世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
エントリーをしたその日の放課後、私は早速練習をするべくスフェン先輩と校門で待ち合わせをしていた。
急いで校門に向かうと、そこには既にスフェン先輩がいた。さらにシリンダ様とエレクトラム様もいて、背後には馬車が停まっている。
エレクトラム様はシリンダ様と並んで、スフェン先輩ファンクラブのツートップと言える方だ。
金鉱山を持つ非常に裕福な侯爵家の娘で、ボリュームたっぷりのゴージャスな金髪が目立つご令嬢である。
私に対しては少々当たりが強い方なのだが、先輩以外には誰が相手でもそんな調子っぽいので単にそういう性格なのかも知れない。
「皆様すみません、お待たせしました。生徒会室に寄っていたもので…」
「大丈夫、そんなに待っていないよ。君は生徒会役員でもあるんだから仕方ない」
先輩はいつもの爽やかな笑顔だ。シリンダ様は優しく微笑み、エレクトラム様は「ふんっ」という感じでつんと顎を上げた。
「それで、一体どこで練習を?」
「それについては、道すがら説明しよう。まずは乗ってくれたまえ」
行き先はエレクトラム様の家で所有している訓練場だった。大会までの間ずっと使わせてくれるらしい。
そんなに長期間借りて良いのかと尋ねたら、結構広い場所なので一部だけなら問題ないそうだ。
いくら裕福でも一貴族がそんなに広い訓練場を持っているものかとも疑問に思ったが、普段は他の貴族家に貸し出していて、それで収入を得たりもしているという。裕福なのは鉱山のおかげだけではないらしい。
「貴女はスフェン様がパートナーに選んだ人なのよ。その事に誇りを持ってしっかり訓練して頂戴!無様な姿を見せたりしたら許さなくってよ!」
エレクトラム様は絵に描いたような高飛車ぶりで言い放った。
もしかして彼女は自分がスフェン先輩と組みたかったのかな…と思ったが、迂闊なことを言って怒らせたらまずいので、私はただ「はい!」と言うだけに留めておいた。
訓練の際には他の先輩ファンの方々が、自分の家の護衛騎士や魔術師を練習相手として呼んでくれる予定だという。
それならばかなり実戦的な練習ができる。とてもありがたい。
「その辺りのスケジュール調整は私がやるわ。後で良いから、用事があったり予定が決まっている日を教えてね。大まかなスケジュール表を作って渡すわ。急な用事ができた時も、私に連絡してくれれば大丈夫よ」
そう言ってくれたのはシリンダ様だ。彼女は普段から先輩とファンの子達との交流会などの日程を管理していて、そういうのは得意らしい。
「ありがとうございます…!」
予定時間に合わせて送迎の馬車も用意してくれるそうで、なんとも至れり尽くせりである。
これなら大会まで、余計なことは考えず訓練だけに集中する事ができるだろう。
先輩の顔の広さすごい…。人脈を持つことの大事さを改めて思い知らされた。
「ただ、きっとファンの子達が練習の見学に来たがるだろうから、それは許してね」
シリンダ様が少し申し訳無さそうに言う。
「大丈夫です。むしろ、本番で緊張しないための良い訓練になると思います」
人目は苦手だが、大会ではもっとたくさんの観客の前で戦うことになるのだ。慣れておいた方がいいだろう。
「その意気だよ、リナーリア君」
「スフェン様に恥をかかせないよう、しっかりと励むことね!」
「は、はい!」
エレクトラム様は厳しい口調でちょっと怖いが、一応激励してくれているようだ。
わざわざ練習場所を提供してくれている彼女のためにも頑張らなければ。
ほどなくして、訓練場に着いた。
休憩や着替えをしたり用具を置いたりするための建物が併設された、立派な訓練場だ。簡単な闘技場もある。
管理人には治癒魔術を使える者を雇っているし、近くには診療所もあるので怪我をした時も安心だという。さすが貴族相手に貸し出しているだけあってしっかりとしている。
更衣室で運動着に着替え、屋外の訓練場に出る。
尋ねると、スフェン先輩も支援魔術師と二人で組む経験はほとんどないらしい。
「私は後方から騎士の動きに合わせて魔術を使っていくのが基本です。敵の魔術への防御はお任せください。その他、牽制や撹乱などが中心になりますが、攻撃魔術も使います」
「うん」
「でも、まずはスフェン先輩の剣さばきや動きの癖などを知りたいです。先輩の試合を見せていただいても良いですか?」
「もちろん良いとも。君はまだ足が完治していないしね、そこで見ていてくれたまえ」
という訳で、まずは先輩がエレクトラム様の家の護衛騎士と練習試合をする事になった。
何試合か見て、先輩がどういう騎士なのかはだいたい分かった。
先輩は幻惑の魔術を得意とする、やや魔術寄りの騎士だ。
幻術に合わせて自分自身も大きく動き回る事で相手を撹乱し、隙ができた所で一気に畳み掛ける。
「どうだったかな、僕の戦いは」
ベンチで私の隣に座った先輩が、汗を拭きながら私に尋ねる。
「とても素晴らしかったです。技術の高さはもちろん、不利な状況でも臆する事がないのはさすがです。…先輩の剣は、ツァボラ流ですか?」
「…すごいね。知っているのかい」
「ええ。それほど詳しい訳ではありませんが、以前目にする機会があったので」
ツァボラ流は、剣術の中ではかなりマイナーな流派だ。敵を惑わすトリッキーで素早い動きと幻術を合わせた技が特徴で、身が軽く魔術も得意な者でなければ使いこなすのは難しい。
汎用性が低く使用者は非常に少ないが、私は前世で殿下の従者として色々な騎士たちの訓練を見学する機会が多かった。その中には、このツァボラ流を修めている者も幾人かいたのだ。
「…昔、実家のゲータイト領にこの流派の使い手がいてね。ほんの2年ほどだけど指導してもらったんだ。その後は独学だから、我流もちょっと入ってるんだけど」
「なるほど」
少々癖が強い感じがするのはそのせいかな。
しかし、独学でここまでやれるのは本当にすごいと思う。大人の騎士相手にも堂々と立ち回っていた。並大抵の努力ではないだろう。
「知っているのなら、僕の弱点ももう分かってしまったかな?」
「…そうですね。最も顕著な弱点は、先手を取れず守勢に回った時の脆さ。先程も言った通り、技術の高さや精神力で補っていますが、相手が格上であった場合は相当苦戦を強いられるでしょう」
「なんですって!?」
横で聞いていたエレクトラム様が憤慨したような声を上げる。
「ですが」と私は言葉を続けた。
「逆に、先輩が得意なパターンに持ち込んだ時の攻撃力は目を瞠るものがあります。その時には、格上であろうと一気に倒せる可能性がある」
そう、ツァボラ流は見破られた時には脆いが、逆に上手くハマった時は素早い連撃で高い威力を発揮する。
勝つ時は派手に勝ち、負ける時は大きく負けるという、何とも先輩らしいスタイルの流派なのだ。
「…そして、私がいれば先輩の弱点をカバーすることができます。そのための支援魔術師ですから」
弱点が明確であるなら、その分カバーはしやすいとも言える。色々工夫は必要になるだろうが、そういうのは嫌いじゃない。
「…やはり君をパートナーに選んで良かった」
先輩は深くうなずいた。エレクトラム様はまだ少し不満そうだが、口を挟むつもりはないようだ。シリンダ様はずっと微笑んで見守っている。
「僕の方でも、君の力を十全に引き出せるように努力するよ。僕とリナーリア君…そして、サポートをしてくれる君たち…皆で力を合わせ、高みを目指して行こうじゃないか!」
やる気満々のスフェン先輩に見回され、エレクトラム様とシリンダ様も嬉しそうな顔をした。
私もまた、やる気を込めて拳を握りしめる。
「…はい!頑張りましょう!」