IS~暁に浮かぶ白を忘れない~   作:不落閣下

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9――問答する。

 保健室から颯爽と飛び出した私は一先ず織斑担任へ授業を欠席してしまった事を謝罪するために職員室へと向かった。職員室に入室し、織斑担任を探すと何やら書類の巣窟のような机に座って山田副担任と談笑している姿が見えた。此方に気づいているようではないので、近くを通り掛かった四組担任の梅宮先生に仲介を頼んだ。

 

「梅宮先生、織斑担任をお願いできますか」

「織斑先生ね。えーっと……、あら、話し込んでるみたいねぇ。ちょっと待っててね」

 

 梅宮先生は軽快な雰囲気が印象的な人物でありながら、生徒思いの良い先生であると資料には乗っていたが本当のようだった。確か、新聞部の顧問を務めているそうなので、用があれば織斑担任と山田副担任の次に話をする人になるだろう。そんな事を思いながら、梅宮先生の動向を伺っていると嫌な予感がした。

 

「織斑せんせー! 可愛い子来てますよー!」

「ちょ」

 

 職員室に響く声に思わず手を伸ばしかけて呻いてしまった。

 梅宮先生の声に織斑担任はばっちりと此方を認識したようだった。ぐっと親指を突き出す梅宮先生は満足そうだった。突き出された親指を捻り折ってやりたい気分になるが、生徒と先生の立場なのでぐっと我慢した。溜息が出てしまったのは仕方が無いと思いたい。

 

「……ありがとうございます」

「良いって良いって。それじゃね」

 

 ひらひらと掌を振って梅宮先生は自席へと戻って行った。新聞部が何故あそこまでパワフルなのかが良く分かった気がする。確かに梅宮先生が顧問をやっていればそこまではっちゃけた内容の新聞にGOサインを出す筈だ。手渡す情報を吟味しなくてはならないかもしれない。

 そんな梅宮先生と入れ替わるように織斑担任が近寄った。席を見やれば山田副担任が泣き顔秒読みの表情で巣窟を処理しているようだった。日本代表候補生の上下関係というのが良く分かる図だろう。確か、山田副担任は実家の都合上代表候補生を辞退した経緯のある実力者だった筈だ。……ああ、成る程。織斑担任の後釜として文字通りの教育を受けていたのか。ご愁傷様と言うべきか、諦めろと慰めるべきか。生徒である身であるから見無かった事にしておこう。

 

「一時限目振りだな、浅草」

「申し訳ありませんでした。心労が溜まっていたようで保健室で熟睡してしまったようです。本日配布された宿題がありましたらお渡し頂けると幸いです」

「……愚弟がすまない。今日配布したものは電子形式のプリントのみだ。後で確認しておくと良い。本日の分の授業はお前なら片手間で解ける程度のものだ。手間だが補習を受けるか?」

「いえ、それならば問題ありません。お手数お掛け致しました」

「……浅草。一夏を見てどう思った。正直な感想で良い」

 

 もしかすると、プライベート的な話題では一夏、生徒と教師の間であれば織斑と呼び方を変えているのだろうか。それならば織斑担任に、ではなく、織斑くんの姉である織斑千冬へと告げる内容で無ければならないのか。少々言葉を選ばなくてはいけなくて手間であるが、機嫌を損ねられるのは困るし率直且つ真実を語るとしよう。

 

「では、失礼ながら。人柄という意味では及第点、才能という意味では予想以上と言った所でしょうか。ISの搭乗経験がほぼ無いに関わらず、直感めいた動きにおいて良い結果を齎す辺り素晴らしい才能を垣間見ました。彼に専用機を与えるのは正解でしょう。ピーキーであれば在るほど彼の才能は育つに違いません。まぁ、テクニックの根本を理解するタイプでは無さそうなので、壁にぶち当たるのも速そうですが。障害を乗り越える事が出来れば、大器晩成でありながら早熟という矛盾めいた急成長を見せるかもしれませんね」

「……そ、そうか。よく見ているのだな」

「護衛人物ですから当たり前です。教師という立場がある故に他国の生徒に口出しが出来ないのは理解しております。サポートには万全を期す所存ですのでご心配無きよう。ですが、放課後は更識に一任しておりますので、私の管轄外である事を留意して頂ければ十全です。非常時に私の出る場がありましたら対処は致しますが」

 

 私の言葉に織斑担任はとても不思議そうな、そして嬉しそうな表情を浮かべていた。辛辣な言葉を選ばなかったが、実の弟の才能を褒められていて嬉しいのだろう。何か嫌な予感の警鐘がしているが、特段といって思い浮かべる事態は無い。誤報か。まぁ、目の前の人物が人物であるし、不調を来たしている今の私では仕方が無いと言えよう。この時間帯は更識に一任している事であるし、何かがあっても特段問題は無いだろうと思いたい。

 

「以上です。何かご質問があればお答え致しますが」

「……ならば、最後に質問だ。お前は学園生活を楽しんでいるか?」

「――いいえ」

 

 即答した。

 前も考えた事だが、私はこの学園に居る必要性を全く持って感じていない。

 IS技術は五年の月日を経て上等に仕上がっているし、学問もプログラムをコンプリートしている。第一、私は学生の前に軍人である。肩書きは日本代表候補生となっているが、日本政府との契約は軍人、いや、どちらかと言えば傭兵の其れだ。日本政府は私に教育を施す事で他国間抑止力の実現を、私はこの身と時間を売り払う事で怨敵を捉え得る環境を。それぞれwin-winな関係で契約が成り立っているのだ。日本の重要拠点の最先端とも言えるこの学園と最重要人物たる織斑一夏の護衛は私を派遣するに値する現場であるが、日本政府の怪物として君臨していた私とすれば生温く苛立ちが募る場所でしかない。

 唯一の癒しが簪とトレーニングとは此れ如何に。

 正体不明のISが潜入工作でもしてくれないだろうか。力を持て余す環境は何となく慣れない。何かこう、つまらないのだ。欲求不満と言うべきか。確かな停止装置(ストッパー)の付いた暴力装置(スイーパー)であれば良いという現場で過ごしていた弊害だろうか。手頃の相手……、駄目だ。織斑担任か山田副担任くらいしか思いつかない。

 更識楯無は以前に簪の件で突っ掛かってきた際に捻り潰してやった経緯があるので、ロシア代表と言えど好敵手とは思えない。それに、この学園内では生徒会長継承戦が適用されてしまうので勝つ訳にはいかず、だが立場からして負ける事は許されず、そんな二律背反めいた現状であるので彼女と戦う機会が無いようにせねばならない。更に今の私の《玉鋼》は競技用デチューン仕様のリミッターが掛けられているので、一応代表クラスとの戦闘をするには面倒極まり無い。前のように一方的に蹂躙してやる事ができないのだから関わる気にはなれないのが本音であった。

 

「では、失礼致します」

 

 一礼した私は固まってしまった織斑担任に踵を返して職員室から去った。手元の端末で電子プリントを流し見で確認するが、此れと言って重要そうなものは無かった。元々今日の放課後は篠ノ之さんに剣道場での鍛錬を織斑くんへ付けるようにお願いした日であるので、これ以上私がする事は無い。精々が明日のための資料作りだろうか。……いや、資料は確か昨日暇を持て余して机の上で寝ている筈だ。どうしよう、本格的にする事が無くなってしまった。

 トレーニングで汗を流すのも良いが、非常事態が何時起きるか分からない放課後に体力を消費する行動は控えたい。更識楯無にもう少し信用が出来る程の強さがあれば、私は今頃トレーニングルームに直行していただろうが……。仕方あるまい。読書で暇を潰すとしよう。そうなれば手慰みもとい口慰みが欲しいところだ。購買にでも顔を出してみるとしよう。

 何せ、このカードさえあれば学園内の金銭に憂い無しだ。やろうと思えば自動販売機のメニューで唯一のお気に入りである濃厚どろりコーンスープを買い占める事もできるのだ。施設の中では不自由でありながら暇が無かったために考える事も止めていたが、年少の頃から好きだった缶の後続品があると知ってしまえば手を出さない訳にはいかない。

 ……まぁ、自室に設置した小型冷蔵庫に十本程ストックしてあるので、今日は別のを選ぶとしよう。そうなるとおしるこ缶か餡蜜サワーか悩む所だ。どちらも似たような味でありながら満足感と爽快感の違いがあるのだ。甘党である私からすれば二本一緒に買ってしまっても……問題無いな。カロリーは鍛え過ぎた筋肉が日常で消費してくれるだろうし、体重が今更増えても困る事は無い。腹筋の関係で体前面の筋肉トレーニングを程ほどにしているからか、胸にある脂肪くらいしか体脂肪が無い体なので余裕は十全。血反吐を吐く毎日が懐かしいものだ。あの頃の自分に言ってやりたい。数年後には甘党パラダイスでカーニバルを開催できる肉体を会得していると。そうなればあの頃のやる気も……無いな。多分変わらない。唯只管に体を苛め抜いた日々だったのでそもそも思考すらあまりしてなかった気がする。人間やろうとすれば何でもできるを体言してしまったようなものだし……。

 そういえば、珍しくあの人が上官に私の休みを訴えていた気がするな。私の数少なく残った人間性はもしかするとあの人のおかげかもしれない。この三年間で会う機会があればなと思う。その時には是非とも名前を伺いたいものだ。いつまでも、教官だとかあの人呼びをしておきたくないのだ。息災であると良いのだけれども……。

 

「あ、貴方は……っ!」

 

 病気や毒等には耐性があると自慢していたし、人為的な死因でしかあの人はくたばらない気がするのだけれども。私が受け継いだ殺人術の大半があの人直伝のものだ。そして、それを任務で遂行してその確かな効率の良さに目が鱗状態だったのを覚えている。何せ、日本政府から習った技術よりも遥かに高度なのだ。現役の殺し屋ですと言われても信じてしまいそうに成る程の出来だった。経歴を尋ねれば、女性はミステリアスの方が良いのさ、と男顔負けな格好良い笑みを魅せてくれた。

 

『門外不出だから見た奴は絶対に消すようにしとけよ、必ずだ。良いな』

 

 そして、拳銃をくるくると回しながら笑ってない威圧的な笑みで、そんな教訓を言われてしまったら即座に頷いて肝に銘じるしかないだろう。ホラー映画よりもホラーな怖気が走った気がしたのを覚えている。そう、あれが初めての戦慄というものだったのだろう。

 ……何故教官に戦慄せねばならないのか全く分からないが。

 

「ちょっと! わたくしを無視するだなんて――」

 

 不意に後ろから肩を掴まれる気配を感じた。

 咄嗟にその手を払い落とし、そのまま捻るように極め、足を払って体勢を崩した相手の後頭部へ引き抜いたサイレンサー内蔵の9mm拳銃を突き付けた。ひぅと息を呑む声と震える体の揺れを掴んだ左腕から感じる。良く見ればイギリス代表候補生のセシリア・オルコットだった。私は集中力が過多になる傾向があるので、もしかすると先程からの雑音は彼女のものだったのかもしれない。私は突き付けていた拳銃を仕舞い込み、ぺたりとその場に女の子座りで崩れ落ちたのを機に左腕を解放した。涙目でぷるぷるしながら此方を見上げるオルコットさんの顔に少々ゾクリと来るものがあったが……気のせいだろう。殺し合いのためのスイッチが入りかけて高揚しているだけだろう。恐らく。きっと、多分……。

 

「な、何をするのですか!?」

「ごめんなさい。集中していて気が付きませんでした。……それと、私の背後を取らない方が良いと忠告しておきます」

「貴方は何処の殺し屋ですの?!」

「生憎、銃器は取り得。体術も少々、寝ている間でも倒せますね」

 

 そう冗談を言うように肩を竦める。するとオルコットさんは顔を真っ赤にさせてキーキーと怒り始めた。とても分かり易く扱い易い人で助かる。何せ、私の取り得は銃器を用いた暗殺術。殺人体術も会得していて寝ている間もトランス状態で返り討ちの数は幾多に及ぶ。特に、数年前から右手を見やると赤い血がこびり付いている幻覚を見てしまうくらいに色々と末期だ。

 だが、そんな私がこうして学園生活を送っていて、級友で遊んでしまう程に慣れる事が出来ているのは奇跡に近いのではないかと思う今日この頃だ。むしろ、このようなアクシデントを起こしてしまった時に、ユーモア溢れるダークジョークを言えるようになっている辺りやっぱりあの人の影響が大きいようだ。

 流石にこのまま廊下で騒がせているのも悪い。腰が抜けたのか両腕を振って私に抗議しているオルコットさんの前に膝を付いて、暴れていた手をそっと手に取った。オルコットさんはその行動に驚いているようだが、目が合った瞬間にかぁっと頬を染めてそっぽを向いたので、私の企みは殆ど成功していると言って良い。

 

「誠に申し訳ありませんでした。お嫌で無ければ私が貴方をお部屋へとエスコートしますが」

「へ。え、えっと、その……、お願い致しますわ?」

「喜んで」

「――ッ!?」

 

 あの人が言っていた。面倒な時は優しく手を取り誤魔化しの言葉を吹き込んでから微笑めば万事解決だ、と。効果は覿面のようだ。何故か顔を再び真っ赤にさせて俯いて花の名を呟くオルコットさんが其処に居た。私はそっと彼女の膝を掬い上げ、柔らかく腰に手を回して持ち上げた。ふむ、オルコットさん軽いな。まるで羽毛布団のようだ。

 柑橘系の香水の匂いが仄かに香り、腕の中でやけに大人しくしているオルコットさんへ囁くように部屋の番号を尋ねると、か細い声で返事が返って来た。既に知っている情報であるが、そんなに仲の良い相手でも無いので一応尋ねておく。

 それにしても流石教官。あの人の知識に助かってばかりだ。俯いて此方を見ていないのを良い事に私は小さく笑みを浮かべた。表情を戻して私はオルコットさんを姫抱きしながら一年寮へと行き、同室のティナ・ハミルトンへ借りてきた猫のようなオルコットさんを任せた。ハミルトンさんは私の腕に居るオルコットさんを見て二度見して驚愕した面持ちで居たがどうしたのだろうか。私が鍛えているのは噂で知っているだろうに……、洗濯機ぐらいは生身で余裕に持てるのでオルコットさんぐらいなら軽々だ。

 さて、自動販売機に戻ろうか。

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