世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第82話 謎の参加者(前)

武芸大会へのエントリーが締め切られてから数日たった、ある日の休み時間。

やけに周囲が騒がしい事に私は首をひねっていた。一体何の騒ぎだろう。

色々な生徒の名前があちこちから聞こえてくるが、詳細がわからない。

とりあえず次の授業の準備をしながらあたりの様子をうかがっていると、クラスメイトのペタラ様が近付いてきた。

「リナーリア様。武芸大会にエントリーした者の名前が発表されたようですよ」

「えっ、そうなんですか?」

参加者一覧の表は、学院のエントランスに貼り出される。どうりで皆騒いでいるはずだ。

「もうすぐ授業が始まりますわ。次は昼休みですから、その時一緒に見に行きましょう」

「はい!ありがとうございます!」

ペタラ様自身は武芸大会に参加しないが、私のことを応援してくれている。ありがたい申し出に、私は笑ってうなずいた。

 

 

昼休みになってすぐ、私はエントランスに貼られた参加者表を見に行った。しかし、人だかりが多くて全く表が見えない。

まだ参加者が発表されただけだと言うのに、今年は新部門もあるから皆興味津々のようだ。

一生懸命背伸びをしていると、横から声をかけられた。

「やあ、リナーリア」

「アーゲン様」

黒髪に、理知的な微笑み。アーゲンもまた参加者表を見に来ていたらしい。

「表が見たいんだろう?こっちにおいで」

「あ、はい…」

ペタラ様の方を見ると「どうぞ」という感じに微笑まれたので、アーゲンに手を引かれて前へと進んだ。

押しのけられた生徒がややムッとした表情で振り返ったが、アーゲンの顔を見て素直に道を譲った。さすが公爵家の嫡男だ。

 

 

人混みをかき分け一番前に出て、ようやく表を見ることができた。

最初に目に入ったのは騎士部門のものだ。殿下の名前はあるが、スピネルの名前はない。

やはり一年生で参加する者は少ないようで、ほぼ2、3年の名前が並んでいる。

魔術部門はまあいい。親しい者で参加しそうな者はいないし興味もない。

問題のタッグ部門を見ていく。

新設部門の割に参加者は多いようだ。他部門と重複でエントリーできるからだろうか。

私とスフェン先輩の名前は上の方にあったのですぐ見つけられる。

エンスタットは隣のクラスの魔術師の生徒と組むようだ。

上手く私と試合で当たるといいな。戦う約束をしておいて、実際には当たらずに終わったらちょっと困る。彼には悪いがきちんと叩きのめしてあげたい。

 

…あれ、ティロライトお兄様とヴォルツの名前があるぞ?お兄様はこういうの苦手なのにどうしたんだろう。

あ、アーゲンとストレングの名前もある。

思わずアーゲンの顔を見上げると、アーゲンは少しだけ苦笑した。

「君に勝てば君と交際できると聞いたからね。厳しい戦いになりそうだけど、参加しない訳にはいかないだろう」

確かにアーゲンとストレングは1年にしては十分に強いが、上級生や殿下とスピネル相手に勝てるかと言ったら難しいだろう。

しかしこいつ、本当に私と交際したいのか…。今更なんだが、正直困る。

 

そのままトーナメント表に目を走らせて、私はぎくりと動きを止めた。

…フロライア・モリブデンの名前がある。まさか彼女が参加するとは。…いや、それでは、まさか。

パートナーの名前はビスマス・ゲーレン。知らない名前だ。貴族、特に同年代の名前は完全に頭に入っているはずなのに知らない。

「リナーリア?どうかしたのかい?」

「…あの、アーゲン様はビスマス・ゲーレンという生徒をご存知ですか?」

「うん?…知らないな」

アーゲンは首を傾げて参加者表を眺め、そこで私と同じようにビスマスの名前を見つけたらしい。

「ああ、フロライア嬢のパートナーか。誰だろうね。上級生にしても聞いた事がない。少し気になるね」

アーゲンも知らないらしい。一体何者なのか。

指先が冷たい。

手のひらにじわりと汗をかいているのを自覚しながら、ペタラ様と共にエントランスを後にした。

 

 

 

その日の放課後、私は生徒会室に来ていた。

もちろん役員としての活動のためだが、目的は別にある。仕事が一段落したところで、私は生徒名簿を手に取りぱらぱらとめくった。

ややあって、目当ての名前を見つける。

ビスマス・ゲーレンは2年生だった。騎士課程の男子生徒。だがやはり、こんな家名の貴族はいなかったはずだ。

近くにいたジェイド会長に尋ねてみる。

「あの、会長はこの生徒についてご存知ですか?」

会長は眼鏡の位置をくいっと直すと、私が指差した名前をじっと見る。

「…確か平民の出身だな。モリブデン家で支援をして入学した生徒のはずだ。成績は悪くないが、特に目立った所はなかったと思う」

 

やはり、ビスマスはフロライア様の関係者のようだ。

貴族が特に目をかけている若者を学院に入れる事はたまにある。将来的に、自領の騎士や魔術師として働かせたいという考えからだ。

我が家で支援をしているヴォルツなどもそれに近い。

「彼がどうかしたのか」

「いえ、武芸大会のトーナメント表で名前を見かけたのですが、知らない家名だったもので。一体どういう方なのかと気になってしまって」

「ああ、なるほど」

ジェイド会長はうなずいた。

「君はタッグ部門の発案者の一人として出場するんだったな。てっきり王子殿下と一緒に出るものと思っていたが…。何にせよ、お互い頑張ろう」

そう言えば、ジェイド会長もタッグ部門に出るのだ。私と当たる可能性だってある。相当手強い相手なのは間違いない。

「はい。どうぞよろしくお願いします」

 

 

笑顔でジェイド会長に答えつつ、私はフロライア様とビスマスという生徒のことで頭がいっぱいだった。

…油断していた。

もし、彼女たちが殿下とスピネルの組と当たったら。

武芸大会は、外部からの干渉を完全に防ぐ結界に、一切傷がつかず血が流れないという制約の魔術結界を重ねて張られた闘技場で行われる。

だがこの制約の結界は、あくまで流血や火傷などの表層上の怪我を防ぐものだ。衝撃も大半が軽減されはするが完全には防げない。

打撲や骨折はたまにあるし、内臓へのダメージも多少通ってしまう。全く危険がないとは言えない。

それに、1対1で戦う騎士や魔術師の部門とは違い、タッグ部門は2対2だ。結界への負担は比較にならないほど大きくなる。手練の魔術師が数人いれば、結界を破る事もできるのではないか。

タッグ部門は今年新設されたばかりで、教師など運営側も全員が初めての開催となりノウハウはない。

想定外の出来事が起こった場合、どれだけ対処できるだろう。

 

もしも試合中に結界が破られれば、殿下はその時、武器を持った相手と間近で対峙する事になる。

スピネルも一緒とは言え、2対2でしかも相手の手の内が分からないのだ。

武芸大会への規定外の武器や魔導具の持ち込みは禁止だが、くぐり抜ける方法がないとは言い切れない。本気で殿下の暗殺を企んでいるなら、なにか暗器を持ち込んだりするかもしれない。

いくら二人が強くとも、そんな状況になった場合果たして無事でいられるだろうか。

衆人環視の中で暗殺など行えば犯人は確実に破滅するだろうが、それを覚悟でやるとすれば。

 

…可能性を挙げていけばきりがない。

それでも、必ず殿下を守らなければ。

そのための手段を、私は必死に考えていた。

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