にとっては振り払うべき面倒事でしかないわ。どうせなら交流するぐらいの気概を見せなさいよ、見苦しい」
「……そう、ですわね。遺憾ながらこの場は流しますわ」
「そう。なら、良いわ。そろそろ授業が始まるから座った方がいいわよ。あの出席簿を受けたいなら別だけど」
「それは嫌ですわ!?」
織斑担任の出席簿落としは全員共通の恐怖対象となっているらしい。確かに私もアレを受けたいとは思わないし。助かったと手を合わせる織斑くんにジト目を送ってから自分の席へと戻る。直後、席に座っていなかった織斑くんの頭が再び机に突っ伏した乾いた音が聞こえた。
「さて、二時限目を行う前に今朝通達し忘れていたクラス代表者を選定する。クラス代表者とは文字通りクラスの代表として、学校行事及び生徒会の開く会議に出席する立場となる。言わばクラス長の事だ。再来週に行われるクラス対抗戦に出る事になる事を留意した上で推薦自薦を募るからな。……因みにクラス対抗戦は各クラスの実力を測るためのものだ。今の時点で差は……開いていないが競争は切磋琢磨には必要なスパイスだ。勿論ながらクラス代表者は例外を除いて一年間変更する事は無いのでそのつもりで居ろ。では、自薦他薦する者は手を上げて発言するように」
織斑担任は織斑くん、そして次に私を見て言葉を詰まらせた。織斑くんは学校行事についても書かれているあの分厚い事前入学参考書を読んでいないためで、私に関しては実力が他クラスでも吊り合わない程であるからだろう。織斑担任は入学試験で私の実力を試した人物であるし、この学園では一番私の実力を知っていると言って過言ではないのだ。そして、現状態で専用機を保有している生徒は同学年では未完成の物を持つ四組に居る更識簪と私とオルコットさんしか居ないのだ。比べるまでも無い実力さである。
「はい! 織斑君を推薦します!」
「あ、私もそれが良いと思います!」
……彼がISに関しては知識と経験も初心者である事を忘れていないだろうか。明らかに面白そうだから、話題になりそうだからと決めている節が見える。もっとも、私としても面倒なクラス代表者に自薦するつもりは毛頭無い。ただまぁ、オルコットさんに他薦の声が無いのが気になってしまう。虫の知らせという奴なのだろう。
「そのような選出は有り得ませんわ! 第一ISに関してズブの素人である男がクラス代表だなんて恥晒しでしかありませんわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を受けよと!? そもそも、実力からしてこのわたくしがクラス代表となるのは必然ですの! 大体、このような島国でIS技術の修練を受け、暮らす事がどれだけ耐え難い苦痛で――」
「――イギリスだって大したお国自慢ねぇだろうが! 世界一不味い料理の覇者に何年甘んじてるんだか!」
「あっ、あなたねぇ……ッ! わたくしの祖国を侮辱しましたわね!」
ほら、やらかした。どうしてこう面倒事を運ぶクラスメイトが居るのだか。私の運の悪さは地の底程落ち込んでいるんじゃないだろうか。ギャーギャーと騒ぐ二人に嫌気というよりも苛立ちを覚えた私は、同じく苛立つ雰囲気を醸し出す織斑担任と目が合い、互いに頷いた。机に両手を大げさに叩き付けて立ち上がった私に視線を集め、二人の言い争いを横合いから潰してやる。大きな音に驚いた二人を睨み付けるように先手を取り、少し低い声を出して威圧する。
「……言ったわよね、面倒事を起こすな、と。イギリス代表候補生であるオルコットさん。初代モンド・グロッソの覇者の名前とその出身地を答えなさい」
「は、はい?」
「二度言わなくてはならないかしら、初代ブリュンヒルデの名前と出身地を答えろと言ったのよ」
「そ、それはわたくしたちの担任である織斑先生ですわ。出身の地は此処日本で……っ!?」
バッと私から視線を変えたオルコットさんは、大層お怒りの様子である織斑担任を見て瞬時に青褪めた。一気に頭の熱が冷めたオルコットさんは周りの日本人生徒たちから冷たい瞳で見られている事を察して、自分が言った言葉に自覚を漸く持った。イギリス代表候補生だろうが此処は学園で、生徒より教員の方が立場が上なのは当たり前である。そして、数居る担任の中で喧嘩を売ってはならない人物が目の前に居るのだ。
先程の織斑くんとの遣り取りを見てオルコットさんが精神的に未熟なのだと理解したから「イギリス代表候補生はブリュンヒルデに喧嘩を売った」と言う事実を政府に放る事を止めて贖罪の場を作ってあげたのだ。もしも、彼女が威力偵察として織斑くんに近付いていたのなら慈悲無くイギリスへ貸しを作ってやっていただろう。
心苦しいが代表候補生とはそういうものだ。成りたくなくても国のために行動せねばならない立場にある。見つけるまでは代表候補生を継続せねばならないのだから。
「わ、わたくしは大変失礼な事を口走って……。皆さん不快な思いをさせてしまい大変申し訳ありませんでした」
「……ふん。と、言う事でクラス代表者は一週間後に第三アリーナによって決定する。よって、他薦された織斑と自薦したオルコットは準備を行っておくように。それでは長引いたが授業を始める」
その後の授業で織斑担任が根に持っているという振りで、オルコットさんを指定しまくったのは余談である。授業後に出て行った織斑担任にオルコットさんが涙目で謝りに行ったのは言うまでも無いだろう。