放課後という時間帯に行える事は意外にも少ない。いや、私の場合選択肢が少ないというだけで、普通の生徒ならば沢山、それはもう遣り終える事が無いくらいにあるのだろう。授業が終わった後1024号室に向かった私は、織斑くんの護衛に割り当てられたもう一つの人物である更識楯無と役目を交代した。
そもそも、一日中織斑くんを監視しろというのは面倒極まり無い事であるし、そもそもその手の諜報に素人な私を立てる事自体可笑しいのだ。なので、私は授業中を含めた休み時間中が織斑くんを護衛する時間であり、放課後は仕事範囲外であるので関わる必要は無い。相談を申し出たのも印象を良くするだけの振りであるし、事務作業程度には手伝ってやろうとは思う。
……まぁ、この敵だらけのIS学園に放り込まれた彼を哀れむという意味もあったが。
IS学園。それは表向きにはIS関連の技術を学ぶための施設であり、各国にせっつかれた日本が作り出した箱庭の名前だ。何故、IS学園という教育施設があるのか、それは未だISに謎が多過ぎるため、そして先が見えなさ過ぎるための処置のためだ。菌に電気的刺激を与えて突然変異を促すように、このIS学園という様々な思惑が巡り掻き混ぜられた環境で専用機を育てるためにあるのだ。一般からの生徒が多いのはその本質を隠すため、そして運用の費用を絞るためだ。
ISとは兵器だ。製作者が幾ら宇宙用パワードスーツと声を荒げようが、世界の認識は行き過ぎた兵器でしかない。その兵器は467機という四桁に満たず、五百機にも満たない数しか存在しない。その場合、政府や国が優先するとすればISのコアであり、それに乗る搭乗者は人類半数も存在する付け替え電池でしかないのだ。
IS学園は未来の軍人を育む機関でしかなく、巷で行なわれているというIS適正簡易検査もまたその一環でしかない。もしも、もしもだ。冷戦状態が解除され、世界単位の戦争が起きた場合、有利になるのはISコア数と非人道性を持つ上部が居る国となる。前者は当然とはいえ、後者はそれなりに理由がある。
この学び舎に暮らす女子が戦場に出されたとして、戸惑いながらも偶然にも一人殺せたとしよう。人というものは未知なるそれを嫌う傾向にあり、見えないと言う事は無意識的に嫌いの分類に入る行為だ。そのため、それを汲んだISはハイパーセンサーにより、撃った相手が飛び散る瞬間を高単価なレコーダーよりも精密に鮮明に映し出すだろう。
そうなれば、搭乗者は発狂せざるを得ない。そして、国は、上部は、軍は、こう言うのだ。搭乗者を入れ替えて戦闘を続行せよ、と。467機しか無い大切な資材よりも、幾多も居る人材どちらが大切か。結果を見れば当たり前のように前者で、吐き捨てられるのは後者だ。
女性権利団体とか言っただろうか。あのくだらない害悪にしかならなそうな団体が良い顔をしてられるのは最初だけ、いや、平和である今だけだ。戦争になればあのような使えない屑共はあっと言う間に軍へ収容され、狂うような実験台となるか冷たい骸になるに違いない。居るだけデメリットになるのだ。なら、戦争を行なう国からすれば使えない膿は切り捨てるに限る。機会が無いだけで、すぐに彼女らは死んでしまうに違いないだろう。
力は男性の象徴であり、神話から古今東西まで軍を積み上げてきたのは男性だ。その男性を蔑ろにするのだから、それなりの理由と権力が無くてはならない。そのきっかけがISという化物兵器だったというだけで、別に女性が強くなった訳じゃないのだ。IS搭乗者だってISを展開していなくては一発の凶弾で簡単に死ぬし、ナイフを急所に入れられればあっさりと死ぬ。そのため、IS搭乗者は自衛する技術と死ぬ覚悟を持たねばならない人種なのだ。
それなのに、このIS学園の授業概要を見る限り甘いとしか思えない洗脳授業しか存在しない。ISは安全だ。だから、ISに乗っている相手に銃を向けて撃っても怪我はしない。人を膾切りに出来そうなナイフで切り付けられても血は出ないのだ、と毒を仕込む。
――くだらない。
ISに乗っている相手を殺傷する術は存在する。何せ、自分で試したからだ。絶対防御は一定以上の殺傷可能性のある衝撃を受け止める機能であり、絶対無敵な防御機能ではないのだ。簡単な事だ。なでるように相手の首を掴んで力を込める。たったそれだけで絶対防御は絶対でなくなる。触れられるだけで絶対防御を発動するならば風を受けるだけでシールドエネルギーが削られる事になる。そして、生命維持機能がついているが、それは患部圧伏による止血等の応急処置であって、首を半ばまでナイフで斬られた場合は手遅れになるのは当然な結露だ。
また、IS運用参考書には「絶対防御以上の衝撃を受けた際に起きる過負荷現象」という分類で小さくながら絶対防御が万能な物で無い事を説明している。もっとも、それは初期の頃に発売された参考書のものなので、今手元に配布されているような教科書には「そのような可能性もあります」という消極的な説明しかされていない。
――本当にくだらない。
正直に言って今のIS学園は私にとって苛立ちの源でしかない。表向きの風潮に流されて、その真価も見抜けないただの一般人がファッション感覚でカスタムしたり運用するこの学園が私は嫌いだ。そして、そんな子供を嗤って遣い潰そうとする大人の思惑が見えるのもまた不快だ。そして、この現状を作り出した白騎士事件が何よりも――憎い。
「待てぇ一夏ぁッ!!」
「ひっ!? 流石に木刀は無理だ!!」
どす黒い泥の様な気分に落ち込もうとしていた私の耳を打ったのは廊下の騒がしさ。声から察するに篠ノ之さんと織斑くんが戯れているらしい。そう言えば重要人物同士一括りにすると担当官が言ってた気がする。そうなると二人は同じ部屋で同衾しているのか。成る程、薄い本が厚くなりそうなベタな展開がありそうな状況で環境だろう。もっとも、彼以外の男子が居ないこの学園で、彼にラッキースケベ属性があれば頻繁に起こりそうな事案であるので何とも言えない気分だが。既に私も胸に後頭部を埋められるというハプニングもあったし。
時間を見やると夕飯の食事が出る時間帯に差し掛かっていた。丁度良いし食事にしようか。IS学園は各国の支えの元に運営されているので食堂のメニューは一律に安い。そして、代表候補生に発行されている専用のカードを使えば学校内での金銭は不要となる制度が存在する。私にとってかなり過ごし易い環境となっている。露骨な情報規制や監視の目も無いし、意外と快適やもしれない。
部屋着である黒いタンクトップとジーンズに身を包んだ私が扉を開けると、隣の扉に背を張り付ける様に座る織斑くんが見えてしまった。顔の隣に木刀の先が飛び出しており、中に居る篠ノ之さんがエキサイトしているのが読めた。扉を開けた音で此方に気付いた織斑くんは死中に活を見出したと言わんばかりに私に情けない瞳を向けた。
「……はぁ。言いたい事は分かりました。私の部屋へどうぞ」
「す、すまん。恩に着る」
「はいはい」
一歩出るだけで戻る事になった私は溜息を吐いて踵を返した。廊下で何やらざわざわと喧しいが私は知り合いに対する好意でやっているだけで深い意味は無いのだ。息も絶え絶えと言った様子の織斑くんが入室した瞬間に床に崩れ落ちる。確かにあの扉を貫く勢いで放たれた木刀を避けていたら精神的にも削られるだろう。やれやれと私は肩を竦めて奥側の机に備わった椅子へと座り、手前側の椅子に座るように促す。
「そちらへどうぞ。この部屋は私の一人部屋ですからお構いなく」
「そ、そうなのか? というか俺が男女部屋で浅草さんが一人って……、IS学園の人事どうなってんだ……」
「それなりの理由があるというだけですよ」
「へぇ、因みにどんな?」
「……デリカシーが無いと言われた事はありませんか織斑一夏」
「うぐっ、そ、それもそうだな。悪かった。悪気は無いんだ」
「悪気が無くてもそれは貴方だけの都合です。私がそれに激昂して貴方に発砲したら……」
私は左脇本にあるホルスターを見えるようにして微笑む。織斑くんはそれを見て固まった。それはそうだろう、何せ銃を身近に感じない一般生徒である。銃を標準装備しているクラスメイトだなんて引くに決まっている。理由を知らなければ誰でも引くし、私も引くだろう。
「……じょ、冗談だよな?」
「冗談だと良いですね?」
「スイマセンデシタ、イゴキヲツケマス」
引き攣った笑みに笑みを返しただけだと言うのに、片言になる程に怯えるだなんて失礼な。と、そんな茶番をしてから私は胸を逸らしてホルスターを見えなくした。こういう角度の指導もあの人から受けたんだっけ。腰が痛くて泣きそうになったのを覚えてる。うん、忘れよう。思い出す事は無いんだ。むしろ何故、良い思い出のように思い出したんだ私は。馬鹿か。
若干織斑くんの頬が染まっているのが少し気になるが、立ち上がり洗面台の所に備え付けたポットに付属する急須とお茶葉缶に手を出した。お茶というものは心を落ち着かせるのに適していて、日本人であれば更にその効果は上がるだろう。それなりに良い茶葉を使っているので香りが良い。それにふっと笑みを浮かべつつ、お客用に買っていた茶碗を引き出しから出してお茶を注ぐ。
両手に茶碗を持って一つを織斑くんへもう一つを私の前に置いて、座った私はお茶を飲むように促した。冷や汗をだらだらと流していた先程より何故か機嫌が良さそうに見える織斑くんは手馴れた様子で茶碗に口を付けた。
――私がスパイだったら睡眠薬か毒が塗ってある茶碗ですよ?
「おお、美味いなこれ」
「四門堂の朱雀ですからね。グレードはそれなりに高いですよ」
「へぇ、そうなのか」
矢張り、織斑くんは自分の立ち位置が分かっていないようだった。暗殺出来る隙が有り過ぎて若干頭が痛い。武力行使をしてくる輩が居たらあっさりと死ぬんじゃなかろうかこの男。
……いや、普通だった彼にそれを求めるのは酷、か。
何の偶然かこの学園へ入学した織斑くんだ。恐らく、今も尚何で自分が此処に居るんだろうだとか思っているに違いない。何せ、私がそのような気持ちだったのだ。覚悟も何も無い織斑くんはそれよりも酷いに違いない。
「取り敢えず織斑君は今居る立場を見直した方が宜しいですね」
「へ?」
「今、貴方は世界中の男性にとって今の環境を打ち砕く事が出来る希望であり、この世を継続したい女性からすれば貴方は抹殺目標です。もしも、私が貴方を殺すために近付いたエージェントならば、その茶碗に即効性の毒を塗って貴方が部屋で死んだのを確認した後に、遺伝子研究に使える素材を引き抜いてから、ISのステルス機能を使って窓から脱出してますよ?」
「……………………え゛」
「……漸く立場が分かりましたか? 今、この世は女尊男卑の風潮により、男性が蔑ろにされています。その男性が女性に復讐を企てるために必要なのはISを打破する何かを作り出す事です。その何かを作るに当たって、男性の身でありながらISを動かしてしまった織斑一夏は研究材料として最上級の分類に当たります。何せ、貴方を
織斑くんは私の話を聞いて若干青褪めていた。無理も無いだろう。何せ、下手打ったら研究材料にされるだろうから死ぬ気で頑張ってね、と言われたのだ。
視線をぐるぐると泳がしてから織斑くんは頷いた。
「そして、それをさせないために私が居ます。それが、私の言った護衛という意味です。本来は秘密裏に貴方に手を出す輩を始末する予定でしたが、織斑くんはその容姿からか一般女子も引き寄せてしまうので選別が難しくなります」
「そうなのか?」
「信じられないならそうだと仮定して置いてください。話を続けます。よって、私は公然に正体を明かす事で牽制を掛けました。ですので、私が傍に居ない間に露骨に近付いてきた人物は必ず疑ってください。特に、肉体関係を持とうとする輩は気を付けて下さいね。篭絡されて言いなりモルモットになられたら流石に私もフォローができませんから」
「お、おう……」
「まぁ、心の何処かでそのような事があるかもしれない、とだけ覚えておいてください。きな臭いお誘いは避けるように。一応全ての生徒の裏は取ってあるので、入れ替わりや偽装及び勧誘による可能性が無ければ安心して交友関係を築いて結構ですので」
「え、えっとつまり?」
「何か様子が可笑しくないか、と思ったら疑えと言うだけです。それ以外は普通に生活してくださって結構です」
「は、はぁ……」
「……ま、貴方の同室の篠ノ之さんは大丈夫でしょうから安心してください。何なら盛っても良いですよ」
「盛らねぇよ!?」
「そうですか。では、実姉に?」
「んな性癖ねーよ!」
「ふふっ、そうですか。下世話な事でしたね、聞き逃して結構ですよ」
「そうしとくぜ。……印象が木っ端微塵だ」
おや、思春期男子は所構わず発情するとの情報でしたが実は違うのでしょうか。まぁ、IS学園の下水は特殊な処理がされるようですし、トイレやシャワー室で自慰されても問題はありませんし、同室が女子なのでティッシュに包む事もしないでしょうし、……問題無さそうですね。盗聴機の類は更識の方で対処してくれるそうですし、私がやる事は武力排除ぐらいでしょうか。
そうなれば楽ですね。
――彼が白騎士の弟であるかもしれないのに?
私が恨んでいるのは白騎士ではなく、白騎士事件だ。其処を取り間違えてはならない。
あの騒動を引き起こした人物が篠ノ之束と決まった訳じゃない。
何せ、会った事すらない人物だ。断定する証拠も無い。
……もしかすれば、織斑くんの近くに居れば見つける事ができるかもしれないのだ。
篠ノ之束。
ISを作り出した張本人であり、白騎士事件を引き起こした可能性が高い人物に。
それまで、それまでは大人しくしておこう。
――私の復讐を果たすために。
IS学園ってそういう風にしか見えないよなーっと原作を読んで思った次第。
アンチ・ヘイトはそういう意味でタグ付けしてます。