世界の天秤~侯爵家の三男、なぜか侯爵令嬢に転生する 作:梅杉
「だめですわ…リナーリア様、全く才能がありませんわ!!」
「そ、そんな…」
リチア様に断言され、私はがっくりうなだれた。
「努力で何とかなりませんか!?」
「そうですねえ…こういうのは元々の素質が大きいと思いますし…」
ペタラ様が困ったように頬に手を当てる。
リチア様も悩ましげな表情だが、私としては必死になるしかない。
…お泊まり会の翌朝、私はリチア様に頼んであるレッスンをしてもらっていた。
ミメットの好きな「暁の少女と6人の騎士」の登場人物…特に男性キャラ間における恋愛について、である。
リチア様はこの手のネタが大好きなので、これについても詳しいだろうと尋ねてみたのだが…。
想像以上に難しい、というか理解できない。
まず発想が分からないし、謎の専門用語も多い。難解過ぎる。
「確かに白銀の騎士と黒の騎士は共闘したり酒を酌み交わしたりと、親しい描写が多いです。でも二人共主人公の少女が好きですし、黒の騎士に至っては婚約者だっていますよね?何故その二人に恋愛感情があることになるんですか?」
「二人は元々惹かれ合う恋人同士なのですわ。でも、不思議な魅力を持つ主人公に出会った事で、そちらにもつい惹かれてしまうのです。同時に二人の人間に惹かれてしまうのは、よくあること」
「よ、よくありますか…?では、婚約者は?」
「そっちはただのカモフラージュです。愛なんてありませんわ」
「クズ野郎じゃないですか!!!」
私は思わず突っ込んだ。
「そこは婚約者側にも事情があるのでお互い様なんですわ。3巻の舞踏会のシーンをよく読めばその示唆が…」
「うううう…」
歯噛みしつつ脳内にメモをする。3巻…そんな描写あったかなあ…。
「なるほどねえ。様々な解釈があるものだ。面白いな」
横で聞いていたスフェン先輩はなぜか感心している。先輩もこの小説は好きなのだそうだが…。
「先輩は理解できるんですか?」
「同意するのはちょっと難しいけど、新しい視点としてある程度理解はできるよ。なかなか参考になる」
「そうなんですか…」
私には先輩ほどの理解力も懐の広さもない。
「そもそも、何故理解したいんだい?無理にそういう目で見なくても、ごく普通に物語を楽しめばいいじゃないか」
「それは…私、ミメット様と仲良くなりたくて…」
「ミメット様?コーリンガ家の?」
ペタラ様が首を傾げ、リチア様が「ああ…」と言った。
「ミメット様は確か黒銀推しでしたわね」
「え、リチア様はミメット…様の趣味をご存知なんですか!?」
彼女には、私の知る限りレヴィナ嬢以外の友人はいなかったのに。
「ミメット様ご本人とはあまり話しませんけれど、ミメット様の友人のレヴィナ様とは仲良くしておりますの。彼女は私の同志、貴腐人仲間ですもの」
「き…きふじん?」
また知らない単語が…。
「ええ。先週も赤青についてレヴィナ様と熱く語り合ったところですわ」
「…先週って、もしかして水曜日ですか」
「あら、ご存じなんですの?その日は同志の会合があったのですけれど」
「いえ、その日、トムソン様のところのパーティーでミメット様とお会いしたので」
あの時、ミメットがいつも一緒のはずのレヴィナ嬢を連れていなかった理由がやっと分かった。
レヴィナ嬢はコーリンガ家傘下の貴族家のご令嬢で、ミメットと同い年だが世話役に近い。アーゲンに対するストレングみたいなものだ。
しかしどうも、主人より趣味の会合に参加する方を優先していたようである。
彼女にだって都合はあるだろうし、毎回必ず付いていかなきゃいけないなんて事はないんだが…。
…いや、待てよ。という事はもしかして、ミメットの趣味はレヴィナ嬢からの影響なのでは?
そしてレヴィナ嬢に影響を与えたのは、多分…。
「…リチア様が諸悪の根源だったんですか!!」
「あら、心外ですわ。趣味は個人の自由でしてよ」
「そうですけどぉ…!」
ミメットになんて事を教えてくれたんだ。
いや彼女がそれで楽しめているならいいけど…いいけどさあ!
「…えっと、つまりリナーリア様は、ミメット様と仲良くなるためにそのご趣味を理解されたい訳ですね」
気を取り直すようにペタラ様が言った。
「ミメット様と言ったら社交嫌いで有名な方よね。私も全然話した事ないわ」
そこで、カーネリア様が会話に加わってきた。
さっきまで向こうでヴァレリー様とヘアアクセサリーの話について盛り上がっていたのだが、話題が一段落したのかこちらに来たらしい。
「私も話した事ありませんね。うちの家とコーリンガ家はあまり仲が良くないのもありますけれど」
同じくこちらへやって来たヴァレリー様が口元に指を当てて言う。
「…でも、どうして仲良くなりたいんですか?コーリンガ家がミメット様を王子殿下に近付けようとなさっている事、リナーリア様もご存じですよね?まあ、ご本人は嫌がっているみたいですけれど…」
ヴァレリー様は心底不思議そうだ。
コーリンガ家は貴族の間での評判があまり良くない。
彼女の兄であるカロールが公爵位を継いでからは多少改善されているはずだが、一度付いたイメージはそう簡単に覆らない。
そんな家のご令嬢と王子の友人の私が仲良くなりたいと言うのは、傍から見るときっとおかしな事だろう。
私を足がかりにコーリンガ家が殿下に近付くかもしれないのだし。
前世でも私と彼女の婚約話が持ち上がった時は、あの家はやめておけと忠告してきた貴族が幾人かいた。
殿下は賛成してくれたので、結局婚約したのだが。
「…私は、ただ気になってしまって…」
呟きながら、視線を落とす。
「彼女は社交嫌いと言われてますが、本当はただ人と接するのが苦手なだけじゃないかと思うんです」
前世の彼女が時々、遠くで楽しげに話をしているご令嬢方をどこか寂しそうに見ていた事を私は知っている。彼女は絶対にその事を認めようとしなかったが。
今世でも私が友人になりたいと言った時、ほんの一瞬だが嬉しそうにした気がするのだ。
結局その後拒否されてしまったが、彼女は本心では誰かが近付いてくるのを待っているのではないのか。
「私も昔は社交が苦手で、殿下以外にちっとも友達がいませんでした。今こうして皆様と親しくなれたのは、カーネリア様のおかげです。カーネリア様には本当に感謝しています」
私は顔を上げ、カーネリア様を見つめた。その目がゆっくりと見開かれる。
カーネリア様本人はもちろん、今ここにいるペタラ様やリチア様も、カーネリア様を通じて知り合った方だ。
それにただ紹介してくれただけでなく、カーネリア様からは様々な事を教わっている。
ご令嬢方との付き合い方だとか、お茶会での振る舞い方だとか。
上手く対応できずに困っている所を助けられたのは、数え切れない。
「だから、誰かが手を差し伸べれば、彼女も変われるのではないかと思うんです。私がカーネリア様に助けられたように、私も彼女を助けられたらと…。もしかしたら、余計なお世話なのかも知れませんが…」
昨日、皆と楽しくスポーツをしたりおしゃべりをしていて思ったのだ。
こんな楽しい時間を、彼女にも過ごしてもらえたら。
ずいぶんと形は変わるが、今度こそ彼女を幸せにできるんじゃないだろうか。
「…少なくとも私は、カーネリア様や皆様とお友達になれて本当に幸せだと、そう思っているので」
「……」
カーネリア様はその頬をほわっと赤く染め、それから笑った。
「ふふ…、そんな風に言われると、何だか照れちゃうわね」
他の皆も、同じように表情を和ませる。
「…そういう事なら、分かったわ!私も、リナーリア様がミメット様と仲良くなるのに協力するわ」
「私も協力します」
「もちろん、私もですわ!」
「ああ。僕もできる事をしよう」
「でしたら、私も。でも…」
ペタラ様やリチア様、先輩も同意し、最後にヴァレリー様が微笑んだ。
苦笑混じりの表情で、妙に感心される。
「リナーリア様は、本当に不思議な方ですね」
それを聞いたカーネリア様は私の後ろに回り、私の両肩に手を置いて明るく言った。
「そうでしょう?…私の、自慢のお友達なの!」