IS~暁に浮かぶ白を忘れない~   作:不落閣下

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8――理解する。

「じゃ、行こうぜ。のほほんさんも行くだろ?」

「うん。心配だよぉ~」

 

 どうしよう、と私は冷や汗を内心流していた。

 布仏一族は代々特殊な読心術の継承がされてきた。相手の目を、体を、雰囲気を見て、心を見透かす。それこそが布仏一族が誇る対人術。これを応用すれば武術にも使用できるが、布仏一族はそれを交渉術及び尋問術として昇華させた。お姉ちゃんよりも私の方が布仏流読心術の適正があり、良く分からないうちに当主となっていた。お姉ちゃんが言うにはわたしの適正は歴代当主のそれよりも高いらしい。瞳を近距離で重ねるだけで記憶が幻視できるという、稀に発露する覚の瞳を継承したからというのが決定的だったそうだ。

 布仏一族の当主に受け継がれる名が本音であるのは、文字通り尋問で本音を見やる者であるからだ。初代である布仏覚が妖怪覚と出合い、その瞳を盲目の身であったその体へ受け継いだ。というのが古くから伝わる布仏一族の伝聞だった。どうしてそんな一族の当主の座がわたしに継承されてしまったのか甚だ疑問であるが、なってしまったものは仕方が無い。一族が仕える更識家のメイドという表向きの仕事をしつつ、裏で尋問のスペシャリストとして暗部組織の一角を担う。

 それが布仏に産まれたわたしたちの役目だった。

 ……そして、当主であるために友人が出来なかったわたしの主人となった、かんちゃんと出会ってからは人生が変わった。当主として人間の汚い面を見続けてきたわたしにとって、人は信じられる者ではなくなりつつあった。けれど、襖の先に居たきょとんとする女の子は違った。純粋にして清潔な心を持ったが故に、自身の身に宿る才能に苦悩してきたのにも関わらず前へ進もうと這い蹲っていた。その生き方に、その在り方に、わたしは思った。この人になら仕えても良い、と。そして、わたしが仕えるべき人物こそ、更識の化物と呼ばれたかんちゃんだった時は両手を上げて喜んだのを覚えている。

 ――そ、そめそめはどうしちゃったのかなー?

 浅草染子。日本政府に所属する日本代表候補生にして、かんちゃんが溺愛する人物。お嬢様が彼女の資料を見ながらぶつぶつと爪を噛んでいたのを度々見てしまうくらいに、かんちゃんとそめそめの仲は良好……過ぎた。あんなに沈み切った泥のように不貞腐れていたかんちゃんが、水を得た鯉が滝を登り龍になったかの如く代表候補生合宿から帰って来たのだから。

 一瞬、わたしでさえかんちゃんが別人に見えてしまったくらいに明るくなって帰って来て、お姉ちゃんですら目を見開いて驚くぐらいの変化を齎したのだ。それからかんちゃんは見違えた。お嬢様と比較されるような嫌味を「で?」と鼻で笑うかのように流し、余裕を作れるようになった。

 そして、何よりもお嬢様嫌いが露骨になった。

 唯一の親友であるわたしにだけ教えてくれたが、かんちゃんはもうお嬢様を実姉と思っていないらしく、そめそめこそが唯一無二のお姉ちゃんなのだそうだ。それを聞いてお嬢様の崩れ落ちる姿が脳裏に過ぎったが、不器用過ぎる姉妹コミュニケーションをしていたお嬢様の完敗なのでわたしはそっと視線を逸らした。それからかんちゃんは、そめそめの良さをたっぷりと語ってくれた。けれど、確りと秘密事項を漏らさぬように気をつけている辺り徹底的だった。何せ、心理的な強固な壁を作り出す程だ。そめそめの存在がかんちゃんの中で頂点に君臨しているのが良く分かるくらいの依存度だった。わたしの尋問術の(けん)ですら拒むのだからよっぽどだ。

 そめそめの情報は砂漠の中で一粒の砂金を探すかのような困難さを極めた。何せ、他国の国家機密よりも堅牢なセキュリティが布かれているのだ。辛うじて集めた情報も途切れ途切れで、その内容は壮絶なものだった。何せ、更識家の密偵を始末した人物こそ、そめそめだったのだから。死に体で帰ってきた密偵も息を引き取り、日本政府が隠し持つ重要施設に送った全員が死亡するという前代未聞の問題となったくらいだ。

 そして、そんな日本政府がおりむーの発見により、IS学園へそめそめを派遣すると更識家へ通達した時は本当に荒れた。更識家の一部の後家が送った密偵の仇を、と会議で声を荒げたくらいに。そして、その声を潰したのはお嬢様――ではなくかんちゃんだった。とても冷酷な瞳で後家の人間を嘲笑うかのような口調で一蹴した。今もわたしはその言葉を覚えている。

 

『黙ってなよ、見苦しい。お役目を果たせないような人間を送る貴方たちが無能なの。有能な染子お姉ちゃんを殺せる訳が無い。それくらい察しなよ、取り潰されたいの?』

 

 それはかんちゃんを傀儡にしようと画策していた後家の人間にとって、とても恐ろしい存在に見えたに違いなかった。何せ、後ろに控えていたわたしでさえかんちゃんの冷たい声に背筋を凍らせたぐらいだ。もっとも、一番驚愕していたのは言うまでも無くお嬢様で、何せ自分以外の人物を庇った挙句にお姉ちゃん付けである。色々と精神的にフルボッコだったに違いない。我に返るまで瞳が虚ろで死んでたし。

 それが更識の化物という異名を逆手に取り、かんちゃんが裏の更識として君臨した瞬間だった。傀儡にしようとしていた後家の手を切り捨て、畏怖により実質的な裏の権力を握ったのだ。それによりかんちゃんへ取り入れようとする人間は居なくなった。かんちゃんの専用機を手掛けていた倉持研からおりむーの専用機の開発のために、《打鉄弐式》の開発が危られた時も暇潰しになるからと未完成のそれを受け取って一人で開発し始めたのには驚いた。

 まぁ、それに熱中し過ぎてそめそめの事が入学する件を忘れていたようだけども……。しかも、お嬢様から直々にそれを指摘するなと言われてしまっているぐらいだし。あ、でも部屋割りでお嬢様が仲直りのために一緒にしようと画策していて、発覚した瞬間に真顔なかんちゃんに「絶対に嫌」と拒否されて再び崩れ落ちたっけ。それを見た後家の人間がかんちゃんの畏怖っぷりは凄かったね。何せ、貢物をし始めるくらいだし。取り潰されたくなかったんだろうね、本当にお疲れ様だとしか思えなかった。だってかんちゃん既に後家の事を見てすら居なかったし。送られてきた貢物を布仏で消費してるって聞いたらどうするんだろ……。まぁ、いっか。美味しいし。

 っと、話が大分逸れちゃった。

 そめそめと直に会話してみて分かった事だけど彼女の瞳は異常だった。どうしてこの学園に居るのか分からない程に逆巻く殺意の潜む瞳で、人間がするような瞳じゃなかった。けれど、雰囲気が一変した時に驚いた。人間味が失せたのだ。鋭敏な人間観察力を持つ布仏のわたしだったからこそ気付けたが、クラスの皆からすれば近寄るなオーラが消えたように見えたのだろうが、わたしは違う。感情の発露が消え失せたのだと気付けた。

 人は人格によって肉体が引っ張られる。それは雰囲気とも言えるもので、穏やかな性格ならほんわかとした雰囲気が、激しい性格ならばカッカッした雰囲気がするものだ。ならば、その性格が失せたならば必然的に雰囲気も失せる。模していた人格が発していた雰囲気が消えて、無機質な人形のような雰囲気に変わったとも言える。だが、完全に無機質という訳でもないようで、感情が薄いとかんちゃんが言っていたように微かな雰囲気が存在していた。

 近寄るなオーラのせいで遠巻きに居たそめそめに近付いたのは好意半分観察半分のつもりだった。そして、何よりも戸惑ったのはわたしの行動が更識家の意向であると勘違いしたと思われる睨み付けである。何せ、一瞬首が刎ねられた幻覚がした程の殺気である。暗部の人間じゃなかったら、多分失禁して泣き崩れてても可笑しくない程の殺気だった。全力で勘違いだと慌てたので、殺気ではなく胡散臭げな視線になったのが本当に助かった思いだった。

 そして、起きたのがそめそめの涙騒動である。

 クラスメイトたちはおりむーの専属講師と化していたそめそめに嫉妬を抱き尚且つ雰囲気も相まって疎遠気味だったので、わたしと話した事でそめそめの変わり様に驚いて、ここぞとばかりに近付いた。一部の子は空気に沿って近付いていたようだけど、授業中に涙を溢したそめそめを見て全員の気持ちが揺れた。

 ――もしかして寂しさを感じていて友人が増えた事に感激していたんじゃないか、という勘違いに。

 その勘違いによって戻ってくるであろうそめそめを温かく迎えようと全員が思っていた授業が終わり、結局放課後まで戻ってこなかった事で全員がうろたえた。そこまで気にしていたのか、と。更に勘違いが加速して、仲の良いおりむーやモッピー改めしののんを中心に保健室へ向かう事になった。それにわたしも便乗して保健室へと向かっているのだけど……、不安というか嫌な予感がしてしまう。何だか面倒な事になりそうな予感がするのだ。

 

「浅草さん大丈夫かな」

「……大丈夫だと良いが」

「あ、それとも女の子の日だったとか? ……あ、ごめん織斑くん」

「あ、あー……、あ。そろそろ保健室だな! ってか、こっちで合ってるよな?」

「うん、合ってるよ~。丁度さっき通り過ぎた所だよ~」

「マジで!?」

 

 うん、おりむーが喋り始めた時ぐらいに通り過ぎたね。おりむー、しののん、しずしず、せっちー、わたしの少数チームは漸くそめそめが寝ているであろう保健室へと辿り着いた。隊長であるおりむーが意を決してその扉の前へと立ち、立ち塞がっていた扉が横へ自動で開いて行く。そして、わたしたちはその光景に目を疑った。

 かんちゃんを優しく胸に抱き締めて眠るそめそめは普段の冷ややかな印象が一蹴され、慈愛に満ちた女神の様に美しく、小さな寝息と穏やかな寝顔で可愛らしい印象を受ける。わたしから見ればかんちゃんを護るように抱き締めていると気付けるが、これ普通の人だったらかんちゃんにそめそめが絡んでいるように見えて扇情的に……。

 隣を見やれば、おりむーが顔を真っ赤に染めて口元を、いや、鼻を押さえていて、後の三人はぽかんと口を開いて唖然としていた。ちらりと下を見たけどもIS学園の制服のズボンは強固のようだね……。良いネタができるかと思ったのに。お小遣い計画は兎も角、現実を見直そう。

 

「んぅ」

 

 純粋無垢そうな笑みを浮かべたそめそめを見たおりむーが膝から崩れ落ちた。

 それに気付いて正気に戻った三人がおりむーを見やると、そこには何と真っ赤に染まったおりむーが! ……おりむーが大変だ!? あ、これ鼻血だ。

 前面の制服に一筋の赤い川が出来ていて凄い事になっていた。そう言えばかんちゃんが言ってた気がする。そめそめには一撃必殺なキラースマイルがある、と。ちらりとそちらを見やれば正面から見たらくらっとしそうな天使の微笑みがあった。ああ、うん。同性でも堕ちるね、この威力は。普段のそめそめを知っていたら尚更に威力が増すねこれは。ギャップ補正で弱点タイプ一致余裕だよこれぇ……。取り合えず写真撮っておこう。かんちゃんにあげればかなり喜ぶ筈。フラッシュ焚かずにパシャッっとな、っとぉ!?

 即座に避けたがわたしの首筋のあった場所に、布団の中にあった筈のそめそめの右腕に握られていた鋭利なナイフが通り過ぎた。そして、瞬きの瞬間に伸び切っていた筈の右腕が消える。つまり、勘が働かなかったら……、ふ、噴水? 正直ゾッとした。更識の密偵を屠った実力は確かなものらしい。寝顔を伺って見ればすやすやと寝ているそめそめの姿がある。

 位置を確認したが、どうやら寸止めの程度だったらしい。向けたのが携帯で無かったら数センチずれて、気付かなかったわたしは死んでいたかもしれない。しかも、おりむーの介抱で三人は此方を見ていないから加害者不在で凶器不明……、わ、笑えないよぉ。絶対にそめそめに武器向けちゃ駄目だね。この反応が寝ていたからかは分からないけど、絶対に向けちゃ駄目だって報告しなきゃ。かんちゃんとの添い寝を知ってお嬢様がちょっかい出しに行くかもしれないと思うと冷や汗が流れる。お嬢様は絶対にやらかすだろうから確実に阻止しないといけない。お姉ちゃんに報告しないと……。

 ――更識家当主が夜這いを掛けて返り討ち。部屋は真っ赤に染まっていたってさ。

 本当に笑えない。冗談が冗談に聞こえない。

 あ、そっか。かんちゃんを焚き付けてお嬢様をバッサリして貰おう。

 それなら鬱憤も晴れるだろうし問題無いね。お嬢様は尊い犠牲になったのだ……。

 本当はヘタレなのに無駄に格好付けようとするから悪いんだよ。お嬢様の悪い癖だね。お姉ちゃんが諭してるけどもやっぱりヘタレて仲直りしなかった結果がこれだよ。

 わたしがそんな事を思っているとかんちゃんを隣に寝かせて起き上がったそめそめと目が合ってしまった。起き立てで視界が不良なのかぼんやりとした様子だが、右腕を一瞥して小首を傾げてから此方へと視線を戻した。多分先程の一振りによって生じた違和感だろう。当たっていなくて本当に良かった。

 

「……何してるの」

「えっとぉ……、そめそめのお見舞いに来たんだけど……、ね?」

「……そう。久し振りに長く寝た気がする」

「六時間も寝てれば十分だよー」

「それもそうね」

 

 ん、と小振りな胸を主張するように背筋を伸ばしたそめそめはわたしから床に崩れ落ちているおりむーへと視線を向ける。冷たい視線が更に冷たくなった気がする。そめそめは溜息を吐いてから時間を確認してわたしへと視線を戻した。

 

「この時間帯は其方の管轄でしょう。更識楯無に指示を仰ぎなさい」

 

 あ、成る程。そめそめはあくまで代表候補生としてこの学園に居るつもりなんだ。だから、更識家のメイドであるわたしにも警戒していたし、あんな反応をしていたんだ。ベッドに寝ているかんちゃんの頭を撫でてからそめそめはするりとベッドから下りる。

 そして、すっと隣を過ぎた気配だけを残してそめそめは一瞬にして背後に居た。

 驚いたわたしが気配へ振り向くと其処には既に保健室の扉を通り過ぎるそめそめの姿があった。

 つまり、そめそめはわたしの認識を振り払う程の足捌きをもってして其処へ行った事になる。

 ……更識の密偵が始末されるのも頷ける。こんな怪物染みた人間を生身で殺そうと誰が思うだろうか。日本政府の暗部はこんな人間を作り出せる機密を保有している事になる。それは暗部組織を統括する更識家を脅かす程のものを……。

 無意識に震えていた左腕を右手で押さえる。おりむーが轟沈してて本当に良かった。

 そうだ。こんな時はかんちゃんの寝顔を見て現実逃避をしよう。

 勿論お嬢様とお姉ちゃんにおりむーの鼻血の件について送ってから、ね。




久し振りにリリカルハートの方を更新できました!
いやー、マジでスランプですわ。
SIREN2と問題児を組み合わせようとするネタを考え付いたぐらいにやばい感じですわ。
それはそうとLOV3が楽しい。

そして、のほほんさんまでもが魔改造の餌食に……。
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