世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第87話 武芸大会・2

《エンスタット君の戦い方は面白かったね。魔術師は防御も魔術に頼りがちだが、あのように盾を使って戦うというのもありだろう。剣を受けながら魔術の用意もする精神力が必要になるが》

《さすがに騎士の相手は辛そうに見えましたが…》

《そこはスフェンさんの技量を褒めるべきかな。彼を着実に追い詰めていた。最後の連撃も見事だったね。アダム君が倒されていた以上勝敗がつくのは時間の問題ではあったけど、リナーリアさんと協力して2対1の状況を作るのではなく、あえて止めを刺しに行ったのはエンスタット君の戦術への敬意を表してかな》

 

レグランドたちによる解説を聞きながら、私と先輩は闘技場を降りた。

出場者専用の観戦席へと向かい歩きながら、お互い勝利を喜び合う。

「やりましたね、先輩!」

「うん、上手く行ったね!…でも、今回は組み合わせに恵まれたかな。君がいるお陰で僕は攻撃に専念できるから、魔術師相手は有利だった」

「エンスタット様は盾を持っていましたし、魔術師と言っても守りが堅かったです。あれほど早く倒せたのは先輩の実力ですよ」

彼の戦い方は、私も勉強になったな。盾は動きを妨げるため魔術師で持とうとする者は滅多にいないが、ちゃんと鍛えた上で扱えば十分に有用なようだ。

「ありがとう、リナーリア君。2回戦も頑張ろう!」

「はい!」

 

 

この後はゆっくりと観戦できるなと思いながら観戦席に足を踏み入れると、お兄様が手を振っているのが目に入った。パートナーのヴォルツも一緒だ。

「お疲れ様、リナーリア」

「勝利おめでとうございます」

笑顔のお兄様といつもの仏頂面のヴォルツに迎えられ、私と先輩は「ありがとうございます」と言いながらすぐ横の席に座った。

「勝ってくれて本当に良かった…。これで僕も肩の荷が降りたよ…」

ティロライトお兄様が心底ほっとしたように言い、私は「あはは」と作り笑いを浮かべた。

お兄様たちが出場するのは私とエンスタットの件のせいではないかと思っていたが、やはりそうだったらしい。

 

「笑い事じゃないよ…ヴォルツは絶対出るって言うし、兄上も必ず出ろって笑顔で脅すしさあ。王子殿下もいるんだから、僕が出る幕なんてないって言ったんだけど…」

「え?ヴォルツが?」

ちょっと驚いて訊き返すと、お兄様は目を丸くした。

「あれ?聞いてないの?ヴォルツとコーネルが二人して練習を見に行った事あったよね?」

「あ、はい、それはありましたけど」

「ヴォルツ先輩には僕たちの練習相手として試合をしてもらいました。とても素晴らしい腕前で、良い訓練になりましたが…」

横のスフェン先輩も口添えをする。

先輩の言う通り、ヴォルツに「訓練を見に行かせて頂いてもよろしいですか」と言われ、練習に来てもらい手合わせをした事があった。

コーネルも一度練習を見ておきたいと言うので、その時一緒に来てもらったのだが。

「…それだけ?」

「はい」

それ以上のことは何も言われていない。

 

それを聞いたお兄様は呆れ顔でヴォルツを見た。

「ヴォルツ…あんまりこの子を甘やかさないでよ。兄上の胃に穴が空いちゃうよ」

「申し訳ありません」

「ど、どういうことですか?」

尋ねる私に、お兄様はため息混じりに説明してくれた。

「ヴォルツとコーネルはね、父上と母上に頼んでいたんだよ。お前は本当に真剣に武芸大会に取り組んでるから、叱るのは大会が終わってからにしてやって欲しいって」

「え!?」

「大体、これだけ注目されてるのにエンスタット君の事が父上や母上の耳に入らない訳ないじゃないか。大会で勝ったら交際するだなんて…。今まで屋敷に呼び出されなかったのは、ヴォルツとコーネルのおかげだよ」

 

「……」

私は絶句してしまった。

コーネルにはエンスタットの件を「父と母には適当に言って誤魔化しておいて欲しい」と頼んでおいたのだが、まさかヴォルツを巻き込んでそんな事をしていたなんて。

「訓練で手合わせをして、お嬢様方なら問題ないと判断致しましたので」

ヴォルツは仏頂面のままで言う。

「そ、そうだったんですね…」

「しかも、いざって時はヴォルツ自身が体を張って何とかするって言ってさ。お陰で僕まで大会に出る羽目になっちゃったんだけど」

「はい。その時はエンスタット殿を血祭りに上げてでも止めるつもりでした」

さらりと物騒な事を言うヴォルツ。

私の手でエンスタットを倒せて良かった…。ちょっと冷や汗をかいてしまう。

「…あの、本当にすみません。有難うございました…」

頭を下げる私に、ヴォルツは「いいえ」とだけ言った。その表情は、やはり変わらない。

コーネルにもお礼を言っておかなければな。

 

「…リナーリア君の家にそんな心配をかけていたとは思いませんでした。申し訳ありません」

先輩が眉を曇らせてそう言い、私は少し慌ててしまった。

先輩は優しいし周りをよく見ている人だけど、自分自身が実家とは疎遠なので、私の両親の事にまで考えが及ばなくても仕方ない。そもそも私がそこに考え至っていなかったし…。

「先輩は悪くありませんよ!」

「そ、そうだよ。君は悪くないよ」

ティロライトお兄様も慌てて言い繕う。

「君の剣の腕はヴォルツのお墨付きだよ。さっきの試合も見事だったし。…リナーリアは考えなしな所がある子だけど、これからも妹をよろしくお願いしたいな」

笑ってそう言うお兄様に、スフェン先輩もまた顔を綻ばせた。

「…はい。もちろんです」

 

 

そうこうしている間に、1回戦の第2試合は始まっていた。

2回戦ではこの試合の勝者と私たちが当たるのだから、ちゃんと見ておかなければ。

ちなみに、ティロライトお兄様とヴォルツの組の試合は1回戦の最後から2番めだ。相手はアーゲンとストレングである。

これはアーゲンたちも運がなかったなと思う。せめて2年生と当たっていればまだ勝ち目はあったのに…。

ティロライトお兄様は普段はのんびりしたお調子者だが、魔術師としての腕は確かだ。

私と同じく防御や支援系の水魔術が得意で、その分攻撃は苦手だが、そこは組んでいるヴォルツがしっかりカバーできる。

私も訓練の時にヴォルツと戦って初めて知ったのだが、ヴォルツは私が思っていたよりはるかに強い騎士だった。

彼を支援しようと決めたお父様の目は確かだったと、思わず見直してしまったほどだ。

 

 

2試合目が終わった所で、殿下とスピネルがやって来た。

私達が話し込んでいたから、一段落付くまで待ってから声をかけてくれたのかな?

なお、この二人の試合は1回戦最後の予定だ。

「リナーリア、2回戦進出おめでとう」

「ありがとうございます」

私や先輩と共にお兄様やヴォルツも頭を下げる。

 

「君が無事に勝利できて安心した」

勝利を祝ってくれる殿下の横で、スピネルもまたうなずく。

「良かったな。もし負けてたらお前は危うく筋肉女神にされる所だった…」

真面目くさった顔でそう言って、それから横を向いて「ブッ」と噴き出した。

「なんですか貴方は?武芸大会に黒焦げの姿で出場したいならお手伝いしますけど?」

思わず額に青筋を立てる私と、ひたすら笑っているスピネルに、殿下が少し苦笑いをする。

「君たちが思ったよりも強かったから、スピネルは安心しているんだ」

「うっせえ!」

なお、筋肉女神についてはエンスタットに食い下がられてしまったため、先輩の提案で「そう呼ぶのは心の中でだけにする」という事でお互いに妥協した。

本当は心の中でだろうと絶対呼んで欲しくないんだが…。

 

「ふうん?ずいぶんと余裕だね、スピネル君」

話を聞いていたスフェン先輩が片眉を上げる。

「そうですよ。人のことにかまけて、油断していたら足元を掬われますからね」

「分かってるよ」

スピネルが笑いを収め、ちょっと真面目な顔になって言う。

私は殿下とスピネルに、隣のお兄様たちを指し示した。

「2回戦に勝ち上がれたら、その時相手をするのはこちらのティロライトお兄様とヴォルツです。言っておきますが、とても強いですよ」

 

「り、リナーリア…」

お兄様は冷や汗をかいているようだが、私はその手をがっちりと掴んだ。

「頑張ってください、お兄様!」

「リナーリア…王子殿下より僕を応援してくれるのかい?」

「当たり前ではないですか!ヴォルツも、きっと勝ってくださいね!!」

力強く励ますと、お兄様は嬉しそうに「うん!」と笑い、ヴォルツもまた「無論です」と頷いた。

殿下たちにも頑張って欲しいが、ここはやはりお兄様たちに勝って欲しいと思う。

彼女と殿下を戦わせないためでもあるが、お兄様たち二人には勝利の名誉を味わって欲しい。

二人は私のために出場してくれたそうだし、そういう意味ではもう目的を果たしていると言えるのだろうが、それでも勝つ事は喜ばしい事のはず。

私のわがままかも知れないが、二人には出場して良かったとそう思って欲しいのだ。

 

「対戦となった時はどうぞよろしくお願いします。まずは1回戦、お互いに頑張りましょう」

殿下は真面目な顔でお兄様たちにそう告げ、元いた席へと戻って行った。

スピネルもまた「よろしくお願いします」とお兄様たちに頭を下げてその後に続いた。

これは結構面白い試合になるかもしれないな。

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