隣でゲームしている織斑一夏とは親友の仲だ。
顔面偏差値MARCH以上女性免疫割高女誑しな天然野郎。そんな印象の強い一夏であるが、その本質は美人過ぎるが残念過ぎる姉に世話を焼く理想的な弟である事と知ったのは中学二年の頃だった。そんなこいつに深刻そうな表情での相談を持ち掛けられた時の事だ。曰く、姉の大会を見に行ったら拉致られた挙句目の前でISによる戦闘が勃発したと思ったら同年代らしき少女に庇われた上にその娘の左腕が吹き飛んで絶句して呆けていたら全てが終息して置いてかれてぽかんとしていた処を保護された、との事で、当時の事を思い出して滅茶苦茶早口でパニック全開な口調で語られた時の印象が強くて今もこんな覚え方をしちまってるくらいだった。
そう、こいつ天然じゃ無かったのだ。その外見から女同士で牽制しまくっていた対象であるらしい一夏が告白されたのは、勇気を振り絞ったのだろう同年代の女の子の静止を振り切ったらしい子による中学二年後期の始めだった。その先走った告白を機にドドドドと言わんばかりの告白ラッシュ、そして、飛び出す一夏の天然な
『……そう言うけどさ、弾。俺、一生レベルの恩のある子が居るんだ』
と言う語り出しで、後から知ったが国家機密レベルな相談をされた当時の俺は戦慄せざるを得なかった。だが、一夏も一夏でかなり参っていたらしく、上の空で返答した答えが天然回答であったとの苦笑交じりを返され『俺、最低だな』と白目向く一歩手前な落ち込み方をしていたのをよーく覚えてる。
そう、今もその子の事を考えていて左腕の代わりになりたいと思っているので他の子の返事に頷く事は難しい、と言う本音を知れて、こいつ天然野郎を演じる事で大雪崩レベルで告白ラッシュを流していたのである。まぁ、鈴の思いに気づいてない時点で鈍感であるのは間違いないが、そこにこんな理由があれば天然城壁と称されるのも仕方が無い事なのだろう。当時の俺は御手洗と一緒に事態の沈静化を図り、一夏をメインとした軽音ユニットを作る事で熱を込めれる逃げ先を作ってやったりとかなーり頑張ってたのもあってぽかんとしていた気がするな。
まぁ、何が言いたいかと言うと、こいつは恋愛に対して、いや、女性関係に関してかなりの負い目があるので見てらんない親友だと言う事なんだが、実の妹もこいつに熱が入っている様子なのでかなーり複雑な立ち位置なのは承知している、しかし、それでも五反田弾と言う男はこいつのためになってやりたいと切に思うのだ。
……現実逃避を止めよう。
「……すまん、もう一回言ってくれないか?」
「ああ、聞き逃しちまったか? えっとだな、その子を見てると心臓がうるさくて、視線が自然に向かってて、ええと、その、……そういう対象として見ちまって抜いたりして、近くに居ると滅茶苦茶嬉しい気分になるんだが、これって恋って奴なのかな、って。弾、前に初恋の話してただろ? って事は恋をするって気持ちが分かると思ってさ」
「あー……、うん、そうだな。真面目に回答するなら、それが恋だ、と言いたいんだが、てかお前もナニしてんのな。てっきりそう言う類の事はやってないと思ってたぜ」
「おいおい、俺も男だぜ? 流石に男を見てそういう気分にはならねーよ。……てかまぁ、何か遺伝子採取のためにナニしろって幾つか写真渡されて、……上司からって話だけど、実はその写真の内容が手渡した子の盗撮っぽい写真ばかりなんだよな……。でも、その手のアングルじゃないから多分女性が撮ったっぽい奴だな。下着姿や半裸ばっかりだったし……、それに位置がどれも隣なんだよな。今思えば盗撮ってか、隣でそれだけのために撮ってた、みたいな感じでさ。勝手に撮れば? みたいな表情にも見えるし……」
「うぉぉぉい!? お前自分が何言ってるのか分かってるか!? 同年代の女の子のその手の写真持ってるだなんてかなり羨まし、けしからんぞ!? ネガ寄越せ!」
「すまん、無理。俺もその時だけで、後々になって羞恥心が勝って封印中なんだからさ……。てか、やっぱりそうなんだよな、これ。いやまぁ、ふとした時にこの子の隣で笑ってたいなとか思ってたりしてたし、そうか、これが恋か……」
「……はぁ。鈴が報われねぇなぁ」
そう口の中で溶ける様に呟いて、本国に戻ってIS学園で再会したらしい友人の不幸を知っちまってかなり気まずい気分だった。しかし、それにしてもあの一夏が恋を覚える、か。何というか感慨深い気持ちだ。手塩に掛けて育てたってのは言い過ぎだが、かなりそっちの関係にフォローを入れていた身とすればがっかりと言うかやっぱりなぁと言うか。でも、親友として応援してやりたい気持ちもある。
「……まぁ、今更口出すってのもアレだが、前に言ってた左腕の子は良いのか?」
「……それがさ、どうも、その子っぽいんだよな。染子さん」
「……ふぁっ!? おま、今何て、おいぃ!? 染子さんってあの浅草染子さんの事か!? 今雑誌界隈を揺るがしてる最強の代表候補生の浅草染子さんの事かぁあああ!?」
「え? あ、やべ、口に出てたか。ってか、そんなに有名になってるのか? あんま知らないんだが」
「ちょっと待ってろ馬鹿野郎」
前言撤回、こいつ滅茶苦茶最高なフラグ立ててんじゃねぇかふぁっきん!
てか、あのクールビューティの異名で名高い浅草染子さんの生写真を持ってるとかどんな贅沢環境だこいつぅぅぅ!! 俺は宝物入れにしているカステラの入ってた缶から雑誌を数冊引き抜いて一夏に手渡してやった。
それは、絶世の美をスレンダーな体で体現したある意味伝説級なグラビアページのある雑誌類であり、発売二十五分で在庫が切れたと言う滅茶苦茶レアな俺の宝物たちだった。表紙も勿論浅草染子さんであり、雑誌の内容の三分の一が丸ごと彼女のレビューと写真に埋まっていると言うファン感涙物の品である。
しかし、それを見た一夏の表情は喜びではなく、疑問を浮かべた表情だった。
「なんか、違う気がする。どれもこれも機械的って言うか……」
「そりゃ生身と写真じゃ違うだろうよ」
「いや、えーっと……、実物の方が早いか」
そう言って一夏は携帯を取り出して液晶を入れて此方に向けた。待ち受け画面には自然な笑みを浮かべているのだろう素晴らしく可愛らしくも綺麗な浅草染子さんの顔があり、どうもアプリ類もこの待ち受けを邪魔にならぬよう二ページ目に入れている徹底振りを見て本気なんだなぁと思いつつもすっげぇレアなもんを持っている一夏に嫉妬せざるを得なかった。
「な? 雑誌のはどっか機械的なフォームって言うか、合成を弄った様な不自然さがあるんだけど、こっちにはそれが無いだろ?」
「はぁああ!? いや、それどころじゃねぇんだけど!? ……なにこれ滅茶苦茶可愛い。……んー、あー、でも、確かに雑誌の方に違和感感じるな」
「だろ? あ、ちなみにこれはちゃんと許可取ってるからな。基本俺のISが最高の瞬間を激写してるっぽいけど盗撮には間違い無いからさ。まぁ、私なんて撮っても意味無いのでは、なんて言われちまったけども」
「なにっ!? ってことはこれ以外にもあるのか! ええと、一夏の携帯のパスはっと……」
「うぉい!? おま、勝手に人の携帯開けるな! てか、何で知ってんだよ!」
「え? だってお前超が付くほどのシスコンでもあるから千冬さんの誕生日で
これみよがしにパスの掛かったフォルダを見つけ、あっさりと突破して開帳された中身に唖然とする。そこには数千枚にも渡る浅草染子さんのIS学園での様子を撮ったのであろう写真群、いや、写真軍が並んでいた。それも、場面毎にサブフォルダ分けされている様な徹底振りにガチ感を感じた。
「え、えぇ……? ちょっとこの数はやべぇんじゃねぇの一夏……」
「……それな、俺のISが勝手にやってたんだ。てっきり画像フォルダに纏まってるかと思ったらファイリングまでばっちりで。どうも、俺の端末をバックアップの予備に使ってるみたいでメインフォルダは俺も分からないんだ……」
「え? ISって機械、だよな? 別に意思とか持ってるアンドロイドとかそんな浪漫無い、よな?」
「…………その筈なんだけどな。でも、授業中に千冬姉言ってんだよな。ISには深層心理的な意思がある、とされているって。もしかするとガチであるんじゃないかな。……かなりミーハーな感じすっけど」
「だよなぁ……。ある意味これ、世界的進捗なんじゃねぇの……?」
「かもな」
どれもこれもブレておらず、何よりも被写体が自然体で写っている。完璧な最新機器と謳われるISの使い道がこれってのもアレだが、どうも一夏の様子を見るにそれだけっての事では無いらしい。羨ましい限りであるのは間違い無いが。羨ましいのは間違い無いが!
「……ま、お前があの監獄に行ったって聞いた時は滅茶苦茶心配したが、この分なら問題無さそうだな」
「監獄?」
「ん? ああ、知らないのも無理無いか。だってさ、ISって、いや、IS主義の女って俺ら男からすれば厄介極まりないじゃんか。あの御手洗ですらナンパ止める様な時代だぜ? だから、その最先端を行くIS学園は俺たちからすれば未来理不尽犯罪者予備軍の囚人な奴らが居る監獄って言う表現になる訳だ」
「へー……、でも、あんまそんな気はしないんだけどなぁ。あ、いや、でも最初の頃はそうだった気がするな。でも、染子さんが護衛に付いてからそう言う視線も無くなった様な……」
その表現が亡くなったで無い事を祈りたいな。親友にして最高のダチである一夏とは言え、今のこいつの環境は正しくやばいの一言に尽きる。何せ、世界唯一の男性搭乗者だ。その価値がどれだけのものかをこいつは正しく受け止めれているのだろうか。そんな超VIP級に対して男だからと普段通りの理不尽をぶつける奴が居たら見てみたいもんだ。もしかしたら、一夏が言う様に初期の頃にそう言う過激な奴らは手を打たれているのかもしれないな。
なんせ、今年のIS学園は
まさか、情報規制されて事実が葬られているから知らない、何て事は無い、よな?
んな訳無いか。やれやれ、ちょっとネットに毒されちまったみたいだ。そうだよなぁ、スレに掛かれている様な噂が全部本当だったらやばいもんな。アンチ浅草染子さんって奴らの嫌味僻みに決まってる。
最強の日本代表候補生が実は快楽殺人者、なーんて根も葉も無い嘘よく吐けるよなぁ。
っと、そういや蘭に今日一夏が来るっての言い忘れてたな。やっべ、しばかれるかもしんね。つっても、過激な女が多くなってきて同じ女としてもこれは無いわー状態らしいし、宥めてそっとフォローすれば良いよな。取りあえず、後でプリンを買っておくか。
……ん、そう言えば一夏の相談をさらっと流してしまったが、これ、リアルだよな? あの一夏が恩のある子に恋をしたって……、うわぁ、こりゃ蘭が荒れるな。もう一段回グレードを上げて焼きプリンにしておこう。ま、んなフォローで足りるか知らんけども……。
☆
「……ん、また、寝てしまってたんですね。疲れ、溜まってたんでしょうか……?」
瞼によって程良く抑えられていた光量が眼球を通じて中枢を刺激し、見慣れた筈の施設の天井が何処か他所めいた光景に感じられる。暇を潰す事を探す事に飽きてしまったらしい私はまた眠ってしまっていたようだった。普段の睡眠時間と少しズレているからか何処か頭がふらつく。そして、何処かすっきりしている様にも思えた。やはり、副作用が与えていた体への負担が大きかったのだろうか。血液を取り換えた事で心機一転と言った気分だった。
――それにしても私の体ってこんなにも重かっただろうか。
それが比喩的と分かっていながらも、何処か気怠く感じる体の節々に違和感を覚える。診察台の上で背筋を伸ばす様にして大きく伸びをしていると、ノックの後に何処か楽しそうな表情の博士と、連れられたにしては何処か消沈している鈴さんが入って来た。瞬間、伸びをして上部に引っ張られた手術衣の隙間から見えていたお腹が露わになっていると気づき、即座に伸びを止めて腕で抱え隠す様にしながら上体を起こした。
「む、すまない。タイミングが悪かった、よう、だな? ……ふむ?」
博士は何気ない隙を見せてしまって羞恥心に駆られる私の様子を見て首を捻っていたが、続く鈴さんを思い出してか足を進めた。私の方を見た鈴さんも珍しい物を見たかの様な表情を浮かべているが、えっと、私もしかして涎がそのままになっていたとかそんな失態を犯していたのだろうか。視線が気になって顔に手を当てるも、若干普段より暖かい程度で涎は垂らしていなかったようだった。少し安堵しつつ、取り繕う様にして二人に向かい合う。
「すみません、また寝ていたようで。先と違って体の調子は大変良くなったみたいですね」
「……ふむ、そうか。まぁ、体に負担の掛かる作業だ。今日は自室で安静にしておきなさい。それと普段の補助役として付ける事となった。欲の少ない君だが、精々こき使ってやると良い」
「あ、そうなんですか。良かったですね鈴さん」
「あ、うん。……ええと、染子、よね?」
「はい。可笑しい事言いますね?」
そう自然に笑みが浮かんだ。そして、同時に二人の顔が何とも言えない表情になっていたが、どうしたのだろうか。これと言って変わった点は無いと思えるのだけれども。取りあえず、鈴さんにはこの施設は毒でしか無いだろう。何処か引き攣った笑みを浮かべていたし、当初は具合が悪くておざなりにしてしまった罪悪感もある。上体を上げ続けても貧血などに見られる眩暈などが無かったので、手術衣から着替えるためにも自室へと鈴さんを招待しないとですね。……まぁ、これと言って置いてる訳でも無いので、招かれても困惑してしまいそうですがね。素足のまま床へと降り立つ。その瞬間足元が一瞬だけ発光し、量子変換していた覚えの無い普段使っている頑強な造りの靴を、靴下付きで履き終えていたのもあって素直に驚く。続けて着ていた手術衣と入れ替わる様にしてラフな黒地のシャツとゆったりとしたカーゴパンツへと変貌して、続けて驚く。
「……え? 私は貴方に衣服を量子変換した覚えは無いのですが……?」
そんな呟きが口から漏れた。しかし、左腕と化している≪玉鋼≫は何の反応も示さない。ISが自律的に搭乗者のサポートを行った、とでも言うのだろうか。そんな狐に包まれたかの様な現象に驚いているのは私だけだった様だった。二人はその手があったかと言わんばかりの表情でほぅと頷いていた。勝手に私の手から制御が離れた事を報告するべきだろうか。そう自問し、私は――
「ふむ、確かに衣服もまた量子変換は可能だったな。行動継続性に価値在り、か。……さて、考える事もできたので私は戻らせて貰うよ。ああ、明日の朝には学園へと戻り、織斑一夏の護衛を続ける様にしてくれたまえ」
「はい、承知致しました」
「は、はい。承知しました」
「うむ、宜しい。ではな」
そう言い残して去って言った博士の背を見送り、私は肩の荷が下りたかの様にその場で膝に手を付けてぐったりした鈴さんに近寄る。そして、よく頑張りましたと普段簪にする時の様に胸へと抱き込んで髪を梳いてあげた。鈴さんから一瞬敵意めいた気配を感じたが、瞬時に霧散して寄り掛かる様に大人しく抱き込まれた。
「お疲れ様です。博士の相手は慣れないと辛いとの事ですからね、少し心配してました」
「……何と言うか、簪が染子に懐く理由が分かった気がするわね……。とっても疲れたわよ」
「では、立ったままでは更に疲れるでしょうから、私の自室へとご案内しますね。……あ、部屋は和室でお布団なので、予備を出しますから安心してくださいね」
「……そうね、そうさせて貰うわ」
米神に指を当てて頭痛がしている素振りを見せる鈴さんを先導するように、侵入者対策に専用のボットを用意しないと廊下の全く変わらない風景によって迷う迷彩が施されている施設内を歩いてゆく。何故か、今日はボットを使用しなくてもすんなりと自室へと辿り着く事ができた事に機能の見直しの上申を考えつつ、自室と言うには殺風景な部屋へと招く。三か月程振りの我が家、と言ったところか。六畳半の畳と布団が仕舞われている竹籠しか無い殺風景此処に極めれりと言った光景に、鈴さんは何処か納得の表情を浮かべていた。
やはり、趣味と言う暇潰しを見つけるべきでしょうか。趣味の無い女と思われて……居るのは今更な事ですね。でもまぁ、一夏くんや鈴さんに勧められたお料理を頑張ってみる所存ではあるので何とか、なるでしょう。
座布団を取り出して……、ああ、そうだった。この部屋には普段私と教官ぐらいしか居なかったので二人分のしか無いですね。仕方が無いので私の使っていた分を鈴さんに手渡して、私は教官のを使わせて貰いましょうか。私のは若葉色の座布団で、教官のは淡い紫苑色のを使っている。理由は左程無く、配給されたのでそのまま使っていると言うだけだった。けれど、何となく教官の使っていた物を誰かに使わせたくない。執着心と言うか、何というか、語彙力が足りないためかこの感情を言葉にできなかった。それとも、この感情を理解できていないからかもしれない。どうしようもなく、懐かしい思いと手放したくない思いで胸が温もりに触れる。
「えっと、どうしたの染子。座布団抱きかかえて……」
「え、あ……。いえ、この座布団は教官の使っていた物でして、少し感慨深く……」
返答にさらりと出た言葉に自分でも少し驚く。そうか、感慨深く感じていたのか。私の中で教官と言う女性の印象は誰よりも強く、そして、尊くある。最初に私を、本当の私を受け入れた上で何時だって一緒に居てくれた人。ナンセンスだ、と言う口癖が耳に残り、今の私のくだらないと言う独り言の語源になっているくらいに、私と言う人間を構築する基盤になっている人でもある。今は、何をしているのだろうか。まぁ、何処に居ても、それこそ戦場の最前線に居てもけろりとして笑っているイメージしか無いが、無事で居てくれると嬉しいな。
「ふーん……、アンタがそんな顔するくらい大事な人だったのね。その教官って人は」
「……ええ。そうですね。教官が居なければ今の私はありません。恐らく、気が狂って殺処分を受けていたでしょうし……」
「ちょっと待って?! 予想以上に重要人物じゃないの!? 昔の染子ってどんなだったのよ……」
「ええと……、あの頃の私は毎日が苛々していて、誰もこれも殺せばこの衝動が晴れるんじゃないかと本気で思ってたぐらいに追い詰められていまして。その衝動を全て受け止めてくれた教官が居なければ今頃この施設はブラットバスですね。いやはや……、今でも教官には勝てると思うイメージがしません。それだけ、私にとっての教官は最強のイメージなのですよ。そして、致命傷手前まで倒された私を仕方が無いと言った様子で介抱してくれて……、第二のお母さん、いえ、怒られそうなのでお姉さんにしておきましょうか。この世で一番大好きな人、ですね」
「そっか。……と言うか、染子より強いってどんな人なのよ……。想像使わないわ」
「そうですね。……果物ナイフで鋼鉄タイルを貫通したり、戦車を真正面から蹴り上げて転倒したり、戦闘ヘリを投げた石で撃墜したり、敵対組織の構成員を全て暗殺してから爆破してビルを倒壊させたり、一人でISと殴り合って四肢を引き千切ってブースターを破壊し動けない搭乗者の首を圧し折ったり……、…………
「……うわぁ」
「死角を突いて狙っても避けられて、関節を極めたら逆に極められてたり、目の前でC4を爆破しても飛び散った破片を叩き落して爆炎すら蹴り飛ばし、倒壊する瓦礫で圧殺しようとしても逆に内側から外側へと崩壊させられて逃げられたり……、本当に手強い人でした」
「……えっと、いつの間にか染子の暗殺日記になってるんだけど本当に何をしてたのよ……」
「と、言いましても私、この組織の処理部隊員ですよ? 暗殺は当たり前ですし、国内に入ったスパイを始末するもの尋問するのも私でしたし、真っ当な人間とは程遠い経歴ですしねぇ」
「……そうだったわね。あんまりにも普段の染子と違うから忘れてたわ」
「え?」
「あれ? 気づいてないの? 今の染子って何処か女の子っぽいのよ。さっきだってお腹隠して恥じらってたし、普段ならそんな事気にせずに居たでしょう?」
「…………そう、言えば……?」
確かに、何故私はその程度の事に恥ずかしんで居たのだろう。それに、この座布団だってただの座布団だ。教官が使っていたと言うだけで、これは何の価値も無い筈の座布団なのに、どうしてこんなに大事な物に感じるのだろう。まるで、塞き止められていた川から水がダムへと流れ出した様に、今の私はどうも
ならば、考えられるのは……。
「私の前の血液と、それよりも前の血液で差異があった……? または、今の血液になんらかの処理がされていて、感情が増幅されている……? いや、それは違う気がする。けれど、確かに変化があった、そして、傍から見てもそれは確かな変化で……」
――まさか、今までの私は自身も知らぬ何かの影響を受けていた?
そして、それは血液を媒介するものであったのは間違いない。けれど、薬物であるなら定期的な注射を必要とする筈。だが、定期的な健康診断で検知されなかった……? そんな薬物があるのだろうか。いや、考えられない、と言うよりも私自身の知識に何の引っ掛かりも感じなかったのが正しい。博士に尋ねるべきだろうか。けれど、あの頃の私に対し感情を抑える薬物を用いたならば、教官との日々は抑制されていてあの有様だったと言う事になるのだろうか。それならば、全く持って意味を成していない。あの頃は本気で教官に殺しに掛かっていた筈だ。いや、それとも衝動の揺れ幅が収まって来た頃だろうか。しかし、それは年齢を重ねた結果であると博士は言っていた筈だ。心の成長を促す事で理性によって抑えると言うアプローチで、感情を抑える何かの処置をするだなんて事をするだろうか。
……駄目ですね。全く分からない。けれど、確かに今の私は変わっている、いや、変わってしまったのだろうとは分かってしまう。どうも自分の手を離れた処で操られている気がしてならないが、その原因を感じる事も見つける事もできないもどかしさに陥るしかなかった。
「……くだらない。私は私だ。どうであっても、どうだったとしても……」
瞑目し頭を振って考えを霧散させる。私だけで考えていてもどうにもならないと分かっているなら、そこで思考を切るしかできない。そう溜息を吐いた。普段と違い、鈴さんが居るのに関わらず、この部屋はあの頃の私の心を象徴させるくらいに静かだった。だからだろう、その機械的な電子音がやけに耳に響いたのは。≪玉鋼≫に電子メールが届いた……? いや、しかし通信には端末でしか使用していないので、此方の電子メールアドレスを知る人は誰も――。
『Happy Birthday dear My Disciple』
誕生日おめでとう我が愛弟子よ、そう和訳した瞬間に目を見開いた。私の誕生日は今日ではない。けれど、このタイミングでこんな文章を送った人物が教官であったなら――、私に対し何らかの形で感情を抑えさせていたのが、教官だったとしたら――。
「ナノマシン……ッ!」
そう、教官は以前嗜みにと言ってナノマシンの研究を趣味でやっていたと言っていた。前に鎮圧した私を尻に置いて、あれこれと昔話と言う名の勉強になる話をしてくれていた時の話だから間違いない。確かに、何事をやらしてもエキスパートである教官ならば赤血球などに誤認させるカモフラージュの出来るナノマシンを開発できていても可笑しくはない。それどころか接種させるための機会なんて腐る程在った筈だ。何せ、朝から晩までずっと一緒に居た人なんだから……。
「染子? ど、どうしたの?」
「……いえ、我が教官がとことん過保護でお節介焼きな人だったと言うのを忘れていたんですよ。そうでした。教官はどんな時でも笑っていた。私だけに笑顔を見せてくれていた。それはもう溺愛されましたから私。でもまさか、此処まで念入りにだったとは思いませんでしたよ……」
「ええと……? 文字通り染子が変わったのはその教官のせいだった、って事?」
「どうもその様です。感情を抑えるナノマシンを接種されていたみたいですね。でも、確かに私を理性的に安定させるには効率が良かったと言えます……。沈静薬の副作用で感情の大きなブレはありましたが、今思えばストッパーが掛かっていた様に思えますし……」
そうだった。すっかり忘れていたが、あの頃の私がこんな温い場所に居たらこっそりと難癖を付けて処刑対象に仕立てて何人かが消えていても可笑しくは無かった筈。中国代表候補生のスパイが侵入した際も、処理よりも先に尋問を優先していて殺しはしていなかった。そう、気づける機会は多々あったのに、私は苛立ちに身を任せる事しかしていなかった。
「……何というか、かなり好きなのね」
「え?」
「だって、今の染子めっちゃくちゃ嬉しそうな顔してたわよ?」
「そ、そんな事無いですよ。あんなにあっさりと私から離れたのに、こんな形で見守ってくれてたなんて……」
「……そんな嬉しさ満開って顔で言われても……。でも、何と言うか染子をそんな表情にさせちゃう人に会ってみたいわね」
「……何処に居るんでしょうかね。私の教官としての任務が終わったからと言ってあっさりと行ってしまった人ですからね……。他の部門で働いていると言う事も聞きませんし……、……はぁ」
「あはは、ほんと今の染子可愛いわね。普段のクールビューティは何処に行っちゃったんだか」
うなだれる様に溜息を吐くと、鈴さんが可愛いところあんのねーと言いながら頭を撫でてくる。振り払う程鬱陶しさも感じなかったため、甘んじて受ける。こんな私の頭を撫でてくれる人なんて家族か教官ぐらいだったから、懐かしさと嬉しさを抱いてしまう。どうも、今の私は教官への思いでどうかしてしまったようだった。鈴さんの掌の優しさに頭を委ねながら、何とも言えない気分に浸る。……けれど、どうにも心地よさよりも恥ずかしさが勝つ。
「り、鈴さんそろそろ……、その、恥ずかしくなってきました」
「えー? 染子の髪凄く撫で心地良いからもう少し触ってたいんだけど……」
「な、ならこうです」
そう言い返して私もそっと鈴さんの小さな頭に
「……別に、染子の手は汚くないわよ」
「で、でも血が……」
「私は、もう染子が誰かを殺した人だって事を知ってる。だから、って言うのもアレだけど、掌返すような事はしないわよ。そりゃ人道的には拙い事だって分かるけど……。博士を見てたら分かるわ。此処は
「……大丈夫ですよ、そのために私が居るんですから」
「あーもう! 分かってないじゃない!」
「え、っと?」
わしゃわしゃと荒っぽく撫で回され驚いていると、そのまま抱き締められた。……鈴さんのスキンシップは大胆ですねと思っていると薄い胸に顔を抱き込まれた。鈴さんの匂い、なのだろう。教官のとは違って何処か子供っぽいと言うべきか、柔らかな香りが鼻腔に至る。
「あたしはアンタの補佐を任されたの。だからって、染子ばっかりに任せる気は無いの! 訳分かんないって顔してるんじゃないわよ! だーかーらー! 覚悟を決めたって事よ! 本国を売ってる時点でもうあたしは綺麗じゃないのよ。あー、今に思えばこんなんじゃ一夏に思いを寄せるなんて困難な道じゃない! あたしの馬鹿ぁ!?」
「くっ、ふふっ、あはは。……そうでしたね。これから鈴さんには背中を任せないといけないんですから、頼りにさせて貰いますよ。まぁ、一夏くんの事に関しては私からも応援致しますから安心してくださいね」
「…………一番安心できないのよね、何でだろ、乙女の勘って奴がレッドランプ回してる気分なんだけど……」
ぼそぼそと鈴さんが呟くが、残念ながら顔が近いので普通に聞こえてしまっている。確かに、人並みな生活すら危うい私では確かに不安がらせてしまうのも無理も無いだろう。加えて、恋愛だなんて碌に触れない私がアシストなんてできるのだろうか。ううむ、確かに非常に頼りない増援に違いない。むしろ、私が手を出すのは逆効果になってしまうのでは……。
「ええと……、その、頑張ってください」
「……頑張るわよ、そうでなきゃ此処に来た意味が無いもの……」
「あー……」
そうでしたね。鈴さんは一夏くんと結ばれるために本国を捨ててこの修羅へと落ちたんでしたね……。一人の男性のために、祖国を裏切ってでも愛を叫ぶ。格好良いですね、周りへの被害、特に中国には重大ですが……。映画にしてみると良いかもしれませんね、題名は「世界を裏切ってでも愛を叫ぶ」でしょうか。主演凰鈴音、監督撮影班神風機関、って感じですかね。鈴さんのネガイメージを払拭できるだけの何かができたりは……、どうでしょうね、難しい気もしますが……。でも、やってみたら面白そうですね。
「……何か変な事考えてない?」
「いえ、別にアクションシーン決めて広報出来たらクールジャパン広めれるかなとか思ってませんよ」
「何を考えてるのよ……? まぁ、兎も角、あたしは染子の味方で居るって事! 忘れないでよね!」
「はい、宜しくお願いしますね。……そろそろ離してくれませんか?」
「
そうですか。そう言えば教官もそんな事を言ってましたしねー……。にしても、今頃教官は何処に居るのやら……、こんなメールを送ってくるって事は案外近くに居たり……しませんよね。ああ、此れが恋しいと言う感情なのでしょうか。それとも寂しいと言う感情なのでしょうか。胸の奥から溢れてくるこの暖かな気持ちは、今まで
そして、この感情を捨てるのが勿体無いと思っている自分も居る。
先程は否定したけれど、この三か月の出来事で私自身にも変化があった、と言う事でしょうか……。そろそろ夏に差し掛かる頃ですし、行く気も更々しない学園生活にも何かあれば良いのですが……。あ、そう言えば、クラリッサが来るって言っていた日程が近くなりましたね。彼女の偏った日本知識を打ち破るべく勉強しておくべきでしょうか、取り敢えず鈴さんと一夏くんに鍛えて貰って手料理なる物を出せる様にしたいですね……。
リアルがガチで忙しくなり、書き上げるのにちょいと苦難しましたが投稿に至りました。
やっとこさ二巻相当に入りましたねー、このペースだとどうなる事やら。
さて、ちなみに6巻までの内容しか知らないんだよね、自分。新装版を買うかどうか迷ってたりするので、それ以降に続くかオリジナル入るかは今後の気分次第だったりします。
不定期過ぎる更新ですが、読んでくださっている方々からの感想が活力剤だったりするので何気ない一言でも嬉しい限りでございますので、是非是非。