世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第89話 武芸大会・4

観戦席に戻ると、お兄様にも「大丈夫かい?」と言われてしまった。

やはり先程の私の態度は不審に見えていたらしい。

でも、なんとか誤魔化せたようだ。吐き気や胸の痛みも治まっている。

…殿下のおかげだ。心配をかけてしまったようで申し訳ないけれど。

 

 

そのまま試合を観て、次はいよいよお兄様たちの番だ。

「行きましょう、ティロライト様」

「う、うん」

ヴォルツに促され、お兄様が妙にぎくしゃくとした動きで立ち上がる。

「お兄様、落ち着いて戦えば大丈夫です。ヴォルツ、お兄様をお願いしますね。二人共頑張ってきて下さい!」

私の励ましに二人はそれぞれうなずいてから控室へと向かった。

 

 

「…東、騎士課程1年、アーゲン・パイロープ!同じく騎士課程1年、ストレング・ドロマイト!」

《アーゲン選手は文武両道の聞こえの高いパイロープ公爵家の嫡男!名家の意地を見せられるか!》

やや緊張した面持ちのアーゲンとストレングが進み出て、応援の歓声が上がる。

 

「西、魔術師課程3年、ティロライト・ジャローシス!騎士課程3年、ヴォルツ・ベルトラン!」

《ティロライト選手は第1試合で勝利を収めたリナーリア選手の兄!兄妹揃っての2回戦進出はなるでしょうか!》

お兄様は片手に短い杖を持っている。アーゲンよりもはるかに緊張しているように見えるが大丈夫かな?

ヴォルツはいつも通りの仏頂面で剣を下げている。…これは、手加減するつもりかな。

アーゲンの組ほどではないが、お兄様たちにも同級生中心にそれなりの応援の声はあるようだ。

 

 

お互いに一礼をし、それぞれが好きな位置へと移動する。

アーゲンとストレングはほぼ並んだ位置、お兄様だけは後方に下がりヴォルツの背に半分隠れるような位置を取る。

「…始め!!」

審判による試合開始の号令と共に、即座にお兄様が水撃の魔術をストレングの方へ放った。それと同時に、ヴォルツがアーゲンへと斬りかかっている。

《ティロライト選手、いきなりの水魔術!そしてヴォルツ選手もまた即攻撃に入りました!》

《この水魔術は威力よりも速度重視、恐らく足止めが狙いだね。魔術師のティロライト選手がストレング選手を抑え込んでいる間に、ヴォルツ選手がアーゲン選手を仕留める作戦かな》

レグランドが闘技場を見下ろしながら解説をする。

《今までの試合も大体そうだったけど、魔術師と騎士の組が騎士2人組と戦う場合は、この戦法が基本だろうね》

 

その間にも、お兄様は次の魔術を繰り出しストレングをその場に釘付けにしている。

ヴォルツは速攻で決着をつけるつもりなのか、容赦なく攻め立てている。

ヴォルツの剣は速く、そして重い。それを受けるアーゲンは相当苦しそうだ。

《…おっと、押され気味かと思われたアーゲン選手、隙を突いて反撃に出た!》

実況の言う通り、ヴォルツの剣をわずかに逸らした所を狙いアーゲンが攻勢に転じた。今度はヴォルツが防戦に回る。

 

《先程までとは逆にヴォルツ選手が押されています!》

《いや、これは…》

レグランドが意味ありげに言葉を切った途端に、アーゲンを横から水撃が襲った。

ストレングに向けて撃たれたかと思われたお兄様の魔術が、突然方向を変えアーゲンへと向かったのだ。

まともに水撃を食らい、アーゲンが態勢を崩す。ヴォルツが鋭く剣を振るい、アーゲンの手から剣を弾き飛ばした。

 

「アーゲン様!」

ストレングはお兄様の方ではなく、ヴォルツの方へと向かった。

しかしヴォルツは冷静に迎え討ち、ストレングの剣を受け止める。

2対1となったストレングに勝ち目などある訳がない。

お兄様の撃った風の刃をなんとか弾いたところで、ヴォルツに首元に剣を突きつけられて勝敗は決した。

 

「…勝者、ティロライト・ヴォルツ組!!」

審判の声と共にわあっと歓声が上がる。

悔しげな表情でアーゲンが立ち上がり、4人向かい合ってお互いに礼をした。

「…ありがとうございました…」

 

 

《いかがでしたか、レグランド氏!》

《終始ティロライト・ヴォルツ組が主導権を握っていた感じだね》

《途中、アーゲン選手が押していた場面もありましたが?》

《あれはアーゲン君を誘う罠だね。彼が攻めに転じて、攻撃に集中した所を狙って魔術で撃った。2対2である事を活かした作戦だ》

《なるほど!かなりタッグ部門らしい試合だったと言えますね!》

実況のヒュームは今日ずっと、ある程度の腕があれば見て分かるような事でもわざわざレグランドに尋ねて解説してもらっている。

彼とて騎士課程の3年生なのだし、今の試合にしてもお兄様たちの動きが作戦だという事は見てすぐに理解できていたのではないかと思うが、観客に分かりやすく説明するためにあえて尋ねているのだろう。

なかなかよくできた実況者だ。

 

退場していくお兄様たちに手を振ると、お兄様が気付いて嬉しそうに手を上げて応えた。

ヴォルツもぺこりとこちらに頭を下げる。

順当な結果だったかな。アーゲンたちは少し気の毒だが、彼らには来年もある。

ただ交際の件は潔く諦めてもらおう。アーゲンにはアラゴナ様もいるんだし。

 

 

 

試合後の闘技場は簡単な清掃が行われる。闘技場自体にダメージがあった場合も、ここで修復される。

清掃の係員が退出したところで、入場のラッパが鳴り響き闘技場に2組の選手が入ってきた。

観戦席へと戻ってきたお兄様たちと一緒にそれを見つめる。

《タッグ部門1回戦、次がいよいよ最後の試合!そしてこちらは、本日最も注目される試合と言えるでしょう!》

「東、騎士課程1年、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!同じく騎士課程1年、スピネル・ブーランジェ!」

《我が国の第一王子とその従者がタッグを組んで出場!エスメラルド選手はこのタッグ部門の発案者でもあります!そしてスピネル選手は剣の名門ブーランジェ公爵家出身!二人共かなりの使い手との前評判です!》

大きな声援に二人が片手を上げて応える。

 

「西、騎士課程3年、ウルツ・ランメルスベルグ!騎士課程2年、サフロ・ランメルスベルグ!」

《こちらはランメルスベルグ侯爵家より兄弟タッグでの出場!特に兄のウルツ選手は昨年、2年生ながらも騎士部門で上位入賞を果たしております!》

こちらも声援が大きい。女子生徒の声も目立っている。

そう言えばこの兄弟は二人共、なんとか殿方ランキング…男子の人気投票で上位に入ってたんだよな。

勝てば殿下たちの順位が上がるかもしれない。やはりどんなランキングだろうと殿下は1位であるべきだ。

《この試合は全員が騎士という組み合わせになりますが、ウルツ選手のみ盾を持っていますね》

《1対1が2組というのが基本形になるだろうけど、お互いどういう戦術を立てているのか、見ものだね》

《なるほど!スピネル選手はレグランド殿の弟君ですが、兄として何かコメントはありますか?》

《弟には特に言う事はないかな。でも、観客の皆さんには言っておこうか。…あいつは強いよ》

おおお、と観客席からどよめき混じりの声が上がる。近衛騎士のお墨付きが出たのだから当然か。

ハードル上げていくなあ…。それともただの兄馬鹿だろうか?

 

 

「…始め!!」

4人が同時に動く。レグランドの言った通り、まずは1対1が2組の形になる。

兄のウルツとはスピネル、弟のサフロとは殿下だ。

動き方からすると、兄弟の望んだ組み合わせを殿下たちが受けて立ったように見える。兄弟側としては、兄がスピネルを抑えている間に弟が殿下を仕留めたいという思惑だろうか。

 

《スピネル選手、息もつかせぬ速攻!しかしウルツ選手の盾がことごとくそれを防ぐ!》

《これは堅そうだね。よほど修練を積んだと見える》

兄は次々繰り出される剣撃とフェイントにも惑わされず、冷静に守りを固めているようだ。しかし油断はできない。彼の剣は、ずっと機を窺っている。

《エスメラルド選手は逆に受けに回る姿勢!サフロ選手の剣を見事に防いでいる!》

弟の方は素早い動きで殿下へ攻めかかっているが、殿下は気負いのない、落ち着いた動きでそれに対処している。普段からスピネルの剣速に慣れているから、こういう相手は得意なはずだ。

 

 

しばらくの攻防の後、幾度目かの大きな剣戟の音が高く響いた。

《サフロ選手、再び大胆な横薙ぎ!しかし、これもエスメラルド選手はいなした!》

サフロは先程からたびたび、横移動をしながらの大振りな攻撃を繰り返している。当たればかなりのダメージを与えられるし、外してもやや間合いが遠いので致命的な反撃は受けにくいだろうが、少々博打気味だ。動きが大きいので体力の消耗も多そうだが…。

 

そして、ついにその時は来た。

殿下を攻め続けていたサフロが、突然横に跳んでスピネルへと向かったのだ。

一瞬剣先を見失いそうになるほどの鋭く速い突き。だが、スピネルは難なくそれを躱した。

「悪いな。そう来るのは分かってた」

サフロの突きと同時に、弟の動きを妨げないよう後ろに下がっていたウルツの方へ、殿下が瞬時に向かった。身体強化を最大に使っての踏み込みだ。

ウルツは咄嗟に盾を構えようとしたが、それよりも早く殿下の剣がウルツへと届いていた。

一瞬遅れて、突きを避けられたサフロの背へとスピネルの剣が振り下ろされる。

 

 

「…勝者、エスメラルド・スピネル組!!」

わああっと、本日一番の歓声が会場を包んだ。

《これは凄い!1対1ずつで膠着したかに思えた形勢が、なんとわずか数瞬の攻防で両方に決着が付きました!!》

《ランメルスベルグ兄弟は1対1を挑んでいると見せかけて、横から攻撃し2対1を作るタイミングを窺っていたんだね。だけど、王子殿下とうちの弟はそれに気付いていた》

サフロの横移動を多用した動きによって、2組の立ち位置が少しずつずれて近付いていっているのは、斜め上から見下ろすこの観戦席からは比較的分かりやすかった。だが、戦っている本人たちからは気付きにくかったはずだ。

 

《作戦としては悪くなかったと思うよ。それぞれを1対1で沈めるのはなかなか難しかっただろうしね。でも、王子側が一枚上手だった。特にスピネルがサフロ君の動きを完全に読んで避けたのは良かったね!さすがうちの弟だ》

スピネルが凄かったのには同意するが、この人やっぱり兄馬鹿なのでは…?

闘技場の上のスピネルも、勝利を喜びきれないようななんか微妙な顔をしている。

しかし近付いて来た殿下とごつんと拳を合わせると、楽しそうに笑った。

 

…こういう顔を見ると、武芸大会でスピネルに本気で戦って欲しいと考えた殿下の気持ちが分かってしまうな。

前世でも殿下は、スピネルが卒業後ブーランジェ領に引っ込んでしまったのを惜しんでいたっけ。

あの時のスピネルは王都はもう飽きたとか何とか言っていたが…。

 

今こうして殿下の従者をしているのは、殿下にとってもスピネルにとっても良い事なんだろう。

少しだけ寂しい気持ちでそう思った。

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