世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
今日は学院で卒業式が行われる日だ。
1年生であるリナライトは卒業生を見送る側として参加し、式は滞りなく行われ、無事に終了した。
その後は兄や生徒会長だったジェイドなど世話になった3年生に挨拶をしたり、数名の女子生徒からの呼び出しに応えたりした。
ただし彼女たちの告白は、申し訳ないが全て断った。
今は学業に魔術師修業にと忙しいし、従者としての務めもある。恋愛に興味がない訳ではないし、いずれは良い女性を選びたいとは思っているが。
それに自分の恋路などより、王子の婚約者選びの方がよほど気になるし重要だ。
用事が一段落したところで、体育館へと向かう。
リナライトは生徒会役員なので、ダンスパーティーの会場設営の準備を手伝わなければならないのだ。
途中、誰かを探している様子の数名の女子生徒を見かけた。
少し気になりつつ通り過ぎる。
「あっ!リナライト君、良いところに来てくれた!!」
入り口をくぐってすぐの所で、大声で名前を呼ばれて足を止めた。
「トルトベイト先輩…いえ、トルトベイト会長」
駆け寄って来るのは、つい先日に新生徒会長に就任したばかりの2年生、トルトベイトだ。
せっかちでいつもやや早口の彼は、リナライトの目には少しばかり落ち着きがなく見える。
これで生徒会長が務まるのかと心配だ。あのジェイドが選んだ後継なのだから大丈夫だとは思うが。
「一体どうしたんですか?」
「実は壁飾りに使う造花が足りないんだ。まとめて入れておいた箱を間違えて外に置きっぱなしにしてしまったみたいで、雨で濡れて駄目になっちゃったんだよ。他の者は今手一杯だし、申し訳ないけど、君が作ってくれないかな?作り方は分かるよね?」
「はい」
壁飾り用の造花は薄紙を折り畳んで重ねて作るものだ。一度製作を手伝ったから作り方は分かる。
「材料は図書室のカウンター内にあるはずだから、そうだな、30~40個もあればいいかな?3時半位までに作ってくれれば間に合うから、のんびりやってくれていいよ、よろしく!」
「分かりました」
全くのんびりではない口調で喋るトルトベイトに、リナライトは急いでうなずいた。
向こうが早口なものだから、こちらまでつい慌ててしまうのだ。
図書室に向かって廊下を歩いていると、告白に成功したらしく、隣のクラスの女子生徒といちゃついているクラスメイトを見かけた。
彼はあのご令嬢が好きだったのか、と内心で驚く。
普段はブロンドの巨乳がいいとか言っていたくせに、全く違うではないか。あの女子生徒は黒髪だし胸も普通だ。
これだから恋愛というのは理解できない、とひとりごちる。
リナライトの主であるエスメラルド王子も、今頃は何人目かの女子からの告白を受けている頃だろう。
自分も数人から呼び出しを受けたが、王子は自分の比ではない。同級生だけでなく上級生からも呼び出されている。
入学してもう一年近く経つのに、どのご令嬢とも特別親しくしていないのが原因だろう。
未来の王妃を選ぶのだから慎重になるのは当然だが、もうそろそろ目星くらいは付けて欲しい。
そう言うと困った顔をされてしまうので、なかなか強くは言えないのだが。
図書室の扉を開けると、先客が一人いた。今日はきっと誰も利用者はいないだろうと思ったのだが。
その目立つ赤毛を見て、そこに座っているのが誰なのか理解する。
3年生のスピネル・ブーランジェだ。
…卒業生だというのに、こんな所で何をしているのだろう。
自ら図書室に来るようなタイプではないし、さては誰かと待ち合わせだろうか。
上級生下級生問わず女子生徒から大変に人気があった彼だが、結局特定の誰かを選んで婚約者を作る事はせず、卒業後は実家であるブーランジェ公爵領の騎士になると聞いている。
ならばと最後のチャンスに賭ける女子生徒はきっといるだろう。
だがまあ、何にせよ自分には関係のない話だ、とリナライトは思った。
告白の場面に居合わせるのは気まずいが、こちらは生徒会役員として仕事のために図書室に来ているのだから仕方ない。
聞かれたくなければきっと向こうが移動するだろう。
カウンターの中に入り、引き出しや棚を探すと、造花を作るための薄紙の束を見付けた。
恐らく余った物を何かに使おうとこちらへ持ってきていたのだろう。制作に使う糸束も一緒に置いてある。
ペン立てにあったハサミも持ち、手近な机へと移動しようとすると、いきなり目の前を何かが横切った。
「!?」
「あ、悪い」
ぎょっとして動きを止めたリナライトに、大して悪いとは思っていなさそうな軽い謝罪の言葉がかけられる。
スピネルだ。
何かが飛んでいった方向を見ると、壁際に水色の紙を折って作られた鳥が落ちていた。
尖った三角形をしたそれは、子供がよく古紙などを折って作り、飛ばして遊ぶものだ。あまり鳥には見えない形なのだが、昔から紙の鳥と呼ばれ親しまれている。
たった今目の前を横切ったのはこれだったらしい。
スピネルは「あんま飛ばねーなあ」とか言いながら立ち上がり、それを拾い上げている。
一体何をやっているのかと思いつつ、造花作りを始める。
薄紙を折り畳む作業に勤しんでいると、パサッと何かが落ちる音がした。音の方向を見ると、今度はオレンジ色の鳥が落ちている。
「……」
ややあって、さらにピンク色の鳥が飛んだ。着地してから少しだけ床を滑って止まる。
「…あの、何してるんですか?」
堪えきれなくなって尋ねた。
相手は上級生だし、他に利用者はいないので注意するつもりもなかったが、あまりにも気になったからだ。
尋ねられたスピネルは肩をすくめて答えた。
「暇つぶし」
どうやら彼は、誰かと待ち合わせをしていた訳ではないようだ。
だがそれはそれで疑問が募る。
「何故こんな所で暇をつぶす必要があるんですか?卒業生なんですから、親しい方と一緒に過ごしたり、パーティーのための準備をしたり、やる事はいくらでもあるでしょう」
スピネル・ブーランジェという男は男女問わず友人が多い。教師からも信頼されているようだ。
軽薄な印象だが、遊び回っているという割に悪い評判を聞かないのも、きちんと後腐れのない相手を選んで付き合っているからだろう。
個人的にはあまり好きになれないタイプだが、頭も要領も良い人間なのだと思う。
そんな人気者と言っていい彼が、なぜ卒業式当日に一人、図書室で暇つぶしなどしているのか。
「パーティーなあ。どうも面倒くさくてな…出たくないんだよな。こっそり逃げ出したかったんだが、今日はあちこち人が多くてな…」
本気で面倒くさそうなその様子を見て、そう言えばとリナライトは思い当たる。
廊下で見かけた、誰かを探している女子生徒たち。そのうちの一人は、確か…。
「もしかして、ポトリオ伯爵家のご令嬢の件ですか」
「まあ、それもあるな」
尋ねると、スピネルは意外にあっさりと認めた。この件は学院内では有名な話だからか。
ポトリオ伯爵家のご令嬢はスピネルのクラスメイトで、1年の時から彼にずいぶんと熱を上げていた。
だが彼は彼女に対し愛想は良かったものの、個人的に付き合ったりデートに誘うような事はしなかったらしい。
彼はあまりに本気度の高い相手と付き合うのは避けていた節がある。単に好みではなかっただけの可能性もあるが。
そこでポトリオ伯爵家のご令嬢が持ち出したのが、彼を婿養子にし伯爵家の跡継ぎとするという話だった。
彼女の家は、女子ばかりが生まれ男子がいなかったのである。
スピネルは良家の出身だが、四男だ。伯爵になれるチャンスなどそうあるものではない。
しかし彼は、誰もが飛びつくだろうその話を断った。
…ダンスパーティーで彼女と顔を合わせるのは確かに気まずいだろう。他に相手がいるのならともかく、特にいないのに断ったのだから。
それどころか、彼女はまだ諦めていない可能性もある。さっきだってスピネルを探していたようだし。
彼はその他にも、いくつかの縁談やら士官話を断ったらしいと聞いている。
「どうせ、仲良い奴にはもう挨拶してあるしな。別に出なくてもいいんだよ」
「すぐに王都を離れる予定なんですか?」
「ああ。ここはもう飽きた」
「…そうですか」
「何だ、不満そうだな?」
尋ねられ、リナライトは少しばかりムスッとした顔になった。
「殿下は貴方がブーランジェの騎士になる事を惜しんでおられました。近衛騎士団にも入れただろうに、勿体ないと」
「へえ。そりゃ光栄だな」
軽い調子で答える、それがやはり面白くない。
公爵家の出身で卓越した剣の腕を持ち、学業の成績も良い。
婿養子が嫌でも、望めばどこの家にでも士官できるし、十分な地位と俸禄を得られるだろう。王子が言った通り、彼の兄のように近衛騎士団に入ることだって難しくなかったはずだ。
一体なぜ実家の騎士になる事を選ぶのか、疑問に思っているのは自分だけではあるまい。
そんな話をしている間にも、スピネルはまた新たな紙の鳥を作って飛ばしていた。
だが真っ直ぐには飛ばず、すぐに斜めに傾き床に落ちている。
「なんっか飛ばねえんだよなあ…」
首を捻っている彼に我慢ができなくなり、席を立ってつかつかと歩み寄る。
「折り方が悪いんですよ。あれでは翼が上手く風を受けません」
スピネルの手元にあるのは、元々は細かく切って紙吹雪を作るために用意された
色とりどりの紙のうちの一枚を取り、彼の目の前で折って見せる。
「ここを折り返して…こうです」
すぐに、スピネルが作っていたものよりもシャープなシルエットをした紙の鳥が出来上がった。
「見ていて下さい」
軽く投げると、その鳥はふわりとした軌道を描いて飛んだ。
スピネルが飛ばした鳥が落ちている床の、その先の壁に当たってぱたっと落ちる。
「おー!すげえ飛んだな!」
「子供の頃に覚えたものですけどね」
確か、王子の護衛をしていた騎士の一人が教えてくれたものだ。
まだ幼い王子と二人、裏庭で飛ばして遊んだ思い出が蘇る。
「もっかい!もう一回折ってみせてくれ」
せがまれ、もう一枚色紙を手に取る。
「ええと、まず…」