世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第92話 武芸大会・7

「お兄様、ヴォルツ、お疲れ様でした。本当に惜しかったです」

「とても良い試合でした」

私とスフェン先輩とで、闘技場から戻ってきた二人を出迎える。

「いやあ、やっぱり勝てなかったよ…」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

お兄様はちょっと残念そうに頭をかき、ヴォルツは生真面目に頭を下げた。

 

「お二人共立派に戦っていましたよ。相手が強かっただけです」

組み合わせ次第ではもっと勝ち上がれただろうに、ここで殿下たちと当たってしまったのは運が悪かったと思う。

「ほんと、王子殿下にはびっくりだよ。何撃っても全部避けるか落とすんだもん…」

お兄様がぼやくように言う。

「そうですね。まるで何が来るか分かっているみたいだった」

相槌を打つ先輩も、殿下の戦いには感心しているようだ。

あの闘技場の大きさで魔術師と騎士が一騎打ちなどすればやはり騎士が有利なのだが、それにしても殿下の動きは良かったからな。全く無駄がなかった。

 

「俺がティロライト様を助けられたら良かったのですが」

ヴォルツは責任を感じているようだが、あのスピネルを振り切ってお兄様を助けに行くのはそれこそ無理な話だ。

「仕方ありませんよ。スピネルは恐らく、この学院で一番強い剣士です」

「…そうかも知れませんね」

私の言葉をヴォルツも仏頂面のままで肯定し、お兄様があれっという顔をした。

「どうかしました?」

「いや、まさかリナーリアがそんな事言うなんて。いつもあんなに殿下は凄い凄いって言ってるのに、スピネル君の方が強いと思ってるんだ?」

「…今の時点ではそうだと言う話です」

唇を尖らせながら答えると、「へえ…」と意外そうに言われる。

私だって、ただ盲目的に殿下が強いと言っている訳ではないので少々心外だ。

今日はあまり良い所を見せていなかったスピネルだが、槍を相手にあれほど粘れたのはやはり彼の抜きん出た対応力があればこそだ。その速さと強さには安定感がある。

そう簡単に超えられないからこそ、殿下も好敵手として認めているのだろうし。

 

「つまり、そのスピネルと渡り合っていたヴォルツは本当に強いという事です。レグランド様もヴォルツの戦いぶりを見て実力を認めていましたしね。私としても誇らしいです」

「ありがとうございます」

「そうだねえ。ヴォルツの勇姿はコーネルにも見せてあげたかったな」

うんうんうなずくお兄様に、私はきょとんとした。

「コーネルにですか?」

我が家の騎士が強いというのはコーネルにとっても喜ばしい事だと思うが、彼女はこういう試合になど興味ないのではなかろうか。

私がこの手の話をするといつも、黙って話を聞いてはくれるものの特に楽しそうにはしていない。

 

すると、隣の先輩は「おやおや」と言って肩をすくめ、お兄様はにっこり笑ってから私の頭を撫でた。

「な、なんですか?」

「いいや。いいんだよ」

「だから何なんですか!」

しかしお兄様は黙って頭を撫でてくるだけだし、先輩も微笑んでいるだけで何も言う気はないらしい。

何だこの妙にあったかい空気。

思わずヴォルツの方を見るが、無言のまま全く表情を動かしていなかった。

さっぱり分からない。

 

どういう意味か考えようとして、それよりも気になっていた事があったのを思い出す。

「あの、ヴォルツは最後スピネルと握手をしながら話をしていましたよね?何を言われたんですか?」

「ああ…。また手合わせをしたいと言われました」

なるほど。スピネルとしては不満の残る戦いだったようだし、何とかリベンジをしたいんだろう。

「なんて答えたんですか?」

「お嬢様が良いと言えば承ります、と」

「……」

道理で不機嫌な顔をしていたはずだ。

「そこ、僕じゃなくてリナーリアなんだ…」

「ヴォルツ先輩も結構意地が悪いんですね」

お兄様とスフェン先輩に口々に言われヴォルツが少しだけ目を逸らす。

どうもスピネルの事が気に入らないっぽい…?腕は認めているみたいなのに。

ヴォルツは我が家の者以外、誰に対しても基本的に無愛想だから気のせいかもしれないが。

これまたよく分からない。

 

 

それからすぐに昼休憩の時間になったので、お兄様たちと別れスフェン先輩や先輩ファンの方々と昼食を取った。

これは当日の試合の反省会と明日の対戦相手の予習も兼ねていて、大会中は毎日行う事になっている。

ファンの方々が集めた大会参加者の情報は、シリンダ様がしっかりまとめてくれているおかげで結構参考になる。

たまに「どこからそんな情報を…?」というものも混じっているので侮れない。この情報網を好きに使える先輩の存在がちょっと恐ろしくなってきたくらいだ。

なお、先輩と私が現在のところ危なげなく勝ち上がっているので、ファンの方々は大変上機嫌だ。

それに大会前の訓練の見学をしてからは、ほとんどの方が私に好意的になっている。努力が認められたようで嬉しい。

「頑張って!」と個人的に声をかけてくれる方も多く、私としても前よりずっと居心地がいい。

エレクトラム様…エレクトラムお姉さまもすっかり私に親しげだ。どうも鼻息が荒いのがちょっと怖いけど。

 

 

午後は騎士部門の2回戦で、殿下は3年生の実力者が相手だったが見事に勝ちを収めていた。

また腕を上げたような気がするな。相手の動きに対する判断が早いので、以前にも増して守りが堅く、攻めにも切れがある。

水霊祭の一件以来ずいぶんやる気を見せていたそうだが、それがしっかりと身になっているようだ。とても嬉しい。

しかも調子が良さそうなので、これは本当に優勝するかもしれないな。

殿下に対し、観客席できゃいきゃいと騒いでいる女子生徒も目立つ。

武芸大会で活躍した生徒はモテるからなあ。それが目当てで出場する者もいるくらいだ。

これはついに殿下モテ期が来てしまうな…。今まで来てなかった方がおかしいんだが。

 

 

2日目の日程が終わり寮に戻ってからは、私の試合の他にお兄様とヴォルツの試合についてもコーネルに話して聞かせた。

普段から聞かせてはいるのだが、いつもよりコーネルの様子に注意しながら話すと、ちょっと嬉しそうにしているような…。

気になってじっと顔を見ていると、「そろそろ帰ります」と急に帰り支度をされてしまった。何だか不自然だ。

「コーネル、何か私に隠し事をしていませんか?」

「お嬢様が求婚されていたことを旦那様方に話した件なら、もうティロライト様からお聞きになったのでは」

「そうではなく、ヴォルツの事とか」

コーネルは一瞬だけぴたりと動きを止めた。それからいつもと変わらない平静な顔で私を見る。

「私にだって隠し事くらいはあります。お嬢様が私に隠し事をなさってるのと同じですよ」

そう言われてしまうとぐうの音も出なかった。

心当たりが多すぎる…。

 

結局何一つ疑問が解消される事はなく、モヤモヤとしたままその日は眠りにつく事になった。

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