世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第91話 武芸大会・6

「いやあ、楽しい戦いだったね!」

「そうですね…」

試合が終わり観戦席に向かいながら、スフェン先輩は非常に上機嫌だ。私は正直かなり疲れた。精神的に。

「リナーリア君の動きも良かったよ。…機敏に(ヴィヴァーチェ)!」

「や、やめてください…!」

私の物真似をしてポーズを取る先輩に、私は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。

あの時は適当に合わせてはみたものの、やはり私にはこういうのは似合わないと思う。もっとこう、地味で堅実なのがお似合いだ。

殿下の横で添え物に徹していた前世が懐かしい…いや、殿下があまり喋らないから代わりに前に出て喋る事も結構あった気がするが。

「謙遜することはないよ、リナーリア君。やはり君には物語の主役たる才能がある!僕の目に間違いはなかったね!」

「ないです…そんなのないです…」

そんな事を言いつつ歩いていると、階段の手前でフランクリンたちとばったり出くわした。

 

「やあ、リナーリアちゃん、さっきはありがとう!」

たった今試合をして負けた相手だと言うのに、フランクリンは非常ににこやかで少し戸惑ってしまう。オリーブ様の方は拗ねた表情のようだが。

「君の魔術のおかげで、オリーブは怪我をしなくて済んだよ。勝敗も大事だけど、僕にはオリーブの方が大事だから…ありがとう」

「あ、いえ…」

なるほど、そういう意味でのありがとうなのか。

オリーブ様も、「ありがとうございました」と言って素直に頭を下げる。

「やっぱり君は強いなあ…。君と戦ったこと、ユークはきっと羨ましがっていると思う」

「…そうだと嬉しいです」

魔鎌公の訃報を聞いてからユークには手紙を送ってみたのだが、今の所返事は来ていない。あまり落ち込んでいなければいいのだが…。

「きっと手強い戦いになるだろうけど、二人共、この後も頑張ってね」

フランクリンに笑いかけられ、私と先輩は揃って頷いた。

「はい」

「僕たちと戦って敗れたことが誉れとなるよう、全力を尽くします」

フランクリンとオリーブ様の、「期待しているよ」と「期待しておりますわ!」の2つの声が重なった。

 

 

その後、昨日と同じくティロライトお兄様たちと一緒に試合を見た。

明日私達と対戦する事になるのは、ジェイド会長の組を破った3年生の魔術師と騎士のタッグになるようだ。

会長がこんなに早く負けてしまうとは意外だったな。次の相手は、今までで一番手強いのは間違いない。

 

フロライア・ビスマス組も2回戦を通過した。

今度は私もちゃんと最後まで落ち着いて見る事ができた。

彼女たちは1回戦に続きやや苦戦気味に見えたが、どこまで本気なのかは分からない。

 

 

 

《次はタッグ部門2回戦最終試合!大注目の一戦です!》

「東、魔術師課程3年、ティロライト・ジャローシス!騎士課程3年、ヴォルツ・ベルトラン!」

闘技場に上がってきた二人を見て、観客席がざわめく。

《なんとヴォルツ選手、剣ではなく槍を手にしています!えー、タッグ部門のルールでは使用武器が自由となっていますが、騎士が剣以外を使うのはこの試合が初めてですね!》

《彼は剣術の腕も良かったけど、ここでわざわざ持ち出して来たという事はよほど槍に自信があるんだろうね。滅多に見かけない得物だし、これは面白くなりそうだ》

 

魔獣との戦いでは剣が最も使いやすいとされているため、この国の騎士に槍使いはほとんどいない。ごく一部の領で組織的に扱っている所があるくらいで、他は滅多にいない。

ヴォルツは生家がその数少ない槍使いの家系なのだが、学院の授業では普通に剣を使って槍術の訓練はうちの屋敷の方で行っていたそうなので、彼が本来槍使いである事は学院でほとんど知られていないはずだ。

「やはり本気で行くみたいだね。楽しみだな」

隣のスフェン先輩がヴォルツの姿を見つめる。先輩は訓練で手合わせした時に一度、彼の槍術を見ているのだ。

 

「西、騎士課程1年、エスメラルド・ファイ・ヘリオドール!同じく騎士課程1年、スピネル・ブーランジェ!」

前に出てきた殿下とスピネルも、ヴォルツの得物を見て驚いているようだ。

《1回戦で見事な勝利を収めた二人は、槍使いと魔術師を相手にどんな戦いを見せてくれるか!なお、エスメラルド選手は騎士部門の1回戦でも勝利しています!》

にやりと笑ったスピネルが殿下を見て、二言三言なにか言葉を交わす。殿下は少し不満そうな顔で小さくうなずいた。

作戦会議かな?

多分槍を持ってくるとは思っていなかっただろうし、予定と戦術を変える気なのかもしれない。

 

 

「…始め!!」

《エスメラルド選手がティロライト選手、スピネル選手がヴォルツ選手に突進!ティロライト選手は水の盾を呼び出した!》

予想通りの組み合わせだ。

殿下もスピネルも槍使いと戦った経験などほとんどないのは同じだと思うが、器用なスピネルの方がヴォルツの相手には適任だろう。

《ティロライト選手、水の盾を張ったままエスメラルド選手へ魔術を連発!》

お兄様は次々と攻撃魔術を使い始めた。水の盾は防御ではなく殿下の動きを妨げるために使っているようで、自分へは絶対に近付けさせない作戦のようだ。

 

そしてヴォルツも、冷静に槍を構えスピネルを迎え討っている。

《ヴォルツ選手、落ち着いた槍捌きでスピネル選手を寄せ付けない!1回戦では素早い剣速で相手を抑え込んでいたスピネル選手も、これには防戦に回るしかない様子!》

《そもそも、リーチにおいて槍は剣に対して有利だ。何とか懐に入り込みたい所だろうが、ヴォルツ君はなかなかに熟練した槍使いのようだ。その隙を見つけるのは大変だろうね》

 

 

闘技場の上で、しばしの攻防が続く。

「全然隙がないんだけど…!」

お兄様はヴォルツの支援をしたい所だろうが、自分の戦いで手一杯の様子だ。殿下はお兄様の魔術に最小限の動きで対処していて、その速度が想像以上に速いのだ。

殿下があまり動かないので、水の盾はそれほど役に立っていないように見える。

 

ヴォルツもその場から大きく動くことはせず、スピネルに対して無言のまま槍を振るっている。

「やるな、あんた」

スピネルは余裕ぶって軽口を叩いているようだが、これほどに攻めあぐねているのを見るのは初めてだ。

フェイントを多用した素早い攻勢を最も得意としている彼だが、剣士相手とは間合いが違うせいかさすがに攻めきれないらしい。

先程レグランドが言ったように、槍と剣で戦えば槍の方が有利だという話は私も聞いた事がある。剣が届かない間合いからでも、槍は一方的に攻撃ができるからだ。

ましてや槍と戦った経験がほとんどないのならば、ますます剣士側が不利だろう。騎士部門で剣以外の武器が禁止されているのも、大会のためだけに槍などの長柄武器を使う者がいたからだと聞く。

 

「はっ!」

わずかな隙を狙ってスピネルの剣が振るわれるが、遠い。その度あっさりとヴォルツの槍にいなされている。

《スピネル選手果敢に攻めかかるが、これは届かない!逆にヴォルツ選手の反撃を受けそうになるが、なんとか躱した!》

《今の所戦況は拮抗しているね。そう長く続きそうにはないけど…》

ヴォルツも動きの速いスピネルを捉えきるのはそう簡単ではないようだ。しかし、スピネルは槍を避け続けなければいけない分体力も集中力も大きく消耗するだろうから、長期戦になれば恐らくヴォルツが有利。

だがこれはタッグ戦だ。

この状況を動かすのは、多分…。

闘技場の上、息を潜めているように見える淡い金髪の姿に注視する。

 

 

やや離れた所でお兄様の魔術を避けたり受けたりしていた殿下が、ふいに何の前触れもなく前に出た。

『炎よ!』

お兄様が咄嗟に火球を放つが、殿下はほんの少し身体を傾けるだけでそれを避けた。

「ふっ…!」

水の盾に向かい、短い気合と共に斬撃を加える。見てわかるほどに大きな魔力が込められた一撃だ。

さらにもう一撃、刃を受けて薄くなった所に返す刀で斬り付けると、水の盾は耐えきれずに大きく切り裂かれた。

《エスメラルド選手、火球を避けつつ突進!ティロライト選手の水の盾を打ち破った!》

《ずっと魔力を練っていたみたいだね。素晴らしい威力だった》

 

お兄様は慌てて水を集め直し盾を張り直そうとするが、その間に殿下は姿勢を沈め盾の残骸を掻い潜るようにして走り出している。

速度を落とす事なくお兄様へと肉薄し、素早く剣を振るった。

《容赦ない連続攻撃がティロライト選手を襲う!》

「くぅ…!」

お兄様は防御結界を使って何とか耐えたが、至近距離で騎士に斬り付けられては長く持つはずもない。

幾度目かの斬撃がついにお兄様の身体に届く。

「ティロライト選手、戦闘不能!」

審判の声を聞き、ヴォルツがわずかに顔を険しくする。

《最初に落ちたのはティロライト選手!エスメラルド選手、すぐにヴォルツ選手の方へ向かう!2対1だ!》

 

 

 

「…勝者、エスメラルド・スピネル組!」

《ヴォルツ選手はしばらく粘ったものの、スピネル選手とエスメラルド選手の連携の前に倒れた!》

勝利が宣言され、殿下とスピネルが軽くハイタッチをする。

しかしスピネルの方は悔しそうな表情だ。上手く感情を隠せていないあたり、二人がかりでないとヴォルツを倒せなかったのが相当悔しいらしい。

槍使い相手に慣れない戦いをしたのだから、互角に戦えていただけでも十分だと思うのだが、本人にとってはそうではないのだろう。

《この試合では、エスメラルド殿下の動きが光っていたね。ティロライト君の魔術に落ち着いて対処し、剣に魔力を溜めていた。魔術師を相手とする想定での訓練をきちんと積んで来たと見える》

スピネルとは対称的に、殿下は手応えを得られたというような少し満足げな表情をしている。

お兄様相手に思った通りの戦いができたのかもしれない。

 

私としては殿下の魔術への対処の上手さよりも、水の盾を斬った時やお兄様に近付いた時の体重移動の巧みさの方が気になった。

前世の殿下とは少し違う。スピネルの動きに似ていたように思うので、彼から学んだものかもしれない。

《それと、ヴォルツ君の槍術は見事だったね。いくら槍が有利とは言っても、うちの弟が完全に抑え込まれていた。槍使いは希少だし、僕も一度手合わせをしてみたいものだ》

近衛騎士であるレグランドからの称賛に、観客席からはおお…というどよめきが上がる。

うちのヴォルツが評価されて私も鼻が高い。学生だからまだうちの騎士ではないんだが。

 

 

4人はお互いに握手をしながら何か会話を交わしていたが、ヴォルツに話しかけたスピネルはその返事を聞いてムスッと口を曲げていた。

一体何を言ったんだろう?後で聞いてみよう。

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