世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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第104話 城下へのお忍び(後)

八百屋やらチーズ屋やらの店頭を冷やかしつつ、賑わいのある大通りを歩く。

朝は雲が多かった空も晴れてきて、日差しが少し暑い。

やがて広場へ到着した。

ここは周辺に木が植えられているし、噴水もあるので涼しげな雰囲気になっている。

 

いくつもの屋台が見えるが、入口近くでまず目に留まったのは姿絵や似顔絵の店だ。

「あ、見てください!これ殿下の絵ですよ!」

一番目立つ所に飾られていたのは、殿下の姿絵だった。武芸大会の時の姿を描いたものらしく、剣を掲げている。

剣を振るっている絵や礼をしている絵、スピネルと共に描かれている絵もあった。スピネルだけの絵もいくつかある。

 

「もうこんなに描かれてるんだな」

「殿下の勇姿は平民にも周知されるべきなので当然ですね!さすがは殿下です!」

まじまじと絵を見るスピネルに私は胸を張った。

殿下が武勇においても優れた方だという事は、民にとっても誇らしいはずだからな。

「出たなさす殿…」

「何ですか、さすでんって」

「何でもない」

 

少し照れた顔になった殿下は並んだ絵を眺めて、それから一つの絵を指差した。

「リナーリアの絵もあるぞ」

「えっ!?」

仰天して見てみると、それは確かに私の絵だった。決勝戦の場面らしく、氷狼が共に描かれている。

「こ、これ、私じゃないですか!」

「だからそう言ってんだろ」

「何でですか!?」

「そりゃあれだけ目立てばな。当然だろ」

スピネルは呆れ半分笑い半分の顔で私を見下ろした。

 

「くっ…」

学院の武芸大会は平民も見に来る娯楽イベントだから、優勝者ともなれば注目されるのかもしれない。誤算だった。

まさか今世でもこんな恥ずかしい絵が売られてしまうなんて…。

よく見ると、私と先輩が抱き合って喜んでいる絵や先輩が戦ってる絵もある。…先輩の絵多いな。

「どうせならスピネルが私の足元にひれ伏してる絵にして欲しかったです…」

「そんな場面ねえよ!!」

殿下が横を向いてぷっと噴き出す。

 

すると、店主の髭面の男がおずおずと話しかけてきた。

「あ、あの、もしかしてあなた様方は、王子殿…」

「シッ」

スピネルが口元に指を立てて店主の男の言葉を遮る。それから、殿下の絵や私の絵などいくつかを示した。

「これとこれ、これもくれ」

「は、はい!ありがとうございます!」

「あっ、これとこれも下さい」

私は殿下とスピネルの絵、それから私と先輩の絵を指し示した。恥ずかしいがせっかくなので記念に持っておきたい。

 

「今日の事はあんたの胸にしまっておいてくれ」

「はい!もちろんですとも!」

絵を受け取りながら言ったスピネルに、店主の男は嬉しそうにこくこくとうなずいた。

そのうち噂になって広まってしまいそうだが、殿下に限らず貴族が時折こうして城下にお忍びでやって来ているのは、公然の秘密だからな。

人の口に戸は立てられないと言うし、この場で騒ぎにならなければ別に良い。

 

 

 

「見ろ、ジェラートの屋台が出てるぞ」

姿絵の店を離れ、クレープ屋や花屋の屋台を覗いていると、スピネルが水色と白の縞模様の屋根がついた屋台を指差した。

「ジェラート?」

殿下はジェラートという言葉は初耳らしい。

かき混ぜながら空気を含ませて凍らせ、滑らかな食感を生み出した氷菓子だ。凍結の魔術や魔導具がないと作れないためまだあまり普及していないが、一部で人気が出始めている。

「シャーベットみたいな感じの氷菓子ですね。私も一度だけ食べたことがあります。美味しいですよ」

食べたのは前世の話だが。あれはデートって事になるんだよな、一応。

 

 

暑いし涼を得るには丁度いいので、ジェラートを食べながら一休みする事になった。

私はストロベリー、殿下はミルクとピスタチオ、スピネルはヘーゼルナッツだ。

護衛のテノーレンが支払いを済ませて店の者から受け取る。

先程のレストランでもそうだったが、こっそり毒検知の魔術を使っているのだろう。隠蔽の魔術も併用しているようなので外からは見えないが。

悪意ある毒物に限らず、こういう屋台では鮮度が悪かったり火が通りきってない食べ物が売られていたりもするので、気を付けるに越したことはない。

 

木陰に移動し、ベンチに並んで座ってジェラートを食べる。

「これは美味いな」

ずいぶん気に入ったらしく、殿下はあっという間にぱくぱくと食べている。

一人だけダブルで頼んだので食べ終わる前に溶けてしまわないかと思ったが、無用の心配だったようだ。むしろ私の方が遅い。

「詳しい製法は私も知りませんが、道具を揃えれば城でも作れると思いますよ」

「そうなのか。…だが、こうして君やスピネルと共に外で食べるというのも、美味さに一役買っている気がする」

「それはあるかも知れませんね」

「今日みたいに暑い日は、冷たいものが美味いからな」

 

木陰のベンチから見える青い空と、降り注ぐ日差し。本当に爽やかで、冷たく甘いジェラートはとても美味しい。

こんなにゆったりとした休日は久し振りのような気がする。

隣に座った殿下ものんびりとした表情で、目が合うと穏やかに微笑んだ。

嬉しくなって私も頬が緩む。

 

 

「…あれ、オットレじゃないか?」

ふとスピネルが言った。

視線の先を追いかけると、広場の噴水の近くにいるあれは確かにオットレだ。

殿下の従兄弟で、殿下への対抗心が激しい、嫌味で性格の悪い男である。この前の武芸大会にも騎士部門で出場していたが、2回戦で3年生相手に敗退していた。

休日なのであいつもお忍びでやって来ているらしく、日傘を差した女性が一緒にいるようだ。

その女性の横顔がちらりと見え、小さく息を呑む。

…フロライア様だ。

 

「珍しい組み合わせだな」

「そうですね…」

オットレは結構女好きなので、彼女をランチやらに誘っている所は何度か見かけたが、今までそれほど親しくはしていなかったはずだ。

思わず殿下やスピネルの顔を窺ったが、特に何も思っていないようだった。

こちらから声をかけて挨拶をするつもりもないらしい。

二人の邪魔をするのも悪い…と言うより、関わりたくないんだろうな。

オットレが殿下を嫌っているのは明らかだし、声をかけても面倒なだけだ。

 

 

オットレたち二人が使用人を連れて何処かへ去っていくのを見送ってから、私たちもベンチを立ち上がった。

…とても気にかかる組み合わせだったが、まさか後をつける訳にもいかない。今は殿下たちと一緒なのだし。

努めて冷静な素振りで殿下の後に続こうとすると、スピネルが私の横に立って小さく囁いた。

「お前が考えてる事くらい、俺たちも考えてるから心配すんな」

 

そのまま歩き出したスピネルの背中を見ながら、それもそうだよな、とひとりごちる。

魔術干渉があった時の試合相手が彼女だった事も、殿下に何かあれば高い王位継承権を持つオットレにとってのチャンスになるだろう事も、少し考えればすぐに分かることだ。

きっと確信はないだろうが…。

しかし私だって、大した事を知っている訳ではないのだ。ただ彼女が殿下を害する存在だという、それだけしか分からない。

その事がとてももどかしく、悔しい。

 

「リナーリア」

気が付くと、殿下が立ち止まって私を見ていた。

「行こう。時間はまだある。せっかくの休日なんだ、楽しもう」

そう言って、私の方へと手を差し伸べる。

私はぱちぱちと瞬きをして、それから殿下の手を取った。力強くて大きな手だ。

…殿下の言う通りだ。

無駄な事を考えて、せっかくの休日をつまらないものにはしたくない。今は楽しもう。

 

 

 

その後は武具屋で剣を眺めたり古道具屋を覗いたりした。

殿下とスピネルが様々な種類の剣を片手にあれこれ言っている姿は楽しそうで、つい微笑ましい気持ちになる。

それからスピネルのおすすめだという喫茶店にも立ち寄った。

行きつけだという紅茶店が茶葉を卸している店らしい。

生け垣のあるテラス席へ案内してもらった。風通しが良くて気持ちがいい。

 

「入り口の立て看板にはケーキの絵も描かれていたな」

「ああ、ここはチーズケーキも評判なんだ」

尋ねる殿下に、スピネルが答える。

レストランではプリン、広場ではジェラートを食べたので甘いものはもう十分なのだが、こんな機会は滅多にないのだし頼んでみよう。

飲み物のメニューを開くと、たくさんの種類の紅茶がずらりと並んでいる。

「紅茶はスピネルにお任せします。チーズケーキに合うものをお願いします」

「俺のも頼む」

紅茶に関してはスピネルが一番詳しいので、私も殿下も彼に任せる事にする。

「そうだな。少し癖が強いものの方が合うから…」

スピネルは楽しげに紅茶を選び、店員へと注文してくれた。

 

スピネルの言った通り、チーズケーキはとても美味しかった。

どっしりとした濃厚な味なのだが、少し渋みのある濃いめの紅茶がよく合う。

さすがだなと思いつつ紅茶の香りを楽しんでいると、「気に入ったんなら入口のところで茶葉も売ってるぞ」とスピネルが教えてくれる。

「本当ですか?なら買っていきます。きっとスミソニアンも喜びますし」

無類の紅茶好きであるうちの執事長の名を出すと、スピネルはなぜか顔をしかめた。

「あいつか…」

「何でそんなに嫌そうな顔をするんですか?」

「いや別に」

紅茶好き同士気が合っても良さそうなのに、どうもそうではないらしい。何が嫌なんだろう。

私には優しい執事長なんだけどなあ。

 

 

 

「今日はとても楽しかったです。おかげで良いプレゼントも買えましたし、本当にありがとうございました」

帰りの馬車に乗り込む前、私は改めて殿下とスピネルの二人にお礼を言った。

それから護衛の騎士やテノーレンの方に向き直る。

「皆様も、どうもありがとうございました。安心して休日を過ごせたのは、護衛の皆様のおかげです」

「い、いえ!とんでもない!」

テノーレンは慌てて手を振り、騎士は少し驚いた顔をした。

 

「…これからもどうか、殿下の事をよろしくお願いします」

護衛の二人に深々と礼をする。

私は単なる一貴族令嬢であって、殿下の護衛に対しこんな事を言える立場ではないのだが、どうしても言っておきたくてそう言った。

前世ではこれが彼らの職務なのだから当然だと思っていたし、改めて感謝するような事は特にしなかったが、今となっては彼らの大切さがよく分かる。

彼らにはこれからも職務に忠実にいてもらわなければならない。

 

すると彼らは何故か、「…はい!」と声を揃えて答え、胸を張った。

どこか感動した面持ちで、誇らしげに。

 

そ、そんな感動するような事言ったか…?

ただの友人の分際で何を偉そうな、何様のつもりだ、とか言われるよりずっと良いが。

ちょっと戸惑う私に、横で見ていたスピネルが苦笑する。

「やっぱお前、向いてるよ」

「何がですか?」

「さあな。それより帰ろうぜ。あまり遅くなるとまずいだろ」

「あ、そうですね」

帰りは屋敷に寄らず、寮の方に直接戻る事になっている。門限まではまだ余裕があるが、あまりもたもたしていると遅れてしまう。

 

 

馬車に揺られながら、殿下が私を見て笑った。

「俺も今日はとても楽しかった。いい息抜きになった。ありがとう」

「それなら良かったです」

「そうだな。たまにはこういうのも良い」

殿下もスピネルも満足そうな顔でうなずいている。

私の用事に付き合わせてしまった形だが、二人共楽しく過ごせたなら良かった。

 

「また行こう。次は違う味のジェラートを食べたい」

真面目な表情でそう言った殿下に、私とスピネルは顔を見合わせて笑った。

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