世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第99話 衣装

武芸大会が終わってから数日。

およそ一ヶ月後に迫った芸術発表会に向けて、合唱の練習が始まった。

4部合唱でパート分けも済み、指揮はクラス委員のスパー、伴奏のピアノはセムセイが担当する事になった。

 

練習は概ね放課後に行われる。

他のクラスも同じように練習をしているので、この時期の学院はとても賑やかだ。

演目によっては大きな教室を借りる必要があるが、うちのクラスは合唱なので移動の必要はない。

ピアノは当日使うグランドピアノではなく各教室にある小さなアップライトピアノになるが。

当日まで内容を秘密にしたい場合は魔術師の生徒が消音や暗幕の結界を使って練習したりするが、そこまでやる事はめったにない。

 

 

今日もその練習を行うために放課後皆が残ったのだが、練習前にアフラ様に声をかけられた。

「リナーリア様、ちょっと良いかしら?」

「何でしょう?」

「衣装の仮縫いができたの。試着していただけないかしら」

そう言って持ち上げたアフラ様の手には、衣装が入っていると思しき紙袋がある。私の衣装を真っ先に作ってくれていたらしい。

「はい、構いませんよ」

「隣のクラスはダンスだから、今は空いているわ。着替えに借りられるように頼んでおいたから、あちらに行きましょう」

アフラ様はよほど気合が入っているらしく、真剣な表情だ。

私もつられて真剣な顔で「はい」と答えた。

ウサギの衣装か…まあ、動物なのだからそう派手なものではあるまい。

 

 

何故か女子の全員で隣の教室に向かうことになった。

数人が入口で見張り、後は私の着替えの手伝いをしてくれるらしい。

皆衣装がどんなものか見たいだけの気もするが、女性はこういう事が大好きだからな。

「じゃーん!どうかしら?」

アフラ様が取り出したのは、長袖の真っ白なワンピースだ。

襟元や緩やかに広がった袖、スカートの裾などにふわふわの毛皮があしらわれている。

おしりの部分には丸い尻尾も付けられているようだ。

 

「まあ…。まるで普通のお洋服みたいな形なんですね」

もっと全身を覆う着ぐるみみたいな服を想像していたので、私は少し驚いた。

「ええ。だって着ぐるみじゃ可愛くないんだもの!全体に毛皮を使うのは予算的に無理だったから襟元や裾にだけ使ったんだけど、そこがかえって可愛くなったと思うのよ!!」

「な…なるほど?」

力説されるが私にはよく分からない。

 

「でも、白ウサギなんですね」

白いウサギは冬、しかも雪の多い地方にしかいない。

合唱のモチーフである旅人と山の獣たちの物語に具体的な季節は出て来ないが、冬に山越えをする者はあまりいないし最後に花が出て来るので、冬ではないと思う。

ちょっとイメージと違うなと首を捻る私に、アフラ様は自信に満ちた顔で言った。

「リナーリア様にはこっちの方が似合うと思ったのよ!」

「は、はあ…」

「あと、他にもウサギをやる人が何人かいるから、メインのウサギ役とエキストラとの差別化をするためでもあるわ。他のウサギは普通に茶色や灰色よ」

なるほど、そういう事か。それなら理解できる。

 

 

それから数人に手伝ってもらって衣装に着替えた。

「わあ…!リナーリア様、すごく可愛いです!」

ペタラ様が感嘆の声を上げる。

「ありがとうございます…でも、ちょっと丈が短くないですか?」

ワンピースの裾は膝が隠れるか隠れないかくらいの長さだ。

学院の制服だってふくらはぎくらいの丈があるし、今までこんな短い丈のスカートを履いたことはない。

「ウサギの活発なイメージを反映してみたのよ!このくらいの長さの方が裾がひらひら翻って元気な感じに見えるわ。これからはこういう短いスカートが流行るわよ!絶対に!!」

「そうなんですか…」

さっぱり分からん。

だが、アフラ様は自信ありげだ。

大丈夫かなあ…はしたなくないだろうか。芸術発表会は両親や兄も見に来るし…。

でも、動きやすさという点ではかなり良いな。ドレスの裾は本当に邪魔だからな。

 

「肌が出ているのが気になるなら、太ももまである長靴下を履いたらいいのではないかしら」

そう言ったのはフロライア様だ。アフラ様の方を見ると、「そうね」とうなずく。

「足元はブーツの予定だけど、さらに長靴下を合わせてもきっと可愛いわ」

ちょっとほっとした。それなら肌は出ないから大丈夫だろう。

「サイズはどう?きつい所とかないかしら。サイズ以外にも気になる所とか」

「はい、大丈夫です。首元の毛皮が少しくすぐったいですけど、問題はありません」

事前にちゃんとサイズを測ってもらったので、特にきつかったりはしないようだ。

 

「リナーリア様本当に細いわよね…羨ましいわ…」

クラスメイトの一人が溜め息をついた。そう言う彼女も別に太っていたりはしないと思うのだが。

でも、「私はもっと肉をつけたいんです」は女性の前で絶対に言ってはいけない言葉だという事くらいは私も知っている。

だから私は遠慮がちに苦笑した。

「あまり良いものではないと思いますよ。ほら、男性は少しふくよかな…豊かな女性の方が好きだと聞きますし…」

すると、途端にクラスメイトたちが優しい顔になった。

「…胸に詰め物、します?」

アフラ様にそう尋ねられ、私はちょっぴり引きつりながら「結構です」と答えた。

 

 

「…それで、一番大事なのがこれよ」

気を取り直したようにアフラ様が紙袋からカチューシャを取り出した。

ふかふかの毛に覆われた長く白い耳がついていて、一目でウサギの耳を象ったものだと分かる。

確かにこれがあればちゃんとウサギの扮装に見えるだろう。

「付けますね」

「はい」

軽く屈み込んだ私の頭にカチューシャが差し込まれる。

 

「…可愛い!!」

「ほんと!思った通りだわ!!」

「可愛いですわ…これ絶対に可愛いですわ!私は山猫にしたんですけれど、猫耳も絶対可愛いですわよね!?」

「ええ、山猫も可愛いわよ。間違いないわ!!」

女子のテンションは天井知らずだ。入口で見張りをしていた女子も入ってきて、きゃいきゃいと盛り上がっている。

「リナーリア様、エスメラルド殿下に見せて差し上げましょう!」

「え」

「ほら、早く!」

 

 

 

皆に手を引かれ、元の教室に戻る。

扉を開けて中に入った途端、「おおっ」と男子のどよめきが上がった。

「えっ!何それ!着ぐるみじゃないんだ!?」

「かわいい!」

「マジ?他の女子もそんなん着けるの?」

「男子もだろ?」

「いや俺スカートはちょっと…」

「そっちじゃねーよ!耳だよ耳!」

 

女子にぐいぐい押され、私は目を丸くしてこちらを見ている殿下の目の前に立った。

「…あの、どうでしょうか?」

躊躇いながらも尋ねるが、殿下はぽかんとしている。何と言って良いのか分からない様子だ。

「ほら、くるっと回ってみて」

「こうですか?」

アフラ様に促されてくるりとその場でターンする。

おお、この丈の長さでターンするとスカートの裾って凄く広がるんだな。本当にひらひらだ。

「おおっ」とか「わあ!」とか歓声が上がるが、スピネルはちょっと眉を寄せた。

 

黙って見ていた殿下は「ン゛ンッ」という妙な咳払いと共に横を向いた。耳が赤い。

「へ、変ですか?」

正直私には斬新過ぎる衣装なので良いのか悪いのか分からない。女子は皆可愛いと言ってくれているが…。

「これは『よく似合ってる』っていう意味の咳払いだな」

「そんな咳払いあります?」

スピネルが半笑いで説明してくれるが、殿下は横を向いたまま口元を抑えている。

これは笑いを堪えているのでは…?

「い…いや、か、可愛いと思…」

すると、横で私を凝視していたクリードが呟いた。

「…天才だ…」

 

「すげーよ!これマジ天才の発想じゃね!?ウサギ耳!最高じゃん!!」

「でしょ!?可愛いでしょ!?ウサギだけじゃないわ、猫も狐も狼もあるのよ…!!」

「うおお!すげえ!!」

「これは間違いなく流行るわよ…!!」

大興奮するクリードに、アフラ様も興奮した口調で応じた。周囲のクラスメイトたちにもうんうんうなずいている者が多い。

 

 

「でもね、確かに作ったのは私だけど、このアイディアを出したのはエスメラルド殿下なのよ」

「!?」

突然話を振られた殿下がぎょっとした。

「そうだった…すげえ!王子殿下天才っすよ!!」

「いや、俺はそんなつもりは」

殿下は慌てるが、クリードもクラスメイトたちも満面の笑みだ。

 

「ばんざーい!!王子殿下ばんざーい!!」

主に男子生徒による謎の万歳三唱が始まった。

「…!?…!?」

殿下は目を白黒させていて、スピネルは必死に笑いをこらえている。

本当にさっぱり理解できないが、殿下が称賛されるのは良いことだ。

とりあえず笑顔で拍手をすると、殿下は恥ずかしそうに下を向いた。

 

…これからしばらく後、「つけ耳カチューシャの開発者」として殿下の名前が貴族の間で知られるのは、また別の話だ。

 

 

「でもお前、下に何か履けよ。丈が短い」

スピネルには後で釘を刺された。

「ですよね。長靴下を履きます」

貴族令嬢としてあまり脚を見せるのはよろしくない。アフラ様が言うにはこれからは短いのが流行るそうだが…。

流行ると良いな。動きやすいし。

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