IS~暁に浮かぶ白を忘れない~   作:不落閣下

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21――露見する。

 名前からしてやっぱり箒はあの篠ノ之束の関係者、それも妹だったなんて世界は狭いわね。……そんな台詞を吐けたら一般人なのかしらね。知ってたわよそれくらい。むしろ、知らなかっただなんて吐ける訳無いわよ。上から篠ノ之箒と仲良くして情報を得よ、だなんて命令されてたんだから。今更見て見ぬ振りってのは無理よね。染子と手を組んだ時点であたしも棺桶に片足どころか投身身投げしたようなもんだしね……。

 と言うか、ニュースではあっさりと流れてたけどもあたしの移籍が水面下でどんな処理がされたのかが本当に気になるんだけど。染子が言うには上の人がパパパッとやってくれたって話だけど……、要約すると日本の機密情報を得てしまったためにその機密保持から身元受け渡し拒否、甲龍にデータが残ってしまっている可能性があるため全パーツを解体して此れは輸送、ISコアは代わりのISコアを輸送する事で無問題、良いね? あ、はい。って感じっぽいのよね。中国から持ってきた携帯が恐ろしい事になってて困ってるんだけど……。着信はママが大半で、数件友達が居るって感じだけど……。三桁越えて、今も増え続けてるってのが本当に怖いわね。良い機会だし携帯解約してあたし名義で作り直そうかしら。

 ――分かってるわよ、我が身可愛さに肉親を見捨てた、って思われるのはね。

 本当に、酷い話。愛する、それも片思いの男のために母親を置いて行ったんだから。……一夏の事は好き。けど、それだけが理由じゃない。パパと離婚してから、ママは変わった。いや、染められて行ったってのがしっくり来るわね。今の嫌な風潮に。

 ただでさえ人の多い中国で女性が多数派に、それも絶対的な権威を持って振りかざしたらどうなるかを体言した様な光景だった。初めはパパとの離婚にまだ未練があるのかぽつぽつと惚気っぽく日頃の行いについて愚痴ったり、パパが居ないのにお皿の数や夕食の後の珈琲を作っちゃったりしてた。其れを見て、もしかしたらやり直してくれる可能性があるんじゃないかと思った。けど、それは儚い気泡の様な物だった。パパへの愚痴が悪口になった。「腕前でしか誇れない男に付いて行っちゃ駄目よ」それがママの口癖だったのに、いつからか「あんな糞みたいな奴と結婚なんてしちゃって損してたわ」になっていた。その頃だったかしらね、国民一斉IS相性調査の軍からの告知があったのは……。段々と変わって行くママが怖くて、結果の良かったあたしは全寮制の訓練学校に逃げる様に編入した。いや、今思えばアレはママがあたしを押し込んでいたのもあったわね。「ISを動かせる女性は偉大であり、素晴らしい選ばれた人種なの。貴方は選ばれたのよ」だなんて台詞を聞かされた様な気もするもの。それからママの顔を忘れるくらいに訓練に没頭してたら、いつのまにか国家代表候補生に推薦される様な立ち位置に居て、偉い人に国家代表候補生を命じられていて……、その頃だったかな。蘭香と仲良くなったのは。同じ代表候補生の新入りとして部屋を一緒になって、他愛の無い話で盛り上がって、辛くなり始めた訓練にも励まし合って……。でも、染子に殺された。侵入したスパイとして。

 

 『貴方と一緒に昨日来たポニーテールの女の子、もう始末したから安心して彼と戯れなさい』

 

 染子の言葉を、あの時の冷たい声を、思い出す。分かっていたわよ。代表候補生優等生の肩書きであたしがIS学園に行ったら、他の役目を彼女たちに、他の代表候補生に振り分けられるんだって。あたしは、怖かったんだ。中国政府の傀儡として呆気無く死ぬのが。スクールで劣等生と周りから言われていた子が何時の間にか抜けていて、酷い子は「あのデブの愛人にでもなったんじゃない」だなんて茶化していたが何となく分かっていた。だって、あの政府の上官(デブ)言ってたもの。「お前はあの屑と引けにならんくらい優秀だからな。使い捨てるには惜しい、代表候補生試験を受けてみないか」ってスカウトしてきたんだから。結局の所、彼女は死んでいた。海岸で溺死していた事から亡命のために泳いで渡ろうとしたんじゃないか、だなんて滑稽で取り上げられていたけれど、染子の言い様からして失敗したんだろう。文字通り、入国が出来なかった、と言う事だったに違いない。

 ――死にたく無かった。

 きっかけはママだったけど、結局の根本は此れだもの。ISが台頭してきてから、私の様な経験をしている娘は多くなっている。そして、それだけの事が表に出ないのは国が隠しているから、それも徹底的に情報操作を行なって揉み消しているからだ。もしかすると……、今一夏の部屋のキッチンスペースで包丁の使い方を習っている染子も、似たような境遇なのだろうか。いや、むしろあたしの場所よりも遥かに深い深淵に溺れているのだろう。何せ、同世代の女の子を殺した事を嬉々とも苦々しくともせずに伝えられる様な精神性を持ち合わせているのだから。

 ――どれだけ手を汚しているのか、知る由も無いのよね。

 けれど、染子に対して人殺しだからと言って手を払い除ける様な事はできない。あの子が蘭香を殺した事を嬉々として語っている様な振りをしていた事は分かる。あの時は気が動転していたけど、笑っていたのに笑っていなかった。まるで、そうでなければならないと教育されている様だった。蟲を潰す様な笑い声に添えられた瞳は虚ろとした空虚なそれで、深淵を覗いた事で深淵に引き摺り込まれたかのような――亡者の瞳だったんだから。空笑いと言うのだろうか、明らかに目が笑っていないのに、楽しそうにけらけらと笑っているだなんて、背中がぞっとする様な話だ。いったいどれだけ染子は深淵を覗いたのだろう、そう思ってしまう。

 染子はあるかもしれなかったあたしの選択肢なのだろう。あのデブが外道に叩き落す様なレールを敷いていたならば、きっとあたしも……。そう、考えてしまって強くは言えなかった。蘭香の仇と罵る事も出来る。けれど、それはあたしも片棒を担いでいる様な立場でもあるからできなかった。あたしが国家代表候補生の肩書きでIS学園に来たから、蘭香はあたしの見張りに抜擢されたんだ。あたしたちが仲が良い事を利用して、もしもあたしがしくじったら蘭香の立場が危うい事を囁いて……、なんてのがあのデブの考えだったに違いない。

 ――蘭香を死に追いやったのも当然じゃないの。短絡的だった、そう言う事よね。

 浮かれていた。一夏に会える事に舞い上がって嬉しさに託けて目を瞑った結果なんだから。けれど、直接的に殺した染子に対して恨みを感じていないと言うのは嘘になる。本当なら糾弾するべきなのだろう。だけど、今の立場と原因があたしにもある事から口に出す気にはなれなかった。それに、染子と言葉を交わしてると時折垣間見れる瞬間がある。瞳の奥に潜む炯々とした闇。そんな空虚な一面を見てしまってからどうも感情を叩き付けれる気が削がれるのよね……。上手く言葉にできないけれど弱い者虐めをしていると言うのかしらね、責めるべきなのに責め立てれないと言うか……、ううん、日本語の勉強もっとするべきかしらね。きっとぴったりな小難しい羅列があるに違いないわ……。

 

「鈴、染子さんにも苦手な分野があったみたいだぜ?」

「……仕方が無いじゃないですか、包丁なんて持った事…………ありませんし」

 

 そんな風に緩んだ頃、ふっと思考を掻き消す様にして一夏の問いかけが聞こえた。不貞腐れた様な表情を浮かべてから右手を見て視線を逸らした染子の様子にかなーり嫌な予感を感じさせる。問い詰めるだなんてパンドラを開く行為はせず、一夏が差し出したパットを見てみれば不揃いな人参の姿があった。真っ直ぐ包丁を入れられなかったのだろう斜めに段々と傾斜が……と言う初心者あるあるな可愛らしい人参の薄切りが並べられていた。薄さとしては最初はまちまちな大きさだが、段々と薄さだけは均一になっていて微かな成長を感じさせる初々しさがあった。もしかして、これ染子が切った物なのかしら。何というか……、可愛い一面を見た気がするわね。

 

「へぇ、でも初めてにしては大分上手いじゃない。一夏だって最初の頃はもっと酷かったじゃないの。真ん中スパーンと切っただけで喜んでたりね」

「それは小学生の頃だけだ! ……って、なんで鈴が知ってるんだよ?」

「千冬さん、お酒、ハイテンション」

「ぐっ、あ、頭が……。……そうか、俺が部屋に蹴り戻された後にはそんな話をしてたんだな千冬姉……っ!」

「あはは、こんなのは氷山の一角よ? 千冬さんお酒入るとハイになって饒舌に絡んでくるからそれはもうマシンガントークさながらに暴露祭りだったわね……」

「ぐあああああ!? 止めてくれ! 俺の心のHPはレッドゾーンだ!」

「あら、丁度良いじゃない。折角だからあたしはその赤裸々な話を口にさせて貰うわね」

「頼むから止めてくれ、後生だから……っ」

 

 中学のノリで会話が弾んでしまう。やっぱり、一夏とのお喋りは楽しいわね。この何処かネタ混じりの会話は当時を思い出して懐かしさを感じる。此処に中二病真っ盛りな弾とやけにエレキギターに拘っていた御手洗も含めてかなり時事学生ネタに興じたものだった。まぁ、その会話を避けて一夏にアタック紛いな問いかけをしてくる奴らも居たけど、一夏の何処か天然めいた感性による言葉で、キャッチボールをしていた筈が後ろからドッジボールも開始させられていた様な混沌具合で追い返す様がいつもの風景だった。懐かしいなぁ、そう思いながらふと頭から外れてしまっていた染子へと視線を移す。あたしたちがお喋りしていた疎外感からか後片付けの洗い物をしているようだった。今日は「野菜にも色々な種類があるんだぜってのを教えたい」と言う内容だったので野菜のカット作業だけで終わるつもりだった。そして、本命である一夏が夕飯としてカットした野菜を使った電子レンジで温めるタイプのうどんをめんつゆと組み合わせた焼きうどんになる予定だったので、最後の教材である人参が終われば片付けをして焼くだけだ。そして、段々とだが染子の様子がおかしい事に気付けた。黙々と何かをスポンジで擦り続けて、それもずっと見つめながら頑固な汚れと闘っているようだった。あれ、切っただけだったわよね。まだフライパンも出して無いってのに……。

 ――染子は何を洗ってる、の?

 背筋に氷の刃が突き刺さった気分だった。すーっと血の気が引いた、本気で。

 

「っと、あー、そういや途中だった――」

「一夏、あたしね、スープもつけた方が良いと思うわ。中華風のスープ作るから……、今メールで送ったのを取りに行って来て貰えるかしら」

「お、おう。確かに焼きうどんは人によっては油っぽく感じるからあっさりな中華スープがあると良いかもな……」

「そうよね、そう思うでしょう? だからちょっと、行ってきてくれる? あたしは先に準備しとくから、ね?」

「わ、分かった。分かったから押すなって!」

 

 捲くし立てる様にしてキッチンスペースへと振り向かせずに一夏の背を押して部屋から追い出す事に成功したあたしは一つ大きく安堵の息を吐いた。今や漫画だったら負のオーラを醸している表現がされるであろう染子へと恐る恐る近付くと、無機質な瞳の整った顔が振り返り、そこ等のお化け屋敷よりも遥かに恐ろしい気分を味わう羽目になって悲鳴を上げ掛けた。

 

「……鈴、さん? あ、ええと、これはその、すみません。私、洗い物が下手みたいで……。落ちないんです、この赤い液体(・・・・)。何度も何度も拭ってそそいでるんですが、一向に落ちる気配が無くって……、どうしたら良いでしょうか?」

 

 そう言いながら首だけ振り返った染子は新品(・・)の包丁をずっとスポンジで擦り続けていた。絶句、と言う表現を今あたしは実感したのだと身を震わせて理解した。ああ、そうか。あたしがこの子を恨み切れない理由って……、あんまりにも可哀想(・・・・)だと感じたからだ。壊れている、いや、壊れかけているラジオが吐くノイズ混じりの放送を生身で再現したかの様な不安定さを感じさせ、何処か保護してあげないといけないと思わせる一面があるからだと気付けた。隣で絶叫して驚いている人が居ると驚きが薄まる様な、そんな感覚だったのだろう。あんまりにも悲惨過ぎる一面が見えてしまい、怒りよりも先に同情の念が先走ってしまうのだろう。染子には、あの新品でピカピカの包丁が赤く染まっている様に見えているのだ。その現象にあたしはぴったりと言い表せる言葉を見つけられた。

 ――染子は幻覚を見ているんだ、と。

 ふと脳裏に浮かんだのは初めて人を殺してしまった主人公が手に付いた血糊で汚れ続けていると言う幻覚を見てずっと手拭いで皮膚が赤くなる程に擦り続ける漫画の一シーンだった。

 ありもしない物が見えてしまうのが幻覚だ。悲鳴を上げ掛けた喉に口の中の唾液を飲み込んで湿らせてから、あたしはさも平然とした風を装って危ないけれど染子の手から包丁を受け取った。握っていた手には力が入っていなかったようで、まるでぬるりとした液体を潤滑油にした様に簡単に抜けてしまった。

 

「……鈴さん? それ、まだ洗い終わって……」

「ああ、大丈夫よ。あたしが代わりに洗ってあげるから、そっちの鍋を出して半分くらい水を入れて沸かしてくれる? 美味しいスープ付けようかなって思ってね」

 

 染子はまるであたしの右手が汚れてしまうかの様な逡巡を見せてから、何処かしょんぼりとした様子で「分かりました……」と呟き頷いてくれた。その姿は母親に失敗を叱られた様な子供の様で、背中を伝った冷や汗も忘れてくすりと笑みが零れてしまった。染子は言われた通りに鍋を左手(・・)で手に取って水を入れ始めてくれた。

 あの時見た漫画では、その後の主人公は仲間によって支えられてその幻覚を振り払う事ができた。きっと、染子にはそんな人が必要なのだろう。どんな状況でも諦めずに手を差し伸ばし続けてくれる様な誰かが。簪って子がべったりと張り付いている理由が分かったかも知れない。同室であるあの子は染子のこんな姿を幾多も見続けているに違いない。だから、それをフォローするために近くに居たのだろう。

 ――パシュッと何かが打ち込まれたかの様な音が聞こえた。

 音の方を見やれば染子は手元にアンプル剤めいた形をしている何かを首元に押し付けていた。もう片方の手は胸元を握り締めていて、まるで何かに苦しんでいた後の様にも見えた。そっとアンプル剤を仕舞い込んだ後の染子は、普段の冷静でありながら何処か無口な美人秘書めいた雰囲気で幻覚を見ていただなんて思わせない正常な印象を抱かせる。

 ――精神安定剤、なのかしらね?

 一夏が前に一人部屋を指摘して怒られたと言う話をしていたが、恐らくはそう言う理由なのだろう。薬剤によって時折調整しなくちゃいけない精神状況を維持している。そんな機密過ぎる染子の秘めた闇の一端を見てしまったあたしは、抱え込んだ染子秘密コレクションのNO.2が埋まってしまった事に眩暈を覚えそうだった。

 

「時間、早く……、なってますね……。……健康診断、受けなきゃ……」

 

 そう独り言なのだろう病人の自嘲めいた声の様な雰囲気で染子は呟いていた。この様子だとかなり参っているみたいね。無理も無い、とにわか以下の医療知識しか無いあたしじゃ判断できないけど、日常生活に支障が出ている時点で相当に拙い様子なのは見て取れた。あたしは、どうするべきなのだろうか。この、病人めいた友人に対して何ができるんだろ。けど、一夏にこの姿を見せちゃいけないって事だけは分かる。一夏の事だから何とかしようって色々手を出し始めるに違いないから。そうなると、あの染子の事だから振り払うに違いない。そして、段々と関係が悪化していって……。

 まぁ、本当ならそうなって欲しいと思うべきなのよね。染子を一夏の視線から外すには、本人に振り払って貰うのが一番なんだから。けど、そうしちゃいけないってあたしの良心が言ってる。むしろ、染子から目を離しちゃいけない、そんな感じがするのよね。これはあの簪って子ともちょっとお話した方が良いかも知れないわ……。……はぁ、手の掛かる子を持ってしまった様な気分ね。あたしよりも数センチも大きいなんて……、羨ましいわ。って、違う違うそこじゃないわよ、背よ背。むしろ、背低いあたしには要らないのよあんなもの。いっそ、開き直ってしまえばこの先嫉妬せずに居られるのかしらね……。はぁ、本当にこの手の話は業が深いわ本当に……。そう首を振ってたら扉がノックも無しに開く音がした。

 

「貰ってきたぞー、ってなんで項垂れてんだ鈴」

「持たざる者の気持ちを理解した事ある!?」

「なんの!?」

「あ、ごめんごめん、つい口に出てたわ。ありがとね、すぐに作っちゃうから染子とお皿出したりしててくれる?」

「あ、ああ……。……悩みあるなら聞くからな、いつでも良いぞ?」

「……そうね、羞恥心よりも実益欲しさが勝ったら言うわよ」

「……おう?」

「あーもう、乙女には色々葛藤があるのよ! 色々ね! ほら、さっさとお皿並べる!」

 

 ……はぁ、一夏に女心を分からせるにはよっぽどの時間と労力が掛かりそうね。むしろ、こうなったらアレコレこうなのよって吹き込んだ方が速いかもしれないわね。実戦には強いだろうし、その都度口出して行く方針にしようかしら……。今週の土曜あたり誘ってみようかしらね、で、デートに……。けど、一夏の事だから買い物の付き合い程度にしか思わないんだろうけどね。どうしてこんな風になってしまったんだか……。

 あたしの乙女心は複雑よ、一夏のばーか……。




ああ、うん、またなんだ。すまないね、テスト期間あんのすっかり忘れてたんだ……。
まぁ、まだ期間中なんだけどね(白目


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