世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
その後、私は体育館に向かった。
パーティーの準備は城のメイドや上級生の家の使用人を借りて速やかに行われるのだが、生徒会役員はこの設置に立ち会ったり最終確認をしなければならないのだ。
卒業生である3年生は準備には参加しないので、1年と2年の役員だけで全て行う事になる。
体育館には既に幾人かの役員が来ていた。
中心になって指示を出しているのは2年のトルトベイトだ。
彼は卒業生であるジェイド会長の推薦で、先日新たな生徒会長に任命された。歴代では少し珍しい、魔術師課程の生徒会長だ。
「やや、リナーリア君、早かったね。君はもっと時間がかかるかと思っていたけど、さてはあれかい?群がる男どもをばったばった薙ぎ倒して来たのかい?」
「そんな事してませんよ!」
トルトベイトは頭の回転が早くとても優秀な人物なのだが、舌の回転もまた実に滑らかだ。
「うん、それじゃ、君には壁と天井の飾りのチェックをお願いしようかな。位置の調整と、あと間違ってもパーティー中に落っこちたりしないようにね。よろしく!」
「分かりました」
私がうなずくと、トルトベイトはささっとその場を去っていった。
ちょっとせっかちなのが玉に瑕なんだよな、この人。
「あ、それ、もう少し上にお願いします。ここの下には休憩用の椅子を置く予定なので」
飾り付けの係の者に色々確認したり指示をしたりしていると、殿下がこちらに近付いて来るのが見えた。
殿下もまた女子生徒たちから呼び出しを受けていたと思うのだが、思ったよりずいぶん早かったな。
やっと殿下モテ期が来たと思ったのに違ったんだろうか…。
「遅くなってすまない。こちらで君の手伝いをするように言われた」
「では、私と一緒に壁の飾りを見ていきましょう。二人で見た方がミスを防げますし」
「分かった」
殿下と二人、壁飾りの位置や角度をチェックしていく。しっかり固定されているかどうか、たまに手を触れてみたりもする。
作業しながらも殿下はちらちらと私の方を見ているので、なんだろうかと首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「ああ…いや…」
殿下は言葉を濁し、それから言いにくそうに私に尋ねた。
「…君はその、誰かに呼び出されたりしなかったのか」
「ええ…まあ、一応は…。お断りしましたが」
誰から、という所はぼかしつつ答えると、殿下はどこかホッとした顔になった。
うう、私も訊きたい。でも訊いたらまずいかな…。殿下も訊いてきたんだから大丈夫だろうか?
そんな事を考えて悩んでいると、殿下が壁飾りを見ながら言う。
「俺も全て断った」
「…そ、そうなんですか…」
尋ねる前に答えられてしまった。
そうか…まあ前世でも全員断ってたしなあ…。
やっぱりまだお相手を決める気はないのか。
斜め上にある横顔をちらりと見上げると、ふいに殿下がこちらを振り向き、目が合う。
「リナーリア」
「はい?」
「今日のパーティーでは、俺と最初に踊って欲しい」
…デビューの時のように注目されたりはしないが、こういうパーティーではやはり恋人か、さもなくば親しい者と最初に踊るものだ。
女子の告白を全て断ったなら、普段から親しい私と踊るというのはまあ、普通の流れかなと思うが。
「…私で良いんですか?」
「ああ。君が良い」
「でも私、ずいぶん下手になっていますよ。最近全く踊ってませんでしたし」
私はそもそもダンスが苦手なので、ダンスパーティー自体ほとんど行っていないし、行ってもせいぜい1曲くらいしか踊らない。相手も父や兄ばかりだ。
社交目当てでパーティーに参加している貴族にはそういう人も時々いるので、しつこく誘ってくるようなのは滅多にいない。
学院の授業には一応ダンスもあるのだが、やるのは外が寒い冬の間だけなので、本当にしばらく踊っていないのだ。
「大丈夫だ」
殿下は鷹揚にうなずいた。
「気にせず、また足を踏んでくれ」
「もう、殿下!」
私は頬を膨らませて殿下を睨んだ。
それから、こらえきれずに噴き出す。
「…分かりました。今日は一緒に踊りましょう、殿下」
「ああ」
笑う私に殿下は少しだけ微笑み、そしてまた作業を再開した。
しばらく作業をした後、女性は身支度に時間がかかるだろうからとトルトベイトが言い、私や女子の役員は一足先に寮へと戻った。
「お嬢様、お待ちしておりました」
部屋に入ると、コーネルともう一人、我が家のメイドが私を待っていた。
普段、寮に入れる使用人は許可証を持っている者だけなのだが、今日ばかりは他の者も呼んで良いことになっている。
寮ではなく屋敷の方へ戻って支度する者も多いが。
まずドレスを着せてもらってから、コーネルには髪を、もう一人には化粧をしてもらう。
ドレスは最近新しく誂えたばかりのものだ。今日がお披露目になる。
ブルーグリーンを基調にした夏らしい色合いのドレスで、袖の大部分がレースでできているので涼やかな印象になっている…というのは仕立て屋からの受け売りだ。
私はドレスに興味がなく、いつもただ着せられているだけだ。あれこれ悩んで選んでくれている母や使用人たちには少々申し訳なく思っている。
でも私が自分で選ぶと「地味過ぎる」だの「野暮ったい」だの言われてしまうからなあ…。
だいたい、流行りの胸元が大きく開いたドレスなんて着てどうするんだ?谷間など何一つできないというのに。
化粧を終えたメイドは、満足そうにうなずくと今度は私の手を取った。爪を塗ってくれるらしい。
マニキュアというやつだ。
どうも派手すぎるイメージなので苦手なのだが、メイドが取り出したものは柔らかな淡いピンク色のものだった。
「こんな可愛らしい色のものもあるんですね…」
丁寧に塗ってもらいながら呟くと、メイドは優しく微笑んだ。
「若い貴族女性の間では近頃流行りなんだそうですよ。王子殿下もきっと、こういう色の方がお好みかと」
「何故殿下が出て来るんですか」
「あら?お誘いされていないのですか?」
「…それは、まあ、誘われていますが…」
すると、爪を塗り終えたメイドは「うふふ」と口元に手を当てて笑った。
「興味がおありなら、様々な色をご用意できますよ。お嬢様なら、青や水色のマニキュアもお似合いかと」
「そ、そんな色もあるんですか!?」
爪が青かったり水色というのは怖くないだろうか。そういうものがおしゃれなのか…?
いや確かに、前世でも青だの紫だのの爪をしたご令嬢をたまに見かけたな。何が良いのかは分からなかったが。
爪が乾くのを待っている間に、コーネルも髪のセットを終えたようだ。
結い上げた髪の上で、ドレスの色に合わせた青と緑の髪飾りがきらめいている。
「王子殿下とはどちらで待ち合わせを?」
「えっと、6時に寮の前まで来て頂けると」
コーネルに尋ねられ答える。時計を見るとまだ5時半くらいなので、思ったより余裕がある。
「では、後のことは私がやっておきます。…お嬢様、よろしいですか?」
「はい。二人共、どうもありがとうございました」
あとの片付けはコーネル一人で十分なので、屋敷のメイドには先に帰ってもらうことにした。
ちなみにパーティー後は、馬車に迎えに来てもらって屋敷の方へ戻る予定だ。
私一人では髪もろくに解けないし、脱いだドレスもぐちゃぐちゃになってしまいそうなので仕方ない。
メイドが帰った後、私は椅子から立ち上がり机の引き出しを開けた。
「コーネル」
名前を呼ぶと、化粧道具の片付けをしていたコーネルが振り返った。
「何ですか」と近寄ってきた彼女に、手のひらに載せたそれを差し出す。
「貴女には、幼い頃から本当にお世話になってきました。何かお返しができたらとずっと思っていて…。これは、私が作った
「……」
コーネルは動きを止め、大きく目を見開いて私の手のひらの上のネックレスを見つめていた。
先日のお忍びの時に買ったネックレス。雫型の薄青の石の奥には、防刃と防魔の効果を持つ魔法陣が描かれている。
何度も練習をしてから、慎重に描き込んだものだ。
コーネルの手がゆっくりと、おそるおそるネックレスを取る。
その先に下がるきらりときらめく石を、彼女の瞳が捉えた。
「とても…、とても綺麗です。まるで、お嬢様の髪のような色」
「はい。気に入って頂けると嬉しいのですが…」
「……」
そっとネックレスを握りしめると、コーネルはうつむいて震えた。
「う…、嬉しいです、お嬢様。な、なんと申し上げて良いのか…こんな…こんな素晴らしいものを、私に…」
なんとコーネルはぼろぼろと涙をこぼしている。私は思わず慌ててしまった。
「そんな、大したものでは。私は魔法陣を描き込んだだけで…その魔法陣もずっと保つ訳では…あっ、いえ、言ってくれればいつでも魔力を込め直せるんですが…」
私があまりにオロオロしているからか、やがてコーネルはくすりと笑うと、泣き笑いの顔で私を見た。
「本当にありがとうございます。…お嬢様は、とてもおかしな…不思議な方ですけれど。そんなお嬢様にお仕えできる私は、誰より幸せ者だと思っております」
「…私は、おかしな令嬢ですか?」
ちょっぴり憮然としつつ呟く。
スピネルにはよく言われるが、やっぱりコーネルにもそう思われていたのか…。
「はい。ご存知ありませんでしたか?」
「いえ…まあ知ってましたけど…」
これでも普通のご令嬢を目指しているつもりなんだけどな…。近くにいる者の目は誤魔化せないらしい。
「…でも私は、そんなお嬢様が大好きですよ」
コーネルはそう言って、もう一度笑った。
約束の6時が近付き寮を出ると、そこには護衛の騎士を連れた礼服姿の殿下が既に待っていた。
「…とても綺麗だ」
私のドレス姿を見て、殿下が言う。
「あ、ありがとうございます…」
正面切って褒められると、さすがに照れてしまう。殿下の言葉には表裏がないから尚更だ。
「では、行こうか」
「はい」
きっとパーティーは既に始まっている頃だ。
でも今日は卒業生が主役なので、在校生である私たちは少し遅れていくくらいで丁度いいだろう。
「そう言えばスピネルは?」
「ついさっきカーネリアを連れて先に行った」
いつも文句ばかり言っているスピネルも、今回はおとなしく妹のエスコート役に収まったらしい。彼女に近付く男子生徒への牽制のつもりかな?
「何だか嬉しそうだな」
「はい。先程コーネルに、先日買ったプレゼントを渡したのですが、とても喜んでもらえて」
「そうか。それは良かった」
「殿下たちのおかげです」
それからすぐに体育館に着いた。敷地内なので、寮からも近いのだ。
会場内は少し暗く、魔導具による色とりどりの明かりによって照らされている。
ちょうど1曲めが終わった所のようで、スピネルと踊っていたカーネリア様が私たちを見付けて近寄って来た。
「王子殿下、リナーリア様、ごきげんよう!そのドレス、とっても素敵よ」
「カーネリア様こそ。今日もとてもお美しいです」
「お二人はこれから踊られるんでしょう?ね、お兄様、私たちももう一曲踊りましょ」
「はあ?」
カーネリア様に笑顔で腕を取られたスピネルは眉をしかめた。
「いいからいいから。その後はパートナー交替!リナーリア様はお兄様と踊ってあげて。殿下は私と、どうかしら?」
「俺は別に構わないが」
「私も、構いませんが」
殿下も私も揃ってうなずく。
私のダンスはだいぶ下手になっているだろうから、スピネルと踊ったらバカにされそうな気もするが。
カーネリア様にそう言われれば、断る理由は特にない。
「…あー、わかったよ!」
スピネルが渋々承知するのと同時に、次の曲の前奏が始まった。
「踊ろう、リナーリア」
殿下が私を見つめて手を差し伸べる。
「…はい。どうぞよろしくお願いします」
微笑みながら、私は一礼してその手を取った。
右、左、右。
慎重にステップを踏んでいると、「リナーリア」と名前を呼ばれた。
顔を上げると、殿下の微笑みがすぐ間近にある。
「やはり、君と踊るのは楽しい」
「そ…そうですか?」
「ああ」
殿下がそう答えた瞬間、私は思いきり殿下の足を踏んでしまった。
ま、またやってしまった…!
「本当にまた踏まれてしまったな」
何故だか楽しそうに殿下が言う。
「すみません…」
「いいや、構わない」
気にしないでもらえるのは有り難いが、そんなに楽しそうにされるとちょっと戸惑ってしまう。
痛くないのかな。
まさか変な趣味に目覚めたりしていないよな…?
一曲踊った後、本当にカーネリア様とペアを交替することになった。
「それじゃ、交替!」
カーネリア様に押し出されて私の前に立ったスピネルは、にっこり笑って私に手を差し出した。
…そんな分かりやすい作り笑いあるか?
少し慣れてきたので、先程よりは若干滑らかにステップを踏む。
だがスピネルにはすぐに突っ込まれてしまった。
「お前ちょっとはダンスの練習しとけよ」
「し、仕方ないじゃないですか…誘われるとか思ってませんでしたし…」
「お前な…」
スピネルは一瞬だけ呆れ顔になって、またすぐ笑顔に戻る。
ちなみにスピネルの足は踏まなかった。と言うより、避けられた。
しっかり私の身体を支えつつ自分の足はさっとずらして避けていて、この運動神経の良さ、むしろ腹が立つ。
いっそ思いっきり踏んでやりたかったができなかった。いつか踏む。
ダンスの最中、少し気になってアーゲンの方をちらちら見ていたが、同級生の女子生徒と踊っていた。多分、私が見ていない間にアラゴナ様とも踊っただろう。
やはりどことなく元気がなく見えたが、あまり落ち込んでなければ良いなと思う。
意外だったのは、壁際でペタラ様とストレングが親しげに話していた事だ。
カーネリア様から彼女はストレングが好きかも知れないと聞かされてはいたが、本当に付き合い始めていたとは。
それとも今日、告白して成功したんだろうか?
二人はどうも一曲目を共に踊っていたらしく、「これはニッケルが落ち込むな」とスピネルが言って、私はびっくりしてしまった。
「え、そうだったんですか!?」
スピネルがまたもや呆れ顔になる。
「お前本当に…」
「…どうせ!私は!鈍いですよ!!」
殿下もカーネリア様もちょっと困り顔だったので、二人も気付いていたようだ。くそう…。
その後もパーティーは続き、私はお兄様やヴォルツとも踊った。
ヴォルツのダンスはそれほど上手くはなかったが、私も下手なのでお互い様という所だろうか。
珍しく顔を真っ赤にしていて、近くで見ていたお兄様は必死に笑いをこらえていた。
私もつい笑ってしまったが、貴重なヴォルツの照れ顔が見れたので良しとしよう。
さらにいつも通りの男装をしたスフェン先輩とも踊ったのだが、しまいにはカーネリア様が私と踊ると言い出した。
私は久々に男のダンスを踊り、自分が適当に合わせるつもりだったらしいカーネリア様はびっくりしていて、周囲からは謎の歓声が上がった。
そうして、楽しいパーティーの夜は更けていった。