IS~暁に浮かぶ白を忘れない~   作:不落閣下

23 / 29
23――浸食る。

 IS学園はIS操縦における座学と実技教育を一、二年の中心教材とするが、その実他の高校と変わらない、いや、それ以上のレベルの難易度の一般教科も必須になる。けれど、土日は休日扱いなのは、一日の授業数が八時限目もある日があったりするからだ。と、言うのもISが普及されてから電脳科学と言う未知の分野が発展し、そこから派生する様に他の技術も進歩をし続ける、言わばインフレ科学時代となったのが現状なのよね。

 ――だからと言って、現代でIS技術を応用したからってテレポートポットが完成してるだなんて誰が思うのよーーッ!?

 一般的に学生の間では休日として扱われる土曜日。染子に「私の健康診断も兼ねて施設へ案内しますのでついて来てくださいね」とホイホイと付いて行ったのが数時間前の事だった。IS学園地下深部へとエレベーターで来たかと思えば、近未来的ポットに連れ込まれて染子がポチっとなしたかと思えば一瞬意識が飛んだ後、開かれた扉から見える光景は学園地下深部のそれとは違って真っ白だった。いったいなにが起こったのかと問い詰めればあっさりと直通のテレポーターだと教えてくれた。

 

「え、此処って日本政府の重要施設よね? あんなところにあって大丈夫なの?」

「ああ、セキュリティの問題ですね。此方側に生体認証していない方はそのまま分子分解されるそうですよ。こう、キラキラと散った彗星の様に砕け散るとか」

「待って!? あたしそんな事した覚え無いんだけど!?」

「入学前に健康診断を受けたでしょう?」

「あ、そう言う……。けど、せめて乗る前に教えてほしかったわ……」

「……すみません。今、少し調子が悪くて失念していました。取り合えず私は健康診断を受けてくるので、鈴さんはあの案内ボットに付いて行ってください。恐らくですが、再び会えるのは明日の朝でしょうので、まぁ……、下手な事をしなければ大丈夫ですよ、ええ……」

 

 そうふらつきながら具合悪そうに言い去った染子の背中は何処か小さく見えてしまった。にしても、健康診断、ね。確実にそれ以外の何かも兼ねているって感じだけど詮索は無理ね。……と言うか本当に大丈夫かしら染子。今にも倒れそうな危篤寸前の病人ってぐらいに体調が悪そうなんだけど……。そのために此処に来たって話だし、明日の朝には良い顔してて欲しいわね。

 

『お待ちしておりました。凰鈴音さん。此方へどうぞ』

「あ、うん……」

 

 電子音声にしてはかなり流暢な女性の声を発するタルの様な形をしたロボットが、すいーっと地面を滑る様にして進んで行く姿は見慣れない近未来物ね。白い部屋だと思っていたのは目が光に慣れていなかったからの様で、酷く無機質なパイプや合金らしいタイルが相まってメカメカしい光景だった。まるで近未来的な宇宙戦艦に搭乗しているかの様な気分で、黙して目的地へとナビゲートするロボットの後ろをついてゆく。時折視線を外して辺りにやって歩幅が遅れてもきっちりと距離を保ってくれる親切さがあるって凄いわよね。どんなセンサーを使っているんだか……。技術者ではないあたしには到底分かり得ない話なんだろうけどね。

 エスコートされた先は応接室の様な場所であり、モダンなソファや壁紙が何処か日本人的侘び寂びと言った落ち着きを促してくれる、そんな印象があった。こう言う所を見ると「ああ、此処が日本政府の施設なんだな」って思うわね。ナビゲートしてくれたロボットはあたしが入室したのを機に反転し、そのまま器用に扉のドアを閉めて去って行ったので話し相手が消えた。無人の応接室は初めてだ。入ってきた側の、見た目からして下座と思われる場所に腰を下ろして行儀良くしておく事にする。染子が言っていた様に下手に動いて「そうかそうか、貴様はそういう奴だったんだな」とスパイ容疑を掛けられてしまっては本当に命が危ないので大人しくしていよう。

 そんな事を思ったのが十数分前の事だ。流石に暇過ぎてどうしようかと思案していると、ノックが目の前の扉の方から聞こえた。入室してきたのは何処か朗らかな老人と言った印象が強い白衣を着た男性だった。所作や顔の輪郭からして日本人である事が窺えた。咄嗟に起立しようとしたのを右手で制し、男性はふっと柔和な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ふむ、君が中国代表候補生だった凰鈴音だね? 私は便宜上博士と呼ばれているよ。ああ、この施設では機密保持のために名前も含まれているので名は明かせない。故に、博士と呼ぶように。良いね?」

「は、はい……。ええと……」

「ああ、今日君を彼女を通して呼ばせてもらったのは少し色々とあってそれを説明するためでもある。まぁ、実際に君を此処に通し、己の立場を自覚して貰うと言うのもあるが、……ま、杞憂だったようだね。彼女も良い勘をしている。君の様な察しの良い子は長生きをするよ、その口がお喋りでなければ、ね」

 

 思わず冷や汗が流れる。嗚呼、確実に染子はこの施設暮らしなのだろう、そう実感してしまうくらいに目の前の博士から滲み出る威圧感はとんでもなかった。もし此処であたしが造反しても圧殺してしまう様な、そんな恐れを感じてしまう程だった。口から声が出ない程に威圧されたあたしを見て、苦笑した博士は「茶でも飲もうかね」と紙コップにお茶らしき何かを飲料メイカーから注ぎ入れ、あたしの前へと置くと自分のを先に口をつけた。毒見をしてあげた(・・・)、そんな気遣いが目に見えて見えるようだった。恐る恐ると言うか、単純に緊張から手が震えてしょうがないんだけど……。手に取ったお茶は温かく、口付けた味は緑茶の何処か優しい苦味のある落ち着く味だった。

 

「美味しい……」

「ふむ、そうだろう。四門堂の朱雀だからな。彼女がよく好む味だ、君にも合うと思っていたよ」

「ええと、その彼女ってのは、そめ、浅草さんの事ですか?」

「はっはっは、構わんよ。普段通りの名で呼んであげてくれ。まぁ、此処では名前だなんて唯の識別するための記号でしか無いのだがね。まぁ、そうだね。私はあの子の事を他で呼ぶ時は彼女と呼んでいるよ。何せ、彼女は我々に名を奪われた存在なのだからね。我々が徹底しなくては申し訳無い事をした彼女に対し不誠実と言うものだ」

「そ、そうですか」

「……ふむ、彼女から何処までを知ったかは知らないがね、一つ言わねばならない事がある。彼女は日本政府の隠し子と言える様な存在でね、昔と違いその機密レベルは跳ね上がるばかりだ。だからこそ、彼女の名を調べようとはしない事だ。それは、深淵を覗くのと同じ行為だからね」

「……分かってます。流石に今の立場で蜂の巣を突く事なんてできませんし」

「はっはっは、蜂の巣程度であれば良かったのだがね、此処は竜の巣だよ。虎なんて目じゃぁないくらいに、ね」

「…………」

「っと、少し虐め過ぎたか。すまないね、何せ此処の連中は打たれて転ぶ事を知らないもんだからついつい……。さて、雑談も此処までにして本題に入ろうか」

 

 博士は先程までの朗らかな表情から、無機質な笑みを浮かべた。あたしは真っ先に理解すべきだったのだろう。この施設(ここ)が染子の暮らした場所なのだ、と。いや、そうではなく、そんな誰にでも分かるような事ではなく、真意的な、裏側的な、実質的な在り方を。蛇の道どころか、機密と言う卵を守る竜の蜷局の内側に巻き込まれているのだ、と言う認識をせねばならない場所であったのだ、と。

 何でも無い日常の風景の様に、博士は言った。

 

「君は人を殺した事があるかね?」

 

 その台詞にどう返せたのだろう。いや、どう返せば良かったのだろうか。

 博士は曖昧に口を開かせたあたしの瞳をじぃっと見つめながら待っていた。返答を、待っていた。何か口にせねばと焦る気持ちと、どんな事を言えば良いのか分からぬ逸る気持ちと、どうすれば良いのよと明後日の方向にブン投げたい気持ちでごちゃ混ぜにミックスされまくっていたあたしをずっと見ていた。

 まるで、子供が夏休みの自由研究で今にもぽっくりと死にそうな蝉を見て無邪気に笑っているかのような気もする程に、静かに笑みを含ませて見ていた。

 

「……ふむ、どうやら経験は無いようだ。やはり、と言うべきか、だろうなぁ、と肩を竦めるべきか。……本国の教育とは実に温かったようだな、まるで温室の果実のような甘さだ」

 

 すっと視線を外した瞬間、背筋が震え上がるのと同時に冷や汗が背中に流れた。生きた心地がしなかった。甘く見ていた、いや、違うわね。そもそも、理解すらできやしなかった。人を殺した経験? ある訳無いじゃない。と言うよりもあったら拙い問題でしょうに。だが、博士は問うたのだ。このあたしに。

 ――中国の代表候補生に問うたのだった。

 それは、如何にも日本の代表候補生が殺人の処女を破っていると言わんばかりの裏メタな含みを孕んでいて、可と言って確かに口にしてはいないので証拠にもなりやしないただの言葉に過ぎなかった。だが、その言外に含められた恐ろしさは、まるで生きた妖怪を見たような心地でさえあったのは間違い無かった。

 

「さて、存外頭は回るようだねお嬢さん。なぁに、墓の下まで持って行ってくれて構わぬよ。もしもがあれば彼女(・・)が君を殺すのだから。顔が文字通りに蒼褪めているが、心地は如何かね? これが君が求めた墓の土台だ。これこそが今や秘匿された日本の意地にして、誇り高き大和魂が残した遺産の負の一面だ。どうした、笑いたまえよ。喜びたまえよ。君の平穏は、圧倒的な暴力と戦争在りきの言外論闘によって構築された平和によって実現されるのだから。己が国の腸を食らった新米雑兵如きが重宝されるとでも思ったかね。豚は、食えるから肥やすのだ。食えぬ豚を肥やす程我らは暇では無いのだよ。まぁ、然るべき任務を君に与える事はしよう。何せ、君は彼女の招いた唯一の人物だ。ある意味大変貴重なのだよ」

 

 肩を竦めながら膝上で指を組みなおした博士は、ふっと消えた蝋燭の火の様にその苛烈な雰囲気を沈めて笑った。その笑みは何処か狂気が滲んでいて、背筋が凍り付くには十分のものだった。正しく魔窟、と言うべきなのだろう。そんな場所で暮らしている人物が普通な訳が無かったのだ。戦慄して固まってしまったあたしを見て、博士は再びくつくつと込みあがる様な笑みを漏らした。

 

「いやはや、本当に貴重なのだよ? そうだな、此処での彼女のエピソードの一つを教えてあげよう。前に此処での実験内容に恐怖を覚えて逃げ出そうとした彼女と親しくしていた研究員が居たんだがね、あっさりと殺されたよ、彼女にね。その時なんと言ったと思う? 裏切者は死んで良い奴でしょう、ときょとんとした顔で言われたのだよ。彼女の健康管理を請け負っていた人物であったから、食と言う娯楽を提供してくれる人物であったから、てっきり私情が垣間見れると思った矢先にこの返答だ。正しく、祖国を裏切った君に対して裏切者と言う肩書はとても正しい形容の形だろう。だが、彼女はあろう事か君のために前準備をする程に好意的に招き入れている。私にはIS学園での茶番劇にどのような出来事があったかは知らない。だが、彼女は君と接した事で確かな影響を受けている、と感じられるのだよ」

「……前準備?」

 

 ふと口に出た言葉に博士は手元を動かし、何かを掴む様な仕草をした。それは、チップの様な大きさで。瞬間、試験だと言われた一連の指示が実はあたしがこの組織へと入るための持参金を調達するためのお膳立てだったのだと気づく。確かに、その指示は染子からの言伝であり、あのオペレーターからの電話での指示では無い。だからと言って、その全てが全部染子のお膳立てだったなんて思いもしなかった。……いや、今思えば私事っぽい内容も含まれていたし、持参金を調達させるついでにって感じだったのだろう。その割には、かなり深刻な顔をしていた様な気がするけども……。まぁ、博士に尋ねてもまたあの恐ろしい笑みが返ってくるだけだろうから口にする事はしないけれど。

 

「ふむ、理解したようだね。……まぁ、先程は少し虐め過ぎたが、一応ながら君の行動は彼女の後押しがあっての保証であると覚えておきなさい。その程度の信頼はある、と言う事だ。尤も君は後方支援などに回され、基本表舞台には上がらないだろう。彼女のささやかな進言があったのもあるが、君は悪い意味で有名になっているからね。その方が君のためだろう。……ああ、心配しなくても学園在籍中は彼女の補助役として働いて貰う予定だ、安心したまえ」

「そ、そうなんですか……」

 

 ほっとしたのも束の間、あたしは染子の立ち位置が地味に高い事に気が付く。博士は言動や内容から幹部級以上の立ち位置であるのは間違い無い。そんな博士に上申して、信頼を勝ち取っている染子の立場がただのテストパイロットであるとは露とも思えない。そもそも、あたしはまだこの組織の名前すら知らない事に漸く気づけた。と、言うのも色々と話しが濃過ぎて流されていた感はある。

 

「そ、そういえば、此処って何て言う名前の組織なんですか? アンリアル工房は表向きの看板ですよね?」

「む、失念していたな。此処は表向きには日本政府保有のIS開発部門だが、本来は第二次世界大戦中に設立された第三次世界大戦を想定された機密部隊を引き継いだ軍部部門だ。まぁ、要するに戦車に込められる弾丸部隊と言ったところか。名称は日本機密軍部となっていて正式な名称は無いが、我々はこう自称している」

 

 博士は組んでいた両手を開き、肩幅になるよう動かしてから手の甲を下にし、高らかに謳い上げた。

 

「神風機関、と」

 

 その言葉に込められた狂気をあたしは理解する事だなんてできやしなかった。当時の米軍兵すらも恐怖の渦中へと巻き込んだ部隊の名を飾ると言う神経を疑わざるを得なかった。けれど、染子を、博士を、見たからか、自然と納得してしまえる、そんな気分に移り変わるのを感じた。嗚呼、結局のところあたしはとんでもない博打をして命を拾えたと思っていたが、思い違いであったのだと理解できてしまった。

 ――あたしは気づくべきだったのだ。

 博士は、あたしの顔を見てから、ふっと狂気染みた笑みを満面に浮かべた。

 それだけが、今日一番の印象に残った事だった。




お待たせしました。かーなり、書き直して書き直して一か月程も伸びちゃいました。
サブタイは「うつる」です。
今後の展開にかなり重要な起点部分だったので、マジで難産だったのです。

……え?ツイッターの方にあるPSO2の話題はなんだって?
ネトゲの移住地が決まった、と言う事です(白状

割と本気で展開に悩みまくって、一旦思考をリセットしようとPSO2に手が伸びてしまい……、と言う連続だったのです。嘘ジャナイヨ、ウン。
次の投稿は一か月も伸びないと良いなぁ……(願望
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。