目の前のそれはただの虐殺だった。必死の形相で女らしからぬ奇声を上げて逃げていたが、立ちはだかった袋小路の壁に喚き、涙を流していた女性職員が一瞬の閃光によって壁の染みと化す。姿の見えぬ侵入者に逃げ惑う彼女たちは戸惑いと恐怖を覚える事だろう。何故、私たちを守る筈の防壁が私たちを閉じ込める檻と化しているのか、と。半狂乱になりながら、今にも切れそうな緊張の糸を弛ませる余裕無く逃げて、逃げて、逃げて、死ぬ。叫び声に耳を塞ぎ、泣き喚く事で精神を保とうとするも意味は無く。また一人、二人、三人と事切れた死体が床へと崩れ落ちる。きっと、そこは噎せ返る様な血肉と脳漿の焦がされた臭いが蔓延し、アンモニア臭のする液体を涙と共に命乞いの言葉を添えて垂れ流した女性の断末魔が響く様な場所だったのだろう。出入り口には数多くの職員の断末魔と同じ数の汚らしい遺体が転がる。内側の障壁には数多くの引っ掻き傷が血によって明確に残されているのだろう。
何と地獄めいた光景なのだろう、と思わざるを得ない。
そんな、監視カメラからの映像を冷笑を交えて見ている束様へとオレンジジュースの入ったコップをお出しする。束様は見入っているのか「ありがとねくーちゃん!」と一言くださってから目を外す事無くコップに手を付け始めた。
「……よろしかったのですか?」
「んー? 何が?」
「いえ、確かいっくん様へのプレゼントとして固定砲台式無人君を開発していたのでは……?」
オレンジジュースを頼む前に、私に束様はそれを倉庫へと放り込む様に命令されていた。あんなにもノリノリでお作りになられていたようなのに、完成したかと思えばぽいっとして来てねと言われて困惑していたのだ。前に、束様は分からない事があったら気軽に一周考えが回るくらい考えてから訊ねてねと言われていたので、よーく考えたのだが聡明なる束様のお考えは分からなかったのです。映像を流していたパソコンから視線を外し、私へとうろんな瞳を向けられた。
「しかたないにゃあ、教えてしんぜよー。……ま、単純に必要無くなったからだよ。束さん的に未完成のままにしとくのは気持ちが悪いから完成させただけだし。
そう束様はやれやれと両手を肩幅で花開く様にして上げて、肩を竦めた。みーちゃん様は映像の中で女性職員たちをアメリカのホラー映画めいた惨劇模様を繰り広げている少女の事だ。本名を尋ねてみれば束様は少し悲痛な面持ちで「内緒」と仰られたので未だ分からず仕舞い。しかし、束様のあだ名から「み」から始まる名前の方なのだろうとは分かる。
――……まぁ、若かりし日の過ちって奴かなー。……会いたいけど、ちょっと怖いんだよね。
と呟かれたのを最後にみーちゃん様の情報は知り得ていない。みーちゃん様が
オレンジジュースを飲み終えるとポチポチっと手元のリモコンを押して隣のテレビ画面がオンになる。おや、この時間帯に見続けている番組は無い筈ですが……、と疑問符を浮かべていればチャンネル回しの末にニュース番組に変わったのを見て漸くお考えが察せた。恐らく、女性人権団体壊滅に関する報道を見るため。ニュースキャスターは内容に目を通した事で驚きを隠せないと言った表情だが、流石はプロと言うべきかその変貌は最小の差異に収まっている。
『先日、東京に本部を構えていた女性人権団体が何者かに襲撃され壊滅したとの事です。現場に居合わせた人たちからの証言によると、外部シャッターが突然降り、そのまま開く様子が無く、十数分後に上がり始めたかと思えば異臭が漂い夥しい数の遺体と対面した、と言う凄惨な現場だったようです。警察側の見解によると、数多くの人権を度外視した行動によって被害を被った者による犯行だろうとの事で――』
ニュースキャスターは画面外から伸びた手にあった資料を受け取ると、姿勢を正して報道を続けた。束様はその報道に非常に愉悦を感じていると言った表情で笑みを浮かべていらっしゃいます。他人に興味の無い印象の強い束様ですが、自身が関与または関係する話題には積極的に噛み付く姿勢が垣間見れるため、今回もそうなのでしょう。……まぁ、あのビルのハッキングは束様が行っていたようですし、当然の事なのでしょうけども。
『今、入って来た情報ですが、女性人権団体本部の現場検証をしている際に百件近い違法取引の証拠や暴力事件への関与が見られる書類などが見つかった事で、法的な捜索行為も並行して行われているとの事です。また、女性人権団体と繋がりがあると思われる議員及び裁判官との癒着を示唆する指示書も発見された他、彼のIS開発によって有名な篠ノ之束博士の母校たる藍越学園から盗難届が出ていた生徒時代の論文が見つかったなど、不正の証拠が数多く見つかった事で大きな波紋を齎しています。日本政府はこの件に対し、総理による会見によって今後の対応を発表すると述べ、この後生中継でその模様を中継致します。事前の発表では、女性人権団体と不正関係にあった企業及び関係者に対しての新たな法律を発表すると言う証言もあり、非常に見逃せない会見となっています。では、コメンテーターの萩原さん、お願いします』
『ええ。……いやはや、此度の事件は日本だけではなく、女性人権団体が関与していた国全てに繋がる大事件となるでしょう。篠ノ之博士が開発なされたISによって女性の風格が上がった、などと言った報道がされていましたが、全ては女性人権団体の煽りを受けたものですからして、その罪深さは計り知れない社会現象となりました。昨今の女性を表す言葉として女尊男卑と言う物が適しますが、これによって数多くの男性、企業が被害を被りました。こうして、男性である私が言うのも何ですが、それはもう酷い物でした。前の日本では戦争の影響もあり男尊女卑、亭主関白と言った男性有利な風潮でしたが、経済的発展に連れて女性の地位も上がり、トントンな塩梅になりつつあったのですがね。此度の女性人権団体の登場により、深い溝が生まれました。そもそも、この世にISが467機しか無く、その希少性と操縦技術の面から触る事すら一般女性には不可能な領域であるのに関わらず、女性は偉い、ISを使える女性こそが選ばれた者だ、男性なんて不必要だ、などと声を上げた事で様々な面で女性が優先される、だなんて阿保みたいな風潮を巻き起こしました。いや、本当に酷いんですよ。一部の女性、こう言った風潮に流されない女性には当てはまりませんが……、このフリップの様に、見知らぬ女性に金銭面での強制支援を行う様に命令された、言い掛かりに等しい内容で裁判になり証拠不十分でありながら相手が女性だからと敗訴となった、暴力を振るわれたのに関わらず被害者面をして訴えられた事で賠償金を払った……、などと言った女性としての品格どころか、人間としての人格を疑う様な事件も多数存在している訳です。私もね、電車で座っていたら突然目の前の女性に引き摺り落されて席を奪われただなんて事を経験した事があります。びっくりしましたよ。でも、その女性は当たり前だと言わんばかりの表情で鼻で笑う訳です。精神に異常をきたしているとしか思えませんでしたよ、ええ。で、だ。此度の事件によって明るみになった女性人権団体の不正により、この風潮がどうなるか、と言った点ですがね……。恐らくながらこの後の会見によって一変しますよ。断言して良い。あんな、日本人の風上に置けないような
隣の男性コメンテーターはまずいんじゃないか、と打ち合わせと違う内容らしい事を口にした萩原コメンテーターを見て慌てていて、その隣の昨今の女性らしい強気だったアピールが特徴の女性コメンテーターが段々と顔を蒼褪めて行く姿は滑稽な物だった。因みにニュースキャスターの女性は納得と言った頷きを返していてどうやら常識を持ち合わせる人だろうと窺えました。
……さて、問題の束様と言うと手放しで拍手をしながら喜んでいらっしゃり、どうも萩原コメンテーターの言い分を肯定しているようだった。これが何を示すか。……女性人権団体壊滅の指示などを出したのは恐らく束様であり、続く会見で発表されるであろう新たな法律と言うものにも関与しているのだろうと窺えた。
「んー、概ね予定通りかな。まぁ、いっか。そこらへんは
ピッとこの後の会見の内容を知っているのかテレビを消した束様は安堵の息を吐いていた。察するに女性人権団体に盗まれていたその論文の内容はみーちゃん様に関する物なのだろう。しかし、論文に関係すると言うのは聊か疑問が残りますね。と言うよりも論文に関係していると言う事自体が稀だと思いますが。……いや、私も似たような物かもしれませんね。何せ、失敗作として捨てられた存在こそが私であるですから。拾っていただいた御恩を、そして、私と言うクロエ・クロニクルの生きるべき道を示してくださった事に感謝を返さねばなりません。
「あ、そうそう。くーちゃん、くーちゃん」
「はい、何でしょう束様」
「お姉ちゃん、欲しくない?」
「……………………ええと、仰る意味が」
「えーっとね、みーちゃんなんだけどさ」
束様は人差し指の両先をつんつんとぶつけながら申し訳無さそうに、そして何処か慈愛ある優しい声色で何事かを言おうとしていた様だが、やっぱやーめたと言わんばかりに「えへへ、また今度にしよっかな」と日和られた。どうも、みーちゃん様は束様にとってかなりの思い入れがある人物であるらしい。それにしても、姉、ですか。ラウラ・ボーデヴィッヒと名付けられた妹と出会う事も無く私自身が妹となる、そんな不思議な出来事があり得ると言う事ですか。
…………んん?
仰る事を統合すると、みーちゃん様は束様の論文結果に関連し、私の姉になる可能性がある人物と言う事でしょうか? 単純にみーちゃん様が年上だからと言う点で姉に、と言う意味合いであるならばこの推測は無意味なものになりますが……。いったいどんな人物なのでしょうか。お会いした事はまだありませんので伝聞でのみーちゃん様しか想像できないのが口惜しい限りですね。確か、みーちゃん様は、日本国家代表候補生随一のIS操縦技術を持ち、大和撫子然としたお美しい美貌が慎ましい身体と相まって雅な風格を兼ね備え、繰り出される暗殺技術は暗殺者も白目を向く程の御実力であるとか。そして、表向きには束様の合成ソフトによる印象操作によって凛とした大和撫子と言った様子ですが、その本性は殺傷症候群によって人を殺す事が大好きな任務フリークスだとか……。こうして並べてみるとかなりやばいご人物ですが、束様曰く「みーちゃんはとぉーっても優しい娘なんだよ! 美人だし強いし賢いし、束さんたちの自慢なんだからね!」と溺愛されているご様子。しかし、お会いになられない程の負い目があるようなのが気がかりですが……。話して貰えないのは私に伝えても意味が無いと言う事なのでしょう。来たる日が来るまではそっとしておきましょうか。
「ごめんね、くーちゃん。束さんとは言えどもこればっかりはねぇ。後悔はしてない、けど、やり方を間違えたなぁとは思うんだよね。うーん……、そもそもちーちゃんにもまだ言ってないし、あんまり時間掛けるとみーちゃんがどっちに転ぶか分からないからなぁ。……一度、ちーちゃんに相談と言うか報告と言うか……、怖いなぁ。ちーちゃんは他の奴らと違って鋭いけど鈍いからなぁ……、きっと約束も覚えてないだろうし……。うーん……困っちゃったにゃー」
そう腕組みをして椅子にもたれかかった束様でしたが、次第に寝息が聞こえてきたのを確認して思わず口元が緩んでしまいました。普段開発に勤しまれる束様は徹夜上等睡眠不要と言わんばかりで、今の様に穏やかにお休みになられるのは久しぶりの事です。……今まで見た事が無い程に幸せそうな表情を浮かべて居られるのも、みーちゃん様がそれだけ大切な人物であると言う証と言えましょう。……気になります、ね。束様の御命令では無い詮索はしない方が良いでしょうが……、もしかすると将来の姉、である可能性のあるお方ですから、少しだけ、ほんのちょっとだけ調べてみても罰は与えられないでしょう。先ずは、女性人権団体が盗んだと言う束様の論文の内容を改めなくては。
☆
今日の学園は何処か変だ。何と言うか、雰囲気が暗いと言うかおどろおどろしいと言うべきか。普段ならば遠巻きに俺を見る女の子たちの姦しい会話や腐った女子たちによるサバトめいた次回の新作のための井戸端会議なんかが見られるのだけれども、今日は視線が複数人、それも何処かおどおどと言うかびくついている女子に対して向けられている様に思える。朝のランニングを終えて、アリーナでシャワーを借りた後にISスーツに着替えてから廊下を歩いているとあちこちでその声が耳に入ってきた。
「……見て、あそこに居るのって」
「ええ、
「そうそう。私は団体の幹部の娘なのよーなんて言ってたものね」
「性格疑うわよね」
「ねー。生きてて恥ずかしく無いのかしらね……」
「私、女性人権団体とか大嫌いだったんだよねー。女性の品格落とすなって感じでさー」
「分かる分かる。本当に馬鹿だよねー。浅草様みたいに選ばれた人だけが専用機持てるって言うのにね」
「そう言えば聞いた? 三組の
ああ、どんよりとしている理由がよーく分かった。今朝やってたニュースが原因のようだ。女尊男卑の風潮に染まった日本人の事を
教室へ向かう廊下の途中で、三組の中から笑い声が聞こえた。それは一人二人が談笑しての物と違って嘲りや嘲笑と言った具合で、更には複数人の合唱の様に思える。何かを蹴り飛ばしたのか廊下側の壁にぶつかった重い音が聞こえ、すすり泣く声が聞こえた――。
「駄目、一夏!」
直ぐに分かった。中で行われている行為が遊び半分の虐めである事が。それは、今俺の腕を必死に掴んでこの場に留めている鈴だってきっと分かっていた筈だった。何せ、鈴は前に似たような事をされていて、それを助けたのが俺と弾だったんだから……ッ!
「離してくれ鈴! お前にも分かるだろ!? あんな事は――」
「待ちなさいって言ってるの! あの時とは違うのよ今回のこれは!」
「何がだよ!」
「
「……………………は?」
ぽかんと口を開けて意味が分からない俺に鈴はとても辛そうな表情で「説明するからちょっと来なさい」と言って廊下の端に引っ張って行った。一組側の曲がり角の先は職員室しか無いのでこの場所は溜まり場にはなっていない。と言うよりも千冬姉の通り道だからこそこの場所は空けられているのが暗黙の了解だったりする訳だ。
「……説明してくれ。どうして止めたんだ」
「…………一夏、よく聞いて。今、アンタが止めに入っても変わらない。むしろ、酷くなるから止めたの。だーもう! 落ち着きなさいって言ってるでしょ! ……おっけ、少しは冷めたわね。今巷で非国民って言葉が流行ってるのは知ってる?」
「……ああ、今朝やってた奴だろ?」
「ええ、そうよ。虐めに遭ってるのは三組でも有名な女子たち。知り合いじゃないから全員の名前は知らないけど、女性人権団体の職員を親に持つ子たちね。……一夏、この学園に居る何人がその女性人権団体によって父親がリストラされたりしてるか知ってる?」
「……分からない、けど、その言い方だと居る、って事だよな」
「うん。知ってる限りでも学年の三分の一くらいは居るのよ。そして、迷惑を被った子たちも同じくらい居て、残りは女性人権団体に関する子やその取り巻きだったりする訳よ。で、先日の壊滅事件は知ってるわよね。凄惨な現場だったからかまだ皆混乱してたのよ。いつもあった物が無くなって、勝手が違うって具合にね。それに加えてIS学園は本土から離れた人工島に建ってて情報もテレビだとかでしか入らないから現実味に欠けたのよ。不謹慎って良いのか分からないけども、手放しで喜んでた子も居るのも事実で、親を亡くして悲しんでいた子も居るのも事実」
「なら……」
「で、こっからが問題なのよ。本来なら女性人権団体はテロリストに殺された被害者の筈なんだけど、それよりも加害者の面の方が大きかったの」
「女尊男卑、か」
「そう。その風潮の作ったのは間違い無く女性人権団体。それによって職を失って落ちぶれる人や倒産した企業だってあった。弾か御手洗から聞いてない? 今の女性は信用ならないって話。同じ女性でも信じられない奴らってのが居て、それが……」
「女性人権団体に関連する人たち、って事だよな」
「……そうよ。今までは導火線はあっても上手く火が付かなかった状態だった。けど、今朝のニュースでそれが一気に火が付いたって訳。一夏、非国民って元の意味分かるかしら?」
「えっと、確か戦時中に戦争の批判をしていた人たちの蔑称、だよな。前に、はだしのケンで読んだ事があるぞ」
「あたしもそれぐらいしか知らないわ。けど、それで十分なのよ。言うなれば、今非国民って言われる人たちは正しく迫害の対象になってる。……一夏、その非国民を庇おうとした人たちはどうなったか覚えてる?」
鈴の言いたい事が分かって来た。つまりは、俺も虐めどころか迫害の対象になるって話な訳だ。それは、非国民って言う色んな解釈のしやすい蔑称を選んだ奴の思惑を最大限に発揮するに違いない。迫害の対象になりたくない人たちは、明らかに女尊男卑を謳っていた人たちを迫害の対象として声を上げて伝え、悪人側にならないように努める。言うなれば一種の洗脳に近いのだろうこれは。だが、誰にでも知ってるからこそ意味がある恐ろしいものだ。
けれど、それがどうしたってんだ。俺が止まる理由には成らない筈だ。鈴ならきっと分かってくれるだろう、そう思って顔を見た。鈴の顔は何処か辛そうな、悲しそうな色が混ざった苦虫を噛んだかの様な表情を浮かべていた。
「……で、一夏。アンタの事だから理由にならないって言いたいんでしょう?」
「ああ、当たり前だろ」
「……………………言いたく無かったけど、あたし以外に言う人が居ないだろうから言うわ。一夏。アンタ、誰に
「――ッ!」
そうだ。俺は未だに守られてる身だ。千冬姉を筆頭に、染子さんだって俺を守ってくれてる。だから、俺が迫害の対象になったら二人は困るし、もしかしたら被害に遭うかもしれない。俺が、理由で。けど、……けど、こんなのって無いだろ。目の前に、助けてって言ってる人が居るんだ。だけど、俺は……。
「……でしょうね。優しい一夏ならそう悩むと思ってた。けど、はっきり言うわ。アンタが迫害の対象に回った時、加えて、アンタに被害が及んだ瞬間――染子がそいつらを
その言葉に、俺は唖然として返答できなかった。染子さんが、殺す? そんな事をする様な人じゃない筈だ。……いや、決めつけちゃ駄目だ。染子さんに言われた通り、客観的に考えろ俺。感情に呑まれたらお終いだってあんだけ言われただろうが……ッ!
そうだ。そうだよ。鈴の言う通りだ。染子さんは、俺を守る護衛であるのと同時に処刑人だ。あの時だって、しっかり言っていた。私は俺に危害を加えようとする奴を処理する立場に居るんだって、それをちゃんと紐解くなら、残酷に言うならば、相手を殺すって事に間違い無いんだ。もしかしたら、捕縛するだけかも、そんな淡い希望的観測が浮かび上がるけれど、何故か自分自身でも否定ができてしまった。どうしてか、あの時の雰囲気を思い出してしまう。料理教室で見せた、染子さんの素と言ったあの時の雰囲気を。アレが、あの禍々しい笑みが本性なら――。
「付け加えて言うわ。日本政府には難攻不落の施設が一つあった。其処に染子は居た。そして、その施設にスパイ活動しに行って生きて帰って来れた子は――」
止めてくれ。そう、言いたかった。けど、言わずとも、止めなくても、その続きが分かってしまった。そうだ、俺は染子さんに夢を見ていたんだ。美人で、大人びた、頼りになる女の子なんだって、思ってしまっていたんだ。
「零、よ。誰一人として中国に帰って来る事は無かった。あたしの友人もその中に居たわ。その子は海岸に水死体として帰って来た。良い? 一夏。あたしはもう染子側の人間なの。同じ組織に居る立場なの。そして、一夏の護衛をする染子の補助役でもあるの。だから、お願いだから、行かないで。助けに行っちゃ、駄目なの。それであの子たちはきっと助かる。けど、たった一時の時間だけ。アンタが助けに行かなければ、自主退学するだけで話が終わるの。お願い、一夏。あたしの言う事を聞いて。黙って、一組に行って。いつも通りに過ごして……っ」
「鈴。……ごめん、言わせちまって。辛い、よな。辛かったよな。ごめん、本当にごめん……」
咄嗟に震える鈴の華奢な体を抱き締める。きゅっと抱き着いた鈴の体はとても小さく感じた。俺が不甲斐無いせいで、俺が察せなかったせいで、俺が
分かってた、いや、分かってない振りをしてたんだ。あの時も、初恋の子が居るからって告白してくれた子たちに分からない振りをして俺は傍観していたんだ。何も変わっちゃいない。腕の中で胸にそっと泣きつく鈴の恋慕の気持ちを知っていながらも、帰国の際に交わした甘酸っぱい一方的だった結婚の約束も、俺は知らない振りをしていたばかりだった。
分かってたさ。染子さんと握手をしたあの日に気付いてたんだ。拳銃を頻繁に使う様な職が昨今の日本にある訳が無いって。逆に言えば、使う様な職業なんて誰だって分かるものばかりだ。日本政府に属した染子さんは、きっとプロのエージェントなのだろう。人を殺す事も多々あったに違いない。あんなにも恐ろしい雰囲気を出せる同年代の少女が他に居てたまるものか。理解出来ない訳が無いじゃないか。俺たちとは一歩足を外した場所に居る女の子なんだって、染子さんを、彼女を守って見せるって言った日に気付いてたじゃないか俺は。
「……最低だな、俺」
「……良いのよ、一夏は優しいから。優し過ぎるから。あたしたちが守ってあげなくちゃ駄目だって分かってたから。だから、あたしは神風機関に入ったんだもん。一夏と、一緒に居たいから……」
「……っ」
その悲痛な声に俺は胸が痛んだ。守ってやりたいと、その苦痛を取り除いてやりたいと思った。けど、そんな俺の心情とは裏腹に、鈴はそっと俺の腕の中から離れた。俺の心内を察しているかのように、優しく、けれど自身に冷たく、気丈に振る舞った。
「そろそろ、HRだから。また後でね一夏。くれぐれも、間違えちゃ駄目よ」
俺の返答を待たずに鈴は駆け足で二組へと向かって行った。お礼を言うべきなのに、謝るべきなのに、俺は鈴の優しさに甘んじて、その小さな背中に声を掛ける事が出来なかった。俺は、どうするべきだったんだろう。鈴の、いや千冬姉や染子さんに守られてばかりの俺はどうするべきだったんだろうか。
答えは、出ない。
それは、きっと俺の中の芯が定まってないからだ。どうしたいのかを、考えなくちゃ。止まってたら、足踏みしてるだけじゃ、前には進めない。当たり前な事だ。けど、そんな当たり前な事をするのがこんなにも辛いだなんて、あはは、俺ってまだまだ
「はぁ。朝から何て顔をしてるんだ」
「千冬、姉」
「……凰に慰められたんだろうに。うじうじと立ち止まってても何もできんぞ」
「俺さ、どうすりゃ良いんだろ」
後ろからぽこんと軽く出席簿で叩いて来た千冬姉に俺は甘える様に相談してしまった。返答に困る内容に数秒程掛けてから、千冬姉は一つ溜息を吐き――廊下の反対側の端まで響く様な張り手を俺の背に放った。じんじんと痛む背を抑えながら俺は吠えるしかできなかった。
「痛ってぇぇ!? 何するんだ千冬姉!?」
「馬鹿が馬鹿馬鹿しく悩むからだ。お前は私の弟だ。きっと、結局はこれに行き着く。お前のやりたい事をやれば良いんだ。それが、どんなに困難な道であっても、だ。……少しは周りを頼れ。馬鹿一直線に進もうとすると失敗するのが織斑の血筋の様なものだ。……それが無ければ私もあの馬鹿兎に出会う事も無かっただろうに。はぁ……。ほら、HRの時間だ、さっさと教室へ行け馬鹿者め」
そう千冬姉は俺の頭を不器用に撫でてから突き飛ばす様にして前へと押しやった。
……涙が出ちまうのは痛む背中のせいだ。だって、こんなにも心に響くんだからきっと仕方が無い事なんだ。奥歯を噛み締める様にして力を入れて、蹈鞴を踏んでいた足を踏ん張って、できるだけ恰好良く見せれるように振り返った。
「ありがとう千冬姉。そうだよな、やりたい事をやれなきゃ意味無いもんな」
「ふっ、当たり前だ馬鹿者め」
仕方が無い弟だ、と言わんばかりの柔らかい笑みを浮かべた千冬姉の表情を直視しちまったからか顔が熱い。恥ずかしさで死ねそうだった。姉離れはまだまだできそうに無いらしい。
俺は慌てて逃げるようにして教室へと向かい、扉を開いた。其処にはチャイムが既に鳴っていたからか皆が席に座っていて、ギスギスとした雰囲気はあるものの何処か軽い物に感じた。……もっとも、箒とセシリアから発せられる怒気を浴びさせられてそれどころじゃなかったが。と言うか何故に皆俺に対して生暖かい視線を送っているんだ?
……まさか。
「一夏!!」
「一夏さん!!」
「アレはどう言う事だ!?」
「アレはどう言う事なのですの!?」
あー、どうやら鈴と抱き合っていた姿を見られていたらしい。……けど、何でそんなに怒ってるんだ? 別に関係無いだろうに……。ああ、あれか。友達を取られたって嫉妬してるのか? あれ、でもそんなに鈴と仲良かったっけこいつらって。そんなに接点と言うか話している姿を見た事が無い様な……。でもまぁ、説明する時間は無いし、席へと戻らせて貰おう。千冬姉の出席簿は絶妙に痛いんだ。……痣にならないのが本当に不思議でならないけどな。
その後、詰め寄って来た二人が千冬姉の出席簿によって痛恨の一撃を貰ったのは言うまでも無かった。
はい、久方振りに速い投稿となりました。
オリジナル要素が絡むと筆が進む進む。しかし、内容をしっかり考えなくちゃならない諸刃の剣でもあるので、今度こそは風呂敷閉じれると良いなぁ(願望感
と、言った感じに物語が進み始めます。
……シャル?ああ、あの娘は良い奴だったよ。
割と本気でシャルの性格については考えてないので女神のダイスが笑ったら大変な感じで出てくるでしょうね。お楽しみに(下種マイル
吾輩、貧乳以外は興味無いんだ(ド直球