浅草さんは本当に掴めない人だと思った。
あ、いや、胸が鈴のように掴めないだとかそういう類の意味ではなく、性格的な意味での掴めないという印象だ。セシリア・オルコットって言ったっけ。あのイギリス貴族っぽいのを諌めてくれたあの剣幕は萎縮するレベルでかなり驚いた。けど、薄い黒いタンクトップにジーパンというラフで色々とガードが緩い格好で部屋に入れてくれた。そして、薄い笑顔を浮かべて淡々と俺の現状を語ってくれた時の恐ろしさは、その後の下世話な話題で吹き飛んだんだよな。うん、掴み所が難解過ぎる。何処を掴めば浅草さんなんだ?
――こんな女の子も居るんだなって素直に思った。
どうしてか俺の周りには女友達が増えていた事があったし、理不尽な一撃を喰らった時や無理矢理買い物に付き合わされたりと面倒な事もあった。そんな女子たちと浅草さんを比べてみると正反対なものが多い。まるで、悪友な関係と言った具合で、適度に傍に居てくれると心地良いのだ。痒い所に手が届くような、そんな安堵感がある。気兼ねない女友達ってこんなのを言うんだろうなって俺でも分かった。まぁ、鈴はお祭り担当で馬鹿騒ぎしかしてなかったし、箒に至っては剣道のライバルでしか無かったからなぁ。悪戯気のある女子は近くに居なかったから凄く印象に残ってしまった。
(横乳エロかったなぁ……)
浅草さんが椅子に座った時に高低さから綺麗な鎖骨と胸元が見えてドキリとした。慌てて座ってお茶を貰った時に失言をしてからかわれた時には、ホルスターに収まった自動拳銃が見えたがそれよりも腋から繋がる胸の付け根に釘付けになってしまい、片言になるくらいに目線がバレていないか緊張してしまった。千冬姉の下着や裸を見た時のような感じとは違うそれに驚きながら、厳重なのに無防備に見えてしまった浅草さんの挙動に目が追っていた。
……本当に俺はどうしたんだろうか。
うーむ、考えても考えても答えは出ない。まぁ、多分今まで近くに居なかった性格の友人だし、仲良くするために考え過ぎていたのかもしれない。一緒に居るなら癖とか好みとか知っているとお互いに接し易いしな。そうなると、もう少し浅草さんについて知りたいな。誕生日とか好みとか知っておきたい。友人に誕生日プレゼントを贈るのは楽しみにしてた事だしな。あの驚きながら喜んでくれるのが良いんだよなぁ。
俺はベッドに潜り込んで、何やらぶつぶつと明日の授業の予習で暗記物でもしているのか蠢いている箒を背に向けてから、携帯を取り出した。朝に貰ったアドレスを打ち込み、浅草染子とアドレス帳へ入れる。すると、浅草さんの名前はアドレス帳の一番上に君臨した。少し妄想してみる。
『平伏しなさい愚民共。今日から私の事は浅草様と呼びなさい。これは命令よ』
……やばい。凄い違和感が無い。椅子に座りながら腕と足を組んであの吊り目と雰囲気で言われたら従ってしまいそうなカリスマ力が発揮されていらっしゃる。女帝って言うのはきっと浅草さん(妄想)のような人を指すに違いない。そして、恐らく浅草さんの隣に並ぶように俺の姉が降臨しているのだろう。何だこの一組勝てる気がしねぇんだけどマジで。
そういえば、クラス代表者に推薦されたんだっけ俺。……あれ? そう言えばあの時一組を一喝して纏めた手腕のある浅草さんが何で推薦されてないんだ? 正直浅草さんがクラス代表者やったら全て上手く回る気がするのは俺だけだろうか。何でISド素人な俺が……って、いかんいかん。この考えは浅草さんに釘を刺されたばかりだった。男の子なら全てを薙ぎ払って糧にしなさい、と言われたばかりだぜ俺。敵前逃亡は男の恥だぞ。
「これからよろしくな……っと」
取り敢えず浅草さんへメールを送ってみる。時間的に寝ているかもしれないが、朝にでも見てくれれば良い内容なので問題無いだろう……って、もう返って来た。携帯を弄ってたのかな。
『此方こそ三年間宜しくお願いします。IS用語を纏めた付箋を付けた教科書にしておくので、それを明日の朝に交換してあげますから勉学に力を入れるように』
……マジで!? 浅草さんマジ良い人だ! メインオペレーター来た、これで勝つる! 教科書を捲って二ページで絶望した俺には女神のように見えるぜ。専門用語がオンリーで初歩の教科書ですら訳分からんのだ。それにIS用語は現在進行形で増えて行くので辞書が無いのだ。凄く困る。皆がどうやって事前勉強したのか不思議に思えてしまうくらいだ。
あ、そうだ。ISの操縦についても教えて貰わなきゃな。癪だがオルコットが言っていたズブの素人という点は今の俺の現状を示すのに十分過ぎる言葉だった。ここまで言われたら日本男児の大和魂が廃るというものだ。……まぁ、日本の代表だった千冬姉を侮辱されたような気がして喧嘩を売り買いしちゃったんだよなぁ。
――美味しい所は浅草さんと千冬姉のコンビに持ってかれたけどな。
カコカコと返事を打つと矢張り携帯の近くに居るからか数分で返ってきた。
『訓練の件了解しました。早速訓練用ISを予約しておいたので、明後日に行ないましょう。残念ながら明日は予約が多く取れなかったので、基礎的な知識を教える事にします。放課後に私の部屋に来てくださいね。他の人を誘うのは構いませんが大人数は止めてください。面倒です』
凄く浅草さんらしい理由だと思った。まぁ確かに一人部屋と言っても椅子や机には限りがあるしな。つっても誘う人居ないんだよなぁ。弾と御手洗で勉強会した時は結局捗らなかったし、あんまり増やしても効率悪いしな。分かったと返信しておこう。
あ、そういえば部屋に急須があるって事は、浅草さんは和風なのが好きなのかな。そしたら、和っぽいのをお茶菓子に持っていこう。そうなると大福とかが良さそうだな。明日購買で買って来るか。購買って言うとコッペパン軍曹を思い出すが、ここも激戦区だったりするのだろうか。半額パンを弾たちと狼のように争った経緯があるし、早めに行って確保しておくべきかもしれない。確か購買は一時限後に解放されるんだったか。一時限目と二時限目は普通科目だから問題無いな。
『では、おやすみなさい。寝坊は禁物ですよ』
「……頭上がらねぇ」
貸しに対する利息は幾らだろうか。払い切れる気がしないんだが、切実に。
☆
『さよならだ』
「兄さ――ッ!! ……っ」
まただ。またあの時の夢を見ていた。荒い呼吸を抑えるようにチェックのパジャマの胸元を握り締め息を整えるために深呼吸する。発作の前兆であるとは分かっているが、兄さんに突き飛ばされて難を逃れ、土砂崩れに潰される家族を見た時の悪夢は未だに忘れられなかった。過呼吸気味の呼吸が段々と収まって行き、荒波のように乱れた心が水平に落ち着いてゆく。
ぐっしょりとショーツまで湿らせた汗が気持ちが悪い。よろりと悪夢から覚めた直後で倦怠感のある体を動かして、ベッドから下りて下着とタオルを持ってシャワー室へと向かう。置いておいた洗濯籠にパジャマと下着を脱ぎ捨てた。キュキュとレバーを回して冷たい水でじっとりとした汗を流し、火照り始めた感情を冷水で冷ましてゆく。
あの時の悪夢を見るのは度々ある。そして、同時に脳裏にチラつくのは在り得ないと言った様子で過信を捻り潰されて死んだ女の子の顔だった。私からISを奪おうとして整備中のISを動かして殺そうとしてきた同年代の女の子。名前は……、何と言っていただろうか。あの頃は記憶が混濁していて戦闘中しか冷静じゃなかった気がする。多分覚えていないのだろう。それに、覚える価値も無いのだから捨て置いて良い。態々拾う必要は無い筈だ。
――くだらない。
確か、首を折られた直後の彼女へ言った言葉だった筈だ。私がこの言葉を口癖にし始めたのは。もしかすると、殺してしまった罪悪感が心の何処かに残っているのかもしれない。それが形となって口癖になった? そんな訳が無い。……馬鹿らしい。名前すら覚えていない奴を思い出そうとしてどうするんだ。何の意味になる。価値は何処にある。無意味だ。
――本当にくだらない。
考えるのを止めよう、私らしくない。
私らしさって何だっけ。
「……駄目だ。思考が混濁してる」
どうも冷静に成り切れない。立場を思い出せ。
私は織斑くんの護衛として派遣された日本代表候補生。彼を周辺の悪意から護り、日本の役に立つ事。それが私が此処に居る建前で、篠ノ之束を見つけるための足掛かりだ。篠ノ之束はコミュニケーション能力が欠如しているのではないかというぐらいに天気屋であり、妹の篠ノ之箒や友人の織斑千冬以外の人物に対して辛辣な態度を取る事で有名らしい。情報を集めて行くに連れて、篠ノ之束のパーソナルペースは一人二人程である事が浮き彫りになる。そのため、この学園に所属している篠ノ之箒及び織斑千冬の近くに居れば篠ノ之束と接触する機会があるのではないか、というのが上の意向だ。そして、織斑一夏はIS研究にとって重要人物として指定されたため、以上二つの理由を持って私は此処に居るのだ。
ISの操縦技術は既に下手な国家代表以上はあると評価されているし、そもそも座学はとっくの昔に終えたカリキュラムをなぞっているだけなので満点を取る自信がある。ぶっちゃけてしまえば部屋でごろごろしていても出席数を調整すれば卒業できるのだ。それが出来ない理由が私の部屋の隣に居る織斑くんであり、彼の現状を上に伝えたらサポートしろとの通達が返ってきた。
非常に面倒だ。
「……ふぅ」
まぁ、篠ノ之さんの突きを無傷で突破する程の眼は持っているようなので、操作技術は及第点くらいには底上げできるんじゃないだろうか。良い感じに頭が冷えてきたのでレバーを戻してタオルで水気を拭う。下着を履きわしゃわしゃと髪をタオルで包みながらシャワー室から出た。陽気な春の日ではあるが朝だからか少し肌寒い。隣のベッドに昨夜放ったIS学園の白い制服を手に取ろうとして、ランニングをするために出しておいた一式の方を取る。
IS学園は専用の制服があり、それを改造する事ができるという面白い校則がある。だが、面白いと言えるのは表の生徒だけで、裏の生徒からすれば銃やナイフと言った暗器を仕込める改造を施せる理由になる。まぁ、宗教上の事情だとかも改造すれば何とかなるのでそこらへんの利便を図るためかもしれないが、こうしてホルスターを隠しても外から見えないように作られている標準的な制服を持っている時点で察して欲しい。見え隠れする大人の事情が不快で仕方が無いが、確かに私はそれで助かっているので何とも言えない気持ちである。逆に、忍び込んだ暗殺者もまた同じ状態なのだ。気を引き締めるのには十分な理由である。
織斑くんを護衛するに当たって、日本政府は二つの札を用いた。一つは私。使い勝手の良い人材であるからと、同年代だった事が決め手だったのだろう。日本代表候補生という肩書きとそれを裏打ちする実力はIS学園という場所では十分な資格だった。
そして、もう一つは日本の裏を制する更識機関。何せ、その当主である更識楯無がIS学園に生徒会長として君臨しているのだ。金を積めば動いてくれる機関であってかなり条件が良いのだろう。まぁ、同じ日本代表候補生の更識簪が居るのもあって簡単に頷いてくれたに違いない。情報によれば二人の仲は冷戦中のようで、何やらお互いにやきもきしているそうだった。家族が居るだけマシだろうに、何を更に求めているのだか。私には到底分かりそうに無い溝なので、基本ノータッチで行こうと思う。
そうなると幽霊部員として部活に入っていたのは正解だったと今更に気付く。IS学園は必ず部活動に参加しなくてはならないので、生徒会長権限を乱用される前に逃げれて良かった。因みに新聞部で、ネタ提供担当(仮)である。昨日の放課後に部長から熱烈なラブコールをされて幽霊部員である事とネタの提供は月に一度という条件で頷いた。既にネタを提供しているので今月はフリーで問題無い。手ぶらで楽で良い。
「そろそろ走りますかね」
日本政府が用意した何処と分からぬ施設で暮らしていた頃、私は起床後朝食前に二十kmのランニングと筋肉トレーニングを課せられていたのでその名残であるが適度の運動をするようにしている。ランニング用に買ってきた黒いスポーツウェアとジャージを着用し、ベッドの上でストレッチをして体を解す。確り体が解せたのを確認してから日の丸印の代表候補生カードと部屋の鍵をポケットに入れて扉を開けた。
すると、同じタイミングで扉を開いた剣道着を着用した篠ノ之さんと鉢合わせた。
「おはようございます。貴方もランニングですか?」
「あ、ああ。そうだ」
「そうですか」
会話終了。篠ノ之さんは何故か私を睨んでいるが、特段用が無いようなので戸締りをして、ランニングコースに近い中庭へと歩き出す。すると、それに合わせて篠ノ之さんも歩き出した。数分程沈黙と無言の視線を浴びながらランニングコースへ辿り着いた私はいつものペースで走り始める。
そして、数秒、数分、十数分と走り続けていると後ろから気配が消えた。どうやら十六km四百m程で篠ノ之さんはリタイアしたらしい。ISという兵器を運用する以上、搭乗者の体力はあれば在るほど良い傾向にある。それは集中力に関する関係であったり、IS操縦に手足を動かす動作が必要であるために長時間の戦闘を行なえるために必要とする。なので、施設に居た頃は常に肉体改造という名のスパルタも真っ青な訓練メニューをこなしていた私に追従できたというのは十分に及第点だと思える。後ろから「嘘だろ……」という小さな呟きが聞こえた気がするがマイペースに走って行く。
予定通り二十五km走り終えた私はクールダウンとして半周歩き、そのまま自販機で水を買って飲み干し、途中のゴミ箱に捨ててから目的のトレーニングルームへと赴く。最新鋭のマシーンが集まっているとだけあって広くて使い勝手が良さそうなルームである。少し楽しみにしていたのもあって足取りは軽い。しんどくて倒れていた頃が懐かしいと思えてしまう今日この頃。
「……ほぉ、流石最先端の学園ですね。揃いが良い……」
朝食は十分もあれば問題無いので、時間ギリギリまで施設でも見た事の無いマシーンを使用して筋肉トレーニングを始める。その際、他の使用している生徒から感嘆の声と戦慄の声を聞いたが一体何だったのだろうか。たかが数十種類のマシーンを三桁程試運転だけだと言うのに。施設では集中し過ぎて四桁に届くのが普通だったので、忘れずにお腹が割れない程度に鍛える配分を抑えておく。
あの人が腹筋の割れた女性は男受けがあんまりしないと実体験を言っていたからだっけ。正直男勝りなきつい性格が男を近寄らせない最大の理由なのだと思うのだけど……。まぁ、この事を面と向かって言う機会は未来永劫無いだろう。他の企業へ転属したらしいし。
まぁ、筋肉トレーニングも終えたし水を買ってから食堂へ行こう。……いや、その前にシャワーを浴びるべきか。施設に居た時は大体一人かあの人だけだったから気にしないで居たが、衛生的に今の状況はあまりにも宜しくない。額に浮いた汗を手の甲で拭ってから、一年生寮の近くに自動販売機がある場所へと向かった。幸い食堂へ向かう生徒が多いのか擦れ違う事は少なかった。自室に戻ったらさっとシャワーを浴びなくては。明日は時間配分を変えよう。少しギリギリ過ぎる時間になってしまったし。
尚、彼女は自分の事を普通の女の子と思っている模様。
あの人とは一体誰でしょうねぇ。