世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する   作:梅杉

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挿話・19 卒業式と紙の鳥(後)【前世】

「すごいな。折り方でこんなに変わるのか」

リナライトに教えられた通りに紙の鳥を折り、それがしっかり飛ぶ事を確認したスピネルは、感心しきりという様子でうなずいた。

「ええ。不思議なんですが、ちょっとした形の違いで飛ぶ距離にすごく差が出るんです」

「ふうん」

 

これで彼も満足しただろう。

そう思ってまた造花作りに戻ろうとすると、「なあ」と呼び止められた。

「勝負しようぜ。どっちが遠くに飛ばせるか」

赤毛を揺らして言う彼は妙に楽しそうだ。

…本当に暇らしい。

 

「飛ばしてもどうせ壁にぶつかるじゃないですか。勝負になりませんよ」

「外に向かって飛ばすんだよ。どうせ今日はそこら中に紙吹雪だの花だの落ちてる。後で掃除が入るからいいだろ」

確かに、窓からちらりと見える校庭は、遠目にも散らかっている様子だ。

だがやはり気が引けるし、何より自分は造花作りの作業中なのである。あまり油を売ってばかりいると間に合わない。

どう断ろうかと眉を寄せるリナライトに、スピネルは作りかけの造花を指し示して言った。

「俺に勝てば、お前のそれ手伝ってやるぞ」

 

 

正直に言えば、一人で全ての造花を作るのはかなり面倒だとリナライトも思っていた。

手伝ってもらえるならば有り難い。

「分かりました。やりましょう」

「そう来なくっちゃな」

うきうきと色紙(いろがみ)を机に広げる彼を見て、意外に子供っぽいんだなと少し呆れる。

まさかこの歳になって紙の鳥で勝負などする事になるとは。

「お前はこれな。俺こっち」

スピネルが渡してきたのは艶々と光を反射する銀色の紙だ。彼自身は赤い紙を使うつもりらしい。

 

「この銀色の紙は普通の色紙よりも少し厚いので、こちらが有利になりますよ」

厚みがある紙の方がしっかりしているので、遠くまで飛びやすいのだ。

「そうなのか?」

スピネルは目を丸くして赤い紙をつまみ上げる。どうやら違いに気付いていなかったようだ。

「言わなきゃ分かんねえのに。真面目だなお前」

「ズルをして勝っても面白くありません」

そう言うと、彼は声を上げて笑った。

「なるほどな。じゃ、俺はこれを使うとするか」

今度は金色の紙をつまみ上げた。これならば特に差はないだろう。

 

 

 

「それじゃ、せーので投げるぞ」

「はい」

開け放った窓の前に立ち、それぞれ紙の鳥を持って構える。

「せーの!」

二羽の鳥が揃って飛び立った。

金と銀の翼が日差しを受けて輝き、白い軌跡を描く。

 

 

「なんだか流れ星みたいですね。昼間ですけど」

何とはなしにそう呟くと、隣のスピネルが面白そうな表情になった。

「そりゃいいな。願い事でもしてみたらどうだ」

「…よく知ってますね、そんな事」

流れ星に願いをかければそれが叶うというのは、ずいぶんと古い時代の迷信だ。

自分はたまたま本で読んだ事があったが、今ではすっかり廃れてしまったその迷信を知っている者などほとんどいない。

「こういう話は女に受けるからな。ロマンチックな話だろ?」

「はあ。そうですね」

至極どうでもいいので、リナライトは適当にうなずいた。

 

「で?何を願うんだ」

「私は別に願い事なんてありません」

「何だよ、つまんねーな」

鋼色の瞳に上から見下ろされ、少しムッとする。

間近で見るとやはり背が高い。女子からモテるだけのことはある。

「つまらなくて結構です。私の望みは、殿下が良き王になる事ですから」

「なら、それを願えば良いだろ」

「必要ありません。わざわざ願わなくても、殿下はご自分の力でそうなられますし」

エスメラルド王子はまだ若いが、文武に優れ聡明だ。すでに多くの者から未来の王にふさわしい王子だと認められているし、誰よりリナライト自身がそう信じている。

迷信に頼り、流れ星に祈る必要などない。

 

「はーん。噂通りの忠…、忠義者だな」

感心したような口調だが、今絶対忠犬って言おうとしただろうとリナライトは思った。

横目で睨むと、ふいっと目を逸らされる。

 

「それより、見ろよ。お前の勝ちだ」

話をしている間に、紙の鳥は校庭の隅に着地していた。

かなり遠いので眼鏡越しに目を細めてみてもはっきり見えないが、草むらの中で何かが光っている。

どうやら自分が投げた銀色の鳥の方が少し遠くまで飛んだらしい。

「それじゃあ…」

「おう。約束通り手伝うから、ちゃっちゃと作っちまおうぜ」

 

 

向かいに座ったスピネルは造花作りは初めてのようだったが、すぐに作り方を覚えた。

器用な手付きで、丁寧に花を作り上げていく。わずか数個作っただけで、リナライトよりも上手に作るようになってしまった。

少し悔しい気持ちになりながら、薄紙を折る手は止めずに話しかける。

「本当にパーティーに出ないつもりですか?」

「ああ。人がいなくなったらこっそり学院を出て、屋敷に戻るわ」

今はまだ、だらだらと友人たちと話をしている生徒やお祝いの準備をしている生徒が校内にいる。

主に身支度にそれほど時間のかからない男子生徒たちだが、女子生徒ももちろんいる。

 

「…なんでしたら、私が姿隠しの魔術を使いましょうか」

姿隠しの魔術は、一定時間その姿を見えなくする魔術だ。これを使えば誰にも見咎められずに外に出られるだろう。

学院の周囲には魔導具によって侵入者を検知する結界が張り巡らされているが、逆に敷地内から出て行く者に対しては反応しないので問題はない。

「マジで?使えるのか?」

「当然です」

「そりゃ助かる。お前がいなくなったらどう暇をつぶそうか悩んでた所だ」

「…本を読むという選択肢はないんですか」

彼はここが一応図書室なのだという事を忘れていないだろうか。

「ここの本つまんねーんだよ」

「まあ、そうですけど…」

ここは蔵書数が少ない上に、娯楽系の本はさらに少ない。

彼が読んで面白い本はほとんど無さそうなのも確かだが、それ以上に読書に興味が無いのだろう。

 

 

 

やがて、40個の造花が完成した。予定よりもずっと早く終わって安心する。

「どうもありがとうございました。では、魔術をかけますね」

「ああ。恩に着る」

「構いませんよ。こちらも作業を手伝ってもらいましたし」

「そっちはお前が勝負に勝った報酬だろ。いいから貸しにしとけ。そのうち返す」

「はあ…」

真面目な顔で言ったスピネルに、リナライトは生返事をする。

王都から離れブーランジェ領で騎士をやる彼とは、あまり会う機会がなさそうだと思ったからだ。

 

「全く信用してない顔だな。俺は約束は守るぞ」

スピネルは少し唇を尖らせた。不本意らしい。

「そういう訳ではありませんが、何か頼みたい事ができるとも思えませんし…ああ、そうだ」

「何かあるのか?」

 

「気が向いたらでいいのですが」と前置きし、正面から見つめて言う。

「もし王都に戻りたくなったら、その時は王宮に来て殿下にお仕えして下さい」

「また殿下か。つーか、気が向いたらでいいのか?」

「その気がない方に来ていただいても困りますから」

「なるほどな…」

彼は呆れたような納得したような顔をし、それから苦笑交じりに答えた。

「分かったよ。…気が向いたらな」

 

 

「じゃあ、今度こそ魔術をかけます。術が成功したら、学院を出るまで喋らないようにして下さい。声を出すと魔術が解けてしまいますので」

うなずいた彼の肩に触れ、姿隠しの魔術をかける。

『静かなる者、目を晦ましその姿を隠せ』

あっという間に、目立つ赤毛がその場からかき消えた。もはや影すら見えない。

これで忍び足を使えば、よほど気配に敏い者でなければ気付かれないだろう。

 

「これでもう見えません。では、お気を付けて…わっ」

見えない手に頭をわしわしと撫でられ、リナライトは思わず声を上げる。

髪が乱れてしまい、「子供じゃないんですから…」と呟く。

だがその手は大きくて温かく、不思議と嫌な気はしなかった。

 

 

何かが動く気配と共に、静かに図書室の扉が開く。

そちらへ向かって、リナライトはそっと声をかけた。

「…卒業、おめでとうございます」

彼の姿は見えなかったが、軽く手を上げてこちらに応えたような気がした。




紙飛行機を使った話のつもりだったんですが、この世界に飛行機はないな…と気が付いて「紙の鳥」になりました。
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