世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第79話 二人の争い(後)

そう、いざエントリーするかという話になった時、殿下が突然「リナーリアはスピネルと組むといい」と言い出したのである。

私は最初少しショックを受けた。

もともとは魔術師と騎士で組んで戦うという話がきっかけだった訳だし、殿下は私と組むと言ってくれるのではないかと思っていた。私自身殿下と組んでみたかったのだ。

 

でも私はすぐに気を取り直した。

殿下が私と戦ってみたいのだとしたら、それはとても名誉なことではないか。

そう考えると急に嬉しくなってきた。絶対に殿下の期待に応え、良い試合をしなければならない。

だから私はやる気を漲らせてスピネルの方を見たのだが、スピネルはそれはもうめちゃくちゃ嫌な顔をしていた。

歴史の宿題を目の前に積み重ねられたかのような顔だ。

これにはさすがの私も傷付いた。そこまで嫌がる事ないだろ。

 

「いや、何でだよ。殿下が組めばいいだろ。何で俺が」

「そうすればお前は本気を出すだろう」

「はあ?」

「それに、今の俺ではまだ力不足だ。リナーリアと組むつもりはない」

「…俺はそうは思わないね。殿下がこいつと組むのが一番いい」

「お前だって側についていたいんじゃないのか。その方が安心だろう」

「嫌だよ。こいつのお守りなんてごめんだ」

「大怪我をしてまで庇ったくせにか」

「それとこれとは関係ないだろ!」

 

二人は言い合いを始めた。

最初はまだ冷静だったが、どんどんヒートアップしていく。

何とか止めたかったが、私には二人の言っている事の半分くらいしか理解できなかった。

何故そんなに争っているのかが分からないので、どう口を挟めばいいのかも分からない。

 

 

やがて、このままでは埒が明かないと思ったらしいスピネルが私を見た。

「おい、お前はどっちと組みたいんだよ?殿下だろ?」

「リナーリア、俺とスピネルと、今どちらが君の力を引き出せると思う?正直に言ってくれ」

殿下もまた私を見る。よほどむきになっているのか、珍しく眉がつり上がっている。

 

「……」

私は本気で困ってしまった。

最初は殿下と組みたいと思っていたが、殿下と戦うという選択肢も捨てがたい。

スピネルだってこの学院で一二を争うほどの騎士だと思うし、気心が知れていて信頼できる。組むにしても、相手にして戦うにしても不足はない。

だから正直、どちらと組んでも構わなかったのだが…私は今、どちらからも拒否されているのである。

拒否されている相手と組もうと思えるほど私は図太くない。選びようがない。

言葉に詰まっていると、ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が響いた。

「…少し考えさせてください…」

私は何とかそう答え、ようやくその場から解放された。

 

 

 

「…という訳で。私、二人から押し付け合われてるんです。ものすごいお荷物になった気分です…」

そりゃまあ、巨亀戦では足を骨折してスピネルに庇われたり色々情けない所は見せたけれど。もう少し認めてくれても良いのではないだろうかと、ちょっと悔しくなる。

「いや、それは譲り合ってるんじゃないかと思うけどね…でも、ちょっと不思議かな。二人共、君と組みたいとは思わないのかな」

「私も、少し気になったので今日の放課後お城に行ってみたんです。二人の剣の師匠に尋ねれば何か分かるかと思って」

今日は生徒会もなかったので、授業が終わった後すぐに城へ向かったのだ。

 

城には、二人に剣の指南をしているペントランドという老人がいる。老人と言っても見た目は非常に若々しく、その剣の腕においては国で並ぶ者なしと言われ、剣聖とも呼ばれている。

私も前世では殿下のついでにだが剣を教わった。

ペントランドはお世辞にも才能があるとは言えない私に厳しいが根気強い指導をしてくれ、おかげで前世の私も人並み程度には剣を使えるようになった。

 

「その人に聞いた所、どうもスピネルは教育係から『武芸大会では殿下に花を持たせろ』と言われてるみたいなんです」

「…わざと負けろってことかい?」

「はい…」

前世のスピネルは普通に殿下と戦って勝利していたが、それは上級生だったからだ。

今世では年齢はともかく学年は同級生になっているし、何より従者だ。臣下が主に勝つなどとんでもないと教育係は思っているのだろう。

そう言えばスピネルは武芸大会の話をした時あまり乗り気ではなさそうだった。それはこれが原因だったのだろう。

 

「スピネルはそれに従うつもりみたいですね。殿下とはやろうと思えばいつでも試合できますし、わざわざ大会という場で本気を出す必要はないと思ってるみたいです。…でも、殿下はそれが嫌みたいで」

殿下は物凄く負けず嫌いだが、勝負で手抜きをされるのはもっと嫌いだ。それが大会となったら尚更、正々堂々勝負がしたいのだろう。

この辺り、二人の考え方は正反対だ。

ちなみにペントランドは、別にどちらでも良いと思っているようだ。

「大会の成績などこだわる必要はありませぬ。だが、そういう場での切磋琢磨がきっかけで何かが花開く事もある。お二人の選択に任せます」と内心の読めない表情で言っていた。

底知れない老人だと、前世からずっと思っている。

 

 

「…殿下は多分、スピネルに思いきり戦って欲しいんです。でも彼は頑固ですし、無理矢理従わせる事もできません。それなら、騎士部門ではなくタッグ部門の方で彼に実力を発揮してもらおうと思ったのではないかと」

「ふうん…?ああ、なるほど。君と組めば、スピネル君は手の抜きようがなくなる訳か」

スフェン先輩が少し考えてから言う。

「多分…」

私は大会そのものにこだわりや興味がある訳ではないが、出場するとなったら手を抜くつもりはない。それは対戦相手に失礼だと思うし、確実に優勝を目指す。たとえ殿下が相手でもだ。

そして、私がそうやって真剣に戦えばスピネルも手を抜けなくなる。

抜こうとしても私が許さないし、スピネルの性格ならあれこれ文句を言いつつ結局真面目に戦う事になるだろう。

「あと殿下は、自分はまだ力不足だから私とは組みたくないとも言ってましたけど…」

巨亀戦の時の事をまだ気にしているのだろうか。殿下は真面目な方だからなあ…。

 

 

「ふむふむ、青春だねえ」

スフェン先輩が何やらうなずく。

「しかしスピネル君の方は、王子殿下と君を組ませたい訳だね」

「はい」

スピネル的にはそうすれば全てが丸く収まるし、面倒もないと思っているだろう。

自分はタッグ部門への参加自体しないつもりだろうな。もしかしたら騎士部門にもエントリーしないつもりかも知れない。

彼は面倒だと感じたことはすぐに回避したがる所がある。

 

 

「でも何かもう二人共、ただ意地になってるだけの気がするんですよね…。今まであんまり喧嘩をした事がないと思うので」

いつもなら適当な所でどちらかが折れてるんじゃないかと思う。

殿下は無駄な争いは好まないし、スピネルは普段友人として振る舞っていても、従者として年長者として弁えている。

「引っ込みがつかなくなった訳かい。やれやれ、意外に子供なんだね」

先輩は肩をすくめ、少しぬるくなったオレンジティーに口をつけた。

 

「…もういっそ大会へ出ること自体やめたいと思うんですけど、私は魔術の先生から絶対に出場しろって言われてるんですよね…」

先生に言わせると私は「支援魔術師の希望の星」らしい。その評価自体は嬉しいのだが…。

それに私は今回のタッグ部門の発案者の一人として署名したりもしたので、その当人が参加しないというのはあまり外聞がよろしくない。

 

「殿下は他に組んでくれる人を探して、先にエントリーしてしまおうと考えたようです。でも、今日ヘルビンを誘ってその場で断られたみたいですね」

「……。王子殿下と組めるなんて名誉だろうに…」

弟の名前を聞き、スフェン先輩はちょっと困ったように呟いた。ヘルビンは目立つのが嫌いだからなあ…。

 

「明日からもっと色々声をかけて回るつもりだと思いますけど、皆あまり引き受けたがらないでしょうね」

殿下やスピネルのような一部を除いて、武芸大会は基本的に上級生の独壇場なのだ。1年と3年では技術も体格もまるで違う。だから下級生のうちは出場したがらない者も多い。

殿下を尊敬してるニッケルも、足を引っ張るからと誘いを断ったみたいだしな。

あと、スピネルが睨みをきかせてるのも引き受けにくい理由だろう。

色んな意味で、奴を敵に回したいと思う者はいるまい。

殿下なら待っていればそのうち誰か上級生が誘ってくるんじゃないかとは思うが。

 

 

「一番手っ取り早く、かつ角が立たないのは私が別の人と組んでしまう事かと思うんですけど…」

しかし、私もそんな相手に心当たりはないのである。カーネリア様は、彼女こそスピネルと組みたいと思ってるだろうから誘いにくいし。

いっそアーゲンあたりを誘ってみようかと思う。あいつはまあまあ強いし、私に借りがあるので断るまい。そうでなければヴォルツあたりだろうか。

悩んでいると、スフェン先輩が両手を顎の下で組んで身を乗り出してきた。

「ふふ、リナーリア君、水臭いな。そういう事なら、適役が目の前にいるじゃないか」

先輩の目がきらりと輝く。

 

「…え?でも、スフェン先輩には、他に組みたがっている方がたくさんいるのでは」

凛々しい騎士とそれを手助けするお姫様というのは、物語では定番のシチュエーションの一つだ。そんな情景を思い描き、先輩と共に出場したいと思うファンの女子は多そうな気がする。

「そうだね、確かにそういう子も幾人かいるみたいだ。でもね、リナーリア君。僕は勝利を目指したいんだ」

いつもの芝居がかった表情ではなく、強い意志の宿る真剣な表情になって先輩は私を見つめた。

「…僕はこの大会で、はっきりとした成績を残したい。そのために君の力が必要だ」

 

 

予想外に切実な声音に少し驚いた私に、先輩は言葉を続ける。

「前から君の実力には一目置いていたんだよ。放課後たまに、王子殿下やスピネル君と模擬試合をしていただろう?僕が実際に見たのは数回だけど、他の生徒からも話を聞いているよ」

「…ええ」

模擬試合は、だいたい殿下やスピネルの友人の適当な生徒を呼んでやっていた。概ね私がいる側の勝率が高かったと思う。

ちょっとずつギャラリーが増えているなとは思っていたが、私が考えている以上に注目されていたのだろうか。

「それに君は討伐訓練で中級の魔獣を倒したり、先日は大型魔獣との戦闘にも加わったんだろう?王家から感謝状が送られたと聞いたよ」

もうそんな話が広がっているのか。貴族って本当噂好きだよな…。

 

「今日君を呼んだのも、本当はその話をしたかったからなんだ。既に君に組みたい相手がいるのなら仕方ないと思っていたけれど、そういう事情なら願ってもない。きっとあの二人も、僕ならば安心だろうしね」

「安心?」

「ああ。僕が君の窮地を救う騎士となろう」

先輩は椅子から立ち上がると、きりっとポーズを付けて私の方へと手を差し出した。

「…僕と組んでくれたまえ、リナーリア君!!」

 

…これは、私にとっても願ってもない選択だ。

普段から親しくしている先輩なら、私もきっとやりやすい。

それに先輩は剣の腕が立つ。戦いを見た事はないが、騎士課程の女子の中で成績は常にトップのはずだ。力を合わせれば、上位を狙うことだって十分可能だろう。

だが何より、私が必要だと言ってくれた先輩の言葉が嬉しかった。

そんな風に期待されたら、応えたくなってしまうではないか。

 

「…ありがとうございます、スフェン先輩」

私も立ち上がり、その手を取る。初めて胸の内を明かした時のように、がっちりと握手をした。

「私たちで、大会を勝ちましょう!!」

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