私が織斑くんの護衛に就いて四日程経った。先日行なった訓練用IS《打鉄》による基礎訓練にて二人は同等の経験値を得て移動する事に事欠く無くなり、明日に予定されている第二回IS操縦訓練の際に兵装に手を出してしまっても問題無い程のセンスを持っている事を理解した。
流石、織斑千冬の弟と篠ノ之束の妹と言うべきか。アレは才能の塊だ。才能が無かった私が嫉妬してしまいそうに成る程に彼らはISに愛されていた。ISが二人に合わせるように軽やかな動きで旋回し、好みの速度でスラスターが吹いてブーストする。挙句の果てに、前方へブースト中に後ろへと振り返る
――愚問だった。こいつらは選ばれた人間だ。私とは違うのは当たり前だ。
才能の欠片すら無かった事で死にたくなるような訓練を受け続けて、漸く今の立ち位置に居る私に対する当て付けでは無い事は分かっている。だが、純粋に悔しいと感じた。嗚呼、そうか。あの子も、私にISを取られた少女もまたこんな気持ちだったのだろう。成る程、確かにこれは殺意を抱くに値する負の感情だ。けれど、それに呑まれる程私は安い女では無い。
六年前に泣き続けていたあの頃の私では無いのだ。
胸元に光る日ノ丸印の代表候補生を示すバッヂが、日本代表候補生としての自覚とその立場に立つ権利を持っている事の証明を代弁してくれている。これがあるからこそ、私は私として意識を保ち続けて居られるのだ。確かに役に立てているという満足感が今の生きる糧となっているのだから。
――そう、第二の織斑千冬となれ、と命令された日本代表候補生は私だけで良い。
平和に脳まで侵されて遣い時に使い捨てられる奴らよりも優れている事を誇れば良い。自分のアイデンティティは全てそこに収束するのだから、誰よりもそれを誇らずして私は何を誇れば良い。ただでさえ私は俗世に疎いのだ。こればっかりは先を譲る事はできない。例え、織斑くんが国家代表を目指そうとも私はそれを捻り潰す。国家代表の肩書きは私の復讐相手を探すのにとてつもない効力を発揮してくれるに違いない。現に、初代日本国家代表である織斑担任の権力はとてつもない。第二回モンド・クロッソの決勝戦を勝手に棄権した失態があるというのに、国際IS委員会の会議で堂々と主張を通せるという前例がある程だ。
復讐を為すためには少々時間は掛かるが一番早い選択肢だと私は思う。実際、あの人も肯定してくれたのだ。モンド・クロッソの射撃部門覇者となり総合部門覇者たる称号であるブリュンヒルデを手に入れれば、織斑千冬の再来と騒がれて確実に篠ノ之束の耳にも届く、と。もしかしたら接触の機会ができるかもしれない。それだけで十分過ぎる動機だろう。日本政府としても利あって害無しなのだからwin-winだ。
「そめそめ~」
「……それは私に対する渾名なのかしら?」
早朝自己鍛錬を済ませて十分余裕があるように教室で空を眺めて座っていた。呼ぶ声に振り向いてみれば、だぼっとした袖をふりふりしてぴょんぴょんと跳びながら喜びを表す小動物が居た。……訂正、布仏本音がそこに居た。その後ろに鷹月静寐と相川清香がセットで居るのを見て布仏さんのグループかと見当を付けて、私は呆れ半分面倒半分な気分で体を向けた。
「何か用?」
「おはよ~!」
「ええ、おはよう。それで、用件は何かしら布仏さん」
「無いよ~?」
「……え?」
「あー……、あ、浅草さん。本音は多分本当に挨拶するだけに呼んだんだと思う……」
相川さんが苦笑気味、いや、私の不機嫌顔を見て若干引き攣った笑みを浮かべて布仏さんの奇行を説明してくれた。……つまり用件は以上? 同世代のクラスメイトがそもそも居なかった私であるから、会話を膨らませるような知識は持ち合わせていない。如何此処から言葉を返すべきなのだろうか。そう思案していると布仏さんはぱたぱたと両腕を振ってぷんぷんと言った様子で頬を膨らませた。
「も~そめそめ、顔怖いよ~。それにわたしの事は本音って呼んで~?」
「……怖い?」
鷹月さんと相川さんに確認するように尋ねてみれば無言で視線を逸らされた。
……そうか、私の顔は普段から怖いのか。だとしたらよく織斑くんは普通に私と接していられましたね。人柄が良いと褒めるべきでしょうか。私は二人の反応に少なからず傷付きながらも、返事が返らずぷんぷんしている本音さんの方へ視線を向け直した。
「……私のこれは産まれ付きだろうから善処するわ。他に用件はあるかしら」
「んん~、無かったけど今出来たよ~。そめそめは今日から挨拶活動をするべきだね。朝の挨拶はコミュニケーションの基本だよ~?」
「そ、そう。他に改善すべき点はあるかしら」
「うん、喋り辛いなら普段通りに喋って良いよ~?」
流石のこれには私も目を見開いた。成る程、諜報機関を纏め上げる更識機関の一員は伊達では無いという事か。そうか、本音という名は布仏部隊の当主の名か。姉の布仏虚が当主だと思っていたが違ったらしい。相手の心を、本音を読む読心術に長けた一族。それが布仏部隊の在り方と言う事か。更識が楯無、楯を無用とする力を現すように。布仏もまた、本音を見破る事に特化した尋問術を持ち合わせているのだろう。
私は牽制の意味で身に纏っていた出来損ないな仮面を叩き割り、作っていた雰囲気を一蹴する。すっと目尻が落ち、吊り眼にしていた瞳は人形のような双眸へと戻った。その変わり様に二人は勿論、盗み聞きしていた子たちも含めて驚く様子を見せた。
「……そうですか。可笑しいですね、先程の口調であればコミュニケーションはばっちり先取りだ、と教えられていたのですが……」
「多分、それは会話の主導権的な意味合いの先取りだと思うよ」
「それは盲点でした」
あの人の教えてくれた事で役に立たない事があるとは思わなかった。
施設で六年間ISの鍛錬漬けであった私にとって、外の常識は終ぞ頑なに名を教えてくれなかったあの人からの情報しか持ち合わせていない。そもそも、戦うためだけに日本代表候補生として所属させられているのだから一般常識は二の次だったというのもある。小学生で学歴が終わっている私がIS学園に通う事になるとは露とも思って居なかったのもあるが。
「わぁ……、浅草さんクールビューティタイプだったんだッ!」
「てっきり、姉御キャラだと思って必要以上に緊張しちゃった!」
「……私に常識を教えてくれた人がそういう人でしたから。その雰囲気を真似たのですが……、合わぬ事はするべきじゃありませんね」
「うんうん。浅草さんは今の方が素敵だよ~! 人間あるべき姿で居るべきだよね~!」
何だろう。クラスの雰囲気が一瞬で変わった気がする。……相川さんの言葉から察するに、私は忌避又は疎遠される立場で居たようだ。そうか、……そうか。其処まであの人の性格と雰囲気はきついのか。掌を引っ繰り返したように好意的に近付いてきてくれるクラスメイトたちの反応に少し悪くない気分になりつつ、私は親切心で時計を指差してSHRが始まる時間であると告げた。ありがとうと一言残して一同は一瞬で散開し、蜘蛛の子如く自分の席へ我先にと戻って行ってしまった。流し目で本音さんがにっこりと笑ったのがとても印象的に……、待て、まさか恩を売られたのか? 確かにクラスメイトと馴染んでいないとは自覚していたけれども……。やられた。流石更識の
一瞬だけギロリと睨み付け返すと本音さんは「え!?」と驚いた様子でわたわたしていた。チャイムが鳴ってしまい、彼女のあのポテポテという擬音が付きそうな遅い歩行速度では私の所に戻る事が出来ず、しょぼんとした様子で自分の席へと戻って行った。
――あれ、もしかして裏目に出たのだろうか。
私は仕事柄深く考えてしまったが、本音さんは馴染めていない私のためを想って好意でやってくれたのかもしれない。……考えるのを止めよう。立場が立場なのでこれ以上は深追いかもしれない。本音さんの人成りをまだよく分かっていないので、此方からの接触は控えよう。先程の一件が彼女の好意であったなら、授業が終わった後にでもわたわたと説明しにくるだろう。あの去り際の慌てようはそのようにしか見えなかったし。
「……はぁ」
――人間関係とはこんなにも疲れる面倒なものだったろうか。
今思えばあの人の人格と雰囲気を模した仮面は先日のIS操作講座の際にも外してしまっていた気がする。そうなると、単純にあの二人は私の素を普通に見ていた事になる。成る程、それなら恐れられる必要も無く接されても当然だ。何せ、幽鬼を模した人形のようだと形容されてしまう程に私の感情は薄い。いや、冷水を含んで薄くなってしまっているのだ。戦闘に対し特化してゆくに連れて感情のブレは不要なものでしかなかった。一か八かの爆発力に賭けるよりも、一定に安定した持続力の方が戦闘では有利だ。何よりも、冷静である分相手を挑発して集中力を乱したりする事ができる余裕はあるべきだ、とあの人に教えられている。
私はあの人に依存し過ぎているのだろうか。私の復讐を肯定してくれた最初の一人である教官に。……違う。重ねていただけだ。私はあの人に兄さんを重ねていただけ。あの日、私を救ってくれた気丈で勇敢なる人であった兄さんと――。
「――浅草?」
ふと、私は織斑担任の声で集まる視線に気付いた。どうしたのだろうか。別に私は織斑くんのように上の空ですよ、という雰囲気を出している訳でも、窓の外を見ている訳でもない。きちんと電子モニターに目線を向けてカモフラージュしていた筈だ。隣の席に座っていた間宮優香が心配そうな顔で自身の頬を指差していた。それを真似て頬に手を当ててみれば、一筋の濡れた跡が存在していた。涙を流していた? 兄を思い出しただけで?
私が……?
「……申し訳ありません。体調が悪いようなので保健室へ行かせてください」
「あ、ああ……」
「授業中失礼します」
最後列であるので後ろ側の扉へ最短で辿り着けた。廊下に出て背中側で扉が閉まった音を聞いてから私は天を仰ぐようにして両目を閉じた。まさか自分でもまだ泣けるとは思っていなかった。幸せに生きろと言われていただろうに、このような不幸な生き方をし続けている私にまだ涙が残っていただなんて思っていなかった。
布仏本音。成る程、その名に偽り無しと言う事か。
これが、私の本音。彼女によって無意識に引き出された隠れていた本音なのだろう。そう言えば墓参りに行ったのはいつだったろうか。あれから一度も行っていない気がする。
――そうか、そこまで私は……。
私は浮かんだ言葉を否定するように首を振って、涙をポケットから取り出したハンカチで痕にならぬように拭い去る。堂々と言った手前何でもありませんでした、と教室に戻るのもアレだろう。女の子特有のあの日だったとでも勘違いしてくれると良いのだけど。
……まぁ、確実に本音さんにはバレただろうが。
保健室に行って体の不調の振りをして一時限目は休もう。二時限目から戻れば何とかなるだろう。月に一度の例のアレですとでも言っておけば確実だろう。そう言えばクラスメイトに織斑くんが居た。……まぁ、良いだろう。どうせ、私に女性としての魅力はあるまい。引かれようが今更な話なのだから。
「……本当にままならない。布仏本音、いや、更識機関と括るべきでしょうか。……まぁ、良いでしょう。どうせ、私の事を探り切れていないでしょうから……」
当たり前だ。私の存在は、いや、私の家族は既にこの世の存在ではない。戸籍や生きてきた軌跡すら全て抹消されているのだ。私に残されたのは救われた命と名前だけ。後は何もかも白騎士事件のせいで失った身である。幾ら探そうが遺骨すらも名を変えて隠されているのだから見つけられる訳が無い。紙媒体すらも焼き払われていて徹底的な隠滅っぷりに気付いた時は笑ってしまった。涙が出る程に。
更識機関の当主である更識楯無がロシア国籍の国家代表になった事で、日本政府は更識機関から権力を取り上げつつ有事の際には見限る傾向であるようだし、私を囮とすれば有益な情報が引っ張れるかもしれない。そう考えると此度の接触は此方の利益が大きい。更識機関の中枢部隊である布仏一族の当主を発見できた事はかなりの利益になるだろう。それに対して私の情報は全くといい程にグレーゾーン。精々が過去が見つからない事に対する不信感ぐらいだろう。何せ、残ってないのだから探す事もできやしない。まぁ、白騎士事件の概要から抹消された一部の違和感に気付けたならば漸くスタートに立てる程度で、ゴールは限りなく遠い場所に存在するのだからその手間は途轍もないだろう。
復讐相手を探す片手間に代表候補生をしている私からすれば、更識機関との水面下の闘いは非常に面倒極まり無い案件だろう。何より、戦闘訓練しか自慢できない私が情報戦をやらねばならないとは此れ如何に。砲身を向けてぶっ放している方がよっぽど気が楽なのだけれども。
やれやれと此れから置かれるであろう状況に溜息が出てしまう。
「私の青い鳥は何処に居るのやら……」
幸せは近過ぎて気付かないらしい。
けれど、断崖絶壁の四方に囲まれた私は何処を見やれば良いのだろう。足を態と滑らせて転落する事こそが青い鳥の正体とでも言うのだろうか。それとも青い鳥が舞い込んで来てくれるのだろうか。結局答えは保健室に着いても出なかった。
日本政府も一枚岩じゃないようで(ry
というか、原作の楯無がロシア代表やってる理由が良く分からないんですよね。
売国奴? 売国奴なの楯無さん?
薄い本が厚くなりそうな(ゲフンゲフン