世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第84話 演目

「では、芸術発表会での出し物を決めます」

クラス委員のスパーが、黒板の前に立ってクラスの皆へと呼びかけた。

もうそんな時期か。武芸大会の事ですっかり忘れていた。

 

芸術発表会は7月の下旬頃に催される行事だ。

各クラスごとにテーマを決め、詩や音楽などを発表する。

発表時間は40分以内と短いため、合唱や合奏、ダンスを選ぶクラスが大半だが、中には頑張って劇を演じるクラスもある。特に3年生は思い出作りの意味も込めて結構凝った事をやる場合が多い。

終了後には生徒や保護者によって投票が行われ、1位になったクラスは表彰される。さらに男女一人ずつ最優秀演者が決められたりもする。

どのクラスもだいたい武芸大会が終わった頃から練習を始めるが、ものによっては準備に時間がかかる。演目は早めに決めておかなければならない。

そのすぐ後には卒業式もあるので立て続けに大きな行事が多いが、貴族が王都にいるのは春から初秋の間なので、保護者が見学したがるような行事はどうしても時期が偏ってしまうのである。

 

 

「はい!演劇が良いと思います!」

アフラという名前の女子が元気よく手を挙げてそう言ったが、隣の席のクリードが「えー」と不満げな声を出した。

「演劇はめんどくさくね?衣装とか小物とか用意が大変だし、練習に時間かかるし、劇に出る奴だけ目立ってずるいじゃん。頑張ったってどうせ3年には勝てないしさ」

クリードには3つか4つ上の兄がいたはずなので、発表会の準備の大変さを聞いているのだろう。

ダンスや合唱なら身一つでいいし合奏も楽器を持ち寄るだけで済むが、演劇は用意するものが多いから格段に面倒なのだ。

劇に出演する者と裏方とで負担に差が出る所も、のちのち不満の元になりやすい。

 

「い、衣装なら私たちが作るもの!」

アフラ様が言い返す。確か彼女は裁縫が得意だったはずなので、演劇用の衣装を作ってみたいんだろうな。同じように、衣装作りに興味があるらしい女子が数人うなずいている。

「俺は合唱が良いと思います」

別の男子がそう言って手を挙げた。まあ無難な選択肢だな。私も賛成だ。

 

 

前世の3年間の学校行事の思い出の中でも、この発表会の思い出はとびきりろくでもない。

1、2年の時は普通に合唱だの合奏をやって平和に終わったが、3年の時にやった演劇が酷かった。

発表時間の短さを解消するため隣のクラスと合同で演劇をやる事になったのだが、ある女子が「配役を男女逆にしたい」と言い出したのだ。つまり男役を女子がやって、女役を男子がやると言うのである。

その前年にスフェン先輩が男役をやった演劇にいたく感銘を受けたかららしいが、その案に賛成する女子がやたら多く、そういうのも面白いかもしれないとその場のノリで何となく採用されてしまった。

 

しかし女子が男装をするのはともかく、男子が女装をするのはゲテモノ臭が強い。いかがなものかと思っていたら、賛成多数で私がお姫様役に決まった。

本当に酷いと思う。そりゃあ筋骨たくましい騎士課程の生徒よりは向いていただろうが、あまりに酷い。

私は当然断固として拒否したが、殿下は「まあいいんじゃないか」と言うし、ヘルビンが「お前が引き受けないなら殿下にやってもらう」と言い出したので、断腸の思いで引き受けざるを得なかった。

殿下にそのような恥をかかせる訳にはいかない。

王子様役には隣のクラスだったカーネリア様が決定して、今思えば前世のカーネリア様と一番多く会話したのはこの時だったと思う。

今世の彼女と同じく、いつでもきっぱりと自分の意見を述べる、気持ちの良い方だった。彼女が殿下に一切興味がないのが実に残念だった。

なお、その時「王子様役が殿下だったら完璧だったのに…」という女子の声がちょっと聞こえたのだが、今世でリチア様のような同性愛ネタ好きの人に会ってようやく意味が分かった。

分かりたくなかった…。

 

当日、女子が物凄く気合いを入れて化粧や着付けをしてくれた私のお姫様役は意味不明なほど完成度が高く無駄に好評だった。

劇自体は成功に終わり、表彰もされ、そこまではまあ良かったのだが、面白がって女子の最優秀演者に私の名前を書いて投票した生徒が結構いたらしいのが今思い出しても腹が立つ。ふざけんな。

芸術発表会が卒業間近の時期で本当に良かった。

危うく全校生徒に「王子の従者」ではなく「王子の(女装が似合う)従者」と認識されたまま学校生活を送る羽目になるところだった。そんなの絶対耐えられない。

 

 

…だがまあ、今世ではそんな大恥をかかされることはあるまい。

だから安心して見守っていたのだが、どうも演劇と合唱で意見が割れているようだ。

「それじゃあ、連作歌曲を使って演劇仕立ての合唱にしたらどうかな」

手を挙げてそう言ったのはセムセイだ。

「皆で曲の内容に合わせた衣装を着て歌えば、見栄えもいいと思うよ」

 

連作歌曲とは、数曲合わせてストーリーが作られる歌曲集だ。有名な英雄譚や童話を下敷きにした物が多い。

魔剣を持って魔獣退治に行く英雄のものなどが特に有名で、これの場合は旅立ちの歌、仲間との出会いの歌、冒険の歌などの合計10曲の連作になっている。

セムセイの案は、全員で衣装を着て、曲と曲の間に短いナレーションを入れつつ、簡単な身振り手振りを交えた合唱をするというものだ。

さすがに10曲は発表会には長すぎて無理だが、4~5曲程度で終わるものを選べばちょうどいいだろう。

小物や背景は使わない。演劇と違って脚本がないから台詞などを覚える必要もない。

衣装はやる気がある者に任せるとして、あとの者は合唱と伴奏の練習だけすればいい。

折衷案としては良いのではないだろうか。

 

 

多数決の結果、セムセイの案が採用されることになった。

そして有名な連作歌曲のうち、合唱曲としても親しまれている曲が4曲ある「旅人と山の獣たち」が丁度いいのではないかという話になった。

大まかなストーリーはこうだ。

山に入った旅人が、狼に襲われて怪我をした一匹のウサギを助ける。

その後、旅人が道に迷っていると、助けたウサギが現れて旅人を山の動物たちが集う宴に招待する。

宴で旅人はウサギを食べそこねた狼に挑まれ勝負をする事になるが、旅人はその勝負に勝ち、動物たちと歌や踊りを楽しむ。

翌朝目を覚ました旅人は不思議な夢を見たと思いつつ山を降りるが、そこにまたウサギが現れ旅人に一輪の花を渡す。

それを見て旅人は昨夜の宴が夢ではなかったと知り、ウサギに感謝を述べながら旅立っていく。

 

これは同名の童話を元にしたものだが、童話の方だと宴で食べた料理が旅人に感謝の意を示したいと願ったウサギの肉だったり、あるいは女性に変身したウサギと旅人が一緒に山を降りて夫婦になって終わったりと色んなバリエーションがある。

夫婦になるのはともかく、食べてしまうやつはわりとひどい話の気がする。せっかく助けたウサギを知らない内に食べさせられてるのは嫌すぎないだろうか…。

 

 

しかしそこでまた問題が持ち上がった。

「動物役と言ったら着ぐるみでしょ?被り物をしたまま合唱は辛くない?作るのも難しいし…」

アフラ様が言う通り、演劇で動物役と言えば着ぐるみを着るものだ。

頭には動物の顔を模した被り物をかぶることになる。劇ならそれで良いだろうが、今回は歌がメインなのでやりにくい。

それに、被り物は衣装とは違い裁縫では作れないだろうと思う。具体的にどうやって作るのかは知らないが、人数分作るのは大変そうだ。クラスごとに割り当てられている予算だって限られているし。

「うーん…じゃあやっぱり別の歌曲にした方が良いかな」

スパーがそう言うが、皆困ったように顔を見合わせる。

「でも合唱がたくさんある連作歌曲ってそんなにないぞ?」

「それもそうか…」

 

「…別に着ぐるみじゃなくても動物役はできるんじゃないか?」

皆がどうしたものかと思っていた時、殿下が口を開いた。

「頭全部を覆う被り物でなくとも、ウサギの耳とか、狼の尻尾とか、そういうものを着けておけば動物だと示すことはできると思うが」

「耳とか尻尾だけ?それなら確かに作るのは楽そうだけど」

クリードが首をひねると、アフラ様が少し考え込んだ。

「…そうだわ。ワンピースやチュニックに尻尾を着けるのは可愛いかも…」

「確かに」

他の女子もうなずく。

「耳もカチューシャに付けて頭に乗せれば可愛いんじゃないかしら?」

「それよ!それだわ!」

何やらアイディアを閃いたらしく、一部でやたら盛り上がっていた。

問題は解消されたらしいが、どんな感じになるのか私にはいまいち想像ができない。

 

 

その後は配役を決めることになった。

主役の旅人、敵役の狼、それからウサギを決め、残りの生徒は自分の好きな動物をやる。

旅人役には殿下が推薦され、賛成多数ですぐに決まった。まあ当然かな。

宴で勝負をする狼役も、当然という感じでスピネルに票が集まって決定した。

それから旅人が助けるウサギ、これは女声パートだから女子がやらなければならない。

「ウサギ役をやりたい人いますか?」

立候補者がいないか、スパーがクラスに呼びかける。

 

私は正直言って絶対にやりたくない。何しろ旅人とウサギにはそれぞれ独唱部分があるのだ。

歌は苦手ではないが、人に注目されるのは苦手だ。合唱なら良いが独唱はあまりに辛い。

しかし、このままではウサギ役はフロライア様に決まってしまうのではないだろうか。

彼女がとても歌が上手い事はクラスの皆が知っている。彫りの深い顔立ちの美人で舞台映えもする。

妥当な配役だろうと思いつつ、しかし彼女を殿下に近付けさせたくない。

芸術発表会だろうと、危険がないと何故言えるだろう。武芸大会の事だって気になるのだ。

 

…しっかりと警戒しなければ。殿下のために。

私は意を決して挙手をした。

 

「あ、ああの、わ、私がウサギを、や、やりたい、です…」

盛大にどもってしまった上に語尾が小さくなってしまった。

顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。死ぬほど恥ずかしい。

クラス中の視線が集まって内心涙目だった。殿下とスピネルも意外そうな顔でちょっと驚いている。

ちくしょう。本当にやりたくない。しかし殿下のためなのだ。

 

スパーは少し瞬きをしてからクラスに呼びかけた。

「えっと、リナーリアさんが良いと思う人」

「はい」

「はい!」

…意外なことに満場一致だった。あっさりと私がウサギ役に決定する。

なんだかやけに微笑ましい顔で見られているのが物凄く気になる。恥ずかしい。くそう。

「あ、ありがとうございます。頑張ります…」

なんとかそう言うので精一杯だった。

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