世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
武芸大会3日目。
今日は騎士部門の3回戦と、全部門の準決勝だ。
騎士部門は一番参加者が多いので試合数が他部門より多い。タッグ部門にも出ている殿下などは今日1日で3試合する事になりそうだ。
今年は3部門制になって初めての年だから多少は仕方ないが、複数部門への出場者の消耗を考えると日程については一考の余地があると思う。
魔力は魔法薬などいくつか回復手段があるが、中毒の恐れがあったり倫理的に問題があったりするのであまり推奨できるものではない。
そして体力の方は、休養に勝る回復手段がない。
殿下の体力なら3試合くらい何ともないとは思うが…。
長期戦に備え体力魔力を温存しながら戦う技術も騎士や魔術師にとっては必要なものなので、そういう意味では仕方ないのかもしれない。
騎士部門3回戦は観戦席で見ていたが、もちろん殿下はしっかり勝った。
さすが殿下だ。本当に強いなあ…。
準決勝は殿下以外は3年生になるようで、厳しい戦いが予想される。どうか頑張ってほしい。
「…東、騎士課程2年、スフェン・ゲータイト!魔術師課程1年、リナーリア・ジャローシス!」
《本部門唯一の女性タッグ、しかも1年と2年の組み合わせながら準決勝進出のこの二人!美しき嵐はどこまで吹き荒れるのか!!》
実況のヒュームに紹介され、1・2回戦を上回る大きな歓声を浴びながら、闘技場の階段を登ってゆく。
先輩はこの大会が始まってからますますファンが増えているようだ。女生徒だけでなく既婚の貴族女性からも人気が出ているらしい。私にはよく分からない世界だ。
「西、魔術師課程3年、カラベラス・キンバレー!騎士課程3年、アルチーニ・ポリバス!」
向こう側から闘技場に上がって来たのは、小柄な魔術師と筋骨隆々とした大男の騎士という対称的な二人組だ。
《対するは3年生、各課程で常に上位の成績を修めている二人のタッグ!今回の優勝最有力候補とも言われています!!》
アルチーニは恵まれた体躯から生まれる剛剣で敵を寄せ付けない、とても強い騎士だ。騎士部門の方にも出場しているが、当然のように勝ち進んで準決勝進出を決めている。
更に注意しなければいけないのがカラベラスで、彼は3年間ずっと魔術師課程の首席の座を保持している。こちらも魔術師部門で準決勝に進出しており、非常に優秀な魔術師だ。
「始め!!」
審判の号令と共に、まずは大量の水球を呼び出す。すぐにカラベラスが反応して手をかざした。
『炎よ、弾けろ!』
《リナーリア選手、水球を大量召喚!それをカラベラス選手が落としていく!》
カラベラスは次々に炎の散弾を撃ち、私の水球を消し飛ばしている。
炎の散弾は火球をいくつも分裂させて飛ばす魔術で、威力も命中精度も低いのが難点だが、カラベラスのこれはアレンジを加えずいぶん細かく操っているらしい。呼んだばかりの水球がどんどん減っていく。
《一方、アルチーニ選手は積極的な攻めに出た!スフェン選手はこれを華麗に避けて躱している!》
アルチーニの方は先輩に対し初手から強気に攻めているようだ。
彼は逞しい見た目通りのパワーファイターで、攻撃力は高いものの器用さや小回りではやや劣る。
先輩のような速さと搦め手で戦う剣士は苦手だろうから、懐に入られる前にリーチの差を活かして先手を取りに行ったのだろう。
先輩の様子を横目で見つつ、私は水球を再召喚した。
また散弾の魔術が飛んでくるが、あえてそれを受け、消し飛ばされる側から再召喚を続ける。
今までの試合を見る限りカラベラスは用心深いタイプの魔術師だ。
私が先輩に魔術支援をしないよう抑え込みながら、隙を見つけてアルチーニを支援するつもりだろう。私を倒すのは先輩を倒してからでいいと考えているはずだ。
《闘技場の上を激しく魔術が飛び交う!そして、騎士側もまた激しい戦いを繰り広げています!》
《スフェンさんは少々辛そうだね。リナーリアさんは魔術で手助けしたい所だろう》
私の周囲には少しずつだが確実に水球の数が増えている。
カラベラスの散弾より、私の召喚速度の方が早いのだ。しかも私にはまだ少し余裕がある。
このまま続ければどうなるか、カラベラスはもう気付いているだろう。
案の定、カラベラスは散弾を撃ち続けながら二重魔術の構成を広げた。炎の高位魔術だ。
『赤翼よ翔けよ、地を舐め天を焦がせ!』
《カラベラス選手、大きな炎の鳥を召喚!リナーリア選手の水球を次々消しながら飛翔していく!》
だが、私もまた別の魔術を完成させている。
『天衝く炎、渦巻く風よ!混じりて燃え上がれ!』
火と風の複合魔術によって、私の目の前に炎の竜巻が生まれた。
こちらに突っ込んで来ていた炎の鳥を一瞬で飲み込む。
『…行け!』
炎の鳥を取り込んで膨れ上がった竜巻が、私の命令を受け前方へと動き出す。
『光の壁よ!炎を絶て…!』
まさか自分の魔術が吸収され利用されるとは思っていなかったのだろう、カラベラスは慌てて耐炎結界を張った。
《まさかの魔術返し!しかしカラベラス選手、すんでのところで結界を張った!》
《でもこれは大きいね…結界で防ぎきれるかな?》
竜巻を操りながら、私は素早く先輩の方へと視線を動かした。
どうやら予想以上にアルチーニの攻めが激しいようで、先輩は思ったように戦えていないようだ。
得意の幻術を併用しつつ何とか避けてはいるものの、アルチーニの剣は見るからに重く威力が高そうだ。一撃でも貰えば相当のダメージを受けるだろう。
その前に何とかしなければ。
闘技場の上は炎の魔術の余波で熱風が吹き荒れているので水は呼びにくい。
私は風の魔術で刃を発生させ、アルチーニへと放つ。
『風の刃よ!』
だが、私の魔術は全く同じ風魔術によって弾かれた。耐炎結界を解除したカラベラスだ。
ローブのあちこちを燻ぶらせ苦しげにしているが、まだ闘志は失われていないらしい。
大きくダメージを受けているカラベラスを見て、アルチーニの顔が険しくなる。
勝負を急ぐべきだと思ったのだろう、鋭さを増したアルチーニの剣の勢いに、かろうじて避けた先輩の腕が浅く切り裂かれた。
「く…!」
たたらを踏んで堪えた先輩に、アルチーニはさらに畳み掛けるように剣を振りかぶる。
それを見た先輩は避けようとはせず前に踏み出そうとした。逆に攻め込むつもりなのだ。しかし。
「…遅い!!」
先輩の剣が振るわれるよりも速く、アルチーニの剣が先輩の胴を薙ぐ。
「先輩…!!」
私が叫んだその瞬間、斬られた先輩の姿がふっとかき消えた。
アルチーニの目が驚愕に見開かれ、それから苦痛に歪んだ。
ゆっくりと前のめりに傾いていく。
「…アルチーニ選手、戦闘不能!!」
《こ、これは…!?斬ったはずのアルチーニ選手が倒れ、斬られたはずのスフェン選手が立っている!?》
《…自分の動きを一瞬遅らせて相手に見せる、幻影の魔術だね》
驚きの声を上げるヒュームに、レグランドが冷静に答える。
《スフェンさんは腕を斬られた時に怯んだと見せかけて魔術を使い、幻影を残して自分は前へ突っ込んでいた。アルチーニ君は前へ出たスフェンさんを斬ったかに見えたけど、本当は剣を振った時にはもう、本物のスフェンさんの剣がアルチーニ君に届いていたんだ》
その解説を聞く限り、どうもレグランドの目には先輩の本来の動きが見えていたらしい。
さすがと言うべきだろうが、魔術を使った様子もないのに一体どうして見えたんだ…?
私だって、アルチーニが倒れてからようやく分かったのに。近衛騎士すごいな。
そして、レグランドの解説が行われている間にも私はカラベラスへの魔術攻撃を続けていた。
カラベラスはまだ炎のダメージが抜けておらず、私の魔術を受けるだけで精一杯だ。
そこへ先輩が剣を構えて走り出す。
「…カラベラス選手、戦闘不能!スフェン・リナーリア組の勝利!!」
《なんと優勝候補のカラベラス組を倒し、美しき女性タッグが勝利!決勝進出を決めました!!》
「やりましたね、先輩!凄かったです!!」
思わず駆け寄って喜ぶと、先輩も「ああ…!」と嬉しそうに破顔した。
本当に凄い。
この試合私は全く支援ができていなかった。
つまり先輩は、自分自身の力だけで実力者の上級生を倒したのだ。
立ち上がったアルチーニが先輩に歩み寄り、まっすぐに手を差し出す。
「見事だった。正直、試合前は女相手と侮っていたが…自分の見識の狭さを思い知らされた」
「……!」
先輩の顔がわずかに紅潮する。
自ら男装し騎士の道を志している先輩にとっては、きっと何よりの称賛だろう。
握手をする先輩たちの横で、私もまた差し出されたカラベラスの手を握る。
「僕も良い勉強になったよ。どうやらまだまだ修行が足りなかったらしい」
カラベラスが苦笑する。
私が行った魔術の吸収増幅は本来、それぞれが放った術の威力に差がなければできない。しかし私は炎に風魔術を複合させて使う事で、より高位の魔術であるカラベラスの炎の鳥を吸収したのだ。
「いえ、カラベラス様の魔術も素晴らしかったです。今回は私が勝ったというだけです」
カラベラスは首席だけあってその実力は確かだった。それは間違いない。ただ、今は私の方が少しばかり経験が豊富だっただけだ。
「ありがとう。…決勝戦も頑張ってくれ」
「はい!」
《…いかがでしたか、レグランド殿!》
《意外なようだけど、これは決して偶然の結果ではないと思うよ。スフェンさんの剣術はアルチーニ君を打ち倒し、リナーリアさんの魔術はカラベラス君の魔術を上回った。二人は決勝に勝ち上がれるだけの実力を十分に持っている》
ヒュームとレグランドの声を聞きながら闘技場を降りる。
入口をくぐって廊下を進むと、殿下とスピネルの姿があった。
「二人共、決勝進出おめでとう」
「ありがとうございます」
先輩と揃って頭を下げる。
次の試合が始まるまではまだ少しかかるので、二人は私たちと話すためにここに来てくれたのだろう。
…二人の次の試合の相手は、彼女とビスマスの組だ。
不安が渦巻くが、ここでそれを顔に出せば不審がられるだけだ。
「殿下、決勝で戦えるのを楽しみにしています。…どうか、お気を付けて」
「ああ」
力強く答える殿下に微笑み、それからスピネルの方を見る。
「…あの、私…。貴方を信じていますので」
何と言ったらいいのか分からなくて、ただそう言った。
「…おう」
スピネルは一瞬訝しげな顔をしたが、とりあえずうなずいてくれた。少しだけほっとする。
…彼がいれば、殿下はきっと大丈夫だ。
私は私にできる事をすればいい。
「僕も、リナーリア君と一緒に応援していますよ」
笑う先輩の顔には、ほんの少し余裕が感じられた。
いつでも自信満々に見える先輩だが、それともまた違う気がする。
自分の力でアルチーニに勝ったことが何か先輩に変化をもたらしたのかもしれない。
そう思って見つめていると、先輩は私を振り返ってにっこり笑った。
「さ、行こうか。王子殿下とスピネル君の戦いをじっくりと見させてもらおう」
その笑顔に何だか元気付けられたような気がして、私は殿下たちに一礼すると、先輩の後を追って観戦席に向かった。