世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
ミメットは私よりも一つ年下で、今は学院入学を間近に控えた15歳だ。
黒髪黒瞳で小柄、年齢よりも少しばかり幼く見えるが、大きな目が印象的なとても可愛らしい容姿をしている。
彼女はつい先年に公爵位を継いだばかりのコーリンガ公爵カロールの妹なのだが、カロールとは17も年が離れている。
これは、第一王子であるエスメラルド殿下の誕生と大いに関係がある。
貴族というのは、国王またはその後継者の王子が結婚してから、その息子が生まれる1~2年後までの間にかけて、よく子供を作る。
それはもちろん、未来の国王になるであろう王子と、自分の子供とを近付けるためだ。
男児が生まれれば友人や従者に、女児が生まれれば王妃や側室になる事を目指し育て上げる。
彼女もそんな貴族特有のベビーラッシュの中に生まれた子供なのだが、兄とは母親が違う。
当時、彼女の親である先代コーリンガ公爵夫妻は40歳近かった。しかも夫人は数年前から病を患っていた。
そのため、若い第二夫人を新たに娶って子を作る事にしたのだ。
王子の誕生に合わせるためとは言え、夫人を増やしてまで子供を作ろうとする貴族はそんなにいないのだが、先代コーリンガ公爵にはそうしたいだけの理由があった。
コーリンガ公爵家は、この島内がまだ二国に分かれていた頃にあったスギュラという国の王家の流れを汲む古い家だ。
元は王家だという矜持があるからか、気位が高い。
だが併合されヘリオドール王国の公爵となったコーリンガ家は、名家ではあってもそれほど強い権力を持っていなかった。
それには様々な要因があるが、スギュラ国があった辺りは300年前の魔獣災害の際に特に大きな被害を受けており、スギュラ系の生き残りは少ないというのが最も大きいだろうか。
そしてミメットの父である先代コーリンガ公爵の代で、このヘリオドール王国に王位争いが起こった。
殿下の父である第二王子カルセドニーと、その兄の第一王子フェルグソンとの争いである。
本来なら兄のフェルグソンの方が王になるはずだったのだが、フェルグソンは騎士至上主義者で乱暴な性格であり、素行が良くなかった。
そのため、カルセドニー王子の方を次王にと推す声が貴族内から上がったのだ。
フェルグソンは色々と問題はあるが第一王子である。
短慮な性格は人によっては勇猛とも見えたし、当時は今よりも魔獣被害が少なく騎士の出番が少なかったため、平和に飽きていた過激派の騎士系貴族からは根強い支持があった。
対して第二王子カルセドニーは温厚で堅実、穏健派の騎士系貴族やブロシャン家を始めとする魔術師系貴族からの人望が厚い。
ただ、身体が弱いという大きな弱点があった。
先代コーリンガ公爵は、この王位争いにおいてフェルグソン側を支持する事にした。
王位争いの初期では、順当に第一王子が王位を継ぐという見方が優勢だったのだ。
公爵は非常に熱心にフェルグソンに取り入り、周囲にも支持するよう働きかけた。
フェルグソン派の主要な家が少しずつ弱腰になっていったのもあり、いつの間にかコーリンガ家はフェルグソン派において、筆頭に近い存在になっていた。
そこに、この機会に恩を売っておけばフェルグソン王の代で権勢を振るえるという公爵の目論見があったのは間違いない。
しかし結局、フェルグソンは敗北した。失脚して王位継承権をも失う事となった。
それは概ね自業自得であると私は思っているが、フェルグソン自身はそうは思わなかったらしい。
敗北の責任を先代コーリンガ公爵に擦り付け、ずいぶんと罵ったという。
それに腹を立てた公爵は、フェルグソンと仲違いをした。
だがフェルグソン派を離れたからと言って、カルセドニー派に入れる訳ではない。
カルセドニー陛下は寛大で、昔のことを気にして冷遇したりする方ではないが、陛下の支持者全てが陛下と同じ考えを持つ訳ではないのだ。
カルセドニー派にはフェルグソン派に恨みを持つ者も多く、そういう者たちは陛下の即位後も、元フェルグソン派のコーリンガ家に冷たかった。
結果としてコーリンガ家はどちらの派閥からも避けられるようになり、貴族界での影響力を大きく削ぐ事になった。
このままではまずい。何とかカルセドニー派に近付きたいと、先代コーリンガ公爵が考えたのは当然だろう。
そんな時に届いたのが、カルセドニー陛下の妃であるサフィア様のご懐妊の報せだった。
次王の子供に近付き親しくなれば、コーリンガ家も子や孫の代で少しは権力を取り戻せるだろう。
先代コーリンガ公爵は一縷の望みをかけ自分も子供を作ろうとし、若く美しい第二夫人を娶る事とした。
そうして生まれたのがミメットなのだ。
…私は、なんとか立ち上がったもののそっぽを向いたまま黙り込んでいるミメットを見た。
彼女は蜂から逃れ安心しているようだが、いつまでもここにいるのは良くない。
「あの、ここにいるとまた蜂が寄ってくるかも知れません。あちらへ行きませんか?」
そう言って出口の方を指し示すと、彼女はうつむいてポツリと呟いた。
「…どうして私にばかり、蜂が寄ってくるの」
「えーと…」
思わず言い淀む。
それは彼女の髪や服の色のせいだと思うのだが、彼女が自分の髪色をコンプレックスに思っている事を今の私は知っている。うかつに触れにくい。
でもちゃんと原因を教えておけば、また危ない目に合うのを防げるかもしれないし…。
「その、蜂というのは黒っぽい色に対して、敵意を抱くものらしいんです。蜂特有の習性というやつですね。蜂の天敵である熊が黒っぽい色をしているからだと言われています。このように花が多い場所には蜂は蜜を集めにやって来ますので、そういう蜂たちがミメット様を見付け…、たまたま…その…」
だんだん彼女の顔が険しくなるのが分かり、私は途中で言葉を切ってしまった。
「…そうなの。私の髪の色、蜂にも嫌われているのね」
「それは…そうかも知れませんが…えっと、私は綺麗な色だと思いますよ!とても!」
「そんな見え透いた慰めいらないの」
慌てて言い繕ったが、にべもなく言い捨てられ、睨まれてしまった。
…あ、あれえー…?
おかしい…前世とだいたい似たような行動、似たような会話をしているはずなのに、何故か彼女の態度の冷たさが悪化している。前世ではこんなに睨まれなかったはずだ。
一体どこで間違ったんだろう。
やがてミメットは私から目を逸らすと、黙って出口の方へ歩き出した。
とりあえずほっとしつつ、その後を追う。
すると、彼女が突然立ち止まった。
私もまた、その数歩後ろで立ち止まる。
少しだけ歩いては立ち止まる、そんなことが何度か繰り返された。
「…?」
どうしたんだろう。私に背を向け立ったままのミメットに、少しだけ首を傾げる。
何か気になる花や草木でもあるんだろうか。その割に、あまり周りを見ている様子はないが。
「…貴女、どうして付いて来るの」
「えっ。あっ…」
しまった。怪しまれていた。ちょっとだけ焦る。
「で、出口がそちらなので」
目的地が同じだから同じ方向に行っているだけなのだと言い訳をする。
ミメットは横目で私を睨むと、道の端へと寄った。
「だったら先に行って。付いて来ないで」
「……」
どうしよう。困った。
彼女が心配だし、気になる。
蜂から助けるという当初の目的は一応達成できているのだが、私はできれば彼女と仲良くなりたい。
今までも数回顔を合わせる機会はあったのだが、彼女は唯一の友人であるレヴィナ嬢以外とはほとんど話をしようとせず、近付く事ができなかった。
だから、今日のこのパーティーで起きるかもしれない彼女の危機に賭けてみたのだ。
前世の彼女はなぜかこの日、レヴィナ嬢を連れず一人でパーティーに来ていて、そして蜂に襲われていた。
そこを私が助けた事がきっかけで、少しずつ話をするようになった。
今世でもこれをきっかけにできればと思ったのだが、そう上手くは行かないらしい。
前世の彼女も非常に気難しく、その行動は私にはさっぱり理解できなかった。
しかも会うたびに辛辣な事ばかり言われていた気がするが、他の者とはそもそも会話をしようとしなかったし、何より私との婚約を了承したくらいだ。
多分少しは好かれていたんだと思う。…あまり自信はないが。
…同性になった今世なら、もっと仲良くなりやすいかと思ったのに。
むしろ逆だった。
相変わらず、彼女の気持ちを理解するのは難しい。
彼女の内向的で少々ひねくれた性格は、やはりその生い立ちに主な原因があるらしい。
先代コーリンガ公爵の正妻である第一夫人は、第二夫人やその娘であるミメットに対し昔からずっと、虐めとまではいかないもののかなり冷たい態度であるという。
そして父の先代コーリンガ公爵は、ミメットを殿下に近付け未来の王妃とするべく、とても厳しく彼女を教育しようとした。あまりに彼女が言う事を聞かないため、半ば諦めかけていたようだが。
兄カロールは年の離れた妹に同情を抱いていたのだが、母の目もあり、あまり親しくしては来られなかった。
黒髪黒瞳という容姿へのコンプレックスも、第一夫人からいつも「暗い色」と揶揄されてきたのが原因らしい。
父と母からそれぞれ目と髪の色を受け継いだ結果でしかないし、その混じりけのない黒は本当に綺麗だと私は思うのだが。
…私はこれらの話を、カロールから聞いた。
既に父の後を継ぎコーリンガ公爵となっていたカロールが、「どうか妹をよろしく頼む」とはるか年下の私に頭を下げた姿を、今でもよく覚えている。
私はそれに応えたいと思ったし、応えるつもりでいたが、結局それは叶わなかった。
それが今でも、棘のように私の心に刺さったままでいる。
前世の私は彼女の事を、多分妹のように思っていた。
恐らく恋愛感情ではなかったが、親しみは持っていたし、気難しく繊細な彼女を支え守っていけたらとそんな風に考えていた。
だがそれをどこまで行動に移せていたかと言うと、我ながら情けない事に、ほとんどできていなかったと思う。
婚約した後も忙しさにかまけ、時折会ってお茶をするのがせいぜいで、彼女とちゃんと向き合えてはいなかった。
いずれ結婚したら、きっと二人で過ごす時間も取れると当時の私は考えていたのだが…。
今世でなぜか女として生まれてしまった私は、もう彼女と結婚する事はできない。
それでも今度こそ、真摯に彼女と向き合っていきたい。
私は決意を固めた。
遠慮をしていてはきっと、彼女の心には届かない。こうなったら当たって砕けろだ。
「…わ、私は、ミメット様とお友達になりたいんです!」
大声で言うと、ミメットはぽかんと口を開けて私の顔を見た。
「な、何言ってるの?」
「私は本気です。前からミメット様と仲良くなりたかったんです」
「な…」
ミメットの頬がほんのりと赤く染まり、戸惑うように視線を彷徨わせる。
「何で、私なんかと」
その疑問は当然だと思うので、答えは既に考えてある。
私と彼女の唯一と言っていい共通点は、本好きであることだ。
彼女が好きなのは主に恋愛小説で当時の私には縁遠いジャンルだったのだが、試しに読んでみたところ意外に面白いものもあり、それなりに詳しくなった。
「ミメット様は『暁の少女と6人の騎士』の物語、お好きですよね?以前、レヴィナ様とお話しになっているのを聞いてしまいました。私もあれ、好きなんです」
私は彼女が特に熱心に読んでいたシリーズ小説を挙げた。
主人公の少女とその出生の秘密を巡り、6人の騎士が時に手を取り合い、時に競い合いながら戦う物語だ。
女性向けの小説にしては戦いの場面が多く、なかなか読み応えがある。
「もし良かったら、少しでもお話しいたしませんか?」
「…推しは」
「はい?」
「推しは誰なの?」
その問いの意味が分からず、私は首を傾げた。オシ?
ミメットが重ねて言う。
「好きな騎士は誰なのか聞いてるの」
あっ、そういう意味か。
えっと、確かミメットは白銀の騎士が一番好きなんだよな。
でもここは正直に答えた方がいいよな、多分。
「私は黒の騎士が好きです。寡黙ですが男らしいところが良いと思います」
「そうね、悪くないの。男らしいけどたまに子供っぽかったり犬好きなところが可愛いの」
おお、やはりこの話は食いつきがいい。ミメットは黒の騎士も好きだったしな。
会話が盛り上がりそうな気配を感じ、嬉しくなった私は話を続ける。
「主人公にはやはり赤の騎士や白銀の騎士がお似合いかと思うんですけど、黒の騎士も良いかと思うんですよね。力強く守ってくれそうな感じが…」
「…はあ?」
ところが、ミメットは突然表情を変えた。
冷え冷えとした、まるで敵を見るかのような目で私を見る。
「何を言ってるの。主人公には青の騎士がお似合い。赤はまだありだけど、白銀や黒は絶対にないの」
…あれ?なんか怒ってる?
戸惑う私に、ミメットはさらに言う。
「白銀の騎士には黒の騎士が一番お似合いなの」
「…???」
私は頭の中を疑問符で一杯にした。
今なんてった?
「えっと、その二人はどちらも男性では?」
「それが何なの」
「……」
衝撃のあまり言葉を失った私に、ミメットは冷たく言い捨てた。
「貴女とは分かり合えそうにないの」
ミメットは踵を返すと、一人出口へと向かっていった。
その後ろを追いかける事は、私にはできなかった。思わず力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる。
「そんな…そんなバカな…」
…前世のミメットはそんな事は一言も言わなかった。
確かに主人公の少女の恋路についてはあまり触れず、いつも白銀の騎士や黒の騎士の活躍についてばかり語っていたが。
まさか二人をそんな目で見ていたなんて…。
「さっぱり分からない…」
…やはり私は、彼女の事をちっとも理解していなかったのだ。